魔理沙どのは策士でござるな

作品集: 2 投稿日時: 2011/04/01 18:35:06 更新日時: 2011/04/01 18:35:06 評価: 0/5 POINT: 31441 Rate: 1048.87

 

分類
魔理沙
コメディ
糖分(コップ)
「ふーん、特別な風習ねえ……」
「おう。あの天狗の話だと今日はどんな嘘をついてもいいし、次の日には
すっぱりなかったことにしてくれるんだと。でもって、相手を驚かせたら
好きな御褒美を貰っていいそうだ」
「微妙に違う風習が混じってないか、それ。というか、この前がそんなのだったじゃないか」

とある香霖堂。いつもの光景。カウンター越しに身を乗り出しながら得意げに喋る魔理沙の解説で
一旦止めてしまった手を動かし、再び椅子に座ったまま、読みかけていた新聞の記事の続きに目を移す。

同じように天狗がこの前新聞で大々的に取り上げて、にわかブームになった前のハロウィン?なる
祭りを思い出す。あの時は酷かった。「トリック&トリート!」──なんでも、天狗が言うには
『驚かせたら何でも好きな物を持って行っていい──ただし驚かせられなかったら潔く退散すべし』
という、店を開いている者にとって噴飯物の行事であり、例に漏れず香霖堂も襲撃に遭い
品物という品物(客の目から見たガラクタ除く)を手段選ばず根こそぎかっさらわれることになった。
こんな行事を考えて平気でいる外の連中と面白半分に幻想郷に伝えた隙間妖怪&汚い天狗は正直頭がおかしいと思う。
唯一まだマシだったのは、既に天井のなくなった香霖堂(勿論襲撃者どものせいだ)の上空から大量の芋を降らし
「ふふん、どうよ驚いたでしょ!? さあこれで私もたっぷりと──あれ、何もない…………」と
すごすごと帰っていった芋神様ぐらいなものである。おかげで蓄え全部奪われたとはいえ餓死することはなかったが。

「まあ、それはいいじゃないか。前回はお前を驚かす前に、ドア開けたときの内部の惨状に驚いて
せっかくのチャンスをパーにしちまったからな。くそう、前日の宴会のせいで寝過ごしたりしなければ……!
つーわけで、リベンジマッチだぜ。私がこれからとびっきりの嘘をつくから、驚いたら私の勝ち。驚かなかったら
香霖の勝ち。負けた方は勝ったものの言う事を聞く」
「嘘を言うといってから始めるんじゃ勝負にもなりはしないよ。まあでも、君がそれでいいっていうなら
別に構いやしないが。そうだな、僕が勝ったら溜まりに溜まったツケを払ってもらおうか」
「ようし、言ったな。後戻りはできないぜ。それじゃあ────」

カウンターに乗せていた上半身を起こし、こちらに突き出すようにやや顔を近づけると──










        「愛してるぜ、こーりん」







真剣そうな──でも柔らかそうな、そんな顔で。


………………。



──正直、最初耳が壊れたのかと思った。体が否応無に固まって動かなくなる。

……えっと。そうだな。笑う、タイミングを逃してしまったかもしれない。3秒前ぐらいに戻ってもいいですか。
見知った顔の筈なのに、視線を外せない。……やっぱり戻ったって無理だ。笑うどころか言葉が出てきそうにない。
ていうか何この雰囲気。辺り一面もやっとした白い霧で段々覆われてくるようなというか、
いや、不快な感じはしないんだけど、重……くはないが落ち着かないというか居た堪れないというか。
この部屋空調おかしくないか。なんかこめかみのあたりから変な汗が出てきそうなんだけど……!


「……ぷっ、くくっ…………」

と、目の前の魔理沙が突然たまりかねたように笑い出した。

「あー、面白かった。ここまで見事にひっかかるとは思わなかったぜ。この、スットコドッコイめ。
私の勝ちだな」
「(あっ)」

──そう、ウソ、だった。そう言っていたではないか。辺りの変な霧と雰囲気がその一言でさっと晴れ、
頭が急速に正常な思考を取り戻す。いかん。このままでは魔理沙のとんでもない命令ですら飲まなければ
いけなくなる。

「何を、言っているんだい。僕はちっとも動じていないぞ。つまりは僕の勝ちだ。流石だな」
「ほう。その流石な香霖さんは少しも驚かなかったというんだな?」
「ソノトオリダ」
「──新聞」
「……あ」

