Coolier - 東方曹操話

春、無音、縁側にて

2021/04/01 23:58:47
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 平時の倣いで霧雨魔理沙が博麗神社を訪れると、境内は静寂に包まれていた。
 いやいや、静寂なんてものじゃない。石畳を打つ靴音も、手水場に流れ落ちる水音も、梢の葉擦れもなにもかも。おおよそ耳に聞こえるべきあらゆる音が消え失せて、無音の世界となっていた。
 試しに、来た道を引き返してみる。鳥居を尻からくぐってみると、たちまち春の野山の大笑いが耳朶を打った。その変化のあまりの不連続ぶりに、魔理沙は「ははん、これはまたぞろプチ異変の類だな」と当たりをつけて、とにもかくにも巫女の姿を探すことにした。
 果たして、縁側で毎日そうしているとおり茶をしばいていた少女こそが、この神社の主である博麗霊夢そのひとだった。平常心を保っているようにも、途方に暮れているようにも見えて魔理沙は声をかけあぐねる。まあどのみちなにを言っても聞こえはしないのであるが……やがて、霊夢の側が魔理沙を認めた。軽く片手を上げて見せる。普段ならばしない仕草だった。
 身振り手振りで、魔理沙が事の次第を尋ねる。
「いったい、なにがどうしてこんなことになってるんだ?」
 すると霊夢は口を三角に……いいや。
 より正確には、栗のように歪ませた。それも、脇をしめて両の手のひらをピコピコとさせながら、である。
「ふむ……続けて?」
 魔理沙の訳知り顔を確かめた霊夢はひとつ頷き、三本指を立てて斜めに空を切ってみせた。然る後、なにかを掴みごくごくとあおる真似をする。自分の頭を両側からわしづかみにして、ぱっと離す。そして耳に手を当て、ひとつ肩をすくめてやれやれとばかりに頭を振った。
 ね、たいへんでしょ? と言わんばかりにリボンをしなしなにする霊夢に対し、
「なるほどな。ぜんぜん解らん」
 魔法使いの返事はシンプルだった。魔理沙のその言葉は、やはり声としては聞こえていなかったであろう。
 だが、そんなことは巫女も承知の上だった。

「するとつまり……おまえが面白半分に、神社の裏に住み着いてる『音を消す』妖精にモンスターエナジーを飲ませてみたら、能力がめちゃくちゃ大暴走して、こんなことになってしまった、と。そういうことか」
「そうなのよ。昨日の晩からね。もう不便ったらありゃしない」
 ふたりは茶の間に場所を移し、正面から向かい合って話をしていた。
 左様、会話である。互いに読ませるつもりで話しさえすれば、互いに唇を読むことはさほど難しいことではない。言い忘れていたが、彼女たちにはそのような才覚があった。
 ふと頬に振動を感じて、ふたりそろって壁掛け時計を振り仰ぐ。本来ならばぼん、ぼんと正午を告げるベルが響いているはずなのだが、この時ふたりに感ぜられたのはただ空気の振動が頬を撫ぜる感触だけだった。
 くいくいと、霊夢が魔理沙の袖を引っ張る。唇を読ませるには、こちらを向かせる必要があったからだ。
「ね、おひる食べていくでしょ。準備するから、手伝ってくれないかしら」
 指を箸に見立てて、なにかをするる所作を交えながら霊夢が告げる。大意を得た魔理沙がよいしょと立ち上がり、ふたりは揃って土間に降りた。
 霊夢が取り出したのは、うどんの乾麺だった。魔理沙はひとつ頷き、大鍋に湯を沸かし始めた。それを見て霊夢は野菜室から新聞紙にくるまったねぎを取り出す。まだ土のついているそれを丁寧に洗い、さくさくと刻みにする。
 片方が麺つゆを準備すれば、片方は薬味を準備する。片方が食器を準備すれば、もう片方はちゃぶ台の上を片付ける。お互いがお互いの動線を把握しきっており……このときばかりは、声を掛け合う必要もなかった。
 やがてうどんが茹で上がる。霊夢は、これを迷うことなくざるにした。魔理沙もそれを疑うことはなかった。
「いただきます」
「いただきます」
 誰に聞こえるでも、聞かせるでもなくふたりは声を合わせてうどんをすすり始めた。きょうばかりはヌーハラもノーカンである。
 だが……ちゅるちゅる、もくもくと食べ進めるうち、彼女たちは顔を見合わせてお互いが同じ気まずさに直面していることを確かめ合った。
 そう、なんとも美味しくないのである。
 いつも通りの味、いつも通りの歯ごたえ、いつも通りの喉越しなのに、まるで輪ゴムを噛んでいるかのような味気無さ。耳で味わうとは寡聞にして知られぬ効果であるが、なかなか見過ごせない、いや聞き逃せない重みがあるようだ。
 自分が満腹なのかまだ足りないのかもよく解らないまま、ふたりは茹でた麵を平らげ、食器を片付け、そして重なり合うようにして横になった。揃って畳に寝転んで天井を見上げる。
 魔理沙が何かを言ったような気がして、霊夢は顔を横に向けたが……じっと、魔理沙は天井をにらんでいるだけだった。
 天井に目を戻す霊夢。
 ゆったりとした時間が流れる。
 春の陽気で温まったそよ風が縁側から吹き込んでいた。
 音だけがそこになかった。
 音以外のすべてならばここにあった。
 えいやと立ち上がった霊夢は、そろそろとした足取りで縁側に出て腰かけた。振り向くと、魔理沙はまだ畳を撫ぜながらゴロゴロと怠惰な昼下がりを過ごしている。試しに、庭に向かってあー、と大きな声を放ってみた。背後を確かめてみるが、魔理沙にはやはり聞こえた様子がない。

