- 分類
- 魔理沙
- ルーミア
- アリス
- パチュリー
- 霊夢
- 萃香
- 白蓮
- 命蓮寺組
- 元ネタはお察し
その流れ星を、霧雨魔理沙はルーミアと一緒に、箒の上で見ていた。
「お? 見ろ、ルーミア」
「おー?」
夜空を切り裂いて、幾筋かの光が流れ落ちていく。燃え尽きる前の一瞬の、星々の煌めき。
「流れ星だ。あんなまとめて一気に落ちてくるのなんて珍しいな」
「そーなのかー。きれーだねー」
「だろ?」
目を輝かせて流れ星を見上げるルーミアに、魔理沙は笑う。
やがて流れ星は、夜の闇の中に溶けるように消えていく。
その残滓を箒の上から見送って、魔理沙は傍らのルーミアの頭を撫でた。
「ちゃんと願い事、かけたか?」
「う?」
「流れ星に願い事をかければ叶うって、前に教えただろ」
「あ……魔理沙みたいな魔法使いになれますようにー」
「もう遅いっての」
苦笑する魔理沙に、「そーなのかー」とルーミアは肩を落とす。
流れ星はもう消え失せて、夜空には暗く闇が広がるばかり。
「だいたい、私なんてそんなに大した魔法使いじゃないぜ?」
「ううん、魔理沙の魔法、きれいだよ」
「綺麗ならいいってもんじゃないんだけどな」
目を細めて、魔理沙はルーミアの髪をもう一度くしゃりと掻き乱した。
ルーミアは魔理沙を見上げて、えへへ、と笑う。
「魔理沙みたいになりたい」
「……ま、お前がそうしたいってなら止めないけどな」
「うんっ」
ぎゅっと、ルーミアは魔理沙にしがみつく。
小さな温もりを背中に感じて、魔理沙は目を細めて箒を握り直した。
「魔理沙―」
「ん?」
「大好き」
「……よせやい。帰るぞ、ルーミア」
帽子を目深に被り直し、魔理沙は星屑を撒き散らして飛んでいく。
夜空にはもう、流れ星が煌めくことはなかった。
魔法少女ラジカルまりさS's
第1話「はじまりは突然に、だぜ」
「じゃ、ルーミア。基本の確認だ」
「うん」
魔法の森、霧雨邸の庭。魔理沙はミニ八卦炉を手に、ルーミアと向き合っていた。ルーミアの手にも、ミニ八卦炉が握られている。魔理沙お手製の、ルーミア用の複製品だ。
「魔力を手元に集める感覚は解ってきたか?」
「んー……と、こうー?」
ルーミアの手に握られたミニ八卦炉が、ぼんやりと発光する。だいぶ漏れ出てしまっているが、まあ今の段階ならこんなものだろう。まずは魔力を操る感覚に慣れるところからだ。
「よーし。じゃあ、そいつをミニ八卦炉を経由して、光に変えてみるか」
「ひかり?」
「そう、光だ。そうすりゃ、暗くなっても灯りに困らないしな」
「暗くするー?」
「それはいい。今はこっちだぜ」
闇を展開しようとしたルーミアを押しとどめて、魔理沙は手にしたミニ八卦炉から光を放つ。ランタンぐらいの小さな光が、薄暗い魔法の森の中に踊った。おー、とルーミアは声をあげる。
「もっと複雑な制御にゃ、相応の術式が必要だが――このぐらいなら単純だからな。イメージだけでもなんとかなる」
「いめーじ?」
「そうだ。魔法を形にするのは、《イメージ》と《言葉》だぜ。まず、どんな形にその力を発揮したいのかを思い描く。それを、相応しい言葉に封じたのが術式だ」
「う?」
「ま、要するに、魔力に対して命令するんだ。光れー、ってな」
首を傾げるルーミアに、魔理沙は苦笑して単純な言葉で言い直す。自分が自然に行っていることを、言葉に直して伝えるのは難しい。二本の足で歩く動作や、呼吸をすることを意識することが困難であるように。
「ほら、やってみろ。こんな感じの光をイメージして」
「んー……」
「光れっ、てな」
「ひかれー!」
ぼすん。光の代わりに、ルーミアのミニ八卦炉から噴き出したのは煙だった。変換に失敗した魔力が不完全燃焼を起こしたのだろう。
「うー? ……しっぱい?」
「ま、最初は誰でもそんなもんだぜ」
苦笑して、魔理沙はルーミアの頭を撫でる。イメージを言葉に乗せ、術式として成立させるにはコツがいるが、そのコツは自分で掴むしかない。それまではひたすら練習あるのみだ。
「練習すれば、お前もそのうち出来るようになるさ」
「ほんとー?」
「ああ、本当だ。千里の道も一歩からだぜ」
「がんばるっ」
「よーしその意気だ。――でもあんまり失敗すると八卦炉が壊れるし、お前の魔力にも限度があるからな。疲れてきたらそこまでだ。気を付けろよ」
こくこくと頷くルーミアの頭を、もう一度くしゃくしゃと撫でてやる。気持ちよさそうに目を細めたルーミアに、「よし、もう一度だぜ」と魔理沙は背中を押した。ルーミアはミニ八卦炉を握り直す。
