- 分類
- 魔界一家
「かあさん、醤油とって」
と、目玉焼きを突いていた一番上の姉さんが言いました。
「あ、私にも」
「私は胡椒がいいわ」
「マヨネーズ!」
「……ソース」
その言葉を切欠に、次女、三女、四女、五女と、次から次へと好き勝手に所望します。
末っ子である私は、その光景に困ったもんだと溜息を吐くのですが、お母さんはただにこにこと笑って、
「はいはい。順番にね」
台所でお弁当を詰める作業を止めることなくひょいひょいひょい、っと調味料を食卓に向けて放ります。
どれもこれも、蓋がきちっと閉まっているため宙に浮いてもだばぁっと中が出ることはありません。
お母さんのコントロールは抜群で、どの調味料も途中で墜落することなく食卓に辿りつきます。
ただまあ、偶には、
「いてっ」
「あら、ごめんなさいアリスちゃん」
と、ヒトの頭に落ちてくることもありますが。
「サラ、時間大丈夫なの?」
「んー……んー……」
「ぎりぎりまで粘ろうとしないで偶には余裕を持ちなさいよ……」
もごもごとご飯を頬張りながら時計を睨みつけているサラ姉さんに呆れたように溜息を吐いて、夢子姉さんは立ち上がりました。
「かあさん、私は先に行きますから、お弁当ください」
「はい。気をつけてね。私もすぐ行くから」
夢子姉さんはバリバリのキャリアウーマンです。某社社長のお母さんの秘書をしています。……キャリアウーマン?
家の中でも、大抵は厳しいけれど、それでも誕生日などのイベント事は欠かさず参加してくる優しい姉さんです。
すらりと伸びた背に、びしっとしたスーツ。すごくかっこいいです。お母さん的には、仕事が恋人の姉さんの現状はちょっと心配の様ですが。
「んー! ……っんぐ。ごちそうさま!」
残りのご飯を掻っ込んで、サラ姉さんが勢いよく立ちあがりました。
サラ姉さんは、警備会社勤務。勤務時間は不定期ですが、日頃元気を持て余しているサラ姉さんにはちょうどいい、と夢子姉さんは言っていました。
私としては、休日の予定を立てるためにも、もう少し時間帯の固定された職業だと嬉しかったのですが。
「行ってらっしゃい、二人とも」
にこにこと眼を細めて手を振っている、ルイズ姉さん。
ルイズ姉さんは、定職についていません。放浪癖があるため、ある程度のお金が溜まったらぶらりとどこかへ出かけてしまいます。
多分我が家で一番の問題児だと思われるのですが、誰も文句は言いません。というか、言えません。
だって、家に居る間は両手でたらない位のバイトを掛け持ちして、食費やら生活費やらお母さんに渡しているから。
お母さん的には甘えて欲しいらしいですが、幾ら裕福な我が家と言え流石にいい年してぶらぶらしているだけ、というのもどうかなー、と思っているらしく、一応受け取ってはいる様です。
尤も、ルイズ姉さんが結婚するときのために、と積み立てているようですが。一体いつになるのやら。
「行ってきます。ほら、サラも」
「ん。行ってきまーす!」
玄関から元気よく出ていく二人。
今に残るのは、私と姉さん三人、それから弁当の準備を終えたお母さん。
「ユキちゃんとマイちゃん、そろそろ出られそう?」
「うん、食べ終わったから出れるよ」
「……おっけー」
手を合わせてごちそうさまして、食器を下げた二人の姉さん。
ユキ姉さんとマイ姉さんは、双子。あんまり似ていないけど、双子です。二人で同じ学校に通っています。
目下の悩みは私よりも背が小さい事らしく、それをネタにからかわれるとふんがー! と襲いかかってくるので要注意です。
一緒に映画とか見に行くと、ちょっと危険です。年齢間違えられると不機嫌になります。主に被害者は私です。
「それじゃあ、お母さんも行ってきます」
「行ってらっしゃい、お母さん、姉さんたち」
「行ってきまーす!」
「……行ってきます」
お母さんにハグを、二人の姉に手を振って、お見送り。
パタン、とドアが閉まって、後二人。
「ルイズ姉さんは、今日は?」
「午後からだから、大丈夫よ。洗い物、やっておくわ」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
深々と頭を下げると、ふふ、っと笑いながら姉さんもお辞儀しました。
軽く制服を整えて、通学鞄を持って。
中身は、うん、ちゃんと揃っている。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
手を振り合って、笑いあって。
私も、学校へ。
春の日差しを浴びながら、一度、振り返ります。
あんまり大きくない、けれど温かな我が家が見えます。
「……行ってきます」
口の中で呟いて、門を抜けて。
我が家は、今日も元気です。
- 作品情報
- 作品集:
- 2
- 投稿日時:
- 2011/04/01 18:16:49
- 更新日時:
- 2011/04/01 18:16:49
- 評価:
- 4/5
- POINT:
- 2117777
- Rate:
- 70593.40