夜の女王はまんまるだ。私とこいしの胸の瞳のように。
今日は十五夜と言うらしい。人々が酒を飲み、団子を食べ、秋の草花を供え、月を祭るのだそうだ。
月見がしたい。いつものように、こいしがぽつりと漏らした。毎度の如く今回も適当な発言だろうと聞き流していたが、どうやら本気だったらしい。慌ただしくも連れて来られた。
あまりにもこいしが急かすので、持って来れたのは杯を2つと適当に見繕ったお酒をいくらかだけだ。2人で飲み空かすにはやや物足りない。
ほどよく開けた土地を見つけ、いざ月見と意気込んで座ろうとしたらこいしに止められた。
「私たちだけ見るなんて不公平よ。月にも気持ちを見てもらわなきゃ」
気にせず座る。地霊殿から休む暇もなく引きずられ、正直へとへとだった。これ以上動きたくない。オブラートで包み伝えた。
「気持ち。なら、お酒を飲んで笑顔になりましょう。そうすれば、月もきっと喜ぶはずよ」
「そうね。だから、ススキを探しに行こう」
なんだかとんでもない言葉を耳にした気がした。
聞き間違えのかもしれない。もう一度言ってみた。
「私たちがお酒を飲んで笑顔でいれば、きっとあの空の月にまで気持ちは届くわ」
「そうね。だから、ススキを探しに行こう」
一字一句変わらない返答をもらう。どうやら聞き逃したわけではないらしい。
こういうことは多々ある。というよりも、会話が成り立つことのほうが少ない。少しばかり、こいしと話すには私の瞳も自身も頼りないのだ。
「ほら、お姉ちゃん」
こいしが私に手を差し伸べてくる。それを握り返すと、答えるように引っ張り起こしてくれた。
つながっているはずの手を見てこいしが笑う。つられるように頬の筋肉を少し上げる。それを見て、より一層こいしの笑顔が深まる。
ほっとした。どうやら正解だったらしい。
心の読めない相手とのやり取りはクイズのようだ。正解者には安堵を、誤答者には相手の機嫌の降下をもれなくプレゼント。
常に正解ばかり引ける私には分からない。誤答した後の始末の勝手が。だからとても恐ろしく、分岐が見えるたびに体を震わす。
震える体はすがれるなにかを求める。頭上の彼女が優しすぎて、思わずそれに甘えたくなる。自力で解決しなければいけないと分かっていてもだ。
もしも、もしも心が読めたら。
ああ、やってしまった。彼女の優しさが、私の淡くくすぶる願望に薪をくべた。甘えが纏わり付くそれが燃え盛る。
直接聞けばいいじゃない。甘えに飲まれなかった私が、炎を消火させようと声を大にして叫ぶ。無理よ。恐いわ。優しさに飲まれた私が、更なる燃料をくべ悲痛に叫ぶ。
理解はしているのだ。私から歩まねば、こいしの心など分からないと。それでも、未知が恐怖が私を睨む。どうしようもなく身がすくむ。
それでも願うのだ、たった一人の家族につながる絆があると信じて。
踏み出す勇気を、つながる切欠を。貰い火し、新たな願いが燃え上がる。一度すがりついてしまえば、もう止まらない。堰が切れて思いだけが溢れ出す。
そんな自分が嫌になる。思うだけで動かない、いくじなしの自分がたまらなく。
できるなら消えてしまいたい。月の光に混じって、すべてを照らす。みんなに好かれるそんな――。
不意に手を引っ張られた。視線をやると、こいしが存在の全てを使って退屈を表していた。これ以上待たせてはこいしに悪い、思考はまた後で。打ち切るように告げる。
「仕方がないわね。それじゃあ行きましょうか」
「うん。こっちよ」
こいしに誘われるがままほいほいと後に続く。逃げるように、ススキに想いを馳せながら。
