仮面ライダー華扇 第0話(後編)「亡霊と奇跡と正義の意味」

作品集: 1 投稿日時: 2011/04/01 03:02:25 更新日時: 2011/04/01 22:05:10 評価: 0/1 POINT: 7777 Rate: 780.20

 

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 仮面ライダー華扇、前回の三つの出来事!

 一つ! 茨木華扇が謎の怪人アンクと遭遇し、オーズとなる!
 二つ! 西行寺幽々子の食欲よくぼうから生まれたヤミーの力に一時撤退!
 そして三つ! コアメダルを隠し持っていた魂魄妖夢が、行く手に立ち塞がった!



     ◇



「ハアァーーーーー! セイヤーーーーーーーーーー!」

 生い茂る森の遥か上空に咲いた、赤、黄、緑の三輪を、茨木華扇が突き刺すように降下していく。
 飛翔せし鷹の如き翼を得、駆け行く虎の威を借り、両脚に飛蝗の靭やかなそれを顕現させて。
 眼下に見据えし標的――魂魄妖夢目がけ、一本の矢となりてその力が解き放たれた。
 三枚のコアメダルを集結した力、スキャニングチャージ。タカ、トラ、バッタの組み合わせによるそれは、名をタトバキックと言う。
 正しく必殺。有象無象を一撃の下に粉砕出来るその技が炸裂しようとする直前に。
 華扇は、妖夢の表情を目にした。
 妖夢もまた、迫り来る華扇の顔をこそ見ていたようだった。
 一瞬の内に、妖夢がヤミーを打倒しうるコアメダルを持ち去り、華扇の前に立ち塞がった理由が、そこに垣間見えたような気がした。
 しかし、絡み合う視線からこぼれてくる感情を、言葉として整理するよりも先に、結末は訪れた。
 華扇の必殺技が、妖夢に直撃し。
 敗者が倒れ伏し、勝者が誕生する。
 ――そんな、当たり前の結末が。

「申し訳、ありませんでした」

 最後の最後まで握り締められていた一対の刀、白楼剣と楼観剣が緩んだ手からこぼれ落ち、地で二転三転し横たわる。
 その傍らに、溢れる血と流れる汗が混ざる泥に塗れた、見るに堪えない様相となった膝がまずは突き刺さり、擦り切れたワンピースの腹から妖夢は崩れ落ちた。
 その衝撃で地面が揺れ、野草が咲かせた花が散る。煽りで刀の鍔が舞い踊る。
 妖夢は顎をこすりつけたまま、音の鳴った方へと薄く開いた双眼を向けた。
 ささくれて、小刻みに震える右手を伸ばしかけて、半ばでその動きを止め、握り拳が作られる。
 その拳が動こうとした所に、そっと手の平が二つ、重ねられた。
 膝をついた華扇は妖夢の手を包みこむと、おもむろに口を開いた。

「その謝罪は、一体、貴女が犯したどの行為に対してのものですか? 主から生まれ出でし怪物を、その手で倒せなかったことですか? 主を救うために必要なコアメダルを拾ったのを黙して語らなかったことですか? それとも、私に刃を向け無駄な争いを引き起こしたことですか?」
「……全部、違います。そもそも、貴女に対して向けたものですら、ないのですから」

 妖夢の声は掠れ、これ程まで身を寄せているにも関わらず、耳を澄ませなければ聞き逃してしまいそうな程にか細かった。

「私は、幽々子様の事を二の次にして、自分のためだけに剣を振るってしまいました。これでは、御先祖様達に顔向け出来ない。魂魄を名乗るのもおこがましい……。従者、失格です」
「……貴女は戦う前に、私などには到底、亡霊の嬢の事を任せられないと。彼女の身に危険がないよう、この場で切り捨てると、そう」
「そんなのは建前に過ぎません」
「と、言うと?」

 分かっていながらも、華扇は問わずにはいられなかった。
 妖夢もまた、その事を理解していたのかもしれない。その声音には、どこか贖罪するかのような響きがあった。
 半人半霊の少女が、仙人に対して。
 心の内を、抱えた罪を、打ち明けていく。

「本当は、ただ貴女の事が妬ましかった。力を持った貴女が、幽々子様を救える貴女が、幽々子様に認めてもらえるかもしれない貴女が! そして……、無力な自分が嫌で嫌で仕方がなかった」

 華扇の手を振り払い、拳が妖夢じぶんの額に突き刺さる。
 鈍い音の後に続いて、赤黒い血がまぶたの上を伝っていく。
 妖夢はそれを拭おうともしない。

「だから奪おうと、邪魔しようとしたんです。力を得たいがために、幽々子様に認めてもらいたいがために。そこには、幽々子様の身を案じる気持ちなんて、ひょっとしたら無かったのかもしれない。あの怪物の中に取り込まれた幽々子様を救い出せば、そうすれば私を一人前として見てくださるかもしれない。ただ、それだけのために」

 今でも、それは変わりません、と。
 震える足で立ち上がりながら妖夢は続ける。

「こんなことなら、私のこの欲望も怪物になってしまえば良かったとすら、私は思うんです。そうすれば――」
「もう、いいですよ」

 華扇が、虚空にもがく妖夢の腕を掴み、その下に頭をくぐらせる。
 そして、血塗れの包帯に包まれた右腕を肩にまわし、互いに乱れた息がかかる程に顔が近付いた。
 否が応でも、妖夢の掠れた視界に華扇が映る。
 それは声とて同じ事。くまなく浴びせるように、それは優しく紡がれる。

