OqqIlcn - 親主・束片割楚誥

魔理沙IN火星

2018/04/01 01:48:45
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 勢い余った霧雨魔理沙のマシンは、火星の荒野に壮絶墜落した。
『第37回幻想郷ドリル掘削ブラジル到達タイムアタック』での出来事である。魔理沙は幻想郷を出発し、マントルを越え、そしてブラジリアを、地球の反対側を目指していたのだ。魔理沙は勝ちたかった。なんだか知らないが、勝ちたかったのだ。アクセルをグイと踏み込み続けた。マントルを越えたときは勝ったと思った。しかし、ブラジルの大気に出たところで、誤算に気がついた。勢い余り過ぎなのである。魔理沙はブラジル発のスペースシャトルと化して、あれよあれよと火星へ到達した。
 早く戻らなければ、このタイムアタック、敗北は必至である。魔理沙は大急ぎでマシンに乗り込んだが、哀れかな、うんともすんとも言わない。エンジンがおかしくなったらしかった。ヤケクソになって平手打ちを繰り返したが、治らぬ。こういうのは叩けば治ると、道具屋のあいつが言っていたのに!
 
「くそ! エンジニアはいないのか?!」

 荒野に虚しく響きわたった。半ば魔理沙は絶望したが、諦めても、仕方があるまい。魔理沙はマシンをそこに置いて、一面の荒野を歩き始めた。荒野というよりは、岩盤、岩そのもの、黄土色の無機物が延々と広がっている。絶望しながら、歩いた。目の前に現れた丘陵にもめげない。丘を登りきると、向こう側に見えたもので驚いた。集落である。家のようなものがいくつも並んでいる。人がいる! 魔理沙は嬉しくなった。しかし誰がいるのだろう。火星人だ。自問自答する。
 魔理沙はいきなり冷静となってきた。火星人ってなんだよ。そんなの、いるのか? 言葉は通じないだろう。変なタコみたいなヤツが出てきたらどうしよう。というか、そもそもどうして、私は火星で息していられるんだ?
 これは、気づいてはいけない事柄であったらしい。魔理沙はいきなり、ものすごく苦しくなった。息ができぬ。辺りを見回しても、岩、岩、岩、視界の片隅に先ほどの集落あり。だからなんだというのだ。手遅れである。魔理沙は意識を失った。
 
 
 
 
 魔理沙は目を覚ました。当たり前のように、いつもの朝のように目が覚めた。とはいえ、目が開いて、最初に見えたのが岩の天井だったので、はてなと思って辺りを見回した。そして、タコを見た。水が張られた桶の上で、濡らした手ぬぐいを絞っているタコがいた。恐ろしくでかい奴だ。大男のようにでかい。足はもちろん、八本である。肌の色は灰色だ。茹でていないので赤くない。ぬるぬる、てらてらとしている。
 魔理沙が呆気にとられていると、ひとしきり手ぬぐいを絞ったタコは、手ぬぐいを器用に広げ、魔理沙の顔の方へ向けてきたところで、魔理沙と目が合った。ぎょろとした目であった。股? の下にある、タコの口が大きく開いた。「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」などと言った。魔理沙は発狂した。
 暴れ出した魔理沙に、タコも容赦がない。八本の足で魔理沙の全身を押さえつける。魔理沙はといえば、まさしく発狂、わけもわからぬ言葉を、喉もがらがら叫び続けていた。タコは二本の足だけ魔理沙から離して、傍らからヘルメットのようなものを取り出した。ヘルメットは魔理沙に装着される。魔理沙はなすすべない。ヘルメットを被った瞬間、魔理沙の耳に「どうか落ち着いておくれやす」と、人間の言語がとび込んできた。
 
「誰だ、誰の声だ、このタコはなんだい、おぉい!」
「落ち着きやす。わたしの声でやす。目の前の、タコでやす」

 魔理沙としても、大慌てで騒ぎまくるこの状況、タコが喋っているなど、なかなか納得もできぬ。しかし騒ぎ疲れたところ、荒い息をはあはあつきながら、尚もしゃべくるタコの様子を見て、ようやく非現実にも慣れてきたらしい。元より火星まで飛んできているのである。今更細かいことがなんだと思い直した。
 
「おい、タコ。お前が喋っているんだな?」
「いかにも、このタコが、喋っているのでやす。納得してくだすったようでやす」
「火星人かい?」
「火星タコでやす」
「あぁ、火星タコ。確かになぁ」

