抱き枕が幻想入りした際の幻想郷での反応について下記に記載する。
【ケース1:射命丸文の場合】
「見てください椛。抱き枕ですよ、抱き枕」
「そうですね」
「何でもこれ、外の世界の代物らしいです。生地とかも独特ですし、興味惹かれますよね」
「そうですね」
「し、しかも霊夢のプリントですよ。いやぁまさか外の世界にこんな」
「そうですね」
半ば興奮しながらまくし立てる射命丸文と、何処までも興味なさげに生返事を繰り返す犬走椛
同じ物体を目の前にした二人の天狗は、おおよそ対称的な反応を見せていた。
彼女達の目の前にあるのは一つの抱き枕。
それも上下の面にキャラクターのちょっぴりえっちな姿がプリントされた、外の世界特有の代物だった。
入手した経緯についてはわしにもわからん。
ともかく、幻想郷では珍しいデザイン枕を手に入れた文は、その枕の調査と言う名目で下っ端天狗の椛を巻き込み、今に至るという訳だ。
これから哨戒に向かおうとしていた矢先に巻き込まれた椛は、隠そうともせずに大きく溜息を吐く。
「何で私が付き合わないといけないんですか。誰かさんと違って忙しいんですけど」
「まぁまぁ、こんなに素晴らしい取材対象が目の前にあるんですから、少しくらい協力して下さいよ」
「どうせ取材と言う名目が無いと、この抱き枕に手を出せないだけのチキ」
「わー! 後で紅葉饅頭奢りますから!」
文の言葉を聞いて椛は口を噤み、ぱたぱたと尻尾を振り始めた。
全くもって現金な下っ端である。
何はともあれ、これで協力者を得る事ができた。
満足そうに笑みを浮かべた文は、件の抱き枕の方向へと向き直る。
「うーむ、この生地、中に入っている物。色々と気になります。それに、その、れ、れ……」
「霊夢さんのプリントですね」
「そう、それです! 霊夢のいやらし……素敵な絵が気になりますよね! ……あ、言っておきますけど記者として。あくまで記者としてですよ」
執拗に記者としてだと主張する文に、椛は「はいはい」と興味なさげに返事をする。
所詮はただの枕だと言うのに、この鴉天狗は何を興奮しているのか。
口には出さないが、紅葉の表情は如実にそう物語っていた。
そんな白狼天狗の呆れ顔など露知らず、鴉天狗は逸る動悸を抑えるように胸を押さえながら、乾いた唇をゆっくりと開く。
「や、柔らかそうですね」
「抱き枕ですからね。丸太みたいに硬い抱き枕は余りにニッチ過ぎます」
「ふむ、これは記者として抱き心地をチェックする必要がありそうです。果たして霊夢の身体はどのような感触がするのでしょうか」
「文さん、息荒いですよ」
椛の冷たい声は、最早文には届かない。
この瞬間、彼女の集中力全ては、目の前の抱き枕へと注がれていた。
彼女にとってこれはある意味チャンスなのだ。
プライベートでこんな枕を所持していたらストーカー一歩手前だが、記者としてならば話は別。
取材と言う大義名分の上ならば、この巫女枕にあんな事やこんな事をしても許される、少なくとも文はそう信じてやまなかった。
絵とは言え霊夢、しかもこのような姿をしている彼女を抱きしめるなど恥ずかしくて仕方がないが、これも取材のためならば仕方ない。
そう、全ては取材の為、決して射命丸文個人の意思ではない。
自分を納得させた文は、荒い呼吸を整えようともせず、ゆっくりと枕霊夢の柔肌へと手を伸ばしいき―――――
「まずは椛、抱いてみて下さい」
へたれた。
まず美味しい所は後輩に譲る、みたいな顔をしているが、明らかに単なるへたれである。
千年以上生きてきながら、好意を持った相手の絵ですら抱けないのか。
何とも情けない鴉天狗の姿に、椛はやれやれと首を振る。
……いや、それだけ博麗霊夢と言う人間に対して、これまでとは違う特別な感情を頂いている事か。
そう考えると、この純心なんだかへたれなんだか良くわからない反応にも合点がいく。合点がいくのだが。
「……」
次の瞬間、椛は文を何となくいぢめたい気分になった。
自分でも良くわからないが、先程から枕霊夢にご執心な文を見ていると、意地悪がしたくてしたくてたまらなくなってしまうのだ。
抱き枕へと向き直る直前に、ちらりと文の顔を仰ぎ見る。
