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- あやれいむ
「たまにはお茶以外のものを飲みたい」
霊夢のその言葉に、文はとうとうこの巫女の頭が狂ったかという感想を抱きました。
博麗神社とおいしいお茶が出てくる妖怪のための喫茶店というのがここに集まる妖怪の認識でした。
そんな喫茶店のおいしさの秘訣といえば、家主である霊夢がお茶党であることが原因でした。
それだけでここの神社の存在意義が保たれているようなものでした。
そんな霊夢が宗旨替えをして「お茶以外のものを飲みたい」というのですから、
文にとってそれはそれは衝撃的な出来事でした。
「大丈夫ですか! 気を確かに!」
文にとって、霊夢の宗旨替えは不都合なものだったのです。
普段、飲料と呼べるものはお茶と酒しか摂取しない彼女は、家に帰れば酒しか飲みません。
そのために、ここの神社のお茶をとても便利なものだと認識していたのです。
そんな文が摂取する飲み物として、ただ一つの例外にコーヒがありましたが、
それは締め切り前の修羅場を脱するためだけの存在であったため、いい印象は持っていませんでした。
そして、もうひとつの大きな理由が――
「昨日、ここのお茶の特集記事を書いたばっかりなのに、なにを言ってるんですか!
」
その発言を聞いた霊夢は、飲みかけのお茶を文にぶちまけました。
「飲みかけなのに妙に熱い!」
「いつでも熱々なのがおいしさの秘訣なのよ」
博麗神社には、そういった術でも伝わっているのでしょうか。
博麗の歴史と地味な努力によるお茶の煎れ方は、ここの人気の秘訣でもあるのかもしれません。
それならばもったいないことをした。昨日以前に聞かせてもらえたのであれば、記事にすることもできたのに。
文は心から残念に思いながらも、次の時に備え、ふやけた文花帖にメモを取りました。
紙を破かないよう慎重にペンを走らせていると、文に一つの妙案が思い浮かびます。
そうだ。霊夢のこの発言を記事に仕立てあげれば。
その瞬間、文花帖の一ページは音も立てずに破れ去りました。
「おいしい飲み物を探しに行きましょう!」
普段は「えー」と嫌そうな声を上げる霊夢も、自分の発言のためか、素直に腰を上げました。
◆
それからの飲み物探しはとても過酷なものでした。
紅い館を訪問すれば、悪魔の妹の相手をさせられ、その報酬に毒入り紅茶が一杯。
白玉楼を訪問すれば、庭師に一刀両断されかかったあげく、お茶以外の飲み物はないと言われ。
永遠亭を訪問すれば、不死同士の殺し合いに巻き込まれ、珍しい飲み物は新種の薬。
守矢神社に押し入ろうとする霊夢を文は必死で引き留め、お互い満身創痍状態。
天界に行こうと、またしても妖怪の山を通ろうとする霊夢を引き留め、学習能力がないのではないかという疑問と戦い、
いい加減疲れきった二人が最後に、と地霊殿を訪問すれば、さとりは地霊殿特産のおいしい牛乳をくれました。
ここまで来てようやく得ることができたまともな飲み物に、二人はとても喜びました。
「喜んでいるところ悪いけれど、地底の牛乳はそのまま飲むのに向かないの」
さとりの一言に、荒んでいた二人は「ちっ」と舌を打ちました。
またトンデモ飲み物か。文はどんな危険物なんだろうとペンを取ります。
記事にすることは忘れない心はどんな窮地にも活用されるのです。
さとりは「そんなにおもしろいものでもないわ」と前置きしてから、一呼吸おいて言いました。
「味が濃いから、ほかの飲み物と混ぜるのがおすすめよ」
二人は「分かった」と頷いて、地底を後にしました。
とうとうまともな飲み物に出会えたことを霊夢は素直に喜んでいたけれど、文は内心複雑でした。
この一連の出来事の終わりにしてはあまりにあっさりすぎないか、それでいいのか、という疑問が沸き起こります。
「暗い顔してんじゃないの」
「え?」
「帰って、あったかいコーヒー煎れる仕事が待ってるんだから」
「いつの間に私がすることになったんですか」
「私、コーヒーも紅茶も分からないし」
むむむ、と文は唸りました。
確かに締め切り前はコーヒーを飲むと話したことはあるけれど、
それはあくまでも眠気覚ましであって、普段は飲めたものではありません。
そんな時に飲むだけあって、地獄のように熱く、苦みばしってたものしか煎れることができないのです。
「霊夢は、後悔しませんか?」
「今更なにに後悔するってのよ」
確かに。ここまでで負ったトラウマは簡単に解消できるものではなさそうです。
しばらくは意地でも紅茶を飲みたくない、と二人とも思っているでしょう。
だからこそ、私にコーヒーを煎れろと言うのだろうな、と文は冷静に判断しました。
「では、腕によりをかけて煎れさせていただきます」
「うん。今までよりはおいしいって期待してる」
◆
博麗神社でコーヒーを作り終えた文は、満足そうな顔で頷きました。
「今までで、一番おいしいコーヒーを煎れられた気がします」
わざわざ河童から調達してきたコーヒーセットには説明書が付いており、簡単にコーヒーを煎れることができました。
とはいえ、それだけではこんなにあたたかい気持ちにはなれないだろうと文は確信していました。
きっと飲む人がいるという状況で煎れたことが初めてだったからか、
自然にやっていたことでもどこか新鮮な気がしたのです。
ここで飲むお茶も、もしかしたら――柄にもなく、そんなことを思っていました。
ともあれ、あとは持ってきた牛乳を混ぜて飲めば、この旅は終わるのです。
短い旅の中で、得たトラウマもたくさんあるけれど、無駄なものばかりでもなかったと信じていました。
霊夢も似たような心持ちだったのでしょうか、コーヒー牛乳を見る目は、どこか優しげでした。
「いただきます」
声を合わせて、一口。
霊夢は次に、悟ったような表情で言うのでした。
「やっぱお茶がいいわ。お茶お茶」
「そうですねー」
- 作品情報
- 作品集:
- 1
- 投稿日時:
- 2011/04/01 09:21:08
- 更新日時:
- 2011/04/01 09:21:08
- 評価:
- 3/16
- POINT:
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