シンプル創想話

想像妊娠

2026/04/01 02:34:59
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「あ、早苗さんこんにちは」
「‥‥」

 最近、椛がなんだか哨戒隊の仕事を休んでいるというので、土産に諏訪子秘蔵のお酒をかっぱらってお見舞いに行った早苗を待っていたのは、白狼天狗のほっこり幸せそうな笑顔だった。
 なんというか、笑顔の周りに金木犀とか沈丁花が咲き乱れているような‥‥いや、これは金木犀とかそんなんじゃない。桜だ。控えめな染井吉野じゃない。ド派手なもも色ぶりっぶりの蝦夷山桜だ。きっとそうだと早苗は思った。

「あ、すいません、ちょっと、事情があったんですけど‥‥心配させちゃいましたね。ごめんなさい。‥‥あ、これ?最近張って来ちゃって。痛いんですよ、ちょっと」
「‥‥」
「重たくて、サラシじゃ食い込んでいたいし、肩こるし‥‥」

 ぽかんと口を開ける早苗の目の前で、山桜‥‥もとい椛はくねくねと揺れる。普段と全然違う、なんだか“すてきな女のひと”的な言動と、パンパンに腫れた胸と、お腹と一緒に。

「ねっ」
「ね、じゃないですよ」

 ハートマークが十個ぐらいついちゃうような「ね」に、早苗は思わず突っ込んでしまう。
 突っ込みもきにせず相変わらずくねくねしている椛を目の前にして、早苗は現実逃避気味に考えていた。
 “どたぷーん”か、はたまた“ドドドドドド”か。どっちがいいだろうか。彼女の両手に抱えられたあふれる双球、およびお腹に似合う効果音は、と。
 


************



「どーいうことですか、あ、れ、は」
「あ、あたしに聞かれてもねえ」
「‥‥」
「目えこわいって」

 この不可解な事象に対する明確な回答を早苗は求めたのだが、一緒に来た鴉天狗のはたては、てんで頼りにならなかった。あはは、と頬を掻いて笑うだけ。早苗は先祖譲りの御赤蛇(ミシャクチ)様的霊気で威嚇してみたが、はたて嬢は怯えるだけであった。そんな彼女達を気にする様子もなく、幸せ狼はほころん、と笑顔を向けてくる。

「ごめんなさい。心配させちゃって。早苗さんには何も言ってなかったものね。あ、はたてさんには伝えてましたよね?言ってなかったんですか?もしかして」
「‥‥なんですって?」
「早苗?わたし聞いてないからね?」
「おう?」
「だからおっかないってば」

 眼の前の椛状の生物は、幸せそうな笑みを浮かべ、ときおりお腹をさすっている。小さくこぎれいな彼女の庵は隅々まで掃除されており、壁の衣文かけには何やらゆったりとした浴衣が掛けてある。あれやこれやの状況と彼女の言動から推理するに、それはどこからどーみても“おめでた”的な言動である。
 差し出した見舞いの日本酒にも、「ありがとう!でもね‥‥」とちょっと遠慮がちな表情を浮かべているのだ。

「天変地異だ」

 思わず、そうつぶやいてしまう早苗である。天狗、いや、椛が酒を遠慮したのだ。これを天変地異と呼ばずしてなんと呼ぼうか。

「だからこれはただの気まぐれむぎゅえ」

 事実を矮小化しようとするはたての首根っこを掴みつつ、早苗はなんだか申し訳ない気分になる。妊婦にお酒とたばこは厳禁。それくらいの常識は捨ててない。いあ、そこは生きていく上で最低限必要な常識でしょう。太陽が西から登って東に堕ちようと、生の神秘は古今東西変わりないのですから。
 
「堕ちるとか云わない。堕ちちゃダメだから」
「ねえ、はたてさん」
「はいな」

はたての首を掴みつつ、早苗は改めて尋ねる。

「もう一度聞きます、なんですかあの幸せそうな椛さんに見える生物は」
「さあ、なんでしょうねえ」

 とぼけた声に、首根っこを掴む手に一層の力が籠められる。
 獲物がびくりと体を震わせた。

「まぁずこのまま首をひねり絶命させたうえで頚を切ってWATAを抜き血抜きをしたら羽をむしり産毛を焦がして米を詰め」
「わひっ、ちょ、早苗ちゃん、やめて!目が蛇!蛇っ! にらまないでって、ほら、椛も気にしてるから、ほら!」
「え?」

 諏訪子・神奈子二柱直伝の「捕食者の目」で迫る早苗を押し返しつつ、はたては、あごで椛を差す。
 いきなり話を振られた椛は、首をかしげて見つめてきた。ちょん、と。
 すごく、「女性」の香りがした。

