没SS供養。タイトルは『二色恋花蝶』とかそんな感じだった気がする。多分。2009年にそそわの方に投稿した恋色トライアングルの続編になる予定だった物です。 【アーライッ!】

作品集: 1 投稿日時: 2011/04/01 00:09:42 更新日時: 2011/04/01 00:14:07 評価: 4/8 POINT: 4009554 Rate: 89101.76

 

分類
森近霖之助
霧雨魔理沙
博麗霊夢
その他数人
 序


 霊夢はじっとカレンダーを見つめていた。
 彼女の視線の先には、14日と書かれた文字が。
 言わずもがな、バレンタインデーである。
 正直なところこれまでの生活で特に意識して参加しようと思っていたイベントでもなかった。どうでもよかった、とさえいえる。
 だがしかし。
 いまの霊夢の頭の中にバレンタインデーを無関心でやり過ごすなどという選択肢はどこにもなかった。いまと昔では状況が違う。何が何でも乗らなければいけないイベントだ。別に強制されているわけではないけれど、絶対にやらなければいけないと確信していた。
 あのクリスマスの夜から早一ヶ月と数日。告白とファーストキスをほぼ同時に達成したものの、そこから足踏み状態のままだった。なんというのか、これ以上どう近づいていけばいいのか判らなかったのだ。いつものように香霖堂を訪れて、お茶を飲んで、蘊蓄を聞いたりしゃべったりして。それでも料理を作ってやる回数はかなり増えた。しかしそれはどちらかというと、"いつも通り"の延長線上でしかなく、多少恋人同士らしいことをやっているとはいえ、物足りなく感じていた。
 そもそもお互いがあまり他人に依存しないタイプの人間であることが原因なのではないかと思っていたりする。思っているだけで本当かどうかは判らない。けれど霊夢自身、甘えるにしてもどうやればいいのか勝手が判らなくて、いまだにもう一歩踏み出せないでいた。
 溜息。
 口をへの字に曲げて黙り込む。
 不思議だ。
 ついこの間までは、ずっと隣に居れればいいとだけ思っていたのに、いまはそれ以上のことを求めている。
 外で雪が落ちる音がした。窓の外に視線を移す。昨夜から降り続いている雪は、いまだその勢いを衰えさせることなく、深々ときめ細やかな新雪をつもらせている。
 雪がやんでいたら、香霖堂へ行こうと思っていた。一人で居ると不安になるから、ずっと一緒に居たかった。だが、この雪では外出もままならない。
 溜息が積もるメランコリックな昼下がり。憂鬱な気持ちでずっと外を眺めていた。


  二色恋花蝶 〜

 一章


          1

 霖之助が、彼女と出会ったのはちょうど昨日のことだった。この状況に至った経緯からすると、出会ったという表現はいささか誤謬があるかもしれない。正確には、行き逢った、というべきかも知れない。
 あまり外出しない彼だが、ふとした瞬間に新しい商品(という建前の目新しいコレクション)が欲しくなることがある。その時だけは積極的に外出しようという気持ちになる。一定の周期で回っていて、昨日がちょうどその日だった。
 身支度を調えて外に出ようと扉を開けた瞬間、「ぐぎゃ」という蛙が首を絞められたようななんとも間抜けな悲鳴が聞こえた。何事かと思って足下を見ると、そこに大きな唐傘と一人の少女が倒れていた。仰向けに倒れていて、鼻から血の筋がたらりと伸びていた。唐傘には目があって、大きな舌がだらんと垂れていた。唐傘お化けか。
 溜息をついた。先ほどまであった商品探しへの展望が、急速に冷めていくのを感じていた。出鼻を挫かれるとはまさにこのことか。
 突発的に発生した問題に頭を悩ませること数十秒、彼女を店のなかに運び込むことにした。店の前で倒れられていたりなんかしたら、いい営業妨害だし、こんな寒空のなかであどけない少女を放っておくのは、例え妖怪だとしても流石に気が引けた。男としての矜持のようなものだ。
 幸い、自分が使う以外にも布団が二組ほどあるのでそれを敷いて、彼女を寝かせた。最近はよく霊夢が泊まりにくるので、片方はよく使っているが、もう一方は最近ご無沙汰だった。少し前までは、霊夢と一緒に魔理沙も泊まりに来ていたのだが……。
 顔を上げ、遠い目で窓の外を見つめた。
 あの日を境に、魔理沙はうちに来なくなった。なんとなく、原因は判っていた。それに気がついたときは少なからずショックだった。もっと早くに気がついていれば、もっと適切な対処が出来たかも知れないのに。自分が彼女を傷つけてしまったのではないか。自分にとって、大切な年の離れた妹のような存在だっただけに、そんな負い目を感じられずには居られなかった。
 いつか、ちゃんと会って話をしなければならない。そのときに何を話せばいいのかは判らない。それぞれの立ち位置が絶対的に変わってしまったから、もう以前のようには戻れないだろう。それでもまた、彼女の笑顔が見たい。欲張りなようだが、それが彼女の"兄"
としての思いだった。
 ふと、小さな口のなかで漏らすような声が聞こえてきて、現実に引き戻された。少女の、寝言だった。「おどろけぇ〜」と少し笑顔を浮かべつつ寝言を呟いてる。人を驚かせて、精神を糧に生きているタイプの妖怪なのだろう。
 だがしかし、いまどきこんな陳腐な見た目で驚く人間がいるのだろうか。せいぜい、偶然迷い込んできた外来人くらいだろう。幻想郷の住人達は、もう何代にも渡ってこの地で暮らしているせいでよく訓練されているのか、よっぽどのことがない限りは驚かない。そもそもこのような愛らしい少女の見た目をしている時点で迫力に欠けるので、驚かせるのは至難の業ではないだろうか。
 鼻から息を吐いて、立ち上がった。番台の方に戻り、手近な本を一冊開いて読書に没頭した。
 しばらくして、目の前の空気が揺らいだような気配がした。顔を上げると、八雲紫がそこにいた。
「ごきげんよう?」
 にっこりとした笑みを浮かべ、計算し尽くされた角度で首を傾げる。
「今日は何のようだい?」しぶしぶといった感じに、霖之助は訊ねた。
 底が知れない、なんとも気味の悪い相手なので、正直あまり関わり合いにはなりたくない。おまけに容姿が美しく、それが余計に不気味さに拍車を掛けていた。
「随分とご挨拶な態度ね」
 彼女は嘆息した。しかしその仕草がどこか芝居がかっていて、無意識のうちに顔をしかめていた。
 そんなこちらの態度を知ってか知らずか、感情を一枚、分厚い膜で覆い尽くした笑みを浮かべて、すっと手に持っていた扇子で、空間を裂いた。ぎょろりと無数の目玉が覗く。奇怪なすきま。そこに無造作に手を突っ込んだ。
「そろそろ切れる頃だと思っていたのだけれど」と彼女が取り出したのは、青く角の丸い、タンクだった。「灯油」にっこりと笑う。
 無意識に、ストーブに視線を向けていた。確かに、もうすぐ備蓄が切れそうになっていた。
「なかなか気前が良いんだね」
「ただで渡すと思って?」
「君はいつも勝手に対価を持って行くだろう?」
 好きにしてくれ、と剣の目で訴えてみたが、先ほどの笑顔でいなされてしまった。
「いま、私が欲しい物は、勝手に持って行けないのよね」
 番台のすぐ前までやってきて、ずい、と顔を寄せてくる。
「最近、霊夢とどうなの?」
 思わず変な声を漏らしそうになった。
 一応表面上はホーカーフェイスを装ってみたが、目の前の賢者はお見通しのようだった。「順調、と受け取っていいのかしら?」
「どうして君がそんなことを心配するんだい?」
「そうねぇ」と扇子を、無造作にくるくると回す。「博霊の巫女は、私の娘のようなものだから」
「人間に情が移ったのかい?」
「端的に言えばね。霊夢は特に、可愛いわ」
「なるほどね」
「で、未来の姑になにか報告することはないのかしら?」
「いつ君が僕の姑になると決まったんだ」
「あら、霊夢と恋仲になるってことは、つまりそういうことでしょ?」
 反論しようとしたが、上手く言葉が見つからず、ぐぬぬと唸って睨み返した。そもそも言葉が見つかる筈もないのだが。
「それで? 何か惚気話の一つでもしてもらえないと、帰れないわ」
「帰る帰らないは、君の裁量でどうにでもなるだろ」
「いえ、それがねぇ。もう冬じゃない。冬眠したいんだけど、気になって目がさえて」
 いっそそのまま不眠症で居てくれ、と心中で毒づいた。
「まさか、あんまり進展してないとかいうんじゃないでしょうね?」
 急に目つきが鋭くなった。
 これにも、反論できなかった。
 相変わらず、霊夢とはいつも通りのつきあいを続けていた。彼女がうちにやってきて、適当にだべって食事を取り、帰って行く。最近はよく泊まっていくようにもなったし、相応のスキンシップも行っている。
 だが、それを進展と言われればどうなのか、と疑問に思わないこともない。そもそもこの場合、どうなれば進展したと断定できるのか。非常に定義が曖昧だ。
 こちらがずっと考え込んでいると、紫が、大きな溜息をついた。呆れや失望が混じっているように感じた。
「そうね。あの子も甘え下手だし、あなたも一人の世界に入り込みがち。互いのことにもあんまり干渉しない。性格的な相性は最高なんだけど。ああもう」
「君は何を言っているんだい?」
「いえ、独り言よ。年を取るとついつい呟いてしまうのよ。ええ」頭を押さえながら、「あなた、一つだけ忠告しておくわよ。もし霊夢を悲しませるようなことをしたら、私が許さないから。判った? よく、肝に銘じておきなさい」
 一気にまくし立てると、すきまを開いてその中に消えていった。
 取り残された霖之助は、ぽかんとした表情のまま、先ほどまで彼女がいた場所を眺めていた。
 がたん、と奥で物音がした。
 振り返ると、ちょうど先ほど助けた少女が部屋から出てくるところだった。ふらふらとおぼつかない足取りで店の方にやってきた。
「あなたは、誰? というかここは?」
「僕は森近霖之助で、ここは僕の店、『香霖堂』だ」
 とろんとした目つきで、彼女は店の中を見渡した。感心したように「へえ」と呟いた。「いいお店」
「そうかい?」
 誰も彼も、霊夢であっても、ここがごちゃごちゃしているとなかなかに不評だったせいか、見ず知らずの少女に褒められただけで嬉しくて、思わずにやついてしまった。
「あなたは道具を大事にする人なのね」そういって少女は、大きく伸びをした。もう一度、店の中を見渡して、「気に入った!」と張りのある声で言った。「ここはまるで楽園ね。ほら、道具達がこんなに生き生きしている!」
「君には、判るのかい?」
「もちろん。だって、私ももともと道具。あ、そうだ。自己紹介がまだだったわね。私は、多々良小傘、幻想郷で一番怖い唐傘お化けよ!」
 オッドアイの目をきらきらさせながら、胸を張った。存外に大きい。いや、そういうことではないな。先ほどまで、本当に恐ろしい妖怪と対峙していた所為か、小傘の見た目の年相応少女にしか見えなかった。
「あれ? 驚かないの?」
「驚かそうとしていたのかい? むしろそっちの方が驚きだ」
「やったー、驚いた」
 溜息がつきたくなった。なんだろう、この唐傘お化けは。結構楽しい相手だが、しかしあまり一緒にいると疲れそうだ。それに、霊夢に見られたらなんと言われるか。つきあい始めて気がついたのだが、彼女は独占欲が強いらしい。よくよく考えてみれば、つきあう前からすでにここを勝手に私物化していたこともあったので、当時からすでにその片鱗は覗いていたといえるかもしれない。
「そろそろ、帰らないのかい?」
 くるくると店内をはしゃぎ回っていた、彼女はぴたりと動きを止め、窓の外を指さした。
「こんな雪で帰れるはず、ないじゃない」
 釣られて外を見た。
 いつの間にか、窓の外を白一面で染め上げるほどの雪が降り始めていた。
「それに、ここは居心地が良いし。一晩くらい止めて下さいな。えっと、名前なんだっけ?」
「森近霖之助」
「そう、霖之助っ」
 ばん、と番台に手をついて、顔を近づけてくる。鼻先が触れあいそうな距離。思わずのけぞった。
「君は、他人に対していつも、そんな態度を取るのかい?」
「そんなわけないでしょ!」今度はぷんすかと怒りながら、睨み付けてきた。「人間だろうが妖怪だろうが、どいつもこいつも道具を大事にしない。ちょっと見た目が悪い、使えなくなったから、我慢すれば、修理をすればまた使えるかも知れないのに、簡単に捨ててしまう。そんな連中に見せてやる笑顔なんてないわよ。でも、霖之助は特別。あなたはとっても道具を大切にしているみたいだから。ほら、このよく判らない四角い箱。この子も、あなたに拾ってもらえて感謝しているわ。時代遅れだからって捨てられてしまったのね。可哀想。ここにあるものは、みんなみんな、そういうのばっかり。だから、この子達を拾ってくれたし、わちきの事も拾ってくれたあなたは特別なの!」
 無邪気な子供のようにはしゃぐその様子に、ひととき見とれてしまったがすぐに、
「いや、別に――」
 拾った訳ではないのだが。と一応反論してみたが、聞く耳持たずの状態で、紡いだ言葉は軽やかにスルーされてしまった。
 もうどうにでもなれ、と思いながら霖之助は溜息をついた。

 かくして、香霖堂に多々良小傘が住み着いてしまったのだった。隙あらば体よく追い出してやろうかとも画策したが、不幸なことにここ二日ほどずっと雪が降り続けていて、追い出すに追い出せなくなってしまっていた。まあ、数日したら飽きるてどこかへ行ってしまうだろう。妖怪なんて自分勝手な生き物だから。
 とはいえあれだけ、嬉しそうにはしゃいでいただけあって、本気でここを気に入ってしまっているようだった。いまは、奥の倉庫に入り浸ってなにかやっている。とりあえず付喪神で、道具を大切にする妖怪だと判ったので、特に心配はしていなかった。ついでに何をしているのか興味もなかったので、いつものように番台で読書に勤しんでいた。

          ※※※

 今年は雪がよく降る。そんなことを考えながら朝食の準備を始めていた。もういい加減、こういうのもやめた方がいいのだろうが、なかなか体に染みついてしまった習慣が抜けないのだ。それに、こうやってメリハリをつけた方が研究にも集中して打ち込める。
 フライパンでベーコンをかりかりになるまで炒めて、焼いたばかりのパンの上にのせた。同じフライパンで、卵をとろとろの半熟になる程度まで炒ってから、それもパンの上に盛りつける。
 ちぎったレタスをサラダボウルに放り込んで、薄く切ったハムを並べ、クルトンをぱらぱらと散らして、最後にたっぷり柑橘系のドレッシングをかけた。
 スープがほどよく温まったところで、火を止め、器によそった。
 トレイに乗せた二人分の朝食。
 リビングに向かう。
 テーブルの上に、皿を並べていると、眠たそうに目をこすりながら魔理沙が寝室の方から姿を現した。もともとくせっ毛な髪が、爆発して大変なことになっていた。思わず吹き出しそうになるのをこらえて、魔理沙に手鏡と櫛を渡してやった。
 ぼけーっとした表情のまま寝癖を直す彼女の横顔をのぞき見ながら、密かに溜息をついた。ここ最近、よく彼女がうちに来るようになった。理由はなんとなく判る。香霖堂にも、博霊神社にも行きづらいのだろう。一応、踏ん切りはつけたらしいが、しかしまだ割り切れていないということか。まあ、人間そう簡単にできていないので、致し方ないといえばそうなのだが。しかし、いつまでもこのままというのも彼女にとってあまりよくない。そのことはよく判っていたのだが、いまいち強く言い出せずにいた。幼い頃からずっと憧れていた相手を、幼馴染みの親友に取られた。最近人里あたりで流行っている天狗の恋愛漫画などでよくありそうな陳腐な展開だ。それが現実に起こっている。おまけに、当の本人は、その登場人物並に一途で、思考回路が乙女だった。
 だから、下手なことをいって傷つけたりするかもしれない、といつもどこかでブレーキを掛けていた。
 寝癖を直し終えた魔理沙が、向かいの席に座った。そこで、彼女の目が赤いことに気がついた。悪い夢でも見たのだろうか。訊いても答えてはくれないだろうから、見なかった事にして朝食に手をつけた。
 終始無言の朝食を終えて、食器を片付けていると魔理沙が声を掛けてきた。
「どうしたの?」
 手を止め、振り返る。
 魔理沙は、何か迷いを秘めた目でこちらを見ていた。
「なあ、アリス。ちょっと相談があるんだ」伏し目がちに、彼女は言う。
「なによ」
「私に、捨虫と捨食の魔法を教えて欲しい」
「駄目よ」
 自然と、その言葉が出た。
 なんとなくそんな予感がしていた。最近の彼女は、研究に異様なまでに熱を注いでいた。うちによく来ていたのも、ほかに行くところがないという理由もあるだろうが、それ以上に情報交換のために来ることが多かった。話も大体魔法に付いての話で。訊ねてくる度に、少しずつ疲れて、やつれて言っているように見えて、痛々しかった。
「いまのあんたに、教えてやったって、なんの役にも立たないわ。それに、そもそもそれは自分で研究して辿り着きなさい。本当に魔女になりたいならね」
 冷たく突き放すようにアリスは言った。少しやりすぎたかな、と思ったが「そうか」と案外あっさり引き下がった魔理沙の表情は変わらないままで、その心根をはかり知ることは出来なかった。
 片付け終わって、リビングに戻ると、魔理沙は窓際のソファで魔導書を熱心に読みふけっていた。アリスは、椅子を引いて腰掛け、テーブルに頬杖をついた。ぼんやりと漂わせた視線の先にカレンダがあった。
「そういえば、もうすぐね」
 魔理沙の肩が、びくっと跳ねた。やはり、意識はしているらしい。2月14日。バレンタインデーだ。
「アリスは、誰かに送ったりしないのか? チョコ」顔を上げずに魔理沙は言った。
「別に。上げるような相手もいなしね」
「もてそうだけどな」
「ありがと。でも恋愛とかは興味ないのよ、私」
「そっか」
「あんたは、どうする?」
 さて、どんな反応をするか。横目で魔理沙の様子をうかがった。相変わらず本に視線を落としたままの状態で、表情を窺い知ることは出来ない。
 長い長い沈黙の後「なにをだよ」という答えが返ってきた。
「いえ、なんとなくよ。あんたもさ、見た目だけはいいから」
「だいたいここか、神社くらいにしかいないのに、どこに出会いがあるっていうんだ」
「それもそうねぇ」
 多少堪えているようだが、まだ行けそうだ。
「上げてみたら」
「だから、誰に」
 声色に、少し苛立ちが混じっている。
「彼よ」とアリスが言うと、乱暴に本を閉じる音が響いた。まだ俯いたままなので表情は判らないが、肩が震えていた。「別にバレンタインにチョコを上げる相手が、恋人である必要なんてないのよ。知ってた?」
「……そうなのか?」
「ええ、都会では」
「ここはど田舎だぞ」
「いいじゃない。あなたが流行らせれば」
 ちら、とこちらを見た魔理沙に、優しく微笑み返してやった。
「手作りを送ってやる必要もないし。気軽に、お手軽に」
「いや、私は手作りにするよ」
「そう?」
「だって、大切な兄さんみたいな人だからな」
 その言葉は、アリスに向けられているというよりは、自分自身に言い聞かせているように響いた。
 良い傾向だ。とアリスは表情を和らげた。もっと前向きに向き合わなければならない。いつまでも過去を見つめていたら、目の前にある、新たな幸せの小さなきっかけを見落としてしまうかもしれない。
 魔理沙は、昼過ぎまでソファで本を読み続けていた。アリスはその間に、彼女の様子をうかがいつつ家の掃除をしたり、人形の新しい衣装を作ってやったりしていた。気がつくと、窓の外から日差しが差し込んできていた。
「なあアリス」
 リビングの方から呼ばれて、ミシンを止めて「なに?」と返事をして魔理沙の元へ向かった。
「これ、借りて良いか?」
 さきほどまで読んでいた魔導書を顔の高さに掲げている。
「いいけど、ちゃんと返してよね。あんた、紅魔館から魔導書盗むだけ盗んで返さないんでしょ? パチュリーが嘆いてたわよ」
「あれは死ぬまで借りてるだけだよ」
「魔女になったらなかなか死ねないと思うけど?」
「そのときはそのときで本を返すよ」
「死んでないのに?」
「そのときになったら、人間としての私は居なくなっているだろう?」
「なるほどねぇ」そういってアリスは鼻から息を吐いた。「いいわよ別に。それ、内容は全部頭の中に入ってるし」
「さんきゅー」
 そういって帰り支度をはじめた魔理沙の小柄な背中をじっと見つめていた。本当に魔法使いという種族になりたいのならば、応援してやるのも吝かではない。けれど、彼女の良さは人間だからこその魅力なのではないか、とも思う。タイムリミットがあるからこそ、人間は努力が出来る。それが取っ払われて、果たしていままで通りにやっていくことが出来るのか。
 こんな事、考えたところでなんになる。首を降って、溜息をついた。どんなことも、なるようになるしかならないだろう。
「それじゃ、体に気をつけるのよ」
 魔理沙を玄関先まで見送ったアリスは、体を気遣う言葉を口にした。本心からの言葉だった。
「判ってる」
「本当に? あんた人間なんだから、私たちと同じ生活やってたらいつか倒れるわよ」
「お前はどこの口うるさい母親だよ」そういって魔理沙は笑った。「だいたい、お前も目の下に隈が張ってるじゃないか。
 う、と言葉に詰まってしまった。自分も割と無理をしてしまうタイプなので、反論できない。
 そんなこちらの反応に、あははと笑いながら手を振って、背中を向け、冬の晴空に飛び立っていった。
 やれやれと思いながら扉を閉め、長い息を吐いた。奥に戻って、作業を再開した。
 三着分ほど新しいのが出来た頃に、扉をノックする音が聞こえてきた。
 誰だろう? と思ったが、なんとなく予想は出来ていた。ここ最近、うちを訪れるようになったのは魔理沙だけではない。
 出来上がった服を手作りの小さなハンガに掛けて、玄関へと向かった。
 扉を開けると、予想通り霊夢が立っていた。
「そろそろ来るんじゃないかと思ってた」
 冗談めかして言ってみたが、あまりいい反応は返ってこなかった。少し調子が狂った。とりあえず中に招き入れて、紅茶を出してやった。
「それで、今日は何の相談かしら?」
 霊夢がうちにくる理由と言えば、一つしかない。恋愛相談だ。クリスマスの時に、なまじアドバイスしてしまった所為か、すっかり頼られてしまっていた。
「もうすぐバレンタインでしょ?」俯いたまま、暗いトーンで霊夢はいった。
 なんだろう。あまりうまくいっていないのだろうか。否、しかしつい先日どうでもいい惚気話を聞かされたばかりだ。
「おいしいチョコの作り方を教えて欲しいの」
「ああなるほどね」
「あんまりああいうお菓子は作ったこともないし、普段から食べないから勝手が判らなくて」
「うん。判ったわ」アリスは頷いた。
「本当?」
「ええ、でもその前に一つ、私から質問していい?」霊夢の目を、じっと見つめた。「あなたいま何か悩みを抱えているでしょ?」
 あからさまに、目が泳いだ。普段から表情豊かな分、感情が読みやすい。ふわふわとしたつかみ所のない相手だと思っていたが、このある種の弱点を発見してからは非常につきあいやすくなった。いまでは彼女の一喜一憂を観察するのが密かな楽しみになりつつある。
「どうして判ったの?」
 霊夢はびっくりした表情を浮かべた。こんなに判りやすいことなのに、自分は気がついていない。否、自分のことだから気がつきにくいのだろうが。こういうのは以外と男性に受けるのかもしれない。
 観念したように、霊夢は最近の心情を語り出した。話を聞きながらアリスは、途中何回か背中がむずかゆくなって逃げ出したくなった。
 なんというのか。まるで倦怠期の夫婦のような悩みだ。付き合い始めて早々のカップルが抱える悩みではない。
「で、あなたはその状況を打破するために、おいしいチョコレートを作って渡したい、と」
 こくこく、と霊夢は頷く。
「でも、霊夢。それだけじゃ多分足りないわよ」
「そうかなぁ」
「チョコレートをもらっても、結局ありがとう、大好きだ、みたいな会話だけでしょ?」
「……う、うん」頬を赤らめながら頷く。
 アリスは溜息がつきたくなった。気を取り直して話を続ける。「それじゃあ、いままで通りじゃない。新しい刺激が欲しいんでしょ?」
「刺激っていうのか、なんていうのか」
「いっそデートに誘ってみたら?」
「でも、霖之助さん来てくれるかしら」
「駄目なら無理矢理引っ張って行きなさいよ。自分から動かないと状況なんて変わんないんだから」
 まあ、霖之助に告白したのは霊夢の方なのだから判っていることだと思うのだが。とはいえ、一度安堵してその上にあぐらを掻くと動きにくくなるのもまた事実。
「とりあえず、レシピは作ってあげるから、それからのことは自分で考えるように」
 席を立ち、書斎に向かう。机の上に、ノートとペンを広げて、さっとレシピを書いて、書き込んだページを破り、四折にした。簡単なミルクチョコレートのレシピだ。トリュフでも良かったが、まずは基礎から固めるべきだと思ったので、このチョイスにした。巫女としての天性の才能に恵まれていても、それ以外のことでは案外平凡なようなので。
 レシピを渡すと、興味深げに霊夢はノートの切れ端を見つめていた。
「材料は全部人里で買える物ばっかりだから」アリスは言った。「そういえば、あなたお金あるわよね?」
 博霊神社にお賽銭が入らないというのは、有名な話だ。基本的に妖怪退治の報酬も、お金ではなく食料や日用品であることが多いらしいので、少し心配になった。
「うーん。多分、大丈夫だと思う。一応貯金はしてるから」
 貯金を切り崩して作るバレンタインチョコレート。涙ぐましいというのか、少々切実すぎるというのか。これは、貰う方はしっかりと噛みしめて食べなければいけない。
 紅茶を飲み干すと、礼を述べて霊夢は席を立った。これから霖之助に会いに行くらしい。上手くやるように、とエールを送って、アリスは彼女を送り出した。

