例え幻想だとしても、私は求め続ける。
the Guards of Phantasm
その日、霧雨魔理沙が社を訪れたとき、博麗霊夢はいつもの如く縁側で茶をすすっていた。
境内に、人影はない。間欠泉騒動以来住み込んでいる火炎猫お燐も、半ば居候と化している伊吹萃香も、何かと理由をつけては入り浸っているレミリア・スカーレットその他の妖怪も、今日はいないようだ。神社に何かしらの妖怪がいるというのが日常というのも随分な話だが。
まったくいつもの通りというべきで、賽銭の多寡を気にする割にはその改善にまったく熱心でない巫女のもと、伝統ある博麗神社は今日も今日とて閑古鳥が鳴いている。
その事実にしみじみと呆れつつ、常と変らず茶をすする霊夢の姿を見ると、何かほっとしてしまう魔理沙であった。
「よ、久しぶり」
いつもの如く箒から降り立ちながら、彼女は片手を上げる。
対する霊夢は、湯呑を傍らに置きながらうんざりした顔を見せた。
「一昨日来たばかりでしょうが。あんたも暇ね」
お前が言うな、という本音を、魔理沙は慎み深く呑み込んだ。彼女にも情はある。
「おいおい、ご挨拶だな。そういう台詞は茶の一杯も出してからいうもんだぜ」
「手土産の一つも持ってくれば考えてもいいわ」
そうこぼしつつ、ちょっと待ってなさい、と霊夢は一度奥に引っ込んだ。急須にお湯の補給と、魔理沙用の湯呑を取りに行ったらしい。
何だかんだいいつつも、二人は長い付き合いだ。何をいわずとも客として迎えてくれる。
まあ、そうしなければさらにうるさく催促されるから、というのも大きいだろうか。
「で、今日は何の用?」
戻ってきた霊夢は、茶を差し出しつつ訊ねる。
「用がなけりゃ来ちゃだめなのか?」
「賽銭を入れてくれる参拝客なら常時受付中」
「ご利益があるなら考えるぜ」
「あるでしょうが。まったく、大結界の維持も結構面倒くさいってのに」
ぶつぶつと霊夢はこぼす。
実際、霊夢は異変解決に限らず、見えない部分でも巫女の務めを果たしている。
博麗大結界。
幻想郷を幻想郷たらしめるこの結界を、博麗の巫女は代々管理・維持し、時折生じる綻びを人知れず修復してきた。
その重要性は誰もが知るところであるが、その割に参拝客が少ないのはどういうことか。
霊夢の嘆きはまことにもっともなものであったが、ある意味やむをえざる一面もある。そもそも博麗神社は人里から幾分離れており、そこに至る参道には当然ながら妖怪も出没する。ただの人間が気軽に参拝するには随分と難儀な立地条件なのである。
加えて神社自体も妖怪が入り浸っているとあっては尚更だろう。萃香らは決して人を見れば襲いかかるような性質の妖怪ではないが、それでも人は本能的に妖怪を恐れる。そうでなければならない、とはそもそもが博麗の巫女の認める摂理である。
それに、例えそうでなかったとしても、妖怪たちは総じて人間をはるかに上回る能力を――その気になれば人体など瞬時に肉塊に変えられるだけの力を――備えている。害意がなかったとしても、周囲にぞろぞろとそうした連中がいると思えば、ただの人間はたまったものではない。それこそ霊夢のような、人間としては規格外の実力の持ち主でなければ。
ただし、人妖含めた幻想郷の住人たちの名誉のために補足するならば、彼ら彼女らとて博麗の結界と巫女の重要性は知悉しており、そこに向けられる敬意と尊崇は今に至るも変化はなかった。
博麗の巫女を殺めることが妖怪にとっては最大の禁忌になっていることもそうだし、霊夢が提唱したスペルカード・ルールが当然のように順守されていることもそうだ。参拝客と賽銭こそ少ないが、異変解決のごとに人里などからは相応のお布施が届けられる。時には妖怪が異変解決の依頼をすることもあり、その場合には酒やら山海の珍味やらが報酬として支払われる(そして、宴会で消費される)。
もちろん霊夢もそうした諸々は承知の上で、参拝客と賽銭の少なさを嘆いているわけで、これはこれで霊夢という少女の持つ一種の稚気、あるいは贅沢と見ることもできよう。
まあ、裏面で支払われる敬意はともかくとして、妖怪しか寄りつかない神社、空洞の多すぎる賽銭箱の在り様に根本的な慨嘆を覚えるのは当然の心理でもあるのだが。
「そういえば、知ってるか?」
遠慮なしに煎餅をかじりながら、魔理沙は昨日耳にしたばかりの噂話を振った。
「最近、妖精の数が妙に多いとさ」
「ふーん? ま、春先だしね」
あっさりと霊夢は答える。考えようによってはひどい切り返しだが、理由はある。妖精とはそもそもが自然現象の具現でもあるので、生命活動の制限される冬が終わると途端に活発になるのだ。加えて、控え目にいっても単純な精神構造をしている妖精は、暖かく過ごしやすくなったいうそれだけの事実ではしゃぐようになる。
「いやいや、それがだな。多いだけでなく、攻撃的になってる奴もいるみたいでさ。弱い妖怪なんかは背後から急に弾幕を飛ばされて怪我した奴もいるってよ」
「そりゃ災難だわね。事故にあったようなもんだわ」
先述のように、現在の妖怪、そして力ある人間の間では、スペルカード・ルールが当然の作法として認識されていた。しかし、妖精の大半は知能が低く、そもそもが決闘という概念を理解していない。霊夢や魔理沙にしばしば弾幕勝負を挑んでくるチルノは、あれで実はかなりの例外だ。何かと馬鹿者扱いされるかの氷精だが、妖精の中では飛び抜けた実力の持ち主であり(妖精の中では、だが)、知能も高いのだ(あくまで妖精の中では、の話だが)。
霊夢はしばし目を閉じて思考し、魔理沙の話を吟味した。
こういうとき、彼女は自分の勘を信用している。
「――ま、特に危険はないでしょ」
それが、博麗霊夢の出した結論だった。
現状、特に危険があるとも思われない。弱いとはいえ妖怪が負傷したというのはあるが、霊夢にしても異変解決の際、活発化した妖精の一撃をくらって手傷を負うことはある。
「せいぜい事故には気をつけましょう、てか」
魔理沙も笑った。幻想郷には外界とはまた違った危険がある。というより、本来、幻想郷は外界よりもはるかに生死に関してシビアなルールが支配している。生命倫理、道徳というものの概念が、まるで異なる世界だった。
二人はこの後、十回分ほど急須を空にし(うち七割は霊夢が消費した)、何でもない世間話によって半日を過ごした。
少なくともこの時点において、霧雨魔理沙の日常はいまだ平穏に継続していた。
妖怪の山で騒ぎがあったのは、それから一週間も経たない日のことだった。
百匹ほどの妖精が山の居住区画を襲撃したのだ。
山は幻想郷パワーバランスの一角を担う一大勢力だ。それ故に誇り高く、同時に閉鎖的でもある。
このときも、山の住人たちは即座に迎撃し、あっさりと勝利した。住人の側に死者はなく、妖精は文字通り壊滅。ただし、勝者の側に十数人の負傷者は出た。
問題があるとすれば、負傷者の中に天狗が含まれていたことだろう。
「猿も木から落ちる、って奴?」
今日も今日とて茶をすすりながら、霊夢は一報を知らせに来た射命丸文に率直な感想を漏らした。
「だったらいいんですがね」
出された茶に口をつけながら、しかし文は一人ごちるように呟く。
文々。新聞の記者であり発行者でもある彼女だが、今回の一件に関してはあまり記事にする気が起きないらしい。妖精如きの襲撃で天狗が傷を負ったというのは、聞こえのいい話ではない。
「何というか、気になるのですよ。私はその場に居合わせなかったのですが、目撃者の話によると、一部に随分と手強い妖精が含まれていたとか。面子を保つための言い訳かも知れませんが、それだけでは片づけられない気もします。傷を負ったのは私の顔なじみなのですが、若手の中ではなかなかの使い手なんですよ。少なくとも、油断していたとはいえただの妖精に後れを取るとは思いません」
天狗は幻想郷でもかなり上位に位置する妖怪だ。種別にもよるが、文がいうからには実力はたしかなのだろう。このブン屋はときに慇懃無礼で軽薄なところはあるにせよ、千年以上を生きた鴉天狗であり、山でもトップクラスの実力を持つ。本人の志望により一介の新聞記者に留まっているが、その気になれば大天狗に並ぶ幹部級の地位を得ていてもおかしくはない(まあ、指導者に必要なのは妖術・妖力の類よりも統率力や組織管理の実務能力であって、単純に強いことがすなわち幹部にふさわしいということでないのはたしかだが)。
「天魔はどう見てるわけ?」
霊夢は訊ねた。天魔とは天狗たちの長、つまりは鬼が不在の現在では山の頂点に立つ支配者であり、外界ならば崇拝の対象にもなっている大妖の一人だ。霊夢も博麗を継いだばかりの頃、一度会ったことがある。
「今のところは哨戒を強めるようお達しが出た程度ですね。単に妖精が活発化するていどなら、珍しくもないことですから」
それだけでは腑に落ちないので、文はこうして神社に相談に来ているわけである。勘のよさでは異論の出る余地がない霊夢だ。人にも妖怪にも絶対中立である博麗の巫女相手ならば安心して愚痴をこぼせるというのもあるだろう。
「別段、誰かしらが妙なことを企んでるって話は聞かないわよ」
霊夢は先回りして結論を口にした。
実際のところ、それほど事態を深刻なものとは、彼女は思っていない。
以前、幻想郷中で季節を無視して四季の花が咲き乱れたという事例があったが、今回もそれと似たようなものなのだろうと思っている。
あのとき、誰の目にも明らかな異常=異変と判断した霊夢は解決に乗り出したものの、ことの真相は外の世界で何らかの原因による大量の人死にがあったためというものであって、閻魔と弾幕勝負までした苦労はすべて無駄に終わってしまった。たしかに当時は、異変の際には特に鋭くなる自身の勘が働かないという実感があった。
今回のケースも、それと同様の感覚がある。
妖精が多くなった。一部に手強い奴もいる。負傷者も出ている。そういわれても、何かピンとこない。
妖精は自然現象の具現であるから、増えもすれば減りもする。
中にはチルノのような、お馬鹿ではあるが妖怪と渡り合う実力者もいる。
負傷云々は時の運にもよる。
いってみればそれだけのことだ。明快な根拠と論理をもってそう結論できる。
「ま、あなたがいうならそうなのかも知れませんが」
対する文も、霊夢の勘には全幅といってよい信頼を置いている。天狗の特性として、強者には下手に出て、弱い者には強気に対するというものがある。幻想郷の住人がしばしば揶揄を込めて語る評だが、同時にそれは天狗の持つ現実的な認識力と社会性を示すものでもあった。
気分を切り替えた文は、自身の発行する新聞の評判についての愚痴をいくらかこぼした。それなりの好評を博してはいるが、万人に受け入れられる類の評価は受けておらず、天狗の間で行われる新聞大会でも選から漏れる、といった愚痴だった。
例えば前回の大会で選ばれた新聞は、たしかに情報の正確性と迅速さでは群を抜いているが、内容が散文的に過ぎる、と文は評した。公平中立を掲げるのはいいが、もとより神ならぬ人妖が行う報道において、主観が入るのは当然である。ならばいっそ自身の好みを読者にもわかりやすく提示し、かつ読み物として面白く成立するような記事を目指すべきではないか、というのが文の主張であったが、それはそれで偏りが過ぎると霊夢は指摘した。
文々。新聞は、記者兼発行者たる文の性格を率直に反映して、年頃の少女が読む分には面白いものとして仕上がっているが、それだけに本来購買層のメインターゲットとすべき成人男性には関心の薄い内容となっているのも事実だった。
好んで読者を限定させているのだから、万人に受け入れられないというのはむしろ的外れな愚痴といえよう。呉服屋を羨む八百屋はいない。売り物が根本的に違うのだから。
そうした正論で文の愚痴をなだめながら、霊夢はいつものように茶をすすった。
時間は相変わらずゆったりと流れていた。
――そうした時間が過去のものとなりつつあることに、博麗霊夢は気付いていなかった。気づけるはずが、なかったのだ。
十日後、霧の湖において妖精が大発生。
現れた妖精たちはそのほとんどが大妖精級の、あるいはそれ以上の能力を持っていた。
そして何より、攻撃的であった。
先住の妖精たちの多くがその被害にあい、消滅。
チルノをはじめとした一部の力ある妖精たちは奮闘したが、仲間を逃すのが精一杯であった。
湖に面した紅魔館も同様に襲撃を受けた。
霧の湖の上空をあらかた制圧してしまった妖精たちであったが、さすがにその戦力が妖怪の山に伍するとまでいわれた紅魔館は格が違った。当主たるレミリア・スカーレットが出陣するまでもなく、門番・紅美鈴を筆頭とした紅魔館勢は妖精たちを見事に撃退。被害を最小限に食い止めた。
頃合を同じくして、人間の里の近辺においても妖精が出没。
上白沢慧音は自警団の増強をはじめとした警戒態勢を強め、里の周囲には柵が張り巡らされた。
命蓮寺の主たる聖白蓮は、その博愛的な思想からどうにか攻性化した妖精たちをなだめ、共存できないかと話し合いを試みたが、もとより妖精には妖怪ほどの知性はない。意思疎通以前の問題であった。寅丸星、村紗村蜜、雲居一輪、ナズーリンらが懸命に守護しなければ、かの慈悲深き聖者はただではすまなかったかも知れない。封獣ぬえも、白連のお人好しぶりに呆れつつ手を貸した。
妖精たちは地底にも侵入した。
すべてを受け入れる幻想郷、その幻想郷からすら追われた歴史から、地底の妖怪たちは山以上に結束が固い。
侵入した妖精たちは数刻と持たずに殲滅されたが、動揺が広がることは避けられなかった。ある意味で、地底とは最後の安息の地であったからだ。外の世界から忘れ去られた幻想たち、その幻想の中ですら忌み嫌われた者どもが行き着いた終の棲家だった。
地霊殿の主であり、実質的には地底そのものを支配する古明地さとりは鬼の一族とも連絡を取り、住人の慰撫と防備を固めることに腐心した。
魔法の森、白玉楼、永遠亭、果ては天界に至るまで、幻想郷全土において何らかの被害が生じていた。
何より恐るべきは、妖精たちが日を追うごとにより強力に、より強大になりつつあると感じ取れることであった。
異常発生した当初はそれまでとさして変わらぬ力しか持たなかった妖精が、妖怪の山を襲ったときには天狗に手傷を負わせるほどの力を持つものも含まれるようになり、霧の湖を覆いつくした頃には大妖精級のものが多く含まれた。
このまま行けば妖怪に匹敵する、あるいはそれ以上の力を備えた妖精が出現するかもしれない。
……否、例えそこまでいかずとも、大量に発生を続ける妖精たちはその数自体が一つの暴力だった。
幻想郷に住む誰もが、近い将来における脅威を予見した。
それでも、大半の者には楽観的な気分があった。
幻想郷は、残酷な理想郷だ。いかなる妖怪変化も受け入れる。
その歴史においては妖怪の人間に対する虐殺があり、人間の妖怪に対する報復戦争があり、妖怪同士の共食いがあり、人間同士の抗争があった。実際、妖怪が人間をむやみに襲うことが禁忌となり、妖怪同士、人間同士の争いが収まったのは、博麗大結界が成立して以降――そして、皆が平和に馴れて幻想郷全土が呑気な空気に包まれるようになったのは博麗霊夢が社を継いでからのことだ。
あるていど昔を知る妖怪たちのほとんど、あるいは人里の古老も、その事実を知っていた。彼らが首を傾げることがあるとすれば、それはいつになれば博麗の巫女がこの異変を、おそらくは妖精異変とでも称すべき目の前の現実を解決するのかということだけだった。
博麗の巫女が動き出したなら、昨今稀に見る物騒な異変も解決されるであろうことを、幻想郷の人妖は疑っていなかった。
異変の勃発を幻想郷の住人たちが認識してから五日後、霧雨魔理沙はやはりいつものように博麗神社を訪れていた。
