君と虚言と針の千本

作品集: 2 投稿日時: 2011/04/01 19:25:05 更新日時: 2011/04/01 19:25:05 評価: 8/13 POINT: 8038885 Rate: 114841.57

 

分類
ナズーリン
命蓮寺
 いつからか、私は気付いていて。
 鋭い彼女はきっと、気付いていることに気付いている。
 けれども、衝撃的な変化はない。何も変えられないし、変わらない。
 そういう繋がりもあるのだと思う。



 毎月一日の彼女は、目が覚めると機嫌が悪い。命蓮寺の皆は、「普段と同じ淡泊さ」と見るけれど。輪をかけて淡然、もっと言うと無愛想。ほぼ黙々と朝食を終え、自室に籠もる。月初めの、私的な仏事があるからと。午前の法会の補佐は休む。日頃の働きがいいのと、聖の了承があるのとで怪しまれない。昼までかかるかも、食事はお構いなく。簡潔に告げて、襖の奥に消える。
 重大な判定が、彼女を待っている。私が一月、仏神でいられたかどうか。


 金堂で一仕事こなした私は、散歩に出た。お昼はどこかで頂いてきますと、声をかけておいた。寛大な聖は、お小遣いと紙包みのさらし飴をくれた。寺子屋の生徒さんになったみたいだった。
 厚着の装束に、向かない季節が訪れようとしていた。羽衣を団扇にしかけて、はしたないなと自重した。
 陽光は柔らかくて、肌に残る。参道の枝垂桜は盛り。吉野桜の列も、綻んで追いかける。風は花の匂い。三色団子や焼き鳥の空気になるのは、もう少し先だろう。
 桜花もいいのだけれど、私はお団子、お菓子を探していた。珍しくて美味しくて、神経の安らぐような。月の初日の、私の恒例行事だ。自力でやる。探し物の達人で、脳の重労働中の彼女のために。

 ひとりで商店を眺めて、新作の甘味を試す。
 お針子の夫婦と娘さんに、ひとりで挨拶する。
 ひとりで、うどん屋さんの注文を決める。七味をかけ過ぎたかなと、自分のうっかりに辛い舌を出す。
 今日だけかもしれない。明日からもずっと、続くのかもしれない。ひとりであろうとふたりであろうと、空は青く華やぐ。

 飴玉を転がして、気まぐれ探索行。
 今月の一品は、里外れの古物屋さんで購入した。外界の寺にいた頃、たまに入手した箱菓子だ。棒状の焼き菓子を、チョコレートで覆ったスナック。このお店の商品は、苺味で三袋入りだった。常温陳列だけれど、日陰の店内だから融けてはいないだろう。古くなってもいない。きちんと支払いをして、お寺に帰った。


 一輪達とおやつにどうぞと、食堂の聖に二袋。彼女の様子を尋ねた。さっき終わって、水を飲みに来たという。差し入れに丁度いい。桜の葉を混ぜた緑茶を淹れて、棒菓子を平皿にあけた。一式をお盆に載せ、出前ですよと二色襖を叩いた。

「頼んでいないよ。ご主人様持ちなら頂戴しよう」

 返答は、彼女にしては明るかった。今回も、大丈夫だったようだ。
 幻想郷ではレアだろう、チョコレートプレッツェルへの第一声は、

「嘘吐きへの針千本?」

 問いかけられて、四月一日の外のイベントを思い出した。

「針の見立ての意図はなかったのですが。エイプリルフールでしたね、そういえば」
「狙ったのかと思った。君、誕生日やお祭りは忘れないから。深読みだったね」
「いいですよ、狙ったことにして大嘘披露しても。仏様も、今日くらいは大目に見てくれるでしょう」