それまで手にしていた、天狗の新聞──それが先のやりとりの間に、床に落ちてバラバラになっていた。
4月1日。完全論破。

「事ここに至っては往生際が悪いぜ、香霖。素直に認めたらどうだ」
「くっ、……わかった。僕も男だ。約束は守ろう。何でも言うがいい!」

先程男らしくないことをしたのは横に置いておいて、どうしようもないので開き直る。ああ、変な事は
命令されたくないが相手はあの魔理沙だしなあ……。考えるだに怖ろしい。何を要求されるのやら……。

「よし、決めた」
「う、うむ。何だい」
「こーりんは今日──」
「今日──」

「──霊夢の神社で行われる宴会に強制参加だ。勿論、持って行く物資や何やらは私の分まで含めて
香霖持ちな」
「分かった、宴会に参加──へ?」

思わず復唱した後に、今度こそ本気で驚く。いや、もっとヒドイ事とかえげつない要求をされるのかと
思っていたが、そんな、簡単なことでいいんだろうか。

「何だ、それじゃあ不満なのか? 香霖は」
「い、いや、そういうわけじゃないけど」
「後は『バレリーナの衣装に白鳥の首をつけた姿で、親子連れが闊歩する人里を練り歩き、人々が憩う広場の真ん中で
東村山音頭を踊る』ていう露骨でいやらしい命令でも良かったんだが……どうしてもっていうなら」
「お願いだから、それだけは止めていただけますか魔理沙さん!!」

何て怖ろしい事を考え付くの、この子!?

「まあ、余りヒドイ事を押し付けても本気で嫌がるだけだろ? それはこっちの本意じゃないしな。
あくまで罰ゲームなんだから、このぐらいで丁度いいんだよ。と、いうことで、香霖はこれから私と買い物に行った後
宴会の行き帰りをちゃんとエスコートすること。あと、溜まってたツケもこの際全部チャラにしてもらおうか」
「ちょっと待て、買い物はともかく最後のは──」
「白鳥バレリーナで東村山音頭」
「本当にすいませんでした、勘弁してください」

平身低頭。抵抗しようとした自分が馬鹿でした。選択肢なんか最初からなかった。
忍び難きを忍んで、とりあえず話の矛先を変えて先程から気になっていたことを尋ねる。

「……それはともかく、宴会になんて急に僕が飛び込んでも大丈夫なのか? 場所は神社だし霊夢の都合もあるだろう」
「宴会は常に誰でもウェルカムだぜ。気にすんなって。それに霊夢も後でこっちに頼みごとをしにくるって……ああ、
噂をしてれば、ほら」

言われれば感じる、近づいてくる馴染みの気配。普段、滅多に人の来ない香霖堂での馴染みの数なぞ、
たかが知れている。
さほど待つこともなく託宣通り、そこに現れたのは魔理沙に負けず劣らずの勝手知ったるなんとやら。ノックもせずに
店の扉を豪快に開ける紅白の巫女。言わずと知れた博麗霊夢その人である。
そして霊夢は、普段の120%マシマシのとびっきりの笑顔で。


「──愛してるわ、霖之助さん! だから、お賽銭ちょうだい!」


………………。

「……何だろうね。さっきとよく似てはいるんだけど、この微妙に違う、もやもやとした感じは……」
「あら、驚かなかったのかしら? 残念。ああ、勿論愛してるのはウソよ。
でもお賽銭はちょうだいね。明日からの食糧を買うお金がなくって。
あの神様共に非常食の芋を降らせようにも『春なのに無茶いうのはヤメテ!』って駄々こねるし、
うーん、もうちょっと強く『お願い』しないといけないかしら……」

心の中で合掌。祈るだけならタダである。誰も僕も傷つかないし。出来る事なら強く生きていって欲しいものだ。







その夜──博麗神社で行われた宴会は、一際賑わいを見せて終わった。とはいえ、僕が普段の宴会の様子を
知るわけはないので、魔理沙の比較によるものであったが。
主催にして主役である当の霊夢はというと、途中誰かが持ってきた米袋(10kg)のせいで
テンションだだ上がりで鬼や妖怪の間を目を輝かせて飲み歩いていた。最後は酔いつぶれて寝てしまったようだが
米袋(10kg)を抱き枕代わりにして、あんな幸せそうな顔を浮かべながら寝る巫女を僕は他に知らない。

「……よっと」
「ん……」

そして一方の魔理沙はというと──今は帰路。何故か僕の背中にいる。しかもまだ眠っておらず起きているし。
足腰立たないふらふらになるまで飲み続けた挙句、宴会も解散になったのでいつも通り神社に泊まるのかと思いきや
「家に帰るまでが宴会」とか言い出して、酔っ払いのテンションのまま強引に背に乗っかり──現在に至る。