「ひ、か、れー!」
ぼふん。
しばらく霧雨邸の庭からは、そんな声と白煙があがり続けていた。
◇
紅魔館付属大図書館は、幻想郷でも最大の蔵書規模を誇る図書館だ。
主が魔法使いであることもあって、特に魔導書の蔵書数は他に類を見ない。幻想郷では手に入らないような貴重な魔導書が、平然と床に積み上げられて埃を被っていたりする。
「――はい、借りていた本。助かったわ」
アリス・マーガトロイドが差し出した本を、パチュリー・ノーレッジは無言で受け取った。小悪魔がさらに本を受け取り、棚の方へ運んでいく。
「本を返してくれるだけで、貴女が素晴らしい利用者に思えるわ、アリス」
「また持って行かれてるの? 魔理沙に」
パチュリーの溜息混じりの言葉に、アリスは肩を竦める。
アリスは、魔法の森に居を構える魔法使いだ。パチュリーの住むこの図書館には、よく魔導書を借りに訪れる立場である。
そしてもうひとり、頻繁にこの図書館を訪れる魔法使いがいる。その少女、霧雨魔理沙は、借りていった本を一向に返そうとしないのだという。泥棒ではないかと咎めても、「死ぬまで借りてるだけだぜ」と一向に悪びれる様子もないのだとか。
「出入り禁止にでもしたら?」
「そうしたら忍び込むだけよ、魔理沙は。いちいち人間の子供相手に目くじら立てたって仕方ないわ」
パチュリーの答えに、アリスは鼻を鳴らした。どこまで本心なのやら。
と、「ああ、そうそう」とパチュリーは声をあげ、ポケットから何かを取り出した。アリスは目を細める。――紫色の宝石だった。
「アリス、最近、これと同じようなものを見かけなかった?」
「宝石? ……じゃないわね。もしかして、魔力結晶?」
「そう。怖ろしく高純度で、極めて厳重に封じられた魔力の塊」
パチュリーが差し出した宝石を手のひらに載せて、アリスは見つめる。ぼんやりとアリスの手の上で発光する紫の宝石。一見したところではアメジストのようだが、確かにこの輝きは鉱物のものではない。
「どうしたの、こんなもの。自然物じゃないでしょう」
こんな魔力の結晶が自然に形勢されることは通常考えられない。だが、このレベルの魔力結晶を精製する技術のある魔法使いの心当たりも、この幻想郷には――少なくともアリスには無かった。
「拾ったのよ。うちの庭で」
「庭で?」
「この前、妙な流れ星があったでしょう。見たかしら?」
「ああ――あったわね」
アリスは頷く。一週間ほど前、夜空に奇妙な流れ星が流れたのを、アリスはたまたま目撃していた。まるで中空で何かが爆ぜたように、散らばるように流れていった幾筋かの光。
「あのひとつが、うちの庭に落ちてきたのよ」
「……それが、これだっていうの?」
「そういうこと」
もう一度、アリスは魔力結晶を見つめて、それからパチュリーに返す。
「どうするの、それ」
「とりあえず、中に封じられている魔力がどんな類のものなのかを解析してみようと思うわ。あと――あの流れ星のひとつひとつが、この魔力結晶と同じものだとしたら」
「……他にも同じような結晶が、どこかに散らばっている?」
「その可能性は高いわ。おそらくこれは、もっと大きな結晶の一部よ。何かの拍子に砕けて散らばってしまったんでしょうね。――興味はない?」
アリスは肩を竦める。――要するに、他の破片を探してきてくれないか、という相談だったらしい。出不精なこの魔法使いらしい提案である。
「興味はあるけど。――他人のために探してあげるほど暇でもないの」
「まあ、そうでしょうね。でも、中の魔力を利用するにはこの封印をどうにかしないといけないわ。このサイズでこの純度よ。全部集めたらいったいどれほどの魔力で、それをここまで厳重に封じるなんてどんな術式なのか。とても興味深いわ」
「――要するに、別々に集めるぐらいなら一箇所に集約しようってことね」
「そういうこと。どうせ自分のために探すつもりだったんでしょう?」
お見通しか。アリスは息を吐いた。
まあ、知的好奇心は魔法使いたる者、無い方がおかしい。探求心を失った者は、魔法使いとして死んだも同然である。
「何か見つけたら相談するわ。――それじゃ、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
パチュリーに手を振って背を向けながら、アリスは考える。
――高純度の魔力結晶か。由来がどんなものであれ、魔力の塊なら使い道はいくらでもある。
さて、あの魔法使いはこのことを知っているのだろうか? あるいはあの巫女は?
