――正邪、私のこと好き?
――嫌いです
――と、見せかけて?
――嫌いだなぁ
――かーらーの?
――嫌い……だね
逆さ城に正邪が転がり込んできてから、はや一年近く。
まあ、正邪もあっちこっちでお偉いさんを敵に回したみたいだし、ほかに行くところがなくなったんだろう。
口車に乗せられたとはいえ、レジ活(レジスタンス活動)のよしみもある。同胞たちが未だ鬼の世界にいる以上、私だけでこの城に住むのはちょっと不便だって事情もあった。
神社で居候してた時に実感したけど、生活の手助けとなる大きめの存在がいてくれたほうが助かるってこともあり、正邪を住まわせることにさほどの抵抗はなかった。
だけど、ひとつ難点だったのは。
――正邪は、同居人として非常にうっとーしい!!
レジ活やってた頃にはそこまで意識しなかったけど、やることなすこといちいち突っかかってくるんだよね、こいつ。
「おむすびにしよう」って言ったら「うどんが食べたい」って応えてくるし、「じゃあ、うどんでもいいかな」って譲歩したら「うどんよりそばが好き」って言ってきやがる。
こんな奴と四六時中いっしょに居てみてご覧なさい。気分もどんよりしてくるよ。
前は「姫、姫」って丁寧な口調だったのに、いつのまにかタメ口になってきてるし。
時々「小人」呼ばわりしてくるし。
それでもまだ許せたのは、やっぱり正邪が気の毒だったのと、私を頼ってくれたから、かな。
妖怪連中を敵に回して、人間連中とも反目して、賢者らの顔にクソを投げつけて。
にっちもさっちも行かなくなって、最後に身を寄せてくれたのが私のとこだった、ってのはなかなか悪くない。
それはそれとして、共に過ごすならこう、なんて言うか――あるじゃん。
お互いに対する気づかいとかさ!
私生活を無駄に侵害しないようにする気配りとかさ!!
相手がさり気なくやってくれたことに対する感謝の言葉とかさぁ!!!
お前デデンと居間にあぐらをかいて座りっぱなしで「姫、お茶」ってお前……。
亭主関白か!
――いや誰が亭主だよ!?
てなわけで、私は一計を案じた。
アマノジャクな天邪鬼を、一度バシッとやり込める。
どっちの立場が上なのか理解らせてやれば、ちょっとは態度もしおらしくなるはず。
そして――。
待ちに待った日が、ついに!
ついについに、やってくる!
この日のために準備してきた。ずっとずっと準備を重ねてきた。
私は正邪に、私のことを――「好きだ」と言わせてみせる!!
勝負は今夜、日付が変わってから24時間。
普段から私は正邪に「私のこと好き?」と聞いていた。
正邪は「嫌い」って答える。
それはあいつなりの好意の表れなのかも知れない。
だけど、そのままの「好き」という言葉を正邪の口から聞いてみたかった。
方法は単純だ。
いつも正反対のことばかり言う正邪は、四月馬鹿のあいだは真っ直ぐにものを言うはず。
だから私は、四月一日中に「私のこと好き?」と聞くだけでいい。
名付けて「裏の裏は表」作戦!
もちろん、四月馬鹿だからといって絶対に嘘を吐かなきゃならないなんてことはない。
けれど、アマノジャクは逆張りをするのが本能みたいなものだし、妖怪はこういった約束事に縛られる。
どうあっても私の勝利は揺るがない。
このときのために山へ行き、河童から録音機械というやつも手に入れてきた。
私の質問と正邪の答えをまとめて記録しておけば、さすがのあいつも強く出ることはできなくなるだろうさ。
よーし、見てろよ正邪っ!
居間の時計を見やる。
もうじき三月も終わろうとしていた。
私はさり気なく正邪に話を振る。
「ああ、もうすぐ日付が変わるねぇ」
「まだ四半刻ほどあるが」
「それを『もうすぐ』って言うんだよ。まだ寝ないのかい?」
「はぁ。寝るわけないじゃないか」
よし。これで第一段階は突破だ。
日付が変わる前に寝られたら、会話自体ができなくなる。
正邪には濃い目の緑茶をたっぷり飲ませておいたから、当分眠気は訪れないだろう。
「もうお茶は十分だよね」
「あー、喉が渇いたかも」
おかわり用の茶葉を用意してやる。
さすがに注ぐのは手間だから自分でやってもらうけど。
気まぐれなのか、正邪は自分のだけではなく、私にも淹れてくれた。
「別に飲まなくていいよ」
「ありがと」
こいつ、こういうところは案外親切なんだよな。
口から出る言葉と感性がちょっとカス寄りなとこを除けば、振る舞い自体はそう悪いものじゃない。
そりゃそうだ。天邪鬼ったってやることなすこと全てが正反対なわけじゃないし。
厠に行きたくなったら自然と台所へ足が向いてしまう、みたいな感じだったら大惨事だろう。
「ん、うまし」
ちょうどいい温さだ。
まあ、熱々のお茶だって私のサイズに合わせたらすぐに温くなっちゃうんだけど。
そうこうしているうちに卯月が迫ってきた。
あと10分。
あと5分。
あと3分。
あと1分。
日付っ! 変わったっ!
