エイプリルフールの幻想世界で

作品集: 2 投稿日時: 2011/04/01 21:06:30 更新日時: 2011/04/01 21:06:30 評価: 3/9 POINT: 3046662 Rate: 60933.74

 

分類
レミリア
 目蓋を焼く真っ白な光にふと目が覚めたとき、私ことレミリア・スカーレットの体は就寝前の己の記憶とはかけ離れたところにあった。
 とは言っても、例のように我が親友パチュリー・ノーレッジのろくでもない魔法実験に巻き込まれて寝室ごと吹き飛んだわけではない。
 また、最愛の従者にして娘たる十六夜咲夜が起こす定例イベント、『怖くて眠れないから誰か拉致って抱き枕化』が発生したわけでも無い。
 前者ならば吹っ飛ばされた瞬間に目覚めた私が図書館に怒鳴り込みに行っているし、後者なら目覚めた時には見慣れた咲夜の部屋の天井が見えているはずだ。
 何より後者はイベントそのものが発生する確率が低くなってきている。成長の証と見れば嬉しいものだが、代わりに前者の発生率が高くなってきているのが玉に瑕。
 手塩にかけた子供が一緒に寝てくれなくなったからと言って、パチェもあそこまで集中を乱すこともあるまい。まったくパチェ自身まだまだ子供というか。
 さて、話は横筋に飛んでしまったが、とにかく私は未曾有の事態に陥っている。
 何しろ、さっきも言ったように私は『目蓋を焼く真っ白な光にふと目が覚めた』のだ。それは即ち、吸血鬼たるこの私が日の光で目覚めたということに他ならない。だというのに。

 
 私はそれを当たり前のことだと認識している?


「体。問題さそう。声。オーケー。頭。回ってる」

 確かめるように呟き、両手を握り締める。確かに感触がある。
 木々の間から射す光に手を当ててみれば、白い肌が少しばかりライトアップされただけで。灰になることなど無い。
 夢ではないだろう。腰を下ろして座り込んだ地面の土は柔らかく、生える草に滴る朝露は服から染みて肌を冷たく侵食していく。
 これほどの質感は夢では再現しきれない。意識もあまりにはっきりしている。
 着ている服は黒の―――セーラー服。馴染みのないはずの単語なのに、何故だかすぐに頭に浮かんできた。
 周囲を見渡せば、同じ格好をした人間達が不思議そうな視線をこちらへ送りながら歩いている。
 ふむ。道端に座ったままでは都合が悪そうだ。

「ん、あれは」

 立ち上がった視界に見えたのは、数人の女生徒達が連れ立って歩く姿。
 その中にいくつか見知った顔を見つけると、事態の把握のために歩み寄る。
 こちらの姿を認めたか、一団の中から抜け出してきたのは最近の宴会で何度か顔も合わせた、寺に住む女。
 たしか、一輪。そう、『白薔薇のつぼみ』、ロサ・ギガンティア・アンなんとか―――

「……って違う!」

 突如叫んだ私に、周囲は色めきだつ。
 ロサ・ギガンティア・アンなんとか? 誰だそれは?
 聞き覚えの全くないその単語なのに、私は確かにそれを一輪のことだと認識している。これは、なんだ?
 明らかに知るはずの無い情報が頭の中に入ってきている。それはどこから来た? いつの間にあった?

「ご、ごきげんよう、レミリアさん。何かあったのかしら?」
「いや、なんでもない。気にしなくていいわ」

 おずおずと声をかける一輪に、適当に返事をして一団に背を向ける。
 背中越しに彼女の主、ロサ・ギガンティア―――じゃない、白蓮。そう白蓮と話す一輪の声が聞こえる。
 彼女達はこの服装に、この世界に、そして彼女ら自身に疑問を抱いていない様子だ。
 だが私は覚えている。一輪はあんな口調の女だっただろうか? いや違った。それほど親しくなかったからあまりしっかりと覚えてはいないが、少なくともこんな喋り方はしていなかった。
 では私はどうだろう。私はこんな喋り方をしていただろうか? 一人称は何だった? 身長はもうちょっと大きくなかったか? こんな舌ったらずな声だったか?
 元居た位置に腰をかける。朝露は待ってましたとばかりに再びスカートににじみ始めるが、私にはもうそれを気にしているだけの余裕はなかった。