ふとアリスは、ふたりの人間の顔を思い浮かべた。
◇
魔理沙はさっきから、難しい魔導書を真剣な顔で読みふけっている。
その横顔を見上げながら、ルーミアは暇を持て余していた。キノコを煮込んだり、実験しているときは見ていても面白いけれど、魔理沙が本を読んでいるだけのときは退屈だった。魔理沙の読むような魔導書は、まだルーミアには難しくて読めない。
「魔理沙―、たいくつー」
「んー」
生返事しか返ってこない。むー、とルーミアは頬を膨らませる。
魔法の練習も、一日にやる時間は決まっているから、今日はもう特にすることもないのだ。魔理沙が図書館から借りてきてくれた本も読み飽きてしまった。うー、と唸りながらルーミアはソファーに寝そべる。
魔理沙にも自分の研究があることぐらい解っているけれど、それはそれとして少しぐらいは一緒に遊んでほしいのである。
「暇なら外に遊びにいったらどうだ?」
「う? いいの?」
「陽が沈む前には帰ってこいよ」
本に目を落としたまま、魔理沙はそう言う。――つまり、一緒に遊んではくれないのか。ルーミアは睨むが、魔理沙は相変わらず魔導書に夢中だ。
「じゃあ、いってくるー」
「ああ」
最後まで生返事。ふんだ、とルーミアはそっぽを向いて家を出た。
ふわふわと飛びながら、ルーミアは魔法の森を抜けて野道に出た。人里から、妖怪の山の麓へ向かう道だ。通るのは霧の湖に向かう釣り人ぐらいなので、今は誰の姿も見かけない。
人里にはあんまり近付くなよ、と魔理沙に釘を刺されていた。魔理沙に怒られるのも嫌なので、湖の方に行こうかとルーミアは視線を巡らし、
「おー?」
その視界に、小さな影を捕らえて、ルーミアは声をあげる。
ルーミアよりも幼い外見の、人間の少女だった。長い金色の髪は、根元の方が薄く紫に染まっている。少女はきょとんとした顔でルーミアを見上げた。
「ねえ、あなたは、食べてもいい人間?」
ルーミアはふわふわと少女に近付き、声を掛ける。
少女はぱちくりと目をしばたたかせると、首を横に振った。
「あなたは妖怪さん? 私、食べてもおいしくないよ」
「そーなのかー?」
「食べるっていうならやっつけちゃうよ。なむさん!」
びっ、と少女は指をルーミアに突きつける。今度はルーミアが目をしばたたかせる番だった。――魔理沙と同じぐらい変な人間だ。
「なむさん?」
「なむさん!」
「そーなのかー」
なんだかよく解らないままルーミアが頷くと、何が面白いのか少女はころころと笑った。
「面白い妖怪さん」
「変な人間だねー」
「変じゃないよ。わたし、聖白蓮。みんなは聖って呼ぶの」
「ひじり?」
「うん」
変な人間は、変な名前だ。ルーミアはそんなことを思う。
「私は、ルーミア」
「るーみゃ?」
「ルーミア」
「るーみあ。わたしのこと食べる気? なむさん?」
「んー、ひじり、面白いから食べない」
「ほんと? じゃあ、遊ぼ。みんな遊んでくれなくてたいくつなの」
「おー? 私もなのかー」
ルーミアが頷くと、聖は嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、ルーミアの手を握った。――やっぱり変な人間だ、とルーミアは思った。
「聖、おーい、どこだい?」
鬼ごっこや隠れんぼでひとしきり遊んで、くたびれて草むらに座り込む頃には、陽もだいぶ傾いていた。ぼんやりルーミアが夕暮れに向かう空を見上げていると、不意にそんな声が響く。
「あ、ナズーリンだ」
傍らで聖がそう言って、立ち上がると声の方へ駆けていった。
「ああ、こんなところにいたのか。駄目だよ聖、勝手に外に出たら」
声の主は、大きな耳と長い尻尾を揺らしたネズミの少女だった。ナズーリンと呼ばれたネズミは、駆け寄った聖にかがみ込んで眉を寄せる。
