Coolier - そそわの歌

人里を統べるもの

2024/04/01 19:18:35
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その日、人里は単一の支配者を戴いた。

「人里に支配者が現れることはあってはならない」。これは幻想郷の最も重い不文律の一つだった。この決まりには二つの意味があり、人間が社会集団として人里外から独立してはならないという意味でもあったし、特定の妖怪が介入してもならないという意味でもあった。
いずれにせよ里の外のあらゆる存在はこの知らせに当初反発感を抱いていた。が、うち二割は天狗の発行する新聞を読み、それに載せられた写真を見て戦意を喪失した。残り八割は新聞の内容を信用せず(天狗にとっては実に嘆かわしいことに、幻想郷において新聞というジャーナリズムは、その正確性という意味において高々二割くらいの支持しか得ていないのだ)、人里に直訴しに赴いたが、やはりその御姿を見て彼女を王と認めざるを得なかった。この出来事は見方を変えれば妖怪が次々に里に入り込む異常事態だったが、彼女は寛大にもそれを許したので人々もまた許した。

「人里の支配者になる者は空を飛ぶことができる」。もし人里の支配者について賭けが存在していたら、この選択肢は一番の、あるいは「人里に支配者が生まれることは未来永劫ありえない」に次ぐ低オッズだっただろう。が、この新王は空を飛ぶことができなかった。つまるところ飛行というのは逃げる手段でもあるが、王たる彼女に逃走という選択肢もなければその必要性も感じられなかったのだ。また、人里の王に値する装いという議論もまた、彼女が一糸纏わぬ姿であったことで消滅した。だがこの裸の女王はその威光のみで裸であることを揶揄する言説を封じ込めるに至った。もっともその正当性から、そもそも裸であることの指摘は、封殺されぬとも起こり得なかっただろうが。

王は望むものの多くを人々からの献上品により得ることができる身分であったが、ただ一つ暑さのみに閉口して、霧の湖から氷精を招集するに至った。この妖精は王の側近という身分に収まった。それまで最強を公言してはばからなかった彼女だが、王を打倒して名実ともに最強になろうという発想には特に至らず王の冷房役でありつづけた。また、周囲もそれに対して「二位じゃ駄目なんじゃなかったんですか?」などと煽ることもしなかった。人里の王こそ一位であることは当然の前提だったためである。

王はいくらでも贅沢ができる身分だったが粗食に甘んじた。肉は食べず、魚が主食だった。兎や鳥を食用にしなかったのでそれらの妖怪からは喝采を浴びた。唯一霧の湖の人魚のみが渋い顔をしたが、魚が食物連鎖の底辺ということはいつものことだから他の誰も、人魚の幸不幸など気にもとめなかった。また、とりわけ三途の川産の魚を好んだので王のために輸送路が整備された。両端の交易が活性化したことは、人里のみならず財政難にあえぐ新地獄にとってもいくらかの助けになった。

王は支配者であったが象徴的なもので、専横を振るうことはなく実際の政治は戴冠以前の通り民衆の自治に委ねられた。王は寡黙だった。時々鳥の鳴き声のような音を発するのみだった。里一番の懐疑主義者は「実は鳥なのではないか」と疑った。が、客観的に見て、その御姿は鴉天狗よりは鳥に見えるかもしれないが、雀より鳥ではなかった。で、あるならば鴉天狗が鳥ではないように、この王もまた鳥ではないとみなされるべきである。これが人里における判例となった。






宇佐見菫子。外来人。彼女にとって人里の政変は蚊帳の外の出来事だった。しかし彼女もまた、人里の新たな皇帝を一目見るや、感嘆の声を挙げずにはいられなかったのである。
「あ、ペンギンだ。かわいい」
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西ノ目(複眼)
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始皇帝ペンギン
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ペンギンかい!