 じゃあそうしようかな。一センチ区切りで苺色をかじり、彼女は私を騙し始めた。

「私はダウザー妖怪鼠と見せかけて、実は毘沙門天様の密偵なんだ」
「いきなり壮大ですね、私の上司ではありませんか」

 大体、予測していることだけれど。

「敬いたまえ。で、君が致命的な失敗をしないか長年監視中だ」
「嘘に聞こえないのが怖いですよ。もしもしくじったら、私は?」
「こうする。私直々に」

 斜めに噛んだ菓子の先端が、喉隅に突きつけられた。虚言の断罪者の眼が、おっかなく笑っている。

「死なない程度にやって、さよならだ」
「私の日常は非常に危険だったのですね。数百年来の付き合いです、ちょっぴり教えてくれてもよかったでしょうに」

 言えないんだよ。溜め息が、湯気を飛ばした。甘さに負けない濃い桜茶で、彼女は針を飲み込んだ。

「秘密をばらすとね、私は」
「光や雨になる?」
「ロマンチストめ。そんなに綺麗じゃない。人型を剥がされて、野鼠に戻ってしまうんだ」

 初耳だ。真実だとしたら、少々重い。

「二足歩行を捨てるのはいい。雑食だから、チョコレートも食べられる。ただ、声を失うのは嫌でね。君を『ご主人様』と呼べないし、こうして嘘も吐けないじゃないか」

 真面目な顔になっていたらしい。四月馬鹿とからかわれ、一本口に突っ込まれた。

「私の作り話は終了。正直にひとつ言おう。君の食べ方鼠やリスみたいだ、両手で持たなくても」
「貴方が猫や虎みたいなんですよ。手を有効活用してみても」

 咥えた棒に一刀両断された。悔しいので、私も欺いてやった。

「なーんて。貴方の正体くらい、私は見破っていますよ。神様のお芝居が職業なんです、同業者の匂いには敏感ですよ」
「おや素晴らしい」

 澄ました笑顔で、小動物風の食を貫いてやった。ピンクのコーティングにくっついた、乾燥苺の果肉も砕く。

「各々の落ち度への罰も、突き止めています」
「なのに私を灰鼠にしないんだ。お情け? 脅迫材料?」
「リアリスト。別に構わないからです、見張りの一、二。鳴き声よりも皮肉の方が、面白いですし」

 「わ、私をなじってくださぁい」と声真似された。春色針で黙らせた。

「私がずたずたにされて、貴方が里帰りしても構いませんよ」
「んぐ、やっぱりいじめられっ、むぐ」
「ひとりでも、私は幸せに過ごせますから。貴方は私に依存しない、私も貴方に依存しない」

 彼女の菓子が、ゆっくり短くなっていった。
 私達の間にある、縁なき縁だ。互いを、互いの存在理由にしない。気付いて気付いて、決めた。
 私が障害になったら、彼女は泣かずに任務を完遂するだろう。彼女に何かあったら、私も嘆かず受け入れる。できるだけ、そうする。

「ひとりで笑える。けど、ふたりでも遊べる。人数の選択肢は、多い方が得でしょう?」

 端っこの、素焼きの部分を彼女は収めた。数秒空けて、それもいいかなと頷いた。

「君も案外演技派だね、一瞬騙されそうになったよ」
「少なくとも、このお菓子よりは長くお堂に立っていますよ。毘沙門天様として」

 光沢のない、甘い針を構えて笑い合う。
 そこに、

「あ、いたいたいたいた二人!」

 ムラサが駆け込んできた。息を切らしていた。私と彼女を交互に熟視し、そうよねと強く納得していた。

「どうしたんだい」
「そのお菓子、一人で食べるのが正しいのよね。ぬえの奴がとんでもないこと吹き込んでるの! これは横にして、二人で同時に端からかじるのが作法だって」

 食堂の方向から、歓呼や悲鳴が聞こえてきた。

「よーし、次は負けないわ! ぬえ、もう一本食べっこよ」
「かかってきなさい聖」
「姐さん止まって、やんごとない唇がいやぁあああ!!」

 惨状に恐れおののいた。私は命蓮寺に、爆弾を持ち込んでしまったのかもしれない。

「一輪と雲山が壊れる前に、外の常識をお願い」

 ムラサに急かされ、私と彼女は部屋を出た。針千本のお皿を抱えて。

「どうやら、私達以上の嘘吐きがいたようだ」
「ですね」

 走る船長を、並んで早足で追った。
 二人同時もひとつの方法だけれど、一般的ではない。噂や創作や都市伝説の域に、足を踏み入れているような。だからこちらで、正体不明のぬえが受信するのか。

「だが、まあ」
「んむ」

 彼女が菓子皿の一針を、私に食ませた。半分の辺りで折った。揺れる唇に、そっと指先が触れる。残りは彼女の小さな口へ。人差し指を吸い、

「味わい方の選択肢も、多い方が得かな」

 呆気に取られる私を、満面の笑みで見上げた。
 これも、とても楽しい。瞳や頬が、のんびりつられていった。



 私達は今日も、ひとりでふたり。
 虚言の一日でも、変わらない本当だった。
 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
 今年も凝ったつくりで、幸せになりました。「嘘を吐いたら針千本」の連想から、細長いお菓子と星達のお話を書いてみました。温かい飲み物が、皆様のお手元にありますように。
 変わった味のチョコレートが食べたいです。
深山咲
作品情報
作品集:
2
投稿日時:
2011/04/01 19:25:05
更新日時:
2011/04/01 19:25:05
評価:
8/13
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8038885
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0. 38885点 匿名評価 投稿数: 5
3. 1000000 うづやん ■2011/04/01 20:26:32
なにこれ甘い!
4. 1000000 奇声を発する(ry ■2011/04/01 20:46:32
凄い癒される
5. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 21:30:54
よい
6. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 21:35:49
苺のチョコ買ってきます。
7. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 22:42:02
清涼剤のレベル超えてますよ、これ。凄いいい話でした。
8. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 23:42:22
いやあ、春ですねぇ。なんとも暖かい。
11. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/03 10:50:43
うわ、危なかった
深山さんの星ナズを見逃すなんてとんでもない!
12. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/03 20:54:57
なぜ本家に投稿しなかったし なーんて
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