ススキは水辺で育つ水際の植物だよ。これはこいしの持論だ。というか、植物はみんな水辺で育つよ。これもこいしの持論だ。
得意気に語るこいしの話を遮り、じゃああれはなんですかと名前も知らない木を指差す。近くに水と言えそうなものはない普通の平地に生えている。
こいしの動きがぴたりと止まった。だというのに、目ばかりが右上へ左上へとゆらゆら泳ぐ。
「よし」
妙案が思いついたのか、こいしの活動が再開する。
「早く湖に行きましょうかお姉ちゃん」
なにもよくない。もう一度突っ込んでみる。
「こいし。あそこに木が生えてるわ。あれも植物よ」
「うんうん。そうだね、お姉ちゃん。あれは木よ。でも、私たちが探しているのはススキ。全然違います。残念賞!」
そう言って、こいしの分の杯を渡される。賞品と言うよりも罰ゲームのそれだ。軽いのだからいいのだけれど。
相変わらず読めない考えにため息が漏れる。これ以上この話題は続きそうにないだろう。次の種を探していると、どこに向かっているかも知らないことに気づく。丁度いい、尋ねてみよう。
「ところでこいし。一体どこに行くんですか」
「うん? どこってさっきも言ったじゃない。湖よ」
「はあ……」
確かに先程ちらと耳にした覚えはある。が、まさか本気だったとは。いつもの適当なその場の勢いだけの発言ではないのかと、少しばかり恨めしくなる。
まだ秋も始まったばかりだというのに、感じる風はどこか冷たい。それなのに通常よりも若干冷えを感じる水辺にわざわざ行くなんて、とても気が滅入る。
そんな私の思いもどこ吹く風で、ずんずん歩みを進めるこいし。もう湖の近くまで来ているのだろうか。耳にはかすかな水音が、肌には少しばかり冷たい空気を感じるようになった。
やがて、木や平地など見飽きた風景が一転し、目の前に大きな水溜りが現れた。それを認めると、こいしの私を引く力がふと抜けた。どうやらここが目的地らしい。
「着いたの?」
「うん。けど、おかしいなあ……」
「どうしたの?」
「ススキがないわ」
「……こいし。前にここに来たことは?」
「あるよ」
「そのときススキは生えてたの?」
「んー……なかったわ」
「じゃあ、なぜここに?」
「あると思ったからよ!」
堂々とした返答をもらう。呆れを通り越してもう、ため息をつくしかない。
あそこまで自信満々に語るので根拠があるものだとばかり思っていた。少しこいしを軽く見ていたらしい。今度からは認識を改める必要があるみたいだ。
いや、今更か。振り返ってみれば、似たようなことがちらほらと脳裏をよぎる。私が思い出に苦笑している傍らで、当人は暢気に水遊びを始めていた。
今はまだ足で水を蹴るなどのかわいい行為だが、ダイブや私に水をかけるなどの凶悪行為をいつ働くか分からない。早めに興味を逸らしておこう。
「これからどうするの。こいし」
「うん? うーん、どうしよっか」
ススキはもう無意識の外へ放り出されたみたいだ。蒸し返される前に畳み掛ける。
「月見しましょうよ」
持ってるお酒をちらつかせ、甘い誘惑をかける。
「うん? うん。うーん」
ちらとお酒に視線をやり、一瞬だけ目を光らせる。
しかし、水遊びが思いの外楽しいのか、腰を沈め軽く屈みダイブの姿勢をとる。
このままではまずい。
ただでさえ冷えるのに、その上濡れ鼠になるなんて真っ平ごめんだ。
次なる一手を。
「早くしないと月が帰っちゃいますよ? お月様は待ってはくれませんよ?」
頭上に目を向ける。