彼女にしてみれば久方ぶりの来訪だった。三日と空けず社の客人となっていた彼女だが、ここ最近は魔法の森に発生した妖精たちへの対応で手を取られ、身動きが取れなかったのだ。
アリス・マーガトロイドをはじめとする森の住人たちの協力もあって、魔法の森での攻防は一段落がついたのだが、魔理沙としてはそのとき人形使いが漏らした呟きが耳に残っている。
――ああもう、霊夢は何をしているのよ。いえ、そろそろこの異変の元凶をとっちめている頃なのかしらね。
しかし、アリスがその呟きを漏らしてからも妖精たちの攻撃は続いた。
それどころか、激しさを増していった、といってもよい。
驚くべきことは、初歩的ながらも魔法を扱う妖精が何匹か出現してきたことである。どうやら魔法の森に順応した結果らしいが、魔理沙たちの衝撃は小さくなかった。
妖精は自然現象の具現。魔法の森は、魔力と瘴気に満ちた場所。ならば、そこに発生した妖精は、「生まれついての魔法使い」以上の魔法の適性を持つと見るべきだろう。事実、扱う術式が初歩的なだけで、その威力は決して無視できるものではなかった。
最終的に妖精たちは、なりふり構わず同盟を組んだ魔法の森の住人――つまり魔法使いたちの手により駆逐されたが、被害は無視できるものではなかった。魔法使いたちの幾人かは深手を負い、森自体も二割近くが焦土と化した。復旧には決して短からぬ時間を要するだろう。
魔理沙に限らず魔法使いたちを戸惑わせた最大の理由は、攻性化した妖精たちが魔法を使用したことのみならず、その攻撃に一切の躊躇がなかったこともあった。
大結界の成立以降、本格的な闘争が絶えて久しい幻想郷において、それは恐るべきことであった。
もともと、妖精たちには大した知能がない。故に、スペルカード・ルールを理解している者も、チルノや大妖精といった一部を除いて皆無に等しい。今までの異変でそれが問題にならなかったのは、妖精が幻想郷では最低ランクの生体であったからという一言に尽きる。例え全力の一撃を受けたところで、妖精如きでは並の人間を殺すこともできなかったのである。
それが今回は、状況が違った。能力は妖怪並、知性は相変わらず、という妖精が群れをなしている。
しかも、妖精には生死の概念がない。加減を知らない妖怪もいないではないが、そうした連中も最低限の引き際を知っているし、何より自身の生存本能を優先させる。少なくとも、味方の被害も構わず広範囲攻撃を仕掛ける者、自爆同然に力を暴走させる者はいなかった。
妖精たちには根本的に、そうした一切の制限がなかったのだ。
予想以上の苦戦が終結したのは、つい昨日のことだ。
負傷者の保護、山や里への連絡などの一切の事後処理をアリスに押し付け、魔理沙はようやく社を訪れたのだった(ただし、異変解決における魔理沙の実績を知っていたアリスは、何のかのと文句をこぼしつつ「あの巫女の尻をひっぱたいて異変解決を急がせなさい」と見送ってもくれた)。
稀有なことに、というべきか、境内に霊夢の姿はなかった。
勝手知ったる他人の家、とばかりに魔理沙は社へ踏み込む。
霊夢が社の北側を居住空間にしているしていることは先刻承知だった。
「おい、霊夢――」
居間として扱われている部屋に足を踏み入れたとき、魔理沙は一瞬、絶句した。
霊夢は確かにそこにいた。
特徴的な巫女装束もいつも通り。杯を片手に酒を飲んでいるのも、珍しいことではなかった。
しかし、障子を開けて現れた魔理沙を出迎える、その視線の冷やかさに、魔理沙はぞくりとするものを覚えた。
「――ああ、魔理沙。あんたも、一杯やる?」
酒気を含んだ声音。ただし、視線と響きだけが、それ以外の何かを含んでいた。
「随分と、余裕かましてるじゃないか」
魔理沙はかろうじて、それだけをいった。
紅白の巫女は薄く笑ったようだ。
戸棚に手を伸ばし、杯をもう一つ取り出す。なみなみと酒を注いで、魔理沙に突き出した。
気押されるように受け取った魔法使いに、霊夢は自身も注ぎ足した杯を掲げた。
「乾杯、ね」
「何にだよ」
「強いていうならば、すべてを受け入れる残酷な理想郷に」
自嘲めいた台詞は、魔理沙の記憶にはないものだった。
「そして、このめでたき破滅の日々に」
吐き捨てるように言って。
霊夢は一息に杯を空にした。
「おい、冗談にしても笑えないぜ」
受け取った杯に口をつけることなく、魔理沙はいった。
「大体、どうしてこの一大異変に、博麗の巫女が酒なんぞあおってるんだ?」
「ないのよ、異変なんて」
巫女は言った。魔法使いは当然にかみついた。
「悪い酒でも呑み過ぎたのか? 神社がどうだか知らないが、外がどうなってるのか知らないはずがないだろう」
「知ってるわよ。この十日間、何人の暇人がここに来たと思ってる? 文、レミリア、慧音、早苗……地底からさとりまで来たわよ」
お互い、得るものは何一つとしてなかったけどね、と霊夢は笑う。自分自身を含めたすべてを突き放す、人間ではない何かのような笑みだった。
杯にもう一度酒を注ぎ、一息で空けてから、霊夢は呟くようにいった。
「私もね、この一カ月、何もしてなかったわけでもないのよ。紅魔館に加勢したり、山で天狗に混じって戦ったりね」
でも、何もわからなかったし、何にもならなかった。
霊夢はほろ苦く笑う。
異変であれば、霊夢は「何となく」、事態の元凶にたどり着く。こちらの方が何だか物騒だ、あちらの方が何やら怪しい。そう思って気ままにうろつくうちに、異変を引き起こした相手と対面し、自然に確信する。これを倒せば解決だ、と。そして事実、その感覚が的を外したことはない。
今回の一件には、それがなかった。
攻性化した妖精たちは、どこから見ても単なる妖精にしか見えず。
事態の裏でほくそ笑んでいる奴がいるかもと疑っても、それらしき心当たりはまったくない。
――結論が得られたのは、つい昨日のことだ。
社に伝わるいくつかの文献と、現在の状況を重ね合わせ、博麗霊夢はようやくのことで真相にたどり着いた。
すなわち、
「これは、異変じゃない」
突き詰めてみれば、それだけのことだった。
幻想郷であればまったく珍しくもない、むしろその存在意義ともいえる事象。
首を傾げる魔理沙に向けて、博麗の巫女は告げた。
「幻想郷は、破滅を受け入れたのよ」
「つまるところ、外の世界では【破滅】という概念それ自体が幻想として扱われ始めた、ということだ」
居並ぶ列席者に向けて、八雲藍が静かに説明した。
博麗神社の社で開かれた、幻想郷の有力者に対しての緊急会合。
事態が事態であるだけに、各勢力の長か、あるいはそれに近い大物が揃っている。皆、自身の本拠が妖精たちの襲撃にさらされている中をぬうようにしてやって来たのだった。
紅魔館からはレミリア・スカーレットその人と十六夜咲夜。白玉楼からは西行寺幽々子と魂魄妖夢、永遠亭は蓬莱山輝夜の代理として八意永琳、命蓮寺からは聖白蓮、古明地さとりも地霊殿から出席している。完全な防衛体制を整えている人里は、上白沢慧音が離れられなかったため、全権代理人として藤原妹紅が顔を出している。
妖怪の山は、その閉鎖性から誰も出席しないことも予想されていたが、それでも射命丸文を寄こしてきた。霊夢らと以前から面識があることが加味されたらしい。加えて、守矢神社の諏訪子と東風谷早苗も列席している。
意外なことにというべきか、天界と冥界からも出席者があった。前者からは永江衣玖が、後者からは小野塚小町が派遣されている。表向き、天界・冥界は幻想郷と地続きとはいえその内部事情に一切かかわりを持たないが、従者的な立場にある者が出席する分には問題ないということなのだろう。
その他には、どこから聞きつけたのか幽香まで顔を並べている。
会合の議長格は八雲藍。
本来の社の主であるはずの霊夢は、社殿の片隅に黙然と正座している。さすがに酒瓶は手放しているが、瞑目するかのようなその様子に、声をかけようとした幾人かが口をつぐんで引きさがっていた。
「質問があるんだけど」
一瞬の沈黙と、それに続いて起こったどよめきを無視するように、妹紅が手を挙げた。不老不死という体質故か、この少女には遠慮というものがない。まあ、遠慮がないのは大抵の連中が同様なのはたしかだが、背負っているものが少ないというのもあるだろう。慧音や幾人かの人間との交流はまた別として、妹紅自身は何らかの組織の長という立場ではない。
「つまりそれは、【破滅】という概念それ自体が、妖怪みたいな扱いで幻想郷に流れ込んだと考えていいわけ?」
「その理解で間違いはない」
藍はうなずいた。金色の九尾の狐として、八雲紫の式という立場を度外視しても強大な力を持つ妖狐だが、その表情には憔悴の色が濃い。
妹紅は険しい表情で、
「そんな概念なんてあやふやなものまで流れ着くものなの?」
「元をたどれば我々妖怪も幻想という概念に過ぎない。付け加えるなら、妖精は自然現象の具現そのものだからな。外の世界で【破滅】という概念が幻想として扱われるようになり、幻想郷に行き着いた。今、大量発生している妖精たちは、その【破滅】という現象が具現化したものだと考えられる」
「……いつの間に外の世界は、そこまで浮世離れするようになったんだ」
呆れたように妹紅は肩をすくめる。
彼女がヒトであった千年以上昔からは考えられない。夜の世界は魑魅魍魎の跋扈する世界で、飢餓、疫病、山賊の類、戦乱と、死すなわち破滅の気配を感じ取らないことはなかった。妹紅は妾腹とはいえ貴族の出身であったため、あからさまな死の危険にさらされることはなかったが、それでも都で疫病が流行り、市井の庶民の亡骸が路傍で晒されている様を見たこともある。
「別段、外の世界すべてが理想郷に変わったわけではなかろう。一部の力ある国で文明が発達し、物質的にも富んで、世界の破滅などというものが馬鹿げた夢想として片づけられるようになった、そういうことだと推測される。しかし、幻想として成立し、幻想郷に流れるにはそれだけで十分だ」
八雲藍は視線を転じ、東風谷早苗を見つめた。彼女は幻想郷でも新参であり、つまりは直近の外の世界について詳しい。
早苗は力なくうなずいた。
「……心当たりは、あります。……外の世界では、つい十数年前まで二つの超大国が何十年も睨み合ってて、下手したら世界が滅びるほどの大戦争になるんじゃないかって予想も当たり前にあったらしいです。冷戦なんて呼ばれてましたけどね。しかしそれも、一方が崩壊して大戦争どころじゃなくなりました」
「終末思想なんてものもあったねー。物質が富み過ぎた故の反動として、いつか滅亡が来るんじゃないかっていう不安がつきまとっていたのさ」
諏訪子が幾分皮肉っぽく口を挟む。ある意味、外の世界の文明発達によって、彼女たちはもといた世界を捨てる破目になったのだった。
「大昔のとある預言者とやらの詩になぞらえて、何年何月に世界は滅ぶ、なんて大真面目に信じる奴もいたよ。もちろん、その預言は大外れで世界は変わらず存続し、信じていた事実自体が笑い話の種になったっけ」
たしかにそうした事柄を考えれば、【破滅】という概念が幻想として流れ込むこともありうることだ。そう諏訪子は締めくくった。
藍はうなずいて、
「【破滅】の具現である妖精たち――便宜上、元いた妖精と区分する意味で『黒妖精』とでも呼称するが、それが出現した経緯についてはまさしく諏訪子殿の仰る通りだろう。問題は、それが幻想郷の在り様からすれば当然ともいえる成り行きであるだけに――」
「対処のしようがない、そういいたいのか」
レミリアが鋭く指摘した。
深い疲労をにじませたため息がそれに応じる。
「そういうことだな。一応、ご存知でない方、あまり詳しくはない方もおられるので説明するが、幻想郷には二つの結界が張られている。数百年前、我が主が張られた幻と実体の境界。これにより、外の世界で幻想として排斥されたものが、この幻想郷へと自然に流れ着く。もう一つが百三十年前に成立した博麗大結界。常識と非常識を分かち、外の世界での常識と非常識を、この幻想郷内部において逆転させる。この二つの結界は、幻想郷が幻想郷として成立するために不可欠な結界ではあるが、だからこそ、幻想の侵入それ自体を疎外することはできない」
「素人考えで恐縮ですが」
聖白蓮が口をはさんだ。普段はおっとりとした雰囲気を崩さない穏やかな聖者だが、表情からはさすがに血の気が引きかけている。せっかく封印から復活し、愛する弟子たちと誰はばかることなく暮らせる生活を手に入れたばかりとあっては無理もなかった。
「新たな結界を張ることはできないのですか? 事態が終息する間だけでも、完全に物理的に、幻想郷と外の世界を遮断するような」
それによって【破滅】の流入を防ごうというのだろう。白蓮の提案はもっともなものだったが、藍の返答は無情だった。
「不可能だ。いや、それをしては幻想郷も存続できなくなる。二つの結界によって隔てられているとはいえ、本来、幻想郷は外の世界と地続きといってもいい。だからこそ草木や日光といった自然が問題なく存在し、生態系が成り立っている」
幻想郷は、外の世界における蜃気楼のような存在なのだ。存在はすれど、掴むことはできず、触れることもできない。蜃気楼との相違点は、そこにたしかに息づくものがあり、内部において実体を持つということ。
逆説的にいえば、掴めない触れられないという点を除けば、地球という星にたしかに存在する一地域である、ということだ。
仮に何らかの手段で、外の世界との接点をすべて絶ってしまえば、日光も大気も届かない暗黒の世界ができ上がってしまう。短期間であれば、力ある妖怪の一部は生き延びられるかもしれないが、九割九分の者は死滅するだろう。それでは何のための隔離かわからない。
藍は論文を読み上げる学徒の表情で淡々といった。おそらく、白蓮の提案したようなことは、とうの昔に検討済みだったのだろう。
「なら、【破滅】の妖精――黒妖精とやらを一か所にまとめて駆除なり封印なりはできないのかい?」
小町がいった。流入を防げないなら片端から退治、まったく単純明快な彼女らしい論理だった。
しかしそれにも、藍は頭を振った。
「相手の規模が大きすぎる。一匹の妖怪として形を取っているならまだしも、相手は概念そのもの。ありがたいことにというべきか、この幻想郷では黒妖精という形を取ってくれてはいるがね。外の世界でどれほどの規模の幻想となっていたかにもよるだろうが、おそらく数千万、あるいは数億の人間の思念が生み出し、そして排斥した幻想だ」
今の状況は、あくまで【破滅】の流入の過程なのだ。そう藍は説明した。あまりにそれが巨大すぎる故、幻想郷ですら一時にそれを受け入れられてはいない。
日を追うごとに【破滅】の規模は増し、黒妖精はその力と数を増やし続ける。
「それは最終的に、この幻想郷すべてを埋め尽くし塵の一粒に至るまで【破滅】し尽してもなお有り余る、それほどの規模になるだろう。……幻想郷の人妖すべてが束になったところで、抗し切れるようなものではない」
「ならば私たちの末路は何だ? 皆仲良く枕を並べて討ち死にしましょうとでもいうつもりか」
レミリアの声音に激発寸前の何かが含まれた。こんなときでも冷静な表情を崩さない咲夜がさり気無く抑えなければ、怒鳴りつけていたかも知れない。
「まあ、楽しそうな未来図だこと」
どういう神経をしているのか、茶化すように幽香が笑う。
幾人かの出席者がさすがに嫌な顔をした。レミリアは腰を浮かせかけ、灯火に爪を光らせかけている。
「落ち着きなさい、吸血鬼のお嬢さん」
いくらか意外なことに、永琳がなだめた。
「まだ状況把握の段階よ。これから具体的な対策の説明に移る、そう思っていいんでしょう、九尾の狐さん?」
「まさしく」
藍は感謝するように頭を下げた。
