R.B.トライアングル!

作品集: 2 投稿日時: 2011/04/01 12:53:09 更新日時: 2011/04/01 12:53:09 評価: 3/9 POINT: 3039662 Rate: 60793.74

 

分類
村紗
一輪
雲山
「ヒャッホウ! 水だ!!」

 弾幕で使用したことはないが、実は雲山は雨を降らせることが出来る。
 雨雲、雷雲、雪雲と変幻自在に姿を変えることが出来るのが彼の強みであり、私の強みでもある。例えば着に食わない相手の頭上に雲山を張り付かせて延々と雨やら雹やらを降らせる、という使い方だって出来るのだ。
 一度自分でもやってみたが結構うんざりする。辺りは晴れているのに自分だけ傘が必要になる、あのうざったさは筆舌に尽くしがたい。
 とはいえ頻繁にそんな使い方をするわけでもなく、むしろ日照りが続いた時には畑に雨を降らせたりと、なかなか人の役に立つことをしてきたという自覚はある。特に、この命蓮寺で暮らすようになってからは人里で雲山は引っ張りだこだった。相対的に私の評価(=命蓮寺の評価)も上がり、いいことずくめである。

 だがしかし、今雲山が雨を降らせているのは別に里から要請があったからでもなんでもない。単に私の友人の希望によるものである。

「ウシャヴテム! マイムヴェサソン! ミイマイエネ! ハーイエ! シュアー!」

 雲山の下でマイムマイムを踊り狂っているのは言わずもがな旧友の村紗水蜜だ。
 どうやら海で過ごした頃の記憶があまりにも強すぎて、村紗は水陸両用でありつつも若干水棲寄りになってしまったらしい。暇さえあれば川やら池やら風呂やらで泳いでいるし、陸に上がって一時間も立てば肌が乾いて苦しいと言い始める。
 以前「でも、海水じゃなくて淡水でもいいの?」と訊ねたら口笛を吹いてごまかされた。どっちでもいいらしい。
 そんなわけで、村紗はとりあえず水があれば喜ぶ。雨の日は喜び勇んで傘を放り投げる。以前それで飛ばされた唐傘が泣きながら帰っていった。
 嵐でもこようものなら「ちょっと畑の様子見てくる。なあに、すぐに戻るさ」とか言いながら寺から出ようとする。危険だからやめなさいと姐さんに説得されてしぶしぶ引き下がったものの、とにかく、やはり村紗にとって水が特別なものであるということには変わりない。


 雲山は雨を降らせられるということを私から聞いて以来、村紗は何かと理由を付けて私から雲山を借りようとするようになった。
 それが生半可な頻度ではない。朝起きてまず雲山を呼び、朝食を食べて雲山を呼び、寺の掃除をしてからその汗を流したいとかほざきはじめる。昼食を食べた後は雨を浴びながら昼寝をし、起きて入浴して夕食を食べ、またずぶ濡れになる。身体を拭いてそれから寝る。
 ちなみにいついかなる時でも水兵服は着たままだ。期待した奴は残念だったなぁオイ。私だよそれは。

「一輪! 雲山ってホントにすごいね! だってほら、酸性濃度も自由自在なのよ? 錨が溶けちゃうかなって心配してたらね、雲山が調整してくれたの!」
「あーはいはい。良かったですねー」

 実を言えば、私としてはこの状況はあまり面白くなかったりする。
 唯一無二の親友が、私ではなく私の使役する入道にぞっこんだというのだから。もちろん村紗が雲山に対してそういう感情を抱いているわけではないし、嬉々として雨を降らせている雲山とて娘の友人に懐かれたようで素直に嬉しいだけらしい。
 だがしかし、雲山大好き! なんて言いながら村紗が雲山に抱きついていたり、私にも滅多に見せないようなとびきりの笑顔(=百万ドル)を雲山相手には常に振りまいたりしているのだから、私の心はもれなく緑色の感情で埋め尽くされることとなる。
 今だってそうだ。知らないうちに強く握りしめていた手のひらに、爪が食い込んで痛い。私の表情が変わったことに気づいたのか、踊っていた村紗がぴたりと動きを止めてこちらを見た。