月が昇って大分時間もすぎた。そろそろ昇りは終わる頃、天辺だ。
後は下るだけ。
つられてこいしも目をやる。
妹は月を認めて、腕を組んで。
「うーん」
と、唸った。それから、
「そうだね……。危うく最初の目的を忘れるところだったよ。お姉ちゃんナイス!」
と、月見をすることを決めた。
ススキの件がなければ今頃は地霊殿の屋敷で寝ているのよ、なんてことは言わない。
私の優しさであって思い出されるのが恐いわけではない。
「そうと決まれば行くよ」
「行くってどこに?」
質問には答えず私の手を強く引く、まるでそれが返事と言うように。
連れ回されるのは嫌いじゃない。
考える暇がなくていいから。
だから、なすがままに連れてかれた。
大きな木の幹にこいしと2人並んで背を預ける。
目の前には大きな湖。
その水面には月が映っている。
「まるでバーチャルだわ!」
興奮気味にこいしが叫ぶ。
よくわからないので曖昧に微笑んでおいた。
当たりを引けたのかご機嫌になるこいし。
私の杯にお酒を注いでくれた。
それを一息に飲み干す。
「いい飲みっぷりだね嬢ちゃん! ほら。もっともっと!」
酔っているのかいつも通りなのか判別がつかないこいしに勧められるがまま飲み続けていたので、最初はそれが酔いのせいかと思った。
水面に映る月の代わりに黒いなにかが映る。
よく目を凝らしてみれば人影にも見えるそれを飲みすぎかしらと、あまり気にせず続きを飲む。
注いで飲ませて注がれて飲んで、そんなやり取りを数回していると、こいしもそれに気づいたらしい。
水面の異変を口にする。
「ん、あれ? バーチャル月がない」
「バーチャル月? さっきまで映ってたやつのことですか?」
「うん。バーチャルだわ」
バーチャルはよくわからないけど、どうやら私が酔っているわけではなかったみたいだ。
もっとも、こいしも割りと飲んでいるので、あてになるかは分からないが。
水面の月は空に浮かぶそれが映る。
映らないのなら違うなにかが。
誰でも思いつきそうな考えを浮かべ視線を上げる。
すると、人型のシルエットが2つ、月を遮るように浮かんでいた。
妖精かなにかだろうか、遠目には姿形しかわからない。
もっとも、顔が見えたところで地上の知り合いなど両の手で足りるほどにしかいないので意味はないのだけれど。
赤い服と赤い帽子、片方はまばらに穴が開いてるスカートだろうか、そのぐらいのことしか分からない。
じっと見ていると今まで動きがなかったそれが動き出した。
手と手を合わせくるくると回り始めた。
しばらく回っていたかと思うと、手を離し横へ縦へと飛び回る。
離れては同じだけ離れ、近づいては同じだけ近づく。
時折きらきらと輝く弾の雨が放たれ混じる。
舞踏というのだろうか。
それはとても美しくて、とても心をかき乱した。
私たちと同じ姉妹だろうか、それとも。
いや、いい。
どっちにしろ心を読めないことには違いない。
その事実がさらに私の心を乱す。
どうして分かるの。
心も読めないくせに、他人の心がどうして、なんで。
ねえ教えてよ、その方法。
心の読めない相手の心を知る、夢のようなそれを。
それさえ知れば私だって、こいしと付き合うことができるのだ。
だから、お願い。
「ねえ」
唐突にこいしに話しかけられ、心臓が飛び出るくらい驚いた。
そんな私を気にもとめずこいしは続ける。
「お姉ちゃん、こんな話知ってる? この世界の秋の神様は秋の始まりも終わりも踊りで伝えるんだって。秋の収穫に感謝 を込めて踊った人間を見て真似たのが始まりらしいよ。随分と俗っぽい神様だね」