          2

「ところで、もう雪は止んだようだけど」
 出来るだけとげとげしくいってみたが、こちらの言葉が聞こえないのか、聞こえないふりをしているのか、振り向きもせずのんびりとくつろいでいる。
「でも外は寒いわ」
「春までここに居るつもりか?」
「いいじゃない。私は道具で、ここは道具屋さん。別に居ていけない理由はないわ」
「君は妖怪だ」
「あなたも妖怪かなにかでしょう?」
 ああいえばこういう、とはまさにこの状況か。とりつく島もない。
「どうしてそんなにここに居たがるんだ」
「どうしても何も。道具は拾われた持ち主の物になるのが普通じゃない?」近づいてきて、番台の前に立った。「だからわちきはあなたのもの」
 言葉のなかに、道具とその持ち主という関係性以外のニュアンスが含まれているような気がして、一瞬霊夢の顔が脳裏を過ぎって、ぞっとした。もう外は晴れている。もしかしたら今日中にでも会いに来るかも知れない。その時に、この状況をどう説明するべきか。小傘に喋らせると、かなりややこしいことになりそうな気がする。さてどうしたものか。
「霖之助は、私がここにいると迷惑だっていうの?」
 目に涙をためて、小傘が訴えかけてくる。
 無言で霖之助は頷いた。
 初めからそう言っている。
 がくん、とうなだれる小傘。
「僕は道具そのもには興味があるけれど、君みたいに妖怪になってしまったものには興味が持てないんだよ」
 意志を持って妖怪化して、人の手を離れて一人で歩き始めた物は、もはや道具と呼べる物ではない。あくまで自分が扱うのは、道具として人の手に負える物だけだ。だから、如何に彼女が自らを道具だと主張しようとも、それを認めるわけにはいかない。
「そういうわけだから、出て行ってくれないか?」
 きっぱりと言い放った。
 小傘は、俯き、肩を振るわせていた。
「嫌」
 声は震えていたが、はっきりと聞こえた。
「私は、もう、捨てられたくない」
 絞り出すような声は、しかし切実な響きを持って、霖之助の心を打った。いけない。と自制する。思わず情が移りそうになった。恐らく彼女は、捨てられた傘だったのだろう。持ち主に忘れ去られ、捨て去られ、それがある種のトラウマになってしまっているのかもしれない。意志を持つ前からも、道具は記憶を持っている。
 困ってしまった。このまま追い出したら、なにか悪い風説が流れてしまうかもしれない。それ以前に、そこまで冷酷になりきれていなかった。変わったな、と自分で思う。
 からんからん、とウェルカムベルが脳天気に乾いた音を響かせた。
「お取り込み中?」
 メイド服の、銀色の髪の少女が、きょとんとした顔で訊ねてきた。「なにかのっぴきならない空気を感じるわ」と、小傘の方に顔を向けた。「変わった傘。ここで買ったの?」
「いや、彼女は多々良小傘、唐傘お化けだ」
「この人に、拾って貰ったの」えぐえぐ、しゃくり上げながら小傘はいった。
「へえ?」
 心なしか、向けられている視線がとげとげしい。何か、誤解されている。
「まあ、私には関係のないことですけれど。早めに何とかしておいたほうが、身のためよ?」
 それは重々承知している。
 だからなんとかしようとして、この状況に陥ってしまったのだ。
「これじゃあ、おちおちのんびりと買い物も出来ないわ」うんざりしたように、いって、霖之助に状況の説明を求めた。手短に、ここに至った経緯を話すと、彼女は小傘の傍に近寄り、肩をぽん、と叩いた。
 びく、と驚いたように身を固くして、彼女は振り向いた。
「あなたはもう道具ではないのでしょう?」
 小傘は頷いた。
 それを見て、咲夜はどこか含みのある笑顔を浮かべた。
「それならば彼の物だから、なんていうもんじゃないわ」
「どういうこと?」
「何も彼は、あなたを捨てようとはしていないの。いまは邪魔だから出て行ってくれって行っているの」
「でも!」
「だから、話は最後まで聞きなさい」窘めるような口調で咲夜は続ける。「あなたは、自分の意志を持っている。それなのに、拾ってもらえたからって、その相手に従属するのは良いことではないわ」
「じゃあ……」
「あなたの意志で考えなさい」
 咲夜の言葉に、小傘は、涙を拭い、霖之助を見た。
 望んでいたのとは別の方向に話が進んでいる気がしてならない。もっと、こう、余計に話がこじれそうになっているように見える。咲夜が、してやったりという顔でこちらを見て、予感が確信に変わった。
「あの!」と小傘の顔が目の前に迫った。
 晴空のように吸い込まれそうな碧と、灼熱した鉄のように純粋な紅。色の違う二つの目が、真摯な光を灯していた。だが、何か違和感を覚えた。紅い方の目が、こちらに焦点があっていないように見えた。見えていないのだろうか。そういえば、彼女の名前は多々良という。タタラといえば、蹈鞴製鉄。そして国内では天目一箇命に代表されるような製鉄の神様は皆、一つ目だ。なるほど。それに、古い人間の文献による唐傘お化けもまた一つ目だ。だが、なぜ赤い目が見えていないのか。考え込む。考え込んで、軽く現実逃避をしていた。そういえば、唐傘お化けと行動が類似している、一つ目小僧というのがいる。あれは子供姿をしている。その理由の一説に、単眼症の赤子のことをそう呼んでいたからではないのか、という物がある。赤子は嬰ともいう。彼女の碧い目。碧はみどりとも読む。色合い的にも、彼女の目は碧色だ。それに片方の目が見えないことを隻眼という。赤眼と書くこともまた出来るだろう。妖怪の成り立ちからして、もしかしたらこんな理由なのかも知れない。しまった、結論を出してしまった。
「また、ここに来てもいいですか!」
 きんきんとするような大声で彼女はいった。先ほどまで考えていたことが、あたまのなかから吹き飛んでしまった。
 小傘の必死の剣幕に、「あ、ああ」と思わず頷いてしまった。
 とたんに表情が明るくなって、嬉しそうに店内をぴょんぴょん跳ね回った。そのまま軽やかな足取りで扉の方へ向かい、元気に手を振って外に出ていった。
「どういうつもりだ?」
 咲夜を睨み付けた。上客とはいえ、これは看過出来る範囲をぎりぎり超えている。
「時には刺激が必要でしょう?」
「刺激?」
「ええ」
 咲夜は頷いた。
「愛に困難はつきもの」
 霖之助は面食らってしまってしばらく声が出なかった。
 大きく息を吸い込んで、ようやく声を絞り出した。
「君は、なかなかどうして。外道なことをするじゃないか」
「そう?」首を傾げる。「貴方って意外とうぬぼれ屋さんなのね」おかしそうに笑う。「大丈夫よ。あの子はあなたに惚れてるとかそういうのではないから」
 どういうことだ? と訊ね返そうとしたが。それだと自惚れていたことを認めることになるので、何も言わなかった。
「貴方も変わったわねぇ」こちらの心中を読んだように、彼女は目を細めた。
「変わった、といわれるほど長い付き合いか?」
「そりゃ、あなたの可愛い恋人さんほど長くはないけれど、一年も面識があればそれで充分よ。人間に与えられている時間は短いから、自ずとそういうのに聡くなるのです」
 それは確かにあるかもしれない。人間は、あっというまに年を取って気がつくと死んでしまう。
「まあ、それはともかくとして」と、手に持っていた紙袋を番台の上に置いた。店内に入ってきた時からずっと持っていたので、それとなく気にはなっていた。
「これは?」
「もうすぐバレンタインでしょう?」
「ああ、そういえばそんなイベントもあるようだね」
 恋人や、親しい相手に女性からチョコを送る日。確か西洋の聖職者の命日だったはずだ。正直、クリスマス以上に興味のないイベントだったのだが。
 こちらの気のない返事に、咲夜は心の底から吐き出したような溜息をついた。
「恋人がいるのだから、それくらいはきちんと意識しておくべきじゃない?」呆れ口調で咲夜はいった。
 いわれて見ればその通りだ。
「自覚がないというのか。端から見ていると不安になってくるわ、あなたたち」
「似たようなことを最近、別の誰かにいわれた気がする」
 そうでしょうね。と咲夜は呟くようにいった。「甲斐性があるのかないのか。どうしてこんな男に惚れたのかしらね」
 聞き捨てならないことを言われた気がしたが、彼女のつぶやきをかき消すようなタイミングで、ストーブの上の薬缶が甲高い声で泣いたので、何も問いただせなかった。
「それじゃあ、何かいいのがないか見させて貰いますね」
「お代は、これかい?」
「ええ。私もただで殿方にチョコレートを渡すほど、安くはありませんから」
 それからたっぷり時間を掛けて店内を物色したが、結局彼女は何も買わなかった。今日はめぼしい物がなかったらしい。
「しかし、こんなにゆっくりしていてもいいのかい?」
 いつの間にやらのんびりとくつろぎはじめた咲夜に問うた。
「やることがないのよ」
「ご主人様のお世話はどうしたんだい?」
「そのご主人様の命令で、今日は一日休みになってしまったの」
 休みを貰った、にしては不満そうな態度だ。
「けど、正直休日の過ごし方が判らなくて。午前中までは館の中にいたのだけれど、そうしたら仕事がしたくなってしまって、仕方がなくキッチンを借りてチョコを作ってここに来たの」
「いまいち前半と後半のつながりが見えないが」
「早めに渡しておいて損はないでしょう? それに、後から渡しに来るのは間抜けだし」
「別にわざわざ僕にくれなくても」
「私はいつも、ここで良いお買い物をさせいただいていますから」少しだけむきになって、彼女はいった。「その恩返しよ」
「恩を返したいのはむしろこっちだけどね。君くらいだよ。ちゃんと買い物をしていってくれるのは」
 あははと咲夜が苦笑する。「あなたも苦労人ね」
「ああ、全くだ」
 そう答えながらも、脳裏に霊夢や魔理沙の顔が過ぎり、思わず頬がゆるんでしまう。なんだかんだといって、邪険に出来ないのは、彼女たちの姿を見るのが楽しいからだ。魔理沙は妹のような存在だ。彼女が育っていくのを見守るのは、ささやかな幸せの一つだ。霊夢は――。
 愛おしい。そう感じている。あのとき、霊夢の何か得体の知れない何かに魅了され、引き込まれてしまった。だが、何がどうと問われると、上手く言葉で説明できない。
「それじゃ、そろそろお暇させていただくわ」
 湯飲みを置いて、咲夜は立ち上がった。伸びをして、こちらに向き直った。
「もう行くのかい?」
 日はまだ高い。
「もう少し居て欲しかった?」悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あいにく、間に合ってるよ」
「一途なのね」
「そういう愛し方しか知らないんだ」
「それを、霊夢にいってあげると、すごく喜ぶと思うわよ」
 恥ずかしくて、まだ当分いえそうにない。
「それじゃ、馬に蹴られないうちに帰るとしましょうか」
「ああ、またのご来店をお待ちしております」
 帰り際、彼女は扉の前に立ち、振り返らずに「今日は楽しかったわ」と言った。
 彼女の使っていた湯飲みを片付けて、番台の方に戻った。
 ふと、玄関の扉の上半分、ガラスが嵌められているところから、紅いリボンが覗いているのに気がついた。
 霊夢だ。
 付き合い始めてから、いつもあそこで少し時間を消費してから店のなかに入ってくるようになった。髪型を直しているのか、はたまた心を落ち着けているのか。とりあえず、見ている分には可愛らしいのでいつも気がつかない振りをしている。
 以前までは、つかみ所のないふわふわとした感じがしていたが、最近は割と彼女の思考が読めるようになってきた。いや、もともとある意味ワンパターンな行動を取る彼女であったのだが。そういうのではなく、もっと深いところ、いまは何を考えているのか、という領域の話だ。
 まだしばらく時間が掛かりそうだったので、一度置くに戻ってお茶を沸かしておいた。湯飲みを用意し終えたところで、からんからんとウェウカムベルがなった。湯飲みとお茶菓子をお盆にのせて、店の方に出た。
「そろそろ来る頃だと思ってたよ」
 いつも、このセリフをいいながらにやつきそうになるのをこらえるのが、日課になりつつあった。
「流石霖之助さん」嬉しそうに表情をほころばせた。いつもの場所に腰掛けた霊夢の前に、湯飲みを出してやる。
 ずずず、とお茶をすする。
 眉間にしわを寄せて、難しそうな表情をしてから「60点」といって唇を突き出した。
「文句をいうなら、自分で淹れてくれ」
 二人が飲むお茶は、霖之助が淹れる。どちらがいうでもなく、気がつくとそんな決まりが二人の間に出来ていた。
「霖之助さんが勝手に淹れてくれたんでしょ?」
「じゃあ、今度からやめようか?」
「う、えっと……」きょろきょろと視線が泳がせて、明らかに狼狽している。
 その様子をにやにやしながら観察する。
 むぅ、と彼女は頬を膨らませた。顔は真っ赤になっている。「意地悪」
「で、どうなんだい?」
「……次はもっとおいしいのが飲みたい」
 上目遣いにこちらをのぞき込んでくる。
 くしゃくしゃ、と頭を撫でてやると猫のように目を細めた。
 距離が接近する。肩に頭を乗せるようにして、もたれ掛ってきた。
 そのまま何も話さない。
 言葉を発するのが、どこか無粋に思えた。
 時間だけが過ぎていく。
 伝わってくる、柔らかなぬくもり。
 少しだけ、怖くなる。
 いつまでこうしていられるのか。
 幸せという物は、確かな形がない。
 微かに淡い色の付いた、空気のようなものだ。
 強い風が吹けば、飛ばされてしまうのではないか。
 空気は、いつまでも同じ場所に停滞することはない。
 時間と同じように、常に流れ続けている。
「霖之助さん」
 そっと伸ばされた指先が、頬に触れた。
 熱っぽい視線。
 霊夢が、少しだけ腰を浮かせた。
 すべての物質には、互いに引き寄せ合う力が働いている、と本で読んだことがある。
 すぐ目の前に迫った、潤んだ瞳。
 長い睫毛が伏せられる。
 背中に腕を回して、唇を重ねる。
 貪るように、彼女の中に侵入する。
 一瞬の戸惑い。
 けれど、受け入れ、絡みついてくる。
 彼女の方が、情熱的だ。
 体液にまみれた器官で求めてくる。
 それでも足りないと、細い腕で、必死にしがみついてくる。
 愛おしい。
 頭のなかに熱がはじける。
 理性と本能が、せめぎ合っている。
 駄目だ。
 その事を認識した瞬間、熱は急激に冷めていった。
 いつも、こうだ。
 それを悟られたのか、
 情熱的な律動が、泊まった。
 粘ついた水音。
 離れた二人の間に伸びた体液の糸が、ぶつりと途切れた。
 目に涙を溜めた彼女は、一度俯き、大きく息をつくと「さて」といって立ち上がった。
「そろそろ夕飯の支度をはじめないと。霖之助さん、食べるわよね」
「あ、ああ」
「今日は何を作ろうかしら」
 店の奥へと消えていくその後ろ姿はどこか寂しげだった。
 溜息。
 窓の外は、また雪が降り出していた。

