ノンディレクショナルレーザーが特許を取得した。申請したのは霧雨魔理沙だった。特許庁に赴いた魔理沙は、法律など何一つ知らなかったが、その場で弾幕を展開し、そのぐるりと弧を描くレーザーの軌道を己が生み出したものであると力説した。担当者はえらく感動し、申請はすぐさま受理された。とんとん拍子にことが進んでしまったので魔理沙はなんだか素晴らしいライフハックを見つけて、世界の理を理解した子供のような浮ついた気分になっていた。
公表されて激怒したのはパチュリーである。激怒と言っても理性を失い手元の辞書のような本を引き裂くような暴挙に出たわけではない。ただ静かに「野郎……」と溢しただけである。怒りは不毛であり、少なくとも益をもたらす感情ではないとパチュリーは思っていたのだ。そもそも魔理沙が何をしようと、己の自尊心に傷がつくことはない。基本的に魔女は自分の魔法にプライドを持っていて、その術を独占しようとするが、パチュリーはそんな古臭い思考を嫌っていた。魔法は知的好奇心と自然信仰の結晶であり、人類の英知を集めた共有財産である。書物と同じように、広く知られるべきなのだ。独占するものはその力の偉大さに耐えきれず、身を滅ぼすことになるだろう。パチュリーはそんな謙虚な思想を持っていた。魔理沙が自分の名もなきレーザーを真似ようと、それは若者の素晴らしき行動力のたまもので、むしろ喜ばしいことである。パチュリーはそう理屈立てて納得しようとした。
しかしこういう時、間が悪いのが魔理沙という生き物である。彼女は図書館にやってきて本をいくつか手に抱えたまま、パチュリーに声をかけた。
「よう、知ってるかもだけど私のレーザーなんだけどさ、特許とったんだ。まあパチュリーなら真似してもいいぜ。じゃあな」
パチュリーは狂った。風の速度で去っていく魔理沙を睨みつけながら、栞さえ挟まずに乱暴に本を閉じ、一回開いて目に留まった「貴様のせいで海は枯れたのだ」という登場人物の台詞を唱えてから、もう一度本を閉じて図書館を出た。そのまま特許庁に突撃した。そして極太のレーザーを審議員の前で披露してこう宣言した。
「謹聴、謹聴されよ。諸君らが目にされた閃光こそが恋符マスタースパーク。我がパチュリー・ノーレッジの弾幕技法なり。今すぐにこの魔法の特許を取得されたし」
魔理沙は結構怒った。それはないだろうと思った。魔理沙とて研究者の端くれであるからインフルエンサーよりもパイオニアにこそリスペクトを送るべきだという思想はあった。だから万が一、本気で怒りを見せるようであれば平謝りする覚悟くらいはしていた。しかし、この意趣返しは度が過ぎている。マスタースパークは今や魔理沙の代名詞である。ほかの魔法ならいざ知らず、それだけは越えてはいけないラインではないか。
「なんて厚顔無恥な奴なんだ。恥ずかしいと思わないのか」
しばらく地団太を踏んだ後、魔理沙は少し冷静になった。怒りの炎を氷で包み、まるで百戦錬磨の兵士のような心持でこう言った。
「こうなりゃこっちだって恥なんて捨ててやるさ」
恥じらいなど生まれてこのかた持ったことのない魔理沙が、ありもしない恥をかき捨てて、勇み足で特許庁へ向かった。
かくしてラーニングのいたちごっこが始まった。魔理沙の魔法をパチュリーはいともたやすく再現することができたが、やはりその威力は損なわれていた。がわは立派だが、どうしても張りぼてになってしまう。怒りを虚飾した魔法など意味がない。魔法とは、善悪の区別なくどこまでも純粋で、孤高ゆえに気高い。パチュリーは己の美意識と、今の行為がかけ離れていることに気づきながらも半ば自棄になりながら次々に魔法を真似した。精神は摩耗し続け、昼夜が逆転し、ハウスダストアレルギーをこじらせ、ついには紅茶の味がわからなくなってしまった。
反対に魔理沙はこの合戦を楽しんでいた。パチュリーの魔法を無理やり自己流に改編すること、それは新たな発見のきっかけになると同時に、パチュリーの歴史や研鑽そのものを疑似的に支配する行為でもあったからだ。知的好奇心を満たすとともに、暴力的な快感をも享受した魔理沙は止まらなかった。すべての魔法は自然の模倣である。ちっぽけな人間が網羅するにはあまりにも深い、しかし臆していては、ましてはつまらない恥じらいなどを抱いては、その深みにたどり着けるはずがないではないか。魔理沙はそんな大義を携え、ひたすらに魔法の特許を取り続けた。