もしかしたら、それかもね。
そう最後に締めくくって話し終えたこいし。
目はとろりとしていて、夢の国に片足を突っ込んでいるようだ。
うつらうつらと船さえも漕ぎ出す。
もしかして、寝言だったのだろうか。
もしかしたら、今までのことは全部夢だったのだろうか。
目を覚ませば、第3の瞳が開いたこいしが、私におはようって挨拶をしてくれて。
ああ、駄目だ。
こんなことを考えるのは酔いのせいだと、それすらも棚に上げて、怒りがこみ上げる。
吐き出したい、すべてを。
衝動を抑えることができない。
息を深く深く吸う、そしてぶちまけた。
「――!」
月夜に吼える。
ただひたすらに、吼える。
どろどろとマグマのように溢れ出す。
浴びせているはずの相手はいつの間にか夜に溶けていなくなっていた。
ひとしきり騒いだら疲れてしまった。
どうやら私にも眠気がやってきたようだ。
それに意識を渡す。
こいしに寄り添って眠った。
私の叫びすら呑みこんで、秋は徐々に深まって行く。
葉はかの館の様に赤く染まり、そして。
そして、空は私の心のように、暗く、冷たく濁って行く。
危なっかしくも愛しい妹は、楽しんでくれたのかしら。
激しい弾幕応酬の音が止んで、しばらく。
近づいてくる三つの足音が聴こえるほど静かな部屋で、私は一人だった。
落胆の溜息を盛大に吐く。
偶の機会なのだから、参加すればいいのに。
「お客様をお連れしました」
「どうぞ。我が館にようこそ、秋の神」
「や、どもども」
「とんでもないお出迎えだった……」
少し無理に笑みを作って、朗らかな笑顔の妹神と疲労の色濃い姉神を迎え入れた。
「元気が良くて可愛いだろう? 自慢の妹だよ」
「手綱を付けるか躾をして」
「あぁ、なぁに? 私の妹がどうかした?」
「嘘ですごめんなさい」
「流石お姉ちゃん、弱いね」
「私のフランが強いのよ。あんまり姉を虐めるものではないわ」
笑う妹神を嗜めた。
最近妹はちょっと活動的なんだ、すまないね。そう小さく謝罪もしておく。
ソファを手で指し着席させた瞬間、テーブルがティーセットで彩られた。
菓子に眼を輝かせる二神は人間の姉妹に見える。
私と、私の妹のような魔妖の異形を持たないからだろうか。
「お嬢様、こちらを穣子様より頂きました。どういたしましょうか」
「これはワインに適している品種なの?」
「どうだろ、酸味は結構あるけれど」
「良し、咲夜。作りなさい」
「こちらに。カベルネ・ソーヴィニヨンとブレンドいたしました」
時間を置かずに用意してくた咲夜に礼を言う。グラスに注がれたワインが芳醇な香りを振り撒いた。
「では秋の神方、どうぞ召し上がって。紅茶が冷めないうちに」
「そうしましょう。いただきます」
「いただきます……美味しい!」
モンブラン、カスタードパイにザッハー。
とんでもない甘味の量だ。
好みが分からなかったから様々なものを用意したんだろう。
トリュフの減りが激しい。
妹の方は甘党らしく、チョコパウダーで口元を汚している。
咲夜に目配せして、傍にナフキンを置かせた。
眺めつワインを口に含むと、強い芳香と苦味酸味が嗅覚味覚を痺れさせた。
濃厚過ぎる。が、今の気分だと丁度良かった。
「ああ、そういえば。妹と遊んでくれて有り難う姉神」
「お菓子が美味しいから許すけど、静葉さんは軽く死ぬ思いをしちゃったんだからね。あ、名前は静葉。姉とか呼ばないで」
「私は穣子。ご招待有り難うね、こんな姉で良ければ使っていいから、もっとお菓子ちょうだい?」