「本来、仙人たる私は愚かしい行為を犯した貴女を糾弾するべきなのかもしれない。けれど、それは必要ないように思うのです」

 閉じた瞳に、先程の戦いが映し出される。

「貴女はもう充分すぎるぐらいに自分を責めました。だから、もういいんです」

 その言葉を聞き届けて、妖夢は再び、その場に倒れた。
 華扇の腕に抱かれたまま、ゆっくりと草花の上に五体が放り出される。
 その葉先に頬を押し付けて、それでも安らかな様子で、耳を澄ませば寝息を立てているのが聞き取れるのだった。

「ひとまずは一件落着、ですかね」
「――ハン! どこがだ! 本命のヤミー放ったらかしにして、飛んだ茶番だったな」

 どこからともなく、嘲るような声と共に、一本のが躍り出る。
 腕の主の姿は、無い。そこにはただ肘から先のみが、宙に浮いているのみだった。
 極彩色に彩られ、折り畳んだ翼のようなものを生やしたそれは、鋭い爪を突きつけるように華扇を指差す。

「良いか、赤いの。こんなつまらない事に時間をかけるな。とっとと仕留めろ。いいな?」
「……まず何度も言っているように、貴方に赤いのなどと呼ばれる筋合いはありませんよ、アンク。そっちの方がよっぽど赤いくせに。大体、私は貴方の願いを聞き入れ、更には元の世界に戻れるようにと力を貸しているというのに、その態度はないでしょう。ほんの短い間とはいえ、正直貴方の数々の言動は目に余るものがあるわ。まず、その高圧的な――」
「うるさい。俺に命令するな」
「……はあ。それこそ貴方に言われる筋合いはありませんよ」

 呆れ果てた華扇の声を聞き流して(腕だけのくせに、と華扇は思った)腕だけの怪人、アンクは素早く妖夢の懐をまさぐった。
 乱暴な扱いだったものの、妖夢が目覚める気配はない。
 二枚のメダルが弾き出され、その全てをアンクが掴み取った。
 ねめつけるようにして、何度も何度も指先でその縁がなぞられる。

「お前に渡したトラ、チーター合わせて、これでライオンが手に入った。何はともあれ、揃ったな」

 陽光を思わせる煌きが、アンクの中に迸る。
 それに合わせたかのように、遠方から咆哮が轟いた。










『仮面ライダー華扇』 





 




 Count the medals! 現在、華扇の使えるメダルは!

『タカ、タカ、クワガタ、カマキリ、バッタ、ライオン、トラ、チーター、ウナギ、ゴリラ、タコ』





     ◇





第0話(後編)「亡霊と奇跡と正義の意味」





 行進せし巨岳。とでも言うべきだろうか。
 怪物という呼称すら相応しくないと感じる程に、それは巨大な姿をしていた。てっぺんは入道雲に深々と突き刺さり、薙ぎ倒されていく木々が豆粒のように見える。
 もしもそれが本当に歩いていたなら――足を生やして大地を踏み鳴らしたなら――その地響きだけで幻想郷は一溜まりもないだろう。
 しかして、それはナメクジのように這っていた。
 目鼻も口も手足も見当たらない、半分に割った卵のような丸みのある身体からは黄色く淀んだ油が際限なく溢れ出ていて、なだらかな表面を伝い風景を侵食していく。
 油に包まれ黄色くてかった、、、、それらを、怪物は次々と呑み込んでいった。
 それは決して比喩ではない。怪物は確かに薙ぎ倒した諸々を全て吸収していた。油まみれの身体が煮えたつかのように所々を膨らませへこませ、そして元通りになる頃には、巨岳は更なる成長を遂げているのだ。
 一帯を更地にし終えて満足したのか、怪物は立ち止まり、足下(と言っても先述した通り足は無いが)に油の沼をこさえた。
 その中央に蓬莱が如き威風で陣取って、怪物は雄叫びを上げる。
 濁り色をした卵が割れて、真っ黒な半月が表れる。果たしてそこから、生きとし生ける者の、耳どころか腹までをことごとくつんざくような、途方も無い轟音が響きわたった。
 その轟音も異形も、魔法の森から遠く離れた永遠亭でまで確認する事が出来た。

「好き勝手やりやがって。私の家が潰れたらどうしてくれるってんだ」

 窓から顔を覗かせて、霧雨魔理沙が悪態をついた。
 その右腕は三角吊りにされていて、顔にもあちこち絆創膏が貼られている。そのためか威勢のいい言葉ながらも語調はハッキリとせず、口を動かす度痛みに耐えるように顔をしかめていた。

「もう、いっそのこと私が行きたいぐらいだぜ。マスタースパークでドカーンと」
「出来なかったじゃないですか。私の未来永劫斬だって通じませんでしたし」

 こちらも同じく傷だらけの妖夢が口を挟んだ。先程の戦いで負った傷を治療すべく運び込まれたのだ。
 傍らにはもう一人の当事者である華扇もおり、引き継ぐように口を開く。

「それに、そんな身体じゃ尚更ね。大体、貴女はあの怪物にすぐ気付けたのだから、単身で挑まず真っ先に人に報せるべきだったわ。それを無茶してボロボロになって」
「仙人のお小言はたくさんだ。――大体、私なんざまだマシな方だぜ」

 魔理沙は噛み合わない歯車のようなぎこちない動きで、部屋の中を見渡す。
 普段から患者を収容しているだけあって決して少なくない数のベッドが用意されているが、そこからあぶれる程に人が多い。無論、それらは普段居るような患者ではなく、誰も彼もが怪物の犠牲者だった。
 全身を包帯に包まれて装束じみた様相になっている者、肘から先がなくなった片腕をじっと見つめている者、油で目を痛めて用便に立ち上がるのすら容易でない者。
 戦時中でもあるのかといった地獄絵図がそこには広がっていた。
 魔理沙は唇を震わせ拳を壁に叩きつけようとして、自らの腕の有様を思い出す。その代わりに、強く地団太を踏んだのだった。