普段は明るく自信に溢れている筈のその顔は、今はもどかしさと気恥ずかしさがないまぜとなったような、はっきりとしない笑みを浮かべていた。
……その表情で、椛の中の何かが切れた、否むしろ目覚めた。
「だーいぶ」
「ちょ」
言葉通り、椛は一気に枕へと飛びついた。
そして呆気に取られている文を尻目に、霊夢の身体の至る部分をまさぐり始める、椛もみもみである。
「わぁい、ふかふかのもふもふだぁ」
「何を羨ま……軽率な行動を! 大事な取材対象に傷がついたらどうするんです!」
「気持ちいいなぁ。これは外の世界で流行する理由もわかるなぁ」
後ろから聞こえてくる文の言葉も完全無視。
もう離さないとばかりに、椛は霊夢の身体をぎゅうと抱きしめる。
あてつけのつもりだったが、本当に柔らかくて気持ちいいな、この枕。
そうやって抱き枕を満喫しながら、幸せそうな声を椛が上げる度に、背後から聞こえてくるのは文の情けない声。
「も、もう十分でしょ? そろそろ私に代わってください……」
「ああ、眠くなってきた。おやすみなさい、文さん」
「らめぇええええ!」
大声を上げながら、文は椛の身体をゆさゆさとゆする。
先に抱いてくれと自分で言った癖に都合のいい奴だ。
フン、と小さく鼻息を鳴らした椛は、背中を向けたまま睡眠姿勢を継続する。
ゆさゆさ
ゆさゆさ
ゆさゆさ
……しかし流石にこうもゆすられては眠れる筈がない。
それだけならまだしも、顔のすぐ横で「もーみーじー」などと泣きそうな声で名前を呼ぶのだから、鬱陶しい事この上無いと言う物だ。
文のあまりのしつこさに、諦めたように深い溜息を吐いた椛は、観念したようにその場に立ち上がる。
「仕方ないですねぇ」
「仕方ないじゃありません。取材中に寝ようと言うのが間違いなんです」
「はいはいそうですね。ほら、早く抱き心地を試したらどうです」
ぶっきらぼうに口にして、文に先をせかす。
対して文はと言えば、未だに踏ん切りがつかないらしく、枕霊夢とにらめっこを続けている。
……覚悟を決めてないなら、枕を奪わないで欲しい物だ。
「使わないなら私が使わせてもらいますが」
「使うに決まってるじゃないですか。言っておきますけど、あくまで記者としてですからね」
「はいはい」
いちいちしちめんどくさい鴉天狗だなぁ、と椛は小さくごちる。
記者としてなどと保険を掛けていないで、さっさと抱き枕くらい抱いてみたらどうなのだ。
溜まってきたフラストレーションを隠そうともせずに、無言のプレッシャーを文の背中に与え続ける。
そんな妹分(?)からの刺さるような視線を受け、ついに覚悟を決めたのか。
文は意を決したように手を霊夢へと伸ばすと、横になりながらそれを抱き寄せた。
「わぁ」
思わず漏れるは感嘆の声。
「どうですか」
「ふかふかで気持ちいいですねぇ」
枕霊夢を抱きしめながら、文は素直な感想を口にした。
抱きしめれば容易に形状も変わるが、ふにゃふにゃと言うわけではなく、抱きしめている感覚が適度に残る絶妙な柔らかさ。
先程まで椛が抱いていた為、ほのかにぬくもりが残っており、それがまた心地いい。
文にとってこの枕霊夢は、極めて抱き心地の良い代物であった。
……本物の霊夢はどうなのだろう、ふと文は思う。
彼女もまた、抱きしめればふわふわと柔らかそうで、とても温かそうで。
けれども強く抱きしめすぎて壊れてしまう事が怖くて、伸ばした手をするりと抜けられてしまう事が恐ろしくて、これまでずっと手を伸ばす事が出来なかった。
果たして本当の彼女もまた、この枕のように、抱きしめると心地が良いものなのだろうか。
そんな事を考えながら、文は枕を握る手にぎゅうと力を込める。
「お熱いですねぇ」
文は応えない。
ただただ『霊夢』を抱きしめながら、ほのかに頬を染める。
その表情はまさに、恋する乙女そのものであった。
これには椛の方が、反応に困ってしまった。
また何か言い訳を始めたりしたら枕ごと蹴り飛ばしてやろうなどと考えていたのだが、そんな表情を見せられてはやりにくい事この上ない。
椛は文に対しては意地悪であったが、本気で恋をしている少女を嘲笑う程には性悪ではなかった。
