落陽を背に

作品集: 1 投稿日時: 2011/04/01 01:51:41 更新日時: 2011/04/01 01:51:41 評価: 1/3 POINT: 1008110 Rate: 50406.75

 

分類
村紗
白蓮
シリアス
今年は時間がないので昔ブログにこっそり書いたやつを転載します。
白蓮とムラサの過去話となっています。


以下興味のある方はスクロールしてください↓↓











































落陽を背に










ようやく掴んだその手はひどく暖かくて、なんだかもう訳がわからなかった。
苦しみを与えてやるはずが、引きずり込むつもりが、反対に手を握り返されて、一緒に行こうと笑いかけられた。
この僧侶は本当に馬鹿だと思った。
このままいけば死ぬというのに。
海の底に沈んだまま、二度と戻ってこれないというのに。

気が付いたら、怖くなって、私が手を離していた。
僧侶は残念そうに、私のほうを見ていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

ぞくりとした。

ここまでの恐怖を感じたのはあのとき以来だ。
何故だろう。けれど、私の手を握ってくる奴なんて、今まで見た事がなかった。
大概の奴らは泣き叫んで、助けてといいながら苦悶の表情と共に海の底へ沈んでいった。
それでよかった。それしかなかった。それ以外に、心を満たすものなんてなかった。

なのに。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

手を握る。
あの僧侶が握った手を握る。
自分のそれは、体温なんてまるで感じられないぐらいに冷たかった。

ああ、いやだいやだ、考えたくない。
私はもう、とっくのとうに。

とっくのとうに全部捨てたと思っていたのに。



「貴方はこの舟を探していたのでしょう」

あの僧侶の声がする。
水面から顔を出せば、僧侶と、輝く一つの船。

「だから、違う舟は全て転覆させた」

僧侶の声が、耳鳴りのように頭の隅に響く。

「これは特殊な舟なので、私たちに操ることは出来ません」

私ははるか昔のことを思い出していた。
幸せだったあの頃を、思い出していた。

「この舟を操るのは貴方です」

海の水がやけにしょっぱい。
しょっぱくてしょうがない。
こんなにしょっぱかったっけって思うぐらいしょっぱい。
何故だか全くわからない。





あの日、あの嵐の中、私は必死になにかを掴もうとしていた。
けれども望んだものは手に入らなかった。
いつしか海に沈むようになったけれど、掴めども掴めども水ばかりだった。
やってきた人間たちは、私から逃れようとした。
やってきた舟たちも、私から逃げようと必死だった。
だから私は引きずり込んでやった。全て海の藻屑となってしまえばいいと思った。

一緒に来てくれるなら、私はもう、ここで一人ぼっちになることもないから。
ここは冷たくて暗くて、一人でいるには辛すぎるから。
だから、一緒に行こうとした。海の底まで行こうとした。そんな風にしてこの海の中、ずっと一人で生きてきた。
もう、何年も。






「うっ…ひっくっ……」
「あら、泣いているのですか」
「な、泣いてなんかいないわよ!うぅっ……」

舟の上に上がった私は不覚にも僧侶に慰められていた。
これでも人々からものすごく恐れられていたはずなのに、全くもって不本意だ。
おまけにこの僧侶ときたら、ずうっとニコニコしている。
こっちのことを馬鹿にしているんだろうか。

「ほらこれで、体を拭きなさい。貴方、すごく冷えているわよ」

ばさりと大きな布を渡される。幽霊相手に何を言っているんだろうか、この僧侶は。
しかし、牽制しようにも相手は相変わらずニコニコ顔で。のれんに腕押しとはまさにこのことだった。
仕方なく布を受け取る。体に染み付いた水をふき取る。何十年か振りの行動だった。

「……」

大きな布に身を包む。
そうして辺りを見回す。
あの頃と何も変わらない舟。甲板も舵取り部屋も帆も全てあの頃のままだった。

「落ち着いたかしら」
「……別に」
「そう、ならいいんだけど」

先ほどまでいた海を見つめる。
深く、青く、そして黒い。
それに比べてこの舟の上は、なんてあたたかいのだろう。

「落ち着いたら、舟を動かしてね」

僧侶の声がした。
先ほどまで、耳鳴りだと思っていたその声が、やけに心地よく感じた。

「この舟は、貴方にしか動かせないのだから」

僧侶に見られないように、海のほうを向く。
受け取った布をぎゅうと掴む。
夕日がもうすぐ落ちようとしていた。
雨が降っているはずもないのに、海の中でもないのに、しょっぱいものが、頬を流れていた。

「泣いているの?」
「……っ!いないわよっ!馬鹿僧侶!!」
「馬鹿僧侶じゃないわよ、ちゃんと名前があるのよ」
「うっさいうっさい!あんたなんか海の底に沈んでしまえ!」

本当に、訳がわからない。もう流すことなんてないと思っていたのに。
この舟が、この僧侶の手が、暖かすぎるからいけないんだ。
私はとっくのとうに冷え切っていて、訳がわからなくなっているんだ。
きっとそのせいだ。

「駄目よ、ちゃんと岸まで送って頂戴な」
「うぅっ、ぐずっ、わ、わかっているわよ!あっちいけ!」
「素直じゃないわねえ」


舟が動き出す。
私を乗せて動き出す。
沖から岸へ、動き出す。
夕日のなか、動き出す。


そしてその日、私は暗くて冷たいその場所に、ようやくさよならを告げたのだった。















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あとがき

捏造過去でした。
船長テラカワユスハアハア。





みなさんエイプリルフールがんばって下さいね。
sirokuma
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2011/04/01 01:51:41
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0. 8110点 匿名評価 投稿数: 2
2. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 19:38:26
子供っぽい船長もなかなか・・・
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