Coolier - 東方曹操話

ジャーナリズムと刹那主義

2021/04/01 04:14:12
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 某日、私は妖怪の山の秘天崖の先にある高原(通称「偽天棚」)を訪れた。人目に付きづらいこの高原の鉱坑にて、ひそかに強制労働が行われているとの噂を聞いたのだ。
 問題の鉱坑の管理者と思しき山女郎に、労働者への取材をしたいと申し入れたところ、「おいおい、風上に立たないでくれよ」と快く聞き入れてくれた。

 坑道をしばらく進んで、休憩中と思しき山童(河童かもしれないが、鉱山なので山童だろう)に話しかけてみる。
「どうですか。掘れますか」
「ん、天狗か」
 山童は顔を上げて頷いた。目が少しとろんとしている。その手に握られている物を見て私は尋ねた。
「それは何です?」
「ただの煙草さ。これがあるからやっていけるのよ」
 見かけとは裏腹に、彼女の言葉には相当真剣な響きがあった。ただの中毒者の戯言とは思えないほどに。
「記者さんも一本どうだい」
 だから私は彼女の勧めをいったん断った。
「いやね、本当はやるもんじゃないって分かってるのよねえ」と彼女はあっさりと引き下がる。
「というと?」
「無くてなんとかなるならそれでいいのよ。何でもそうだけどね」
 分かったような分からないような、彼女の回答に私は少し軸をずらした疑問をぶつける。
「すると、ここにいるのは全員が中毒者という訳ではない、と」
 彼女は少しだけ黙って、私を一瞬睨んで(なぜ?)から、言い放った。
「そりゃあねえ。物は有限。無くて何とかなる奴は使わないよ」と山童は煙草を一吸いして、腰を上げて伸びをした。
「そろそろ再開しようかな。飽きたら帰っていいよ」
 彼女は壁を掘りはじめる。素手で。ざくざくざくざく。山童にしては相当素早いが、私は砕かれた岩石に血の色が混ざっているのに気付いた。
「ちょっと」と私は彼女の手を止める。「何さ」
「血だらけじゃないですか、手」
「そんなわけない」
 それこそそんなわけがない反論に、私は絶句した。そこへ彼女は懐から何やら取り出して見せつける。
「カードがあるからね。今の私は強いよー」
 私は眩暈を覚えた。目の前の凄惨な光景に対して、彼女があまりに呑気だったから。
「記者さん知らないのかい。今はこれとこれの時代だよ」
 山童は絵札と煙草をひらひらと振る。
 彼女の説明によると、この坑道で行われている労働の手段と目的はその絵札(彼女たちはカードと呼ぶ)であるらしい。カードには様々な効能があり、その売買がいま流行りはじめているとのことだ。力を増強するカードを使って働き、それによって得られたカードを売人が売る。そういう商売の構造らしい。
 彼女の言葉はもしかすると完全な誤りではないのかもしれないと思ったが、私の目にはやはり、彼女の両手はぼろぼろに擦り切れているように映っている。強制労働の噂は真実だったのだ、と私は確信する。
「とにかく、本当にあなたの手はぼろぼろなんです。信じてください」
「いや、でも、そうだとしても、ノルマが……」
「今日は私がやっておきますから」
 そう言って、私は彼女を強引に休ませる。実際に岩壁に触れて確かめてみるに、天狗の力なら掘るのはそれほど難しくはないだろう。

 帰ってから、私はとりあえずの速報として、今日の記録を記事にした。まずまずの反響だった。特に河童からの反応が目立った。もちろん競争相手に先を越されたというのが主要なものだったようには見えたけれども。

 後日、私はふたたび偽天棚の坑道を訪れた。
「あのう、すみません。今日は――さんはいらっしゃいますか。あの、山童の」
 実のところ、今回の主要な取材対象は管理者だと考えていた。そのため、今日は下手に出て話しかけてやる。
「ああ、あいつならもう辞めたよ」と山女郎は答えた。
「ええっ。それはなぜ……」
 大仰に驚いてみせて尋ねる。不当な解雇を私は疑っていた。
「なぜってねえ……」と彼女は頭を掻いて「あんたがそうしたんじゃないか」
 まったく身に覚えがない、と反論しようとしたところに、彼女は怒気をはらんだ声で続ける。
「ここは偽天棚。まことの世界でやっていける奴が来るべきじゃあない。あんたが記者ならなおさらだ。まことの世界で嘘を売るだけじゃ飽き足らず、嘘の世界にまことを持ち込むだなんてねえ」
「そうだとして、まことを持ち込んで何が悪いと言うんです。嘘で騙して働かせるあなたの方が……」
「いやあ悪いよ。悪い。あんたが悪い。なぜってそれは売れないからね。風下に不良在庫を押し付けるなよ」
 私は反論できなかった。はたして真実は不良在庫だったのだろうか。結局のところ、私の義憤はその処分欲のすり替えにすぎなかったのだろうか。分からない。ただ、単に私が間違っていると素直に認めるには、目の当たりにした事態はきっと横暴すぎた。
 結局、私はしばらく動向を見つめることにした。おそらく、私よりももっと有無を言わさぬ人間たちが、嫌でも事態を掻きまわしてくれるだろうと思ったから。

 私は真実の市場価値を信じている。それが売れる時代を信じている。仮にそれが、妖怪にとってはほんのわずかな隙間にしか、刹那にしか、存在しないものだとしても。
最近、東方虹龍洞という面白いゲームがあり、おすすめです。
おひとついかがでしょうか。
空音
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コメント



0.10782000簡易評価
2.3594000奇声を発する程度の能力削除
楽しめました
5.3594000げぇっ、コメント!削除
良かったです。真実には価値がある!
6.3594000げぇっ、コメント!削除
いざ資本主義