「レミリア・スカーレット。500歳。吸血鬼。身長138cm。35kg。妹が一人。好物は血液。嫌いなものは梅干。視力は両2.0。弱点は日光、の、はず」

 『紅バラのつぼみ』だとか『リリアン女学園1年生』だとか、頭のどこかから湧き出てくる情報をひたすらに片隅に追いやりながら、本来の私があるべき姿を思い浮かべる。
 けれども浮かんでくるのは疑問符ばかりだ。生まれる疑問は頭の中で渦を巻く。解の無い問いを前にして私は小さく息を吐いた。
 顔を上げれば、さきほどの一輪たちとはまた別の集団が歩いている。
 さぁ次は誰だ。山の神か? 八雲か? 不死人か? 誰にせよ、おそらくさきほどの一輪と同じ状況だろう。
 元いた世界の一輪とは別人なのか、或いは本人ではあるがなんらかの作用で変わってしまったのか。
 どちらにせよ、あぁして一団で固まってごく普通の登校風景を演じている中にいる時点で、私のようにこの世界に疑問を抱いてはいないということだ。私の助けとはならないだろう。
 だが、もしかしたら。疑問を抱いてはいつつも、この世界にひとまず迎合している。そういうことはあるかもしれない。
 そんな一縷の望みをかけて向けた視線の先には―――

 防御力の高いベアが前衛、両脇をジェイムズとテレーズが固め、ジェラールが後ろに立つ。
 いわゆるインペリアルクロスの―――アバロン皇帝ご一行が歩いていた。

「あれがロマ・サガンティアことレオン様ご一行よ」
「む、タイが曲がっているぞジェラール」

「ジェラール様も初々しくて素敵ね……」
「あぁ父さん、大丈夫だよ自分でやれるから」

「ヴィクトール様、新宿のホステスに入れ揚げた上に逃げられたらしいわよ」
「流し目が……完全に入ったのに……」

 だめだ。ここはやはりおかしい。どう考えてもおかしい。
 何よりも問題なのは、私の中でこの状況を平常だと受け入れようとする部分があることだ。
 ここを離れようと思った。だが、どこへ行く?
 少なくとも彼らが向かう場所、おそらく学び舎、に向かうことはできない。
 街路樹の立ち並ぶ小路に背を向けて歩き出す。途端、なにやら柔らかな物質にぶつかり私は停止した。
 それは完全に透明で、その向こうには地続きの世界が広がっているというのに、その向こうに行くことはどうしてもできない。

「結界、いや違うか。これはむしろ」
「境界、ね」

 突如背後に生まれた気配が静かに声をかけた。

「二つの幻想を分け隔てる、境界」
「八雲、紫か」

 音も無く私の背後に近寄る存在など数えるほどしかおらず、その中でこんな状況で現れる者など彼女しかいない。
 そしてスキマを操る能力があるということは。

「ご名答。『あなたの世界の』八雲紫よ」
「『あなたの世界の』か。端的に聞くわ、この世界はなに?」
「そうね。その質問に答える前に。あなたはペガサスを見たことがあるかしら」

 隣に歩み寄った彼女は私の真横に立ち並び、問う。
 相手がパチェなら質問に質問で返すな、と第五部ごっこでも始めてやるところだが。ペガサスね。あいにくだが。

「無いわね」
「じゃあ、その姿をイメージするとどんなかしら? 体長は? 体重は?」
「体長、体重は普通の馬くらい。羽が生えてるわね」
「声は? 家族関係は? 視力は?」
「そんなもん知るか」

 ペガサスなんて伝承上の生き物、そんな詳しいことなど考えたことも無い。
 私がもう少し年少の、空想に心を躍らせる少女の年頃であればそういった夢想に身を委ねたかもしれないが。

「その夢想の産物がこの世界であり、目の前を通る人妖たち」
「あ?」
「伝承上のペガサスはどんな生物か? それを想像する時、彼はきっと最初に形を想像するわね。そしたら次は名前。能力……といった具合に進む」
「続けろ」
「そして細部まで彼の中だけで想像されたペガサスは、もはや誰もが知るペガサスではないわ。それは彼の中で生きる、彼の幻想の中だけのペガサスになる」

 紫は続ける。

「この世界はそんなペガサスと同じ。どこかの誰かが、己の中で作り上げた幻想の世界。本来なら彼の中だけで息づいてゆくはずだった世界」
「そこに迷い込んだと?」
「あるいは、貴方が手繰り寄せたか。とにかく、実体の貴方はこの世界に彼が作り上げたレミリア・スカーレットと言う名の幻想と一つになった。記憶や情報の混乱はそのためね」

