(それらしい素敵で素晴らしい本文が、ここにきっと、あるかもしれません。しかし今の所、影も形もありません。読みたい気持ちもわかりますが、その想いは大切に仕舞っておいてください。雨月が本物の月より綺麗なのは、本物の月を見るその直前までなのですから)
黙って静かに、コツコツと解釈を重ねる。
TLに一切匂わせず、原稿を書いて、書いて、とうとう完成した。
今回も、正しい解釈の、正しい二次創作だ。
早速投稿する。今度こそ、今度こそ、奴らを驚かせてやるんだ。
あとがきは……、まあ、今から書くか。
気取らないが、それでいて素っ気なくない、いい感じのあとがきを……。
「今回も面白くないわねぇ」
構想を練っていると、突然、モニターの後ろから、人の上半身が現れた。
八雲紫だった。
「は、え?」
「こんばんは。さ、気にせずあとがきを続けていいのよ?」
「いや、これじゃあくぅ~疲wと何も変わらないじゃないですか、やめてくださいよ。
キャラと作者が対話って……。令和なんですよ。恥ずかしくて垢消ししたくなったらどうするんですか」
「本文とあとがきの境界を超えただけですわ。それより、今回も全く読まれてないじゃない。何か工夫したら?」
モニターに乗りかかりながら、スキマ妖怪に指摘される。
事実、俺が投稿した作品は、コメントも点数も付かず、後出しの作品に押し流されていた。
毎度こうなのだ。誰も俺の作品を、読もうとしない。目もくれない! 自信作なのに!
「これは……そう、まだ誰も俺の正しさを理解していないだけ! それだけで……」
それか、タイミングが悪いだけだ。これからTLで話題になって、一気に伸びることだって……。
一途の望みをかけて、同じ界隈のアカウントを虱潰しにチェックするも、全く別の話題で馴れ合っていた。
誰も俺の作品の話なんてしていない。段々と腹が立ってきた。
「俺の面白い作品を読まないなんて……、あいつらなんにも分かっちゃいねぇんだ! だから俺が、目を覚まさせてやらないと!」
「ふぅん、そうなの」
怒りに震える俺とは対象的に、八雲紫は涼しい表情を浮かべている。
いい加減引っ込んでほしい。そう思った直後に、彼女は口を開いた。
「貴方の解釈は正しいのよね?」
「ああ」
「なら、それでいいじゃない」
「……はい?」
何を急に分けのわからないことを……。そもそも、キャラクターと話をしている現状もわけわからないのだが。
「受け取った情報の解釈なんて、他者が異なる価値観を持っている以上、千差万別なのは当然。そこに、正誤なんて存在しない。
貴方が正しいと納得出来る解釈を有しているからといって、それを作品にして発信する必要も、相手が正しいと思っている解釈を否定する必要も、全く無い」
的はずれな主張だったので、鼻で笑ってみせた。
「正誤は無い? なら界隈を見てくださいよ。でかい顔した人間が大手を振って、"解釈っぽい何か"を繰り返し口にして、取り巻きが尻尾振って囃し立て、でかい顔した人間の"何か"を疑いもせず、考えもせず、盲目に受け入れ、拡散している! しかも、その"何か"をもとに作品を作り、作品を足がかりにしてさらに馴れ合ってやがる!
俺は違う! 誰よりも真剣に、真摯に、原作と向き合って解釈を深めている! それに絡めてツイートもしてる!
でも、それじゃあ、俺みたいな界隈に溶け込めていない人間の声は、ノイズとして排除されちまう。いいねもRTもされない。だから、作品にする必要があるんだ。解釈に説得力をもたせた作品を読ませて、自らの間違いに気付かせて、分からせてやるんだ! それは絶対に、必要なことなんだ!」
力説するも、クスクスと、軽く嘲笑されてしまう。
「否定したい人達と同じ穴の狢だって自覚、ある?」
「そんなわけない!」
「あら。貴方は自らの作品を、他者の間違いを否定するための棍棒――道具にしてるじゃない。それって、貴方曰く、馴れ合うために作られた作品と、大差ないわよね?」
「違う! 俺は、決して、そんな、作品をないがしろになんて……」
正しさだけを論拠にしていた自分の在り方は、矛盾を指摘され、あっけなく崩されてしまった。
「自分は誠実? 正しいことを証明したい? 相手は間違っているから? 素敵で都合のいい建前ね。欺瞞に過ぎないのに。
誰かに認めてもらいたいだけなのよ。貴方の作品は面白いって、書いた貴方はすごいって。持て囃されたいだけ。
認められたい思いを全面に出すのは気が引ける。形成済みの人間関係の渦に飛び込む勇気もない。
それで結局、正しいという理屈で承認欲求を包み隠し、他者を否定し屈服させることで、自尊心を保とうとしている。
でもね、見え透いているのよ、そういうものは。だから誰にも相手にされないんじゃない?」
認められたい、褒められたい。そんな考えは、見下していた。甘えだと思っていた。
けれど、それは遠回りな自己嫌悪に過ぎなくて。だって、自分だって同様に、認められたくて、褒められたかったから。
「それにほら、自分で証明しているわ」
「……な、何を」
「こうしてただ、正しさだけで塗り固められた話は、そもそも面白くないって」
何も言い返せず、ただただ、目をそらすしか無かった。
……相手が違うのだと嵩に懸かり、自らの傲慢さや技量を棚上げし、誤魔化す。
最も正しさから遠かったのは、他ならぬ自分だと、気付かされてしまった。
――気がつくと、部屋には誰も居なかった。
あの八雲紫は何だったのだろう。本当に作品と現実の境界を超えてきたのだろうか。
それとも、自らを罰するために、己が見出した幻覚なのだろうか。
何れにせよ、化けの皮が剥がれてしまった以上、残っているのは、醜悪な欲だけで。
けれど、己の醜さを受け入れられるほどの、余裕もなくて。
未熟で身勝手な自分は、振り上げた拳をキーボードに叩きつけた。
浅ましく幼稚な苛立ちの発散は、余計に惨めな思いをするだけだった。
(それらしい名前)(代理投稿:東風谷アオイ)
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