ネクロ的幻想郷観測 序章

作品集: 1 投稿日時: 2011/04/01 04:27:45 更新日時: 2011/04/01 04:27:45 評価: 1/1 POINT: 1000000 Rate: 100002.50


 俺は一回目の長い長い夏休みを迎えていた。
 鉄則通りにそこそこ会話ができそうで暇そうなサークルに入り、同じ講義を受ける友達を数人作り、九月から本格化するという授業に恐々としながらもそうした涙ぐましい努力により今日までの平穏を得たわけだが、どういうことかわざわざ一浪してまで入った我が大学にかつて抱いていた憧憬とやらはすっかりなりを潜めてしまった。
 すべてはこの暑さがいけない。盆地気候を舐めるな、こちとら北方地方出身者でここまでキツイ夏を迎えるとは思ってなかった。舐めていた過去の自分を三発ほど殴りたい。

「あー、畜生……」

 言葉面とは裏腹に俺、絶賛グロッキー。なるべく影のある所を通るようにしているが、生憎とビルの少ないこの町でできるささやかな影は、アーケード商店街のように全域をカバーしてくれない。そもそも太陽様は頂点、ほぼ真上である。
 このまま真上からお天道様に見つめられていては、てっぺんからハゲそうなので早々に目的地へと避難できるよう、最後の気力を振り絞って歩いた。



「よお、シュウ遅かったじゃねえか」
「冗談じゃないっすよ、こんな日に呼出とか鈴木先輩」

 ようやく辿り着いた小さな部室はクーラー完備。肺いっぱいに冷気を吸い込んで血管共を冷却してやる。茶髪で俺よりも若そうな顔をしてる鈴木先輩から白いのを投げられた。

「うっわータオルですら冷てえー、このままここで暮らしたい」
「夏中暮らすつもりかよ馬鹿。ほれ、汗拭いたら座れよ。ジュースは?」
「あ、いただきます」

 この先輩、見た目よりは良い人だった。そもそもこのサークルに入ったきっかけも、いかにもイマドキで学校の便利ポイントとか知ってそうなこの人に声をかけられたからだ。

「ふぃー、生き返りました。ところで、他の部員は?」
「ん? ああ、呼出は今日おまえだけだからさ。普通こんな日に来るわけないっしょ」
「ひどっ!? 俺は溶けたアスファルトに靴底付いて身動きできないまま干からびても良いってことですか!」
「こんな気温じゃ錫だって溶けないっつーの。だいたい俺だってクソ暑い中来てやったんだからおあいこおあいこ」

 くそう、知ってるんだぞ。この人もう免許取ってるって。

「……で、別に多少の用件なら携帯でいいじゃないっすか」
「多少じゃねえからじゃん。ほら、大事な話だから鍵閉めておけ」

 大事な話っても、ネットでの個人間通信なんて当たり前のこの時代でなにがあるというのか。不満を頭の中でぐちぐちさせながら鍵を閉めると、カチャリと思い出した。
 このサークル……、

「ある情報筋からの物でな、おまえの目の良さを見込んでだ」

 鈴木先輩が合成木机の天板に差し出したのは、一枚のデータじゃない写真だった。

「……こいつは?」
「事前情報では、第四霊界に属する異相蓮台寺の墓場、となっている」
「ふーん……、でもこれ、たぶん合成ですよ」
「やっぱり?」
「そんな"感じ"がしませんし」

 キッパリと俺が言うと、鈴木先輩は大袈裟に仰け反った。

「なんだよーやーっぱ怪しいと思ったんだよなぁ! あのドケチ心霊野郎共がワンコインとか有り得ねーつーの」
「まさか買ったんですか?」
「交渉の末に四割引でな。たまにあいつら掘り出し物があるから困るんだよ」
「でも、心霊写真系サークルなんて大概偽物でしょうに」
「真実は偽物の中にこそある! 先人の教えだ」

 この分だとまた懲りずにこの先輩は、怪しげな写真をまた買ってくるのだろう。
 うちみたいな電子雑誌情報や机上の議論がメインな"オカルトサークル"と違い、連中は行動派を自称するので機材費やらで年中カツカツらしい。そしてそんな連中が売りつけてくる怪しげな物を俺たちが買って、本物なら万々歳、偽物ならまた今度。そういう仕組みだ。