「それに、人里から離れたら危ないって何度も言っているだろう。怖い妖怪がたくさんいるんだから」
「う……ごめんなさい」
「まあ、何ともなかったならいいんだけどね」
ナズーリンは苦笑して、聖の頭を撫でる。と、こちらに気付いたか、ナズーリンは顔を上げた。ルーミアはきょとんと首を傾げる。
「……妖怪?」
警戒心を露わに、ナズーリンは先の曲がった奇妙な棒を握った。
「ちがうの、ナズーリン。ルーミアは、おともだち」
「……お友達? あれは妖怪だろう」
「妖怪さんだけど、おともだちなの」
訝しげに目を細めて、ナズーリンはこちらを見つめる。ルーミアも頷いた。聖は一緒に遊んでくれたから、友達だ。食べたりなんかしない。
「全く、キミは相変わらずだな。……ルーミアだったか? この子を危ない目に遭わせたら、うちの家族が黙っていないからな」
「ナズーリン!」
「あ、痛い痛い、ごめんよ聖、尻尾を引っぱらないでくれ」
聖が頬を膨らませて、ナズーリンの尻尾を引っぱる。ナズーリンは困り顔で肩を竦めると、それから聖を抱き上げた。
「それじゃあ帰るよ、聖。みんな心配している」
「ん……ルーミア、ばいばい。また遊ぼうねー」
「お別れなのかー。ばいばいー」
手を振った聖に、ルーミアも手を振る。ナズーリンは呆れたように息を吐きながら、聖を抱いて人里の方に歩いていった。
その姿を見送って、それからルーミアはカラスの鳴き声に顔を上げた。空はもうすぐ陽が沈もうとしている。――早く帰らないと、魔理沙に怒られる。慌ててルーミアは、魔法の森の方へ踵を返した。
◇
「ああ、聖! 良かった、無事でしたか」
家に帰ると、寅丸星が心配顔で駆け寄ってきた。ただいま、と聖が答え、ナズーリンは星に聖の身体を手渡す。星は聖を感極まった様子でぎゅっと抱きしめた。相変わらず大げさだ。
「全く聖も聖だけど、ご主人もなるべく目を離さないでおくれよ。私だって四六時中気を配っていられるわけではないんだ」
「うう、すみません……聖、怪我はありませんか?」
「へいきだよ。それよりね、星。おともだちができたの」
「お友達ですか?」
「ルーミアっていうの。何かあると、そーなのかー、って言うんだよ」
聖は両手を広げて無邪気に笑った。星は怪訝そうにこちらを見やった。
(……どこの子ですか?)
(幼い妖怪だったね。話は通じるようだったけど)
(そうですか……やっぱり、聖ですね)
小声のやりとりに、聖が不思議そうにふたりを見上げた。何でもありませんよ、と星は笑って、聖の頭を撫でると、地面に身体を下ろす。
「ところで聖、今日の晩ご飯は何がいいですか?」
「んー、はんばーぐ!」
「はい、じゃあ今日は聖の好きなハンバーグにしましょう」
「……相変わらず甘いね、ご主人」
いつも通りのやりとりに、やれやれとナズーリンは肩を竦めた。
それから、ふと聖はきょろきょろと視線を巡らす。
「ムラサは?」
「ああ、ムラサは一輪と一緒にちょっとお出かけ中です。晩ご飯までには帰ってきますよ」
「……ムラサたち、いそがしいの?」
少し寂しげな顔をして、聖は言った。はっとナズーリンと星は顔を見合わせる。――寂しい思いを、させてしまったか。そうしないように、気を配ってはいたのだけれど。
「大丈夫ですよ。確かに、今はちょっとムラサたちは立て込んでますが、すぐに終わらせて帰ってきますから。そしたらまた、ムラサ特製の美味しいカレーを作ってもらいましょう」
「うんっ」
星の言葉に、聖は笑う。その姿を見ながら、ナズーリンは目を細めた。
(……私たちが、聖に心配をかけてしまっていますね)
(仕方ないさ。あのアクシデントはどうしようもなかったんだ。……大丈夫、すぐに全部見つかるさ。そうだろう?)