 納得したところで、魔理沙は火星タコ(名前はマイケルというらしい)に、おおよその現状を話してもらった。とはいえ難しいことではない。火星タコの集落の外れ、丘のてっぺんの辺りで、魔理沙が倒れていたところ、タコのマイケルが助けてくれたという。魔理沙の記憶とも矛盾はない。信用してもいいと思った。

「マイケルさん。私は、息ができなくなっていたはずなんだが。今はどうして息ができるようだ」魔理沙の言葉はだいぶ丁寧になっていた。
「マイコーでいいでやす。質問にお答えするでやす。ここらへんには空気があるでやす。息はできるはずでやす。できなかったとしたら、精神的な問題と思います。でやす」

 魔理沙は、苦しくなったとき、一様と広がる岩盤だけしか視界になかったのだ。パニックとなり、すっかり思い込んでしまったのかもしれない。なんとなく得心がいった。しかし、空気があるとは、驚いた。目の前のタコも、マイケルさんも、いや、マイコーも、妙に理知的な話し方をする。そしてこのヘルメット、これを被ったら声が聞こえるようになった。ともすれば。
 
「マイコー。苦しいから、足を離してくれないかい」
「あぁ。申し訳ないでやす」

 マイコーが足を引き下げると、自由になった魔理沙は、まずヘルメットを外して「マイコー、なんか言ってくれ」と話しかけると「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」などと返ってきて、これはいけないとヘルメットを被りなおした。
 
「全てを理解したぜ。しかしなんだい、このヘルメットは。すごいなぁ」
「火星のテクノロジーは意外と進んでいるのでやす」
「それにしては周りが荒野だったが」
「火星面を発展させると地球人から丸見えでやす。そうしたら、略奪、殺戮、凌辱の限りを尽くされるでやす」

 いやに悲観的な考え方だなぁ、と思いつつ、本当にそうかもしれないとも思ったので、魔理沙は何も言わない。テクノロジーは『意外と』進んでいる、という言い方も、やたらと客観的なものの見方をしているので、このタコは頭が相当いいのだろうと、思ったあたりで、魔理沙は故障したマシンのことを思い出した。

「そうだ。助けてもらって図々しいんだが。故障したマシンがあるんだ。見てくれたりしないか?」
「マシン? 機械でやすか。それならば、エンジニアを呼んでくるでやす」
「エンジニア。助かるぜ!」

 念願のエンジニアである。火星にもエンジニアはいるのだ。希望は持ってみるものである。マイコーはのそのそと家から出ていって、しばらくすると、エンジニアのタコを連れて戻ってきた。エンジニアのタコは「ゴンザレスであります」と名乗った。ゴンザレスは、八本の足いっぱいに工具を握っていて、さながら処刑人、いや処刑ダコのようであった。しかしゴンザレスはいい奴であった。
 
「マシンが壊れてお困りとお聴きしたであります。吾輩であれば力になるであります。なんでも申してください! であります」

 魔理沙はいたく感動した。ここのタコは、どいつもこいつもこうなのか。義理人情に厚すぎる。幻想郷の連中も、みんな義理堅い方とは思っているが、それに負けず劣らずである。魔理沙は「マイコー、ゴンザレス。本当にありがとう」と言いながらヘルメットを外したところ「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛!!!!!!」などと返ってきた。これはいけないとヘルメットを被った。
 魔理沙、マイコー、ゴンザレス。一人プラス二タコで、魔理沙のマシンを見に行った。荒野の真ん中に放置してきたので、見つかるかどうかが非常に心配であったが、ゴンザレスがよくできた金属探知機を持っていたのですぐに見つかった。なんでもあるんだなと思った。
 マシンを見たゴンザレスは「エンジンがイカれているであります」と一目で見抜き「三十分貰えれば治せるであります。少々お待ちください。であります」と宣言した。魔理沙は胸が熱くなり、ゴンザレスの足一本を掴み上げて、力強く握手をした。手のひらがべっとべとになったが構わぬ。人間だって、汗だらけの手のひらを差し向けてくる奴がいるじゃないか。それに比べれば、なんということではない。
 三十分の間は、マイコーとチェスをして遊んでいた(火星にはチェスがある!)。マイコーはやたらとチェスが強い。やはり火星タコ、頭脳はものすごいものがあるらしい。勝負は劣勢も劣勢、敗戦直前、魔理沙がチェス台をひっくり返したのでなかったことになった。流石にマイコーも「無慈悲でやす!」などと怒っていた。口げんかしているうち、魔理沙のマシンは修理が完了した。
 魔理沙がエンジンをかけると、壊れる前と変わりなく、むしろ更に力強く、マシンは唸りを上げた。魔理沙は感極まって、マイコーとゴンザレス、三人で円陣を組んだ。エンジンだけに、ということである。ふっふっふっふっふ。これはいけないと魔理沙は思った。
 いよいよ出発の時である。マイコー、ゴンザレスともお別れだ。短い間であったが、あまりにも世話になった。魔理沙はマシンに跨ってなお、二人の顔を見ることができなかった。そんな魔理沙の背中を、二本のタコ足がばしばし叩く。顔を上げた魔理沙の前には、灰色のぬめぬめしたタコが二杯いた。こんなグロテスクな奴らでも、いい奴らなのだ。「なんでそんなによくしてくれるんだい?」と、魔理沙は訊かずにはいられなかった。二杯のタコは、しばし顔を見合わせたのち、なにやら愉快そうに答えた。
 