「死人が居ないってのが奇跡に思えるぜ。ここだって、いつやられるか分かったもんじゃない」
「でも、対抗する手段はあるそうですし、茨華仙さんがすぐに――」
「ハンッ。邪魔しておいて随分と都合がいいな」

 その声に、多くの者が怯えたように身体を跳ねさせた。床を打ち鳴らす粗末な伴奏に、アンクはもう一度鼻で笑う。自分が遠方のそれと同じく怪物として扱われているのを気にもかけないまま。

「あのヤミーにエサを選り好みするだけの頭があるかどうか……。アイツはとんでもない食欲から生まれた。どっち道、食えるモノは全部食っちまおうとするだろうな。隠れたところでシラミ潰しに襲われたんじゃ――アデッ」
「不安を煽るような物言いをするんじゃありません。それに」

 華扇は自らの右腕を睨み付けた。
 普段は包帯でのみ形作られ実体の無いそれに代わり、今は仰々しい見てくれの腕が備わっている。
 言うまでもなく、鳥のグリード、アンクの姿だった。
 尚も華扇は左腕で右腕アンクを絞め上げる。

「私に憑り付くなとも、さんざ言ったはずですよ」
「ぐっ、離せ!」
「いいえ、離れるのは貴方です」
「おい、やめっ、クソ! とんだ奴の身体を使っちまったもんだ!」
「勝手に人の身体を奪おうとしたのはそっちじゃない。その上、俺を元の世界に戻す方法を一緒に探せだの、オーズとして戦えだの」
「おかげで、どこの馬の骨から生まれたとも知れないヤミーを数匹倒せたんだろうが! 俺が起きた時近くに落ちてたバックルとメダルが無かったら、お前もこいつらと同じザマになってたんだからな!」
「それについては既に感謝の言葉は告げました。話が別です」

 ああ言えばこう言うとばかりに屁理屈を並び立てるアンクを一蹴する華扇。
 一番の当事者であるはずの一人と一本が繰り広げるどつき漫才。場の空気ゆえに笑いなど取れるはずもなかった。

「おいおい、そんだけ騒げる元気があるんだったら、とっととアイツ倒しに行ってこいよ。声が傷に響くしな」
「やっぱり痛いんじゃないですか」
「お前が言うな未熟者。全く、こんな馬鹿に任せたんじゃ安心出来ないぜ。まあ、いつも異変解決してるぐうたら巫女もそういう意味じゃ怪しいが……、そういや霊夢と紫はまだ見つからないのか? 確か早苗が――」
「呼ばれたので飛び出てみます」

 噂をすれば影。ついさっき魔理沙が顔を出していた窓から、守矢の風祝たる東風谷早苗が飛び入ってきた。
 蛙と蛇の髪飾りを揺らし袖をはためかせ勢い良く着地しようとした瞬間、足元から柔らかな風が吹き上がり、早苗は音もなく降り立った。

「お待たせしました。皆さん」
「お待ちくたびれましたぜ。変な演出してないで、とっととしてくれ」
「せっかちですね。まあ、それではご報告を。……結論から言って、霊夢さんも紫さんも見つかりませんでした。二柱にもお力添えいただいたのですが、発見には至らず。これでは気付いていないというより」
「どこかへ消えちまってる、か。だろうな。こんな埒外の異変にアイツらが出張ってこないのは、それこそ異変だぜ」

 奇跡を操る風祝、乾と坤を各々創造し得る二柱。この名立たる面々に捜索させても見つからないということは、並大抵の事態ではないのだろう。
 早苗の声に耳を澄ませ静寂を為していた衆も落胆を隠せないようだった。一人が嘆息し、それが孕んだ負が部屋全体に広がり、また嘆息を生む。そうして悪循環が始まり、元々が暗くどんよりとした雰囲気だった室内が、より一層黒く塗りたくられたように思えた。

「じゃあ、これでもう正真正銘、お前以外に対抗出来るのは居ないわけだな!」

 そんな空気を目いっぱい吸込み、負を正に変え魔理沙が声を張り上げた。
 手が使えず、ミニ八卦炉を構えることも箒にまたがり操る事も出来ない。
 けれども、それで魔理沙が魔法を使えなくなったという事にはならない。
 この溢れる活力こそが魔法の源だ、これが私の魔法なんだと誇示し、魔理沙は叫んだ。
 そしてその魔法を、華扇は余す所なく受け止める。

「不本意ですが、そのようですね。……アンク、メダルを」
「ゼーゼー……。あ? 何だって?」
「だから、メダルを事前にありったけ渡しておいてほしいのです。戦闘中に一々放られたのでは色々と面倒ですから」
「ハンッ。そんなこと出来――」
「また締め上げますよ」
「……メダルなくしたら、俺がお前を締め上げてやる」

 そう言って、アンクは宙へとコアメダルを躍らせる。
 赤、緑、黄、黒、青。自然と生命の力で彩られたメダルが、華扇の手に委ねられた。
 メダルを汗ばんだ手で握り締め、華扇は瞑目する。
 とても短い間だった。たったこれだけの時間で、アンクと出会い、オーズとして戦い、そして幻想郷から多くが失われた。
 幻想に移ろい住まう者の端くれとして、放っておく訳にはいかない。
 
「大丈夫ですよ、仙人さん! 私が外に出ている間に、妖夢さんから奪い返した新しいコアメダルだってあるじゃないですか!」
「……あの、そうやって繰り返さないでもらえるとありがたいのですが。ともあれ、私も応援してます!」
「ま、そういうこった。色々あったが、そろそろ幕引きと行こうぜ!」