「なあに?」
「今晩は鳥の丸焼きですからね」
「え」
「い、いや、何でもない、何でもないからね、あはは、ちょっと、私たち御花摘みに行ってくるから」
「ああ?」
「あら、すいません、引き留めちゃって」
「ちょっと」
「いえいえ。ほら早苗、もう漏れちゃいそうなんでしょ?ほらほら」
「はたてさぁん?退治しますよ?吸い取りますよ!?妖力スポイラーでジュルジュルって」
「イイからっ!」

 たとえ雰囲気で圧していようとも、膂力は人間と天狗、比べるまでもなく。早苗ははたてに引っ張られ、家の外へと出された。
 雲一つない青空と、じわりと暖かい空気と、雪解け水でじゅくじゅくにぬかるんだ道端の泥とそこから聞こえるちょろちょろと流れる水音が、生ぬるくピンク色に湿っぽい彼女がいるあの室内の空気をさらに桃色に温めているような気がして、早苗はげんなりした。


*******


「だれですか?椛さんを孕ませたのは」
「早苗、女の子ならもうちょっと言葉は選ぼうね?」
「緊急事態にそんなこと言ってられますか」
「緊急事態じゃないからね。なにもどこもエマージェンシーではないのよ、早苗」
「ああ、そうですよね。もう“カンパ”するにも手遅れですからね。あんなお腹じゃ」
「早苗ぇ‥‥」

 退廃じょしこーせー的な台詞を吐いた早苗に、なぜかはたては、目に涙を浮かべた。はたての幻想が一個ぶち壊された瞬間だった。JKは清純、ってな。
 そんなこと知る由もない早苗は、はたてを爬虫類的変温動物的スレイヤー的視線でにょろにょろ責める。

「で、誰なんですか」
「いい?あれはね、早苗が心配しているようなことじゃないの。全然違うんだからね」
「何が違うんです?だれが椛さんを孕ませたんですか?誰とやっちゃんたんですか椛さんは」
「だから、違うってば!」
「何が」

 無表情でずんずん迫る早苗をむぎゅむぎゅ押し返しながら、はたては小声で器用に叫ぶ。

「椛は誰とも! そういうのないの!」
「はい?」
「いい、よーく聞いてね」
「はい」
「‥‥想像妊娠」
「は」
「想像妊娠なのっ!あれは!」

 家の中の椛に、気を使っているのだろうか。
器用に小声で絶叫しながら、はたては早苗の肩を抑えて苦笑いした。

「それで済むと?」
「おぐ」

 しかし納得できない祟り神の末裔である。
 目をギラギラさせながら適当なこと言う天狗の首を掴むのだ。
 
「体形変わって匂いも変わって話し方も変わってあれが想像妊娠で済むはずないでしょう。あの幸せオーラが嘘だというんですか、しゃー」
「へ、へびっ、早苗、蛇になってるっ」
「しゃー」
「しんじて、ほんと、あのねっ」
「‥‥」

 早苗も本当はわかっているのだ。
 日長一日哨戒だといって滝で一人きりの椛。哨戒でなければ山の巡回パトロール。そうでなければ事務仕事。家のナカにおとこの匂いはしない。
 血を吐くかのように、早苗は苦し気に言葉を紡ぐ。

「分かってますよ、解ってるんですよ! も、みじさんがオスと出会う機会、ないって!」
「オス言わない。おとこ。早苗さん人間。ケモノ違う。おちつけ。あなたは人間」
「オスが、もみじ、さんとっ」
「おちついて」
「オス」
「どうどう」

 縦に割れた蛇の目が丸い人間の目に戻るまで、はたては一生懸命クールダウンさせた。
 1時間かかった。人間にもどるまで、かつ早苗が椛の状況を納得するまで。

「‥‥あれはいつまで続くんですか」
「だいたい症状がひどいのが3日。そのあと1週間くらいでなんとか」

 生理じゃないんだぞ。

「‥‥」

 そっと藪影から椛宅を覗く。
 しばらく、この庵には近づけまい。
 
「‥‥行きましょうか」
「そうだね。早苗ちゃん」
 言って、一歩踏み出した時だった。
 早苗の脳に、悪魔的発想がひらめいてしまった。

「そういえば、もうお一方おおかみさんがいらっしゃいましたね」
「‥‥早苗?」

 手には、椛に断られたお酒の瓶。

「さなえー?」
「あの方もそうであるなら、お見舞いをすべきでしょうね」
「天狗よりえぐい好奇心出してない? ねえ」
「いえ、ただ、同じ悩みを持つ仲間がもしいるなら引き合わせてあげたくなるものでは」
「いやさ、あのさ」
「この好奇心は止められない」
「まていまていまていまてい! さっきまでのあなたはどうしたの!? 今の早苗ちゃん、まるで諏訪子様よ?」
「げっげっげっ」
「笑い方! カエル!」
「いざ」
「まって! うぉい!」

