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芥川龍之介のラッパー

2025/04/01 19:46:03
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 クラブはいつも酒臭い。私はこの喧しさが嫌いだ。なぜなら河童が生み出した空間だから。
 馬鹿高いドリンクチケットを渡してビールを受け取り、グラスを片手にうろうろとする。河童どもはDJの鳴らす単調な音に合わせてへたくそに身体を揺らす(ダンスとは言いたくない)ばかりだ。かと思えば今度はDJが滅茶苦茶なスクラッチをやりだした。盛り上がりはいまひとつだった。おお、おー! おお?みたいな歓声に似た鳴き声があがる。活舌の悪いラッパーが出てきてなんか歌ってる。言ってる意味は分からないはずなのにたぶん友人と思しき奴らがイエー!と叫んでいる。音楽に罪はないが、この空気感はひどい。未成熟な癖にその未成熟さを芸術と勘違いしている。これじゃうるさいだけだ。
 賑やかなのが嫌いなわけではない。祭りは好きな性分である。が、ムーブメントを巻き起こすのは我々山童の仕事であって、こいつらの領分じゃない。機械だけ弄っていればいいものを、何を思ったか急に群れだしてどんちゃん騒ぎを繰り返している。本来寂しがり屋の河童どもは、ひとりならばそれぞれが持ちうる情熱を物言わぬ機械に注ぎ込むことで孤独を紛らわしているのだが、彼奴等の捻くれた職人根性が集団化してしまうと、まるでそこが世界の中心であるかのように、最先端を担っているのは我々だと言わんばかりに進軍を始めだす。心底気に食わない。技術そのものは認めざるを得ないが、機械いじりの能力を除けば、こいつらに経済的な価値はないのに。
 ビールを飲み干すと、私は逃げるようにクラブから抜け出した。まだ夕方だった。夜はこれからだった。
 ことの発端は河城にとりのラジオだった。元は個人で細々とやっていたラジオで、本人が手売りしている受信機がなければ基本的には聞くことさえできない。周波数がオリジナルだそうだ。ちなみに私は初期からのリスナーだった。ラジオから聞こえるにとりの声は、種族的な意識が前提にあるのにも関わらず、応援したくなるものだった。「やあ盟友、今日もよろしくね」という挨拶からはじまり、それから音楽が流れたりトークをしたりするのだが、なんとか面白い放送をしたいという意志の元、初期はさまざまな試みが行われていた。迷走していると言っても良い。鴉天狗の新聞の朗読、オリジナル音源の制作、見えやしない応援イラストの募集、即興ぐだぐだ落語、ASMR、イマジナリーリスナーからのお便りコーナー、ネッシーへのインタビュー、大局将棋ぶっ続け耐久配信(もちろん読み上げで。盤面なんてわかるか!)エトセトラエトセトラ――これらを配信した後、にとりは「はいみなさま、本日もありがとうございました。まあ誰も聞いちゃいないんでしょうけどね」と乾いた笑いを流して締めていた。私はその言葉を聞くたびに、ここに聞いてるやつがいるよと心の中で思ったものである。
 そんなラジオだが、ある企画を境に急にリスナーが付き始めた。フリースタイルラップだ。音源に合わせて即興のラップを披露するというものだが、ちょっと自棄になったのか、天狗や山の神様の悪口まで言い始めたのだ。
「偉そうな天狗は即天誅 その高え鼻あかして折る全部 もっと金よこせ! 生活費すらままならねえ きゅうりで釣れると思うなよ ええとバーカバーカ 効かない誤魔化し お前らまやかし おためごかしだぜナーミーン?」
「このラジオはかなりマイナー 拾う神ありなんて言うけど神も仏もありゃしないな あんたらなんて知らんが何が神の御業? 悪事は全部守矢の仕業! 誰もいないよお前らの味方! こんな感じで切りかかるにとりだ! 晩酌は今日もひとりだ はあ」
 基本的にグダグダだった。まじで恥ずかしい。だがなぜかそれがたいそう受けた。にとりの歌は同じ労働階級者たちの共感を呼び、ひとつのコンテンツとなった。当然、お上の耳にも届いた。だが山の神たちはノリが良かった。なんと巫女がアンサーソングを返したのである。
「Yo あんたらなんて知らんがなんて遺憾があんなら返すアンサー! どちら様ですてかWhat's your name? ははっ、わたくし東風谷早苗です 信者の願いを叶えてる あなた方神の御慈悲に甘えてる 三つの柱が金字塔 信仰はまるで蜃気楼でも最後までうちらを信じよう Yo とりま進化する守矢神社 神に祈りを 民に実りを 与えたもうぜひお見知りおきを!」