 負の循環は断ち切られ、正の循環が生み出される。
 それを導く声援に、華扇は開眼し応える。
 魔理沙達だけではない。室内の全員が華扇に期待の眼差しを向けていた。

「委細承知。……行って参ります」

一身に受けたそれを力に変えて。
華扇オーズは戦いに赴く。





     ◇





「おい、もっと速く走れないのか?」
「戦う前に消耗したのでは本末転倒です。仙力も使うわけにはいきませんね」
「クソ、ライドベンダーさえあればな」
「何ですかそれは?」
「説明が面倒くさい。……そろそろだ。用意しとけ」
「ええ」

 右腕からの声に頷き、華扇は三枚のコアメダルとバックルを構える。
 ほんの少し距離を置いて、眼前には標的たるヤミー。
 その途方も無いスケールの全長は、とても視界には収まりきらない。忍び寄る油はくるぶしまでを埋め尽くしてしまいそうで、
 永遠亭を出てからここまで接近するのに、そう時間はかからなかった。華扇達の移動こそ決して迅速とは言えなかったが、ヤミー自らが引き寄せられるようにして、華扇達の方へと近付いてきたのだ。
 それは決して幸いとは言えない。後方には永遠亭がある。魔理沙、妖夢、早苗、永遠亭に元より住まう兎と人間、そして溢れ返る被害者達。もしもヤミーが辿り着いたなら、永遠亭ごと呑み込まれるだろう。
 ここで何としても、食い止めなければならない。

「いいか。例え黄色いメダルのコンボ――ラトラーターの特性があのヤミーに有効とはいえ、近付かなければ効果は薄い。まずはヤミーの攻撃を掻い潜って、懐に潜り込め」
「言われずとも。ところで、コンボの消耗については大丈夫なのですか?」
「ガタキリバの時を見るに、ラトラーターに耐えられない事はないだろうな。……イレギュラーなんだよ、何もかも」

 華扇がコンボを使用しても全く消耗しないのは、人間以上の力を持っているから、と何とか説明出来ない事もない。
 だが、何故華扇がオーズに変身出来るのか、誰がヤミーを生んだのか、メダルが散らばったのは何故か、そもそもアンクはどうして幻想郷に姿を表したのか。謎は依然として残っている。

「まあ、今はどうでもいい。しっかり稼いでこい」
「別に貴方の為に戦うんじゃないですけど、ねっ」
「……おい待て。このまま変身するとまた――」

 華扇は自らの腹部にバックルをあてがう。
 すぐさまベルトが伸びウエストを覆い、そこから始まるのは儀式とも表現すべき一連の動作。戦の勝利を祈り舞うかの如く、華扇は流麗な仕草でメダルを三つ、バックルにそれぞれ収める。
 輝くは、タカ、トラ、バッタの三枚。
 しかし、それだけではまだ完了には至らない。腰の右側に備えられたオースキャナーを手に取ると同時に、バックルを左手で傾ける。
 鼓動の如き唸りを上げて、オースキャナーが振り下ろされ。
 そして――

「変身!」

 それは、戦士への変貌。
 常軌を逸した所業を世界に認めさせるに足る、絶対的な宣言。

『タカ、トラ、バッタ! タットッバ、タトバ、タットッバ!』

 怒涛の進軍を送り出すかのような意気揚々とした歌声が響くと同時に、華扇はオースキャナーを胸元にかざした。三色の光がその身体を照らし出し、力となりて広がっていく。
 それが巨大なメダルの形を借りて華扇の五体を取り囲んだ後、三つ――タカ、トラ、バッタ――が重なり一つの大輪となりて浮かび上がる。
 オーラングサークル。コンボの力が現出されし形。それが華扇の胴体に装着され、そこから鎧が全身に纏われる。
 バッタの脚が腱に生え、トラの爪が手首から後ろに添い、タカの翼を模した髪飾りが団子に結われた髪の下に施され、新緑に彩られた眼光が鋭くヤミーを射る。
 オーズの最も基本的な姿、タトバコンボ!
 
「参ります」
「何が参りますだ! 俺を無視しやがって!」
「あら、アンク。そんな所にいたのですか」
「お前がいきなり変身するからだろうが!」

 変身している最中に華扇の身体から切り離され、吹き飛ばされたアンクから非難轟々となりながらも、華扇は素知らぬ顔で一歩を踏み出す。
 ニ歩目を踏み出し、瞬間、華扇は駆けり行く。
 大地に染みた油に足を取られつつも、人間とはかけ離れたスピードでヤミーに差し迫っていった。
 睨め付くような気迫と、ぬめついた油の音で気付いたのだろうか。その場で回転し華扇に照準を合わせ、ヤミーは再び地獄から吸い上げたそれを吐き出すかのような轟音を撒き散らした。
 雲は煽られ、木の葉は舞い散り、油の波が押し寄せる。

「セイヤッ!」

 掛け声と共に、華扇は態勢を崩しながらも跳躍した。
 オーラングサークルの最下段、バッタを象った部分が光り輝き、華扇の両脚にエネルギーを導く。
 木一本を頭から埋め尽くす程の波を超え、次に研ぎ澄まされたトラクローが展開される。
 降下しながら空気を切り裂き、その爪は油をものともせず地面に突き立てられた。正しく獣を思わせる体勢で華扇は油の海に無事着地する。これならば無様にすっ転ぶような事もない。
 前回と同じく、接近するまではヤミーも手出しは出来まい。ならばそれまでは前哨戦ですらないのだ。手間取るわけにはいかない。

「おい赤いの、後ろだ!」
「だから赤いのじゃ――って、ぐっ!?」

 アンクの警告に一拍遅れ振り返る。
 そこにすかさず飛んできた――というよりは飛んできた所にちょうど華扇が振り返ったのだろう――拳を受ける寸前で、腕で防御した。しかし、その衝撃までを免れる事は出来ずに後退する。膝からスネまでを覆う強化外骨格、バッタニーディアスのほとんどが油の中に埋まった。
 反撃しようにも、これではまともな身のこなしは出来そうにない。
 そこまで状況を処理してから、華扇は不意を打ってきた存在を見やった。
 顔にあたる部分には何も見えない。本当は人間と同じように目鼻があるのか、それとも元々そういったものは無いのか。いずれにせよ、全身がヤミーと同じく油に塗れていてハッキリとはしない。等身は普通の人間と変わらないながらも、その風貌は明らかに怪人のそれだった。