 何かがプッツンした現人神は、制止する天狗の手を振り切ると、春風とともに竹林へ向かって飛んでいった。
 
************

「‥‥何か?」
「どちら、さま」
「はたてさん。はたてさん。わたしにはわかります。これは影狼さんです」
「いやあの」
「俺を知って‥‥ああ、山の巫女さん‥‥ごめんな、ちょっと今体調悪くてさ‥‥」

 竹林の古びた庵、その扉を叩いた二人を出迎えたのは、頭一つ二つは上背があろうかという、ロン毛むきむき上半身裸の狼男。

「相手がいないなら自分でなってまえパターンですか」
「ん?」
「あ、お気になさらず」
「な、なんで裸なんです」
「ちょっとさ、味噌汁作っててこぼしちゃってさ‥‥ごめんな、女の子の前なのに、裸とか」
「‥‥」
「私は知らなかったですけど、はたてさん、ご存じなかったんですか?」
「いや、これは、知らなんだ」

 想像妊娠の代わりに想像男子化とか、普通予想できるものではない。
 なお、今晩は満月である。“彼”の妖力はピークなのだ。

「だから変身できても何も不思議はないのです」
「いやでもねこれは」
「んん?」
「だって、お、男になってるとかさ」
「彼女と逆なんですね。会えないから自分が男になるんですね」
「んな、いや、んな馬鹿な」
「ん?なに?さっきから、なんか俺の顔についてる?」
「‥‥はえ」
「おきになさらず」

 わさっ、と髪をかき上げた影狼の胸肉や脇から、とんでもないフェロモンが飛んでくるのを嗅ぎ取り、早苗は春が来たことを強く実感した。
「あう、あ」
 心なしか、いや確実に、はたての態度がしどろもどろに感じた早苗だったが、祟り神的土着神的血統の発現により、すでに次の行動は決まっていた。

「影狼さん。ちょっと、会っていただきたい方がおりまして」
「おい」
「え。ちょっとまって、俺と?」
「ええ。できれば早急に」
「さ、さなえ、あの」
「イケメン、高身長、筋肉、フェロモン、しかし礼儀正しく、ちょっとドジっ子ながら自炊まで。こんな優良物件放っておけますか」
「いや、でも、影狼さんは普段はおん――――」
「嘘にウソをぶつけたら本当になるんですよ」
「何の理論!? ねえ何の理論!? あわせるんでしょ!? そのつもりなんでしょ!? でももしかしたら2,3日で現実にもどっちゃうかもしれないんだよ!? それとわかってあなたはやるの? 何その残酷物語!」
「何の話を‥‥」
「いえ、私が誰かお忘れですか。奇跡は起きます。起こして見せます。だってほら、私は現人神。そしてすでに目の前には奇跡」
「そ、そうかもしれんけどね!?」
「春ですから何でもできるんですよ。嘘だって真にできるのです。御覧に入れましょう、大祝の大奇跡を!」
「でも、影狼さんは」
「タイプでしたか」
「え」

 キョトンとするイケメンむきむき影狼をよそに、にらっ、と蛇の目で笑う現人神が、はたてのまえに。

「ちょっとドギマギしてますね。 わかりやすいですね」
「ちょ、いくら何でも展開急だって! わ、わたしは、そんな‥‥」
「心配ご無用。だって私は現人神」
「早苗ちゃん!?」
「ツガイが足らんのなら、私がなりましょう」
「はえ」

 

 そっとはたての手を取った、早苗の手は、すでに頑丈な、骨太の――――

「俺が相手じゃ不満かい。はたて」
 目の前に現れる、細身骨格がっしり長身のイケメン。
 奇跡の拡大解釈しすぎ。
 しかし面食い天狗は一撃で堕ちた。
「嘘っ ――――~~~~~~~」
「あのー‥‥」
 ぽりぽりと頭を掻く、ワイルド系狼男の目の前で。
 




 
 暴走する春の空気。誘われ咲いた、新たな桜。白と黒、紫と緑。かくして山には二つの実がなり、影狼は妖怪の山へ引っ越したのだった。



 おわれ
 

半分は供養作品のようなもので
なげっぱなしって、いいですよね
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