          3

 霧雨魔理沙は紅魔館の長い廊下を歩いていた。こうして平和的に館のなかを移動するのは、久しぶりな気がする。そう思ってしまう原因はむろん自分にあるのだが。
 地下へと続く扉を開け、少し急な階段を慎重に一歩一歩下りていく。一定の間隔で、灯りが灯されているとはいえ、基本的には薄暗い。このまま降りていけば、やがて無間の闇があるのではないか。そう思いはじめた頃に、一番下が見えてきた。
 すぐ目の前に大きな扉があった。
 少し躊躇ってから、押し開けた。
 派手に扉が軋む。
 中に足を踏み込むと、とたんに広大な空間が広がった。
 壁のような本棚にぎっしりと本が収められている。未整理なのか、それとも収まりきれなくなったのか、端の方にもうずたかく本が積み上げられていた。
 そのまままっすぐ、この図書館の主の元へ向かった。彼女。
「あら、忘れ物?」
 こちらを見ずに彼女はいった。
「いや、それが。雪が酷くて帰れなくなってしまったんだ」
 だから一晩泊めてくれないか。そう顔の前で両手を合わせると、彼女は大きな溜息をついた。
「別にいいけど」
 半開きの目で、こちらを見た。
 礼を述べて、円卓のパチュリーの対面を陣取った。先ほどまで読んでいた本が、そのまま積み上げられたままになっていたので、そのなかから一冊適当に選んでページを開いた。
「そういえば、あんた。最近やけに研究熱心ね」
「そうか?」
「なにかあった?」
 心臓が一度、大きく跳ねた。
「お前が私の心配なんて、どうかしたのか?」
「どうかしているのは自分のほうなんじゃない?」
 質問を質問で返されて、言葉に窮した。ぐうの音も出ない。自覚はあった。あの一件が、あの日見た光景が未だに脳裏から離れなくて。眠るときですら、ベッドに入り、目を閉じると思い出してしまって。けれど、研究に没頭している間だけは、忘れられた。だから気がつくと研究漬けになっていた。
「なにかあるなら、私が相談に乗るわよ」
「別にお前には関係ないだろ」
「あるわよ。あんたがそんな顔で目の前にいられたら、気になって集中できなくて迷惑なの」
 字面だけなら辛辣であるが、彼女の声にはこちらの身を案じるニュアンスが籠もっていた。
「人間なんて弱い生き物なんだから、一人で何でもかんでも背負い込めると思うな」
 パチュリーはとん、と人差し指で魔理沙のおでこをつっついた。
 いつの間にか俯いていた視線を上げると、目の前にパチュリーの笑顔があった。
「あんたはさ、人の物を持って行って返さないし、とんでもなく派手に突っ込んでくるし。迷惑ったりゃありゃしない奴よ」
 そんなに好かれている、とは思っていなかった。あんなこと自分がやられたら絶対に嫌いになる。じゃあなぜそんなことをするのか。その答えはわからない。
「……それじゃあなんで私の心配なんてするんだよ」
 パチュリーは呆れたように溜息をついた。
「あのね。本当にあんたのことが嫌いだったら、泊めてくれなんていわれて、首を縦に振らないし。そもそもあんたが入ってこれないように厳重に結界でも貼っておくわよ」
「パチュリー……」
「私はね、少なくともあんたよりも長く生きてるの。年長者の器のでかさを舐めるんじゃないよ」
 いままでそんなこと、考えたこともなかった。だが、いま目の前にいる少女が、とても頼もしく思えた。
「まあそれに」さらったと付け加える。「個人的にあんたのことは気に入ってるのよ」
 いわれたこちらの方が恥ずかしくなって、目が合わせられなくなってしまった。顔が熱い。
「とにかく、困ったことがあったらなんでもいいなさい。若者よ」
 いつまでも、一人で抱え込んでおくのももう限界なのかもしれない。一度深呼吸をしてから、魔理沙は彼女に話した。途中で辛くなってやめようかと思った。こちらが言葉に詰まっても、向こうから強く訊ねてくることはなかった。黙ってじっと見守っていた。けれど、その沈黙は優しくなかった。言葉に詰まる度に問いかけてくる。逃げたければ逃げればいい。ずっとそうして生きていくのか。彼女の沈黙には、そんな辛辣さがあった。けれど、最後まで話す前に、耐えられなくなった。何か話そうとしても、嗚咽が邪魔をした。胸が痛い。
「もういいわ。よく頑張ったわね」
 パチュリーは、優しい声でいい、嗚咽を上げる魔理沙の背中を撫でた。それから、そっと魔理沙の頭を両の腕が包み込んだ。

          ※※※

 腕のなかで泣きじゃくる魔理沙を見下ろしながら、彼女の心中を想像してみた。誰も悪くない。誰かが誰かを裏切った訳でもない。ただ、ほんの少し足を踏み出すのが遅かった。ただそれだけのことだ。誰も憎むことも出来ない。虚しい。おまけに、思い人と結ばれたのは親友だったのだ。そして、彼女とも関係を悪くしたくない。
 いままで通りとまではいかなくても、それに限りなく近い付き合いをしたい。そう考えているのだろう。だから苦悩する。いっそのこと、すべてを捨ててしまえることの出来るほど冷め切っていれば、まだ救いはあったろう。だが、彼女は優しい。優しさ故に、捨てられない。望んでしまう。だが、それは罪だろうか。欲張りといえるだろうか。何かを得るにはその対価が必要だ。
 荒れた肌。隈の張った目の下。こけた頬。数々の痕跡から、彼女の苦悩がうかがい知れた。これほどにまでなっても、彼女に救いは訪れないというのだろうか。
 いや。
 そうじゃない。
 いまの彼女は救われようとしていない。破滅的な願望から、研究に打ち込んでいる。直面した困難に、まっすぐ向き合えない人間を救ってやるほどこの世界は甘くない。
「魔理沙」
 だから、いまの彼女には慰めの言葉は必要ない。中途半端な優しさは、状況を悪くするだけだ。辛辣でも、心が打ちのめされても、ちゃんと、現実を直視させなければならない。
「あなたは、自分が何をすればいいか、判る?」
 泣きじゃくりながら、首を横に振る。
「ちゃんと、彼と向き合いなさい。決着をつけたつもりになって、自己完結するんじゃなくて。もっとまっすぐに、兄と呼べるように。それに、ちゃんと霊夢にも顔を合わせなさい」
「……でも」
 怖い。と魔理沙はいった。弱々しい声だった。霊夢と会って、自分がどんなことをいうのか判らない。何をしてしまうのか、もしかしたらぶつかり合ってしまうかも知れない。彼女を、憎んでしまいそうな自分が怖い、と。
「逃げちゃ駄目。ぶつかり合うことを恐れちゃ駄目。だから、あなたは状況を変えられないの。いいじゃないぶつかり合ったって。それで関係が壊れるようだったら、それまでよ。そんな友情、犬にでも食わせてやりなさい」
「けど――」
「けどもなにもない。あんたって、そこまで女々しかったのね。まったく普段の威勢の良さはどこに行ったのよ。いいからもっと前向きに考えなさい。でも、とかけど、とかいって言い訳を考えている時間があったら、ちゃんと向き合う方法を考えなさい。それで悩みなさい。そっちの方がよっぽど建設的よ。もちろん、すぐに割り切れるような問題じゃないっていうのは判っているわ。でも、だからって徒に時間に任せるのはただの甘え以外の何者でもない。幸せはね、自分でつかみにいくものなのよ。あんたはそうしようとした。けど、一度失敗してしまった。だから臆病になっているだけ。しゃんと立って、背筋を伸ばして生きなさい」
 そこまで一気にまくし立てて、げほげほと咳き込んだ。しまった、こんな寒い日に張り切りすぎた。
 幸い、咳はすぐにおさまった。
 肩で息をしながら呼吸を整えて、顔を上げたときにはもう、魔理沙は泣いていなかった。不安を湛えた、しかしどこかすっきりとした表情をしていた。ほっと息をつく。これなら大丈夫だろう。
 扉を叩く音が聞こえた。
 扉の方に顔を向ける。
 ちょうど、小悪魔が入ってくるところだった。
 彼女は、魔理沙を見て「あれ?」と首を傾げた。
「外がすごい天気らしいじゃない。それで、戻ってきたのよ」
「ああ、そうでした。すっごい雪ですよ。全然前が見えないんです。大きな雪だるまとか作れそうです」
「雪玉転がしながら遭難しなきゃいいけど」いって肩をすくめた。「それで? なにか用事があるんでしょう?」
「ええ。その、まだ咲夜さんが帰って来てなくて。今夜の夕食の用意が出来ていないんです」
「そういえばレミィが強制的に休暇を与えたんだっけ。それで?」
「誰も作らないわけにはいかないなぁ、という流れからいつの間にかお嬢様達が作るっていう話になって」
「それで私に今夜食事を採るか訊ねに来た、というわけね」
 魔女は基本的に、魔力があれば飲まず食わずでも生活できる。食事は、嗜好の一つだ。だから毎日食べる時期もあれば、ほとんど食べなくなる時期もある。
「いつもより一人分多く作るように頼んでみて。魔理沙の分だっていったら、多分妹様あたりは快諾すると思うから」
「あいつらが作るのか?」
 心配そうに魔理沙がいった。
「ええ、以外とおいしいのよ」パチュリーは答えた。「肉じゃが」

          ※※※

 さて、どうしたものか。
 あまりにも雪が酷いものだから、近くにあった食事処に避難したはいいものの、これでは館まで帰れない。時を止めて移動する、という手もあるが、ここから紅魔館までは結構な距離がある。あまり時間を止めすぎると疲れるので、あまりいい策とはいえない。
 とはいえ、ここにとどまり続けるのもまずい。お嬢様達が心配するだろうし、そもそも借りれる宿がない。幻想郷には宿がない。外から誰かがやってくることのない世界だから、そんなものを作っても、商売にならないからだ。仮に、なんらかの事情で帰れなくなったとしても、誰かの家に泊めて貰うことが出来る。だが、それも里に暮らしている人間に限ったことだ。彼らは、幼い頃から里の人間と知り合いだ。顔を見るだけでどこどこの誰だ、と判ってしまう。だから、誰にも気心が知れている。
 だが咲夜は、紅魔館とともに幻想郷にやってきた、もともとは部外者だ。それに、人里でもあまり人付き合いがないので、かなりアウェーに近い。
 居心地の悪さを感じつつ、暖かいうどんに舌鼓をうちながら今後の対策を練った。最悪強行突破することも視野に置いて、如何にこの猛吹雪を攻略するのか考えた。そうしているうちに、うどんは伸びて、日は完全に落ちてしまった。
 真っ暗闇で吹雪き。これは、時を止めても遭難するレベルの一大事だ。こんな天気でも平気そうに外を歩いている妖怪の姿を見つけて、ちょっとだけ羨ましいなぁ、と思った。
 どこかで宿を借りなければ、夜を越えることは出来ない。あるいは、雪が弱まることに賭けるか。全弾込められたリボルバ式拳銃でロシアンルーレットをするくらい絶望的な賭だ。
 誰か知り合いの家に泊めて貰うことは出来ないだろうか。
 そう考えて真っ先に浮かんだのが香霖堂だったが、すぐに可能性から排除した。もし霊夢が来ているなら、いま自分が行ったら邪魔になるだけだ。
 伸びて体積が増えたうどんをもさもさ食べていると、とぼとぼと外を歩く見知った影を見つけた。
 昼間、香霖堂にいた唐傘お化けだ。
 彼女に助けを求めてみようか。
 あまりえり好みしている余裕もない。それに、人間よりは妖怪の方が付き合いやすい。
 ずもももと一気にうどんをすすり上げて、代金をテーブルの上に叩き付けて、慌てて外に飛び出した。
「ちょっと」
 声を掛けると彼女は立ち止まり、振り返った。
「あ、お昼のメイドさん。どうしたの?」
「泊まるところがなくて困っていたのよ。あなた、家は持ってる?」
「え? うん。一応。でも人間が一夜を過ごすには、厳しいような気もするけれど」
「雪がしのげりゃどこでもいいのよ」
「うーん。ならいいけど」
「ちなみに、どれくらいかかる?」
「結構近くよ。こっそりと人間の近くに住んでいるの。いつでも驚かしに行けるように」
 小傘に案内されて、里の外に出ていく。雪が止んでいれば真っ白な田園風景が広がっているであろうこの場所も、今夜のような天気では一寸先すら危うい闇に覆い尽くされていた。小傘から、はぐれないようにしっかりとついていった。
 しばらく歩くと小傘が立ち止まった。目の前に、小さな山小屋のような建物が建っていた。
「ここがあなたのおうち?」
 小傘は頷く。「ちょっと待ってて」といって先に家のに入っていった。どたどたと物音がして、扉の影からちょこっと顔を出した。「入っていいわよ」
 やけに服が汚れているのが気になったが、まあ入ってみれば判ることだろう。おじゃましますとなかに入ってみると、案の定すぐにその理由が判った。
 狭いスペースのなかに、所狭しとがらくたが置いてあった。
 彼女が拾ってきたものだろうか。
「あのお店よりすごいことになっているわね」
 思わずそんなことをいってしまった。
「ついつい拾ってきてしまうの」と小傘は答える。「捨てられている子がいたら、見過ごせなくて」
「捨て猫みたいにいうのね」
「私にとっては、同じこと。だってこの子達にもちゃんと記憶があるんだもん。そのうちしゃべり出して、人の形になれるわ」
 なるほど、いわれてみれば僅かながら妖気を感じる。付喪神と毎日接触しているから、恐らく普通よりも早く妖怪になるかもしれない。霊夢辺りが知ったら退治しにやってきそうな事実だ。もちろん話してやる義理もないし、特に彼女たちを排除する理由もないので黙っておくことにした。
「それにしても、あなたって以外とお人好しなのね」
 がらくたをどけて、手近にあった小さな椅子に腰掛けた。
「あなたは特別よ。だって助けてくれたもの」
「適当なアドバイスをしただけよ」
「でも、あのお店に行けるようになった」
 妖怪にしては割と純粋だなぁ、と思った。普段から接点がある連中が癖のある妖怪ばかりというのもあるだろうが、見ていて少し可愛らしい。
「ずいぶんとあの店主さんにご執心のようね」
「道具を大切にする人は大好き」
「なるほどねぇ」
 そういうことだろう、とは思っていた。彼女が、霖之助に懐いている様子は、なんだか野良猫が普段餌をくれる人間の、足下にじゃれついているのと同じように見えたから。動物に好かれる人間のところに、勝手に動物たちが集まっていくのと同じ原理だ。
 とはいえ、接し方とタイミングを誤ったらその場で退治されかねない危険性も孕んでいる、ということを一応教えておく必要はあるだろう。知っているのに黙っていて、それで彼女が退治されたりしたら、収まりが悪い。
「あんまり彼に、じゃれすぎると酷い目にあうかもよ」
「どうして?」
「恋人が嫉妬して」
「恋人?」
「博霊の巫女、っていうのは知っているわよね」
「まさか」
「そう、そのまさか」咲夜は頷いた。「彼女、嫉妬深いから、下手に勘違いをされたら本格的に退治されてしまうかもしれないわよ」
 本当に嫉妬深いのかどうかは知らないけれど、これくらいいっておいたほうが彼女のためだろう。
 話を聞かされた小傘はというと、心なしか顔が青ざめていた。以前どこかで会ったことがあるのだろうか。まあそうでなくても、彼女の人外に対する外道っぷりは有名なので、妖怪達の間で、おっかない噂が流れていても可笑しくはない。
「……気をつけます」ぶるぶると震えながら小傘はいった。この様子だと、もしかしたらどこかで退治された経験があるのかもしれない。それと知らず驚かそうと出て行ったりとか。
「そういう自分は大丈夫なの?」顔を上げ、彼女は訊ねてきた。
「私?」
 予想していなかった切り返しに、しばしきょとんとしてしまった。
「私は大丈夫よ。襲われたって戦えるし。あの巫女とは知り合いだもの」
「そうなんだ。えっと、そういえば名前を聞いていなかったわね」
「あ、そういえばそうね」わざとらしく、とぼけた表情を作ってみた。実は名乗っていないことには気がついていたけれど、別に意思の疎通が出来ていたので黙っていたのだ。「私は、十六夜咲夜よ」
「へぇ、綺麗な名前」
「どういたしまして」
 お嬢様が付けてくれた名前を褒められるということは、間接的に彼女が褒められているということ。それに、咲夜自身この名前が大好きだったので、純粋に嬉しかった。
「咲夜は、あのお店によく行くの?」
「そうね。仕事の合間合間に、たまにお嬢様と一緒に行くわ」
「常連さんだ」なぜか嬉しそうにいって、ぽんと手を叩いた。「咲夜も霖之助のこと、好きなの?」
「なかなかきわどい訊き方ね」
「ふふん」なぜか自慢げな小傘。
 どう答えようか、と迷った。
「彼のことは気に入っているわ」咲夜は答えた。なかなか上手い表現だと自分で思った。
「む、きわどい返し方」
 ふふ、と笑う。その表情の下に戸惑いを隠して。どうして返答するのに迷いが生じたのか。いままであまり考えたことのない領域の話だ。自分が他人のことをどう思っているか。そういうのは、身内にしか興味がないからだろう。だがしかし、それだけが理由だろうか。判らない。
 まあいいか、と溜息をつく。
 理由を見つけようと見つけまいと、結果は大して変わらないような気がする。
「咲夜?」
「人間って、面倒よねぇ」
 ぽつりと呟いた。吹雪く窓の外に目をやりながら、そういえばチョコレートは食べてもらえただろうか、と。そんなことを考えていた。

     第二章

           1

 今日は晴れた。
 すがすがしいほどの快晴だ。日差しも、ここ数日の鬱憤を晴らすが如く暖かく、輝いている。道具の蒐集に出かけるにはもってこいの日和だ。
 霊夢はまだ眠っている。昨夜、やけに酒を飲んでいたので当分起きてこないだろう。
 身支度をして、書き置きを番台の上に残して、外に出た。
 久しぶりの新鮮な日光。
 それほど外出が好きというわけでもないが、体中の細胞が喜んでいるように思えた。大きな籠を背負って、道具探しに向かった。行き先は、無縁塚だ。しばらく行っていなかったから、面白いものが見つかるかも知れない。
 どんなものに出会えるのかと考えながら目的地に向かう間が、実は一番楽しかったりする。大抵の場合、期待はずれに終わってしまうからだ。それでもたまに大当たりを引くことがあるので、そのためだけに足繁く通っていた。
 森を抜け、再思の道を進むと小さく開けた場所に突き当たった。ここが無縁塚である。春には紫の桜が壮麗に咲き誇るこの場所も、ここ数日降り積もった雪ですっかり白銀の世界に塗り替えられていた。
 これでは地面に落ちているものを探すことは出来ない。だが反面、雪が積もってしまってからこちらに流れ着いた物は、逆に探しやすい。
 雪を踏み分け踏み分け、ずんずんと進んでいく。
 しかし、めぼしい物はこれといって見つからなかった。死体も転がっておらず、いつになく平和で物足りない無縁塚であった。
 今日ははずれだったか。
 嘆息。
 せっかく張り切って出てきたのに。
 まあいい。
 次は雪が溶けた頃にもう一度来よう。もしかしたらこの下にお宝が眠っているかも知れない。
 空のままの籠を背負い直すと、のんびりと帰路についた。
 俯き加減に、霖之助は昨日のことを考えていた。
 自分は、何を躊躇っているのだろうか。
 もう一歩、いつも深いところまで足を踏み出すことが出来ない。
 彼女のあんな表情をみるのは、もう何度目だろうか。
 空っぽの筈の籠が、ずっしりと重く感じる。
 正体の見えない陰鬱とした気持ちが、背中にのしかかっている。
 それを振り払うすべを、いまの霖之助は持っていなかった。いずれ判る日が来るのだろうか。
 ふと、道の端に雪がこんもりと盛り上がっているのが見えた。来たときにはこんなものはなかった筈だ。これほど雪が被る物がここにあった覚えもないし。明らかに、不自然。誰かが意図的にここに雪を積み上げたと考えるのが妥当だろう。何のために? という疑問に思考を傾けつつ、周囲を見渡した。
 今度は、不自然に雪がえぐれている箇所を見つけた。ちょうど、木の陰になっていて、何か赤い物が、幹の影から覗いていた。
 そっと足音を忍ばせて近づこうとした。だが、雪は踏まれる度にざくざくと音を立てた。それでもお構いなしに近づいてい。
 刹那。
 人影が飛び出してきた。
「おどろけー!」
 気の抜けた大声が、寒空のしたに響き渡った。
「…………」
「うらめしやー!」
 体いっぱいに傘を突き出して叫ぶ。
 しばらくそのままの体勢で粘っていたが、こちらがみじんも驚いていないことに気がつくと、しゅんとして俯いてしまった。
「なんで驚かないのよぉ……」
「こんな真っ昼間に飛び出してこられてもね」
「うぅ、意外性に賭けてみたけど駄目だったか」
 本当はそれ以前の問題なのだけれど。あえていわないことにした。自分で気がつく方が、彼女のためになる。ついさっき思いついたことだが。
「それはそうと霖之助。ここでなにやってるの?」
「家に帰る途中だよ」
「じゃ、一緒に行く」
 声を弾ませてそういうと、彼女は隣にやってきた。
 そのまま会話もなく、歩いて行く。
 小傘は、一人楽しそうに鼻歌を歌っている。
 すっかり懐かれてしまったようだ。
 特に自分はなにもしていないのだけれど。そういえば、霊夢も魔理沙も、気がつくと自分に懐いていた。もしかしたら、そういうオーラのような物が自分にはあるのだろうか。ありがたいというのか、迷惑というのか。いやしかし。いずれ幻想郷を手中に収める器があるということの表れではないだろうか。そう、カリスマ的オーラがあるからこそ人が寄ってくる。それならどうしてお店が繁盛しないのか。それは当然だ。近寄ってくる連中はどいつもこいつも癖のある連中ばかりで正直、まともなのなんて一人も。待て。それは果たして人望があるといえるのだろうか。カリフラワとブロッコリの関係性くらい微妙だ。
 店の前に到着した霖之助は、隣に目をやった。よく判らない期待に目を輝かせる小傘の横顔を見つめながら、さてどうするべきかと考えた。
 霊夢がまだいたとしたら、というより十中八九まだいるだろう。あれだけ飲んだ酒が、そう簡単に抜けるとは思えない。
 小傘をつれて戻ってきたら、彼女はどんな顔をするか。
 昨日のように、追い返せば良いだけなのだがここまで一緒に来てしまった手前、それもなんだか気が引ける。
 自分でいうのもなんだが、少し丸くなってしまった気がする。
 やれやれと思いながら店のなかに入った。おじゃましまーす、と小傘が後についてくる。
 店の奥で、人が動く気配がした。
 やはりまだいるようだ。
 奥には来ないように小傘にいいつけ、寝室の方へと向かった。襖を開け、なかを覗いてみたが誰もいない。
 がらがら、と背後で戸の開く音が聞こえた。
 振り返ると霊夢がいた。まだ眠たいのか、目がちゃんと開いていない。よく見れば、まだ寝間着姿だった。さきほど目が覚めたばかりということか。
「おはよう」
 と声を掛けてみた物の彼女は無言で。
 そのままぎゅっと抱きついて、くたりと体重を掛けてきた。
「……どこいってたの?」
「道具を拾いに」
「あのチョコは?」
 唐突な問いかけに、一瞬なんのことか判らなかったが、すぐに咲夜にチョコレートを貰ったことを思い出した。
 そのことを彼女に告げると、「そう」と呟いて、顔を上げた。どこか不機嫌そうに見えるのは気のせいではないだろう。
「食べた?」
 なぜかものすごいプレッシャーを感じる。たじろぎつつ、「いや」と首を横に振ると、ふっと空気が穏やかになった。
「どうしてそんなことを?」
「だって」と霊夢は俯いてしまう。ごにょごにょとなにか口ごもってから、「とにかく」とつぶらな瞳でまっすぐこちらの顔をのぞき込んできた。「私がいいっていうまで食べちゃだめよ。判った?」
「ああ」と頷くと、霊夢はほっとしたように息をついた。
 いまいち霊夢の行動が出来ず、きょとんとする霖之助を尻目に、軽やかな足取りですっと脇を抜け寝室に入っていった。
「着替える」そう一言だけいって、ぴしゃりと戸を閉めた。