落ち着き払った様子から、永琳はすでにこれから述べる「対策」についても見当が付いているのだろうとわかった。先ほどから一言も発しない幽々子、さとりも同様のようだ。永琳はその優れた知性から、幽々子は長い付き合いから、さとりはその読心の能力により、回答を得たのだろう。
「我が主・紫様は、この幻想郷を放棄し、一時的に外の世界へ避難することを計画しています」
「つまるところは引越よ」
会合が終わった後、いつものように茶をすすりながら霊夢はいった。
率いるべき部下を擁する出席者のほとんどは帰ってしまったが、幽香は残っていた。あえて会合には参加しなかったが、内容を知悉している魔理沙と萃香もいた。
「やばいものを招き入れてしまった古家を捨てて、新しい家を造りましょうってね。何もずっと外の世界で避難生活を続ける必要もないし」
「合理的ではあるねぇ」
萃香もまた、表情を変えずに瓢箪をあおる。
いつもと変わらぬ酔いっぷりだが、眼だけがそれを裏切っていた。童女のような姿をした鬼の眼は、会合でのレミリアに匹敵するほどの激情に煮えたぎっていた。
「しかし、気に入らないね。うん、大いに気に入らない。私はこの郷が気に入っているんだ。気持ちのいい小川、季節に彩られる木々、澄んだ風と流れる雲。こんな居心地のいい所はそうはないよ」
口には出さないが、魔理沙も同感だった。
勘当されたとはいえ、幼い頃を過ごした人里には郷愁めいたものを感じているし、地道な研究に打ち込んだ魔法の森も気に入っている。
「あんたはどうなんだい」
萃香は優雅に湯呑を傾ける四季の花の支配者へ視線を転じた。
無形の霧と化して会合の様子を眺めていた彼女は、このフラワー・マスターが列席者の神経を逆なでする発言をしたことももちろん知っていた。
「私は引越なんてするつもりはないわよ」
幽香はあっさりといった。躊躇も何もない、自身の行動への確信に満ちた声だった。さすがに、幻想郷最強の一角に数えられる四季の花の支配者に相応しい態度であった。
「私は私で、あの向日葵畑が気に入っているのよ。妖精如きに荒らされるなんて、冗談じゃない」
花を見捨てて逃げて、何のフラワー・マスターか。
黒妖精だろうが何だろうが、花畑を荒らす者には相応の報いをくれてやるのが風見幽香の流儀だった。
「意味のない意地ね」
しかし霊夢は、萃香たちの感傷をばっさりと切り捨てた。
「別に、小川だろうが向日葵畑だろうが、ここにしかないわけじゃないわよ。紫もそのあたりはわかってるだろうから、新しい幻想郷は似たような環境をあつらえるんじゃない?」
「あのなぁ」
身も蓋もない結論に、さすがに魔理沙は呆れる。萃香たちも、怒ることすら忘れて苦笑していた。まことに博麗霊夢らしい淡白さだと三人とも思った。
彼女らとて、理解していないわけではないのだ。
紫と、そして霊夢の結論が、一番合理的で確実な対策だということが。
……そして、楽しき日々が終わりかけているということも。
三人ともに個性はあれど、低能とは程遠い知性と認識の持ち主だった。ただ、博麗の巫女ほどには自由ではいられない。それだけのことだった。
翌日、幻想郷に住まうすべての人妖に、八雲紫を筆頭とする妖怪の賢者たちの連名で一つの通達がなされる。
曰く、「あらゆる人妖は半月後払暁までにマヨヒガへ集うべし」
この幻想郷を捨て、外の世界に一時避難を行う。避難先は日本国の北海道が選ばれた。
幻想郷の歴史は、ここに一つの終焉を迎えようとしていた。
マヨヒガ。そう通称される廃村に、長い、長い、葬列のような人妖の群れが続いていた。
幻想郷は、外の世界に比べればひどく狭い。人口も知れたものだ。
もとが排斥された幻想、あるいはその幻想に付き合うことを決めた物好きな人間どもの集まりであるからして、数が多くなりようがないのだが、近代以降における外の文明世界においてならば、せいぜいがちょっとした町ていどの規模でしかなかった。
それでも、人妖すべてがかき集められるとなればなかなかの壮観になる。
マヨヒガの朽ちた廃屋の一つに、八雲紫と博麗霊夢によって「門」があつらえられている。
人妖たちはその門を通り、ひとまずは外の世界の日本、北海道の山奥に避難する手筈となっていた。
あまり長居しては外の人間にかぎつけられる恐れもあるが、しょせんは一時しのぎだ。長くても三カ月ほどで代替の新しい郷を見つける、主に代わって仕切りを押しつけられた八雲藍は一同の前でそう明言した。
なお、もしも外の世界での暮らしが気に入ったなら、そこに留まることも許される。幻想郷の人里には、稀にだが「神隠し」により連れてこられた者もおり、そういった人間はこの機会に外へ戻るのもいいだろう、と藍はいっていた。
隊列は粛々と進む。
マヨヒガの周辺には霊夢の手になる結界が張られているため、黒妖精が侵入してくる恐れはない。
これはいくつかの実例から判明していることだが、黒妖精は周囲を無差別に攻撃し破壊する習性を持つ反面、動くものとそうでない者の見分けをつけているわけではなかった。こちらから手出しをしなければ、近寄ってくることはまずない。ただ、周囲の自然環境を手当たり次第に破壊していくのみである。
逆に、一度手出しをしてしまうと、反応は激烈だ。まるで笛でも吹いたかのように周辺の黒妖精が瞬く間に集合し、攻撃を仕掛けてくる。この習性を、藍は、仲間意識ではなく【破滅】に惹かれる本能によるものだろう、と説明した。つまり、攻撃をしかけるという「破壊行動」を嗅ぎつけて来る、そういうことだ。
ために、一度にあるていどの区域の黒妖精を駆逐し、後は防御を固めてしまえば、少なくとも被害を最小限に抑えられるという結果が出ていた。ただし、無制限と思えるほどに発生を続ける黒妖精たちが版図を広げ、防御側の陣地を侵食してしまえば、それも無駄になるだろう。
後にしてきた家やねぐらは今頃、黒妖精によって塵芥に変えられているやも知れぬ。マヨヒガを歩く人妖の顔は明るくなりようがなかったが、だからといってただ暗くなっているばかりでは何も変わることがない。
この時期、幻想郷の各所では、一定以上の指導的立場にある者たちが、字義通り不眠不休の態勢で避難誘導に当たっていた。その献身と努力について、後々においてまで疑義を挟む者は存在しない。
彼ら彼女らは内心思う所は様々であったが、少なくとも近しい人々の明日をよりよきものへとするため、自身のすべてを捧げていた。
大移動を行うにあたって、最も足かせとなるのは幻想郷のうちどの部分か。
この問いに深く考えず答えるなら、さしあたり浮かぶのは人間の里だろうか。何はなくとも人数が多い。小規模とはいえ共同体としての営みを持つほどの集団が、はい移動しましょうの一声で何の後腐れもなく住処を後にできるものか。その光景を想像できないというのが、まず大多数の声であろう。
生粋の幻想郷住人にとってさえその見方が自然なのだから、目の前に広がる街の様子は東風谷早苗にとって、多少なりともカルチャーショックを伴うものであった。
人がいない、という訳ではない。しかし、日頃人であふれ返り、足を止める事も難しいその路が、今はすっかり見通しよく、こんなに広かったのかと感心するほど、一件だけのれんを掲げる茶屋とそこに集う数人の男衆の控え目な笑い声に、僅かに面影を残すのみとなっている。
なんだかオフピークの観光地みたい、と早苗はかつて身近だった光景に重ねた。
これだけの変化が、僅か一週間ばかりの間に起こるとは。
実のところ、移動が始まってから何度か、早苗は里に訪れているのだ。そして来る度に驚いていた。見る度に変化はめまぐるしく起こり、気付けばこのありさまである。
で、早苗の目的というのは、とりもなおさず男衆の集う茶屋であった。
「みなさん!」
再び足を速め、呼び掛けた先。おおよそ早苗の見知った顔で揃っており、幾人かは表情を緩めるような反応を見せた。
「こちら、八坂様のお力を封じた札です」
「わざわざすまないね」
早苗が持参したその束を、受け渡す相手はつまり札を使う者。ということは、この人里で妖怪退治を生業とする者だ。
見た目の職業も、年齢もバラバラ。
重みを感じさせるほどの年月を皮膚刻み込んだ者たち、それを前にしても一歩も引かない若人。中には老人までいる。
博麗の巫女、守護者の半獣、妖怪の賢者たち。妖々跋扈のこの郷にも、だからこそ、か弱い人間を守る仕組みというものが存在している。しかしながら、何をおいても大切なのが、人々が生きようとする力である事は言うまでもない。
こうした一癖も二癖もありそうな連中が揃えば、妖怪じみた妖怪たちと張り合うのに充分事足りる。足りるに違いないだろう、と早苗は肌で感じていた。
「ところで、ですな。ご自分たちの事はどうなっとるんじゃ?」
「神社は山、天狗の皆さんの陣地の真ん中です。ここはひとまず置いて、人々をお助けに行ってこいと、神社の主からも仰せつかっていますので」
守矢神社の引越し作業に関して、する事というのは実際にほとんど無かった。
する事は、少し前に行った幻想郷への転移をもう一度実行するだけだ。今は、天狗と足並みを揃えるためのインターバルといった所である。
その天狗の方でいろいろあって遅滞が生じ、こうして人間に置いてけぼりを食らう格好になっているとは、世の中分からないものだ。
早苗自身としては、こうして人間の郷を手伝う事が出来、かえって嬉しいと感じている。
「まだあれから二週間経ってないよね。まあ素早い変わり身だ」
「諏訪子様」
「これだから、人間はおもしろい」
神、洩矢諏訪子が早苗に語り掛ける。早苗以外からその姿は見えない。
「順当に信仰を拡大しているようで、何よりだね、早苗!」
「いえいえ、少しでもお二人のお力になれれば」
信仰が欲しい。ならば何故姿を見せないのか。直接ご威光を示していただけたら信仰なんて取り放題でしょう、と早苗は言っているのだが。
信仰は奥ゆかしく取るものさ、と笑ってはぐらかされ、人里にいる間、こうして諏訪子は背後霊同然の存在となっている。
どちらかというと、早苗が人里に通うという命令の主な理由はこちら、信仰の拡大にあった。二柱の中でも主に諏訪子の意向として、人手が必要となるこの期に乗じて人里に守矢神社の信仰を根付かせる事である。
もう一柱である神奈子の方は「そんな火事場泥棒みたいな真似」とあまり乗り気でなかったが、それを押してこの活動を推したのは、他でもない早苗自身であった。
「人々が困っていて、私に手助けできる力があって、黙って見ている事などできません。人間としても、風祝としてもです」
「早苗はいい子だ。ま、人間が困ってるとかは正直どうでもいいんだけど。私祟り神だし」
「もう……」
「新天地、今までの幻想郷は一度リセットされると思っていい。そこに私たちの存在感を食い込ませる事が出来れば、次の幻想郷を支配する事だって夢じゃない」
「発想が悪役です」
「結局『世のためになる』んだから良いじゃないの、早苗的には」
実際に、里の移動が尋常でない速さで進んだ背景に、早苗ら協力者の尽力が一役買っているのは間違いない事だろう。
「私らはね、何も、仲良く隠遁生活を送るためにこの郷にやってきた訳じゃないんだ。慣れ合いは程々、取るべきところは取っていく。分かるね」
早苗は言葉を詰まらせた。
神は残酷で現実主義である。
こと、祟り神である諏訪子はなおさらだ。
どれほど信仰しようと、理解を超えた側面が後から必ず出てくる。
そういう時、自問する姿勢を忘れてはならないと早苗は思うのだ。
「のう、風祝さん」
「あ、はい、何でしょうか」
自分に声が掛けられている事に一瞬遅れて気付き、早苗は心での会話を打ち切った。
「もうあと数日で、この里の人は全ていなくなる。これだけの札があればもう大丈夫じゃから、まだこちらにおられるんでしたら、他所へ回ったらどうですかの」
「そうですか。私としては、ここで一緒に戦おうかと思っていたのですが」
ここに集った男たちは、いわば殿(しんがり)である。
皆がその場を後にする中、最後までその場に残り戦う。後ろから敵に斬り込まれ全体が総崩れ、パニックに陥るという、最悪の事態を防ぐ。
「もう残っているのは自分で自分の身を守れる者ばかりです。適当に、建物に身を隠しながら戦って、守矢の神様の符で吹き飛ばしてやるだけの、楽な仕事ですだ」
皺まみれの男は笑顔を見せる。その場の皆が笑っていた。言葉の通りには行かない事を、早苗はもちろん理解していた。古来より殿とは、最も勇猛な者が就く大任と相場が決まっている。
「自分だけでなく他人の身も守れる方々は、もっと先の方におられますじゃ」
「他人の身も守れる……妖怪の賢者様たちですか?」
「左様ですが、それだけではありません。いつもは里に姿を見せないような方々にも、お力添えを頂いておりますだ」
「ほほう」
そして、老人の口から幾人かの名が挙げられた。
総指揮を取るのは上白沢慧音。普段は里まで降りてくるのは稀である、世捨て人くずれの藤原妹紅もいるらしいが、とある事情により里より少し離れた所で斥候をやっているらしい。
その事情というのが、彼女の宿敵たる永遠亭の面々が、人里に宿を取ってまで大々的に支援を行っているからである。永遠亭自体は「永遠の術」なるものを用いて守護されているらしい。詳細を知る者は里にはいなかったが、力を持った者が里に顔を揃えている以上、強力な防衛手段である事は間違いない。
他には、人々を勇気づけるためか、単なる祭りへの便乗目的か、プリズムリバー三姉妹がほとんど里住み込みで演奏を行っていること。
どうせ同じ門から出るのだし、マヨヒガへの行軍の邪魔になるならいっそ、と懐柔され里に住まわされてしまった野良妖怪などもいるとか。
「ふっ」
「諏訪子様、何か思う所でも?」
「いやさ、永遠亭。私たちと同じ事考えてる連中はいるもんだろ?」
「あまり、他人をそう決めつけて見るのは良くないと思いますけど……」
だが、早苗の脳裏にも永遠亭のトップたちの顔が浮かんだ。
片や、半分世捨て人のようなお姫様。もう一人は企む事にかけて八雲紫と並び称されるほどの策士。
永遠亭が行う慈善活動といえば十中八九医学に関する事であるから、おそらく指揮を取っているのは後者だろう。
「確かに、その通りかもしれません」
「そゆこと。一度逃げる事に決めた以上、もう見るべきは黒妖精じゃない」
諏訪子は人と妖怪の住む郷を振り仰いだ。
早苗もそれに倣った。
見えるのはただ山と、空と、連なる人気のない軒だけ。
侵食された、と見るべきか。
それでも生ける者にとっては何事もない、と見るべきか。
「妖怪たちは自分の思惑でしか動かないし、人は外よりも遥かにしたたかに見える。守ってやろう、なんておこがましいさ。こいつらに埋もれないように足掻いて、水面に顔を出せれば御の字ってところだよ」
「そう、でしょうか……」
この神に、付いて行って良いのか。
もう一度、早苗は自分の胸に問いかけた。
「前向きなのはいいことよ。皮肉でなくね」
紅茶のカップを片手に、レミリア・スカーレットは淡々と評した。
先頃、霧の湖で大発生した黒妖精は、博麗霊夢の協力もあって一時的に払底されており、紅魔館は束の間の安息というべき和やかな時間が流れている。
八雲紫の宣告がなされてからの一週間、この小さな吸血鬼は一時的とはいえ訪れている安息の時を存分に楽しんでいるようだった。
少なくとも、同席していたパチュリー・ノーレッジなどにはそう思われた。
「この異変に際して、皆が混乱している。嘆いている者もいれば憤る者も、あるいはただ呆然としている者も。そして、混沌の中に利を見出す者もね」
皮肉でない、と言いつつ、吸血鬼の口元はいわく表現し難い形に歪んでいた。
「それは仕方のないことでしょう。白玉楼、永遠亭、守矢神社、地霊殿、命蓮寺……近年になって新たな勢力が次々と台頭し、この幻想郷のパワーバランスは大きく塗り替えられつつあるわ。今回の異変は、それまでの中でも最大級。新たな郷で、新たな地図を描こうとする者が出るのも当然でしょう」