「グッ……。こ、これは一体……?」
「さっき分身を生んだみたいだな。おい、次は右だ!」
 
 今度こそはと声に応じ、反射的に華扇の身体が右を向く。そこには先程のと全く同じ出で立ちをした分身。緩慢な動きから、下段へと蹴りが繰り出される。
 下半身を攻められては転倒しかねない。そうなっては一巻の終わりだと、華扇は一か八か再び空へと跳ね上がった。
 地面を蹴り上げた時点で既につんのめっていたせいで、御世辞にも綺麗な格好とはいえない。
 それでも何とか窮地を脱し、分身を飛び越しざまにトラクローで斬りつける。
 が、油で爪が滑り、ダメージを与えるには至らない。どころか、着地した先にも分身が待ち構えていて、華扇は両脚で立つ事も許されないままにそれと相対した。

「なっ、こんなに! その上油まみれではまともに攻撃が……」
「何やってる! とっととメダル変えて片付けろ!」
「分かって、ますって、ば!」

 拳の雨と蹴りの嵐を何とか捌き、華扇はメダルを新たに二枚取り出した。
 三度目の正直、というわけでもないが。バッタレッグでハイジャンプし、空中でメダルを入れ替え、スキャンする。

『クワガタ、トラ、タコ!』

 華扇の両脚をタコに似た水色の吸盤が覆い、髪飾りがクワガタの角を模したものへと変わった。
 橙色の瞳で眼下の敵を見据え、肩を怒らせる。

「ハッ!」

 そして、髪飾りから稲妻が疾り地表に突き刺さった。
 上空から広範囲に降り注いだ攻撃に、分身達は一たまりも無い。華扇を袋叩きにしようと待ち構えていた集団は散り散りとなった。
 空いたスペースにタコレッグで吸い付きたじろぎもしないままに、華扇は一振りの刀を抜き放つ。
 メダジャリバー。セルメダルを投入する事によって力を発揮する、オーズが持つ大型剣である。
 その蒼色の刃が、斬るべき敵を映し出す。
 華扇の手から銀色のメダルが三つ、順繰りにその刀身へと投じられていく。
 一つ、また一つと鳴る金属音は、さながらカウントダウン。数え終えて、華扇はメダレバーを倒し、必殺の一撃を放つべくオースキャナーを手に取った。
 ようやく復帰し歩み寄ってくる分身達には目もくれず、セルメダルをなぞっていく。

『トリプル・スキャニングチャージ!』
「セイヤー!」

 右足を軸に一回転、メダジャリバーで円を描く。銀色の軌跡はたなびく衣のようで、剣舞の一幕を思わせた。
 油の海を舞台に変え、一閃。
 その斬撃は次元をすら切り裂き歪ませる。歪みが元に戻ると同時に、分身達は例外なく爆散した。

「さて、これで邪魔者は居なくなりました。いよいよ本命、ですね。それじゃあ――」

 メダルが装填され直され、オーズが再び姿を変える。

『クワガタ! トラ! チーター!』

 華扇は両手両足で地面を捉え、一陣の風となりヤミーの元へ突き進んでいく。
 その度に爪を地面に突き刺し、抉りながら。
 ヤミーも黙って見てはいられないとばかりに、口腔からつばを飛ばし、華扇の行く手を阻もうとする。
 黄色い泥団子のような見てくれだが、そのサイズも速度も尋常ではない。弾丸となりて飛来するそれに直撃しようものなら、全身が押しつぶされてしまうだろう。
 橙色の瞳に、複眼のような細かい模様が浮かび上がる。華扇の視界が背面をも補足出来る程に拡大された。
 スピードを緩めないまま、視界に映る油の塊をことごとく電撃で飛散させ、とうとう華扇はヤミーの真下に辿り着いた。
 
「聞こえますか、亡霊の姫よ」

 首が痛くなるぐらいに見上げ、華扇は語りかける。
 尚も轟く叫びに掻き消されながらも、その声は、その眼差しは、その意志は、曲がらないままヤミーに――その脂肪の牢獄の中に囚われた西行寺幽々子に――注がれている。
 そしてその手には、ライオンのコアメダルが握られていた。

「私が貴女を救済たおします」

 バックルを埋めるは、ライオン、トラ、チーターの三枚。
 大地を駆ける肉食の猛者、そして燦燦と輝く日輪の持つ灼熱を具現化したメダル。
 その真の力は三枚揃った時のみに授けられる。
 それこそがオーズの真骨頂たるコンボ。
 その内の一つ、ラトラーター!

『ライオン、トラ、チーター! ラッタラッター、ラトラーター!』
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 奥底から込み上げた凄まじいエネルギーと共に、華扇は咆哮する。
 それはヤミーに勝るとも劣らない、けれどヤミーのそれとは正反対の響きをそれは持っていた。さながら勝鬨かちどきのような、希望をもたらす叫び。
 一帯を揺らすそれに続くかのように。
 刹那の間に、華扇から熱線が拡がっていった。
 正しく地上の太陽。容赦なく、近付いた障害を灰塵すら残さぬ程に、照らし、焦がし、燃やし尽くす。
 波打っていた油も、名残さえ垣間見せず、煮え立つまでもなくたちまち蒸発していった。
 油の海を制圧し、百獣の王が君臨するに相応しい荒原へと創り変え、その中心に華扇は堂々たる様子で仁王立ちしている。
 たった一手。しかしながら、それは形勢逆転の決定的な手だった。