 これがまずかった。アイドル的人気を得た早苗と火付け役のにとり、ふたりの緩いビーフによってフリースタイルバトルは娯楽へと昇華されてしまった。天狗たちは怒るに怒れなかった。彼らの頭は硬いが、若い者のムーブメントについていけない事実を認めることもできなかった。
 にとりのラジオはフリースタイルばかりをやるようになった。次第にヒップホップが蔓延した。はたして、これをヒップホップと言っていいのか、私は答えを持っていないが、そんな議論さえ起きていた。こういう原理主義的な議論はあらゆるコンテンツの初期微動である。あらゆる意見で飽和し熱が冷めるまで成長を続ける。
 家に帰った私はまた性懲りもなくラジオをつけた。いやな思いをするのはわかっているのに。
「やあブラザー。今日もあちいフリースタイルかましていくぜ、チェケラ!」
ああ! 挨拶まで変わってしまった。なにがブラザーだ。あのころのにとりはもういない。今日は先日にとりフューチャリングした鳥獣伎楽とのコラボ配信だった。
「いやー面白かったよねえ。最近流行ってるのは知ってたけど、ラップの手法を取り入れてみると結構日本語の面白さを再確認できるというか。響子のお経もバースとして使えたし」
「ねー、私もびっくりしたよ。ありなんだなって。ほんと流行ってるよね。ロックやってたほかのグループもさ、ミクスチャーバンドみたいになっていったし」
「敷居は低いですからね。ラップの強みというか、外界のとあるラッパー曰く『韻踏んじゃったらお前もライマー』だそうなので、みんなもどんどん曲とか作ればいいんじゃないかなって」
「あははは、間違いないね」
 んなわけあるか。なにが韻だ。インダハウスだ。その文脈に妖怪の居場所はないんだよ。駄曲ばかり溢れかえったらどう責任取るんだ。馬鹿ばっかだまったく。ああ、もうなんでこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ。私には関係ないのに。むしろこのムーブメントに取り入ったほうがいいに決まっているのに。
 いやな気持ちになりながらも最後までラジオは聞いた。このいやな気持ちは寝てしまえば自然と消滅するのだが、今日は眠れない夜だった。ストレスを動力に変えて私はラジオ塔を訪ねた。よっぽど悪口でも言ってやろうかと思ったの。逃げ口上は「これもエンタメって言うんだろ、あんたらの間じゃ」だ。
 ラジオ塔は鳥獣伎楽のファンでごった返していた。きゃーきゃーとクラブのそれとはまったく別の種類の耳障りな声にミスティアと響子は愛想よく対応していた。そのファンの間をこそこそと抜けていく影を私は見逃さなかった。にとりである。帽子はニューエラのキャップになっていたし、胸の鍵もごついゴールドのチェーンに変わっていたし、靴だって長靴じゃなくて靴ひもを全部引っこ抜いたアディダススーパースターを履いていたが、紛れもなくにとりだった。
 声をかけると、一瞬驚いたような顔をしたが、声の正体が私だとわかると、喜び交じりの驚嘆はすぐに落胆に変わったようだった。「ああ、たかねか。どうしたのさ」
 こいつはなんて情けないんだ。根っこがびびりだから目立たないように振舞いながらも、この人波の中で誰かに気づいてほしくて仕方がないのだ。これだけいるのなら自分のファンだっているに違いないと思いつつも、群衆の中を堂々と歩く勇気はないのだ。ファンがいないことを知るのも、そもそも知らない人に話しかけられるのも怖いのだ。にとりは表情に出していないつもりらしいがつつぬけだ。
 なんて情けない。けれども私は気づけばねぎらいの言葉をかけていた。
「最近忙しいだろう。食事でもどうかと思ってさ」
「ええー、君がぁ? なんかきな臭いなぁ。取材とかはNGだよ」
 すぐ有名人気取りだ。んな価値ないっつーの。
「まあ、そう言わないでさ。美味しい話があるんだよ」
「うーん、まあ今から予定ないし、いいけどさぁ」

 取りあえず近くの立ち飲み居酒屋に来てビールを頼んだ。
「「カンパーイ」」
 にとりはビールを一気にあおってから、ドンとジョッキを置いてすぐに切り出した。
「で、美味い話ってのは? ほんと最近忙しいんだよね」
 偉そうに。まじむかつく。
「うん、そうだろうね。話というのはだね、手伝おうと思ってさ、裏方というか、流通というか」
「そんなことだろうと思ったよ。あいにくだけど間に合ってるよ。正直さぁ、興味ないんだよねメジャーとか、好きなことできなくなるしぃ」
 うわ。もうだめだ。キレたい。説教したい。なのに私の口調は崩れる気配がなかった。
「……いや、ここだけの話。私さ、実は昔からラジオ聞いててさ、リスナーなんだよね」
「まじで? 知らんかった」
