愛し貴方に口づけを
作品集: 2 投稿日時: 2011/04/01 15:51:41 更新日時: 2011/04/01 15:51:41 評価: 0/2 POINT: 8888 Rate: 594.20
分類
B`s-LOG文庫『12粒の宝石姫』より
―全世界の乙女のために。
天上界に住む月神ムーラと太陽神サーシャは、人という存在が誕生したその時から彼らの運命を見守ってきた。
男神であるムーラは厳しさを、女神であるサーシャは優しさを教える役目を担っているが、常にその対象となるのはあくまで「人」であった。
人間には非常に甘いサーシャは、恋人であるムーラに対しては、ひどく気まぐれなのである。
「ご機嫌はいかがかな」
神殿を訪ね、ムーラは長椅子に脚を伸ばして横になっているサーシャにいつも通りの挨拶をした。ところが、普段なら返ってくるはずの蜜のような甘い声はいつまでたっても響かず、厳しさを担うムーラの心すら蕩かす花の微笑みも向けられることがない。
「……サーシャ?」
機嫌が悪いのだろうか。そう思ったムーラはサーシャの横たわる長椅子へと近づいてゆく。すると、豊かなサーシャの胸が規則的にゆっくりと上下しているのが見えた。
なるほど、どうやら眠っているらしい。
幼子のように安らかな彼女の寝顔。それを覗き込んだムーラは、まるで時を止められたかのように動きを止める。永い永い時の中。自らの腕の中に、隣に。それを何度も見ているはずなのに。それでも彼はサーシャに魅了されてしまう。
同時に、その安らかさを破ってみたいという誘惑にも駆られるのである。
「サーシャ」
誘惑に負け、ムーラはサーシャの耳元で囁いた。
「ん……」
熱っぽい、まるで懇願のような囁きにサーシャはうっすらと目を開く。まるで、ムーラがそこにいたことを始めから知っていたかのように、起き上がるとすぐに彼に向けて微笑した。
「ご機嫌よう、ムーラ」
そしてそのまま軽く唇を重ねる。
「お目覚めかな」
一度離れた唇をもう一度ムーラは重ねようとするが、サーシャに軽く押し戻されてしまう。
「どうしてかしら。今日はすごく、眠いの……だから、おあずけ」
焦点の定まらない瞳のままそう言ったかと思うと、再びサーシャは眠りに落ちてしまった。
長椅子に、自らの座るスペースをサーシャが残しておいてくれたのが、ムーラにとってせめてもの救いだった。
多くの動物で溢れるサーシャの神殿だが、彼らが主の眠りを妨げることは決してない。
ターコイズの乙女を救った金色の獅子も、灰色狼も。死後サーシャが人間界から迎えたトパーズの乙女の麗しき黒豹も、まるで存在していないかのように静かだ。
静寂に包まれた神殿には、女神の安らかな寝息と、水時計の音だけが響いている。
「…………」
もう一度、自らの手で静寂を破ってしまおうか。そうムーラは考える。けれど、そんなことをしたら、サーシャはしばらく自分と口づけを交わしてはくれないだろう。
この美しき眠り姫は優しいけれど。同時にひどく気が強いから。
だから、ムーラは。静寂の世界に、自分も落ちることにした。
どれほどの時が過ぎたのだろう、ムーラが目を開けると、そこにサーシャの笑顔があった。普段よりももっともっと甘い、大輪の花咲くような笑み。
「ムーラ、貴方はやっぱり素敵だわ」
そんなことを言いながら、サーシャはムーラの頬にそっと口づける。
「……どういうことだ」
何もしていないのに、どうしてサーシャはこんなにも嬉しそうなのだろうか。
「ねえ、今日は人間にとってどんな日だか知っている?」
「ん?」
「今日は、嘘をついても許される日なんですって。だから、ちょっと悪戯してみたかったの」
本当は、眠ってなんて、いなかったの。
サーシャの告白に、ムーラは絶句する。人間にとって今日は嘘が許される日であると、もちろん彼は知っていた。それなのに、彼はまんまと騙されてしまったのだ。サーシャは人間が好きだから、彼らのように振る舞うことがよくあるというのに。
「手を出さないでくれたでしょう? ありがとう」
一瞬だけ騙された悔しさが湧いてきたけれど、ムーラの心は耳元で囁かれた言葉への喜びですぐに埋め尽くされた。
誠実な、貴方が好きよ。
水時計が嘘の日の終わりを告げたその瞬間。
サーシャはそう囁いて。ムーラに優しく口づけた。
どんな絶望的な状況でも、きっと覆してくれる。
そんな、少女小説が大好きです。
書店で買うのは、やっぱり少し恥ずかしいのですが。
水性ペン
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