「あれだな、シュウの鑑定眼が本物かをまず疑うべきか」
「入部当初に百発百中だったでしょうに。今更何を」
「ぐぬぬ……、し、仕方が無い。さらばマイマネー……っ!」

 先輩は写真の裏にでかでかと『偽物がん作インチキ』と赤色マジックで書くと、ゴミ箱に突っ込んだ。

「よし、じゃあ俺帰るわ。達者でな」
「ちょっ、鍵閉めやってくださいよ。俺ももう出ますから」
「一生暮らすんじゃなかったのか」
「違います。だいたい暮らしていく食べ物がありません」
「学食とコンビニとカフェテラスで三食いけるやん」
「引きこもったまま高給稼げるバイト紹介してくれたら、喜んで」
「阿呆、そんなのあったら俺が行く」

 先輩との会話は、そんな金欠学生のよくある話で閉じた。



 生協で帰り道用の救援物資を一本買った後の話だ。
 掲示板に貼り付けてある学生向けのバイト情報。それが何気なく目に留った。
 実際の所、金が無いので早急にバイト先を決めたいのは事実だ。家庭教師は肌に合いそうにないし、肉体労働系はこの季節に選ぶもんじゃない。プールの監視員なんて都合の良いものは無い。

「しゃーねえか、ここはオーソドックスに飲食店といくかな……ん?」

 端っこの方に小さな手書きの張り紙があった。覗いてみると、飲食店ではなかった。


  天体観測助手。
  夏休みの間ヒマな諸君、楽して稼ごうではないか!
  仕事は簡単。天体観測地点まで荷物を運ぶのと、荷物番。
  誰にでも出来る簡単なお仕事です。


 その後にはつらつらと日給と拘束時間と連絡先の携帯番号が書かれてるのみ。
 正直、怪しい。
 だが俺はこいつにしようと、この時点で半分決めていた。
 時給換算がそこそこ良いのや、深夜から明け方というのがここの所の夜型生活にマッチしたのもあるが、そうじゃない。
 まあ、この時の俺はきっと暑さとクーラーの冷えで少し脳味噌がいかれてたのだろう。もしかしたらつい十分前まで部室にいたので、オカルトな気にあてられてたのかもしれない。
 とにかく、このバイトは面白そうだ、という理由が俺の手に番号を押させた。
 数回のコールの後、留守番に切り替わることなく繋がった。
 最初に聞こえたのは今起きたと言わんばかりの欠伸で、次いで、

「……もしもし、あんた誰?」

 この時点でブラック企業と判断して切らなかったのは、電話線を通じて眠気が移った所為だったに違いない。決して若くて可愛い声に釣られたわけではない。

「あの、大学の求人を見てお電話させていただいたのですが……」

 そう言うと彼女は本格的に目を覚ましたらしく、声がきちんと張ったものになった。

「え? ああ、すみません。でもまあ、まさか本当にかけてくるとはねぇ……、求人内容本当に読んだの?」
「は、まぁ一応」
「そっかー、うん、じゃあ今から面接ね。大学って本校? ああいや、本校の生協ん所にしか貼ってないからそうだよね。じゃあ今から入り口入った所のカフェテラス、わかる? 大きくて綺麗な方。あそこの中の奥の席に座ってて、なんか安い物だったら頼んでいていいから。二十分で行くわ」

 担当者に替わるとか求人電話の常套句を発する事もなく、電話はぶち切られてしまった。

「……大丈夫、じゃないな。問題がありすぎる」

 とはいえカフェテラスでどうやら一杯はおごってもらえるようだ。話を聞いてダメそうなら断る、いや断ってもらう方向に動く。それで完璧だ。
 少しばかり甘い考えかも知れないが、と口走る彼は苦笑していた。



 正門にほど近くにあるカフェテラスは、なかなか現代的で洒落ていながらお値段は学生価格ということで、普段は多くの女子か男子&女子で埋まっている。なかなか独り身には近寄りがたい場所だった。
 だがさすがに夏期休暇、大学が公開されてるのを良い気に安いダージリン片手に数時間は喋っていそうなおばちゃんが三人、俺以外にも来ていた奇特な学生が二人、あとは店員だけで非常に風通しが良いことこの上ない。店の経営を心配したくなる。
 適当に奥の壁に面したソファ席に陣取ると、ひとまずはセルフサービスの水を取ることにした。電話の感じでは嘘だとは思わないが、万が一の事があれば無駄にワンドリンクが消費されてしまうのだ。恐ろしい。
 店員が少ないのは幸いだ。少しばかり水でくつろぐぐらいなら大丈夫だろう。