その場に居辛くなった椛は文から視線を外すと、自慢の視力で遥か先に存在する、枕のモデルとなった少女の姿を補足する。
他ならぬ、この鴉天狗が惹かれてやまない少女の姿を。
性別の概念など妖怪には無縁の物だが、何も人間、それも博麗の巫女などに惹かれなくてもいい物を。
そんな事を考えながら、苛立つ気持ちを抑えるべく小さく息を吐くと、椛は部屋の外へと向けてその歩を進める。
「椛?」
「どうやら、文さんがおねむのようなので、私はそろそろ失礼します」
「や、寝ませんよ? 今はこの枕の密着取材中ですからね」
またそれか、椛は思わず苦笑する。
全く、人が気を利かせていると言うのに、何とも空気の読めない返答である。
その場でくるりと振り返ると、文の瞳を覗きながら、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「こと枕に関しては、眠り心地を確認するのも立派な取材だと思いますよ」
「む」
「実際に眠ってみないで枕の本質が見抜けますか。どれだけ安眠できるか、寝覚めは心地よいかは重要なファクターですよ」
「むぅ」
椛の理論展開に、文は思わずむぅと唸る。
その様子を満足げに見ていた椛は、障子に手を掛けつつ一言。
「……二人きりの方が、いいでしょう?」
最後にそう口にして、部屋の障子を閉める。
文が小さく名前を呟いた気がしたが、白狼天狗は聞こえない振りをして、すぐさまその場から飛び立った。
あの部屋に在るべきは文と霊夢の二人だけで……椛はただの邪魔者でしかないと、彼女はわかっていたのだ。
そこで彼女が出来る事など、何一つないと、痛すぎるほどに理解していたのだ。
だから椛は振り返りもせず、なるべく二人の部屋から離れるべく速度を上げる。
それはまるで二人から逃げているようで―――――否、事実逃げていた。
「嗚呼、文さん。どうか二人で幸せな時を」
椛は二人の幸せを願い、抜けるように青い空を仰ぎ見た。
―――――尚、語弊の無い様に記しておくが、枕は人数に含まない。
部屋にはまだ文一人しか存在しない、二人になるのはこれからだ、その事を椛は知っていた。
何故なら先程椛が霊夢の姿を捉えた際、博麗の巫女は、間違いなくこちらに向かって飛んできていたのだから。
果たしてあの部屋に辿り着いた時、霊夢は自分の絵が描かれた枕に抱きつく文を見て、どのようなリアクションを取るのだろうか。
あの部屋で二人は果たしてどのような逢瀬を繰り広げる事になるのだろうか。
その際のシーンを頭に思い描き、椛はふっと薄い笑みを浮かべる。
どうか二人で幸せな時を。
やはり、この白狼天狗は意地悪であった。
【ケース2:博麗霊夢の場合】
「あぁ、霊夢?」
「何かしら?」
「それ、なんだ?」
「これ?」
魔理沙は霊夢の寝室に転がる魔理沙を眺めた。
いや、正確には等身大の魔理沙の絵が描かれた、巨大な低反発性の抱き枕を眺めていた。
「抱き枕」
「あぁ、うん。それはなんとなく判ってる」
使ったことはないが、そういうものがあることは魔理沙も知っている。知っているが、それに自分が描かれたカバーが被さっている意味が少しも判らなかった。
「それ、何?」
「抱き枕」
「あぁ、うん」
魔理沙の言う意味を把握しきれず、霊夢は繰り返す。このまま続けてもRPGよろしく同じ科白を続けられるのだろうと、魔理沙は深呼吸して一旦停止。
「うん、いいか? まず整理しよう」
「うん。何よ」
魔理沙は一旦周囲を見回した。
変わったところは今のところ抱き枕以外にはない。
というか抱き枕が異端過ぎる。
もはや異変と言われても信じよう。
「その抱き枕、なんで私の絵が描いてあるんだ?」
「あぁ、このカバーね。魔理沙が作ったんじゃないの?」
「なんでだよ!」
「洗濯して飛ばされても見つかるように」
「なら名前書くからな!」
意図不明の絵付き抱き枕。ただ、それが自分であり、霊夢に抱かれていると思うと。
「……なんかちょっと興奮する」
「何が?」
「何でもない」
ふぅ、危ないと魔理沙は息を吐いた。
こういう歪な興奮はしないようにしないと。
魔理沙はそんなちょっと歪な納得をして気を落ち着けた。