「まじまじ、大まじ。はがきとかは出してなかったけどさ、ほら企画のアーク溶接ASMRとか、斬新で面白いなって思ってたんだよ。あと好きだったのはダンス配信ね。ラジオなのに! 皿回しって言いながらヘッドスピンするやつ。ずっと息切れだけ聞こえてきてさ、笑っちゃったよね」
「うわーなつかしっ! 恥ずっ! まじに最古参じゃん。言ってよもー」
 にとりはあからさまに照れていた。たぶんだけど面と向かって言われることがないからだろう。初期リスナーなんて彼女の友人くらいしかいないだろうし。
「でさ、売れてる今だからこそ多方面にも働きかけるべきだと思うんだよね。文字通り広告塔というか、音楽に興味ない人たちにも届けられるようにさ。ラップもそうだけど、べしゃりの才能があるんだから」
「……ふんふん、で、具体的にはどうすんのさ」
「まあ別に難しいことじゃないよ。好きなようにすればいい。思いついたことなんでも。今ならパイオニアだし、人気だからインフルエンサーにもなれる。もっと有名になれば、音楽も評価される。でしょ」
「うん」
「ただ大事なのは弾数だ。ラジオそのものをもっと普及させないといけない。声の届く範囲を拡大させるんだ。もちろんリスクはある。ラジオが売れなきゃ話になんないし、需要と供給に関しては正直まだ手探りだ。売り上げだけじゃない。それにファンが増えればアンチだって出てくるし、同業者も増える。それでもね、パイオニアってのは強いよ。潜在意識に刷り込めば勝ちだ。例えば、そうだなぁ、巫女といえば霊夢だろう。山の神社にも巫女はいるが、やっぱり巫女と言えば霊夢なんだよ。そういうこと。今からやればラッパーと言えばにとりってことになる」
「なるほどねぇ」
「で、だ。普及のためにはいろいろ面倒がある。ラジオの生産、それに販売、広告、それらを私が担おう。生産は君の工房で行う。どうせ使っていないだろう? 仕事のない河童たちを安く雇おう。販売、広告は山の神様と天弓様につてがある。天狗様たちは渋い顔するだろうが、いずれ参入するさ。がめついからね。君は今まで通りに配信してればいい。負担はなるべくかけないようにしよう。検閲もする。けれど君の企画や音楽には一切口出ししない。どうかな?」
  計画なんてまったく考えていない。口八丁だ。河童を雇うのは厳しい。あいつらは職人だが、同じ物、しかも他人の発明品を作ることなんて嫌がるに決まっている。あと山の神につてなんてない。大ぼらだ。だが、にとりは食いついたみたいだった。よくこんなに口が回るものだ。我ながらすさまじい商才だ。
 にとりはしばらく考え込む仕草をしていたが、これは頷く前の準備に違いなかった。もはや夢を見ているかのように、目が濁っていたからである。こいつらには商才というものがまるでない。リスクヘッジなんてできやしない。
「……それ、まじでいいね。乗った」
「じゃあ決まりだ。細かいところは後日詰めよう。今日は前祝いといこうじゃないか」
「いいね、いいね。行ける気がしてきた! じゃあもう一度乾杯だぜ、ブラザー!」
 盃の代わりにかちんと半分以上なくなったジョッキをぶつけ合う。こんなことする予定じゃなかったのに。にとりは満面の笑みだ。感極まったのかフリースタイルをはじめた。
「私がそうさパイオニア 吐き出す言葉はアイロニカル 盃交わす立ち飲み屋 ラジオで広げるブラザーの輪 輝くLake a supernova!」
 やめろ、やめろ、恥ずかしくなってくる。なのに私はいいぞーなんて言ってみたりしてる。これは反動形勢というのだ。イラつくものに優しくしてしまう。いわば感情制限のための犯行声明だ。くそ。影響されてる。ふざけるな。
 まあいいさ、こうなったらとことんだ。
 まずは“にとりに取り入る” あ、また韻を踏んでしまった。ちくしょう。
イエー
灯贋
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コメント



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1.74185奇声を発する程度の能力削除
面白いと思います
2.50505フーリエ変換削除
良い意味で読んでも何も得られない、誰も帰ろうぜと言い出せずにずるずる遅くまで延びてしまったカラオケのあとの疲労感みたいなものを感じました。なにが韻だ。インダハウスだ。のところでもうすでに韻を踏んでしまっているんですよね。
4.62840フーリエ変換削除
アラララァ
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イエー
6.74185フーリエ変換削除
なんか無理矢理言葉を繋いでるだけでぐだぐだだぜー、でもなんかいい感じに楽しそうなの好き
7.74185天高馬 肥子削除
最高でした。WakeUp PEOPLEって気持ちでした。