パチュリーは努めて冷淡にいう。先日の社での会合の直後、新たな郷での立ち回り方次第で、紅魔館が妖怪の山を凌駕する一大勢力になりうることもできる、そう目の前の友人に言い放ったのは他ならぬ彼女であった。
別段、パチュリー・ノーレッジは、特に権勢だの支配だのには興味を持っていたわけではない。ただ、会合以来目に見えて機嫌の悪い目の前の友人の気分を切り替えさせるため、口にしてみただけのことだった。
ただし実際問題として、図書館の魔女が口にしたのと同様の見解を持っている者は、この幻想郷に複数名存在した。
使い魔の報告によると、守矢の祟り神などはまさにそのように考え、行動に移しているらしい。さすがにかつて土着神の頂点などと呼ばれ、長きにわたり一国を支配した女神というべきか。おそらくは自己の野心というより自らの巫女の立場をより高きものにという心理からなのだろうが、その行動は見る者によっては露骨ともいえるほどである。
「元気なこと。まあ、賢明といってもいいのだけれど。愚者は過去に縛られ、凡人は現在に精一杯、賢者はしかし未来を見越して布石を打つ」
運命を操るとまでいわれた吸血鬼は紅茶を含みつつ、顔をしかめた。
「レミィ」
図書館の魔女と呼ばれる自分をも上回るほどに淡々とした、つまりはまったく彼女らしくない声音に訝しげなものを感じつつ、パチュリーは呼びかける。
レミリア・スカーレットはカップを置きつつ、首を傾げて微笑を見せた。
誰もが口元をほころばせるだろう、あどけないほどの仕草だった。
――けれども、
パチュリー・ノーレッジは恐怖に近いものを覚えていた。
童女のような微笑を浮かべつつ、レミリアの眼は見る者を凍りつかせる何かに満たされていた。
この吸血鬼が、穏やかな一時にありながらその対極の激情に満たされていたことに、魔女はようやくにして気づいた。
レミリアは凍てついた炎の如く怒り狂っていたのだ。
それは何に対してか。黒妖精。外の世界。破滅。祭の如き日々を壊すすべて。この地を捨て去る以外に選択肢はないという結論。あるいは、運命そのもの。
闘争を嗜みとする吸血鬼にはあるまじきことに、レミリアはただ純粋に怒り狂っていた。
「お茶が冷めてしまったわね」
レミリアはカップを眺めつつ、一人ごちるように呟く。
刹那、古びた映画のカットが切り替わるようにしてカップに並々と紅茶が満たされ、香気が立ち上った。いつの間にか傍らには当然のように、瀟洒な従者が佇んでいる。この半月、黒妖精への対応と、八雲紫の布告に応じた移動の手配のために、不眠不休で立ち回っているはずだが、その顔にはいささかの憔悴も見えない。
吸血鬼はその事実を当然のように受け入れた表情でカップを手に取り、その香気を楽しんでいる。
パチュリーが手にしていたカップにも、当然のごとく新しい紅茶が香気を立てていた。
魔女はため息交じりにすました顔の従者を眺め、熱い紅茶を勢いよく飲み下した。
忙しげに動く者、水面下で動く者、淡々と一時の安息を楽しむ者――
この時期、幻想郷では多くの者がそれぞれの思惑の下でそれぞれに活動していた。
そして白玉楼では、西行寺幽々子が四季映姫・ヤマザナドゥ、古明地さとりを客人に迎えていた。
三者の会談は、かの博麗神社での会合以降、すでに五度ほど重ねられている。新たな郷でも三者の役回りは変わらぬことを確認し合い、それぞれの移動の手順について討議を重ねていたのだ。
「是非曲直庁の判断は変わりません。まあ、彼岸は幻想郷と地続きであってなきが如きもの。新たな郷とも早急に三途をつなげ、霊の裁きを継続するように、といったところですね」
「あらあら、それはご苦労なこと」
「貴方ものんびりしていていい身分ではないでしょうに。亡霊の移動の手配はすんでいるのですか」
「当家の庭師は優秀だもの。問題はありませんわ」
のんびりと、この危局にあっても優雅な立居振舞いを崩さない幽々子に、映姫は呆れを含んだため息をつく。
ちらりと、地底の主を一瞥する。
地上を追われた覚り妖怪は平然とした顔で、白玉楼の庭の景色を楽しんでいるようだ。
ここに集った三者は、それぞれ幻想郷において死後の世界に携わる勢力の代表ばかりだが、他にも一つ共通点がある。いずれも、箱庭としての幻想郷とは一定の距離を置くという点だ。
冥界、彼岸、そして地底。
いずれも、幻想郷と密接につながりつつ隔てられてもいる。
冥界は、顕界との境目にある結界を早々と強化することで、黒妖精の侵入を防いだ。
彼岸は三途の川によって幻想郷と隔てられており、もとより黒妖精に脅かされる心配はない。
地霊殿は、地上につながる限られた出入り口を封鎖し、星熊勇儀を筆頭とする選りすぐりの妖怪を警備として貼り付けておけばそれで事足りた。
おかげで彼女らは、人里や山ほどの苦労はせずに、大移動の手筈を整えることができている。
「古明地さとり。あなたの方は」
相変わらず庭を眺めたままのさとりに、映姫が問いかける。苛立った口調だった。
実質的な地底の支配者たる覚り妖怪はようやくのことで振り返った。忌み嫌われたはぐれ妖怪たちの首領格には似つかわしくない穏やかな風貌には、退屈したような色合いがあった。
「問題はありません。冥界の庭師さんと同様、我が家の子供たちは優秀です」
そういって、冷めかけたお茶に手をつける。熱のない返答に眉根を寄せる閻魔へ向けて、わざとらしいため息をついて見せた。
「ヤマザナドゥ、何がお気に召さないのです」
「……楽しげな気分になれる理由があるなら逆に訊きたいところですね。貴方たちは呑気に過ぎる」
この一大事に――と、映姫はいう。
さとりは微笑んだようだ。
「たしかに、楽しい気分にはなれませんね。私たちもあれで、旧地獄跡には愛着があるもので。ウチの子たちも、新しい幻想郷とやらがどんなものか、今から想像して不安を募らせていますよ」
まあそれはたしかに、と映姫はうなずく。地底妖怪はもともと、幻想郷ですら持て余され、疎まれた連中だ。新たな郷へ引っ越すからと言って、ならば地上の住人と再び仲良く過ごせるなどと考える者はよほどの楽天家だろう。
「……八雲紫は癖はありますが、決して無能でも狭量でもありません。何らかの手段は打つでしょう」
気休めにしかならないことを承知で、映姫はいった。そのていどには八雲紫を信用してはいる。信頼、とはまた話が別だが。
複雑な気分になった映姫をよそに、さとりは再び窓の外へ視線を向け、
「それにしても、この屋敷の庭は見事ですね」
見事に話題を日常レベルへ切り替えた。
唖然とした映姫とは対照的に、幽々子は嬉しげに笑い、
「妖夢が聞けば喜ぶわ。庭いじりにもようやく興趣を覚え始めた頃なのよ」
「満開の桜が見れるのはもう少し先のようですが――それだけが画竜点睛を欠いていますね」
ぽつぽつと花を開かせた薄紅の木々を眺めつつ、さとりは茶をすする。
「暦を早めることはできないもの。いつかのように春をかき集めたら、またまた巫女が飛んできて叱られてしまうわ」
「それは残念。ウチの子たちにも、いずれ陽に映える薄紅の桜吹雪を見せてあげたいと、そう思っていましたのに」
夜桜もよいが、陽の下に咲き誇る桜には別の魅力がある。さとりはしみじみといった。
――新しい幻想郷には、この見事な庭も、桜の木々も、持っていくことはできない。力と数を増し続ける黒妖精たちは、いずれ顕界と冥界の境目をも浸食し、乗り越え、いずれこの白玉楼を灰燼に帰すだろう。
西行寺が封じ続けた妖怪桜――西行妖だけは、紫の手配により特別な封印を施されることになっている。映姫の聞いたところでは、空間そのものを断絶させる結界だとか。つまりはどことも知れぬ異界へ飛ばされるということらしい。
実に気に入らない。映姫は思った。花見の何のといっている場合か、と思う。この両名には万物の霊魂を預かる責務が理解できているのか。
いや、何より気に入らないのは――
「自らが安全圏に在ることがそんなに気に入りませんか」
ふと気づけば、さとりが静かにこちらわ見つめていた。
幽々子は扇子を口元に当て、表情を隠している。
「厳しくも優しい楽園の裁判官。ようやくのことで平和になりかけた楽園が失われかけている事実が、それほどにお気に召しませんか?」
さとりはなおもいう。映姫を見つめる視線には、透き通るような知性があった。
「……私は是非曲直庁の閻魔です。気に入らぬ、入らないで己を曲げることはありません」
幻想郷きっての説教魔。口を開けば善行を、善行を、と繰り返す堅物。―― 一つでも多くの善行を積ませることで、より多くの霊魂を安らかな場所へと導きたいと、そう願う楽園の裁判官。
四季映姫・ヤマザナドゥはそれ以上語る必要を見出せず、視線をそらした。
その後の一週間、いくつもの思惑、不安、慙愧、怒り、疑念を交差させつつ、人妖たちの大移動はまずまず順調に進んだ。
むろん、不特定多数の行動には付き物の混乱や齟齬はそこかしこに見られたが、それらは概ね許容範囲に収まったとはいえる。
里からは人が、山からは天狗が、川からは河童が、竹林からは兎が、それぞれ姿を消した。
湖のほとりの洋館は早々と幽霊屋敷じみた雰囲気を漂わせるようになったし、結界に閉ざされた冥界では虚しく桜が咲き誇る。
地底の妖怪たちも夜半、地上に住まう人妖の目をはばかるようにひそやかにマヨヒガに集められ、門の向こう側に消えた。
妖精たち(むろん、黒妖精ではない既存の妖精たちということだが)も、チルノや大妖精らの呼び掛けに応じ、意味がわからぬままに門をくぐっていった。
この時点において、八雲紫が提唱した大移動計画は八割方完了した。
後の二割は妖怪の賢者の通達がきわめて行きわたりにくい僻地に住まう者、事態の推移を理解できるほどの知性を持ち合わせなかった者、住処を離れることを頑強に拒否した者、計画の都合上最後に移動することを定めた者などなど。しかし、そうした者たちも、場合によっては力づくでかき集められ、マヨヒガの門に叩き込まれるだろう。
そして、そこまでやってすら居残る連中は――
「何事をなすにせよ無傷では済まぬ、そう割り切るしかない。……実に卑しい表現だがね」
――という藍の言葉が示す通りの末路をたどることになるだろう。
今、マヨヒガにおいて、博麗霊夢は計画における最後尾集団の移動を黙然と見守っていた。
幸いなことに、大移動において黒妖精の妨害はほとんどなかった。マヨヒガはコップの中の静けさともいうべき平穏があり、人妖どもの大移動が進められている。
しかし、コップの外では嵐が吹き荒れているはずだった。
二日前、斥候としてマヨヒガの外に出た橙は、今や幻想郷全土に黒妖精が広がっていることを報告した。その数は、概算で七十万超。手当たり次第に森や川、家屋、田畑を破壊し、版図を広げているという。
恐るべきことに、そうでありながら黒妖精たちの増加のペースはまったく衰えるところを見せず、一日に万に達するペースで数を増やしているという。
最終的には間違いなく数千万、場合によっては桁がもう一つ二つ増える。そうなったとき、今ある幻想郷は【破滅】の概念のみが存在する虚無の世界へと変わっているだろう。
生ある者、形ある者はすべて破壊し尽され、石くれの散乱する不毛の荒野を【破滅】の妖精が支配する。それが、この幻想郷に残された未来図だった。
――何とも。
外の世界を追われた幻想たち、その楽園の末路がこれか。まあ……、何がどうなろうとそれも世の理というものなのだろうが。
不安げな顔で進む人妖の列に最期の一瞥を投げて、霊夢は踵を返した。
「? どうした、霊夢」
「しばらく寝てるわ。私の番になったら起こしてちょうだい」
訝しげな藍の声に、ひらひらと片手を振って応える。
そうか、まあお前も今まで不眠不休に近かったものな、と藍は納得した口調で、
「ここの守りは任せろ。眠るなら裏の家が空いているぞ」
と、いってくれた。
霊夢はもう一度、片手を振ってそれに応じた。
振り返ることは、もうなかった。
マヨヒガと称される廃村は狭いようで広い。
霊夢は藍に教えられた空家には入らず、以前から寝床に定めていた家屋に入った。
部屋には狭いながら鏡もあり、いくらかの家具もある。
埃にまみれていた服を脱ぎ、リボンを解く。桶にたまっていた水で顔を洗い、無造作に拭う。
下着姿のまま、朝のうちに用意していた握り飯を二つ、腹に放り込んだ。
入れ置きの茶をすする。とうの昔に冷めてしまった茶からは、当然の如く香りは消し飛んでいたが、贅沢は言えない。
納戸を開け、下ろしたての巫女装束を出し、着替える。ついでに、ありったけの符と退魔針を懐に詰め込んだ。
さて、と彼女は呟いた。
部屋の隅の鏡に目をやる。
博麗の巫女。そんな称号を冠せられる娘が、鏡の中からこちらを眺めていた。
霊夢は鏡に向かって、莫迦、と呟いた。
鏡の中で少女が同じ形に唇を歪ませた。
視線を外そうとして、何かを忘れていたような気分になる。
鏡の中の少女をまじまじと見つめ、ああそういえば、と気づく。
一瞬だけ躊躇ってから、箪笥の中からお気に入りのリボンを取りだし、長く伸びた髪を束ねる。
よし、これでいつも通り。
博麗霊夢は鏡に向かって微笑を向けると、廃屋を出た。
人目を避けてマヨヒガを出る。
誰の目にも映らないことを確認してから、少しだけ高度を上げて飛んだ。
目的地は決めていた。
博麗霊夢が物心ついて以来を過ごしたあの社。幻想の聖域、博麗神社。
彼女が帰るべき場所は、あそこ以外にない。
ゆっくりと、ゆっくりと、霊夢は飛ぶ。
眼下に映る幻想郷は、如実に荒廃していた。
黒妖精の姿は見えないが、前日までの戦闘で倒れた木々、崩れ落ちた集落が目についた。
まあ、でも、と霊夢は思った。
このていどなら、幻想郷においては珍しくもなかったことだ。長い歴史の間で、幾多の異変の中で、似たような光景はあった。
人妖たちはその度に家屋を建て直し、畑を耕し、餌場を見つけて、営みを続けてきた。
ただ今回は、その人妖たちの姿がない。
彼ら彼女らは新たな郷で、新たな家を、畑を、餌場を造るのだろう。
それでいい。人はしたたかで、妖はしぶとい。
どこでだって、幸せに生きることはできるはずだ。
だが、自分は。だから、自分は。
自分は、自分のやりたいようにやる。
社に続く階段のところで、人影を見つけた。
どこの逃げ遅れた莫迦だ、と思いかけ、次の瞬間に眉根を寄せる。
掛け値なしの莫迦がここに居やがる、そう思った。
華麗な柄の日傘をさし、道士服と洋風ドレスの折衷のような柄の衣服をまとったその女の傍らに、霊夢は降り立った。
「何してんのよ、こんなところで」
霊夢は訊ねた。
「欲するところを為すために」
女は――八雲紫は、艶やかに微笑んだ。
「あんた、頭がいいようで実は莫迦でしょ」
巫女はいった。
「外に避難しましょう、新たな郷を定めましょう、そう提案したのはあんたでしょうが」
「私は私の我儘を貫く。しかし、力なき人妖にそれに付き合わせる道理はない。それだけのことよ」
八雲の大妖は微笑んだ。
「この幻想郷は」
と、紫は片手を上げた。
「私にとって、可愛い子供のようなもの。巣立つ子らは笑顔で見送ることも出来ましょう。されど、病に伏した子を捨てて逃げる親になど、なりたくはないの」
「結界はどうなるのよ。幻想と現実の境界は?」
「橙に結界の張り方を式にして貼り付けて置いたわ――こっそりと、だから多分あの娘は気づいてないでしょうけど。藍と二人でなら、どうにかなるでしょう。私が手塩にかけて育てた娘と、孫よ」
「……あんたに親莫迦の資質があるとは新鮮な発見だわ」
それは貴方もでしょう、と八雲紫は咎めるように言う。
博麗大結界はどうするつもりなの?