「弾幕なら二度とごめんよ。お茶ならいいけど。妹さんは来ないの?」
「貴方が弱かったから不完全燃焼みたい。その辺りで弾幕相手を探していると思うけど、穣子、どうかしら?」
「どうぞどうぞふつつかな妹ですが」
「あ、いやーお気遣い無く!」
「それは残念。気が向いたら遊んでやってね」
寄り添って震える二人は良く似ていた。
秋色の金髪、薄ら笑いの口元、先は菓子をつまみ続ける手の爪の甘皮まで。
羨む言葉を渋いワインで飲み下した。
「似ているな。目障りなくらい」
「随分な言い方ね」
「お嬢さまと妹君もそっくりよ?」
「私は銀髪で、ウォールナット型の眼で、真っ黒な翼。妹は金髪で、穏やかな垂れ眼で、宝石のような翼。全然違う。似ては、いない」
実の無い取り繕いをひらりと手で払う。
「でも可愛いだろう? だから、うん、あれでいいんだ」
言い訳のような声音で零した。
「金色で思い出した。これお土産」
静葉が取り出したのは、真っ赤な椛と黄色い銀杏の葉だった。
受取って掌に載せて眺める。
「良い色ね」
「でしょ? 紅葉は姉さんの仕事なのよ」
稔子が誇らしそうに胸を張った。
それを見て顔が緩む。
「ああ、じゃあその頭の装飾品はお姉さんの?」
「うん。毎年いっとう綺麗なのを選んでいるの」
「椛なんてどれも大して変わらないのに、何時間も漁るの。呆れるでしょ?」
「これはこれは」
声だけでしか笑えない。
駄目だ、もう喉元まで来ている。
飲み込めない、ワインが間に合わない。
姉のものを嬉しそうに身に纏う妹と、それに照れて笑う姉を、どうして羨まずにいられるか。
溢れる本心を必死に虚飾する。
「仲睦まじいね、とても」
「椛、どちらかあげればお揃いになるじゃん」
「そうそう、その二枚は、貴方達二人をイメージして持ってきたのよ」
「無理だね。良いタイミングが無いんだ。姉妹間で互いに興味が無くって」
少し誤魔化して、肩を竦めて見せた。
「……着かず離れずの、今くらいの距離が丁度良いんだよ」
惨めな気分で苦心を飲み下した。
適切な距離がどうこうなんて、格好の良い嘘っぱち。
事実は。あの子が近くに寄って来ないだけだ。
私を疎ましく思っているから。
お姉様なんてしおらしく言っている裏でアイツ呼ばわりされているのは知ってるし、愛しているから言われずとも察知してしまうんだ。
妹なのに、姉の私を嫌っているんだと! 思春期なんだろう。
可愛い傲慢さを思い出し、乾いた笑い声をあげた。
「貴方達は仲が良過ぎる。息苦しいくらいよ。私には耐えられない密着度。今年の秋が暖かいのはその所為?」
虚勢で話題を替えた。
好みじゃない甘ったるいトリュフをワインで流し込む。
最低の味がした。
「お客様をお連れしました」
「開けていいよ。いらっしゃい、我がお部屋へようこそ」
「失礼します」
「お邪魔します」
秋の姉妹たちがお行儀良く部屋に入って来た。
さっきぼこぼこにしたのにどうしてと不思議に思っていると、咲夜がトリュフをテーブルに置いて、お茶をしに来たんだと分かった。
椅子に座るよう促すと、そっくりの顔を見合わせてためらっている。
「どうぞ? お喋りしましょ」
「こういっては何だけれど……随分と大人しいのね。さっきとはまるで別人」
「んー、いつもこんなんだよ? 力試しは真剣にしなくちゃいけないじゃない」
「力試しって?」
「お姉様に会っても大丈夫なやつか、美鈴か咲夜かわたしで試してるの。
侵入者なら美鈴と咲夜がお相手をして、客人ならわたしとの挨拶に託けて。でも、なんかごめんね。もっと手加減すれば良かった」