          ※※※

 寝間着を脱ぎ捨てる。
 さて、どう出るか。
 襖の向こうの気配を意識しながら、着替えの巫女服に手を伸ばす。ここで覗いてくるような青臭さがあればまだいいのだが、生憎世の中上手くは出来ていない。
 それとも、と自分の薄い胸を見る。
 単純に魅力が足りないということだろうか。いや、それなら恋人になったりしない。なら、一体何が足りないのか。もっと、積極的に、攻めていくべきなのか。
 昨日、実際にそうしてみた。いつもの倍以上の勇気を振り絞って、頑張ってみた。正直、心臓が張り裂けそうなほど、激しく伸縮を繰り返していた。あれで多分寿命が1分くらいは縮まったのではないかと思う。
 そして、そこそこ良い雰囲気にもなった。
 けれど、あと一押し足りない。
 こうなればいっそ、こちらから押し倒すか。
 いやいや、それは流石に。出来なくはないだろうけど、やったら頭から火を噴いてしまう。想像するだけで、恥ずかしい。胸が高鳴る。
 ぞくぞく、と寒気がした。
 下着姿のままだ。
 履いているのは、ドロワーズではない。最近は、香霖堂に来るときはいつも、ショーツをはいている。こっちの方がヒップのラインがはっきりして、男がむらむらくるのだ、とかなんとか紫が言っていたのを信じて、そうしてみたのだ。いまのところ、効果は上がっていない。けれど、もし良い雰囲気になって、そういう方面に展開が進んだ場合、確かにドロワーズよりは、興奮するような気もする。
 このままの格好で出て行って、いっそ彼に抱きついてやろうか。
 しかしそれはただの変態だ。恋人とはいえ、いきなり裸の女に抱きつかれて、それで興奮する男がいたら、それはそれでちょっと悲しい。いや、実際に興奮してくれて、最終的な目標にたどり着けるのならば。駄目だ駄目だ。こういうのは、シチュエーションが大事である。それがちょうど昨日だったのに。
 ああもう、と頭を振る。このままじゃ堂々巡りだ。
 手早く着替えを済ませて店の方に出て行った。
 すぐに、霊夢は不機嫌になった。
 口をへの字に曲げて、見覚えのある唐傘お化けを睥睨した。番台で本を読む霖之助に、べったりとくっついていた。
「どういうことよ」
 そのまま、そこは私の場所なんだぞ、と無言の圧力を掛ける。名前はなんといったか。そうだ、多々良小傘が。なんで彼女がここにいる。
「ど、道具屋さんに道具がいて何が悪い!」
 霖之助の影に隠れながら、小傘が叫んだ。
 本気で退治する、という選択肢が浮かんだ。だが、霖之助の溜息が聞こえてきて、選びかけていた選択肢を頭の隅に追いやった。落ち着け。ここであまり派手にやり過ぎると、彼の自分に対する評価が下がってしまう。それは嫌だ。
「霖之助も何かいってよ」
 いまなんと?
 聞き間違えじゃないのか? いやいや。確かに聞いた。下の名前で呼んでいた。もしかして、かなり親しいのか?
 深呼吸。
 まさか、そんなわけがない。彼女がここに来たのは、少なくとも自分が知っている中ではこれが初めての筈。しかし、そうじゃない可能性もある。自分に隠れて密会を。いや、だからありえない。
 マイナス思考はよくない。私らしくない。
 でも何をどう考えればこの状況をプラスに見れる。
 ああ、駄目だ。
「用事を思い出したわ」
 踵を返す。
 靴を履いて、店の外に出る。
「霊夢!」
 呼び止められたが振り返らなかった。
 このままあの空間にいたら、得体の知らないものが爆発しそうだった。
 ぎりぎりのところで踏みとどまった自分を褒めてやるべきか。けれど、なんとなく悔しい。
 これではまるで逃げる負け犬じゃないか。自分は森近霖之助の恋人だというのに。追い出してやれば良かった。
 振り返り、店の扉を見つめる。
 このまま帰るのは後ろ髪を引かれる思いがした。
 けど、またすぐに戻るのはすごく間抜けだ。
 そうだ、これは戦略的撤退だ。昨日、あれだけやれたのだから、それで充分じゃないか。
 自分にそう、何度も言い聞かせながら、神社へと帰った。
 一日ぶりの我が家。
 玄関から入ってすぐに慣れ親しんだ空気を吸う。いつもより静かでがらんとしているように感じる。最近はいつもだ。外出して、帰ってくると寂しくなる。不思議だ。以前までは、一人で居る方が気楽で、そこそこ気に入っていたのに。
 誰かと共にいることの幸せを知ってしまったからなのだろう。孤独というものは、一人きりでは決して味わえる物ではない。誰かと一緒にいる時間があるからこそ、孤独だと認識出来るのだ。
 家に上がる前に、土間で作業を始めた。竈に火を入れ、水をたっぷり注いだ薬缶を温める。暖めている間に、湯飲み急須とお茶の葉っぱを用意する。お湯が沸いたら湯飲みにお湯を注ぐ。急須に入れるお茶の葉は少し多め。一分ほどしたら、お湯を急須に注ぎ込み、それからまた一分ほど待つ。お茶の葉が開くまでの時間、上がり框に腰掛けてぼんやりと宙を眺めていた。
 いい頃合いになったところで、湯飲みにお茶をたっぷりと注いだ。芳醇な香り。飲むと、苦みの後にほのかな甘さが広がった。80点と自己評価する。ちょっと苦い。待ちすぎてしまったか。
 暖かいお茶でほんのりと和みながら、ぼーっとしようと思ったが、頭は自然と霖之助のことを考えていた。
 彼はどんな風に自分のことを思っているのだろうか。
 ――私は、あんなことでへそを曲げてしまう小さな女だ。
 自分でも、驚いていた。
 目が覚めて、霖之助の姿を探し求めていた時に偶然見つけたあの紙袋。中身がチョコレートだと判った瞬間、腹の底からどろどろとした物がこみ上げてきた。嫉妬している。誰からも落下かも判らないものに。結局咲夜が送った物だと判ったが、でも知っていたとしても、結果は変わらなかっただろう。むしろ、彼女が香霖堂の常連客だというところから、変に勘繰ってしまう。
 嫌なおんなだなぁと自分でも思う。
 けれど、どうしようもなかった。
 彼を、離したくない。
 誰にも渡したくない。
 私だけの物でいてほしい。
 そんな願望が胸のなかでずっと渦巻いていて、だから小傘にも嫉妬した。その癖に、あと一歩踏み出せない。とんだ臆病者だ。怖いのだ。もし、彼に見放されでもしたら、と思うと。誰かに依存するのが初めてだから、きっとそんな風に感じてしまうのかも知れない。あるいは――。
 不意に、母の顔が脳裏を過ぎった。
 自分が幼い頃に死んだ、先代の巫女。彼女と自分は、血は繋がってはいない。けれど、あらん限りの愛で、育ててくれた。病弱な人だった。子供を産めるような体ではなかったから、自分を養子にしたのだろう。本人の口から語られることがなかったから、真相は判らない。霊夢自身も別に、気にはしていなかった。自分は間違いなく、彼女の娘だった。この世界で、本当にたった一人の母親だった。だから、甘えた。いままで生きてきたなかで、本当に身も心も委ねて甘えられたのは、彼女だけだった。
 それが原因なのではないか、と思う。人見知りではなかったが、幼い頃ほとんど他人と接することはなかった。たまに魔理沙が遊びに来る程度で、床に伏せった母との、貴重な時間を無駄にしたくなくてずっと彼女の傍にいた。そして、大好きな母が死んだとき、同時に自分のなかで何かが消えた。それ以来だ。あまり他人に興味が持てなくなったのは。誰にも縛られないなんて、聞こえはいいが、単なる臆病者の防衛反応の一つでしかない。
 溜息をついて、座ったままの体勢から、上がり框に体を横たえた。頬に触れる床が冷たい。今日はあんまりお茶がおいしくない。自分の為体を母のせいにするなんて。自己嫌悪。ぐるぐると気持ちが暗いところへと落ちていく。
 後で火鉢に入れる炭を暖めるために火を残しておいた竈から、ぱちぱちと乾いた音が聞こえてくる。びゅう、と風の音。
 床にぴったりと密着させた耳に、床板が軋む音が響いた。足音だ。気配も感じる。けれど億劫なのでずっとそのままの体勢でいた。
「霊夢?」紫の声だった。「そんなところで寝てると風邪ひくわよ」
 そのまま無視してじっと、玄関扉の小さな隙間を見つめていると、心配そうな口調で「もしかして、どこか悪いの?」と彼女はいった。
「あんたは母親か」固めの声で返した。「どこも悪くないわよ。強いていうなら抜けきらない頭が痛い」それに心、と胸中で呟いた。
「なんだ、よかった」心底ほっとした、という口調だった。「でもどうしたのよ。そんなところで」
「どこで寝ようと私の勝手でしょ?」
「それはまあ、そうだけど」困ったように彼女は言い淀んだ。
「で、何のよう?」
「これといって用事はないの。ただ、あなたの様子が気になっただけで」
 体を起こした。紫の方を振り向く。娘を案じる母のような顔をした彼女を見て、とたんにここから逃げ出したくなった。
「様子も何も、みたまんまよ」
「いくら私でも、判らないわよ」
「特に報告するようなこともなければ、心配されるようなこともありません。これでいい?」
「あなた、少し怒ってる?」
「ちょっと、気にくわないことがあって、自分に嫌気がさしてるだけ」
「やっぱり何かあったんじゃない」
 そういうと上がり框まで降りてきて、霊夢の隣に腰を下ろした。
 霊夢は、大げさに溜息をついて、少しきつめに言い放った。
「あんたが心配しているのは、私じゃなくて博霊の巫女がちゃんと世継ぎを残すかどうかってことだけでしょ?」
 言ってしまってから、しまったと思った。紫が、悲しそうな目をしていたからだ。なんでそんなに悲しそうなのよ、と霊夢は戸惑った。しどろもどろしていると、無言のまま紫に抱きしめられた。「ちょ、いきなり何すんのよ」と抗議の声を上げると、もっときつく抱きしめられた。苦しいけれど暖かくて、なぜだかとても安心できた。
「あなたは確かに博霊の巫女。何者にも縛られずにふわふわしている」
 でもね、と優しく包容力のある声で紫はいう。
「それと、ひとりぼっちになることは別なのよ。あの子が死んでから、あなたの心のなかに誰かが住むことはなかった。ずっと一人。私はそれを見ていた。あなたは私とちゃんと顔を合わせたのがあの異変の時だと思っているでしょうけれど、違うわ。もっと昔に私はあなたと会っている」
 どういうことだろう。けれど紫はそこから何も話してはくれなかった。
 そっと体を離した彼女は、ただ意味深に微笑むばかり。
 他人が自分の知らない、自分のことを知っている。
 不公平だ。
 ぶすっとしていると、「そのうち話してあげるわよ」と紫がいい、ほっぺたをつついた。
「いつよ」横目で睨み付ける。
「嫁入りの時とか?」
「なにそれ」
「案外すぐかもね」
 冗談めかして彼女はいう。
「……ばぁか」
 唇を突き出して、ふてくされた表情をつくった。つい想像してしまって、にやけそうになったのを誤魔化すためだ。けど、と不安も過ぎる。いまのままで、本当にそんな未来が訪れるのだろうか。
「あのね、霊夢」とまるでこちらの心中を読んだかのように、彼女はいった。「変化って言うのは、不安がつきものなの」
 霊夢は紫の目を見た。優しい光を湛えているが、どこか厳しくも見える。見覚えのある目だった。そう、母が自分を諭すとき、叱るときに、いつもこんな目をしていた。
「けれど、それを怖がっちゃ駄目。自分から動かなければ、なにも得られない。あなたは一度それが出来たんだから。大丈夫、きっとうまくいく」
「……うん」
 母親に、励まされている気分だった。だから、反論の言葉も出てこず、素直に頷いた。
「ねえ、紫」
「なあに?」
「あんたは、怖くないの? そういうの」
「そうねぇ」人差し指を唇にあて、逡巡。「私はいつだって境界をさまよっているから。そういうのとは、多分無縁ね」
「説得力ないわね」
「昔はいろいろあったから、そうとは言い切れないわよ」
 八雲紫の過去。幻想郷を創造し、見守り続けてきた彼女なら、確かに抱える物はたくさんあるかも知れない。考えるだけで気が遠くなりそうだ。1000年以上もの時間どんな風に生きてきたのか、想像も付かない。それは、自分が徹頭徹尾人間だからだろう。
「ま、それはさておき」と声を明るくして彼女はいった。「明後日じゃない?」
「明後日?」
「バレンタインデー」
「あ」
 しまった。忘れていた。
「チョコレートを送るんでしょ?」
「うん」
「頑張って、私は応援してるから」