「博麗の巫女は代替わりもできるわよ。早苗もいるし。悪いようにはならないでしょう」
「だったら私と同じでなくて? この我儘娘」
紫はいつも通りの口調で言い、霊夢は返答に詰まった。
以前から、この隙間妖怪に胡散臭いという以外の感想を持てなかった理由が今まさにわかった。そう思った。
この女は、自分と重なる部分が多すぎる。力も、性質も、目指す部分も。
……だから、信頼できた。
何より腹立たしいのは、紫もまたそれと知っていること。
「私に母の記憶はないけれど」
せめてもの腹いせに、霊夢は言った。
「今も存命だったなら、あんたみたいな性格だったのかしらね」
「……あら、そう?」
意表を突かれた表情で、紫は答えた。きょとんとした顔は、存外親しみが持てた。
二人並んで、境内に続く階段を昇り始める。
いつかの異変のときも、こうして並んだっけ、と霊夢は思い出す。
結界術を得手とする者同士ということか、これまでの異変で組んだ人妖の中で、紫はもっとも霊夢と相性がよかった。萃香や文あたりが聞けば腹を立てるかもしれないが。
「これは、年長者の義務としていうのだけどね」
社の屋根が見えてくる。
「私はもう十分に生きた。己の信念に殉じることに躊躇はない」
鳥居はもう間近。
「けれど、貴方は違う。……今なら、まだ引き返せる。いえ、今この場からでも私の力で外へ送ることはできる」
幾度も酒を交わした境内が視界に入る。
博麗霊夢は鼻を鳴らした。
「紫、あんたは一つ勘違いをしている」
「……? 何かしら」
「私は博麗の巫女。私は博麗霊夢。何物にも負けず、何物にも屈せず、何物にも囚われない。私は殉じるためにではなく、異変を解決するために戻ってきた。いつものように、当たり前として」
――そう。【破滅】がどうしたというのだ。世の理がどうあろうが知ったことではない。
重要なのはただ一つ。博麗霊夢は、幻想郷の異変を解決するのがその役目。
紫の反応は、一瞬、遅れた。
黒妖精の総数は現時点において、概算二十万。しかもこれは順次増大することが確実。下手をすればこれに零が二つ三つ、あるいは四つ五つは付け加わることになろう。
その中には、天狗や鬼などの高位妖怪に匹敵する上位種も少なからず含まれるはずだ。何せ本来は、外の世界を丸ごと消し飛ばすに値する破滅として想像されたのだから。
そうしたすべてを、この博麗霊夢が知らぬはずもない。彼女は時に呑気すぎるほど呑気に見えるが、内実は鋭く、聡い。
その、絶望的という表現を通り越した状況にあって。
なお勝利を口にする、その誇りと気概。
――まさしく博麗の巫女。幻想の守護者。其は王にあらず、将にあらず、ただ其処に在って乱を鎮める。
八雲紫は仰ぎ見るような表情で、自分の十分の一も生きておらぬ年端もいかぬ少女を見つめた。
彼女はいつものように、いった。
「さて――始めましょうか。この幻想郷最大の異変の解決を」
黒妖精を呼び寄せることは簡単だった。
博麗神社に張られていた防御結界を解いてやれば、後は向こうから寄ってくる。
ついでに符を一枚用い、足元に転がっていた石を一つ、爆発させてやった。
音や光熱は、黒妖精には大して意味がない。
石の破壊という現象、概念が、一つの信号として黒妖精を呼び寄せる。
暮れなずみ始めた西の空を眺めながら、霊夢は呟いた。
「桜の見頃だってのに、どうしてまた私はこんなところであんたと二人きりなのかしらね」
「あら、寂しいことをいわないで。私とだけでは不満?」
「賽銭を入れてくれる参拝客なら歓迎してあげるわよ」
「今度、我が家の秘蔵の酒を持ってくるわ」
「つまみも忘れないように」
釘を刺すと、紫はけらけらと笑った。
そしてその表情のまま、空を見渡す。
「来たわよ」
それは、鴉の群れのようにも見えた。あるいは蝙蝠か。
朱色の空を彩る黒点の群隊。
小石の破壊という信号に呼び寄せられた、黒妖精の第一波。
だが、これを第一波というならば、果たして本隊はどれほどの規模だというのか。軽く見積もって、千はいるだろう。博麗霊夢が一度の異変で相手取る妖精の総数に匹敵する。
さて、どう戦うべきなのかしらね。
霊夢はぼんやりと思った。彼女にとっては馴れない思考だった。勘のみを頼りに真実へたどり着き、異変を解決してきた博麗の巫女には、作戦という概念がない。思うままに突き進めば、そこには必ずゴールがある。それが当然だった。
その感覚が、今はない。
生まれて初めてといえるやも知れぬ、暗闇の中をただ走り出すような感覚。
だが、それもいい。命を張れずにのうのうと生きていられる、そんな生き方をしてきたことはない。博麗の巫女は、この残酷な理想郷の守護者は、そんな甘いものではない。
「行くわよ」
響いた声は、自分のものだったか、それとも紫のものだったか。
それが、号砲だった。
次の瞬間、博麗霊夢と八雲紫、幻想郷において最強の名で呼ばれる人妖の一組は宙に浮き、黒妖精の群れに突撃していった。
双方の距離が三十メートルほどに詰まったところで、霊夢は符を一枚飛ばした。
風を切り裂いて飛んだ符は、黒妖精の群れの中央に飛び込み、膨大な法力を発生させる。
封魔陣。霊夢がスペルカードの一つにも取り入れている術式だ。
膨れ上がった法力は、瞬間的に一片が百メートル近い立方体へと成長し、その内部に取り込んだ黒妖精の群れを一気に消滅させた。
スペルカード・ルールの枠の中ではせいぜい十メートル四方の敵を駆逐する程度の術だが、広範囲殲滅方陣ともいうべきこれこそが封魔陣の本来の姿である。
黒の中に穿たれた立方体の只中に、博麗霊夢は踊り込む。
すかさず次の術式を展開。
夢想封印。
周囲に法力を内包した光球を生み出す。
一つ、二つ、三つ、四つ……その数はまだまだ増え続ける。
最終的に、二十程にも増殖した光球を、四方八方に叩きつけた。
黒妖精たちの密集した箇所へ正確に誘導し、破裂させる。法力に特有の清浄な爆風。荒れ狂っているのに静謐な、その矛盾。
たった二撃。たった二つの術式。
それだけで、黒妖精の第一波はその数を半減させていた。
「……相変わらずデタラメな力ねぇ」
出遅れる形になった紫は、呆然と感嘆が半々になったため息をついた。
この状況においてなお、博麗霊夢の天才には一片の陰りもない。人であるなどとは悪い冗談にしか思われぬ怪物性。妖怪よりもよほど妖怪らしい。
紫の見立てでは、今しがた消滅させられた黒妖精の中には、中級妖怪並の妖力を持ち者が少なからず含まれていた。それをこともなげに圧殺する。策や知恵ではなく、単純明快な力によって有無を言わさず敵を圧する。まさしく博麗の巫女。
だが、感心してばかりもいられない。娘にばかり戦わせて、何が幻想の賢者か。
八雲紫の周囲の空間が波立つ。厳密な計算のもとに四方の空間と空間をつなぎ合わせ、魔弾を射出。
霊夢の初手で打ち漏らされた黒妖精たちの周囲で、いっせいに魔弾が出現、その体を穿っていった。すべては黒妖精たちの直近に出現し、死角を襲い、正確に着弾する。
方程式をなぞるような当然の帰結。地味ではあるがまったく確実。普段の派手好みとは違い、こうした戦法こそが紫の真骨頂である。
黒妖精の第一波はこうして、五分と経たずに殲滅された。
しかし、二人にはささやかな勝利の余韻に浸る暇などはなかった。
黒妖精には同胞意識はない。だが、同類の【破滅】は、小石の破壊などとは比較にならない最大限の信号として感知し、一気に集合する性質があった。
博麗神社の上空より見下ろす幻想郷。
その各所から、羽虫の群れの如きものが飛び立つのが見えていた。
否、群れと見えたのは最初だけだろう。それはすぐに塊と呼べる規模となり、やがては空そのものを埋め尽くすかと見える漆黒へと変じた。
身の丈数十キロに及ぶ巨大な生物が、ゆっくりと身を起こすかのような、そんな威容。
大陸に育った者であれば蝗の大発生を思い起こしたかも知れない。
――総数七十万超。破滅の妖精たちの本格的な攻勢が始まったのだ。
まったく、先刻の鮮やかな勝利は、正しくささやかというのもはばかられるミクロ単位の勝利に過ぎなかった。
そのことを八雲紫は知る。今や四方八方三百六十度を黒妖精に囲まれた状態で、痛切に思い知る。
彼女が瀟洒な日傘を回すたび、周囲で空間が裂け、魔弾が乱舞し、境界が破綻する。その度に、ダース単位で数えるのも間に合わぬ黒妖精が消し飛んでいく。
数百メートル規模の空間を断絶させ、その中に黒妖精を落とし込み、異界の縁ですりつぶす。
いちいち数など数えていられない。すでに千単位の黒妖精を、彼女は屠っている。
だが、そこまで倒してなお、雲霞の如く押し寄せる群隊はまったくといっていいほど薄まる気配がない。否、それどころか刻一刻と数を増し続けている。
ここまで絶対的な彼我の実力差を見せつけられれば、人間であれば間違いなく退く。妖怪であっても様子見をしようとするだろう。
だが、妖精にはそんな知性がなかった。愚直に、まったく愚直に欲求に従い、押し寄せる。
境界の支配者として「神に等しい」とまで謳われ、絶対的強者としての自分に疑いを抱いたことのない八雲紫ですら、うっかり絶望したくなるほどの、それは物量差だった。
だが、その中においてなお、鮮やかな色彩を放ち続ける紅白がある。
あまりの物量差に符や針の使用を控えているらしく、純粋な法力の使用のみで次々と黒妖精を消し飛ばしていく。
漆黒の衣装をまとった妖精たちは怯む色もなく突撃し、人体であれば容易く千切れ飛ぶほどの魔弾を放つ。だが、それらの突撃・攻撃は、彼女の体をすり抜けるかのように通過し、あらぬ方向へと着弾、あるいは同士討ちすら引き起こす。
――夢想天生。かつて彼女の友人がそう名付けたという術式。
否、本来は術式ですらない。博麗霊夢という希代の天才にとって、これこそが本来の戦い方であり、自然である
あらゆる物理法則より浮遊し、万物は彼女の影すら捕まえることはない。
舞うかの如く破壊の嵐を渡り、まったく一方的に敵手を屠る。
境界の支配者といわれた紫とて、彼女の真似だけはできない。
だが、と紫は絶えず的確な演算を行い続けている意識の片隅で結論していた。
いかな天才といえど、人間は人間。生物は生物。底なしと思える法力もいずれは尽きる。あるいは体力が。それまでに、この数十万の黒妖精を殲滅できるかどうか。
消耗戦もいいところだ、と苦笑する。何と無様な。だが、それを承知で彼女たちは地獄に足を踏み入れていた。
一瞬の間も置くことはなく、空間の境界をずらし続ける。波紋の如く広がる境界の断絶。黒妖精というよりもそれが存在する空間そのものを切り刻む、物理攻撃の極限である。それに触れた黒妖精たちはまさしく霞の如く消滅していく。
個体としての力の差は相変わらず格差がある。
しかし、例えば外の世界の工業製品において、無数に大量生産された中に一握りの卓絶した精度の製品が生み出されるように。
天狗などの上級妖怪並の妖力を備えた黒妖精が散見され始めていることに、紫は気づいていた。
境界の断絶、つまりは空間切断というべき最上級の攻撃手段を紫が用い始めている理由もそれだ。単純な魔弾だけでは打ち果たせない黒妖精が集い始めている。
絶望するにはまだ早い。まだ早い、だが……
紫はすがるものを見出すかのように、黒い【破滅】の中を飛び回る霊夢を見つめた。
その眼が、霊夢に近付きつつある黒妖精の一団を認める。
黒妖精の姿はその名称通り、黒い飾り気のない衣装をまとった妖精ばかりだ。その一団も、他と変わらぬところがないように見えた。――外見だけは。
境界の支配者と呼ばれた妖怪は、背筋に冷たい汗が這うのを感じた。
一見しただけで彼女にはわかった。
今、霊夢を狙いつつあるのは、天狗よりもさらにランクが格上、それこそレミリア・スカーレットや伊吹萃香、あるいは自分に匹敵する超一級クラスだ。
何たることか。膨れ上がりつつある【破滅】は、とうとう自分たちの領域にまで踏み込みつつある。
だが、それだけなら博麗霊夢の前では無意味なはずだった。力の多寡など、博麗霊夢にとっては大して意味がない。
万物より浮遊するあの天才は、力の多寡ではなく根本的な質の違いによって妖怪たちの上に立つ。
にも関わらず、八雲紫の中で最大級の警報が鳴り響いていた。
眼に映る情報、手合わせした感触、これまでの解析、すべてを動員した結果たどり着いていた結論が、境界の支配者を焦らせていた。
「霊夢!」
とっさに、境界を――空間をつなげる。つなげられた空間を通し、数十メートルを隔てた巫女の襟首をつかみ上げようとして、空を切る。万物より浮遊する巫女は、八雲紫にすら捉えられない。
間に合うか。いや、間に合わせなければならない。
紫は全身を境界に飛び込ませた。
視界が波立つ、境界を渡るときに特有の眩暈じみた感覚がして、刹那の内に紫は霊夢の側へ移動していた。
「紫!?」
さすがに驚いた霊夢が顔を上げる。実際彼女は、危うく紫を誤射するところだった。
紫は構わず叫んだ。
「避けなさい!」
一言、それだけをいう。
霊夢は意表をつかれた表情だった。今の状態の彼女には、何人たりとも触れることすらできない。あらゆる攻撃は彼女を透過し、害することはかなわず。そのことは紫も知っている、はず。
だが、そうした思考よりも、紫への信頼の方が上回った。
幻想空想穴を展開。平たくいえば瞬間移動を可能にするこの術は、紫の境界移動を見て思いついたものだ。
紫に目で合図し、幻想空想穴へ全身を飛びこませる。
迅速というにもはばかられる対応は、しかし一刹那だけ遅かった。
接近しつつあった黒妖精、その一団の放った魔弾が、霊夢の右腕をかすめる。
その意味を把握する以前に、博麗霊夢は五十メートルほど上空へ紫とともに移動していた。
「何かあった?」
勘の働かない彼女は、本来の知性とは別の部分でひどく鈍い面を持つ。自分自身に関わることが、その最たるものだ。
紫は黙って、霊夢の右腕を示した。
巫女は眉をひそめて視線を移し――わずかに目を見開いた。
触れられることなき浮遊する巫女。その巫女の右腕に、鮮血が垂れている。幻想空想穴に飛び込む刹那、黒妖精が放った魔弾のかすった痕跡だ。
「奴らは、貴方の領域にまで浸食を始めている」
紫はそれだけを言った。
偶然か、必然か、あるいは(もっとも考えたくないことだが)学習か。
膨張と成長を続ける黒妖精は、自分は元より、博麗霊夢の領域にまで足を踏み入れつつある。おそらく、力の質がどうこうというよりも、物理法則、あるいは浮遊という概念そのものをも【破滅】させているのだろうが。どちらにせよ、博麗霊夢の天才を傷つけうるだけの力を、破滅の妖精たちは備え始めている。
霊夢の表情は、しかし平然と応じた。
「それはそれは。楽しくて泣けてくるわね」
切り札の一つが失われたというのに、この巫女はなおも損なわれない。
夢想天生。すべての人妖にとり究極ともいえる絶技すら、博麗霊夢にとっては当たり前の道具の一つに過ぎないのだと、紫は敬意に近い感情で思い知った。
「他に楽しいお知らせはある?」
「……私たちがこれまで倒した黒妖精は、概算で一万。残り六十九万。ただし、私の推測によれば、この間にほぼ同数の黒妖精が新たに発生しているわね」
皮肉なことではあるが、霊夢と紫の奮闘が、【破滅】の概念を――その流入を加速させている。倒せば倒すほどにその流入は勢いを増し、黒妖精は増加する。
まったく、楽しすぎて泣けてくる。倒しただけの増援が来るとは。消耗戦にすらなっていない。
「ところで、今更だけど」
霊夢は何の気なしに問いかけた。
「何か作戦とかって持ってる? とにかく倒しまくりましょうっていうのは当然の前提として」
「……本当に本当に、今更それを訊くかしら、この子は」
紫は頭を抱えたくなった。何か、真剣に戦っているのが莫迦らしくなってしまう。これこそが博麗霊夢というべきか。
「作戦……と呼べるものかどうか、腹案はないでもなかったけどね」
「回りくどい表現はなしで」
「机上の作戦案が常に通るようなら、この世に敗者はいなくなるのよ」
「御託はいいの。やるべきことをいいなさい」
「……だったら」
紫は泣き笑いの表情でいった。
「戦い続けなさい。十時間でも、二十時間でも、いえ、何日でも。より多くの黒妖精を倒し、より多くの黒妖精を発生させて」
これが作戦と呼べるものか。精神論にすらなっていない。
何たる無様。ことここにいたり、ようやく頼ってくれた少女にいえることがそれだけとは。
どれだけ太い神経をしているというのか、霊夢は納得したように笑った。
「OK。何だ、簡単なことじゃないの」
この大莫迦娘。紫は許されるなら泣いて殴りつけたいところだった。
わからないとでも思っているのか。
人の身で、あれだけ強力な術式を放ち続けて、休むことなく戦い続けて。
疲労もかなり蓄積されているはずだ。
それなのに、敵は数を減らしただけの増援を受け取っている。
【破滅】の信号を聞きつけて、さらに黒妖精はこちらに集中してくるだろう。