そんなある日、特許庁に向かう魔理沙を阻んだ者があった。風見幽香である。彼女は怒っていた。否、怒りの表情を装ってはいるが、心は歓喜で満ち溢れていた。
「私は怒っているのよ。ねえ」
そう言って、幽香は傘を構えた。
「贋作マスタースパーク!」
それはまごうことなきスペル宣言だった。
「あっぶね!」
迫りくる極太のレーザーを魔理沙は間一髪のところで避けた。冷汗が一筋、当たっていたら大けがではすまないだろう。とはいえ躱せたのだ。範囲も威力も早さも最強格の攻撃だが、ことのおこりに生じるにおいのようなものを魔理沙は感覚でわかっていた。
「いきなりなにすんだ――あぶっ「真マスタースパーク!「極マスタースパーク!「空前絶後マスタースパーク!「正真正銘!元祖!超!峻烈!複製!レプリカ!海賊版!虚像!プリミティブ!刹那!須臾!天上天下!天地開闢!悪鬼羅刹!片喰!鬼灯!槐!沙羅双樹--
魔理沙は避け続けた。特徴は知り尽くしている。冷静になれば当たるはずがない。だが幽香は延々と同じ技を繰り返した。名前だけを雑に変えて。
「当てこすりかよ」
そう解釈した。実のところ、幽香に怒りなどない。常日頃からむやみに硬く握りしめた拳を掲げていて、いつ何時も振り下ろす先を考えているだけなのである。
「悪いが、暇じゃないんでな!」
魔理沙は気配を殺して、幽香の背面に回った。マスタースパークに死角はない。うかつに近づけば、背面からでも消し飛ばされてしまう。だがその強大さゆえに術者自身の視界すら奪ってしまう。幸い幽香はまったく気づいていない様子だ。己が放った目の前を覆いつくす閃光に陶酔しているかのように、同じ攻撃を繰り返していた。マスタースパークとマスタースパークの継ぎ目、その一瞬の隙が生じたところで魔理沙は攻撃を仕掛けようとした。魔力を充てんすると気づかれるかもしれないので、体当たりである。それが一番確実で速効性があると踏んだ。
「もらっ――へぶ!」
だが甘かった。幽香のほうが一枚上手だった。彼女は振り向きもせず、近づいてきた魔理沙に対し肘うちをお見舞いしたのだ。鼻先でそれを受けた魔理沙は自分の顔から生じたペキリという高い音をまるで他人事のように聞いていた。そして痛みを脳が自覚してしまうと、さながら電池を投げつけられた鮫のごとく怯んでしまい、アドレナリンが出ているにも関わらず戦意を失った。
魔理沙は入院した。手術をして顔の変形は免れたものの、久しぶりに味わった骨折の感覚は彼女の元気を一時的に奪うには十分であった。病室で退屈しのぎに新聞を読んでいると、弾幕ごっこについての記事が目に入った。
里ではどの弾幕が誰の所有物であるかの議論が活発に行われているらしい。楕円弾は米粒弾のパクリだとか、げんこつ弾こそが唯一無二のオリジナルだとか、そんな話だったり、命蓮寺の教信者がへにょりレーザーを寅丸星名義で勝手に特許を取得して暴動が起きたりしていた。今はあまり見かけない鱗弾を筆頭に、スペルにもなっていない弾幕にすらそのルーツを考察する者さえ現れたという。
記事を最後まで読んだ魔理沙は、熱が冷めていくのを感じた。自分のやってきたことを他人が追従する様を見ると、なんだか愚かに思えてしまう。朝のカロナールが効いたのかもしれない。いずれにせよ魔理沙は最先端を行く女である。我が道を歩めば勝手に世界がついてくる、そんな星の元に生まれてきたのだ。
退院して魔理沙はすぐにパチュリーに謝罪した。「悪かった」という一言はたいした重みもないわりに、相手を許させる力を持っていた。
「別にいいわよ。私も勉強になったわ」
パチュリーはそう強がってみせた。
パチュリーはその日の夜、久しぶりにワインとステーキを食べた。
さて、流行りの波の一歩後ろ側を行くのが霊夢という女である。
「そういえばあいつ、私の技真似てるわよね。先に釘を刺しときましょうか」
霊夢は特許庁に向かった。夢符「二重結界」の系列のスペルを筆頭に申請しようと思ったのだ。しかし――