「お姉ちゃんが弱っちかったからあのくらいで済んだの?」
「弱っちい……」
「……そうだよ」
妹さんの身もフタも無い言葉に、お姉さんがしょげて俯いてしまった。
わたしも、落ち込む。
神様なら強いと思ってた。
吸血鬼とは相性が悪いかなって思ってたから、様子見をせずに最初っから全力で戦っちゃったんだ。
駄目な子だなぁ、わたし。力の使い方が何時まで経っても上手くならない。心の平衡が上手く保てない。
「ほんとにごめんね? トリュフ全部食べていいから、許してくれる?」
「いや、お腹いっぱいだから遠慮する」
「そんなぁ」
許して、くれないって。言われて、涙が出てきた。
きっと妹さんの前でぼこぼこにしたのを怒ってるんだ。
当たり前だね、うん、怒って当たり前だ。
だってこんなにそっくりで、仲が良いんだもの。
「やあ、泣いてる?!」
「ごめんなさい、わたし」
「お姉ちゃんは優しいから怒ってないよ」
「ほんと?」
「本当よ。吸血鬼相手に善戦したと思ってるんだから力試しをするなんて、お姉ちゃん思いなんだね。フランちゃんは偉いよ。静葉さんはそう思います」
「あ……」
言われて、とっさに返事が出なかった。
きっとこれは取りつくろう言葉。わたしを慰めるつもりで言ってるんだ。
口に放り込まれたトリュフがその証拠。美味しくて、涙の味が薄まっていく。
でも、まやかしにはぐらかされたりしない。小さく呟くように反論する。
「わたしはそんなに、良い妹じゃない」
「じゃあお姉ちゃんのこと嫌いなの?」
「そんなことないよ」
「大切?」
「うん」
「そう、なら」
とんでもなく優しい顔で静葉お姉さんは笑って、頭をぽんぽんと触ってきた。
妹さんが私の口に二個目のトリュフを入れてくれて、涙の味が消える。
「レミリアは幸せ者よ。かけがえの無い妹から思われてるんだもの」
「そうかな」
「そうよ。フランちゃんはレミリアに大切にされたら嬉しくない?」
「嬉しいよ。でも」
そういうことじゃなくて。
お姉様がわたしを大切にしてるなんて、物心ついたときから分かってる。
わたしはそれを甘んじて受けて、箱入り吸血鬼になった。
でも、それだけで。
わたしからお姉様へ何をしてきたかって言うと、何にも出来てない。
護る側と護られる側を五百年あまり続けている。
お姉様は『姉』として一方的に『妹』のわたしを庇う。
そんなところがちょっとだけ嫌いで、とっても申し訳無くって。
姉と妹は生まれてから死ぬまでずうっと姉妹だから、一生このままなのかなと思うと……。
「わたし、お姉様に必要かな……?」
「さぁ? 私はレミリアじゃないから分からないわ」
「訊いてみたら良いじゃない」
「そういうこと、なんか訊きにくい」
「あーそうだね、レミリアさんも言ってたっけ。距離がどうのこうのとか」
やっぱり。
お姉様はわたしに近寄ってきて欲しくないんだ。
嫌われている可能性を考えて、溜息を吐いたわたしの頭を、でもねと言いながら静葉さんが撫でてくれる。口に三つ目のトリュフ。
「とにかく、お話してらっしゃい。近くに寄って、どんなことでもいいから話すの。レミリアはきっと嫌がったりしないわ。
必要かどうかなんて二の次三の次でいいの。それでも姉妹はやってけるんだから。私は穣子のこと必要だけど疎ましく思うこともあるわ」
「え、そんな」
「私もお姉ちゃん必要だけどよくウザいって思うし、そんなもんだよ」
「え、え、え」
その二つは正反対の感情じゃないの?