戦いは激しくなりこそすれ、衰えることは絶対にない。
なのにどうして、この娘はこんな顔で笑える。
「お喋りは終わり」
ふと表情を鋭くした霊夢の視線を追う。
突然目の前から消えて無くなった二人の敵、その姿をようやく探し当てた黒妖精たちが、大挙して向かって来るのが見えた。
絶望は、変わらずそこにある。
「さて、第……何ラウンドかしらね、行くとしますか」
血のにじむ右腕に御幣を掲げ、巫女は地獄へと落下する。
――眼下の黒禍を、真っ白な閃光が貫いたのはその時だった。
「だーはっはっはっはっはっ!!」
下品ですらある哄笑が響く。
年頃の娘があげているとはまったく信じがたいその笑い声を、霊夢と紫は知っている。
雲霞の如き黒妖精の群隊を貫いた閃光を知っている。
ブレイジングスター。地上の箒星。瞬く彗星。スペルカード・ルールにおいて、その術式はそう呼ばれる。
出力と突進力においては、上級妖怪ですらこれに比肩する者は数少ない。
彗星は魔力の尾を高らかに靡かせながら弧を描き、そして霊夢と紫の眼前で制止した。
「よう、霊夢! それに紫もか。奇遇だな」
まるでいつものように神社を訪れた、そのままの口調と顔であった。
対する二人は声もない。
霊夢の記憶が確かならば、この黒白の魔法使いは四日前、魔法の森の住人とともに門の向こうへ消えたはずだ。
「あんた……莫迦なの!? 掛け値なしの莫迦なの!? 即死級の大莫迦なの!?」
「……安直なのにすげー罵倒されている気がする」
霊夢の叫びに、霧雨魔理沙は箒の上でぽりぽりと頬をかいた。
「それにだな」
「弁解は聞くつもりないわよ」
「いや、お知らせというべきか」
魔理沙は困ったように言いながら、懐から小さな人形を取りだした。
どこかで見覚えのある人形だ、と思った。少しして思い出す。あれはいつか地底に行ったとき、魔理沙をサポートするためにアリス・マーガトロイドが造ったものだ。
ほいよ、と魔理沙は人形を投げてよこした。
慌てて霊夢はそれをキャッチする。人形は雑な扱いに抗議するようにじたばたと手足を動かした。
「こいつが動くってことは……」
「想像の通りだぜ。ただ、それだけじゃないがな」
魔理沙がにやにや笑いながら言うと同時、人形から音声が響き渡った。かつては魔理沙を魔力的にサポートすると同時に、地底・地上間で通話を可能にすべく造られた人形だ。外の世界でいうならば通信機というべきか。
今、そこから流れてくる音声は、馴れて親しんだ複数の声だった。
『こちら清く正しい射命丸です。山の軍、只今より戦闘開始』
『レミリア・スカーレットより物好きどもに告ぐ。くれぐれも私の見せ場を奪わぬように』
『霊夢、無事か? 上白沢慧音、藤原妹紅は里の自警団とともにこれより人里で防御戦を行う』
『まだ生きてる? 人間は死にやすいんだから無理しないように。おっと、永遠亭は竹林で黒妖精さんと交戦中』
『古明地姉妹、地霊殿より参着しました。守矢神社の方々と戦線を張ります』
『無事で何より。私たち魔法使いは死なない程度に頑張るわ。あ、その人形は大事に扱ってよ!』
『東風谷早苗、行きまーす! 霊夢さん、後背はお任せを!』
『またこの子は何の影響だか……とにかく博麗の、こっちはこっちでしのいで見せるから、とどめは任せたよ』
『聖蓮船より皆様方へ。連絡をいただければどの戦線にも援護に参ります!』
『皆さんに忠告。命が惜しくないというお馬鹿さん以外、冥界には近づかないように。死蝶が全開で飛び回っているから。妖夢も気をつけなさい』
『天人軍、地上に降下中! 足を引っ張らないでよ妖怪! あーもう、真面目な戦争なんて柄じゃないのにー! 私が求めていたのはあくまでお遊びなのにっ』
『……四季映姫、花の妖怪に合流します。閻魔の務めにはないことですが、個人として戦う分には問題はないでしょうし』
『マヨヒガの守りはお任せ下さい、紫様。処罰は後日、いかようにも。では、ご武運を』
人形から聞こえてくる声は途切れない。
人間、妖怪、幽霊、神、僧侶、魔法使い、天人、仙人、幻想郷に住まうありとあらゆる種族が、約束された安全を放擲し、各々の愛する郷を守るべく戦闘を開始していた。
博麗霊夢は茫然とその事実を確かめ、次いで何か笑い出したくなった。
莫迦ばかりか。
率直にそう思った。
大人しく避難していればいいものを、命の無駄遣いのために舞い戻るとは何たる愚かしさ。救いがたい阿呆ども。そんな物好きは自分たちだけだとばかり思っていたのに、つくづく世には思ったよりもバカが多い。
巫女はちらりと、境界の妖怪の表情を見つめた。
比類なき妖怪の賢者、誰よりも妖怪らしい妖怪、胡散臭さでは間違いなく幻想郷一、信用できない妖怪ランキング一位等々、様々な勇名悪名で知られる隙間妖怪は。
このときしかし、驚くほど無防備な驚愕をあらわにしていた。それこそ、年端もいかぬ娘のような、あどけない驚きに満ちたその表情。
それをつくづくと目の当たりにしながら、博麗霊夢は心の中で語りかけていた。
紫、喜びなさい。
貴方の愛した幻想郷は、今、全霊をもってその愛情に報いようとしている。
「さて、どうする? 他の連中のところも逐一回って叩き出すか?」
実にふてぶてしい表情で魔理沙はいう。
正直、その顔面に符の一枚も投げつけたいのを堪えながら、霊夢はうめいた。
「この大莫迦者どもが……!」
見れば、眼下の黒妖精の群れも、心なしか薄くなっている。
幻想郷全域で一斉に開始された戦闘に、三々五々散り始めたのだ。妖精たちには、戦力は集中するものという戦術原則はない。
「愛すべき我が同胞に告ぐ!」
呆然としていた紫が、このとき大音声を発した。
「五時間でいい。それだけの間、全力で戦い続けなさい! 一時も手を緩めず、戦ってちょうだい。そうすれば、勝機はある!」
八雲紫が「勝機」という単語を口にしたのは、このときが初めてだった。
悲壮な覚悟に囚われていたはずの境界の支配者は、今、紛れもない勝利に向けて歩を進ませていた。
つくづくとそれを眺めつつ、霊夢も声を張り上げた。
「命を惜しんで戦え、以上!」
『了解!』
何とも腹立たしいことに、人形からは見事に一致した返答が唱和された。
幻想たちの反撃が、ここに始まった。
あまり知られていないことだが、人間の里は実戦力において決して他に劣る集団ではない。
この幻想郷で生き抜くという、その覚悟を当然に備えた人間ばかりが集う、その一点のみでそれは推し量れよう。
身体能力に優れる妖怪たち、その狭間で生き抜くために磨かれた術と技。
その精粋が、今、上白沢慧音の目前で展開されていた。
「方陣を崩すな! いいか、五時間だ! それだけ持ちこたえたなら我々の勝利だ!」
自身も法術を駆使しながら慧音は叫ぶ。
応、と答える声は実に元気で、溌剌としている。
圧倒的多数の黒妖精を引きつけながら、その声には臆した響きはない。博麗霊夢の持ち得るもの、霧雨魔理沙の持ち得たものに近い、信じるべきものを持つ人間の、その強さ。
それを眩く思いながら、慧音は苦笑交じりの感慨を抱いた。
つい数十分前の光景を、しみじみと反芻する。
ただ二人で地獄に舞い戻った霊夢と紫を、慧音は無謀と罵れる立場になかった。何故なら直近の過去における彼女は、さらなる無謀へと手を染めようとしていたから。
今、上白沢慧音の双肩に乗るものは何もない。
久しぶりの感覚だった。
人間がいれば幸せだった。
だから、誰をおいても彼女だけは、危険な幻想郷を捨てる事を支持するだろう。妖怪の賢者たちからそう目され、大移動の総指揮を任された。
事実その通りになった。
僅か2週間。人数からすれば驚異的ともいえる移住計画を、彼女は完璧に遂行してみせた。
彼女にとっては、人間が豊かに生きる事が全ての価値基準である。
先祖から引き継いだ店を守りたい、妻が身重で無理はさせたくない。幻想郷に残りたいという声はもちろんあったのだ。しかし、日々朝から晩まで鬼神の如き働きを見せる彼女の姿を見れば、そんな声を上げられるはずもなかった。
こうして一人も漏らさず、人間の移住は完遂されたが、ただし。
彼女自身も移住するとは、一言も言っていない。
後ろには人里が広がっていた。
子供たちが毎日を過ごした教室。
巣立っていった者たちが営む街。
少しずつ姿を変えながら、それでも過去と連続性を持ち繋がっている里の姿すべて。
これを手放す事は、慧音には出来なかった。
人は歴史になるために生きるのではない。
人間たちは未来を生きろ。人々が死に物狂いで切り開いた道を、掃き清めて大切に守っていくのが、
「私の務めだ!」
10メートルほど宙に浮かび、守るべき背後と、切り開くべき前方を俯瞰する位置を取る。
眼前には、黒妖精の大群が迫っていた。
慧音には、この里を隠してしまう力があった。だが実行したくはなかった。どうせ黒妖精が幻想郷を満たしてしまえば隠れていようと同じ事だ。それならば、むしろその目に刻み込んでやる。
人々が暮らし、刻んできた歴史の力を。
「はっ!」
気迫を込めると陽は陰り、代わりに背後の人里から光が洩れた。
温かさを感じさせる光だ。誰もいないはずの人里であるのに。
仕事を終え家族と共に過ごす時間を得た人々の、温かな営みの夜景が思い起こされる。
想いの宿った場所を発火点として、一面に光が放たれる。黒妖精の群れに対し、面と面とでぶつかり合う。
スペルカードで例えると、彼女の奥の手の一つ、幻想天皇に近い。宙を埋め尽くす光の筋である。
黒妖精は特に隊列を組む事もなく、思い思いに散開したまま「破滅」を振り撒き続けていた。面での攻撃に対しては最も脆い形だった。瞬く間に、ぼたぼたと地面に落ち消滅していく。
里に群がる黒妖精の全体からすれば、微々たる損害である。とはいえ、足並みを乱す効果さえあれば大群を食い止めるには十分だ。
地表を流れるどす黒い霞の流れに、そこで初めて淀みが出来た。
やがて妖精たちは自分から打って出るのを止めた。今や里を遠巻きに臨む弧の上に、黒妖精たちは集結しつつある。
慧音の心に安堵はない。
自分の身を守るという考え方を、黒妖精はあまり強く持っていない。これまでの経緯で判明していた事である。進行を止めた意図は、単に撃墜が怖いからといったものとは別だろう。
事実、群れの空気が変わり始めたのは直ちに理解された。
遠巻きに控えていた群れの一部が、じょうごのように伸び始めた。ただちに里からの射撃が実行され、先頭の妖精が撃破される。しかし先ほどに比して射撃を受ける面が狭く、また撃破されてもそれが後続の盾となるため、進軍を止める事ができない。
「一点突破……目的は里への侵入か!」
ならば、慧音も手を変えざるを得なかった。
「剣!」
歴史の中から、不恰好な一振りの銅剣を取り出す。
慧音本来の戦い方ではないが、やむを得ない。飛翔の勢いをのせ、先頭めがけ無造作に振り下ろす。
街ほどのスケール感に成長した群れに、である。ほとんど雲を斬るようなものだ。最初の一太刀で数匹、返す刀で数匹と、妖精の身体を吹き散らしても、焼け石に水という言葉がしっくり来る。
「保ったとして、囲まれるまで、か……」
そもそも希望などなかった。
幻想郷の、全ての妖怪の力を束にしても勝つ見込みが立たない。だから避難計画などというものが持ち上がったのだ。一介の妖怪の力が何の役でどうこうなるなど、どれほど楽観的でも考えられるものではないだろう。
それでも。
少しくらい、夢を見たかった。
「慧音っ!」
横合いから乱入してきた姿は、慧音にとって見紛いようのないものであった。
「妹紅、なぜ残った!」
「お互い様!」
白銀の長髪と、鳳凰の翼を後ろになびかせた藤原妹紅、火の勢いで黒い霞に斬り込む。
「おおおっ!」
気迫とともに放たれる高温の烈風。左右の手が交互に突き出されるたび、圧力と高温によって黒妖精が消滅していく様は、さしずめ火山風といった所か。
「フジヤマ、」
妹紅の五指が、何かを掴まんばかりに広げられる。
同時に、火山風に混ざって放たれていた魔方陣が光を発し、
「ヴォルケイノ!」
握ると同時、爆輪が咲いた。
形成されかけていた錐状の陣形を、根元から吹き飛ばすに十分であった。
「戻る気はないんだな、妹紅」
「そりゃ、こっちの台詞」
客観的に、正しいのが妹紅の側である事は明らかだった。
妹紅は死なない。亡びゆく場所に残るとしたら、これほどの適材もあるまい。対する慧音は、新天地でもやらねばならぬ事が沢山あり、勝手に放り出すのは怠慢といわれても致し方ない。
故に、慧音の目は伏し気味だった。
「お、頭突き一発位は覚悟してたんだけど。今日の慧音は素直だね」
「本当は!」
慧音はいきなり顔を上げ、妹紅の目をまっすぐ見た。
「今すぐにでも、例え力づくでも、妹紅を気絶させてでも外へ連れ出したい! 正直わだかまりしかないが、これだけ負い目があっちゃ許すしかないじゃないか!」
「支離滅裂だよ慧音。とにかく、今日は何しても許してくれる、っていう認識でいいんだね。いやあ、よかったよかった」
「……何か、言いづらい事でもあるのか?」
「いや、それがね……っと!」
妹紅が気付き、慧音も目をそちらにやった。
足元の地面近くを徘徊する、黒妖精の一団である。もはや黒妖精は幻想郷全体を覆いつつある。敵が目の前の群れだけとは限らない。
「せい!」
「ほあぁ!」
その一団は、全く予想外の方向から飛来した符によって排除された。
「慧音様!」
「我々にも戦わせて下され」
見れば、それは里の退治屋たちであった。
殿として最後まで残っていた連中の脱出を、思えば慧音は見届けていない。
「お前……」
妹紅をじろりと睨む。
「断りきれなくてさ、説得役なんて頼まれちゃったんだけど、いいよねお互い様だし……慧音?」
のっぴきならない状況にもかかわらず、この後慧音を静めるのにかなりの時間を要した。
「慧音さん、この戦いの行く末、私の目で見届けさせてください」
「止めたとして、聞く耳を持つ御方でない事は承知しております」
「求聞持の力をご存じないので? 聞いた事はどんな些細な事でも胸に残しますよ、従うかどうかは別として」
帰還者の中には、非戦闘員の姿すらあった。
稗田阿求は、脇に従者を従わせ、毅然とした様子であった。
「魔法の森は、上手くやっています。追い詰められたら森に逃げて下さい」
伝令くらいでしかお役に立てなくて済まない、と霖之助は苦笑いを浮かべた。
「そうよ、役立たずは私たちがフォローしてあげてるんだから、感謝なさいよね」
その霖之助の傍らには光の三妖精がいた。胸を張るのは三人の中でリーダー格のサニーミルクである。
ルナチャイルド、スターサファイアと持つ能力を合わせれば、戦う力のない者でも安全に行き来をする事ができる。霖之助が従者もなく帰還を果たしたのは、隣人である彼女たちの力による所が大きい。彼女たちもまた、魔法の森に住まう幻想郷の一員なのである。
集った者たちは輪になって、決起集会の様相を呈していた。
音頭を取るのは、やはり慧音であった。
「いいか、みんな、私たちだけでは郷の奪還など叶わない」
それは厳然たる事実である。
しかし、各々の顔に悲壮感はない。
「信じようじゃないか。私たちだけでない、皆の、幻想郷を愛する心を」
おう、と声が上がり、幻想郷の天を衝いた。
湖のほとり、紅魔館。
一時は幽霊屋敷の如き廃屋となっていたこの洋館に、今また、主は帰還していた。
率いるは二百程の妖精メイド、そして小悪魔。
傍らに侍るは妹とメイド長、魔女、門番。
「血沸き肉踊るわねぇ。これほど大規模な戦など、何百年ぶりかしら」
群れ集う黒妖精に怯んだ色もなく紅い悪魔は笑う。
「左軍の差配は美鈴に任す」
「御意」
東洋の装束をまとった女がひざまずく。
「パチェは本陣。異存はないね?」
「ヤー・ヴォール」
茶目っけたっぷりに魔女がうなずく。
「右軍はフラン。ま、好きに暴れなさいな」
「はいはーい」
破壊の吸血鬼は嬉しそうに言った。
「咲夜はいつも通り」
「御心のままに」
瀟洒な従者はそれがまるでパーティの舞台であるかのように、スカートの端をつまんで一礼した。
紅魔館。幻想郷のパワーバランスの一角を担う紅い悪魔の群。
そのすべてが己の意のままにあることを確認して、レミリアは破顔した。
「よろしい! 大いによろしい!! ならば始めよう。我らは紅魔館、我らこそ誇り高き闇夜の眷属。地獄こそ我が故郷、戦場こそ我らの庭。いざ歌い騒ぎ踊り狂え!!」
紅い悪魔の小さな手が掲げられる。
いつしかそこに、黄昏よりもなお紅い長槍が掲げられていた。
「全軍突撃!! 我に続け!!!」
小型の砲弾が破裂するような音が轟く。小さな吸血鬼の足が地面を蹴った、その音だ。
そしてその音を号砲として、レミリア・スカーレットは黒妖精の群れに突撃していた。
熱したナイフでバターを切るように、空を埋め尽くすかに見えた黒妖精の群体に切り込んでいく。
――続け続け、主に続け!!