(そうですね――)
(夜には皆で出るよ。……聖が眠ったらだね)
(はい、解っています)
――そんなナズーリンと星の会話に、聖が気付くことは無かった。
◇
博麗神社の境内に、夕暮れ前の傾いた陽光が長い影を落としている。
「ふいー、仕事の後の一杯は格別だねえ」
「別に大した労力も使ってないでしょーが」
縁側に腰を下ろし、足をぶらぶらさせながら杯を傾ける鬼の少女を見下ろして、博麗霊夢は肩を竦めた。そんな霊夢の言葉に、伊吹萃香は顔を上げて頬を膨らませる。
「手抜きみたいに言わないでおくれよ。効率がいいから私にやらせてるくせにさー」
「はいはい、ご苦労様」
息をついて、霊夢は萃香が萃めた境内の塵を見下ろす。疎と密を操る萃香の力は、特定のものを一カ所に萃めることができるので、境内の掃除にはうってつけなのだ。
秋の落ち葉ならたき火にして焼き芋でも作るところだが、あいにく今はそんな季節でもない。まとめて捨てないとねえ、と思いながら塵を見下ろしていると、不意にそれが目についた。
「ん?」
塵の中から掻き出したそれは、紫色に淡く光る石だった。
「霊夢、どしたの?」
「ちょっと萃香、何よこれ。宝石?」
霊夢のかざした石に、萃香は目を細めて、不思議そうに首を振る。
「私に聞かれても知らんよ。境内に落ちてたのかな?」
「なんでうちの境内に宝石なんか落ちてるのよ?」
「だから知らんってば」
萃香は宝石には興味が無いのか、肩を竦めるとまた杯を傾け始めた。霊夢は手のひらでぼんやりと光る紫の石に、ひとつ鼻を鳴らす。
宝石なんか持っていたってお腹はふくれないが、香霖堂に持って行ってみれば何かよさげなものと交換できるかもしれない。いや、ため込んでるツケの支払い扱いで取り上げられるだけになるかもしれないけれど。
どうしたものか、と考えていると、不意に境内に足音がした。振り返ると、金髪の魔法使いの姿がある。ただし今日は白黒ではなく、七色の方だった。
「ごきげんよう、霊夢」
「アリス。珍しいわね、何か用?」
「用ってほどじゃないけど――」
来客、アリス・マーガトロイドは、霊夢の手に載せられた紫の光に目を留める。
「霊夢、それ」
「ん、これ? あんたにはあげないわよ」
霊夢の言葉に構わず、アリスはこちらへ歩み寄ると、紫の石に目を細める。
「……同じね」
「同じ?」
アリスは何事か頷いて、再び霊夢に向き直る。霊夢はわけもわからず首を傾げるしかない。
「霊夢、これどこで手に入れたの?」
「萃香が萃めたゴミの中にあったのよ。境内のどこかに落ちてたみたいだけど」
「なるほど、ここにも、ね。……何なのかしら、いったい」
「いや、それはこっちの台詞なんだけど」
萃香と顔を見合わせて、霊夢は肩を竦める。「ああ、ごめんなさい」とアリスはそこで説明不足に気付いたか、紫の石について、かいつまんで話し始めた。
――要するに、この紫色の石は、何日か前に魔力結晶の破片が幻想郷に降り注いだ、その一欠片ということらしい。
「で、結局何なのよ?」
「さあ。この魔力結晶の元がどこにあったのか、誰が持ち出して、なんで散らばってしまったのかも解らないんだから仕方ないでしょ」
アリスはため息混じりに言う。「きな臭いわねえ」と霊夢は眉を寄せた。
話を聞くほど、なにやら妖しげな気配が手の中の石から感じられてくる気がする。
「巫女の勘?」
「めんどくさいことになりそうな気がするわ」
魔力結晶が幻想郷に散らばっているだけなら、別に異変でも何でも無い。だが、この魔力結晶の元が何であるかによっては、異変に繋がる可能性はある。
元来、可能性の時点で動くのは霊夢の性には合わない。幻想郷の異変など、だいたいは起こってから原因をぶん殴りに行けば間に合うのである。――のだが。
「アリス、あんたはどうするの?」
「とりあえず、同じものがあちこちに散らばってるはずだから、回収してみようと思うわ」
「ふうん」
さて、首を突っ込むべきか否か。退屈していたのは事実であるし、何しろ昨年、二度にわたる神社倒壊という災難に見舞われたばかりである。あればかりは事後に犯人をぶちのめしたところで、萃香がいなければ結局神社は再建されなかったわけで。
「魔理沙は?」
「さあ」
霊夢の問いに、アリスはそっけなく答える。魔理沙に教える気は無いらしい。
「じゃ、私は香霖堂に行ってみようかしらね」
「香霖堂?」
目をしばたたかせたアリスに、霊夢は肩を竦める。
「霖之助さんなら、使い道は解るかもしれないでしょ。使い方は解らなくても」
「ああ――そうね」
魔法の森の入り口にある香霖堂の店主、森近霖之助の能力は道具の鑑定だ。なんだか解らないものが手に入ったなら、とりあえず彼に聞いてみるのが早いだろう。
「魔法の森にも散らばってるかもしれないわね。――私も付き合うわ」
「はいはい。じゃ、ちょっと出かけ――」
「ちょっとちょっと、私のことガン無視することないじゃんさー」
不満げな声をあげたのは萃香だった。話に入っていけないのにイライラしていたようで、露骨に睨むような顔で霊夢を見上げる。霊夢はひとつ首を振った。
「あによ」