「やあごめんごめん、たぶん電話をかけてくれたのは君、だよね?」
「あの、どうやったら二十分が四十分になるのか聞きたいんですけど」

 自分から言いだしたリミットを軽くオーバーしてきた人は、声の通りの女性だった。
 年は恐らく院生ぐらい。黒い帽子に白いブラウス黒いスカートの、暑さ成分色が三分の二を占める格好の彼女は、店の番号札を置いてからひっつかんできたセルフの水を氷ごと一気飲みして、

「ぐああ、頭が割れるうううっ!」

 頭を叩きながら邪魔になるのか帽子を取って、テーブルに突っ伏した。
 馬鹿だろ、と言いたくなる光景だが我慢する。

「お待たせしました、アイスティーお二つです」

 店員さんの顔がこの怪しさ全開の光景にも引いていない。さすがはプロだ。
 関心しつつ、とりあえず目の前の女が起き上がるまでアイスティーを口に含ませた。
 四分の一ぐらいを消費した辺りで、

「……うぅ、ごめんなさいね。いやーもうなによこの暑さは。毎年のことだけど」
「何年もいれば耐性付くんじゃないんですか」
「ないない。南の島にでも住んでなければ暑さ耐性なんて簡単に付くもんですか」

 だからと言って初対面の俺を睨まなくても……。もう帰っていいですか?

「さて、じゃあ仕事内容について説明するわね。って言っても書いてあったことと大差無いんだけど、天体観測に必要な機材があるわけ。車で途中まで運ぶんだけど、セッティング場所までそいつらを出して運んで置いてもらいたいわけ。あとは私が観測してる間の警備担当って所かしら? まぁその他荷物の荷物番ってね。明け方には終わらせて撤収、行き帰りは迎えに行くわ。あとの質問は?」
「いや、あの、履歴書とかそういうのは?」
「ん? ああ、別に良いって面接こうやってやってるんだし。そうそう、最近法的に五月蠅いからねー、一応雇用契約書あるから、これにサインよろしく。変わったことは書いてないけど一応見といて」
「ちょ、ちょっと! まだやるとかやらないとか決めてないんっすけど……」
「やらないの?」

 きょとんと見つめてくる顔に、少しドキリとした。

「い、いえそういうわけじゃ……」
「じゃあ決まりね。大丈夫、貴方良い子っぽいし、あんまりこういう勘は外れないのよ私」

 思わず否定してしまったが後の祭だ。ぽんぽんとなし崩し的に全てが決まっていく気がする。
 ……ええそうです。実際その通りです。甘かったです。

「……じゃ、今夜暇?」
「まぁ、一応は」
「なら今夜からね。ここに住所書いておいて、迎えに行くから」

 ぼーっとしてるとあっという間に夏休みなんて過ぎてしまう。そんなのは小学生の頃に十分覚えたはずだ。ゲームの一本もクリアできずに、夏休みの宿題を泣きながら終わらせて、旅行に行った思い出も風のように過ぎていく、誰もが経験しただろう普遍的な数ヶ月。
 悪くはない。今ここでこうして流されるまま押されるままに過ぎるように、終わる頃には泣きはしないまでも絶望感と倦怠感を抱えて再始動。数日もすれば慣れて忘れていく感情の数々。

「あの……」
「なに?」

 所詮、天体観測のアルバイト。星空を見上げてなにかがあるわけじゃない。
 だけどどうしてだろうか。何か面白そうな物が見える気がする。
 本物の心霊写真に感じるそれにも似た、『何か』を感じる程度の物。

 その程度でも、気怠さに慣れた俺には十分だった。


「名前、まだ言ってなかったんですけど」
「え? ……そういえばそうね。じゃ、自己紹介お願いするわ」

 彼女はここで初めて、雇用主の顔になった。

「小松シュウヤ。ここの一年生です」
「おお、一年かー。いいねぇ、若いって」
「まぁ一浪ですけど」
「いいじゃん別に、医学部三浪とか当たり前なんだからさ。んじゃ今度は私の番ね」

 コホンと咳払いを一つ、

「――宇佐見蓮子、今は『天体観測』が趣味のOBよ」





 小松シュウヤは体験する。
 世界にはこんなにも綻びがあるのだと。
いいじゃないですかー好き勝手に書いちゃっても! 続かなくても!
つくね
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2011/04/01 04:27:45
更新日時:
2011/04/01 04:27:45
評価:
1/1
POINT:
1000000
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100002.50
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1. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 19:35:31
天体観測はじめちゃって!
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