「いきなり踏みつけられるとは思わなかった」
不服そうに香霖は言った。
「だってあんなところに居たら誰だって驚くだろ。ていうかあれはなんなんだ」
「ああ、あれは外の世界の偉大なる喜劇王。志村某の芸を真似てみただけだったんだが。どうだった?」
「どうもこうもあるか!」
ていうかずっと布団の中にいたということは、つまりほとんど一緒に寝ていた状況だったわけで。
「もしかしてお前、見たのか?」
「なにを?」
にやにやしながら香霖は答えた。
顔が熱くなってきた。多分耳まで真っ赤になっていたと思う。恥ずかしさ半分怒り半分。私が「うがー」と声を上げて逃げ出した香霖を追いかけたのだった。
※※※
という夢を見て私は自己嫌悪に苛まれながら布団から出た。いまさらなんて夢を見ているんだ私は。
店の方に出て行くと香霖がいた。番台に頬杖を着きながら読書をしていた。
見慣れた背中。
私はそれに声を掛ける。
「おはよう」
「ああ、おはよう。魔理沙」
静かな声で彼は答えて、微笑んだ。
昔とは違うその柔和な空気。私と暮らし始めてから覚えた笑顔だった。
今日が、私たちが迎える初めての結婚記念日。
彼はちゃんと覚えてくれているだろうか。
そんなことを考えながらいつもより気合いを入れて台所に向かうのであった。
おしまい
遠野播磨