「でだ。それ、結局どうしたんだ? 香霖堂で買ったのか?」
「無縁塚に落ちてたのよ。案外抱き心地が好くてね。使うことにしたの」
何度か見たことのあるだらしのない霊夢の寝顔がかぶりつきの位置にある自分を想像すると、否、起きたときに自分に抱きついている霊夢を想像すると、魔理沙は毛の先まで何か昂ぶる物を感じるのであった。
「……そうか」
「他にもカバーあったわよ」
ごそごそと引き出しを開けて何かを取り出す。
取り出されたのは、同じように抱き枕に付けるカバー。
Ver.アリス。
「それはやめておけ」
「紫もあったわ」
「やめておけ」
なんでか知らないけど悔しいから。
勝手な気持ちから止めておく。
「独り占めは好くないわよ魔理沙!」
何故かアリス推参。
「えぇ、まったくだわ」
紫も推参。
「帰れお前ら!」
「騒がしいわね。私関係ないなら外でやってよ」
渦中に自覚なし。
「私のカバーで寝ている霊夢なんて、見ているだけで至福になれる光景なのよ。それがあなたたち二人ならどう? やるせないだけだわ」
「あなた霊夢の寝顔見てたの!? 赦せないわね、私なんて想像で我慢してたのに」
「お前らいつから霊夢が抱き枕持ってるの知ってたんだよ!」
霊夢の意見を誰も聞かない。
仕方ないので、霊夢はもぞもぞと蒲団にinしようとする。
抱き枕を引き寄せて。
「待ちなさい霊夢! 私のカバーにしておきなさい!」
「えー」
「何言ってるの、三日前紫だったじゃない! 次は私でしょ!」
「一週間交替……」
「毎日変えようぜ」
魔理沙の意見は別段自分のを変えて欲しいわけでもすぐに使って欲しいわけでもなく、単純に洗濯はこまめにした方が好いぞと言うアドバイスである。魔理沙自身も一週間に一度の洗濯なのだが。
「魔理沙、あなた既に勝った気なのね」
「甘いわよ」
「何故そこまで敵意をむき出す!」
魔理沙の命が危うかった。
「自分のカバーが欲しいならあげるわよ」
「「「言ってない」」」
否定の言葉は仲良くハモった。
「まだあるし」
そして引っ張り出された文とレミリア。
「愛と聞いて駆け付けました」
「こんなにも月が紅いから」
良く判らない言葉を放ちつつ二人が追加された。
「……霊夢。カバー何個あるんだ?」
「んー。十枚くらい?」
霊夢に抱かれる権利争奪戦は、まだまだ激化しそうであった。
【ケース3:古明地こいしの場合】
古明地こいし、ただいま欲求不満中。
「おーねーえーちゃーああぁん」
ばたばたばたばた。
ぎしぎしぎしぎし。
ベッドの上で暴れまわっても、埃ばっかりでお姉ちゃんは出てこない。
けど、だからって、この気持ちはこうでもしなきゃ堪えてられない。
「むーぅぅぅっ」
お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん。
私の大好きな、いちばん可愛いさとり妖怪。
頭の中がそのことでいっぱいになって、茹であがるような錯覚に任せて、心の中で叫ぶ。
大好きだよ、だからもっと遊ぼうよ、って。
「大好きだからもっと遊んでよぉ―――!」
無意識の妖怪は思ったことが口に出る。
でもそんなこと気にしない。無意識だもん。
好きで好きでしょうがなくて、無意識まで染まりきっちゃった証拠だから、恥ずかしがる必要なんてない。
「おねーちゃ―――ん!」
ばたーん。ばたばた。
ベッドから転げ落ちてもまだ、だだっ子のように手足を振り回す。
やだやだと身体をねじって跳ねて、握りこんだ拳を思い切りベッドの角にぶつけた。
ぎゃあと変な声が漏れて、私はその手を握りこむ。
……痛かった。
でも、すっとしていた。
何かを拒みたいような気持ちになって、その手をもう一度、今度は床に叩き付ける。
……真っ赤だ。
けど、構わなかった。
なんだか、それで少し楽になったような気がして、今度は自分の肌に爪を立てていた。
いらいらする。錯覚じゃ足りないんだ。
むらむらする。自分のじゃだめなんだ。
きりきりする。寂しくて胸が痛むんだ。
ねえお姉ちゃん。
どうして、そんなに冷たいの?
「―――うぅ」
ほらまた。
大事な妹が、たった一人の妹が。
あなたを想って、泣いていますよ―――?
