変態レミリア

作品集: 1 投稿日時: 2011/04/01 02:04:12 更新日時: 2011/04/01 02:08:50 評価: 3/8 POINT: 3038885 Rate: 67531.33

 

分類
レミリア
うー
変態するよ!
 レミリア・スカーレットは兎だった。
 目覚めて、レミリアはいつものようにゆっくりと両腕を上に伸ばしながら「うー!」と言おうとしていた。うさうさ、と声が出た。寝惚けていたカリスマ脳もたちどころに覚醒した。覚醒とかカリスマっぽい単語よね、と考えるくらいには覚醒していた。

「うさうさうさ! うさっ!」

 何事だ! 咲夜! 
 そう、従者を呼んだつもりだった。けれどレミリアは兎だった。そして何事かが起きているのはレミリア自身だった。

「お嬢様、いかがなさいましたか」
「うさー、うさうさ」

 咲夜ー、と泣きついても、憐れなカリスマには鳴くことしかできない。あるいはぴょんぴょん跳ねることしか。兎という身分では飛ぶことすらできなかった。咲夜はレミリア兎を優しく抱き上げた。

「あらまあ、お嬢様。こんなに可愛らしくなってしまわれて。でもお嬢様、兎はうさうさとは鳴かないように思いますが」

 そんなことはレミリアの知ったことではなかった。

「……大丈夫です、お嬢様。この通り、私にはお嬢様がお嬢様であるとわかります」
「うさうさ?」
「ええ、そうです。お嬢様は三千世界に君臨するデーモン・ロードでございますから。こんな兎になった程度のことで、お嬢様はまさか取り乱したりはされませんよね」

 ね? と語りかけるように咲夜は小首を傾げた。
 レミリアは己を恥じた。寝起きから今までの一切ことごとくの己の動揺を恥じた。
 そうだ、レミリアは吸血鬼だ。誇り高き、夜の王だ。卑猥な意味ではなく(そちらの方での王位は動き回る大図書館(夜行性)に軍配が上がる)、夜の王である。何事にも動ぜず、それでいてなお何もかもを包むほどの包容力を見せなければならない立場だ。頂点に立つとはそういうことだ。なんのためのカリスマだ。こんな時のための溢れるカリスマだろう。
 それだというのにレミリアは、寝起きということはあれ、大いに動揺してしまった。これでは自分についてくる者たちへの示しがつかない。情けなかった。たかだか兎への変態程度で動じてしまった自分自身が、こうして忠臣である咲夜に諫言を言わせてしまったそのことが。   

「大丈夫です、お嬢様。原因は知れています」
「うさっうさ!」

 マジで! 
 レミリアは数秒前の思いも忘れてその言葉に食いついていた。兎だから仕方がない。

「お嬢様が朝目覚めて発するカリスマの咆吼、『うー!』。あれが、原因にございます」

 うー、とレミリアは声に出せぬ代わりに頭の中で呻いた。
 うー、うー、うー、うー……。

「お嬢様、うさぎは兎と書き、卯とも書けるのでございます。そして卯は十二支の一つ。子丑寅……卯、う、うー、――卯ー。この一致以外の原因は、遺憾ながら咲夜には思い当たりません」

 んな馬鹿な。
 いかに幻想郷といえど、そんな馬鹿なことが許容されるというのか。いや、これは幻想ですらない。ただの荒唐無稽だ。
 うー、が、卯ー、だから、兎になった? そんなふざけたことが、笑いぐさにもなりはしないではないか。

「お嬢様!」
 咲夜はレミリア兎を抱きしめた。「どうか、どうか落ち着いてください。お嬢様、けれどしかし、これが、現実でございます……!」

 咲夜はレミリアを鏡の前へと連れて行った。瀟洒なメイドに抱かれる一匹の兎が映っていた。吸血鬼であればその姿は鏡に映ることは決してない。しかし今、レミリアは兎だった。鏡にだって映る。
 現実だった。