 となれば、迷い込んだというより手繰り寄せたのほうが正解だろう。運命を操るとは私の能力であり、運命とは無限に広がる未来の可能性たちだ。
 この世界に入り込む前―――いや、この世界のレミリア・スカーレットの幻想と合一する前。
 その時の私が何をしていたのか正確には思い出せはしないが、おそらく自分の能力で手繰り寄せていたはずだ。なるべく突飛で。なるべく飽きない。そんな未来を。そうして引き寄せたのだろう、この世界を。

「ここに住まう者たちはみな、彼の想像の産物であり、彼の妄想の駒であり、彼の幻想の影法師」
「ゾッとしないわね。誰かの妄想の中で生かされるなんて」
「そうかしら? 貴方は想像したことはないの? もしも霊夢が貴方のペットだったら? もしも十六夜咲夜が同じ吸血鬼として生きることを選んでくれたら? それはあなたの中だけの幻想じゃないかしら」

 もちろん無い、などと私は言えない。

「ここはそんな誰かさん達の幻想世界が一同に集い、混じり、一つとなった世界。今日一日だけ顕現する可能性の集合体よ」
「今日一日―――あぁ、なるほど。そういうこと」 
「今日は嘘も真実も、冗談も本気も、そして幻想も現実も、みんな一緒くたにしてしまう日」
「エイプリルフールの幻想世界、か。普段能力を使っても繋がらいわけだ」
「そういうこと。だからこんなカオスな世界が見られるのも今日だけよ。例えば……こことか。覗いて御覧なさい」

 紫は目の前にスキマを広げる。中に見えるのは山の風祝……と見知らぬ男だ。二人でなにやら甘い空間を作り出している。
 『こんなことしてて大丈夫か』と心配する気持ちが何故だか無性に沸き立ってくる。私はその気持ちのまま、彼の将来がよりよいものになるようお祈りした。

「これはここからだいたい西に20kmくらい行ったところね。あとはこれなんかも面白いかも」

 そうして紫はいくつものスキマを空間に浮かべていく。そこにいるのは天狗の記者と戯れる霊夢だったり、なにやら厳かな式の最中に携帯で書き物をする男だったり、謎の使い魔による二次小説講座だったり。

 好きな人を一人思い浮かべてから入れという世界があった。フランのことを思い浮かべていたら何故かフランが結婚していた。絶対に許さん。
 私が何故か兎になっている世界もあった。と思ったら、いつのまにか私はスイートポテトになっていた。な、何を言ってるのかわからねーと思うが私もわからなかった。
 私の知己が全くいないような世界もあった。謎の大統領がキャンディーを舐めていた。誰だお前。
 中には題材そのものさえさっぱりわからないものもあった。だからオバマ誰なんだお前。
 そんな何人もの幻想が入り乱れたこの世界だけれど、その中で共通していることが一つだけあった。

「結構楽しそうじゃない。こいつら、この世界」
「ま、そうでしょうね。殆どは誰かの妄想。たいていは幸せな世界を思い描くでしょう」
「たいていってのは?」
「スポーツ新聞には一般紙面でご紹介できないコーナーもあるってことよ」

 あぁなるほど。ま、健全な人間なら誰しも考えることだろう。魔理沙あたりだったら『気持ち悪い』と零しそうなところだが。
 私や目の前の紫なんかは、例えそんな姿を妄想されていたとしても、それに嫌悪感を覚えるには私は歳を取りすぎている。

「あ、そういえば八雲の。妄想されたお前の幻想もこの世界にいたわけよね」

 ふと思い立ち、紫へ問う。

「そりゃそうよ。人気者は困るわよね」
「この界隈での異名って何だったのよ。一輪なんかは百合百合ーな世界に組み込まれてたわよ」
「……さて、なんだったかしらね。知らないわ」
「ま、教えてもらわなくても私の頭のどっかに眠ってるんだけどね。どれどれ」
「ちょっ、まっ、やめなさい!」


リリアン女学園3年生 八雲紫―――通称『紫のバラの人』


「一人wwwwwwだけwwwwwwwwwガラスの仮面wwwwwwwww 黄色じゃだめだったのwwwwwww」
「黄色は洩矢の神が居たのよ。だいたいあなただって『紅薔薇のつぼみ』じゃないの」
「そうよ、何か問題が?」
「『紅薔薇のつぼみ』なのよ? あなたこの世界だと『紅薔薇』ことフランドールの妹。妹に逆転されちゃって情けないったらないわね」
「マジで?」
「マジで」
「この私が……フランの妹?」