「一輪……どうしたの? 顔が暗いわ」
「……じゃ、ない」
「え?」


「……そんなに雲山が好きなら、雲山と結婚すればいいじゃない!!」


 叫ぶやいなや、私は脱兎のごとく飛びだしその両手でむんずと雲山を掴んだ。
 そうして、あらん限りの力で思いっきり引き絞る。そう、雑巾を絞る時のように。びちゃびちゃ! と盛大な音を立てて雲山から水が溢れ出し、私の足下に散る。はっとして我に返り、手の力を緩めた時には既に雲山から水分はまるで失われてしまっていた。
 後は随分と小さく、ごわごわになった雲山が私の手に残されているだけだ。

「いち、りん……?」

 村紗が私を呼ぶ声がする。一対の緑の瞳を見れば、さっきまでの浮かれっぷりを根こそぎ放り投げてしまったことがありありと伝わってきた。明るく煌めいていたはずの表情は、不安そうな色と微かな怯えに変わっていて。
 そして、彼女をそうさせてしまったのは、他でもない私なのだ。


「……ごめん!!」


 萎んでしまった雲山を押し付けるように村紗へと手渡し、思わず駆け出した。私は、失格だ。雲山の使役主としても、村紗の親友としても。たかが一時の嫉妬の感情から、当てつけのようにあんなことをしでかしてしまって。馬鹿みたいだ。


 息を切らせて廊下を走りながら、あの場に残された、村紗と雲山のことを考える。村紗はきっと戸惑っているだろう。他ならぬ私が、雲山をあんなふうにしてしまったことに。
 そうして、しばらく経てば彼女の中に怒りが沸いてくるに違いない。あそこまでからからに乾いてしまったのだ、雲山が今までのように雨を降らせることなど出来るはずがない。いや、出来たとしても、以前のまるで源泉のような潤沢さは失われ、ちろちろと水を垂れ流すだけの、出来損ないの水道みたいになってしまうかもしれない。
 そうなれば村紗は今後、満足に雲山から水を浴びることなどできはしない。全ては私のせいだ。

「……ッ!」

 自然と涙が込み上げてくるのを感じた。私はもう、以前と同じように村紗に接することは出来ない……。
 自分の部屋に飛び込み、私は泣いた。声が廊下に漏れてしまっていたかもしれない、けれども、それさえも構わずに泣いた。
 泣き続けた。

















「……りん。いちりん」

 身体を揺さぶられる。もう少し眠っていたくて寝返りを打つと、がくがくと容赦のない揺さり方に変わった。
 仕方なく瞼を押し上げる。ぼんやりとした視界に人影が映った。黒髪。命蓮寺で黒髪といえば二人しか思い浮かばない。しかし、ぬえなら服まで合わせて黒装束なのだからそうと分かるはずだ。白基調のこの服はぬえのものでは、ない。
 けれど、しかし、そんなはずが。あんなことがあった後で、私に声をかけてくれるはずが-------------。
 そう思ったけれども、明瞭になった視界に飛び込んできたのは、やはり村紗の姿だった。穏やかな笑みを口元にたたえて、寝そべる私を見下ろしている。

「やっと起きたね。もう夜遅いよ」
「……むら、さ」
「涙の痕、ついてる。拭きなよ」

 そう言って濡れたタオルを手渡された。ぼうっとしながらもタオルを受け取り、顔に当てて拭く。それから、なぜ村紗がここにいるのかと考えた。
 いや、そりゃあ村紗が私の部屋に無断で入ってくるのは珍しいことではないし、私だってよく村紗の部屋に勝手に入ったりする。しかし、よりにもよってあんな騒動があった後なのだ。あれは夢ではない、現実だ。なにより、私はまだ村紗に謝罪もしていない。
 ……そうだ、謝罪だ。
 起き上がり、正座になって村紗に向き直った。うん? と村紗が首を傾げる。私は畳に額を擦り付けるようにして村紗へと頭を下げた。

「……ごめんなさい、村紗。さっきは本当、悪いことをしてしまったわ」
「ちょっ。顔上げてよ一輪!」
「本気で、申し訳ないと思ってる。村紗の気が収まらないのなら、拳骨の一発や二発、覚悟して--------」
「だから気にしてないってば。やめてよそんな格好! ね?」