「散らばってるものを萃めるんだったら、私の出番じゃん?」
にしし、と笑って萃香は言う。まあ確かに、萃香の能力はそういうものだが。
要するに、萃香も退屈しているのは一緒なのである。
「はいはい、じゃあ三人で行きましょ。とりあえず香霖堂へ、ね」
「おっけー」
「ってアリス、なんであんたが仕切ってんのよ」
そんなことを言い合いながら、霊夢、萃香、アリスの三人は、博麗神社の庭を飛び立った。
後に残された落ち葉の山が、風に飛ばされて崩れていくのを、見る者はいない。
◇
「……ありゃ、キノコ切らしてたか」
戸棚を漁って、魔理沙は顔をしかめた。晩ご飯を作ろうと材料を探していたのだが、補充を忘れていたようだ。
まあ、キノコならこの魔法の森にいくらでも生えているから、取ってくればいいだけなのだが――ルーミアがまだ帰ってこない。まあ、鍵を掛けずに出掛けたところで、誰が泥棒に入るわけでもないが――。
「ルーミアの奴、どこで何やってんだか」
外に遊びに行ったきり、帰ってこない同居人。陽が沈むまでには帰れよ、と言ったはずだが。もうすぐ陽も沈む。
「……何かあったんじゃなきゃいいが」
ぽりぽりと頭を掻いて、魔理沙は帽子を手にとって被り、箒と籠を掴む。キノコを取ってくるついでにルーミアを探そう。じっとしていても落ち着かないし、晩ご飯も作れない。
さて、行くか――と玄関の扉を開け、外に出ようとしたところで、
「あ、魔理沙、ただいまー」
ちょうどそこに、ルーミアがいた。魔理沙は思わず目を見開く。
「なんだ、帰ってきたか。探しにいこうかと思ったとこだったぜ」
「まだお日さま沈んでないよ?」
「それもそうだな。おかえりだぜ」
「えへへ、ただいまー」
苦笑して、魔理沙はルーミアの髪を撫でる。ルーミアはくすぐったそうに笑った。やれやれ、と魔理沙は小さく息をつく。杞憂で何よりだ。
「っと、そうだ。悪い、ちょっとキノコ切らしたから取ってくるぜ」
「きのこ?」
「ああ、だから留守番しててくれないか。晩飯はもう少し待ってな」
「ん、わかったー」
頷いたルーミアの髪をくしゃりと撫でて、「よろしくな」と魔理沙は箒に跨った。キノコの群生地は少し離れている。飛んでいった方が速い。
「いってらっしゃいー」
ルーミアの声に送られて、魔理沙は淀んだ魔法の森の空気を切り裂いて飛んでいく。
◇
陽が沈み、空は夜の闇に包まれていく。
薄闇に閉ざされていく幻想郷の空。そこから、魔法の森を見下ろす影がふたつあった。
「たぶん、このへんだと思うんだけどなぁ……」
村紗水蜜は、鬱蒼と繁る木々を見下ろして苛立たしげにそう呟く。
「見つからない?」
雲居一輪の問いかけに、水蜜はひとつ首を傾げた。
「この森一帯が、ぼんやり魔力に覆われてて、どれがどれだか。……やっぱり、探し物はナズにゃんの仕事だって」
「仕方ないわよ。ナズーリンひとりに任せられる数じゃないし、扱いを間違えたら大変なことになるし」
「解ってるってば。このへんにいくつか落ちたはずなんだけどなぁ」
「手分けして探しましょう。私は向こうの方を見てくる」
「了解。晩ご飯までには見つけて家に帰ろ、いっちゃん」
「姐さんを寂しがらせるわけにはいかないものね」
苦笑し合い、それから一輪は宙を蹴って飛び立った。それを見送り、水蜜は再び眼下の森に神経を研ぎ澄ませる。
魔法の森に満ちる魔力。だが――あれの放つ魔力の気配は必ずどこかにあるはずなのだ。その色さえ見つけられれば――。
「……! 紫の光――みっけ!」
視界の先、木々の合間からぼんやりと、紫の光が漏れているのを見つけた。あんな光、自然のものではない。だとすれば――あそこだ。
巨大な碇を担ぎ直し、水蜜は宙を蹴ってその光へ向かう。
その姿を見送る者は、誰も居ない。
◇
「大漁、大漁っと」
森の奥、倒れ腐った巨木には、今日もキノコが群生していた。どれだけ取ったところで、数日もすればこいつらはまた生えてくる。二週間分ぐらいを一気に籠に詰め込んで、魔理沙は満足げに頷いた。
さて、早めに戻って、腹を空かせてるだろうルーミアに晩飯を作ってやらないと。そう考えながら、魔理沙は箒に跨ろうとして――それに気付いた。
「うん? ……なんだありゃ」
キノコの群生する倒木の、空洞と化した幹の中から、ぼんやりと紫色の光が漏れている。発光キノコかと思ったが、紫に光るキノコは覚えがない。
訝しんで覗きこむと、そこには場違いなものが転がっていた。
「……宝石? いや、違うな」
紫色に輝く石ころのようなものだった。宝石に見えるが――自然に放っているこの光は、魔理沙も見慣れた光。魔力光だ。
「魔力結晶か? こんなもんが何でここに――」
次の瞬間。
――頭上の木々が、風もないのに大きくざわめいた。
魔理沙は顔を上げる。ざざざざっ――と音ともに、木々の葉が散らばった。何かが来る。魔理沙は咄嗟にミニ八卦炉を手に身構え、
「撃沈、アンカァァァ――ッ!!」
「んなっ――」
鬱蒼と繁った木々の枝を突き破って現れたのは、巨大な碇を振りかぶったセーラー服姿の少女。細腕に不釣り合いな碇を、思いっきり剣呑な表情でこちらへ向かって――投げつける!
