- 分類
- あやれいむ
- 羽
神社の縁側で一人、今日もお茶を飲んでいるばかり。
私は、参拝客どころか妖怪すら居ない境内を眺めて、ふうと大きな溜息を吐いた。
「一年の初めだというのに誰も来ないなんて……本当に信仰心なんて有るのかしら」
信仰を催促するなんていう、本末転倒も良い所な愚痴を言っても、聞く人なんて誰も居ない。
正真正銘、博麗神社には、私以外の人妖は居なかったのだから。
今までは祭事の観客に、魔理沙や妖精くらいは居たものだけど、今年はその魔理沙も姿を見ていない。
大方、あちこちの宴会をはしごしているんじゃないかと思う。
最近は妖怪の山や命蓮寺にも行く様になって、ああ忙しい忙しいととても嬉しそうに愚痴を言いに来た事も有った。
私はと言えば、年末年始に神社に巫女が居ないなんて事に出来るはずも無く、一人でお茶を飲んでいる。
紫は冬眠中で姿を見せないし、早苗もこの時期は自分の神社で忙しい、他の奴はあてに出来ない。
こんな特別な時期に静かだという博麗神社は、妙に落ち着かなかった。
(今まで、いつも誰かが居たから、気にしてなかったけど……)
一人で静かというのは、結構心にくる。
誰かの声が聞こえれば、私はそれを眺めていれば十分だったし、余計に話すのは面倒くさい。
けれどこの数日間、私以外の誰かの声を聞いた事が無い。
まるで、この神社の周りだけに結界を張ってしまった様な気さえしてしまうくらいで。
今までの日常がひっくり返ってしまったかのような錯覚に、ちょっとだけ負けそうになる。
「……」
何となく、空を見渡してみた。
雲一つ無い晴れの日に見える物は、空を飛ぶ人間か妖怪くらいしか無い。
だけど、その妖怪の中に、ひょっとしたら。
(――居る訳無いか。そもそも、居たとしても分からないし)
居ないで欲しい時に居て、居て欲しい時に居ないあの鴉天狗、射命丸文。
いつもは邪魔なくらい寄って来るのに、こういう時だけぱたりと姿を見せなくなる。
せっかく今日は気分がいいから、邪険に扱わないでおこうかとも考えてたのに。
「……」
ちくちくと、胸が痛む。
幾度となく空を見上げても、黒い点は私の前を横切るばかりで、私の方を向いてはくれない。
それには慣れているつもりだった。だけど、静かな神社までは、考えた事も無かった。
耳を塞ぎたくなるような静寂が、私の心に少しだけ影を落とす。
耳鳴りの音も届く様な静謐な空気に、時折吹き荒ぶ冷たい風。
お茶以外に温かいものを知らないこの縁側は、他の人からはどれだけ寂しいものに見えるんだろう。
もっと暖かい格好をするべきだった。そうしたら、変な事考えなくても済んだはずなのに。
寒い。
寒い。
――――パシャッ!
「……え?」
一瞬にして真っ白に染まる視界。
眩しくて閉じた目が、その原因を教えてくれない。
「あやや、まさかこのような場面に出くわすとは」
目が光に慣れるよりも早く、その声で原因が誰なのか把握できた。
「……あや?」
「はい。清く正しい射命丸です」
ばさり、濡れ羽色の羽をはためかせて、あの面倒くさい顔が、目の前で笑ってる。
どうしてこう、何日も放っておいたくせにこんな時に来るんだ。
心配してるわけでもなく、嘲りにきたわけでもなく、いつも通りに来るんだ。
安心しちゃうわよ、そんなの。
「っ、は、は、は、あははははは」
安心したら、急におかしくなった。
たった一人こうして来るだけであっけなく忘れてしまえる悩みなんて、取るに足らない事だった。
そんな小さな事で悩んでた私が、馬鹿らしくなった。
「れ、霊夢さん?」
やや戸惑っていながらも、しっかりシャッターは切っている辺り、本当に文だ。
こんな姿、絶対に写真に残されたくないけど、おかしいのが止まらない。
「ねえ、文」
「はっ、はいっ!?」
やっと少し収まってきた笑いを堪えて、冬なのに短い文の袖をを捕まえる。
ぎゅっと握った手の平から、誰かが居るという実感が確かに感じられた。
「――ちょっと肩貸して」
頑張って、声を出す。
「……肩、ですか?」
やっぱり、伝わってない。
分かって欲しい。分かって欲しかったけど、こんな言い方じゃ私だって分からない。
けど、これ以上は、恥ずかしくて言えない。
「い、いいからちょっと来て」
両袖をぐっと掴んで、文の目の前で言う。
これだけでも恥ずかしくて、身体が震えている。
文はちょっとだけ考えた後、コクンと頷いた。
「〜〜〜♪」
神社の縁側で二人、文と並んで座っている。
私の左肩には文の羽が回っていて、私の右肩は文の肩にくっついて、
ついでに言えば、私は文のお腹辺りに手を回している。
「……こんなの、肩を貸すなんて言いませんよ、普通は」
「あら、字面的には間違っていないと思うわよ。ちゃんと肩も借りているんだし」
「正確には羽も、ですね。どちらにしろ、普通じゃありません」
「いいじゃない、減る物じゃないんだし」
むう、と文は唸って、手帳に何かを書き始める。
その分お腹辺りが自由になって、より私の手が広く覆い被される。
ウエストは細いのに柔らかくて、寒風吹く中とても暖かい。それは羽も同じで、ふわふわなストールの様だった。
そして、私の手で誰かに触れているという実感が、何よりも暖かい。
冬の寒さなんて、この暖かさにくらべたら、何でもないとさえ思える。
「……どうしてまた、こんな事を?」
「嫌だった?なら別に離れても良いんだけど」
「いやまあ、嫌だって事は無いのですが」
ベタベタ引っ付かないでくださいとは言われるけど、そんなの知った事じゃない。
真冬の寒空だというのに妙に暖かい文の身体に、あやかりたいだけ。
文の羽に包まれて、文の暖かさを感じて、冬の寒さなんてとっくに忘れてしまった。
でもそんな事を、例え口が裂けても文に言えるはずが無い。 もしも知られてしまえば、明日の朝には一面記事になっているはず。
「寒かったからよ」
だから私は、ほんのちょっとだけ正直に言ってやった。
- 作品情報
- 作品集:
- 1
- 投稿日時:
- 2011/04/01 00:08:22
- 更新日時:
- 2011/04/01 00:08:22
- 評価:
- 2/11
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