――叩け叩け、主の御敵!!
武装した妖精メイドの軍団が迷わずそれに続く。
本来、妖精メイドたちは決して戦闘向きの連中ではない。何せ、家事すらまともにこなせない連中ばかりだ。
だが、狼に率いられた羊は、羊に率いられた狼を下す。
このとき、レミリア・スカーレットを陣頭に頂いた妖精メイドたちは、まさに虎狼と化した。
主の突撃を見て、素早く左右に散った紅魔の盾と破壊の吸血鬼もまた、それに準じる働きを見せた。
ともに左翼・右翼の妖精メイドの群れを率い、巨人が腕を伸ばすかの如く進撃して半包囲体勢を取る。
左軍の美鈴は派手さはないがまことに堅実極まる用兵により着実な前進を見せ、対照的に右軍のフランドールは姉に倣ったかのような激しい進撃により部下の妖精メイドを盛り立てた。
さらに後方からは、中軍の指揮を任されたパチュリーが様々な魔法の弾幕を弓なりに飛ばし、先鋒の突撃を援護した。
そして、無人の野を行くが如き紅い月の傍らには、無数の白刃を雨霰と操る従者の姿があった。
攻撃部隊としては妖怪の山をも凌駕するとまでいわれた紅魔館、まさにその真価という他はない。
霧の湖で開始された紅魔館の反撃は、幻想郷全土に鳴り響く鬨の声としてその凄絶さを増した。
「ハッ、いい度胸じゃないのよさ!」
竹林にて破滅と対峙するのは、知る者からすれば意外な顔であった。
「私からこの住み良い土地を奪おうなんざ、」
夥しい光弾が現れる。
量だけならば、幻想郷で見られる弾幕の中でもトップの部類に入るだろう。
黒妖精は同士討ちを顧みず、衝撃波を放ちそれを相殺しようと試みるが。
「って、ざまみろ騙されてやんのー!」
光弾はそれに触れるや、何の抵抗もせず消え去った。
吹き荒れる破滅の波は、黒妖精たちの同士討ちをもたらす。
「はっはー、と。この私に楯突こうなんざ10年早いのさ」
こけおどしの一撃を放った少女は笑い転げながら、悠々と永遠亭に帰投した。
そこは周囲と隔絶された、いまだ静けさを保った空間のままだ。
今のところは。
「イナバ」
背後から、掛けられる声。
「あたしのモノはビタ一文、くれてやる積もりはないですよ、お姫様」
因幡てゐと、蓬莱山輝夜であった。
「意外ね。あなたは危ないと見たらすぐ逃げ出す子かと思ったんだけど」
「兎なんて外に出ちゃったら単なる獣ですから、美味みが無いです。それに聞く話によると、外は空気は汚い食べ物は不味いと、たいそう健康に障る所だと聞いてるんでね」
意外な組み合わせと、見る向きも多いであろう。
永遠亭は、二人の人間離れした自称人間と、多くの兎たちが住まう館だった。
「お師匠様は、むべなるかなですね。鈴仙も、まあ前科持ちですし期待は出来ないでしょう」
「こうバラバラになってしまうのも可笑しいわね」
「ま、薄情者の揃った館って事ですね」
「悲観しては駄目。私も永琳も死なないし、ここで道を分かっても、何百年かのうちにはきっと会える。イナバには申し訳ないけど、できれば生きているうちにまた会いたいわ」
死ぬ生き物の立場も考えてくださいよ、とてゐはかぶりを振った。
「あーあ、結局私が一番損な役回りか。もう少し誠実に生きるべきだったのかなぁ」
「心にもない事。あなたはあなたの勝ち馬に賭けたのでしょう?」
「へーい……もう一丁、ちょっかい掛けてきますわ」
ぽきぽきと指を鳴らす。
さきほどのように数を減らす事は出来るが、大群の前では無に等しい抵抗である。
それでも、賭け師は最後まで悪あがきを止めない。
その後ろ姿に向け、輝夜はぽつりと呟いた。
「みんな、元気にやってるかな」
「やってるでしょ。そういう連中です」
「本当に、良かったんだね」
「はい」
外へは行かない。
それが、東風谷早苗の選んだ道だった。
「はっ!」
結んだ印は、乾。
黒妖精をまとめて吹き散らすその力は、八坂神奈子のものだ。
人里への働き掛けには加担しなかったが、だからといって幻想郷に残ったことを歓迎するでもない。
恐らく、今と異なる選択をしても、神は平等に力を与えていただろう。
「私には、命に代えて守るべき場所はまだ無い。だから逃げてもいいという考え方は一つかもしれません。けれど、守るべき場所がある方々の戦いを見て、胸に焼き付ける事は私にもできる」
早苗は神風に乗って、幻想郷の上空を回っている。
確かに、そこには戦う姿があった。
「こんな浅い覚悟が、許されますかね」
「問題ないよ。幻想郷は全てを受け入れる。去る者も、残る者も」
元気にしてますかね諏訪子さまは。
大丈夫だろう諏訪子だから。
二人で空の彼方に諏訪子の姿を浮かべたその時である。
「うおおお前らあああああ!!!!」
熱を帯びた鉄の輪が、黒妖精の一団を引き裂いた。
「諏訪子様!」
そこにあったのは、確かに幾分か目線の低い神の姿。
ぜいぜいと肩で息をしている所を見ると、早苗と神奈子の不在に気付いて、慌てて引き返してきたに違いない。
「あーもう、計画が台無しだよ! 戻って来ちゃう私も私だけどね」
「いいじゃないですか。結構、残ってる方々もいますよ、ほら」
散発的に現れる戦いの光を見て、諏訪子は確かに、少し意外そうな顔をしたのだった。
しかし、一瞬後にはぶすりと、子供のようにむくれた顔になった。
「外を目指した連中の丸儲け、なんてなったらどうするのさ。あー、どうしてるかな、連中!」
「まあ、良いだろ、押さえろよ諏訪子」
子供のように、神奈子に嗜められる。
もともと、この二柱は戦いの末に互いの取り分を決め合ったライバルの立場である。
最終的に風祝が神奈子に同調した事によって、二人のパワーバランスはまた微妙なものになるだろう。
そう考えると、どうしても苦々しげな顔の諏訪子である。
ああ、あとで仲直りさせないとなあ。戦場にいささか緊張感を欠く想いを抱く早苗であった。
やりづらい。
リトルレギオン、たった独りの軍勢を展開するアリスの想いはその一点だった。
五指が両手、伸びる糸は10本で足りない。
ほとんど限界に等しい伝達線を駆使し、ときおり赤く走る霊気をも駆使して、一手一手自らの陣容を発展させていく様は、西洋人形のような彼女の見た目からすればチェスを連想したくなるが、やっている事はむしろ囲碁に近い。
陣取りである。
隠れる所に事欠かない魔法の森の地形を活かし、身体の小さな人形たちは的確な連携をもって動く。対する黒妖精は、敵対者を見失い、木や無機物に攻撃を始める始末。有効戦力という尺度をもって、数倍のアドバンテージを稼ぐことにアリスは成功している。
負けもしないが、勝てもしない。
残念ながら軍勢の数に上限がある以上、魔法の森での戦線維持という成果以上は望めないだろう。
幸い、軍勢はアリス一人ではない。瘴気満ちる魔法の森に巣喰う、名も知らぬ異形たちの気配は鋭敏な指先から確かに感じられる。この森の鈍重な刺激に満ちた空気を忘れられない酔狂は、どうやら自分だけではないようだ。高望みせず、アリスの出来る事ができれば十二分といえる。
その点に関して、やりづらさはないのだ。
アリスがやりづらいと感じるのは。
「ねえ」
堪らず話し掛けてしまった。
「あなたさ、率先して外行きの算段してたって噂、聞いてるんだけど?」
「そんな事もあったわね」
この惚けようである。
永遠亭が大々的に人里を支援していたのは、里から離れたところの住人であっても噂の種だったのだ。
八意永琳。なぜここにいるのか。
先刻からアリスの側に付き、背中を任せるように戦っているが、そうされる謂れも全く記憶にない。
「ねえ、ボイドって知ってる?」
そして世間話ときた。どういう神経だ。
しかし、ここで余裕を見せなければ、第一級の幻想郷賢者には届かない気がする。私だって、これでも人間のバックに付いて幻想郷の秩序を守ったりしてるんだから。そういう発想をしてしまう時点で、トップからは水を空けられている事を、残念ながら未熟なアリスは介さない。
とにかく、アリスは会話を継いでしまった。
「虚空?」
「それはvoid。私が言ってるのはboidっていって、少し前ライフゲームなんかと一緒に流行ったあれよ」
「分からないわ。大体、どこの流行りよ」
「いくつもの文明の興亡を見て来たけど、どこでも一度は流行るわね」
ライフゲーム。そのスペルカードの名は、生物と無生物の境界を彷徨うアリスにはどうも引っ掛かるものだ。そうでなくても、八意永琳の放つ弾幕は、どうにもアリスの勘に障るところがある。
グロテスクなのだ。
自己増殖したり、どうにも法則の読めない動きをしたり。
弾幕自体が意思を持っているとすら、感じられる所がある。
「ボイドに組み込まれた行動パターンは、3種類しかないわ。一つ、障害物を避ける」
永琳はそう言って、一つの光弾を生み出した。
放たれたそれは、木の幹に直撃するコースを取るが、その前に30度ほど指針を変え、そのまま森の奥へと消えていった。
「二つ、互いに近付こうとする。三つ、周囲にいる仲間と、なるべく同じ方向を向こうとする」
今度は、二つの光弾を生み出す。
二つは連星のような軌道で飛んでいった。
単純なプログラムである。巧みな弾幕を得意とするアリスは言うに及ばず、大半の者が真似る事が出来る程度のものだ。
「一つ二つではこんなもの。けれど」
永琳は、同じ光弾を大量に生み出した。
作られた先から飛んでいくそれは、その定められた動作に従い群体を作る。
「あ」
思わずアリスは声を上げてしまった。
「boidは『鳥もどき』。brid-oidをもじって名付けられたプログラムよ」
その群体は木々の間を驚くほど自然な動きで抜け、分散と集合を繰り返しながら飛翔した。
まるで、鳥だ。
図らずもしばし見惚れてしまったアリスに、永琳は続ける。
「伝達系の効率を突き詰め、統制を取ろうとする貴女のやり方は、ある意味とても無機的」
確かに。
人形の一体一体に糸を付けても難しい動きが、こんな簡単なプログラムによって生み出されるとは。アリスのやり方と対極なこちらが、むしろ生命の本質のある面を捉えている。
そしてこれ、boidは、黒妖精と似ている。
黒妖精は、戦闘に関して予想外の行動を見せる事はある。しかし、基本的にはいくつかの、破壊を中心とした簡単なルールに従って動く駒に過ぎない。
「やりづらい」
アリスの心の裡にあったそれと同じ言葉を、口に出したのは永琳だった。
アリスはどきりとした。
心を読まれたのかと思った。
「そう思っているのは、貴女のやり方と違うから。あなたの『糸』でコントロールできる戦いとは違うから」
確かに、そうだったかもしれない。
アリスの糸が付けられているのは、この森で戦う極一部の戦力、人形だけだ。
大多数の戦いはアリスの糸の届かない所で行われる。シナリオのない劇、もとい劇ですらない混沌。
誰が操り手かも分からない。
何を倒したらよいのかも分からない。
意思のない、漠然とした群体。
「けれど、分かったわね。単純な群体も、意思を持つ」
アリスははっとした。
「私たちも同じ。今までのは散発的、極めて個人的な抵抗だったけれど、今やそこにはっきりした意思が生まれつつある。これは、意思と意思との戦いよ」
ほとんど考えようの問題だろう。分かったからといって、アリスが大勢に干渉することが出来ず、ただここで防衛戦をするしかないという事実は変わらない。
けれども、手応えがあるとないとでは大違いだ。
「そうそう、どうして私が貴女と一緒に戦っていたのか、理由が知りたそうな顔をしていたけど。私は、最も効率的に、幻想郷の住人たちが相転移を起こすように、然るべき場所に布石を打っていたに過ぎない」
全体への干渉は不可能といいながら、この天才はその不可触な盤面を支配しようとしているのか。
布石。自分自身が石になるだけでは、いくら力があろうが盤面を支配するには至りそうにないが……
そこへ、乱入者が現れた。
「師匠! 置いていくなんて酷いじゃないですか!」
確実に、この女はいくつもの石を動かしている。
永琳は微笑んだ。
「魔法の森は出揃った。そろそろでないかしら」
幻想郷のそこかしこで、反撃の狼煙が上がっている。
「意思と意思とが、ぶつかりあう時は」
幻想郷の各所で、人妖たちは目覚ましい奮戦を見せた。
己の生まれ育った家、慣れ親しんだねぐら、友人と語り合った場所、それらを得体の知れぬ黒妖精などに蹂躙されて、泣き寝入りしてなるものかと。
まったく素朴という他はない衝動のままに、武器を取り立ちあがる。
だが、戦闘とは、一面で数学的な問題に似る。
数とは一つの絶対的な基準。それは戦場を支配する絶対原則の一つですらある。
総数七十万。減る傍から増え続ける黒妖精。
その数の力の前に、幻想郷の住人たちが徐々に戦力を削られて行くのは厳然たる現実であった。
その過酷な戦場を渡る、空翔ける船があった。
「三時方向に敵影! 総数およそ五百!」
船の帆先に立つナズーリンの声が響く。
寺にして船。まったく幻想郷ならではといえるその船は今、負傷者を満載して幻想郷の各所を飛び回っていた。
「はいよ!」
ナズーリンの声に応じ、村紗が大きく舵を切る。
かなりの高速を出している船が、度重なる黒妖精の襲撃の中でもほとんど揺れを感じさせず、各戦場を回っては負傷者を収容できているのには、彼女の手腕が大きい。
「迎撃します!」
「了解!」
「あー、まったく!」
星と一輪、ぬえがナズーリンの示した方向に飛び立つ。
苦難を極めた歴史ゆえ、幻想郷でも屈指の団結を誇る命蓮寺。その役割分担は自然発生的に決まった。
ナズーリンは帆先に立って哨戒を務め、操舵は村紗が全権を担う。星と一輪が防御を担当。白蓮は、その術をもって次々と運ばれる負傷者を癒す。
実のところ白蓮は、当初は自身が船の防御を担当するつもりだったのだが、他の面子がそれを止めたのだった。危険極まる前衛に敬愛する聖を立たせるつもりは、弟子たちにはない。かてて加えて、身体能力を操作する術に長じた白蓮は、同時に治癒の術にも長じていた。
一種の病院船として活動している命蓮寺にとって、白蓮は最強戦力ではあるがそれ以上に最良の治癒術者なのだった。
「五時、七時方向からも敵影! くそっ、きりがないな……」
ナズーリンが珍しく苛立たしげに舌打ちする。
暫時、彼女は船を見渡し、そして彼女の告げた方向へ慌てて別れる星と一輪の姿を眺めた。
「……キャプテン、提案だ」
舵にしがみつくようにして船を操る村紗へ、ナズーリンは話しかけていた。
「何、忙しいんだけど!」
吠えるようにして村紗は応える。陽気な舟幽霊だが、さすがに次から次へと転舵、回頭を繰り返すこのときに、雑談に応じる余裕はないらしい。
「万が一の時のことだ。聖とご主人だけでも逃す算段を、つけておいた方がいい」
いっそ冷淡に、ナズーリンはいった。
お人好しばかりのこの寺にあって、それが自分の役目と心得ている。いかに嫌な役割であろうと、誰かがやらねばならないのなら、自分がそれを被る。
鼠の妖怪ナズーリンの、それが覚悟だった。
「…………」
村紗の反応は、一瞬、遅れた。
彼女はまじまじとナズーリンの冷徹なまでの表情を見つめ、
「朗らかなジョークをありがとう。どんな状況でもユーモアを忘れないのは大切なことよ。かなりのブラック・ユーモアだったけど」
不敵な笑みを浮かべて、そういった。
「キャプテン!」
「黙らっしゃい!」
声を荒らげかけたナズーリンに、それ以上の声音で村紗はいった。
「私の船で、二度と溺れ死ぬ者など出さない! 聖と会ったとき、私はそう誓った。誰一人、そう誰一人! 聖はもちろん、星も、一輪も、ぬえも、もちろんあんたも! 絶対に諦めない、見捨てない! 私はそう誓ったんだ!」
声音に含まれた、真摯と称するのもはばかれる響きに、ナズーリンは声を失った。
その肩に、そっと手が載せられる。
呆然と振り向くと、聖白蓮がいつしかそこにたたずんでいた。知覚においても超人的な能力を持つ彼女のことだ、すべて聞かれていたと考えて間違いない。
「ナズーリン、最悪に備えるのは大切なこと。しかし、それでもなお」
苦難に果てに安寧の場所を得た魔法使いはいった。
「最善を尽くし続けることをまず考えましょう。その果てに、私たちの望むものがあるはず」