「え、なんで」
特許は取れなかった。正確にはすでに申請されていたのだ。博麗霊夢の名義で。二重結界だけではない。四重結界も弾幕結界も、すべて博麗霊夢の名義で登録されていた。
公表されて激怒したのはパチュリーである。激怒と言っても理性を失い手元の辞書のような本を引き裂くような暴挙に出たわけではない。ただ静かに「野郎……」と溢しただけである。怒りは不毛であり、少なくとも益をもたらす感情ではないとパチュリーは思っていたのだ。そもそも魔理沙が何をしようと、己の自尊心に傷がつくことはない。基本的に魔女は自分の魔法にプライドを持っていて、その術を独占しようとするが、パチュリーはそんな古臭い思考を嫌っていた。魔法は知的好奇心と自然信仰の結晶であり、人類の英知を集めた共有財産である。書物と同じように、広く知られるべきなのだ。独占するものはその力の偉大さに耐えきれず、身を滅ぼすことになるだろう。パチュリーはそんな謙虚な思想を持っていた。魔理沙が自分の名もなきレーザーを真似ようと、それは若者の素晴らしき行動力のたまもので、むしろ喜ばしいことである。パチュリーはそう理屈立てて納得しようとした。
しかしこういう時、間が悪いのが魔理沙という生き物である。彼女は図書館にやってきて本をいくつか手に抱えたまま、パチュリーに声をかけた。
「よう、知ってるかもだけど私のレーザーなんだけどさ、特許とったんだ。まあパチュリーなら真似してもいいぜ。じゃあな」
パチュリーは狂った。風の速度で去っていく魔理沙を睨みつけながら、栞さえ挟まずに乱暴に本を閉じ、一回開いて目に留まった「貴様のせいで海は枯れたのだ」という登場人物の台詞を唱えてから、もう一度本を閉じて図書館を出た。そのまま特許庁に突撃した。そして極太のレーザーを審議員の前で披露してこう宣言した。
「謹聴、謹聴されよ。諸君らが目にされた閃光こそが恋符マスタースパーク。我がパチュリー・ノーレッジの弾幕技法なり。今すぐにこの魔法の特許を取得されたし」
魔理沙は結構怒った。それはないだろうと思った。魔理沙とて研究者の端くれであるからインフルエンサーよりもパイオニアにこそリスペクトを送るべきだという思想はあった。だから万が一、本気で怒りを見せるようであれば平謝りする覚悟くらいはしていた。しかし、この意趣返しは度が過ぎている。マスタースパークは今や魔理沙の代名詞である。ほかの魔法ならいざ知らず、それだけは越えてはいけないラインではないか。
「なんて厚顔無恥な奴なんだ。恥ずかしいと思わないのか」
しばらく地団太を踏んだ後、魔理沙は少し冷静になった。怒りの炎を氷で包み、まるで百戦錬磨の兵士のような心持でこう言った。
「こうなりゃこっちだって恥なんて捨ててやるさ」
恥じらいなど生まれてこのかた持ったことのない魔理沙が、ありもしない恥をかき捨てて、勇み足で特許庁へ向かった。
かくしてラーニングのいたちごっこが始まった。魔理沙の魔法をパチュリーはいともたやすく再現することができたが、やはりその威力は損なわれていた。がわは立派だが、どうしても張りぼてになってしまう。怒りを虚飾した魔法など意味がない。魔法とは、善悪の区別なくどこまでも純粋で、孤高ゆえに気高い。パチュリーは己の美意識と、今の行為がかけ離れていることに気づきながらも半ば自棄になりながら次々に魔法を真似した。精神は摩耗し続け、昼夜が逆転し、ハウスダストアレルギーをこじらせ、ついには紅茶の味がわからなくなってしまった。
反対に魔理沙はこの合戦を楽しんでいた。パチュリーの魔法を無理やり自己流に改編すること、それは新たな発見のきっかけになると同時に、パチュリーの歴史や研鑽そのものを疑似的に支配する行為でもあったからだ。知的好奇心を満たすとともに、暴力的な快感をも享受した魔理沙は止まらなかった。すべての魔法は自然の模倣である。ちっぽけな人間が網羅するにはあまりにも深い、しかし臆していては、ましてはつまらない恥じらいなどを抱いては、その深みにたどり着けるはずがないではないか。魔理沙はそんな大義を携え、ひたすらに魔法の特許を取り続けた。