時を遡ることひと月。
それは唐突に訪れた。
「おねーちゃんっ!」
私はいつものように、猫の要領でじゃれついた。
お姉ちゃんはそうやってすると、なんだか恥ずかしそうに、けどまんざらでもないような顔をする。
私はその顔が好きで、お姉ちゃんに甘えたいときは、こうして背中から抱きつくのだ。
「あぁ、こいしですか」
だというのに。
さらりと、今日は避けられてしまった。
今までわかってたって、こんなことしなかったはずなのに。
「!? お、おねえちゃん」
「ごめんなさい、私今忙しいから」
まるで焦るように、逃げるように。
お姉ちゃんは何かを胸に抱えて、さらりと私を受け流した。
そしてそのまま、かつかつ靴音を立てながら走って行ってしまったのだ。
何度思い返しても、そんな体験は初めてだ。
私が何かしたってわけでもないのに……いや、仮にそんなことがあっても、お姉ちゃんはあんなことしないはずなんだ。
だからどうした、なんて言葉で済ませられないくらい、それはぐさりと深く、私の胸に突き刺さっていた。
お姉ちゃんが、私から逃げた。
その事実だけは、どうしても変えられなくて、でも受け入れられなくて。
好きな人が自分から避けたショックは、多分他じゃ言い表せないものだっただろう。
その後もずっと私と会うと気まずそうだし。
というか顔を見るなり逃げ出されるし。
食事の時間も合わせなくなったし、ペットたちに聞いても何も教えてくれなかったし。
肝心のお姉ちゃんに聞くこともできなくて、私は悶々とこのひと月を過ごしていた。
たまに見かけるお姉ちゃんの表情は、なんだかこう、夢見心地って感じで。
よくわからない、とらえどころのない風な雰囲気を持っていた。
それは私の見たことのない顔で、他の誰かがそうさせたんだって考えると、なんだか不安になって。
ねえ、どうして。
どうして、私を避けるの?
嫌いになったならそれでいいから、せめてさよならくらい言ってよ。
そうじゃないと、私。
切なくて、死んじゃいそうだよ。
「―――――っ!!」
びく、と身体が跳ねる。
くしゃくしゃになったシーツにいつの間にか寝転がって、小さくなって震えていた。
ひたひたと濡れた指と、少し汗を含んだ肌。
ぼんやりとした意識が次第に晴れて、熟したレモンみたいな匂いを嗅ぎ取る。
我に返って、自分が何をしていたのかを理解したころには、羞恥と自己嫌悪できゅうっと胸が捩れそうになった。
「あ……う、うぁぁ……っ」
だめだ。
最近、ずっと泣いてばっかり。
怒ってばっかり。暴れてばっかり。
こんなことばっかりで、どうにかなっちゃいそう。
お姉ちゃんでなきゃ、いやだ。
自分じゃ、どうしようもない。
私よりあったかい手で、私より柔らかい唇で。
撫でて、愛でて、触ってほしい。
「ね、ちゃん……お姉ちゃん……」
馬鹿。
泣くな。
泣いたってお姉ちゃんはこないんだから。
もう、護られてたあのころとは違うんだから。
今まで、そうやって自分を諭すことでごまかしてきたけど。
でも、さすがに、今回ばっかりは限界だった。
たったひと月。されどひと月。
お姉ちゃんのいない30日は、私にとってあまりにも長い時間のように思えた。
思い返しても毎日、今日の繰り返ししかしてなかった。
日に日に酷く、醜くなっていく自分の姿は、無意識の海に沈めてしまった。
―――だって。
覚えていたら、何もかも壊れそうで。
私とお姉ちゃんの間にあったものさえ、忘れてしまいそうで。
とてつもなく、自分の姿が、怖かったんだ。
大好き。
その気持ちさえ、腐って落ちてしまいそうだった。
お姉ちゃん。
お姉ちゃん。
私、耐えられない。
これ以上、お姉ちゃんがいない世界で生きてるなんてできない。
私、もう我慢できないよ。
お姉ちゃんに、会いたいよ―――――
「―――お、ねえちゃん」
「こッ、こいし!!!?」
……最初から、こうすればよかった。
私の力は「無意識を操る」能力。
だったら、互いの無意識を惹きつけあえば、会いに行くことなんて簡単だったのに。
この力を行使するのも無意識なら、望めばそうすることは容易だったはずなのに。
お姉ちゃんだ!
お姉ちゃんがいる!
お姉ちゃん―――――?