お互いを必要で邪魔だと言い始める二人にびっくりする。
とっても不思議な関係。分かるのは、嫌いあってる訳じゃないってことだけ。
「これをあげる」
「綺麗な赤だぁ」
「黄色い椛をレミリアさんが持ってるから、見せてもらっておいでよ」
「フランちゃん、雪は見たことある?」
「家の中から、積もっているのなら、ある」
「お姉ちゃんの椛についてお話とかしてから」
「降っている時に一緒に見に行こうよ、ってレミリアを誘ってみなさい。
何気ないものでも、大切な人と見れば、特別なものになるの」
「わたしが、お姉様を誘って?」
「そう。二人で見に行くの。嫌?」
「……してみたい。行って、見たい。うん、お願いしてみる」
お姉様が、わたしと見る雪を綺麗と言ってくれたら、すごく素敵だと思ったから。
とても静かに笑っている二人に、心からのありがとうを言った。
フランドールを見送って顔を見合わせる。
「行く?」
「行きましょ」
紅の館をこっそりと退出して、私たちは妖怪の山へと戻る。
冬が、やってくる。
そしてまた季節が巡って秋が来る。
枯れ葉も全て落ちた木を前にして、私たちは思い出す。
通じ合えなかった、そばにいられなかった、彼女たち。
つながれなかった姉妹。
あなたたちは心の底から笑えるのかしら。
笑えてるといいわね。
「お姉ちゃん」
「穣子」
ああ、良かった。
「今年も穣子が笑っている」
「お姉ちゃんもね」
ねえ、あなたもそう思ってるんでしょう?
私たちは心の底から、一切の偽りもなく喜びを感じているわ。
終われることが嬉しいの。
それをわかりあえることが悲しいの。
右手を、左手をお互いに突き出して、手を合わせる。
ああ、冷たいわ。
憎らしいほど。
ああ、温かいわ。
拒みたくなるほどに。
「お姉ちゃん」
「穣子」
「お姉ちゃん」
「穣子」
そのまま、私たちは円を描くように周りだす。
さあ、私たちは消えましょうか。
再び秋が巡るように、廻ろう。
春を、夏を、秋を、冬を廻そう。
くるり、くるり。
惜しむように、枯れ葉がお姉ちゃんを包みこむ。
「穣子」
戻れるように、廻りましょう。
葉を、根を、実を、魂を廻しましょう。
くるり、くるり。
むせび泣くように、風が穣子を巻き込んでいく。
「お姉ちゃん」
私たちは、蓮。
その様はまさに一蓮托生。
油と水のように別たれることは、未来永劫、決して有り得ない。
「さあ」
「秋が終わるわ」
「さあ」
「終わりが始まるね」
彼女たちに、私たちの最期を見せてあげたいわ。
見せつけてあげる。
心が読めないのにどうして、ですって?
バカみたい。
数えきれない年を一緒に過ごして、あなたは一体何を見てきたのかしら?
「儚く散りましょう」
仲が良すぎる、ですって?
浅慮ね。
惨めに潰えるときも、一緒にいなければならないのよ?
「美しく散ろうよ」
くるり。
ステップを踏んで大地に感謝を。
「お疲れ様」
くるり。
踊り狂い、木々に感謝を。
「おやすみなさい」
くる、くる、くるり。
過ぎ去った幸福をかみしめる。
「楽しかったね、今年も」
「来年は、楽しいかしら」
きっと楽しいわ。
一時の苦痛の後に訪れる幸福を、祈りましょう。
祈って、廻り続ける。
白い季節まで。
もう、フィナーレだ。
「あ……雪だよ、お姉ちゃん」
「そうね」
ああ、私たちを覆い隠してくれる素敵な征服者が、またやってきた。
「「あーあ、終わっちゃった」」
クスクスと笑いあう。
どうしてこんなにわかっちゃうんだろう。
どうしてこんなに同じなんだろう。
「穣子」
「お姉ちゃん」
不思議だけど、でも、今年は一緒に起こした気まぐれに、一緒に振り回されよう。
「痛いね、お姉ちゃん」
「眠たいわね、穣子」
くるり、くるり。
ジクン、ジクン。
肌を刺すようなこの痛みが、愛しい。
潰れるようなこの重みが、心地よい。
「あ……」
「穣子?」
それは唐突な、征服者からのダンスのお誘い。
「転んじゃった」
「じゃあ私も転ぶわ」
大きな穴で、白い雪面を蹂躙する。
寝転んで見た空は、黒い。
さあ、征服者さま。
私を。
私を。
「私たちを、塗りつぶしてくださいな」
「あなたの色で見えなくなるほどに、覆い隠してくださいな」
一刻が過ぎて、私たちは彼らに占拠されてしまう。
ああ、なんて。
なんてみすぼらしいのかしら。
動けないほどに疲弊して、見えなくなるほど辱められて。
「ずっと一緒にいて、一緒に消えるのがいいのかしら?」
「通じ合い、お互い奥まで見透かされるのがお好みかしら?」
ああ、どこまでも、甘いわね。
ねえ、お姉ちゃん。
「なんでも分かりあえて羨ましい、だって。それってありがたかった?」
「ぜんぜん、まったく、少しも。妹の考えてることわかったって、ねぇ」
ああ、どこまでも、儚いわ。
ねえ、穣子。
「融け合えてしまうほどに近いからこそ、離れにくいのがわからないのかしらね?」
「愛も憎しみも深すぎて、もう抜けられないだけなのにね」
あは。
「おかしいわね」
「私たちがおかしいのかな」
「そうかしら?」
おかしいのは、あなたたち。
そうでしょ?