 つまり……背中を見せている限りには。
 なにを言っても、聞こえはしないということだ。

 大きく息を吸って、霊夢は長い長い溜息をついた。幾度か浅い呼吸を経て、勤めて平静に、背後にいる少女にも聞こえる程度には大きな声で、霊夢は庭に向かって話しかける。
「あー……あのさ。魔理沙。
 あんたは、すごいやつだと思う。いろんなところに友達がいて、いろんな人に好かれてて、自分の好きに生きることを通じて、関わるすべての人間をより良い状態にもっていく。そういう天才だと、わたしは思ってる。どこにだって行けて、なんだってやれる。わたしにはその勇気がない。傷ついたり、面倒ごとを背負い込んだり、なにかしらがんばらなくちゃならない状況を恐れず、乗り越えられてしまうあんたが、たまらなくうらやましい。あと、その髪。金髪で、わしゃわしゃしてて、とっても細くて、とっても可愛いその髪。なんなの? ろくに手入れもしてないんでしょ? マジなんなの? 可愛いに過ぎない? あーもう。ばかみたい。今すぐ抱きしめたい。このばか。もう。大好き」
 そんな調子で十五分ほど、ひとしきり恨みつらみを声に出しきった霊夢は、思い出したように背後を見やった。

 するとどうだろう。ぽかんとした目で、魔理沙がこちらを見ているではないか。

 ……気付けば、いつの間にか。あるいは最初からか。
 神社に、音が戻っていた。
 そよ風で障子戸が揺れる音がする。身じろぎすれば床板が軋みを上げ、冷蔵庫のコンプレッサーが低いうなりを発し、どこか遠くでホトトギスが鳴いている。
 耳を澄ましさえすれば、世界は音に満ち満ちていた。幸か不幸かは別として。
 しかして、最もけたたましいのは己の心臓の音だった。否応なく、ばくばくと早鐘を打っている。
「やっ、その、いまの………………そう! 嘘! 嘘だから! ライアーソフトだから!」
「あー……なんだ。その」
 のそのそと傍らに腰を下ろした魔理沙が、うつむいたまま霊夢の手を握る。言葉こそ少なかったが、その手の熱さはなによりも雄弁だった。
「……えへへっ」
 ようやく様々な感情に折り合いをつけた魔理沙が、はにかんだ笑顔を霊夢に見せる。
 一瞬だが、確かに自分の心臓の音が消えるのを、霊夢はこのとき耳にしたということである。
その時、ふと閃いた!
このアイディアは、ダイワスカーレットとの
トレーニングに活かせるかもしれない!
虚無太郎
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コメント



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1.3594000げぇっ、コメント!削除
霊夢さんがとてもかわいかった