私は早速正邪のほうへ身を乗り出す。不可避の速攻だ。
「ねぇ正邪? 私のこと好き? 好きだよね?」
「……」
「んんー? なんで答えないのかな? ほら、言ってみ? ほらほらっ!」
「……」
「言いなよ、言えってば、言えよオラっ!」
「……」
正邪は黙して語らない。
その顔には、ニタリ、とでも形容できそうな表情が浮かんでいる。
事ここに至って、私は気付いてしまった。
こいつ、もしやだんまりを貫くつもりでいやがる……!?
いやいやいや、待って。ちょっと待って。
答えは沈黙――ってそりゃないでしょう!?
私はあのがめつい河童に城の宝物庫のちょっと良いお宝を渡してまで録音機械を手に入れてきたんですけど?
日頃からのやり取りで布石も打っといたんですけど?
それもこれもあんたの「好き」って言葉をゲットするためだったんですけど??
天邪鬼のあまりといえばあまりな対応に打ちひしがれていると、すぐ横で正邪が立ち上がる気配を感じた。
顔を上げると、正邪は部屋の片隅へ行き、棚から何やら……紙と筆を取り出した。
そのままこっちに戻って来て、卓袱台のうえで何かを書き付ける。
え、急に何?
もしかして私への正直な想いを文にしたためて……?
なんて思ってたら、正邪はすぐに書き終えたらしく、紙をこっちから見やすいように掲げた。
そこには。
『そろそろ寝ますぜ。おやすみ』
ちっくしょぉぉぉ!!
次の日の朝。
私は居間で、今夜までに正邪の口を割る作戦を考えていた。
前日の夜にもなんとかして正邪から言葉を引き出そうとしたけれど、目の前で寝室の襖をぴしゃりとやられちゃどうしようもない。
あらかた回収できた小槌の魔力で大きくなって襖を開けるって手も考えたものの、さすがに寝室へ飛び込んで「好きって言えよぉ!」みたいなことを喚いたらちょっと別の意味が生まれそうなんでやめといた。
時計をチラチラ見ながら正邪が起き出すのを待ってたら、しばらくしてやってきた。
「姫、おはようございます」
微笑みながらそんなことを言ってくる。
ただ今の時刻としては、朝ご飯にはやや遅く、昼ご飯には早いといった頃合い。
おはようの挨拶としては本当でもないけれど嘘でもない、みたいな微妙な線だ。
「ん、おはよう……」
とりあえず挨拶を返すと、正邪はうっすらと笑みを浮かべたまま、続けて何かを言おうとする。イヤな予感がした。
「本日は好天なので、私、鬼人正邪は夜まで散歩にでも出かけ――」
「あっそ、逃げるんだ」
「――ようかとの考えが頭を一瞬よぎったけれどやめました」
ふー、危ねぇ! こいつ外に逃げることで私との会話を避けようとしてやがった! 同居人とのコミュニケーションは弾幕じゃないんだよ。
まあ、そんなことだろうと思った。でも、こっちの挑発には乗ってくれるんだよね。そういうチョロいとこ、嫌いじゃないよ。
「ねぇ正邪、せっかくのいい天気だからさ、蔵の道具たちの虫干しをしようかと思うんだ。手伝ってくれるよね?」
「……了解」
ふたりで一緒に作業していたら、そのうち正邪が口を滑らせることもあるはず。
「ふーっ、このガラ――道具たち、やたらとたくさんあるな」
額を拭いながら正邪がため息を吐く。
逆さになったお城には、かつての小人族の繫栄を物語るかのようなアイテムがたくさん眠っている。
小槌の魔力でレジ活の仲間にしてもよかったけれど、もう少し待ったら自然に付喪神になってくれるはずなので、そっちのほうがいいだろうと安置していた道具たちだ。
和楽器を始め、掃除用具、炊事道具、修理器具など、多種多様。
これらを蔵や物置から引っ張り出し、天守閣の日の当たるところで風にさらす。
空中をゆくお城は雲にも容赦なく突っ込むので、雲が多い日には布団や道具を干すことはできない。べしょべしょになってしまうから。
今日みたいな雲の少ない快晴だと、お手入れにもちょうどいいってわけ。
「今の私だと、どうしても運ぶには限界があってねぇ」
人間たちがやって来たことからもわかるように、お城は小人にとって大きい寸法になっている。当然、そこにある道具類もだ。
やっぱり大きい奴って便利だな。
「正邪が居てくれて本当に良かったよ」
労いの意味も込めて伝えたら、正邪は目を逸らした。
おや、照れ屋さんかな?