誰もいない、月明かりだけが照らす夜道を歩く。
古い記憶。まだ──魔理沙が今よりもずっとずっと幼い頃。特等席で星空を見たい、と言い出した魔理沙を
山の高台まで連れて行って──結局途中で眠ってしまった彼女を負ぶって山道を帰っていったことを思い出す。


「……なあ、香霖」
「どうした?」
「今日は……楽しかったか?」
「そうだな……」

ぼそりと、背中から投げかけられた問いに答えを探す。元来、僕は賑やかな騒ぎを好む質ではない。宴会とはいえ
自ら他の輪に混ざりに行くような真似はしないし、こちらから特別、場を盛り上げるようなことをするわけでもない。
それでも──


「ああ、楽しかったよ」

そう答えは自然に出ていた。
確かに僕自身が宴会で何をしたわけではなかったが、霊夢や魔理沙達が
騒いでるのを見て──その雰囲気を、だろうか。
快く思っていたのは事実だ。少なくとも、不快ではなかった。
最も。そんな事を素直に言うあたり、僕もいささか酒が回っている証拠かもしれないが。

「そっか……そんなら良かった」
「良かったって、何がさ」
「……最近さ。香霖、考え込んでる事が多かったからな」
「──────」

瞬間、虚を突かれたような気がした。痛みに似た驚きが走る。
……ああ。魔理沙の言うとおりだ。
僕は、店に並べる商品の仕入れの関係上、外界の物に触れることが多々ある。だが、それは
外界で『用済み』になったものがほとんどだ。なぜ『用済み』とされたのか。そこに想いを馳せるのは
結局は答え合わせの機会がない以上、思考のるつぼに嵌る結果に陥りやすい。
わかってはいるし、気をつけなければならないのだが──どうやら、その悪癖にまた捕まりかけていたらしい。
言われて初めて気付くくらいだったから、完全に無意識の内に、だったのだろう。

「ヒトがさ。楽しくなる方法って知ってるか」
「……さてね。正直、余り考えたことがない」
「それはさ──楽しいものに触れる事、なんだよ。楽しさってのは伝播するんだ。自分一人じゃ楽しさって
なかなか見つけられなかったり、楽しみ方を忘れちゃったりしても、他の所にある『楽しい物』に触れることで
思い出したり、新しい楽しさを見つけたりするんだよ」


言われた意味をゆっくりと反芻する。……成程。確かにその考え方も一理あると思う。
その理屈で言えば、魔理沙が強引に僕を宴会に連れ出したのも最初からそういう目的だったのか。
知らない所で沈みかけていた僕をわざと遠回りな方向で元気づけようとして────

「本当に……。大したヤツだな、君は……」
「ふふん、今頃気付いたのか? ──10年遅いぜ」






闇が深まり──遠くの木々のざわめきが強くなっていく。
月に照らされた二つの影は重なったまま、足は深夜の家路を進む。
背負うのは自分。背負われるのは魔理沙。その図は変わらない。
でもいつしか──立場は変わっていた。
見守られるだけだった存在はそれをよしとせず、見守るだけだった存在は、逆に見守られる側にもなった。
だが、そこに変な気負いはない。あるがままに。少しづつ変化していく関係。それがこれまで続いてきた。
きっとそれが。これからも続いていくのだろう。


「あー、魔理沙さんが言いたかったのはこんな小難しい話じゃなかったんだけどなー!
ほらほら、香霖も言うべきことがあるだろー? 今日のうちにさー。まだ例の祭りは続行中だぜ」

しばらく会話のないまま上空の星をぼんやり見上げていたようだが、それも飽きたのか
シリアスモードは終わり終わりー、というように急に元気よくなる魔理沙。
む……。自分としてはこのまま家まで眠ってしまってくれても良かったんだが……。

「特に僕が言う事なんて何もな」
「アー、ダメダメ。その回答は却下ですー。それじゃこれが最後の命令だ。何か言え」
「そんな、何か芸をしろみたいな事を言われても……本当に酔っ払いだな……」
「お前だって飲んでただろうが。両方酔っ払いだろ。それに、今なら酔っ払いの戯言ってーのも
追加してやってもいいぜ。ほれほれ、日付が変わる前にはやく、はやく」
「まったく……」

話は冒頭に戻る、というわけか。まあ。今日一日は魔理沙に振り回されっぱなしの一日だった。
それなら最後まで魔理沙に振り回されて終わるのも一興というヤツだろう。…本当に酒が回っているのかもしれないが。
だったらその祭りとやらにあやかって、ここは一つ。普段は言えない様な──いや、とびっきりのウソで締め括るとしよう。



「なあ、魔理沙」
「ん」

「────愛してる」
「私もだぜ」



 
現在時刻、4/2 00時10分。
ぱるー
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