根も葉もない噂を流すもの。火がないところに煙を立たすもの。そういう人は、身を粉にしてその身を公に奉じていると評価される。らしいわ。でも、本当にそーなのかー?
自己犠牲っていうのはそんなに尊ぶもんじゃあないわ。誰だって出来ることだから。頬を人に差し出したり、身体を虎に差し出したり。自分一人だけが傷付いちゃえばそれで済む。生物というものは、言うなれば未来に向けて献身する遺伝子の乗り物でしかないんだから、それに当時から気がついてしまった人間には、ほんとうに、本当に簡単なことだと思うんだよ。
そこに連なる現代には、意外なほどに聖人の素質を持つ人間に溢れている。だからこそ、そこから外れた異常者が聖人の『フリ』をしていても人々はサッパリ分からない。先人が、自己犠牲なんか口伝しなきゃあ、目の前の敵と戦う、そんな単純な世界で良かったのに、ねぇ。
そうですね、いつもすやすやしているように見えますけど、実は全部全部演技なんじゃないかな、って……思っちゃう時があります。
羽を怪我して墜落している子とか、湖で溺れている子のもとに……助けにこなかったことがないから。
……え?……嘘は嫌いか、ですか?
えっと……
嘘でもいい、いえ……
それが真実になる嘘なら、私はそれで構わない、と思うんです。
だからこそ、不思議に思うんですけど。どうして、あの門の前に立っているんだろう……
戦ったこと?……うーんと、弾幕ならたくさんあるけどー。本気では一度も無いよ。
なのに何であたいより弱いか分かるかって?
一度、悪戯で……本気で氷になりきって上空から近づいたことがあったんだけど、その時の顔がまた、ケッサクなんだよね。
なんていう顔か分からないけど……一人でいる時にあんな顔になっているようじゃ、まだまだじゃない。あたいに勝てるわけないよ。
顔?……正確に?……そんなのもう、こんな暑い日ばっかり続いてたら、記憶から溶けちゃってるってば。
ううん。強いて言えば。自分に自信の無い、顔。……自分を信じられない顔、かな。
初めてお会いした時は吃驚しましたよね、なにせ私よりも……おっと。これ以上は口外禁止の令を下されていました。
……話しません、話せませんよぉ、ええ。
いくら何でも、居候という立場を挟んだ主人の使用人にあたる方でございますから。あんなことやこんなこと、そんなことまで話せる訳がありません。
ですから、他の方にお聞きした方が良いと思います。
拷問されたって口を割りませんよ?……なにせ、わたくし……動かない大図書館の信任に足る、悪魔でございますから。
レミィに近しかった者の中じゃあ、抜きん出て出自が謎だったのよね。結局私の独力では全てを解明することは出来なかったわ。強制自白させようにも何も効かないし。だから、当時は彼女についての情報は全て本人の茶飲み話でしかなかった。何にも信じられなかった。
この国に渡ってきてからはかなり資料が増えて助かったわ。なんとなくだけど、依代を求めている、ということに共感できてしまったから。だから、殺さないでおいた。
まぁ、色々あったのでしょうけれど……常に七色に輝いていると、疲れることもあるのでしょう。私だって、同じ魔法ばかり偏って使うこともないしね。その時たまたまレミィの紅色に落ち着いた、それはそれでいいんじゃない?
世話上手、と言いますか。世話馬鹿、と言いますか。メイド長を勤めていたくらいだから当然なんですが。あぁ、そんな変な顔をしないでください。今はもう見る影もありませんが、私が幼い頃は本当に尊敬出来る先輩だったのですから。
悪く言うような表現になりますが。人を、妹のように扱うのが上手いんですよね。一緒に仕事をしているうちに、いつのまにか、頼りにしていたり、頭を撫でられたくなっていたり……そういうの本気じゃないんだって、今ではもう、分かってはいるんですけどね。新人の娘達にそうやって漬け込まないように、と言い聞かせてはいるのですが……まだまだ手癖が悪いようで。
……私を鏡台の前に座らせて、三つ編みを結っていた時なんか、本当に……姉妹になったみたいで。
ただ、その……時折、左の前髪を上げると変な顔をするのが……可笑しくって、可笑しくって!
え?
……ええ、今も。信頼は、していますよ。
信用も……はい。
勿論、していますよ。
フランは知らない?
雇ってる当事者のお姉様こそ知らないの?
困ったことに知らないのよねぇ。私物の年季からして、少なくともお父様よりもずいぶん昔からこの館に居たのは分かるけど。
私物…….って、ああ、あのお姉様のセンスよりクソださい名前の?
何か言ったかしら。まぁ、デザインセンスがいただけないことは確かよね。
ドラゴン騎士団……
角を生やした亀の絵が紀章なんて……
Wikipedia ドラゴン騎士団 掲載画像
ファイル:Dragon order insignia.jpg
作者: CristianChirita
ねぇ。
本当に。
全くひどいセンス。
十五世紀当時のハンガリーではこれが最先端のトレンドだったのかしら。信じられないわ。
バルバラ・ツェリスカに聞いてみたいもの。どうしてこんなことをしたんだ、って。
……って、話が脱線したわね。貴方の用件なのだけれど……
あ、そろそろ咲夜がお茶を淹れてくる時間じゃあない。この辺りで失礼しとくわ。
って、こら、こら。フラン。お客様の前で……全く。
……こほん。
それで。美鈴の正体……だったかしら。そんなもの、どうでもいいじゃない?
だって、……ほら、貴方も記事を書くのでしょう。好き勝手に文章を創作するのでしょう。
『結論ありき』で。そういう取材だった。
……でも、いいの、いいの。それでいいのよ。
人々は、フィクションを幾らでも刷って、喧伝する。その幻想にわざわざ酔いしれようとする。個人の運命が真実によって変わるなら……集団の運命は嘘によって変わる。私たち吸血鬼だって、その共同幻想の中から生まれたのだもの。だから、理解はあるつもりよ、人並みにはね。
うん、うん……そういうことをしたくて、貴方も文章を書くのでしょう。そういうことが好きだから、貴方も文字書きになったのでしょう。
だって、人間は……嘘をつき合う事を愉しむ生き物なのだから。
それはもうしょうがないこと、よねぇ?