          2

 大丈夫だ。と何度も自分の心に言い聞かせた。木の幹に隠れて、深呼吸を何度も繰り返す。
 ここに最後に来たのはいつだったろうか。クリスマスの翌日、訪れて。それからまたしばらくして会いに行こうと思った。でもそのときは、窓の外から、店のなかに霖之助がいるのを見ただけで涙が出てきて、逃げ帰ってしまった。
 いまも胸が痛い。出来れば帰りたい。だが、いつまで逃げていても仕方がない。いっそ、店に入った瞬間に二人がいちゃついている姿が見れたら、それはそれで吹っ切れそうな気もする。
 よし、と気合いを入れてドアへと向かって歩き出した。
 ドアノブに手を掛ける。
 扉の向こうから、楽しそうな声が聞こえる。
 ん? と魔理沙は首を傾げる。
 霊夢の声じゃない。
 誰だろう?
 聞き馴染みのない声だ。
 好奇心に後押しされて、自然に扉を開けることが出来た。
 からんからん、とウェルカムベル。
 二人分の視線が、自分に向けられている。
 番台でいつものように本を読む霖之助。その隣に居たのは、大きな傘を持った少女。
「なんだ、浮気か?」
 思っていたシチュエーションではなかったが、それに助けられた。張り詰めていた気がゆるんで、ほどよくリラックス出来ている。
「そんな風に見えるかい?」
 心の底から面倒だ、といわんばかりの溜息をついた。
「いや、まったく」魔理沙はいった。
 たったこれだけのやりとりなのに、心が弾んでいた。帽子を脱いで、近くの壺の上に腰掛けた。
「で、香霖。最近どうだ?」
「どう、って?」
「とぼけるなよ。霊夢とのことだよ」
「ん、ああ。なるほど」
 口調から、少し動揺しているのが判った。こちらからその話題を吹っかけてくるとは思わなかったのだろう。
「あの巫女ならさっき、ぷんすかしながら出て行ったわよ」
 ひょっこりと霖之助の背後から顔を出した少女がいう。見覚えがあるが、名前が出てこない。はて、誰だったか。そんなことはどうでもいい、と思考を切り替える。いま彼女はなんといった?
「おい、香霖。お前霊夢になにかしたのか?」
「いや、何もしていないけど」
「何もしてないから怒ったんじゃないの?」と少女。「普通はあそこで追いかけるものだと思うけどなぁ」
「君がそれをいうか」
 いまいち状況が判らない。霖之助とこの少女との関係も気になるが、それ以上になにかのっぴきならない事態に陥っているようである。
 魔理沙は、大きな溜息をついた。無性に霖之助を殴ってやりたくなった。我慢して、状況説明を促したが、要領を得ない。
「よし、判った」と魔理沙は立ち上がり、霖之助に向き直った。「霊夢のところにいってくる」
「いや、何もそこまで」
「香霖、お前は黙ってろ」びしっと指を突きつける。「情けない兄のために可愛い妹がなんとかしてやるっていってるんだ。つべこべ言わずにそこで待ってろ」
 そういって魔理沙は、唇の片側の端を持ち上げ、きざな笑みを作った。
「大好きな兄さんの幸せを願わない妹がどこにいる」
 帽子を目深に被る。
 少し目が熱い。
 もう限界だ。
 悟られないように、振り返らず颯爽と店から出た。
 まったく、情けない奴だぜ。
 ひとりごちて、空を見上げた。
 だから私が助けてやらないといけない。
 一度大きく深呼吸をしてから、蒼穹へ飛び立った。
 頬を刺すような冷気。
 目一杯飛ばした。瞳ににじんだ涙を置き去りにして、風を切り駆け抜けた。
 すぐに、博霊神社が見えてきた。
 境内に、霊夢の姿はない。
 速度を落として、庭の方へ回り、地上に降りた。
 俯いた顔を、ゆっくりと上げる。
 霊夢がいた。
 縁側に出した火鉢に辺りながら、いつものようにお茶を飲んでいた。
「久しぶりだな」
 声を掛けるまで、魔理沙がやってきたことに気がついていなかったのか、びくっと身を固めそれから「なんだ」と安堵したようにつぶやきを漏らした。
「なにか考え事か?」
 視線を合わせないようにして、縁側に腰掛けた。ちょうど斜め後ろに霊夢がいる。薄く引き延ばした綿のような雲が空に流れている。ゆったりと動く雲を見つめながら、霊夢の言葉を待った。
「考え事っていうか、悩み事」
「香霖のこと?」
「うん」頷いた気配がした。「どうすればいいのかなぁって」
「どうすればって?」
「チョコ」
「ああ、そういえば、もうすぐだな」
 どうやらもう、霊夢は怒っていないらしい。しかも、様子を見る限り結構前向きだ。大きな心境の変化があったのか。まあ、そもそも自分の目で見たわけではないので、元からそれほど怒っていなかったのかも知れない。
「で、チョコをどうしたいんだ?」
「渡すわよ」
「それでいいじゃないか」
「駄目よ。こう、シチュエーションっていうの? 良いムードになるような。なんていうか、こう」
「あー、うん。いいたいことは大体判った」
 霊夢らしくないというのか、えらく地に足の着いた悩みだ。こういうところもあるのか。少し意外だった。
「私に任せろ」
「へ?」
「私がプロデュースしてやる」
「いや、ちょっと待ちなさい」というと霊夢は近づいてきて、ぬっと顔をのぞき込んできた。「何か企んでないでしょうね?」
「これから企もうとしてるんだが?」
 すっと引き下がって、霊夢はいった。
「久しぶりに顔を出したと思ったら。……全く」
「なんだ、寂しかったのか?」
「別にそういうんじゃないわよ」
「じゃあなんだよ」
「何でも良いじゃない。ただちょっと、話し相手がいなくて物足りなかっただけよ。あと、なんかあったのかなぁって」
「やっぱり寂しいんじゃないか」
「うるさい」
 振り返ると、霊夢が赤くなっていた。
 変わったな、と思う。以前までだったらこんな反応はしなかったのに。簡単にいなされて終わりだ。霖之助と付き合うようになってから、変わったのだろう。いままでよりも、なんだか物腰が柔らかくなった気がする。
「ねえ、魔理沙」
「なんだ?」
「あんた、なんか無理してない?」
「なんで」
「なんとなく、雰囲気で」
「別に、いつも通りだよ」
「そう」
「ああ」
 木枯らしが吹き抜け、落ち葉がさらさらと音を立て飛ばされていく。流された雲が太陽にかかり、日がかげる。遠くに見える農閑期の里の風景が、寒々しく目に映った。
 会話が続かない。
 無理に明るく振る舞ってみたが、見抜かれてしまっているようだ。元々勘の鋭い彼女のこと、想定していなかったわけでもない。ただ、いざ核心を突かれると、そこからもう何もいえなくなってしまった。
 もしここで、自分も霖之助のことを好きだったと告白したら、彼女はどんな顔をするだろう。
 いっそ、話してしまうべきか。そうすれば、この胸を締め付ける蟠りを押し流すことが出来るかも知れない。けれど、それからどうする。もし、彼女に嫌われたら。そう考えると、やっぱり怖い。
 まだ、その時じゃない。きっと、そうだ。もっと年を取って、昔を懐かしむようになったら、その時に話そう。それまではずっと胸の奥に隠しておこうと、魔理沙は決めた。
 すっくと立ち上がる。
「もう行くの?」
「どこぞの不甲斐ないカップルのために一肌脱がなきゃならないからな」
「別に頼んでないわよ」
「たまには人を頼れよ」
「……それも、そうね」
 意外なほど素直に、霊夢は頷いた。
「頼んだわよ」
「ああ、期待して待ってろ」
 笑顔で応じ、博霊神社を後にした。
 ぶらぶらと、ひとまずは人里へと向かった。
 あんなに威勢良く任せろなどといったが、実はなにも考えていなかった。
 さて、どうしたものか。
 考え込みつつ飛ぶ魔理沙の目に、見覚えのある姿が飛び込んできた。
 霊夢とよく似たどくどくの巫女装束の少女。東風谷早苗だ。そうだ、と思って彼女の後を追いかけた。どうやら人里の方へ向かっているようだった。
 彼女が人里に突くと同時に、追いついて、後ろから声を掛けた。
「あれ、魔理沙さん?」
 振り返った早苗の手には買い物籠が握られていた。夕飯の買い出しにやってきたのだろう。
「ちょっと相談があるんだ」
「相談……ですか」
 はて、と首を傾げる早苗。肩に掛かる髪がさらりとこぼれ、傾きはじめた日の光に照らされ、さらさらと光る。
「いいですけど、私これからお買い物なんです」
「なんだったら手伝うぜ」
「はあ、ありがたいですけど。明日は雨でしょうかね」
「どういう意味だよ」苦笑を浮かべる。
「そういう風にいいません? 珍しいことをすると、雨が降るとか雪がふるとかって。あ、この季節だと雪の方が降るかも知れませんね。せっかくなら明後日降ればいいのに。雪の降るバレンタインってなんかロマンチックじゃありません?」
「ああ、そうだな」
 激しく人選を間違えた気がする。だがいまさら断るのも気まずい。
「それじゃ行きましょう」笑顔で彼女は言う。「今日は大根が安い日なんです。それに海産物が買える市がもうすぐ開かれるんです。ふふ、ちょうどよかった。戦力が増えるのは心強いです」
 なにかこう、買い物に行にしては血なまぐさいニュアンスを、言葉の端々に感じてしまうなのはなぜだろうか。
 一抹の不安を抱きつつ、早苗の後についていく。夕飯時とあってか、かなりの賑わいを見せていた。
 妖怪が、人里で人間を襲うことが御法度になってから急激に人口が増え始めた、と何かの本で読んだことがある。天敵に襲われず、そこそこ食べていける環境があれば、どんな生き物でも簡単に増える。そういうことなのだろう。もっとも、最近は人口増加も落ち着いているらしい。魔理沙が知っているのは、増加が収まってからのことだけなので、増えているという実感は特になかった。
 外の世界からきた早苗の目にはどう映っているんだろうか。なぜか気合いを入れてぶんぶん肩を回しているその横顔からはなにも読み取ることは出来なかった。
 俯きながら歩いていると、喧嘩のようなざわめきが聞こえてきて、早苗が足を止めた。
「さあつきましたよ」
 顔を上げる。
 そこに、戦場があった。
 日頃の家事に鍛えられたふくよかな主婦達たちが、一箇所に密集し、ただならぬ殺気を店先から周囲へまき散らしていた。
「いいですか、魔理沙さん。狙うのは鰤です。それ以外の物に手を出してはいけません」
「まて、早苗。あれはなんだ?」
 いままで幻想郷で生活してきたが、あんなものは見たことがない。いや、実家の人間と会うのが嫌で意図的に人里を避けて生活していたから、自分が知らないだけなのかもしれないが。
「見たまんまです」
「戦場……?」
「はい」
 そう、噛みしめるように頷き、魔理沙の手を取った。
「それじゃ、頑張りましょう!」
「お、おう」
 先陣を切ったのは早苗だった。
 どりゃー、と声を上げながら屈強な主婦達をかき分けどんどん奥へと入っていく。早苗の突入には、力は必要なかった。まるで蛇のように人と人の間を抜けてするすると進んでいく。恰幅が良くなった彼女たちには出来ない、線の細い少女だからこそ出来るテクニックであった。
 一方の魔理沙はというと、主婦達のすぐ背後で、立ちすくんでいた。
 恐ろしい。その単語しか思い浮かばなかった。
 足がすくんでいた。
 そもそも自分がここに突入する意味なんてあるのだろうか。あの様子を見る限り、早苗は簡単に目当ての物を取ってきそうだ。
 だが、何もせずに見ているだけというのも、印象が悪い。
 ひとまずポーズだけでも取っておけばいいか。
 そんな軽い気持ちで近づいた。
 刹那。
 突然横から飛んできた太い腕がこめかみを強かに叩いた。
 ぐらりと視界が揺れて、気がついたら地面に倒れていた。
 何だいまのは?
 嫌な汗がだらだらと流れてきた。
 早苗は、こんななかで戦っているというのか?
 もうろうとする意識のまま、あかね色に染まりはじめた夕空を眺めていた。
「魔理沙さん」
 頭上で声がした。
「大丈夫ですか?」
 夕日を背にたたずむ彼女の手には、でっぷりと太り脂ののった鰤が、握られていた。なぜだかその姿が神々しく見え、何も言葉が出てこなかった。
 そっと差し出された手に掴まり、立ち上がった。まだ少しふらふらするが、歩けないほどではない。
「初心者にはちょっときつかったかなぁ」
 あははー、と脳天気に笑う早苗。驚くべきことに、彼女は髪型すら乱れず平然としていた。どこで鍛えたのか。このテクニックを弾幕ごっこに応用されたら、と思うと末恐ろしい。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない」
 いままで意識したことはなかったが。彼女が現人神である、ということを実感できた気がする。
 その後は穏やかだった。安売りと言うことで構えていたのだが、大根の方はまったく人がいなかった。店先にこんもりとつまれた大根がなんとも いえない寂寥感を醸し出していた。なるほど。海産物は珍しく貴重だからあれだけ人が集まるが、こちらはそれほど貴重というわけでもない。それに農家も多い。自給自足でやっている者達の方が、全体の割合では多そうだ。畑を持っていなくても、近所からお裾分けで貰ったりもするし、自ずと買い求める客は少なくなる。だから腐る前になんとか売ってしまおうと安売りにしているのか。
 それから数件ほど別の店を回って買い物を終えた頃には、西の山の稜線にほとんど日が沈みかけていた。
「思ったより遅くなっちゃいました」
 どうします? とこちらを見る。
「なんだったら、夕飯うちで食べていきますか?」
「いいのか?」
「はい。ついでに相談もそのときに」

          3

 守矢神社。博霊神社とは比べものにならないほど立派な作りで、本殿に賭けられた巨大なしめ縄がなんとも神々しい。夕闇の薄明かりのなかでは、より一層神秘的に見えた。その本殿の脇を抜け、境内を奥へと進むと、正面にそこそこの規模がある平屋建ての一軒家が見えてくる。もともと外にあった神社のためか、博霊神社のように神社事態が居住スペースになっている訳ではなく、こうして敷地のなかに住まいがもうけられている。
 ざくざくと玉砂利の境内を歩き、家の門を抜けると、正面に玄関扉、右手には縁側とこじんまりとした庭が設えてあった。
 がらがらと玄関の引き戸を開け、早苗が家のなかへ入っていく。魔理沙も後に続く。ここの神社で開かれた宴会には何度か参加したことはあるが、彼女の家に入るのは初めてだ。
 上がり框の真ん中には、ここで長い年月人が生活していたことを表すような黒ずみがあった。その上から綺麗に磨かれているものだから、独特の燻された味が出ている。
 まっすぐ正面に廊下が延びていて、突き当たりで右に折れていた。廊下の左手に襖が二つ。正面の突き当たりのところに扉が一つ。すぐ右手にも扉があって、早苗はそこへ入っていった。
 なかは馴染みのない間取りの空間だった。全体的に金属製の洗い場に、火を入れる場所の見当らない焜炉。床はなんだかつるつるしていて、至る所に用途の判らない道具がおいてあった。霖之助が見たらさぞ喜ぶだろうに。
 テーブルの上に買ってきた食材をおいて、ほうと息をついた。
「それじゃ、これから夕飯つくるんで、あっちで待ってて下さい」
 と早苗が隣の部屋を指さした。畳の敷かれた部屋で、真ん中に炬燵がおいてあった。どうやら居間らしい。もそもそ、と炬燵布団が動いて、にゅっと顔が出てきた。
「あ、早苗お帰りー。って、珍しいお客もいるのね」
 稲穂のような金色の髪に、目玉のついた特徴的な帽子。好奇心に満ちた童女のような眼をした神様。洩矢諏訪子だ。
「あれ、神奈子様は?」
「ん? なんか用事があるとかっていって、早苗が出てってすぐに出かけたけど」
「そうなんですか」
「ま、そろそろ帰ってくるんじゃないかな。早苗の料理を楽しみしてたから」
「ふふ、腕がなります」
 調理の準備を始めた早苗を尻目に、魔理沙は居間の方へ移動した。炬燵に入って、足を伸ばすとそのまままっすぐ伸ばせた。掘炬燵ではないようだ。布団をめくってなかをみると、炬燵のちょうど真ん中のところに、網で囲われたなかに、赤い光を放つ物があった。不思議と熱はそこから発散されていた。
「河童の技術のおかげよ」
 こちらが不思議そうにしているのをみてか、少し自慢するように諏訪子がいった。
「河童の技術?」
 魔理沙は目を丸くした。
「そう。核融合のエネルギィを利用した発電技術。っていっても実際はまだ間欠泉でタービンを回しているだけなんだけど」
「ってことは、これは電気なのか?」
「いかにも」
 科学の力でこんなことも出来るのか。心底感心した。なるほど、魔法が幻想になるはずだ。実際に目の前にある物を、技術力でなんとかすれば願いが叶ってしまう世界で、魔法が求められる訳もない。けれど、もしこれが幻想郷に広まったら、一体どうなってしまうんだろう?
 そんな魔理沙の心配を余所に、諏訪子は声高に唱える。
「もしかしたら、外の世界ですら実現できていない技術をいち早く確立することが出来るかもしれないのよ」
 台所の方から、早苗の笑う声が聞こえてきた。毎度のことなのだろう。笑い声のなかに「またやってる」というつぶやきが混じっていた。
「そう、それはつまり。外の世界の技術と、こちらの技術――つまり魔法とかそういうのね――の融合をすれば、ぐんと出来ることの幅が広がる筈なの」
「へえ、それは」
 なんだか楽しそうだ。そういう話になると、魔法を追究する研究者の端くれだ、なんだかわくわくしてくる。互いの技術の融合が。それぞれの欠点を補いながら高次元に昇華する。
「そうすればきっと、ここの生活水準も格段に向上する、はず」
 その後も諏訪子の大演説は止まらなかった。河童のエネルギィ革命の野望、そして将来のビジョンを熱弁し、魔理沙は途中から適当に相づちを打ちながら話を聞き流していた。
 そうこうしているうちに早苗がやってきて、炬燵の上に食器を並べはじめた。
「神奈子様遅いですね」
「もうそろそろじゃない? まああんまり遅かったら勝手にはじめればいいし。今日は鰤大根なんでしょ?」
「はい」
「冷めないうちに食べるのが一番だよ、ああいうのは。こう、熱燗を引っかけながら」スナップを利かせたなんとも親父臭いジェスチャをする。「あ、でも早苗はあんまりお酒飲めないんだよね」
「申し訳ありません」
「いいのいいの。お酒は量より質だもの。無理に飲んで苦しい思いをするなんて、ナンセンス。楽しく飲めなきゃ意味がない」
 それには同感だが、ウワバミのように飲みまくる神様がいってもまったく説得力がない。
 すべての料理を並べ終えた頃、玄関が開く音が聞こえた。足音が近づいてきて、がっと襖が開いた。
「ただいまー。って、お。珍客がいるじゃないか」
 神奈子は少し酔っているようだった。
「ちょっと、どこかで飲んできたの?」
「天狗のところにいってさ、今度の宴会の打ち合わせやってたらついつい。あー、でもちゃんと自制はしたから大丈夫」
 その割にはえらく陽気だ。もともとフランクだが、拍車を掛けて気安くなっている。
「早苗、ご飯はまだかーい」
 どう考えても必要値を超えたでかい声で、早苗に飯を催促した。なんだこの親父は、と突っ込みたくなったが、絡まれると面倒なので黙っておいた。
 はいはい、と年季の入った主婦のような返事を返して、炊きたてのご飯を入れたおひつをもって居間にやってきた。
 お茶碗にご飯をよそい終わったところでようやく全員席に着いた。
 それではみなさまお手を拝借、といった感じに一斉に手を合わせて「いただきます」と夕食が始まった。
 ひとまず鰤大根に箸をのばして出汁のよくしみた大根に舌鼓を打っていると、早苗に話しかけられた。そういえば相談に来ていたのだと思い出して、さっそく切り出すことにした。
「バレンタインに、チョコを渡す絶好のシチュエーションってなんだと思う?」
「チョコを渡すシチュエーションですか?」早苗は首を傾げる。「それは誰の悩み?」
「霊夢」
「ああ、なるほど。彼女そういうの苦手そうですもんね」
「それで、なにかいい案はないか?」
「そうですねぇ」と早苗が考え込んでいると横から神奈子が「そういえば」と話に入ってきた。
「人里に新しいお店が出来たらしいよ」
「お店? なんの店だ?」
「食事処。それも結構お洒落な」
「あ、そういえばそうでしたね」と早苗。「なんかいま里の方の若いカップルの間で人気とかなんとか」
「デートするには最適だねぇ」と諏訪子「そんで、良い雰囲気になったところでチョコを渡して。そのあとは――」
 意味深に言葉を切り、微笑む。いわんとしていることは判ったが、想像はしたくなかった。脳内に映像を思い浮かべてしまうと、いろんな意味でショッキングだ。
 そうと決まればあとは手回しするだけだ。デートに誘うのは、やはり男からの方が良いだろう。霖之助が素直に従うか。いや、意地でも従わせなければならない。霊夢には当日、香霖堂に行け、とだけ伝えて詳細は伏せておく。それだけで充分サプライズイベントになるはずだ。
「それにしても以外ですね」
 早苗は不思議そうに魔理沙を見ていた。
「あなたがそんなに必死になって誰かのために行動するなんて」
 早苗の疑問に、しかし魔理沙は何でもないことのように答えた。
「大事な人なんだよ。霊夢も、香霖も」
 早苗は一度大きく息を吐くと、その口元にどこか寂しげな笑みを浮かべていた。
「羨ましいです。そんな風に思える友達がいて」
 その言葉に、魔理沙は曖昧な笑みを返した。そういうことではないのだ。どちらかというと自分の思いを吹っ切るためにやっている。早く霖之助に対する思いを振り払って、妹として、霊夢と幸せになって欲しいと心から願えるようになりたい。だから、早苗のうらやむよう言葉に、内心複雑な気分だった。
「早苗には私たちがいるじゃないか」と神奈子。箸を進めるスピードよりも酒をあおっている所為で、すっかり出来上がっていた。おいおい泣きながら早苗に縋り付く。それをなだめながら「そういうことじゃないんですけどね」と苦笑する。諏訪子はそんな二人の様子を、母性に溢れた微笑みで見守っている。
 家族。という言葉が頭に浮かんだ。自分には長らく縁のない言葉だ。勘当されて家を出て、それからはずっと一人だった。魔理沙は思い出す。父と大喧嘩をして家を出た日を。泣きながら簡単に荷物をまとめて、二度と帰らないと言い残し、出て行った。そして最初に向かったのは霖之助のところだった。ほかに行く場所がなかった。あの頃は、ただ兄のように慕うことが出来た。
「はい」
 目の前にグラスが差し出された。はっと我に返って早苗の顔を見た。
「飲みましょう。そんな暗い顔してないで」
 グラスを受け取る。
「なんだったら、そっちの悩みも訊きましょうか?」
「いや、いいよ」魔理沙は首を横に振った。「散々他人に相談しまくったことだからな。いい加減、自分で片を付けないと」
 そして一気にグラスの酒を飲み干した。