「これが、ラトラーターコンボ……!」
「久々だが、流石といった所だな。見ろ、あのヤミーの身体も溶け出してる」

 アンクの言葉通り、ヤミーの身体のほとんどを為していた脂肪が、熱に当てられ見るも無残に消し飛ばされていく。巨岳が小山にまで削られ、小山が巨木程度にまで萎み、最後にはとうとう、普通の人間程度にしか残らなかった。
 否、それは人間ではなく亡霊。
 ヤミーの親であると同時に、ヤミーそのものに取り込まれていた、西行寺幽々子の姿がそこにはあった。
 その全身は未だに黄色い油で覆われており、視線も虚ろに宙を漂っている。
 亡霊らしく、幽々子らしくない。生気の感じられない佇まい。
 降り注ぐセルメダルの雨の中、華扇はそんな幽々子と対峙する。
 
「よかった……! 無事のようですね」
「油断するなよ。まだヤミーの気配が残ってる。確実に仕留めろ」
「――シッ。静かに」
「あん?」

 人差し指を唇に押し当て、華扇は耳を澄ませた。
 幽々子が微かな声で、何やら言葉を紡いでいる。
 近付こうとしたところをアンクが遮り、すわ口論が始まるかと言ったところに、気持ち大きめの声が二人に届いた。

「食ベ、タイ」
「……食べたい?」
「イヤ、食ベ、タク、ナイ。分カラ、ナイ。食ベタイ。ノニ、食ベタ、ク。分カラナイ。分カラナイ。分カラナイ」
「……貴女はただ、自分の欲望に振り回されただけです。今、先程の約束を果たします」

 オースキャナーが、必殺技を繰り出さんと今一度鼓動する。
 それが、今この場においては子守唄のように、優しい響きをしている気がした。
 きっと携える華扇の表情が、眠りゆく我が子を見守るかのような、慈愛に満ちたものだったからだろう。
 そして、その顔が引き締められる。終わらせる時がやってきたのだ。
 カーテンを降ろすためのスイッチは、華扇の手の中にこそある。
 迷いなく、華扇はそれを押した。

『スキャニングチャージ!』

 拍手喝采を浴び、花束を手渡されて。
 心優しいヒーローと悲劇のヒロインは舞台袖へと消えていった。





     ◇





「これにて一件落着、ですかね」
「そう言うにはまだ早いだろ。色々とやらなくちゃいけないことが残ってるし。何より、このヘンテコな腕が残ったまんまだぜ?」
「余計なお世話だ。俺だってイライラしてるんだよ」


 場所は再び永遠亭。治療を受け終え、医者えいりんに頭を下げてから退出した華扇を、魔理沙達が出迎える。
 いつもならば異変解決の後には宴会と相場が決まっているのだが、この惨状ではそれを望むべくもない。

「何はともあれ、労いの言葉の一つや二つは欲しいものですね。無欲であるべき行者の身とはいえ、それぐらいは望んでもバチはあたらないでしょう」
「へーへー、お疲れ様でした。お礼に今度は真面目に説教聞いてやるよ。覚えてたらだけどな」
「お礼と言うなら、そもそも説教されないような言動を心がけてですね」
「あの、茨華仙さん。幽々子様は……」

 のれんに腕押しを仕掛けようとした華扇に、妖夢がおずおずと声をかける。
 ちらちらと診察室の中を心配そうにうかがっているのは、そこに消えたままの主を案じているからだろう。
 気が回らなかった事を恥じつつ、華扇は一つ咳払いをした。

「ああ、失礼。彼女なら個室で安静にしてますよ。亡霊とはいえ、今回は精神的な疲労が大きかったようで。しばらくしたら目が覚めるそうですが。何なら、顔を見てくると良いでしょう」
「は、はい! ありがとうございました!」

 深々と頭を下げて、妖夢は小走りで部屋の中へと消えていった。
 程なくしてお小言をちょうだいしたようで、漏れ聞こえるがなり声に華扇達の苦笑が誘われる。
 笑い声の中、華扇は戦いが終わったのだと、一足遅れてそう感じた。
 普段にもまして薬くさいこの永遠亭も、しばらくもしない内に元通りの薬くささに戻る事だろう。永琳の腕さえあれば、患者達の事も一安心だ。その頃には手土産でも持ってお礼を言いに訪れてもいいかもしれない。
 しかし、人は元に戻れども、失われた自然まではどうしようもないのだろうか。百鬼夜行が巣食い八百万の神が住まうこの幻想郷ならば、どうにか出来そうなものだが。事が事だけに、大規模なものになったとしても妖怪の賢者達が口うるさく言うことはないだろう。
 最も、その内の一人にして大黒柱、八雲紫の行方は掴めないままだ。
 早苗及び洩矢諏訪子、八坂神奈子の二柱に探索を依頼したところで見つからなかったのだし。
 と、そこまで考えたところで。

「……そういえば、例の風祝は何処へ?」
「ん? ああ、早苗ならもう帰ったんじゃないか? ここは息が詰まるからな。怪我したわけじゃなし、好んで居たがらないだろうよ」

 魔理沙からの返答を聞き、華扇は合点がいったと背を向けた。

「そうですか。では、私もこれで」
「おう。じゃあ、またな。霊夢もいい加減戻ってきてるだろうから、今度博霊神社で茶でもしばこうぜ」
「いえ、期待を裏切るようで悪いですが、まだ帰ってきてはないと思いますよ」
「ああ? どうしてだよ」
「それは――異変たたかいがまだ終わってないからですよ」





     ◇





「何度も言わせるな。もうヤミーのニオイはしない」
「だから、ヤミー以外の何か、ですよ」
「例えグリードだとしても俺は気付く。お前の戯言に付き合ってられるか」
「そうでしょうね。何せ、私が探してるのはヤミーでもグリードでもなく」