 柔らかく手が添えられ、頭を上げさせられた。おそるおそる村紗の顔を覗き込めば、村紗は泣き出しそうなくらい困ったような顔をしている。本当に、私が土下座をしたことに対し、戸惑っているのだ。そこからは怒りや恨みの感情なんて微塵も感じられない。

「……許して、くれるの?」
「最初から一輪のこと怒ってなんてないってば」
「でも、……雲山はああなってしまっては、もう雨を降らせることは出来ないわ」

 そうだ。あんなにもごわごわに乾燥してしまった雲山では、もうタオル代わりくらいにしか使いようがない。もちろんそれは村紗にとって喜ぶべきことでは決してないだろう。案の定、少し眉を寄せて、村紗が首を横に振る。

「それは少し、残念だけど。……でも、いいんだ。私も調子に乗って、雲山に頼ってばっかりだったしね。それに、なにより」

 けれども、村紗の顔が、ふいに赤くなる。
 はにかむような彼女の顔はいつもよりとても可愛くて、私の頬も僅かに紅潮したことが、自分で分かった。

「一輪が、嫉妬しててくれたこと。私、嬉しいの」
「……村紗」
「これからは雲山に頼らない代わりに、ずっと一輪だけを見てる。約束する」
「……ばか……」

 なんということだろう。彼女はこれを言うために、わざわざ私の部屋に来てくれたというのだろうか。それも、こんな夜遅くに。
 村紗の腕が伸びて、ふわりと私を抱きしめる。いままでにふざけてこうしたことはあっても、今瞬間のこの行為は、それらとはまるで違っていた。まだ少し湿っているかのように思える彼女の髪からは、消せようのない潮の香りがする。


 目を閉じて冷やっこい肩口に顔をうずめていると、首周りを何か暖かいものが覆った。目を開けてみれば、それは見慣れない白いマフラーだった。羽毛のように軽く、そして暖かい。ふわふわな手触りが気持ち良くて、両手で触ってみる。

「これ、どうしたの?」

 私の首にこれを巻いたのは、他でもない村紗だ。だから彼女にそう訊いてみる。防寒具の類いは、村紗は一切持っていないはずだったのに。
 村紗は照れたように笑いながら答える。

「雲山をほぐして、糸にして編んだんだ。不格好だけど、まだちょっと寒いし、一輪が喜んでくれるかなって」
「うん、ありがとう、村紗……でも、少し長くないかしら」
「ううん、これでいいの。……ほら、ね」

 村紗が余っていたマフラーを自分の首に巻き付ける。そうして、「これで、ずっと一緒でしょう?」と微笑んだ。
 私は思わずもう一度村紗に抱きついた。村紗も私を抱き返してくれる。
 そうして村紗と身を寄せあっていると、私達二人以外の気配が、確かにそこに在ることに気づいた。暖かく私達二人を見守る目線。そう、まるで娘を見守る父親のような……。

「……そっか。これで私達、三人でずっと一緒なんだわ!」

 私は気づいた。もう雨を降らせることも、喋ることも出来ないけれど、雲山は確かにここにいる。私は二度と妙な嫉妬に悩まされることもないだろう。一時の感情で大事な人を手放しかけてしまったけれど、二人ともこうして私の元に戻ってきてくれた。私はその恩に報いなければならない。ずっと、大事にしていこう。もう絶対にこの手を離してしまわぬように。
 雲山は失われてしまったけれど、確かに彼は私達の心の中に、そうして、このマフラーに宿っている。





 ありがとう、雲山、と呟いて、私は再び村紗の胸の中に顔を埋め、涙を流した。









たまには、こんなのも。
柚季
作品情報
作品集:
2
投稿日時:
2011/04/01 12:53:09
更新日時:
2011/04/01 12:53:09
評価:
3/9
POINT:
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2. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 13:12:52
イイムライチダナー
4. 1000000 奇声を発する(ry ■2011/04/01 13:28:54
>例えば着に食わない相手の頭上
気に食わない?(違ったらすいません
うんざーん!!!
5. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 20:51:51
う、うんざーーーん!!!
嫉妬する一輪が可愛かったです。
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