          4

 まずチョコレートを細かく包丁で刻む。それから沸騰した生クリームのなかに先ほど刻んだチョコを入れ、火を止めて余熱で溶かす。隠し味に洋酒を少し。溶けきったチョコをバットに流し込み固まるのを待つ。
 ほう、と息をついてボウルにこびりついたチョコを指で掬って舐めた。甘い。それでいて柔らかなまろやかさがある。我ながら上手くできているだろう。
 外はまだ暗い。家のなかも寒い。これなら早く固まるだろう。椅子をキッチンまで引いてきて、そこに座り本を読みながら固まるのを待った。
 バレンタイン前日。今日チョコを渡すのが妥当だろうと魔理沙は考えていた。流石に、当日渡しにいくのは気が引ける。
 そういえば霊夢はちゃんとチョコを作っているだろうか。そもそも作り方を知っているのかすら危うい。あとで確認しておくか。
 そのまま読書に熱中して、一段落付いた頃にはすっかりチョコは固まっていた。
 バットからまな板の上に出して、それを小さな長方形になるように包丁で切っていく。最後にココアパウダーにまぶす。あとはこれをちゃんと包装すればできあがり。
 出来るだけ派手にならないように見繕った紙箱のそこにキッチンペーパを敷き、その上にチョコを並べていく。蓋を閉じ、包装紙で包み、リボンを結んだ。
 さてそれでは、と身支度を始める。お節介を焼くついでに持って行ってやるか。チョコレートをスカートのポケットに入れ、魔理沙は家を出た。
 香霖堂へ向かう最中、魔理沙はずっと俯いていた。
 店の前に着いた魔理沙は、一度大きく空を仰いだ。扉に手を掛け、勢いよく開いた。
「香霖、いるか?」
 魔理沙の問いかけに、店の奥から億劫そうな声が返ってきた。しばらくすると、霖之助が柱の影からひょっこりと顔を出した。
「来てやったぜ」
 番台の上に作ってきたチョコをおいた。霖之助はそれを一瞥して「どうも」と微笑み、手に取った。しかし包装を開けずに番台の下にしまった。
「食べないのか?」
「食べたら怒られる」
 なるほど、と魔理沙は笑った。霊夢は思ったより束縛するタイプなのかもしれない。見た目と正反対だが、彼女が拗ねた顔で自分以外のチョコを食べないで欲しいと懇願している姿を想像して、苦笑した。これは従わざるを得ないな。
「さて、それじゃあ本題だ」チョコレートなどついでだ、といわんばかりに魔理沙は振る舞った。「香霖。霊夢をデートに誘え」
「デートに?」
 霖之助は酷く驚いた表情を浮かべ、そう問い返した。そんなこと、これまで思い至らなかったといわんばかりのその振る舞いに、魔理沙はまさかと思い問うた。
「おい、香霖。まさかいままでデートの一つもやってこなかった、なんてとはないだろうな」
 しかし霖之助は苦笑を浮かべるばかり。魔理沙はきっと剣幕をすごめて詰め寄ると、声のトーンにドスを利かせていった。
「なんで誘わないんだよ」
 たっぷりの沈黙の後、霖之助は答えた。
「そういう雰囲気にならなかった」
 魔理沙は溜息をつく。なんでこいつはこうも尻が重いんだ。だが、霖之助の所為だけ、という訳でもないだろう。霊夢もあの様子だと期待はしていても、自分からそれらしい合図を送っていなかった可能性もある。とことん手間の掛かるカップルだ。
「そういうのは自分で作るもんなんだよ」
 それにうってつけなのが、今日なのだ。まったく。もっとしっかりして欲しい物だ。こんなのではいつまで経っても離れられないではないか。生活習慣は規則正しいとはほど遠いし、ちゃんと食事も採らない。端から見ているとこれ以上ないほどに心配になってくる。昔、それを咎めたこともあったが、聞き入れては貰えなかった。
「まったく。いい加減私に手を焼かせるのを卒業してくれないと」
「君が勝手に手を焼いているだけだろう?」
「そりゃ焼きたくもなるよ」
「そうか。……そうだな」噛みしめるような声だった。少し目を伏せる。
「そうだよ。いままでは一人で生きてきたかも知れないけど、もうそうじゃないんだから。霊夢を悲しませたら承知しないぞ」
「それも誰かに言われたなぁ……」
 苦々しく呟きを漏らす。
「なんだ、私以外にもお前なんかにお節介を焼いてくれる奴が居たのか」
「酷いい草だね」肩をすくめる。「正確には霊夢のためにお節介を焼いているのが一人いる、という方が正しいと思う」
 誰だろうとぐるぐると霊夢の周りの人物の顔を思い浮かべる。レミリアは霊夢のことを気に入っているようだが、こういうことには口出しをしてこなさそうだし。可能性があるといえば紫辺りか。幻想郷を見守る物として、博霊の巫女の問題は他人事ではないはずだ。胡散臭くて、相手をするのは苦手だが、いまなら一緒にうまい酒が飲めそうな気がする。
「まあ、あれだ。あんまり周りを心配させるなよ」
「だからそれは……いや、やめておこう」
「そんなわけだから、香霖。ちゃんとデートに誘えよ」
「しかし、デートに誘ったところでどこへ行くんだ?」
「人里に、うってつけのお店があるんだよ。だから、そこに霊夢を連れて行って、男の甲斐性を見せてやれ」
「それで、どんな店だ?」
「さあ」と魔理沙は肩をすくめる。「その。なかに入ったことはないから、どんな店かは判らない。でも、人里の若いカップルに人気だそうだ」
 やれやれ、という風に霖之助は溜息をついた。
「なあ、魔理沙」
 真摯な眼で見つめられて、思わずどきりとした。
「なんだよ」
 心の動揺を悟られまいと、平静な声を作って魔理沙は答えた。
「いまから一緒にいかないか?」
「え!? ちょ、お前、何を、え?」
「何を慌てているんだい?」きょとんとした顔で彼はいう。「僕も誘う方としては、下見をしておきたいから、一緒に行こうといってるだけだぞ」
「いや、だからなんで私も一緒に」
「君にはこれまでいろいろとお世話になったから、その恩返しだ」
 混乱しかけていた頭が、すぅっと冷静になっていく。そうだ。こいつにはちゃんとした恋人がいるんだから、そんな意味で誘ってくれるわけないだろ。
 ――何を期待しているんだ、私。
 自戒の意味を込めて、壁に頭をぶつけた。
 がん、と派手に音が響いた。
「おい、魔理沙――」と心配して腰を上げた霖之助を手で制した。
「よし、いくぞ香霖」振り向いて、手を差しだした。「しっかりと妹がエスコートしてやる」
 霖之助は、しょうがないという顔で手を取った。大きな手。少しあごを上げて、霖之助の顔を見あげた。
 笑っていた。まるで子供の我が侭に付き合うような顔。自分が我が侭をいっている癖に。子供扱いされている。もしかして、霊夢にも同じようなことをしていないだろうな。あとで注意しておかないと。
 そのまま、なんとなく手を離しづらくて、じっと見つめ合っていると、急に扉が開いて慌てて手を引いた。
 まさか霊夢が来たんじゃないか、そんな心配は元気よく響いた声にかき消された。
「りんのすけー!」
 多々良小傘が入り口のところに立っていた。
 よくも邪魔をしたな。いやいや、そうじゃない。助かった。
 ほっと息をつく。
 せっかく吹っ切りかけているのに、あのまま見つめ合っていたらまた燻っていた想いが再燃するところだった。実のところ、燻っているなんてものじゃない。未だに燃えてはいるけれど、密閉した空間に隔離している。そのうち酸素を消費し尽くして消えるのを待っているのがいまの状態だ。その密閉がいまいち不完全なのが問題なのだが。酸素が一気に流入してきたら、間違いなく爆発的な燃焼が起る。
 あまり彼女が求めていた反応がなかったのか、がっくりと項垂れると扉をしめこちらにやってきた。
「うぅ、今度こそ驚くと思ったのにぃ」
 ぶぅ、とふて腐れながら恨めしそうに魔理沙と霖之助を交互に睨み付けた。
「急に誰かが来るのには慣れているからね」霖之助がいった。視線がこちらに向けられている。魔理沙が首を傾げると、彼は諦めるように鼻から息を吐いて眼を細めた。そして小傘の方へ向き直った。
「すまないが、これから僕たちは出かけるんだ」
「浮気?」
「なんでそうなる」
「だって、霖之助の恋人はあの巫女なんでしょ? それなのにそこの黒いのと出かける。ほら、どう考えたって浮気」
「僕たちの間に、恋愛感情に依る関係があれば、そうなるけど」
「ないの?」
「兄妹みたいなものだよ」
「でも、みたいなもの、でしょ?」
「それで充分」霖之助が溜息をついた。「君、わざと波風を立たせようとしていないか?」
「え?」
 どうやら図星だったらしく、あからさまに表情を変えて視線を泳がせた。
「だって、そうした方が面白そうなんだもん」
 また霖之助が溜息をついた。先ほどよりも吐き出す空気の量が大きい。魔理沙も同じ気持ちだった。けれど、小傘の意見にも少し同意したくなった。端から見ている分にはいろいろとアクシデントが起こった方が面白いのも確かだ。
「うーん。まあ、今日は仕方ないか」と小傘はいう。「今日は帰ります」
 そういうと背を向けて入り口の方へ歩いて行く。なんともマイペースな妖怪だ。呆れるのを通り越して感心していた。
 魔理沙は、その背中に思い出したように声を掛けた。
「明日来たら本気で退治されるから気をつけろよ」
 聞こえたのか聞こえていないのか、返事をする前に扉は閉まった。
 煩いのが居なくなったとたん、店のなかが静かになった。
「それじゃ、行こうか」霖之助はいった。
 魔理沙は頷いた。
 二人そろって外に出る。
「なあ、香霖。お金の方は大丈夫なのか?」
「ああ、それなら心配ない」とウエストポーチを叩いた。なかで小銭がじゃらじゃらと鳴る音が聞こえてきた。「ちゃんと代金を払ってくれるお客もいるからね」
 
        ※※※

 魔理沙が案内してくれた店は、洋風でお洒落な外装の店だった。最近はこんなお店もあるのだな、と感心してしまった。窓に嵌められているガラスは、暗い色をしていて店の外から中をほとんど覗くことは出来なかった。
 先に入り口のところへいった魔理沙が扉を開けた。からからとウェルカムベルが鳴る。いちどこちらを振り向いて、彼女は店のなかに入った。霖之助もその後に続く。
 店内はひっそりとした雰囲気に包まれていた。照明は薄暗く、店のなかの見通しはそれほどよくはない。モダンな雰囲気のジャズが流れていて、なんとも幻想郷らしくない。そういうところが若者にうけているのかも知れない。
 そうやってしばらく店内を見渡していると、女給がやってきた。白いブラウスの上に黒いシックなエプロンを掛けている。店の雰囲気にほどよく合った制服だ。
「何名様でしょうか?」女給が訊ねた。
 見たら判るだろ、と思っていると魔理沙が「二名様」と答えた。女給が一礼し、案内するといって店の奥に歩き出した。かなり歩くテンポが速い。
 二人が案内されたのは、店の奥でもなければ真ん中辺りでもない、なんとも中途半端な位置だった。ちょうどお昼時でそこしか空いていなかったようだ。窓際ということが唯一の救いか。救いといっても何に窮しているのか判らないが。
 魔理沙は、少しはしゃいでいた。好奇心いっぱいの眼で辺りを見回している。
「魔理沙、みっともないからやめなさい」
「だって香霖。わくわくしないか」
「わくわく?」
「ほら、なんかいけないことをしているみたいで」
「何をいっているんだ」
「なんだか浮気がしたくなってきたぜ」
「それならまず相手を見つけないとな」霖之助はいった。口の端を持ち上げて、にっと笑う。少し馬鹿にするニュアンスを含ませている。
 じとーっとした眼でこちらを睨み付けてから「そうだよなぁ」と窓の方向に向かって呟いた。
 釣られて霖之助も外を見た。昼時の、人里の光景が広がっていた。中からはかなりくっきり外が見えるらしい。面白い構造だ。
 案内したのとは別の女給が、グラスに入った水とメニューの書かれた見開きの冊子二冊を持ってやってきた。
「注文が決まりましたらそちらのベルを鳴らして下さい」
 そういって一礼して、足早にどこかへ行ってしまった。
 メニューを手にとって開いてみる。思わず「ほう」と声がもれた。文字だけではなく、料理の写真が貼り付けてあった。
「どれを頼むんだい?」
 これ、と魔理沙はテーブルに広げたメニューを指さした。きのこのクリームパスタだった。思わず苦笑が漏れた。
「いいだろ、好きなんだから」
「じゃあ僕も同じのにしようかな」
 ベルを鳴らすとさきほどの女給がやってきた。
「きのこのクリームパスタを二つ」魔理沙がいった。
「きのこのクリームパスタが二つですね。お飲み物はどういたしましょうか?」
 魔理沙がこちらを見た。霖之助は首を横に振る。お冷やがあるので充分だ。
「結構です」と霖之助はいった。
 女給は一度注文を復唱して、確認を取ると店の奥へ消えていった。
 それからしばらくすると料理が運ばれてきた。クリ―ミィな香りが漂ってくる。少し香るスパイシィさは胡椒か。使われているきのこはどうやら薄く切られたマッシュルームのようで、ベーコンと一緒にソースとよく馴染みパスタの麺と絡んでいた。
 魔理沙は目を輝かせながら、フォークでパスタを巻き取って、フォークの先にキノコを突き刺してから口に運んだ。もぐもぐとたっぷり租借してから飲み込む彼女の表情は、とても幸せそうだった。
「そんなにおいしいのかい?」
「ああ。これは上手い。香霖も食べてみろよ」
 そもそも食べなければ注文した意味がない。魔理沙に促されるまま、霖之助も一口食べた。その瞬間、ふわっと広がるチーズと胡椒の香り。パスタはほどよく歯ごたえがありながらも、もちもちした食感をしている。キノコの風味も素晴らしく、的確に味覚のツボを突いてくる。
「どうだ?」
 嬉しそうに魔理沙が訊いてくる。自分が作ったわけでもないだろうに。
「ああ、おいしい」
「だろ」
 今度は少し自慢げ。ころころと表情が変わるのは見ていて楽しい。下見に連れてきてやって正解だったな。そう考えていると、魔理沙がこちらを見てにやにやと笑っていることに気がついた。
「僕の顔に何かついてるのか?」
「目と口と鼻が付いてるな」
「そりゃあたりまえだ」
「で、その口がにやけてた」
 魔理沙からはたびたびこういう指摘を受けていた。どうも自分は考えていることが顔に出やすいらしい。
「何考えてたんだよ」
「君をここに連れてきて正解だったな、と思ってね」
「な、お前」
 急に魔理沙は絶句してしまった。心なしか顔が赤い。どうしたんだい? と声を掛けようとすると目の前にばっと掌が突き出された。そのまま魔理沙は俯いて、何かぶつぶつと呟いていた。しかししばらくすると顔をあげ、今度は天井を仰ぎ深く息を吐いた。
「急にお前が変なことをいうから、パスタが喉に詰まったじゃないか」
 それが嘘だと言うことにはすぐに気がついたが、何もいわなかった。彼女が、表情では笑いながらも、そうしてくれるな、という眼をしていたからだ。
「それはどうも」鼻から息を吐いて、肩をすくめた。
 パスタを食べて、それから少しの間なんでもない話をしてから席を立った。
 給仕の声に見送られ店の外に出ると、前を歩いていた魔理沙が立ち止まり、くるりと振り返った。
「それじゃ、私はこれから用事があるから。明日はちゃんとエスコートしてやれよ」
 ぱちんと指を鳴らすとその手に箒が現れた。それにまたがり、飛び立つ寸前彼女はこちらを見て、「今日は楽しかった」といい、空に舞い上がっていった。霖之助は何か言おうとしたがそのときにはもう、彼女の姿は空の彼方へ遠ざかっていた。

          三章

          1

 いつもより早く目が覚めてしまった。それに昨日もあまりよく眠れなかった。遅くまでチョコを作っていたからだ。何度か、失敗しそうになったが、幸い大事に至らず、なんとか完成させることが出来た。ちょっとだけ味見をしてみたが、我ながら感心してしまうほどの出来だった。これなら彼も喜んでくれるはずだ。
 だが、問題はどうやって渡すかだ。魔理沙が、自分に任せろといった癖に、日が暮れたら香霖堂に行け、というなんとも当たり前のアイディアしか持ってこなかった。一体何を考えているのか。もしかしたら自分が知らないサプライズがあるのかもしれない。素直なのにひねくれた彼女のことだ、その可能性は充分にある。なんだろう。想像すると胸がどきどき高鳴った。
 とりあえず落ち着け。と深呼吸をしてみるが効果はなし。そうだ、と思い立って寝間着を着たまま外に出た。寒い。縁側に脱ぎっぱなしにしてあったよく冷えた草履をつっかけて井戸の方へ向かった。足下が冷たい。誰かが暖めてくれればいいのに。そういえば、武将が懐で殿様の草履を暖めたという話があったっけ。誰だったか。そんな風にしてくれる人がいたら生活は楽だろうな。
 しかし別にいま生活に苦しんでいると言うこともないのでやっぱり必要はない、という結論に至った。井戸に到着。
 釣瓶の木桶を井戸に投げ入れた。
 沈黙。水音。
 がらがらと縄を引く。
 上がってきた桶をたぐり寄せ、中をじっと見つめた。なみなみに汲まれた水。ほう、と息を吐きだして目を閉じ、精神を集中させる。しかし、なかなか決心できない。たぐり寄せたときに掛かった水しぶきが予想以上に冷たかったからか。そもそも冬場の水垢離は大嫌いで、最大限の努力を以てして迂回してきた。
 いやいや駄目だ。やると決めたからにはやるぞ。
 そうだ、これは禊ぎだ。
 汚れた体では彼に会いに行けない。
 ふ、と短く息を吐いて頭から一気に水を被った。
 あまりの冷たさに呼吸が詰まって、どきどきがおさまるどころか危うく心臓が止まりかけた。冷たい朝の風が吹き抜ける。このまま外にいると凍え死ぬ。
 ずぶ濡れのまま早足で神社に逃げ込んだ霊夢は、すぐに体を拭いて服を着替えてから布団にくるまった。まだほのかに自分のぬくもりが残っていた布団は暖かかった。猫みたいに丸くなりながら、一体何をやっているんだ、と自分に溜息をつきたくなった。浮き足立つにもほどがある。まだ約束の時間までにはかなりあるのに、いまからこの調子では日が暮れる前にくたびれてしまう。いっそこのまま二度寝をしようか。昨日あまり眠れていないし。でも下手に寝過ぎて、目が覚めたら夕方だった、なんてことになったらそれはそれで悲惨だ。身だしなみを整える時間もなくぶっつけ本番になってしまう。そもそもすっかり目がさえて眠るどころではない。だから寝不足なんだし。
 ああ駄目だと布団を抜け出して、リボンを持って鏡の前に立った。慣れた手つきで髪をかき上げリボンを結ぶ。角度を確かめたり高さの確認をしたりして、それから解いた。
 我ながら、髪を下ろした方が色気があるような気がする。しかしこのリボンも彼に設えて貰った物で、やっぱり付けておきたい。可愛らしさを取るか、ちょっと背伸びした大人っぽさを取るか。
 うーんと迷ってから帽子掛けから余所行き用の帽子を取って、それを被った。鏡に映る自分をじっと見つめる。上品、な感じがする。とりあえず、会いに行くときはこの格好で行こう。問題はその後だ。帽子を取った後に、大人っぽさがある方がいいのか、可愛らしさがある方が良いのか。けれど、この上品さから大人っぽさに移行するには、若干色気が足りない気がする。むしろ可愛らしさでギャップを演出するべきだ。
 一旦帽子を取脱いでから、きゅっとリボンを結ぶ。それからもう一度帽子を被って、脱いでみる。
「よし、これだ」
 そうと決まれば着ていく服だ。箪笥を開けると、綺麗に折りたたまれた巫女服がずらりと並んでいた。どれも同じように見えて、実は僅かにデザインが違っている。そのうちを一つを手に取り体に当てて鏡に映してみる。これじゃないな、と投げ捨て別のを選ぶ。そうこうしているうちに周囲には放り出された巫女服が散乱していた。
 あまりしっくりこない。というより何も考えずに着た、いま身に纏っているのが一番いい気がする。それならこれで決まりだ。
 満足げに鏡を見てから、片付けに取りかかった。散らかった巫女服を畳んで箪笥に戻していると、縁側の方から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。一旦手を止めて縁側の方へ出て行く。庭先に東風谷早苗の姿が見えた。
「霊夢さん。おはようございます」
 彼女はにっこりと笑うと丁寧な口調で挨拶をした。
「おはよう。分社ならちゃんと掃除してるわよ」
「いえ、今日はそういう用事じゃなくて」
 そういって早苗は手に持っていた紙袋を差しだした。
「バレンタインじゃないですか、今日」
「そうだけど」
 はい、と渡された紙袋を受け取って、なかを確かめた。カップケーキのような物が入っていた。甘いチョコレートの香りが漂ってくる。
「フォンダンショコラです」
「本田?」霊夢は首を傾げる。
「いえいえ」と早苗は苦笑する。「まあ、カップケーキみたいなものです。温めてから食べるととってもおいしいですよ。とろとろで」
「へえ」
 このまま食べても甘くておいしそうだ。まだ朝ご飯を食べていないし、今日はこれが朝ご飯でいいか。
「でもなんで私に? あんたまさかそういう……」
「友チョコですよ。友チョコ」
「なにそれ?」
「あれ? こっちにはそういう風習ないんですか?」
「あったら訊かないわよ」
「外の世界では、バレンタインになると、恋人だけじゃなくて、仲の良い女の子同士でチョコを送ったりするんです。なかにはカレシにあげるチョコよりも友達にあげる方に力を入れたりする子もいたりして」
「そうなんだ」
「はい。私は霊夢さんみたいにしっかりと渡したい人なんていませんから」
 ふふふ、と笑いながら早苗はいう。
 う、と霊夢はたじろいで、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
「それじゃ、私はこれから用事があるので」してやったりという表情でそういうと、早苗はくるりと踵を返した。「あ、そうだ」と一度振り返り、「その帽子とても似合ってますよ」と言い残し西の空へ飛び立っていった。
 しばらくぽかんとしてから、からかわれていた事に気がついたが、そのときにはもう、早苗の姿は見えなくなっていた。