「こここ、こいしっ、どうして、ここに」
爆発しそうな喜びは、その。
お姉ちゃんが大事そうに抱えてる、怪しいブツのせいで吹き飛んだ。
なにあれ。
いや、なにかはわかるけど。
どうしておねえちゃんは下着姿で寝てて、脚で挟むくらい大切そうにそれを抱いているのだろうか。
「ちょっとまって、その、これは」
視線に気づいて、必死で隠そうとしてるけど。
その、もう遅かったりする。
怒り心頭とは行かないまでも、これは情状酌量の余地など一切ない。
「ねえお姉ちゃん?」
私がどれだけさみしかったか。
私がどれだけかなしかったか。
私がどれだけせつなかったか!
腕から血が出るくらい、
涙も枯れるくらい、
身体が訴えるくらい、
私はお姉ちゃんを求めていたのに。
「バッタの交尾ってしってるよね?」
そんなの全部ブッちぎって、お姉ちゃんは、お姉ちゃんは―――――私の抱き枕なんか抱えて―――――!!
「や、ちょ、こいし、」
問答無用。
大好きなお姉ちゃんは偽物の私で欲望を満たしていたみたいだから、今度は本物の私をしっかり知っておいてもらおう。
爪の痕から、歯型まで。
きっちり、私の証拠を残してやろう。
それじゃあ。
「いただきます、おねえちゃん♪」
「いやぁあぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁあっ!!」
雲山抱き枕購入希望者募集中!
非オタ同盟(大崎屋平蔵、手負い、携帯砲)
- 作品情報
- 作品集:
- 最新
- 投稿日時:
- 2010/06/14 02:44:23
- 更新日時:
- 2010/07/31 22:36:32
- 評価:
- 35/94
- POINT:
- 5110
- Rate:
- 10.81
- 分類
- 霊夢
- 文
- こいし
百点をつけるのにこれ以上の理由が必要だろうか。
とりあえずこいしちゃん抱き枕の購入を検討するか…。
文が可愛くていぢめたくなるのもわかります。
いや面白かった。
抱き枕なんて使わずに、一緒に寝りゃいいじゃないか。
あ、カバーはこっちで回収しとくんで。
とりあえずみんな落ち着いてその枕をこっちに渡すんだ(ハァハァ
でも、せっかくの合作企画ですから、完全に切れてる3部作で無く、それぞれの話に繋がりが欲しかったです。
霊夢の章で文が全く出なかったのが残念に感じました。
あと、雲山はせめて枕にw。形状的に抱くの難しそうな気がします。
挑戦的な手法では決してないと思います。もう少しこだわりがほしかったですね。
少々厳しめかもしれませんが、これぐらいで。
じゃあその偽者は俺が貰おうか。
ハ,,ハ
( ゚ω゚ )<雲山さんはおことわりします
惜しむらくは合作と言うよりそれぞれの話になっていた所
いや、Case1も2も続きはまだかぁ!?!?
しかし雲山か……
はっ、まさかこれが・・恋・・雲山・・
とりま抱き枕ください、いぁ雲山のではなく
あんがい抱き心地いい気がするw
とりあえず雲山型のクッションなら購入を検討しようかと思う。
あと、雲山抱き枕はいらないから雲山マットレス売って下さい。
設定が重い作品が多かったので、頭を使わなくていい作品は一種の清涼剤になりました。
アイディアは面白かっただけに、もう少し膨らませるか、三つの場面を繋げる鮮やかなオチが欲しかったかも。
さて本題ですが、藍様の尻尾を再現した抱き枕はどこで(ry
こいしの抱き枕下さいな!
それらを纏めた一作品としては少しバランスが悪かったように思えます。
一つ一つのエピソードは素晴らしくキュンキュンさせられたのですが!(大事なことなのでry
何を言って(ry
業が深い一品でした。
ご馳走様です。
そして後書きが罠としか思えない罠。
あとさとりんは素直にこいしちゃんとちゅっちゅすればいいと思うよ
大変申し訳ありません!
(ふわふわしていてとても気持ち良さそう)
〒135-0063
東京都江東区有明3丁目
まで着払いでお願いしますっ。
せっかくの合作なんだし
アウアウ!!
よく訓練された兵ならば印刷など不要
空想の中だけで完璧に再現できるのだ
3つの章、どれも少しづつ雰囲気が違っているのも、読んでいて楽しかったです。
特に3つ目の文章がぶっちぎりで好きです。携帯砲さんが担当されたのでしょうか。