「うさうさ」

 それはそれとして。

「はい、なんでしょうか」

 痛い。まじ痛い。
 咲夜は鏡の前でうっとりと頬を緩めながら、レミリアを渾身の力で抱きしめていた。

「お嬢様、こんな時に言うのもどうかとは思いますが……今、お嬢様を心から抱きしめることができて、本当に、私は嬉しい思いです」

 しんみりとした声音に、レミリアのうさみみもへにょりと垂れてしまった。
 どんなに瀟洒であれ、完璧であれ、咲夜も一人の人間だ。こうしてレミリアと思う様に触れ合いたいと、心の内でずっと思っていたのかもしれない。その気持ち全てを、今までは忠心の二文字で打ち消してきたのだ。
 レミリアはまた己を恥じた。臣下の心もろくにはかれていなかった自分の視線に、思考に、反省をした。
 こうして普段と違う立場になると、見えなかったものが見えることもあるらしい。
 咲夜は絶壁じみた胸にレミリアを抱き寄せ、そのもふもふとした体毛に顔を埋めていた。

「今日が兎で、明日からもずっと兎だったらいいのに……」

 そんな末恐ろしいことまで言っている。

「もういっそ、食べてしまいたいですわ」

 微塵も冗談の色が含まれていない声音だった。それにレミリアの知りうる限り、咲夜が冗談を言うことなど滅多にない。
 レミリアは藻掻いた。端的に言ってビビっていた。逃げ出した。走った、走った。生まれて初めての優しさや温もりではなくて、微かな恐怖に怯えた。兎鍋になってしまうかもしれない自分に怯えた。兎では何もできない。何も、何も。
 そう、何もできなかった。
 レミリアは、出ようとすれば「うー!」と鳴くだけで一人でに開く自室の自動ドア(咲夜による人力仕様)へといつものように駆け込み――そのまま頭から突っ込んだ。





 気がつくと、今度のレミリアは芋だった。
 芋、である。
 もうどうしようもなかった。ベッドに横たわり、天井を見上げて、枕を芋臭くするしかない。横たわり、というか、置かれているだけではあるけれど。
 これもあれだろうか、うー、の呪いなのだろうか、とレミリアは考える。
 うー、が、芋ー、へと至った。そういうことなのだろうか。もうなにがなんだかわからない。だがしかし、現実は芋臭かった。
 その内、咲夜がレミリアの部屋へと現れたが、流石の咲夜もレミリアが芋になっていることには気がつかないようだった。咲夜はしきりにレミリアの名前を呼んだ後に、枕に安置された芋に気がついた。不思議そうに首を傾げて、それを持ち、部屋を出て、台所へと向かった。
 そして、レミリアはスイートポテトになった。
 いわゆる一つの、スイーツ、である。
 芋としての身体の半分は冷蔵され、もう半分がスイートポテトとなった。スイーツとカリスマって少し似てるかも★、と朦朧とした意識の中でレミリアは思った。
 出会うはずのないふたつの事柄の意外な類似関係を導き出せそうな気がした。やる気はなかった。芋だから仕方がない。手足なんてないし、根も茎も出ない。
 たとえ芋になろうとも、最低限、スイーツにされる自分のカリスマの奔流が少しだけ誇らしかった。もし大学芋にでもされてしまっていたら、レミリアは屈辱の中で灰になっていたかもしれなかった。
 メイド妖精に運ばれて、どうやら図書館の方へと向かっているようだった。となれば、レミリアはパチュリーに食されることになるのだろう。
 パチェになら、食べられてもいいかもしれない。そう、レミリアは思った。身体は半分にされ、色々混ぜられ、焼かれ、スイーツとなってしまった。気づくことはないだろうが、パチュリーとレミリアのなじみは深い。最愛の友とも言えるだろう。平素にこんなことを言ったことはないというのに、芋になってこんなことを思えるのが不思議だった。
 芋になってようやくそう思えたのだから、ただ己が馬鹿なだけなのかもしれなかった。レミリアは溜め息をついた。心の中で。スイートポテトに溜め息はない。
 自分が犠牲になることで、あの今にも倒れそうな本の虫の活力になることができるなら、それはなんだか少し幸せなことにすら思えた。