その後、虫干し作業の傍ら、お城にある道具の修理や掃除などを行ったものの、「私のこと好き?」みたいな質問は敢えてしないでおいた。正邪を油断させるためだ。
夜まで待って勝負をかける。小人だって半日くらいは待てるんだ。
早いもので、夕食後。
ちなみにお夕飯はなんだかんだで手伝いを頑張ってくれた正邪のために、力うどんにした。正邪が食べたいって言ったからだ。
今日以外の日ならダメだけど、今日のうちは問題ない。正邪も食べたいものをそのまま食べたいって言ってくれているはずだから。
昨晩のようにお茶を飲みつつ、正邪と他愛もない話をする。
無害な弾幕なんて花火大会だとか、本物の弾幕は恐怖を伴うものだとか。あと、ちっちゃいのは最高だってことだとか。
いちいち逆張りをしてこない正邪とのやり取りは、なんかすっごく楽だった。
いかに普段のこいつとの会話が面倒かって話でもあるんだよな……。
それはともかく、次第に夜も更けてきて、気付けばあと四半刻ほどで日付が変わるという頃合いになっていた。
天邪鬼たる正邪が本当に私のことを憎からず思ってくれているなら、こいつの口から「好き」という言葉を聞ける可能性があるのは、今日だけだ。
でも、こうして言葉を交わしていて、よくわかった。
正邪に何かを言わせようとしてもダメなんだってことを。
そりゃそうか。天邪鬼が全自動逆張り装置だったら、「キミって借金の連帯保証人にはなってくれないよね?」とか聞けば一発だ。貧乏神様も真っ青だろう。
言ったらまずいこと、言いたくないことはちゃんと言わないでいられる。たとえ天邪鬼だって。
だからもう、小細工を弄するのはやめにした。
「ねぇ正邪、私をどう思っているか、言葉にしておくれよ」
自分でもそんなたった二文字にこだわるなんてしつこいとはわかっていた。
けれど、どうしたってほしいものはある。小人族の確固たる地位と、それを共に実現させられる仲間。
言葉が神聖で、真正なものだからこそ、それによるしんせいがほしい。
「…………」
正邪は答えない。答えてくれない。
時計の針は容赦なく動き続ける。
明日まで、あと10分。
「…………」
あと5分。
「…………」
あと3分。
「…………」
あと1分。
「…………」
――ああ、今日が終わってしまった。
俯くと、雨粒よりも小さな一滴が零れ落ちそうになった。
それを堪えようとしていて、ひょいと身体を持ち上げられる。
「え、あ――」
「好きだ」
え――!
真正面からこっちを見据える、正邪の瞳。
一瞬、温かなものが胸いっぱいに広がって――止まる。
もう日付は変わっていて、正邪は天邪鬼で、だから今の一言は。
「う、ぁ……」
私は馬鹿だ。
相手から無理やり言葉を引き出そうとしたって逆効果にしかならないんだってわかってたはずなのに。
それで結局本当に嫌われてたら世話がない。
胸を貫く痛みは針のようで、私は。
「さて、と」
正邪が私をちゃぶ台の上に降ろした。
その手つきだけは相変わらず優しくて、悲しみが込み上げてくる。
正邪はそのまま立ち上がり、時計に近付いた。
こっちからは正邪の背中しか見えないが、何かをしている……?
「――はい、調整完了、っと」
「えっ?」
「いやー、昼間の掃除や手入れのせいで、ここの時計もちょっと時間ズレてたみたい」
「はぁ」
え?
ってことは、ちょっと待って。
正邪が好きって言ってくれたのは、日付が変わったと私が思ってから何分もしないうちだったから……。
「ね、ね、正邪! その時計ってさ、遅れてたの? 進んでたの?」
正邪はこっちを振り返って、ニタリと笑った。
「――さぁて、ね?」
~完~
ちゃんとエイプリルフールが話に盛り込まれていて素晴らしかったです
(・∀・)フーリエ!!