          ※※※

 普段よりも人口密度が高い。お茶の用意をしながらそう思った。それ以上に騒がしい。けれど嫌な騒がしさではない。こういう楽しい雰囲気は嫌いではない。人数が多いので複数の人形達に並列して作業をさせ、お茶を入れ終わると一斉にティーカップののったソーサを持ってリビングの方へと飛んでいく。最後に自分でクッキーの入った籠を持ってリビングへと向かった。
 一番最初に眼があった東風谷早苗が会釈をし、アリスは微笑みを返し、テーブルの真ん中にクッキーを置いた。
「それにしても、なんとも頓珍漢な顔ぶれですね」
 ぐるりと一座を見渡しながらそう呟いたのは射命丸文だった。その右隣に早苗が座っていて、正面に自分がいる。すぐ隣を見ればすまし顔で十六夜咲夜が紅茶を飲んでおり、その向こう側にはなぜか唐傘お化けがいる。本来主人が着くはずの上座には霧雨魔理沙が陣取っており、その対面にはなぜか八雲紫がいた。
 神社の宴会でもなければ一緒に卓を囲むような面子ではない。やれやれと思いながらアリスは椅子を引いて席に着いた。
「で、早苗。霊夢の様子はどうだった?」
 テーブルに両肘をつき、顔の前で手を組んで魔理沙はいった。なんとも芝居がかった仕草だ。笑いそうになるのをこらえながらアリスは早苗の方へ目を向けた。
「どう、っていわれても。そうですねぇ。夕立が来る前の諏訪子様みたいな感じです」
「なんとなく判るような判らないような」
「まあ、幸せそうに浮き足立ってたってことでしょ」とアリスはいった。
「そんな感じですね。霊夢さんでもあんなに可愛らしくなったりするんだなぁ、って感心しちゃいました」
「ねえ」ティーカップを置いて、咲夜は魔理沙の方へ顔を向けた。「こうやって雁首そろえた物の、具体的になにを目的にしているのか見えてこないのだけれど? なんとなく方向性は判るんだけど」
「何って、そりゃ見守るんだよ」
「そこの天狗の専門分野じゃない」
「むむ、なぜでしょう。あまり褒められている気がしませんね」
「あれ? あなたを褒めたことなんてあったかしら?」ふふ、と咲夜は笑う。
「大丈夫ですよ」と早苗。「あなたは霊夢さんと、えっと森近さんでしたっけ? の二人が仲睦まじくしているところを報じてくれればそれでいいんです。もちろん、守矢神社が力添えしたことをそれとなく書いておいて下さいね。その為に呼んだんですから、神奈子様にいわれて」
「マスコミが権力に阿った決定的瞬間ね」笑みながら紫がいった。
「うぅ、まだ負けてないわよ。ていうかどうしてこんなことにあなたまで参加しちゃってるんですか」
「それはもちろん、可愛い可愛い霊夢がちゃんと幸せになれるか見届けるためですわ」
 しれっと言い切った紫に、一瞬場が静まりかえった。よくそんな恥ずかしいことをいえるなぁ、と思いながらアリスはクッキーに手を伸ばした。
「そ、それに。なんだか見慣れないのが一人いるし」と唐傘お化けを差しながら文はいった。
「私?」
「そう。そういえばまだ自己紹介してもらっていないけれど」
「私は多々良小傘。見ての通り唐傘お化けよ」
「で、どうしているの」
「面白そうだったから?」と首を傾げ咲夜の方を見た。「ね?」
「それ以外に集まる理由なんてないでしょ?」小傘の言葉を受けて咲夜も答える。「仕事以外の娯楽なんてこういうことしかないし」
「ワーカホリックですねぇ。あんまり人のこといえないけど。まあ新たな交友関係を発見できたのでよしとしましょうか。それはともかく魔理沙さん」
「ん? なんだ?」
「見守るって具体的にどうすればいいんですか?」
「あ、やる気になってる」と小傘。
「そりゃもう、色恋沙汰の記事なんていうのは人気がありますからね。新規開拓できそうです」
「具体的も何も、見守るだけだ。まあ、なにかしくじりそうになってたらそれとなく助け船をだしたりとか」
「果てしなくファジィですね」
「今朝思いついたんだ。曖昧で当然だ」
「そんな偉そうにしないでくださいよ」
「まあ日が暮れるまでのんびりしようぜ」
「えらい早く集まったんですね」
「いいじゃない。こうやって女同士で駄弁るのも」と咲夜。
「傷の舐め合い?」と小傘。
「あぁなるほど。ここに来たときからあった敗北感はそれか」溜息混じりに文がいって俯いた。「よし飲もう。終わったら飲もう」
「若いっていいわねぇ」他人事のように紫が微笑んでいた。
 アリスはそんなやりとりをぼんやりと見つつ、思考の半分で魔理沙のことを考えていた。まだどこか無理をしている感じはするが、以前と比べればかなり吹っ切れたように見える。ここ数日で何かあったのか。表情も憑き物が落ちたようにすっきりとしている。これで少しは安心できる。安心? なんでそんなことを考えているのだろう、と少し可笑しくなった。最初に会った頃は馬が合いそうにもないと思ったが、なんだかんだでもう付き合いは長い。たまに話がぶつかることがあるけれど、どうにも憎めない愛嬌が彼女にはある。霊夢とはまた違った、彼女独特の人を引きつける魅力だ。
 楽しそうな笑い声に、ふと現実に引き戻された。気がつくと彼女たちは他愛もない世間話に興じていた。一番多く喋っているのは文だ。さすがは天狗というべきなのか、広い話題で話をまくし立てて、そこに早苗や咲夜が乗っかり、魔理沙が突っ込むというパターンが出来上がっていた。小傘も時々横から入っていって、なんとも賑やかな雰囲気に包まれている。八雲紫はその様子を微笑ましく見守っていて、アリスも同じように一歩下がったところから雑談に耳を傾けていた。
 そうしているうちに時間は経ち、気がつけばお昼前になっていた。さて、そろそろ昼食の準備をしよう、とアリスは立ち上がった。
「あ、私も手伝います」と早苗が声を上げた。
「じゃあ私も」と咲夜がこちらを見ていた。
「いいわよ別に。お客さんにそういうことさせるわけにもいかないし。それに人形でぱぱっと作れるし」
「招かれてここに来たわけでもなし、単に押しかけてきただけなんだから。手伝うわよ」
 そういうと咲夜は立ち上がり、キッチンの方へ歩いて行く。心なしか、表情が生き生きしているのは気のせいだろうか。早苗もその後に続いていく。
 アリスは肩をすくめ、鼻から息を吐いた。「もう、好きにしなさいよ」。それから二人の後を追いかけた。
 キッチンまでの非常に短い道程のなかで、何を作ろうかと考えていたが、アリスが到着したときにはすでに調理台の上に一通りの食材が並んでいた。ざっと見た限り、ミートソースとホワイトソースが作れる材料がそろっていた。
「勝手に献立を決めてしまったのだけれど。ついうっかり」こちらを見て咲夜がいった。
「この材料で、ついでにセモリア粉があるから……そうね、パスタか、ラザニア?」
「ええ、ラザニア。まずかったかしら」
「手間はかかるけど、まあいいんじゃない?」
 そもそもこれだけ用意しておいて反対するのも気が引ける。まさかそれを狙ってやった、という風には到底見えない。そもそもラザニアに固執するメリットなど存在しないだろうから、無意識にやったのだろう。そういえば彼女もどこかずれている人だった。
 調理は手分けして行われた。早苗と手分けして食材の下準備をしている間に、咲夜が生地を作った。彼女の手に掛かれば生地を寝かせる時間をすっ飛ばせるからだ。
「そういえば彼女、少し様子がおかしかったわね」
 生地を練っていた咲夜が不意にそう呟いた。
「魔理沙のこと?」とアリス。
「私はいつも通りに見えましたけど」
「無理をしているというのか。まあちょっと気になっただけなんだけれど」
 彼女の口調には、何か知っているのなら教えろ、という言外のメッセージが込められているように感じられて、アリスはどうしようか迷った。本人に内緒で、勝手に話していいものか。しかし咲夜からの無言の圧力に耐えかねて、ついに口を開いてしまった。
「失恋したのよ」
「店主さんに振られた?」
「気がついていたの?」
「気がつく、というよりは。傍から見てればなんとなくそんな風に思うわよ」
「へえ、ということは友達同士で三角関係だったわけですね」
「相関図を作ればそうなるかもだけど、実際はそれほどはっきりとしたものじゃなかったみたいだし。多分霊夢は知らないもの」
「魔理沙が彼を好きだったことを?」
 アリスは頷いた。
 微妙な関係ですねぇ、と早苗が呟きを漏らしてタマネギをみじん切りにしていく。
「それにしても意外ね」
「そう?」
「あなたもこういう話題に興味があったなんて」
「私も、女ですもの。身近な人間の色恋沙汰に興味がない筈ありませんわ」
「まあ、それには同意するけれど。それだけ?」
「なにかあるかもしれないわね」
「え?」
 意外な返答に、思わず間抜けな声で聞き返してしまった。
「可能性の話、よ」
 そういって咲夜は本心の見えない笑みを浮かべ、どこか蔭のある眼差しでここではないどこかを見つめていた。

          2

 緊張、という言葉がこれほど似合う場面はないだろう。いつもよりたっぷり時間を掛けて心を整理してから、香霖堂の扉を開いた。
 ウェルカムベルが乾いた音を立てる。もう引き返せない。ちゃんと髪型を整えてきたし、乱れないようにここまで歩いてきた。身だしなみもちゃんとしているし、チョコレートも持ってきた。これで大丈夫なはず。
「いらっしゃい」
 店の奥から優しい声が聞こえてきた。胸が高鳴る。胸に手を当てて深呼吸を三回。それから眼を開けると、番台のところで霖之助が不思議そうにこちらを見ていた。
「こんばんは、霖之助さん」
 固い動作で彼のところへ歩いて行く。
 そんなこちらの様子に霖之助は苦笑を浮かべていた。
「そんなに緊張しなくても」
「だ、だって。今日はその、バレンタインだし。だから、えっと……」
「デートをしようか」
「そう、デートに行きたいな。って、えっ!?」
 一瞬何かと聞き間違えたのかと思ってじっくり十秒間、彼の顔を見つめて、それからようやく自分がデートに誘われたことに気がついた。
「あの、霖之助さん。でも、いいの?」
「何か不都合でも?」
「いや、えっと、そんなことはないんだけど。うぅ……」
 完全な不意打ちに霊夢の頭のなかは混乱しきっていた。落ち着けと何度も呪文のように頭のなかで唱えなてみたがあまり効果はなかった。
「まあ、僕も緊張していないわけじゃないんだけどね」
「全然そんな風には見えないわよ」
「そんなわけだから、今日はこれからの時間を僕に預けてくれないかな」
 真摯な眼差しで見つめられた瞬間、混沌としていた頭のなかが急に澄み渡った。いや、思考が止まった。なんだろうこの感じは。顔が熱くなって俯いてしまった。「うん」と小さな声で答えた。
 彼が立ち上がった気配がした。恥ずかしくて顔が見れない。
 ずっとそうしていると、右手を握られた。大きくて温かな手。
 反射的に霊夢は顔を上げた。
 霖之助の顔が、見上げたすぐそこにあった。
「それじゃ行こうか」
 とっさに言葉が出てこずに、頷くだけで霊夢は答えた。
 手を繋いだまま、店の外に出る。日はほとんど暮れていたが、空には大きな月が出ていて、優しく地上を照らしていた。
 そういえば、こうして彼と一緒に歩いたことはなかったな。そう思って霊夢は、少し不思議な感じがしていた。手を繋いで並んで歩いている。なんだか恋人同士みたいだ。
 それにしてもどこへ向かっているのだろう。そもそも幻想郷でこんな日が暮れてからデートが出来る場所なんであるんだろうか。方向的には人里に向かっているようだけれど。でも、別になんだっていい。彼とデートに行ける。それだけで霊夢は幸せでいっぱいだった。
 人里が見えてきた。そこそこの道のりがあった筈だが。時間の感覚がおかしくなってしまっている。そういえばまだ何も話していない。でも、何を話せば良いんだろう。こうして黙って歩いているだけでも居心地がいいし、これはこれでいいのかもしれない。
 大通りに入ると、かなりの人通りで賑わっていた。夜になって妖怪達が飲みに集まってきている所為か、日中よりも人通りは多いように感じる。日が日なだけに、男女の組み合わせも多くなっている。
 すれ違う恋人達に視線を漂わせながら、無意識に自分と比較していた。どう見えているのか。なんとなく、それっぽくは見られていない気がする。身長差の大きさがかなりネックになっているのではないか。
 ここは一計投じる必要がある。
 ごくり、と唾を飲み、霖之助の表情を窺った。至っていつも通りである。自分だけこんなに緊張しているのに。なんだか不公平だ。
 ついでに、驚かしてやろう。
「霖之助さん」
「ん?」と彼は立ち止まった。
 それと同時に、握っていた右手をすっと離して、しなだれかかるように体を寄せ、彼の左腕に自分の右腕を絡ませ。左手同士を掌を合わせるようにして、指を絡めた。
 彼の顔を見上げると、面食らったような表情を浮かべていた。それからしょうがない、という笑みを浮かべて、くしゃくしゃっと頭を撫でてきた。上目遣いに霊夢は、霖之助を睨み付ける。物の見事に返り討ちにされてしまった。浅く溜息を吐いてから、ぎゅっと霖之助に体を密着させ、また歩き始めた。
 目的地は大通りから少し外れたところにあった。幻想郷ではあまり見ないタイプのお洒落な外装の外食店だった。
「ここ?」
「ああ」と霖之助は頷いた。
 彼に導かれ店内へ入っていく。お洒落な音楽が流れていた。照明も大人しく、薄暗い。なんだかお忍びでやってきている見たいな感じがする。尤も、ざっと見た限りかなり客が入っていて、そこそこ賑やかなのでそれほどひっそりとした雰囲気ではないけれど。
「幻想郷にもこんなお店があるのね」感心しつつ霊夢は呟いた。
「最近出来たお店らしいよ」
 へえ、と店内を見渡していると、女給がやってきた。人数を確認すると、空いている席へと案内された。そこは店の一番奥まったところにある、周りからはそれほど見通しの良くない場所だった。その所為か、店のなかの環境音がどこか他人事のように響いていて、なんだか特別なところに来たように思えた。あらかじめ予約をしていたのだろうか、とも思ったがそんな風でもなかったので、おそらくは偶然なのだろう。そう考えると妙にわくわくしてきた。上機嫌のまま水とメニューを持ってきた女給に微笑みを返してやった。
 メニューの冊子を開いて、注文を迷っている振りをして、上目遣いで彼の方を見た。ちょうど、同じタイミングで向こうもこちらを見たので、視線がぶつかり合った。慌ててメニューの影に顔を隠した。翻弄されている、という表現が正しいかはともかくいまの霊夢の心境はまさにそんな感じであった。ゆらゆらと波の上に浮かんでいるような不安定な浮遊感。そのまま力を抜いて身を任せれば、とても楽なんだろうけど。そうするのことにどこか抵抗がある。けれど、時間を預けてくれと彼はいった。それはつまり、いつでも寄りかかって良い、ということだろう。向こうから大きく接近してきていて。もうすぐふれあおうとしているのに、自分は半歩下がっている。
「何が食べたい?」彼がいった。
「えっと……霖之助さんと、同じのを」ひょっこりとメニューの影から目の下まで顔を出して霊夢は答えた。
 彼はもう何を注文するか決めていたらしい。「判った」と答えると呼び出しのベルを鳴らした。女給はすぐにやってきた。注文を告げる霖之助の横顔を、ぼんやりと霊夢は見つめていた。注文を聞いた女給が一礼して立ち去っていく。なにを頼んだのだろうか。聞き逃してしまった。まあなんでもいい。彼が選んだ物ならば。
 どきどきしながら料理が運ばれてくるのを待った。なんでもないことなのに、なぜかとても楽しみ。幸せとはこういう根拠のない楽しみの集合体なのかもしれない。
 視線の焦点を、彼の顔に定める。
 どこか優しげな眼差しと、交錯する。
 そのまま、見つめ合う。
 気恥ずかしさはあるけれど、視線を逸らしたくはなかった。
 どちらからともなく、微笑みを浮かべていた。
 周りの音が消えていく感覚。
 世界には自分と彼しか居なくて、これから愛をはぐくんで、新しく繁栄していく。神話に登場する伊弉諾とイザナミのように。いやいや、待て待て。落ち着け自分。繁栄と言うことはつまり、たくさん子供を作ることだ。それはつまり。うん。それは確かに悪くないけれど。だから、そうじゃなくって。
 ぐるぐると暴走しだした妄想に歯止めを掛けようとしているうちに料理が運ばれてきた。目の前に皿が差し出されて、ようやく我に返った。女給に感謝をいいたくなったが、突然「ありがとう」なんていっても変な人だと思われるだけだろうから、心の中で呟くだけにとどめておいた。
 さて自分はこれから何を食べるのか。冷静になって目の前の皿を見つめた。きのこがふんだんに使われたクリームパスタ。
 あれ? と霊夢は思った。
「これ、霖之助さんの趣味じゃないわよね」
「どうして?」
「いや、その。なんとなく」
「その通り。よく判ったね」感心した表情を浮かべて、彼は頷いた。
「もしかして、ここに来たことあるの?」
「流石に、自分が来たことのないような店には、誘えないよ」
 まあそれは確かにそうである。それに、ちゃんと下見をしていたということは、彼なりにかなり気合いが入っているということだ。だが、釈然としないものもある。自分の趣味ではない、ということは、つまり誰かの趣味だということだ。以前来たときに、誰かの趣味で選んだものを食べたのだから、当然一人で来たわけではない。
「一人身近にひどいお節介焼きがいてね」訊いてもいないのに、彼はしゃべり出した。「彼女にここを教えて貰って、お礼に食事をごちそうしたんだ」
「彼女、ってことは相手は女なのね?」
「後ろめたいことはないから大丈夫だよ」
「でも。初めてじゃないじゃない。誰かと一緒に来るの」
「デートでここに来るのは君が初めてだよ」
 真顔でそんなことをいわれて、急に顔が熱くなってきた。ふつふつと沸き上がっていた感情が、すべて沸騰して、アルコールの様にどこかに飛んで行ってしまった。「……そういうのずるい」小さな声で呟いて、彼を睨み付けた。
「そういえば霊夢」とやんわり視線を躱しながら霖之助はいう。「いつまで被ってるつもりだい?」
「え?」
「それ」
「あ」帽子を被ったままだったことに気がついた。今度は別の理由で顔が熱くなってきた。帽子を脱いで、それで顔を隠した。「あぁもう。穴があったら入りたいわ」
「似合ってたけどね」
 それ、と帽子を指さした霖之助はにやにやと笑っていた。
 霊夢は、口をぱくぱくさせてから、帽子を膝の上に置いて「もう」とはにかんだ。