 青々とした竹の間を縫い、華扇とアンクは開けた場所に出た。
 永遠亭を出てから半刻程。華扇は出口を探るでもなく、竹林の中で捜し物をしていた。
 異変は終っていない――その言葉を証明するべく。
そして、証拠は二人の目の前にあった。

「風祝なんですから。ねえ、東風谷早苗さん?」
「……誰かと思えば、今回の功労者さんじゃないですか。異変解決お疲れ様でした。それで、突然何の用でしょう?」

 声援代わりででもあるかのように、一陣の風が吹き、二人の髪をたなびかせた。
 竹の葉が舞い、小鳥の羽ばたきが遠ざかっていく。
 天然の広場を囲う竹も、風を受けて微小に揺れていた。
 深緑に埋め尽くされた華扇の視界に、場違いなぐらいの赤い腕が飛び込んでくる。

「こんな所で突っ立ってた奴に言われたくないが、俺も同意見だな。どういうつもりだ、赤いの」
「いえ、異変解決ごっこの次は探偵ごっこというわけです」
「随分と不謹慎なんですね。あれだけ怪我人が出たのに、ごっこだなんて」
「貴女に言われる筋合いはありませんよ、犯人さん」

 それまで淡々と受け答えしていた早苗の表情が陰る。
 いきなり犯人呼ばわりされたのでは誰しもが同じ表情をするだろう。
 しかし、非礼を詫びる事も無いままに華扇は続ける。
 それこそ探偵が犯人を前にトリックを紐解いていくように。

「と申しましても、たったの一回だけ質問をすれば済むことなんですけれどね」
「何の事だか、さっぱり」
「どうして、妖夢さんがコアメダルを持って私の行く手を阻んだ事を知っていたんですか?」
「…………」
「考えてみればおかしな事なんですよ。何せ、貴女はずっと巫女と妖怪の賢者を探していたのですから。いえ、そうじゃなくても、その事は私が永遠亭に帰ってくるまで、私とアンクと、妖夢さん自身以外には誰も知りえないはずなんです」

 言いながら華扇はベルトを静かに装着する。
 開いた脚も、力を込めた腕も、鋭く釣り上げられた目も、戦いに備えていた。
 
「貴女、一体何をしていたんですか?」
「濡れ衣を着せられた無実な風祝……と言いたいところですが、大正解ですよ探偵さん。私が数多のヤミーを生み出し、そして妖夢さんにコアメダルを渡した黒幕です。ただ!」

 早苗の背から、広場の端と端を繋ぐ程に巨大な翼が展開された。
 真紅に光り輝くそれは、早苗自身が手を広げたよりも数倍大きい。しかも、ただの飾りや幻覚というわけでもなく、実際に羽ばたいており、その度に熱風が華扇の身を焦がした。
 そして、早苗はそのまま飛翔する。
 それは決して風祝の力などではない、本来早苗が持ち得ないはずの力。
 早苗が浮かべた笑みもまた、普段彼女が浮かべるいずれのものとも違う、邪悪なものだった。

「私はトリックを言い当てられたところで、大人しく捕まるつもりはありませんが! さあ、ここからは異変ごっこの続きと行きましょうか!」
「生憎と、事情聴取はまだ済んでいませんよ。アンク、メダル!」
「ああ。どうやらアイツ、コアメダルの力を借りているようだな。それも俺のを……。ふざけやがって、とっとと奪い返せ!」

 もしもアンクが五体満足だったなら、怒髪天を衝くといった様相が見れただろう。
 怒りをそのままぶつけるが如く、勢い良くメダルが華扇に投げ渡される。
 いつもと同じ、タトバコンボのそれではない。しかし、華扇は気にせずそのままメダルを装填した。

「変身!」
『ライオン! ウナギ! バッタ!』

 向日葵を思わせる髪飾りと、握り締められたムチ。アンクがこの組み合わせを選んだ意図を瞬時に理解して、華扇は早苗目がけて地面を蹴った。
 千年をかけて成長した竹を追い越し、二人は相対する。

「何故、こんな真似を! 貴女のせいでどれだけの被害が出たと思っているんですか!」
「そんなの、すぐに元通りになるじゃないですか。安い出費です」
「出費……?」
「ええ、私達が信仰を得るための、ね!」

 早苗が左手をかざすと、手の平から炎弾が矢継ぎ早に華扇を襲ってきた。
 ムチを振るってそれを防御しながら反撃を試みるも、早苗の飛翔に対し、華扇はただ跳躍しただけなのだ。徐々に高度は下がっていき、やがて攻撃が掠りもしなくなる。
 そのタイミングを見計らって、早苗は旋回しながら華扇を蹴り下ろした。
 羽をもがれた鳥のように、華扇は墜落していく。
 早苗はそれをただ見守る事をよしとせず、更なる追撃を加えていった。

「幻想郷を訪れて! 確かに二柱は信仰を取り戻した! だがそれだけでは足りない! 二度と存在が揺るがない程の! 絶対的な信仰が必要なのです!」

 翼で振り払い、手刀を食らわせ、踵を振りかざす度に、早苗は一つずつ華扇に言葉を浴びせる。
 華扇がそれを聞いているかどうかなど、知った事ではないとばかりに。次から次へと。
 狂乱がままに、暴虐の限りが尽くされる。

「そんな私に奇跡は舞い降りた! 手に入れたコアメダルと! オーズを使えば! 私が影で画策しオーズを正義の味方に祭り上げれば! 人々から信仰を得たオーズを私が倒せば! そのままそれは守矢の力となる! 信仰されているればいる程! それを倒せば二柱の神力も膨れ上がるのです! それこそが信仰! それこそが正義! 私はそれを手に入れる!」
「ガ、ハッ……!」