「……諒解した」
ナズーリンは、決然とうなずいた。
苦戦の兆候は、四時間を経過したあたりから確実に各所で現れ始めていた。
妖怪の山。幻想郷最大勢力を誇る神妖たちの拠点。
その山の軍勢の防御線も今、限界に達しかけていた。
もっとも多くの戦線を担当してきたが故に、黒妖精たちの攻撃もひときわ激しく、それによって他よりも多くの損害を受けたのだ。
文はその中にあって、風を操る自身の力を最大限に使い、文字通り東西南北を飛び回って味方の支援と敵の撃破に当たっていた。
しかし、そうした文の奮戦と、天狗をはじめとする軍勢も、明らかな破綻を見せ始めていた。
敵の数が多すぎた。そして、強すぎた。
誇り高い山の軍勢はよくそれを防御し続けていたが、無限ともいえるほど寄せ続ける黒妖精にあちこちで戦線が崩壊を始めていた。
「方陣を組みなおしなさい! 負傷者を内側へ、戦える者は決して同胞を見捨てるな!」
死闘の中、文は声を張り上げて手近な味方を叱咤し、組織的抵抗を継続していた。
応、と答える声は、しかし少ない。大半の者が、声を出すことすらおぼつかない疲弊、あるいは負傷を負っている。
「文様!」
そんな中で駆け寄ってきた一人の白狼天狗の姿に、文はようやく顔をほころばせる。
「椛、無事でしたか」
無事、というのは語弊があったろう。白狼天狗の少女はそこかしこに手傷を負い、手にした大刀も刃毀れがひどい。愛用の盾も、乱戦の中で失われたか手放したかしたらしい。
返り血か負傷か、赤黒く凝結した血液に半面を染めた椛に、文は問いかける。
「長はどこに? いえ、大天狗様でもいいです、とにかく指揮系統の回復を――」
「指導部が黒妖精の急襲を受けました! 大天狗様方の大半が死傷!」
椛は血を吐き出すような声音で答えた。
「天魔様も乱戦の渦中にあり身動きがとれません!」
「――――」
文の顔から一瞬だけ血の気が引いた。山の特徴は強固な掟に縛られた階級社会であること。命令系統がはっきりしているため、組織的行動においては幻想郷随一といってよい。裏を返せばそれは、命令系統が失われれば、ひどく脆いという面を併せ持つ。
だが、そうした欠点を熟知しながらも、動揺を表には出さない。千年を生きた鴉天狗の彼女が醜態を見せれば、それは周囲の妖怪すべてに伝染する。
ややあってから、彼女は意図的に凄みのある笑みを作った。
「それはそれは。ま、それでもなお勝ってしまうのが山の山たる所以ですがね」
凄絶なまでのその表情に、椛は崇敬の眼を向ける。
続けて、ならば代行指揮官は誰か、と訊ねた文に、椛は頭を垂れていった。
「大天狗様のお言葉です。千年鴉に委ねよ、と」
幻想郷で千年を生きた者など数えるほどしかなく、かつ鴉天狗となれば一人しかいない。
文は苦笑交じりにため息をついた。
「これほど嬉しくない出世というのも初めてですよ」
諧謔を含めた慨嘆したのも一瞬、文は即座に表情を切り替えていた。
「総員に伝達! 黒妖精の包囲を抜け、陣形の再編を行う! 南西方向へ突破を図れ!」
大音声挙げて命じてから、文は白狼天狗に視線を転じた。
「先頭は椛、貴方に任せます。一人でも多くの味方を連れて突破しなさい」
危険ですが、貴方しか任せられる相手がいません、と。そう言い添えた表情は、常の軽薄な新聞記者のそれではなく、一軍の命運を担う将にふさわしいものだった。
ならば、椛が返す言葉は一つしかない。
「お任せ下さい」
膝をついてそう答えてから、椛は一つだけ問うた。
では、文様は、と。
「私は最後まで残ります。不本意ながら、残った者で一番力のあるのは私、ということらしいですし」
将とは最後まで戦場に残るものですよ、と彼女は言った。
人形より伝えられる各地の戦況は、悪化を通り越して破綻を見せかけ始めていた。
博麗霊夢はそのことを知覚する。
彼女自身、符も退魔針もすべて使い尽くしてしまった。御幣も半ばから折れてしまったため、すでに投げ捨てている。純粋な法力による応戦。それだけで、巫女は戦闘を続けていた。
「紫、大丈夫!?」
彼女は振り返り、隙間妖怪に呼びかける。
紫はこの五時間、微動だにせず、瞑目している。
圧倒的な数の黒妖精。その只中で、霊夢と魔理沙が守っているとはいえ、時に襲い来る流れ弾にも動じることなく。
体の各所に手傷を負いながら、全身どころか表情すら動かない。
嵐の中の静謐。
いや、その頭脳では、恐ろしいほどの速度で演算が行われていた。
八雲紫の勝機。
それは、【破滅】の妖精たちの、その根源を特定すること。
いかに枝葉を伸ばす大樹も、突き詰めれば必ず根に行き着く。
幻想郷を埋め尽くす黒妖精。【破滅】の具現。
それは、外の世界において囁かれた【破滅】への恐れ。概念。世界が滅ぶのではないかという恐怖。
世紀末思想、などと早苗はいっていたか。
だが、ならば。人の恐れから生まれた物であるならば。
まず最初に、【世界の破滅】への恐怖を叫んだものが、必ずある。
原初の砲声。破滅への産声。
……始まりの一声。
それもまた、黒妖精という形を取って、必ずこの幻想郷に具現化されているはず。
紫が探し続けていたのはそれだった。
数十万という単位の黒妖精たちを解析し、その霊的構造を分析し、原初を演算する。
無数に枝分かれしたその根元を探る。
その始まりの一声は、自分から枝分かれしたすべての黒妖精に、論理的につながっている。
それを特定し、自滅への式を……プログラムを叩きこんで。破滅という共有構造を持つすべての黒妖精たちへ伝播させる。
それだけが唯一の勝機だと、八雲紫は思っていた。
だが、現在あるだけで七十万の黒妖精すべてを解析するには手間というのもはばかられる莫大な演算が必要になる。
自分が戦いながら、となると、そのかかる時間は絶望的というのも生ぬるい。
幻想郷全域で開始された戦場、その各所に境界を張り巡らせて解析し、演算に専念することで、ようやくその勝機は現実味を帯びた。
無数に垂れ下がる、細く細く削られた蜘蛛の糸を一本ずつ、手繰り寄せては確かめる、そんな気の遠くなるような作業。
その果てに、ようやく八雲紫は、答えを見出した。
瞬間膨れ上がったのは、驚愕と歓喜。
「霊夢、魔理沙! 右三十度前方、百五十メートル先!」
目を見開いて、八雲紫は絶叫していた。
ようやくのことで得られた答え。勝利へと続く唯一の糸。それがこれほどの直近に在ることに、八雲紫は驚喜に近い感情すら覚えていた。
「…………!」
応じた霊夢は、即座に幻想空想穴を展開しようとして――それが果たせないほどに法力が尽きかけている事実に愕然と立ちすくんだ。
符も針も、御幣もない。彼女の霊力を補強するものは何もない。
紫も動けない。彼女は最期の勝機のために、始まりの一声に叩き込む自滅式を特急で組み上げ始めている。
目指すべき先は百五十メートル。たった百五十メートル。
だが、それは絶望的に遠い百五十メートルで――その間には、千近い数の黒妖精が群れを成していた。
いや、それが何だというのだ。
霊夢は泥のように疲労のたまった体を無理やり動かす。
たかが百五十メートル。これまで渡ってきた距離、倒してきた数に比べれば何の事がある。
例えこの身が尽きても、この異変は解決する……!
「忘れてもらっちゃ困るぜ」
肩に力強い感触を感じたのはそのときだった。
黒白の魔法使いが霊夢の肩をつかみ、ついでのように紫を抱き寄せる。
「この魔理沙さん、幻想郷最速を天狗と競う女は伊達じゃない――!」
無茶をするな、と霊夢は叫びたかった。
自分と同様、あるいはそれ以上に魔理沙も疲弊しているはず。
にも関わらず、黒白の魔女はそれに構わず、残された全魔力を放出していた。
黒い霧を貫く白金の流れ星。
二人分の荷物を抱えながら、霧雨魔理沙は突撃する。
同時にこの時、黒妖精の群れをいくつかの閃光が貫いていた。
高速で移動する視界の端に、剣を携えた半人半霊の剣士、莫迦げて巨大な槍を担いだ吸血鬼たちの姿が垣間見えた。全身を朱に染めたその姿が、ここに至るまでの道中を物語っている。
「…………っ!」
愛すべき馬鹿ども。
その想いに応えずして何の博麗の巫女か。
博麗霊夢は決然と前を見た。
それは、小さな、小さな、本当に小さな……
他の黒妖精に比しても小柄な、そんな妖精だった。
それが原始の黒妖精。
始まりの一声。
かつて世界の片隅で、どこかの誰かが世界の破滅を想像し、恐怖した。
その具現。
「あんたに罪はない。ただ、そう生まれついたというだけ」
霊夢は呼びかける。
「もしも、生まれ変わることができて、酒の味がわかるようになったなら」
それを待ち望むように、楽園の巫女はいった。
「桜の下で、杯をともに」
八雲紫が慈愛の笑みを浮かべて手を差し伸べる。
包み込むように、小さな小さな妖精を。
――幻想郷開闢以来、最大最悪の異変。
後代、ただ「大異変」との呼ばれた異変は、かくして終結した。
博麗神社に歓声が満ちる。
誰もが諦めかけていた、幻想郷の宴。
滅びるはずであったこの郷で、
かつて幾度も行われ、
これからも幾度も行われるだろう、
人妖入り乱れた無礼講。
荒廃した幻想郷は、復仇に少なからぬ時を有するだろう。
死傷した者も数多く、失われて還らぬものも多い。
花も満開の季節をわずかに過ぎてしまった。
だが、これからも宴は続くだろう。
この先もずっと、幻想の宴は。
「乾杯!」
そして今日も、その声が響く。
明日へ(リコーダー、7th fall)
- 作品情報
- 作品集:
- 最新
- 投稿日時:
- 2010/06/14 02:31:06
- 更新日時:
- 2010/08/29 10:25:26
- 評価:
- 48/109
- POINT:
- 6720
- Rate:
- 12.26
非常に楽しめました。
だ が そ れ が ど う し た
たった二人きりで破滅に臨もうとする霊夢と紫、大ピンチの結界組にお決まりごとの如く飛んでくる魔理沙、
そしてこれまた当然のように舞い戻った愛すべき大莫迦者どもが繰り広げる大戦闘。
こんなバカ一に熱くなるなとかそりゃどう考えても無理難題ってものでしょう。
なんと言われようが私は王道こそ、ベタこそ至高なのだと声を上げたいと思います。
幻想郷に生きる全ての者が、まさしく幻想の守護者だった。素晴らしいお話でした。
疾走した後の終わりが唐突な感じもして、少しの戸惑いもありましたが、またそれはそれで一興。
\乾杯!/
深夜だというのに時間を忘れて一気に読んでしまいました。
ちょっとご都合的な展開も見受けら得ましたけれど、
ちょっと無理矢理でも全員集めたからこそ見れた、激しいバトル物でした。
フェンライの塔を読んだ時のような圧倒的スペクタクルとロマンを感じました。
面白かった・・・・コレに尽きます。
と、思ったら「迎」撃するのねw
落ちがいまいちだったので。
なんという第三次…っ
燃えるじゃねえか…
まさに王道って感じのよくありそうな話でしたが
とても面白かったです
一番好きな場面は通信のとこ
幻想郷最大の危機に、各勢力が総力を以て立ち向かう。
何時か、そんな小説を読んでみたいと思っていました。
凄く熱く、燃える物語でした! 御見事!!
それまでの八方に飛んだ描写に比べると、飛んではいる分富んではいない気もしますが
最後は盛り上がりを期待した分、締めがちょっとさっぱりで、少し肩透かし感があったかな
解決方法も、元となった一匹を潰すという事なら、増え早めに対処しなかった理由が〜〜とまあ
多分気づいたときにはもう――な話なんだと思いますけれど
もう少しもう少しといった部分だけ見えてしましたが、楽しませていただきました
特に、中盤からの盛り上がりが『正に王道』という感じで、展開がうっすらと分かっているの。
なのに、そういう理性を置き去りにして熱くなれて、本当に良かったです。
それだけに、最後の最後、もう一度霊夢達のところに視点が戻った時に『もう一山』が無かったのが残念でなりません。。
盛り上げて盛り上げて、最後の最後で主人公の必殺技で大勝利。
ここまでの『大異変』をこしらえて、王道な展開を作ったなら、クライマックスもそんな感じでも良かったように感じます。
長々と語りましたが、要は
『盛り上げ方の割に、最後だけあっさりしていてその温度差が気になる』
という事だと思います。
長々とケチつけてすみません。とても面白かったです。だからこそ、最後が惜しい。
最後がちょっと急ぎ足だったかな?
でも、いい余韻。
後半の酔狂で幻想郷に残る人妖の姿にはちょっとうるっと来ました
それこそ、これから幾度となく行われるであろう中の単なる一回に過ぎないものであるという印象をもちましたゆえに、この点数を。
もっと長いものを読みたかったというのが正直なところです。
100点までしかつけられないのがもったいない。
残念ながら、100点です。
映える戦闘シーンでした。
紫はもっと早くに事態を解決できたんじゃないかなと
無駄に話を大事にし過ぎてる気がしました
というか破滅が幻想入りって外の世界どうなってんだー
でも十分面白ったのでこの点数で
自分としては、こういうバトル物の読み物が大好きだったのでとてもよかったです。
特に戦闘の描写や格陣営の描写も丁寧で、場面の想像がしやすかったです!!
特に幻想郷に仲間が集結する場面が心に残っています。
魔理沙や妹紅が来たときに泣いちまった。レミリア様の演説にキュンと来た。諏訪子様に和んだ。…書いてたらキリがねーよ。
この中で1番だったのが大天狗様のお言葉「千年鴉に委ねよ」だったのは私だけでいい!
こういう感動話に弱いんだよ。泣かせんなこんちくしょーーー
原作に比べて皆の性格が熱すぎる、だがそれがいい
どいつもこいつも馬鹿ばっか!!!
しかし、不死や破壊の概念さえ破壊されたらどうなってたことやら。
実はそこらへんが真のタイムリミットだったり?
と、言わんばかりのこの勢い。大好物です。
ただ、その分誤字が目立ったのが痛かったです。
初っ端で「火炎猫」はちょっとズッコけてしまいました。
本当の破滅というのは外からやってくるものではなく、内から発生するものです
妖精に仮託するのは合致しない。
例えば、いつ隣のやつが発狂して、あるいは完全に正気の状態で撃ってくるのか分からない
そんな状況が頻発して、延々と内戦が続くのが現実味のある破滅ですよ。
破滅妖精全部倒してめでたしめでたしというのではあまりに短絡じゃないですか。
後日談がもっと長かったら良かった。
あれ? ここで終り?
黒妖精が消滅していく様子とか、フィナーレを書ききって欲しかった
書ききれず力尽きたようにみえてしまいます
特に霊夢と紫が格好いい。敵勢を前にした二人のやりとりには涙がこみ上げてくる思いです。
少年漫画みたいな展開の何がいけないんでしょうか、
創想話の最高得点作品だって王道展開だというのに。
今回ラグナロクをバラバラに読み始めて、最初に心をぐっと動かされたSSでした。
愛すべき馬鹿どもに改めて乾杯。
ただ、オチが少し弱いように感じられたのが残念。
惜しむらくは、ここまで壮大にしてながら終わりが余りに簡素だったところか。
主要な人物だけではなく、村人のみんなの戦う姿も見れて面白かったです。
また、みんなで協力して異変に立ち向かう姿が、すらすらと想像出来て、とても読みやすかったです。
最後は無事に宴を続けられて安心です。
少し戦闘に重きを置きすぎな気もしましたが
みんなが幻想郷を想う力が伝わってきました。
大変申し訳ありません!
しかし、個別シナリオが多い上に一つ一つは短く、ちょっとだれました。
その割に決着は分量が少なくあっさりしていて、もったいない気がします。
それとエピローグが短すぎて余韻を味わえない……
幽々子、映姫、さとりの組み合わせがなんか好きだ
でもそれだけに最後が駆け足で残念だった
決戦がメインなのかもしれませんが
ここまで熱くなれたSSは久しぶりです。
採点期間中に読めなかったことを今ものすごく後悔しています。
こんな名作を読ませていただき、本当にありがとうございました!