「うおおっと!」
咄嗟に後方に転がって魔理沙は碇を避ける。地面に深々と突き刺さった碇の姿に、思わず魔理沙は冷や汗を拭った。――何だ何だ、いきなり。
混乱する魔理沙の眼前、碇の元に降り立ったセーラー服の少女は、その巨大な碇を平然と地面から抜いて担ぎ直すと、こちらを睨み据える。
おいおい、何がどうなってやがる。魔理沙も身構えながら見つめ返した。
「いきなり襲いかかられる覚えはないぜ?」
「――それを渡しなさい。大人しく渡してくれれば悪いようにはしないわ」
魔理沙の手に握られた紫の結晶を見やって、セーラー服の少女が言う。こいつが目当てか。魔理沙は眉を寄せる。
「いきなりそんな物騒なもん投げつけておいて、悪いようも何も無いぜ」
「怪我をするのと黙って渡すのとどっちがいいかって聞いてるの」
「どっちも御免だな!」
魔理沙は懐からスペルカードを取り出した。スペルカードとは、魔力とその発動術式を封じた魔法のカード。詠唱抜きで魔法を放てる便利なマジックアイテムである。
そのカードをミニ八卦炉の裏に貼り付け、魔理沙は構える。
「――魔符『スターダストレヴァリエ』!」
《StarDust Reverie》
魔理沙の言葉に、ミニ八卦炉が無機質な音声で応える。次の瞬間、辺り一面にばらまかれたのは色とりどりの星屑。周囲に無節操に星屑をばらまくだけの魔法だが、逃げるときの足止めには丁度いい。
「三十六計逃げるにしかずっ、とくらぁ」
魔力結晶をポケットにしまって、魔理沙は箒に跨る。何だか解らないが、この魔力結晶が貴重なものなら、こんな面白そうなもの尚更渡すわけにはいかない。幻想郷最速のスピードで逃げるが勝ちである。――ルーミアも家で待っていることだし。
「じゃあな――」
言い残して、魔理沙は箒で飛び立ち――だが、背後を振り返った瞬間、思わず「うげ」と変な声が漏れていた。
セーラー服の少女が、手にした柄杓を振るう。瞬間、少女の周囲に展開した光弾が、魔理沙のばらまいた星屑とぶつかり合って打ち消し合った。ばらまき弾はばらまきで相殺ってか――と、魔理沙が考える間もなく。
「――ファントムシップハーバー!」
再び、少女が背中の碇を振りかぶって――こちらに投げつける!
「うおぉっ――!?」
背後から物凄いスピードで迫った碇が、魔理沙の跨った箒の穂の部分に食い込んだ。箒が衝撃にバランスを崩す。魔理沙は箒にしがみつくが、後ろに重い碇が食い込んだ箒は地面を抉り、そのまま魔理沙ごと派手に転がった。
「いてて……」
したたかに打ちつけた後頭部を押さえて魔理沙は起きあがる。と、すぐ目の前に迫る影。見上げれば。碇を構えてセーラー服の少女が、こちらを冷たい目で見下ろしている。
「渡しなさいって言ってるでしょ」
「お断りだぜ。――私の箒、台無しにしてくれやがって」
こうなればこっちも意地だ。ミニ八卦炉を眼前に翳す。一瞬身構えたセーラー服の少女の顔へ――光を放った。
「ッ――」
威力も何もないただの光だ。今、ルーミアに教えている、発光させるだけの一番シンプルな魔法。だが、それでも相手の視界を奪うには充分。
少女がよろめいた隙に、魔理沙は立ち上がり、飛びしさって相手から距離を取る。接近戦はこっちの流儀ではない。あくまで向こうが暴力的に迫ってくるなら、こっちはこっちの流儀で撃退するまでだ。
スペルカードを取り出す。とっておきの一枚。霧雨魔理沙の必殺技。こいつで、全力全開、吹っ飛ばしてやる!
