T・K・G! T・K・G!

作品集: 1 投稿日時: 2011/04/01 02:07:05 更新日時: 2011/04/01 12:36:15 評価: 5/16 POINT: 5085547 Rate: 59830.26

 

分類
咲夜さんの華麗なる食卓
 時刻は午前零時を少し回ったころ。
 ちょっぴり小腹の空いた私咲夜は、いつもの用意をお盆に乗せて食堂へ向かう。

 するとそこには既に先客が数名。

「あら、また夜食? 太っても知らないわよ」

 お嬢様が不敵に微笑む。
 その点についてはご心配なく。
 咲夜の体は秒単位でメンテされていますので。

「咲夜は本当にそれ好きだねぇ」

 妹様が無邪気に微笑む。
 相変わらず可愛らしいですわ。
 でもあげませんよ。

「暫しの休息ね」

 そういうことですパチュリー様。
 メイドにもお休みは必要なのですわ。

「……あ、咲夜さん。お疲れ様です」
「どうですか咲夜さんも?」

 少しへばった顔の美鈴と、溌剌とした様子の小悪魔が声を掛けてくる。
 二人の前には、黒一色に染まったオセロ盤。
 美鈴、また負けたのね。

 だが生憎と今の私はそれどころではない。
 軽く手を振って小悪魔の誘いを断り、いつもの私の指定席へ。

 お盆を静かにテーブルに置き、目を閉じて瀟洒に手を合わせる。

 
 いざ、尋常に。


「―――頂きます」


 そして、括目。


「―――“私の世界”へ―――!」


 瞬間、止まる景色。

 ここに在るは、ただ私だけ―――。

 瀟洒な仮面はもう要らない。
 今の私は獰猛なる狩人。

 ぺろりと舌なめずりをし、お盆に置いていたそれを持ち上げる。

「クククク……良い褐色をした有精卵だこと」

 ちょっぴりとお嬢様の真似をしながら、産後間もないつやつや卵を指でなでる。
 当のお嬢様はというと、お口をぽかんと開けたまま静止中。
 もう少しカリスマ溢れる表情のときに止めて差し上げたらよかったわね。
 まあ、今更めんどいからやんないけど。

「さーて、では、このかわいい卵ちゃんを……」

 コン、コンと。
 軽くテーブルにぶつけ、瀟洒に片手でパカッと割る。

 そんな愛しいキミ(黄身だけに)を落とす場所は―――。


「魚沼産のコシヒカリ―――」

 
 ほっかほかでふっかふかの真っ白な絨毯に、弾力に溢れた黄色が降下する!
 これぞまさに絨毯爆撃!

 白米の上に落とされた黄身は、ほくほくの湯気に包まれたまま緩やかにその姿を崩す……かに見えたが、そこは屈指の有精卵。
 重力に屈することなく、自然な状態を堅持している。

「クククク……そうでなくては張り合いがないというものよ」

 邪悪な声を響かせ、私は次に秘伝の醤油を手に取る。
 
「ほうれ」

 つうぅっと、醤油を黄身に目掛けて垂らす。
 芳醇な香りが鼻腔を刺激してやまない。

「では、仕合うとしようか」

 お箸を手に取り、黄身を崩さない程度に白身と醤油を白米の上で混ぜる。
 そしてとろりと掬い上げると、一思いに口内へいざなう。

「うふっ」

 思わず変な声が漏れた。
 だが別に気にする必要はない。
 今この場には私しかいないのだから。

「まだだ、まだ足りんぞ」

 続いていよいよ本丸へ突入する。
 箸をそぅっと黄身に押し当てると、プッとそれが弾けた。

 とろ〜りと、眩いばかりの黄身が流れ出す。

 私はそれを素早く混ぜる。
 醤油と絡み合い、香り立つ卵黄のにをひ。

 それを湯気とともにガガッとかき込む。

「ハフッ、ハフハフ、ハフッ!」

 もはや遠慮もへったくれもない。
 いや、遠慮すること自体が食物に対する冒涜である。
 ただ一心に目の前の飯を貪ること、それが食に対する感謝であり敬愛なのだ。

 
「う……美味ひ! 美味ひわ!」

 気分は明治17年、文明開化の音が私の脳内に響き渡る。
 先人達が生み出し継承してきたこの文化を後代へとつなぐことが今を生きる私達に与えられた使命に他ならない。


 ――――ご飯と卵、そして醤油のハーモニーを奏でること幾星霜……いや実時間はそんなに永くないんだけどまあ体感として。

 
 ともかく、最後の一杯を口に含み、十分に咀嚼して飲み込むと、私は全身を脱力させて椅子に深く凭れ掛けた。
 
「うぁー、お腹いっぱい」

 自分でも間の抜けた声だと思うそれを発しつつ、少し膨らんだお腹を満足げになでる。
 メイド十六夜咲夜としては非常にみっともない姿だが、人間十六夜咲夜としては何の違和感もない普通の姿だ。

 だって私、人間だもの。

 幸福感にまどろみながら、時間停止を解くのはあと一杯お茶を飲んでからにしましょうかねと考えていると、


「すごーい。咲夜っていつもそんな風に食べてたんだね!」

 
 残酷な天使のような可愛らしい御声が耳に届いた。


 ……って、え?

 
 私が油の切れたゼンマイ仕掛けのおもちゃのような所作で声のした方を向くと、驚嘆の表情を浮かべている妹様と目が合った。


 …………え? え?


 次いで、その隣に目を向ける。

 お嬢様と目が合う。
 途端、ついっと目を逸らすお嬢様。


 ……………なんだろう、これは。


 更に周囲を見渡すと、いかにもわざとらしい素振りで私を見て見ぬふりをする美鈴と小悪魔の姿があった。

 
 絶望が確信に変わる。


 ありえない情景に直面した人間は、思考力が極端に低下する。
 だから私は、次の一言で摘示される事実にすら、すぐには思いが至らなかった。


「エネルギー切れ」


 そのつぶやくような声は、でもそれでいてしっかりと私の耳に届いた。
 その声の主―――パチュリー様は、あくまでも冷静に次の言葉を紡いだ。

「能力も体力と同じ。一日に行使できる量には限界がある。あなた、今日は特によく働いていたみたいだから」

 なるほど、そういうことですか。
 それでつまり、途中で時間停止が解けていた、と。


 ……えっと、じゃあ、その。


「……パチュリー様」
「何?」
「……いつから、解けてました?」
「『クククク……良い褐色をした有精卵だこと』のあたりから」
「――――――」

 私はお盆を手に取ると瀟洒な所作で立ち上がり何事もなかったかのように平然と食堂を辞して瀟洒に廊下を歩み自分の部屋に戻るとそのままベッドにダイブして枕をぼすぼす殴りつけながらうおォンうおぉォンと夜通し泣き続けた。



 


卵一個だとご飯余っちゃうよね
まりまりさ
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2011/04/01 02:07:05
更新日時:
2011/04/01 12:36:15
評価:
5/16
POINT:
5085547
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59830.26
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0. 85547点 匿名評価 投稿数: 11
2. 1000000 奇声を発する(ry ■2011/04/01 02:11:01
ご飯と卵のバランスが大事
3. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 02:11:51
ご飯は少な目がべね
4. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 02:13:46
おいしく頂きました。
5. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 02:40:18
ご飯にちょびっと絡ませるくらいが好きだから一個で充分
11. 1000000 お嬢様・冥途蝶・超門番 ■2011/04/01 14:57:03
ディ・モールトいいね!   お嬢様
最高にハイ         冥途蝶
ウリウリ          超門番
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