          ※※※

「入っていきましたね」
 その声に、アリスはすぐ隣を見た。
 好奇心旺盛な眼を細め、射命丸文は神妙な面持ちを浮かべていた。その手にはばっちりカメラが握られていて、今し方シャッターが下ろされたばかりのそれは、一仕事終えた後の充実感ではなく、夜の灯りにどこか哀愁漂う翳りを落としていた。
「どうします?」と彼女は振り返った。「なんだか良さそうなお店ですけど」
 ここで飲むのも吝かではない、そんな口調だった。
「いいんじゃないですか?」と最初に答えたのは早苗だった。「実は前から気になっていたところだったし。みなさんはどうですか?」
 ぐるりと全員を見渡す。昼間の面々に加え、一人増えていた。レミリア・スカーレットだ。霊夢が動き出す少し前に一旦咲夜が紅魔館に帰って、戻ってきた時に一緒に着いてきたのだ。楽しそうだから私も参加させろ、と。その様子を見ながら咲夜は穏やかに微笑んでいた。二人が並んでいる姿を見てまるで親子のようだなぁ、とそのときアリスは思った。
 早苗の提案に、異論を唱える者はいなかった。なんだかんだで飲む口実があればなんでもいいのだろう。アリスもその口だ。一人で静かに飲むのもいいが、大勢でテーブルを囲んでわいわいやるのもそれもまた一興。
 そうと決まれば行動は早い。ぞろぞろと連れだって店のなかへ入っていった。すぐに女給がやってきて、奥の方にある大きなテーブルに通された。移動しながらアリスは店内を見渡した。どこかに霊夢たちが居るはずだが、結局案内されたテーブルに着くまでに発見することは出来なかった。ここから死角になるような位置にいるのか、店の反対側にいるのか。見える場所にいないのが、少し残念だと思っていることに気がついて、駄目だぞ、と心の中で自分をしかりつけた。
 長方形の長いテーブルに順番に腰掛けていく。壁際の席は、奥から手前に向かって魔理沙、アリス、小傘、文という順番で座り。反対側は紫、レミリア、咲夜、早苗という順番だった。すぐ目の前に八雲紫とレミリア・スカーレットがいるというのは、神社の宴会以外ではなかなか見ない構図だ。宴会なら賑やかに談笑を交わしているが、その中心になるのんきな巫女が居ない所為か、なんとも微妙な空気が漂っている。
 しかしメニューとお冷やを女給が持ってくると、すぐに賑やかになった。メニューを開き、何を注文するかとわいわい相談が始まる。
「なんだか見慣れない名前の料理ばっかりですねぇ」興味深そうに文がいう。
「へえ、その世界を意識したようなメニューなんだ」と早苗はどこか懐かしむような眼でメニューを眺めている。
 確かに良くも悪くも一見すれば幻想郷らしくないメニューが並んでいる。和洋折衷というのか節操がないというのか。だがそれが逆にらしいといえばらしい様にも感じる。この場にも、魔法使いに人間、吸血鬼や唐傘お化け、固有種の胡散臭い妖怪。それに現人神までいる。こういう節操のなさがむしろ幻想郷らしさなのかも知れない。
 そんな物思いに耽っている間に、どんどん注文が決まっていく。全体的な方針としては、一人一人が決まった物を食べるのではなく、大きな皿のメニューを幾つか頼んで、それをつまみながら飲むということになっているようだ。まあ誰も大食いではないし、飲む方がメインなのでそれでいいだろう。
 やってきた女給に注文を告げ、それから談笑。アリスは自分から積極的に発言はせずに、話に耳を傾けながら店内に視線を馳せた。やはり、カップルが多いが、自分たちのように女だけで集まっているようなグループも幾つかあった。店のなかの喧噪の7割くらいが彼女たちによるものではないだろうか。もちろん、その中にはアリスのいるグループも含まれる。突き出しとお酒が一緒に運ばれてくると、本格的に賑やかになりだした。いつの間にか話のテーマがバレンタインに対する恨み言に変わっていた。会話の主導権は文が握っていた。こんな風習が出来た所為で、上司や同僚に義理でもチョコを渡さなければならなくなってしまったのが面倒だ。渡さないと嫌みを言われる。などと愚痴をこぼしつつ、ぐいぐい麦酒を飲んでいく。あっという間に一杯飲み干して、料理が出てくるよりも先に新たにジョッキを注文していた。
 アリスは、すぐ隣の魔理沙の表情を窺った。こういう場になるといつもやかましいが、今日は口数があまり多くない。一日中こんな感じだった。自分で誘っておいて。しょうがない奴だなぁ、とアリスは苦笑する。こちらの視線に気がついたのか、「なんだよ」と彼女が振り向いた。
「別に? ただ、もうちょっと楽しく飲まないとお酒がまずくなるわよ、ってアドバイスをしようかなって思って」
「なあ、アリス」
「なに?」
「これでいいのかな」
「さあね」箸先で突き出しのサラダを弄びながらしばらく考えてから、アリスは答えた。「あんたがいいと思うなら、それでいいのよ」
「微妙だなぁ……」魔理沙は苦笑する。
「そういう顔が出来れば充分よ。一時期のことを思えばね」
「そんなに酷かったか?」
「ええ。あんたは自覚がなかったんでしょうけど。毎日お葬式みたいな表情だったわよ」
「うげ。そうなのか」
「それに、やけになって人間止めようとしたときにはどうしようかと思ったわよ」
「やけって、別にあれは本心でもあるんだぞ」
「どれくらい?」
「半分?」
「この半端者」
 魔理沙の頭に手刀をすとんと落とす。
「その程度の覚悟で手を出したら、きっと後悔するわよ」
「いてて。いまは反省してるよ」
「本当に?」
「ああ」
「ならいいんだけど」と安堵するような表情を浮かべた。「まあ、本気で魔法使いになりたくなったらいつでも相談しなさいな。直接手ほどきなんかはしてやらないけど、アドバイスくらいならしてやってもいいわよ」
「それはどうも親切に」と魔理沙は肩をすくめる。「なるべく世話にならないように努力するよ」
「そうしなさい」そういってアリスは優しく微笑んだ。
 なんだか自分が知らないうちにいろんなことが起って、それぞれの形に落ち着いているような気がする。少し前まであった日常に対する揺らぎのようなものが、いつの間にか収まって、あるいはそれが普通になってしまって馴染んでいる。
 ゆったりと優雅に俯瞰しているようでいて、けれど他人事のようにどこか寂しくもある。どちらかと言えば自分から積極的に関わろうとしていないために、そう思ってしまうのだろう。
 彼女たちのような生き方が、羨ましくないわけではない。人として、短い生涯を全力で駆け抜けているその姿は、まるで花のように儚げで美しい。そんな風になれるのも、寿命が短いからだろう。長い時間を与えられればどんな生き物でも、どこかで怠けてしまう。今日できなくても明日やればいいという逃げ道がいくらでも用意されているのだから当然といえば当然だ。
 せめて、研究以外に熱中できる物があれば、きっと世界は変わって見えるのかもしれない。数少ない趣味の人形作りや劇も、元を辿れば研究の一環にしか過ぎない。
 そう考えてみるとなんとも味気ない人生を送っているようにも思えてきて、なんだか少し虚しい。
 溜息。
 なにを考えているんだか。
 ジョッキを掴んだ。口に近づけて、一気に麦酒を流し込んだ。普段あまり飲むタイプの酒ではないが、こういう時は一番気分がすかっとする。
「お、いいのみっぷり」
 嬉しそうに文がいった。
 
          3

 滞りなく時間だけが流れ去っていた。食事をしつつ言葉を交わして。ちょっとお酒も飲んで。そこそこ順調に見えるが、実はそうでもない。どのタイミングでチョコレートを渡そうか。なるべく自然にそういう流れに持って行きたいが、いまいちそのきっかけがつかめないでいた。
 ワイングラスに口を付けた。紅魔館のパーティに潜り込んだ時以外にはあまり飲む機会のないお酒だ。こっちの方が大人っぽいような気がして注文したのだが、それが間違いだった。紅魔館で飲むものよりも味も風味も劣る上に、酸味がきつすぎる。一口飲む度に顔をしかめそうになった。
「そういえば霊夢」
 グラスを置いて、彼の顔を見た。
「魔理沙には会ったかい?」
「魔理沙?」
 なんでいまここでそんな話をするんだろう。憤りというのか、釈然としない物がこみ上げてきて危うく表情に出そうになった。こうして二人きりでいるときに他のおんなの話をするものか? 落ち着け私。また嫌な女になりかけているぞ。と霊夢は軽く深呼吸。それからなるべくフラットな精神で「それがどうかしたの?」と首を傾げた。
「どうかしたってわけじゃないんだけどね」
 ただ何となく、と彼は僅かに口角を上げた。
「そうねぇ」と霊夢は考え込む。昨日魔理沙がやってきたときの様子を思い出す。特に変わったところはないような、あるような、微妙な感じだ。むしろ昨日やってきたときよりも、一昨日の方が様子が変だった。何かを押し隠そうとしているような、とても無茶をしているような。普段の彼女にはあまり似つかわしくない痛々しさが全体的にあった。いきなり現れてプロデュースしてやるのなんだのと言い出したときは、どうしたのかと思ったが。と、そこで霊夢は、あっと声を上げてしまった。
「霊夢?」
「あの、霖之助さん」
「なんだい?」
「もしかして、魔理沙と一回ここに来た?」
「ああ、来たけど」彼は頷いた。
「やっぱり。そうよね。霖之助さんが誰かとこんな店に来るなんて、私かあいつ以外考えられないものね」そこで霊夢は大きく息をはいた。「それで、あいつ何かあったの?」
「何か、というか。そうだね。あったといえばあったんじゃないかな。本人のプライバシーに関わることだから詳しくはいえないけれど」
「そっか」
 彼のはっきりしない物言いに、納得しかねる部分はあったが、それでも気になっていたことが一つ解決したのでよしとしよう。ワイングラスではなくお冷やに手を伸ばして、冷たい水を一口飲んだ。
「それにしても」と霊夢は拗ねたような視線で彼をみた。「霖之助さんって、昔からあいつに甘いわよねぇ」
「まあ、自覚はあるよ」
「あるの?」
「彼女は、そうだな。妹みたいなものだし」
「妹、か。うん確かにそんな感じよね」
 そういって彼女は笑った。彼の言葉を聞いた瞬間、なぜだかとても安心したからだ。先ほどまであった感情の澱はきれいさっぱりなくなっていた。
 それから食事を終え、ワインをボトルの半分まで飲んだところで店を出ることになった。たっぷり話も出来たし、楽しかったが、いまだ未遂行の重要な任務がある。いつやるか。勘定へ向かう彼の少し後ろを歩きながら機会を計る。店のなかは、来たときよりもかなり騒がしくなっていた。時間が遅くなってきて、酒が入って騒いでいる輩がいるのか。なんとなく聞き覚えのある声も、喧噪のなかに混じっているような気がする。誰の声だろうか。ものすごく馴染みのあるような……。
「霊夢」
 名前を呼ばれてはっとして彼の方を見た。扉を開けて、こちらを見ていた。しまったもう店を出るのか。そうなると自動的に、このまま帰路につくことになる。だが、ここで何か抗ったからといって何かが変わるわけでもない。焦るな。落ち着け。自分に言い聞かせながら霊夢は、彼の元に駆け寄った。
 外に出ると、湿り気に満ちた空気が漂っていた。それもそのはずだ。霊夢は軒先に立ちながら呆然とした。かなり立派に雨が降っていた。このまま傘も差さずに歩いて出て行ったら、一分もしないうちに頭の先からつま先までずぶ濡れになるくらいの雨だ。とてもじゃないがこのまま帰ることは出来ない。
 さてどうするか。彼の顔を見上げると、同じように少し困った表情を浮かべていた。このまま二人で雨宿りというシチュエーションはかなりおいしいが、いかんせん店の軒先である。なんだか気恥ずかしい。いやまて、もう少し現実的に考えよう。このまま雨が止まなかったらここで野宿か? それは流石にないか。せいぜい、親切な誰か、たとえばおばあさんに傘を借りて、二人で一緒の傘に入って、家に帰る。待て。それはなかなか魅力的なプランだ。しかしそんな親切なおばあさんがいるのだろうか。
 その時だった。すぐ傍で、がたん。という何かが落ちる物音が聞こえてきた。音のした方向に顔を向けると、一本の白い傘が落ちていた。傘、というよりは日傘っぽいなんとも雨の中では実用性以外にも充実した、少女趣味なデザインが施されている。なぜだかとても見覚えがあるような気がした。そもそもなんでいきなり傘が、と周囲を見渡した霊夢は、窓越しに、店のなかで手を振っている人物を見つけた。
 かなり離れた場所であるが、確かにいた。
 親切なおばあさんもとい胡散臭さ極まりないすきま妖怪八雲紫である。
 彼女はブランデーグラス片手に小さく手を振っていた。そして、その口が動いた。何を言っているのであろうか。読唇術など持ち合わせていないので全く以て解読不能である。いつから店にいたのか。もしかしてこっそり覗かれていた? それだったらかなり大問題である。お節介という言葉では最早片付けることは出来ない。そう、結界が揺らぐのと同等の、可及的速やかに対処すべき懸案だ。いやいやいや、と首を振る。それ以上になんとかしなければならない問題があったはずだ。そう、チョコレートだ。手に持った小振りな紙袋に目を落とす。そう。これをどう渡すかだ。紫のことはまた後から考えよう。どうせ、終わってからのこのこ顔を出してくるだろうから。その時にきっちりとっちめるなり感謝するなりしてやる。いまいち迫力に欠けるにらみを窓越しに利かせてから、傘を拾い上げた。開いてみると以外と大きい。これなら二人分入れそうだ。
「これ使いましょう」振り返って霊夢はいった。
「ああ」彼もなんとなく事情は判っているらしく、そう頷いて傘を受け取った。それからこちらを見た。眼でこっちに来い、という合図をしている。霊夢は、少し緊張しながらも彼に体を寄せて、ぎゅっと腕に抱きついた。あまりの心臓の鼓動の速さに胸を突き抜けてどこかに飛んで行ってしまうのではないかと思った。気づかれないように深呼吸しながら、霊夢は歩いた。体が密着しているから、もしかしたら気づかれているかもしれない。いっそ、胸がどきどきしているのが判る? などと芝居がかったことをやってみようかとも思ったが、それが滑ったときの気まずさを考えるとリスクが大きすぎるのと恥ずかしすぎるので踏みとどまった。
 道はすっかりぬかるんでいて、これではスカートの裾が汚れてしまう。じっとりと濡れた靴先から冬の冷たさが浸食してくる。周囲はすっかり雨音に包囲されてしまって、それ以外の音がなにも聞こえてこない。なんとも寒々しい。こんな雨のなかを一人で歩いていたらきっと、何も失敗していなくても落ち込んでしまう自信がある。
 人里を離れると、たちまち辺りが見えなくなってきた。行きは柔らかな月明かりが照らしてくれていたが、いまは無機質な闇しかない。自然と彼の腕に抱きつく手に、力がこもる。
「怖い?」彼の声がした。
「べ、別にそういうわけじゃないけど」と強がってみた物の、いつもより声のトーンが小さかった。本能的な恐怖というのだろうか。前も後ろも右も左も判らない闇の中にいるとたまらなく不安になる。
「霖之助さんは?」霊夢は問うた。
「僕は、これでも半分妖怪だからね。このくらいの暗闇、なんともないよ」
 言われてみればそうである。人里を離れてからも、これといって立ち止まったり進むことに窮したりすることはなかった。むしろこちらに合せてゆっくりと歩いてくれているくらいの余裕がある。
「君にも怖い物があるんだね」可笑しそうに彼はいった。
「私をなんだと思ってるのよ」霊夢はいった。「誰だって、何も見えなかったら怖いわよ」
「そりゃそうだ」とてものんきな声である。暗すぎて表情はみれないけれど、きっと笑っているのだろう。「だからこそ妖怪がいるんだ」
「うぅ、いま襲ってきたらどうしよう。霖之助さんを巻き込んじゃうかも」
「なにか心配の方向性を間違えている気がするな」
 闇の中で苦笑しているのが判った。
 霊夢も笑う。
 こんな状況でも、とても安心していた。抱きついた腕から伝わる温度が、そうさせていた。こんなにも、他の誰かが頼もしく思えたことはない。誰かに頼るというのも、悪いことじゃないなぁ、などと考えつつ、本人も意識しないうちになんともとろけきった笑みを浮かべていた。酔いが回ってきた所為もあるだろう。気持ちはかつて無いほどに積極的になっていた。気がつくと腕にほおずりをせんばかりに抱きついていた。
 しばらく歩くと、雨音が弱まり、やがて雲の切れ間から煌々と輝く月が顔出した。雨は上がり、穏やかな月光が地上降り注ぎ、闇に染まっていた世界を蒼白く照らし出す。
 霊夢は霖之助の顔を見上げた。
「ねえ霖之助さん」猫のような甘えた声。「今日が何の日か、知ってる?」
「バレンタインデー」彼は答える。至って平然とした声色である。
「作ってきたの」
「チョコレートを?」
「うん」
 頷いて霊夢は足を止めた。彼も立ち止まる。
 そして見つめ合う。
 胸の奥で心臓が、ひときわ大きな音を立てて跳ねた。
 腕を解き、紙袋の中から、チョコの入った箱を取りだす。緊張しながら彼の顔を見て、「はい」とチョコを差し出た。風が静かに流れる。草の葉についた水滴が月光に照らされ宝石のように輝いていた。
 彼はチョコを受け取ると、手に取った箱をまじまじと見つめ、「ありがとう」といった。
 霊夢は恥ずかしそうに俯きながら、ごにょごにょと口ごもった。
 霖之助は首を傾げる。「どうしたんだい?」
 心臓が痛いくらいに脈打っている。霊夢は、一度大きく息を吸った。それから「その、いま、食べて欲しいな……」と小さな声で、上目遣いで訊ねた。
 霖之助はしばらく驚いたように霊夢を見つめやがて、顔一杯に笑顔を浮かべると「ああ」と頷いた。
 包装を解き、なかから箱を取り出す。そして蓋を開けようと指をかける。その動作を霊夢は逐一見逃さないようにずっと見つめていた。
 やがて箱は開けられ、彼の指がなかからチョコレートをつまみ上げる。そのまま口に持って行こうとする動作を目で追っていると、彼と眼があった。彼は可笑しそうに笑う。霊夢は眼をきょろきょろ泳がせて、それから「召し上がれ」と咄嗟に思い浮かんだ言葉を口走った。彼はきょとんとしてから、こんどはくすくす笑って、まるでその延長線上の行動であるかのようにチョコを口の中に放り込んだ。
 あ、と霊夢は声を上げる。
 彼は、やけに難しい顔をしてチョコを咀嚼している。
 もしかして味が変だったのだろうか。それとも味がおかしい? 形の整え方がちょっと雑だった気がするし、もしかしたらそれだろうか。
 などと気を揉みつつ彼の反応を待った。
 口の中のチョコがなくなったのか、口の中の動きが止まったように見えた。
「ど、どうだった?」我慢できずに霊夢は訊ねた。
 霖之助はもったいぶるように表情を硬くして、徹底的に焦らしてから口を開いた。
「おいしいよ」
 その一言で、霊夢の表情はみるみる笑顔になって、頬は先ほどとは違う、喜びで紅潮して。くるりと背を向けると、小さくガッツポーズを決めた。
「そんなに自信がなかったのか?」苦笑しながら霖之助はいった。
「だってぇ。始めた作ったからすごく心配だったんだもん。ああ、でもよかった。ね、ほら。まだあるからじゃんじゃん食べていいわよ」
「それはありがたいけど」と霖之助は箱の蓋を閉じる。「出来れば、帰ってからゆっくり食べたいな」
 そういわれて、まだ帰り道の途中であったことを思い出した。
「あのっ」
 もう一度気合いを入れ直して、真剣な眼で、訊ねた。
「今日、泊まってもいい?」
「ああ」
 どうしてそんなことを、いちいち訊ねるのだろうか。という疑問が彼の表情には浮かんでいた。霊夢はそれを見て、一度ごくりと唾を飲む。
「その、それで。今日は……その……――」話していくにつれて声がフェードアウトしていく。このままでいいのか。もっと勇気を出せ。積極的になれ。自分の心を叱咤して、「一緒に、寝たいです」
 きっぱりと言い切った。
 目は逸らさずに、彼の双眸を射止めている。
 彼の目は、動揺で僅かに揺れていた。
 少し、後悔。
 やっぱり突然すぎるし、話の流れ的にも不自然だったか。でも、いま言わなければいつ言える。
 そうやって自分を無理矢理正当化しながら返事を待つ。
 たっぷり十秒ほどの沈黙が流れた。
 やがて彼の瞳に、何か決心したような色が浮かんだ。
 そして、霊夢を抱き寄せ、強く抱きしめた。
「僕なんかでいいのかい?」
 囁くような声が頭上から降ってくる。
 彼の胸に顔を埋めながら霊夢は、こくりと頷いた。
「霖之助さんじゃなきゃやだ」
「……そうか」
「うん」
 体を離して、彼の顔を見上げる。
 彼の両手が、肩に掛けられて、顔が、唇が近づいてくる。
 霊夢は、一生懸命背伸びをして、それを出迎える。
 唇が触れあう。
 チョコレートの甘い香りが漂ってくる。
 ぎゅっと、彼にしがみつこうとしたところで、不意に唇は離れた。
 恨めしそうに彼を見る。
 してやったり、という風に彼は笑っている。
 そうだ。焦ることはない。これから、時間はたっぷりあるのだから。
 霊夢は一度溜息を吐いてから、彼の腕に抱きついた。
 そのまま歩き出す。
 これが、家路だったらいいのになぁ。と霊夢は思う。いずれ、そうなる日が来るのだろうか。判らない。自分は博麗の巫女だ。普通の立場の人間ではない。
 やめておこう。抱きつく力を、ぎゅっと強める。いまはこうして、ただ純粋に彼を愛していこう。
 ――それが私の幸せなのだから。
 やがて二人の姿は、月明かりの元、どんどん小さくなっていった。
 

          ※※※


「それにしても」空のワイングラスを掌で弄びながら、レミリア・スカーレットは呟いた。彼女の視線の先には、八雲紫がいた。「あなたがこんな俗っぽいことに熱中するなんてね」
「私にだって、情はありますから」胡散臭い口調で紫は答える。「私の可愛い霊夢に幸せになって欲しいと心から願っている故の行動ですわ」
「果たしてそうかしら」レミリアは、僅かに語気を強めた。「なにか別の意図があるように感じるのだけど」
「さあどうかしら」黒目を右斜め上に向けて、肩を竦める。なんともわざとらしい、とぼけた仕草である。そしてワインボトルを手に取ると、注ぎ口をこちらに向けてきた。レミリアは、仕方なくワイングラスを差しだした。
「今日はそんな無粋な話題はさけておきましょう?」
 やれやれ、という風にレミリアは肩を竦め、そうね、という同意の意思を示し、彼女が注いだワインを一気に飲み干した。
 その姿を見ながら紫は微笑む。
 しかし、その面差しには、何かを憂うような色があった。それが真に霊夢のことを案じてのことなのか、それとも別の意図があってのことなのか、本人以外に知るよしもなかったのである。

          <了>



 
\ネクストッ マンオンナミッションッ!!/ 
            
                   ノノ⌒\   ___
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遠野播磨
http://lyricalradical.blog43.fc2.com/
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2011/04/01 00:09:42
更新日時:
2011/04/01 00:14:07
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2. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/01 04:29:08
どことなく破滅的
4. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/02 02:46:18
最後のレミリアと紫の会話がなかったら、
素直に二人の進展を喜べたのかもしれないなぁ…。

けど、幻想郷的には最後の二人の会話があってこそ、かも。
霊夢の立場も立場だしね。
6. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/03 17:38:24
普通の日常なのにどこかあやうい感じがいいな
8. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/05/03 15:50:29
この霖之助にはあと60年くらいで死ぬ呪いをかけておいた
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