「あんたみたいな人間が、一年に一回は来るのでやす」
「そのたび、人間の話を聴かせてくれるのであります。我々においては、それが一番の財産となるのであります」

  魔理沙は、改めて、この火星タコという種族が、いかに理知的であるかを理解した。知識が最大の財産! こんなに謙虚なタコがいたものか。嘆息する。そして同時に、この火星の地へ、何かを残していかねばならないと強く感じた。魔理沙はおもむろに、懐中から八卦炉を取り出すと、荒野の向こう側にマスタースパークを放った。タコたちは一瞬、呆気に取られたようで、しかしすぐに、ぬめぬめした足で拍手喝采した。
 
「申し訳ないが、この八卦炉は譲るわけに行かないんだ」魔理沙は言った。「だが、お前たちなら、理解できるだろう?」
「簡単ではないであります、が、またひとつ、作りたいものができたであります」
「エンジニア冥利に尽きる、でやすね」

 魔理沙は二匹のタコとひとしきり笑い合って、それから呆気なく火星面を出発した。これ以上、別れの言葉はいらぬ。魔理沙が為さねばならぬのは、今のところたった一つ、ブラジリアを目指す、それだけである。今更、ブラジリアに行ったところで、なんだい。もう間に合わないぜ。そんな言葉も内心から聞こえてくるが、構わない。もはや勝ち負けの問題ではないのだ。魔理沙はもっと大切なもののためにブラジリアへ向かう。かの勇者の心持ちが、手に取るようであった。
 火星からブラジリアまでの道程は、さして難しくないはずである。地球の大気圏にさえ入れば、残りは自由落下でよいのだ。勢い余ってマントルに突入することもない。魔理沙は、ピクニックのような気持ちで、重力に身をまかせていた。黄土色の大陸が、徐々に大きくなってくる。
 近づいてくるうち、魔理沙は、はたと異変に気がついた。魔理沙が知っている南米大陸の形ではない。鈴奈庵で見た外来世界地図によると、あれはどうやら、違うのである。記憶に誤りはないはずだ。むしろ、南米というよりは、阿弗利加? あなや。why阿弗利加。考えてもみれば、魔理沙はすぐに原因が分かった。地球の自転を勘定に入れていなかったのだ。はじめブラジリアのあったそこは、もはやブラジリアではない。なんという初歩的な失敗、己を責めてはみるが、別に修正も効かぬ。魔理沙は早々と、阿弗利加に降り立つ覚悟を決めた。
 魔理沙が降り立ったのは、阿弗利加大陸の西の方、海岸線の近くである。ゴンザレスが装備したパラシュウトを開いたので、着陸まで悠々自適であった。目の前に広がるのは、真っ青で、終わりの見えない海。感激する一方、しかし、海岸線に妙なモニュメントがずらりと並んでいて、たいへん気になる。近づいてみると、すべて壺である。ついのぞき込む。うぞうぞとうごめく、灰色の軟体生物がいた。普通、ぎょっとする。しかし魔理沙には見覚えがあったのだ。
 
「お前。さてはタコだな」

 嬉しくなった魔理沙は、タコを壺から引き上げた。友人のように思えたのである。このタコも、きっと助けになってくれると違いない。顔の前まで持ってきて「やぁ、タコ。いきなりなんだが、ブラジリアはどっちへいけばいいんだい」などと問いかけた。タコはぶふぉと墨を吹いた。魔理沙の視界がまっくろになる。そういえば、ヘルメットを持ってこなかったなあ。後悔しながら、タコを壺に戻した。

普段からこのようなものを書いています
あどそ
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
太宰治のような小気味いいテンポが好きです
いいタコたちだなあ
2.100たいだりゅうなみ削除
これはいいタコ。イイダコ。ぶふおっ(墨
3.100名前が無い程度の能力削除
今日の晩御飯は決まりだな!