 フランの妹。ふむフランの妹。ふむふむフランの妹。

(フランお姉ちゃーん膝枕してっ)
(もう、仕方ない子ねレミィは……ほら、おいでなさい)
(フランお姉ちゃん大好きっ お姉ちゃんの太股フカフカ!)
(もう、甘えん坊なんだから……なでなで)

「ありね!」
「ありなの?」
「ありも大あり。何よ意外といいもんじゃない、誰かの妄想世界ってやつも」
「……そう、なんならもうちょっと遊んでみる? このなんでもありの世界群で」
「私と? お前で?」
「そう、私と、貴方で」
「……ま、悪くはないかもね。無限にある可能性。お前と私で連れ立って歩く世界だってあるだろうさ。それから」

 そう言って私は彼女の手を取る。 

「礼は言っておくわ、八雲紫。こんなところまでわざわざ迎えに来てくれるなんてね」
「……泣く子に弱いだけよ。特にそれが人の子ならなおさら。表層では平然と振舞おうとしていたけれどね」

 なんだ、成長してるかと思ったら全然じゃない、咲夜。
 とは言え、かつては一緒に寝ている私がトイレに行こうと10分離れただけのことで、半泣きで私を探して館を2時間もさ迷い歩いていたあの子だ。
 表面的に取り繕えるようになっただけでもたいしたもの、か。
 なにせ、表面的にしか取り繕えてないのは目の前の彼女の同様のようだし。手を繋いだだけで顔まで赤い。スキマ妖怪とやらも案外初心のようだ。
 
「さて。それじゃ行こうじゃない、エスコートはしてくれるんでしょうね?」
「それはもちろん。それではご案内させて頂きますわ、この幻想と妄想とカオスの入り混じった世界、その『始まり』の場所へ」

 彼女が浮かべたスキマへと一歩を踏み出す。この場所を離れたことで、リリアン女学生としての私の幻想が剥がれて行き、ただのレミリア・スカーレットに戻る。
 無限に広がるスキマの中に、八雲紫の声が響く。


―――ようこそ、このなんでもありの愛すべき『朗報好々爺』へ―――


 スキマから見える幻想世界は果てしなく遠くまで続いている。そして今もなお世界は増え、広がり続けている。
 八雲紫に導かれ、始まりの世界に足を踏み入れる。その途端、聞こえてきた余りにも懐かしいフレーズに、私は思わずツッコミを入れる。


『さぁ、始まるざますよ!』
「おいドラキュラ! そこは私に言わせるところだろ! 種族的に考えてっ」

 楽しい祭りもあと数時間。パートナーはあまり馴染みのない少女だが、そんなことは彼女の魅力にひとかけらも影響を及ぼさないだろう。
 後ろでこちらをくつくつと笑う少女に、私は飛び切りの笑顔を返したのだった。
ちゃんと時間内に投稿できてよかったです。一年ぶりの投稿たのちい。
祭りはそそわの風物よ! 楽しまなきゃ損そん!

一部、他の作者様方の作品の内容を勝手にネタにしている点について、陳謝させていただきます。
勝手にネタにするんじゃねーという方がいらっしゃいましたら修正します。

デンでした。それではまたどこかで。
デン
作品情報
作品集:
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投稿日時:
2011/04/01 21:06:30
更新日時:
2011/04/01 21:06:30
評価:
3/9
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3046662
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60933.74
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0. 46662点 匿名評価 投稿数: 6
2. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 22:14:15
お久しぶりです。またあなたの作品が読めて嬉しい。
そして1mmも変わっていなくて非常に安心致しました。相変わらずの小ネタマシンガン、自分はインペリアルクロス辺りでもう撃沈。
それにしてもゆかりん恐ろしい子。あらゆる意味で。
5. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/02 02:31:28
いやっほう! まさかこんなところ再びでお目にかかれるとは!
てっきり引退かと思ってましたが相変わらずのクオリティで何よりです。
本家の投稿もお待ちしています。

しかしお祈りはやめとけw
6. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/02 07:09:33
再びあなたの作品が読めるとは!
お祭りらしい、素晴らしい雰囲気でした。
名前 メール
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