「可笑しいわね」
「可笑しいね」
ねえ。
隣の芝生のあなたたち。
確かめてあげましょうか。
消えることもできない私たちが、視てあげましょうか。
私たちの芝生は、青いのかしら?
ねえ、どっちがいいの?
シスコンバスターズ!?(リーオ、ゆきたに、匿名希望)
- 作品情報
- 作品集:
- 最新
- 投稿日時:
- 2010/06/14 02:13:15
- 更新日時:
- 2010/07/31 22:52:48
- 評価:
- 30/77
- POINT:
- 4080
- Rate:
- 10.53
- 分類
- 古明地姉妹
- スカーレット姉妹
- 秋姉妹
なんとも心地良い作品でした。
古明地、スカーレットの両姉妹は拝見する機会も多いのですが
ここまで綺麗な秋姉妹はあまり見たことないかもしれません
こんなに姉妹姉妹してる秋姉妹って初めて読むかもしんない……
色々と新鮮でよかったです。
まるで山荘で自然に囲まれていようと思っていたら、隣の連中がヒップホップの音楽を流しているかのような違和感が全体に漂っていたのはどういうことだろうか。
変にメッセージを込めるような文章にせず、地の文にはたおやかに座っていてほしかったという個人的な好みでした。
最後の秋姉妹には少し畏れを感じました。良いですね。
アプローチ方法こそ違えど、どの姉妹もとっても仲が良いという事が文章越しに伝わってきました。
自分はキャッキャという擬音が伝わってきそうな古明地姉妹のパートが一番お気に入りです。
おれたちのあきはこれからだ
誰もが隣のバラは美しい物です。
すれ違う姉妹分ご馳走様でした。
三組の姉妹によって全く異なる心境、捉え方が興味深かったです。
きっと二人の距離に正解なんて存在しないんでしょう。
まったく関係性というものはかくも難しいものであるか。
古明地姉妹やスカーレット姉妹に比べ、秋姉妹のなんという完成されたお互いの信頼関係か
それぞれに異なった苦悩を抱えてはいますが、根本ではみんな仲良しなんですねぇ
が、「ススキの件」で思い直し。ちょっと繋がらない気もしますが、それにも勝る素晴らしさを感じました。
場面転換はもう少しくっきりと判り易くさせても良いかも。ちょっと判り難いです。
それにつけても姉妹先輩の素晴らしさよ!
いえ、忘れていたわけではございません。本当です。
面白かったです。
とくに秋姉妹の踊るような掛け合いが、普段見れない感じの姿が見れて面白かったです。
大変申し訳ありません!
ちょっとこの手の話は苦手です。
そんな理由で点数が低くて申し訳ないです。
担当の切れ目がありありと分かり、ある意味面白かったです。
だけど紅→秋は文体の差が激しい、というか秋姉妹の個性が強すぎるように感じました。
一つの作品としては、三度楽しめるとも言えますが、印象がバラけるのが残念でした。
こいし可愛いです。
最後の秋姉妹が消えるシーンは幻想的で好きです