そんなある日、特許庁に向かう魔理沙を阻んだ者があった。風見幽香である。彼女は怒っていた。否、怒りの表情を装ってはいるが、心は歓喜で満ち溢れていた。
「私は怒っているのよ。ねえ」
そう言って、幽香は傘を構えた。
「贋作マスタースパーク!」
それはまごうことなきスペル宣言だった。
「あっぶね!」
迫りくる極太のレーザーを魔理沙は間一髪のところで避けた。冷汗が一筋、当たっていたら大けがではすまないだろう。とはいえ躱せたのだ。範囲も威力も早さも最強格の攻撃だが、ことのおこりに生じるにおいのようなものを魔理沙は感覚でわかっていた。
「いきなりなにすんだ――あぶっ「真マスタースパーク!「極マスタースパーク!「空前絶後マスタースパーク!「正真正銘!元祖!超!峻烈!複製!レプリカ!海賊版!虚像!プリミティブ!刹那!須臾!天上天下!天地開闢!悪鬼羅刹!片喰!鬼灯!槐!沙羅双樹--
魔理沙は避け続けた。特徴は知り尽くしている。冷静になれば当たるはずがない。だが幽香は延々と同じ技を繰り返した。名前だけを雑に変えて。
「当てこすりかよ」
そう解釈した。実のところ、幽香に怒りなどない。常日頃からむやみに硬く握りしめた拳を掲げていて、いつ何時も振り下ろす先を考えているだけなのである。
「悪いが、暇じゃないんでな!」
魔理沙は気配を殺して、幽香の背面に回った。マスタースパークに死角はない。うかつに近づけば、背面からでも消し飛ばされてしまう。だがその強大さゆえに術者自身の視界すら奪ってしまう。幸い幽香はまったく気づいていない様子だ。己が放った目の前を覆いつくす閃光に陶酔しているかのように、同じ攻撃を繰り返していた。マスタースパークとマスタースパークの継ぎ目、その一瞬の隙が生じたところで魔理沙は攻撃を仕掛けようとした。魔力を充てんすると気づかれるかもしれないので、体当たりである。それが一番確実で速効性があると踏んだ。
「もらっ――へぶ!」
だが甘かった。幽香のほうが一枚上手だった。彼女は振り向きもせず、近づいてきた魔理沙に対し肘うちをお見舞いしたのだ。鼻先でそれを受けた魔理沙は自分の顔から生じたペキリという高い音をまるで他人事のように聞いていた。そして痛みを脳が自覚してしまうと、さながら電池を投げつけられた鮫のごとく怯んでしまい、アドレナリンが出ているにも関わらず戦意を失った。
魔理沙は入院した。手術をして顔の変形は免れたものの、久しぶりに味わった骨折の感覚は彼女の元気を一時的に奪うには十分であった。病室で退屈しのぎに新聞を読んでいると、弾幕ごっこについての記事が目に入った。
里ではどの弾幕が誰の所有物であるかの議論が活発に行われているらしい。楕円弾は米粒弾のパクリだとか、げんこつ弾こそが唯一無二のオリジナルだとか、そんな話だったり、命蓮寺の教信者がへにょりレーザーを寅丸星名義で勝手に特許を取得して暴動が起きたりしていた。今はあまり見かけない鱗弾を筆頭に、スペルにもなっていない弾幕にすらそのルーツを考察する者さえ現れたという。
記事を最後まで読んだ魔理沙は、熱が冷めていくのを感じた。自分のやってきたことを他人が追従する様を見ると、なんだか愚かに思えてしまう。朝のカロナールが効いたのかもしれない。いずれにせよ魔理沙は最先端を行く女である。我が道を歩めば勝手に世界がついてくる、そんな星の元に生まれてきたのだ。
退院して魔理沙はすぐにパチュリーに謝罪した。「悪かった」という一言はたいした重みもないわりに、相手を許させる力を持っていた。
「別にいいわよ。私も勉強になったわ」
パチュリーはそう強がってみせた。
パチュリーはその日の夜、久しぶりにワインとステーキを食べた。
さて、流行りの波の一歩後ろ側を行くのが霊夢という女である。
「そういえばあいつ、私の技真似てるわよね。先に釘を刺しときましょうか」
霊夢は特許庁に向かった。夢符「二重結界」の系列のスペルを筆頭に申請しようと思ったのだ。しかし――
「え、なんで」
特許は取れなかった。正確にはすでに申請されていたのだ。博麗霊夢の名義で。二重結界だけではない。四重結界も弾幕結界も、すべて博麗霊夢の名義で登録されていた。