「パチュリー様、お茶でございます」
「ありがとう、後で頂くわ。下がってもらっていいわよ」

 果たして、レミリアはパチュリーの側へと置かれた。本が読み終わるまで手をつけるつもりはなかったのだろうが、さしものパチュリーも駄々漏れのカリスマ(芋臭い)に本をめくる手を止めざるを得なかったらしい。
 パチュリーはスイーツ・レミリアを見た。そして瞼を見開いた。わなわなと手を振るわせながら、驚いたように口に手を当てる。

「……まさか、ね」

 と、自身を落ち着けるように言ってから、レミリアへと手を伸ばした。
 口にゆっくりと、フォークを運んでゆく。
 一口含んで、パチュリーはフォークを落としてしまった。

「……そんな! そんなまさか! この味、この舌触り、そしてこの香り……嘘でしょう? 私の知ってるドロワーズの匂い……! うそ! 嘘だと、嘘だと言ってよ! ……レミィ、まさかあなただというの? どうして。いや、なんで、こんな芋臭い姿に……。あなた……まさか、私のためだなんて事はないでしょうね? 私にもっと健康的になれと、時々あなたは言っていたわね。まさかそのために、こんな身を張るなんて事をしたんじゃないでしょうね!」

 返事はない。ただの芋のようだった。
 決してパチュリーのために芋になったわけではなかったけれど、レミリアはなんだか、これはこれで満足してしまえるような、そんな気持ちになっていた。でもパチェ、あんた、私のドロワーズの匂いなんて何で知ってる。

「ふざけないで!」

 パチュリーは駆けた。走ることなどここ数百年単位でしてこなかった(夜を除く)動かない大図書館が、広い広い紅魔館を、長い長い廊下を、階段を、駆けてゆく。右手にはレミリア(スイートポテト)の載った皿を持って。

「このスイートポテトを作ったのは誰だぁっ!!」

 パチュリーはそう叫んで台所に飛び込んだ。台所では今まさに、レミリアのもう半分の身体が調理にかけられる瞬間で、パチュリーが来た驚きのままに、料理をしていた妖精メイドは芋(レミリア・半分)をさらに真っ二つにした。

「ああ、なんてことを! それを真っ二つにするだなんてとんでもない!」

 パチュリーはすがるように芋をひったくり、抱きしめた。その目には大粒の涙が溢れていた。普段は感情が枯渇しているかのようにすら見える魔女が、こんなふうに取り乱している姿に、レミリアを含め、台所にいた全員が驚いていた。

「どうしてこんなことになってしまったの? 私が本ばかり読んでいるのがいけなかったの? レミィ。ねえ、レミィ、何とか答えて。あなたは吸血鬼でしょう。芋なんかではないでしょう……! 芋の栄養なんて、私は欲しくなかったわ。私は……私は、レミィさえいれば、他に何もいらなかったのに……!」

 助けて、とパチュリーは言った。
 紅魔館、その中心よりちょっと外れた辺りにある場所で、パチュリーは芋に愛を叫んでいた。

「誰か……誰でもいいから、この芋を助けてください! ――助けてください! 早く!」
「代わりの芋を、早く誰か人里に行って買ってきなさい!」
「そういうことじゃないわよ咲夜!」



 
あけましておめでとうございます。
今年って、卯年でしたよね(意:年始に書いて没にしたものを発掘いたしました)。
紙木
http://twitter.com/siki_oriori
作品情報
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投稿日時:
2011/04/01 02:04:12
更新日時:
2011/04/01 02:08:50
評価:
3/8
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3038885
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67531.33
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0. 38885点 匿名評価 投稿数: 5
1. 1000000 奇声を発する(ry ■2011/04/01 02:09:12
読んで漸くタイトルを正しい意味で理解したww
3. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 02:29:55
スイートポテトの溜め息ってなんか素敵
4. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 08:49:13
そんなことだろうとw
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