「いくぜ――」
視界を取り戻した少女に向かって、魔理沙はミニ八卦炉を構え、スペルカードを貼り付けた。少女が魔力の気配に顔を歪めるが、もう遅い。
「――恋符『マスタースパーク』!!」
《Master Spark!!》
轟、と唸りをあげて、光の塊がミニ八卦炉から吐き出された。その奔流は極太のレーザーとなって、セーラー服の少女を飲みこもうと迫る。
避けようがない。これで決まりだ――と、魔理沙は確信し、
「――シンカーゴースト」
だが、次の瞬間。
マスタースパークの射線上から、唐突に少女の姿が掻き消えた。
「なっ――!?」
何にも当たらずに森の中を切り裂いて消えていくマスタースパーク。狼狽して魔理沙は周囲を見回す。どこだ、どこへ消えた――?
ブゥン、と微かな音。背後。気配。――後ろ!
魔理沙が振り向いた瞬間、そこには振り下ろされる碇。
「――っ」
咄嗟に、庇うように眼前に翳した手。そこに握られていたミニ八卦炉が、碇の切っ先を受け止め――振り抜かれる勢いに、砕かれた。
硬い音をたてて砕け散るミニ八卦炉。そして魔理沙の身体も、吹き飛ばされるように森の中を転がっていく。
「がっ――」
樹に激突して息が詰まり、魔理沙は呻いた。明滅する視界。身体のどこが痛いのかもよく解らない。ただぼんやりとした視界で、魔理沙は眼前を見上げる。――そこにはあの、セーラー服の少女。
無言で、少女は碇を振り上げていた。
「おいおい……マジ、かよ」
手の中のミニ八卦炉は壊れて、もはや用を為さない。
少女は一切の憐憫のそぶりすら見せずに、碇を大きく振りかぶる。
さすがにこれは、完全無欠の絶体絶命だった。
――何だよこれ。こんなところで終わりかよ?
自嘲混じりにそう呟こうとして、けれど言葉にはならず。魔理沙は、ぎゅっと目を瞑った。
――ルーミア。
瞼に浮かんだのは、家に残してきた大切な友達の顔で――。
鋭い音が、頭上で響いた。
そして、目を閉じた魔理沙には、いつまでたってもその命を切り裂く衝撃は襲いかかってはこなかった。
魔理沙は恐る恐る目を開ける。ぼんやりとした視界に、セーラー服の少女ではない、別の影が映る。黒い髪、紅白の巫女服。その手が展開した結界が、碇の切っ先を受け止めていた。
「……霊、夢?」
見覚えのある、ありすぎる後ろ姿。それは幼なじみの少女、博麗霊夢のものだった。
「――何をやってるのよ、魔理沙」
不意に肩に手を置かれ、呆れたような声が掛けられる。魔理沙は振り向き、思いがけない顔に目を見開いた。
「アリス?」
「何かと思って来てみれば――どういう状況なのよ、これ」
眉間に皺を寄せて、同業者、アリス・マーガトロイドはそう問いかけた。
「……そんなの、私が聞きたいぜ」
首を振って答え、魔理沙は再び眼前に目を向けた。
碇を受け止められたセーラー服の少女は、険しい顔で対峙する紅白の巫女を睨んでいる。
その碇を受け止めた結界の向こうで、霊夢は別の符を振りかざす。次の瞬間、中空から顕現した陰陽玉が一斉にセーラー服の少女に襲いかかり、少女はたまらず飛びしさった。
「このぉっ――」
碇の一閃が、襲い来る陰陽玉を弾き返す。距離を置いて、再びふたりは対峙した。
「――仲間?」
セーラー服の少女が、訝しげに問いかける。
その問いに、博麗霊夢は、大げさにひとつ肩を竦めて、苦笑混じりに答えた。
「ただの、通りすがりよ」
- 作品情報
- 作品集:
- 1
- 投稿日時:
- 2011/04/01 01:15:08
- 更新日時:
- 2011/04/01 01:15:08
- 評価:
- 2/6
- POINT:
- 2031108
- Rate:
- 58032.37
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