 地面に叩きつけられ、華扇は立ち上がる事も出来ないまま血反吐を吐いた。
 長らく幻想郷では見る事の無かった、泥臭く血生臭い、本当の意味での闘い。
 その苦痛に打ちひしがれ、満足に身体を動かす事も出来ずに居た。
 そんな華扇の頬を気つけとばかりに数回アンクが叩いた。

「おい、しっかりしろ! アイツ、言ってる事が滅茶苦茶だ。コアメダルの力を取り込んだ代償か、ヤミーでもグリードでもない、中途半端な存在になっているようだな。ただ、その力も欲望もとてつもない」
「……そんな事、わざわざ聞かせてどうするつもりですか」
「ハンッ。何も言わなけりゃそのまま眠っちまうかと思ってな」
「それはまた、お優しい事で……」
「――随分と余裕があるみたいですね。なら、これで終わりにしてあげます!」

 上空より会話を聞き届けていた早苗が、獲物を狩る鷹のような勢いで華扇に迫り来る。
 絶体絶命の事態に、華扇はされど動かないまま。

「アンク、今です!」
「分かってる! しくじるなよ!」
「なっ――!?」

 勝利を確信した早苗に、眩い光が差し込んできた。
 たまらず目を覆った早苗には知る由もないが、その光は華扇の髪飾りから放たれたものだった。
 正にこの一瞬。これこそがアンクが考え華扇が狙った隙だったのだ。
 そしてそれを逃さず、アンクが早苗の懐に潜り込む。

「返してもらうぞ、俺のコア!」

 メダルをもぎ取ると、アンクはそれを確かめようともせず立て続けに叫ぶ。

「赤いの! これを使え!」
「はい!」

 そして、華扇は三枚の赤いコアメダルを受け取った。
 見覚えのあるタカ以外は、全て早苗から奪い返した赤いメダル。
 即ち、早苗に対抗しるのもまた、このメダル、そしてコンボ――!

「くっ。例え数枚奪われたところで、私には敵いませんよ!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやろうか。俺のメダルを奪い取っただけ、、のくせして図に乗るな」
「そして、今の貴女は真の信仰というものを、正義というものを忘れている。それらは決して、ちょっと策を弄して出来るものでも、一朝一夕で成せるものでもない!」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」

 再び早苗は飛翔する。今度は先程とは比べ物にならないくらいの高度へ。豆粒程の大きさになった早苗から、攻撃が雨あられと降り注ぐ。
 狂乱が錯乱に擦り替わり、早苗は誰を狙うともなく、ただただ八つ当たりもかくやと攻撃しているだけだった。
 しかし、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。
 その内の一つが華扇に真っ直ぐに射抜いた――!

『タカ! クジャク! コンドル! タージャードルー!』

 かに見えた、瞬間。
 華扇の身体を、真紅の焔が包み込む。
 否、それは華扇を護りし鎧に他ならなかった。
 猛禽類の鋭い爪、肩を彩る赤い羽のような骨格。
 そして、髪飾りから、華扇の顔をバイザーが覆うように伸びていた。
 そのバイザー越しに、華扇の視界を右腕が遮る。
 その他の部位のシンプルな赤色に比べて、極彩色が入り交じった、随分とケバケバしい色合いだった。

「……っておい、何で俺がいつの間にか引っ付いてるんだ」
「さあ、そんな事はどうでもいいでしょう。今はあの風祝を止めなければ。行きますよ!」

 華扇も早苗と同じく飛翔する。
 その背には、刃の如く出で立ちをした一対の翼。
 早苗を追って華扇が風を切り裂いていく。
 とうとう真後ろに張り付いた華扇を、早苗が必死の形相で振り返った。

「つ、付いてくるなっ!」
「それは無理な相談というもの!」
「俺のコア、最後の一枚まで返してもらうぞ!」

 早苗から放たれた炎弾を左腕に備えられたタジャスピナーで弾きつつ、華扇もお返しとばかりに、そこから弾を連続で放った。
 この近距離では、冷静な判断の出来ない早苗にそれを回避すべくもない。
 全弾命中。ふらついた早苗に引導を渡すべく、華扇はオースキャナーを抜き放った。

「東風谷早苗、これで目を覚ましなさい」
『スキャニングチャージ!』

 三枚のメダルが躍り、華扇の身体にタジャドルコンボとしての力を伝導させていく。
 身に纏いしオーラは業火が如く。その熱が羽ばたきを後押しするかのよう。
コンドルレッグより爪が伸び、標的に突き刺さらんと陽光を受けて煌めいた。

「ハアァーーーーー! セイヤーーーーーーーーーー!」





     ◇





「終わった、か。随分とあっけない幕引きだったわね」

「終わったってようやく? これで私も解放されるってわけね」

「ああ、そっちの意味じゃなかったのだけれど、そうね。こっちも終わりだわ。お疲れ様、霊夢」

「全く、急に引っ張り出してきて。ツケはちゃんと払いなさいよね」

「その必要は無いわね」

「はあ!? ちょっと紫、それってどういう」

「だって貴女、忘れちゃうんだもの、、、、、、、、、





「さあ、異変の始まりよ。解決するのは巫女でも魔女でもメイドでも剣士でも風祝でもない。仙人たる貴女、茨木華扇。せいぜい楽しませてちょうだいね」
次回、仮面ライダー華扇は!

「あの異変が無かった事になっている……?」
「オイ、どういう事だ赤いの! 集めたはずのコアが無いだと!?」
「この異変を認識出来ているのは貴女達とこの私、八雲紫のみ。その意味が分かるかしら?」
「お賽銭が欲しい……!」
「戦えるから戦う。ただそれだけです」

第1話「スキマと賽銭とやり直し」
とりb
http://blog.livedoor.jp/birdb/
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2011/04/01 03:02:25
更新日時:
2011/04/01 22:05:10
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