──自動ヴェクサシオンを作曲してみたの。
はにかみながら伝えてきたパチュリーに魔法で聴覚を潰され、三日三晩を沈黙の世界で過ごしたレミリアはマジギレした油虫のような挙動で友人の魔女を厳責した。
「オメーまじどうなってんだよFuuuuu? イエズス会か? イエズス会みてーになりてぇのか?」
早すぎて影のようにしか見えない吸血鬼のドップラー効果付き脅迫に、魔女は涙ぐんでうつむいた。
「そんなつもりじゃなかったの。あとあんまり速く動かないで。ジャムになっちゃうわ。デモネードよデモネード。本に触るな」
「どういう態度だFuuuuuuu?」
「ご、ごめんなさい。本に触るな」
羞恥と後悔にさいなまれたパチュリーの瞳から涙がこぼれた。今日は日属性の気分だったので魔女の頬を伝い落ちるものにたっぷりと太陽的なものが粉飾され、その光が吸血鬼を灼いていく。
「Ahhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!」
「ありがとう。でも埋め合わせはきっとするから、それで仲直りしましょ。それじゃすこし出かけてくるから待っててね。本に触るな」
換気のために開いた窓から燦々と陽光の降り注ぐ外へ向けて排出された吸血鬼の灰を見送ると、準備を終えたパチュリーはそよ風に揺さぶられながら移動していく。
空気の具合を大好きだったおかあさんに包まれるような塩梅にしていたため、目的地である霧雨魔理沙の玄関先へ流れていたときには完全な幼児退行を起こしていた。まるだしになっている白くほっそりした両肢で扉を乱打すると、その場へ寝そべったパチュリーは親指を口に突っこんでしゃぶりはじめた。
「んちゅう。んちゅう」
家の中から窓ごしに外をうかがう魔理沙の唇が恐怖で歪む。ノックのつもりだろうか。
「やべー」
魔女と魔女の目が合った。
「きゃっ。きゃっ。本に触るな」
「やべー。本物だ」
窓を開けた魔理沙は無理やり咲かせた季節外れの実験用アジサイをパチュリーの胸元へ投げると、すぐにカーテンを閉めてそれきり家の中で静かにしていた。アジサイをやんわりと持ち、結跏趺坐の体勢を保ったままあらゆる動きを停止させたパチュリーが風に吹かれて舞い上がり、紅魔館へ去っていった。
戻ってきた魔女はアジサイを大量に培養すると、館内の住人へ手当たりしだい植え付けていった。地下室から出てこないフランドールを除き、すべての住人の頭部がアジサイとなってしまった。挙動は常のごとく。ただ言葉だけが変わってしまった。
「ニニほ親主」
「ありがとう咲夜。今日のお茶も美味しいわ。おい! 本に触るな!」
一礼して優雅に去っていくメイド長との心の距離を考えてしまい、パチュリーは静かにうつむいた。もうだれも彼女と会話ができないのだ。
「私はどこで間違えたのかしらね」
発見されていない友人の吸血鬼の面影が心をよぎる。うてなの重みに耐えかねた花がしなって震えるように魔女は目を閉じた。本だけを愛する素振りを続けておきながら本だけを愛することができなかったパチュリー・ノーレッジの末路が孤独とは、いかにも神が考えそうな運命だった。そして運命を前にした人間がよくそうするようにして彼女は素直に打ちひしがれていた。
だが彼女は人間ではなく、その周りの者たちも真の意味で──神を思うような人間ではないのだ。
シャカシャカとした足音が近づいてきたと思うや、図書室の扉が大きく開け放たれて影が飛び込んできた。早すぎて影にしか見えない少女の胴間声があたりへ響く。
「オメーまじどうなってんだよFuuuuu? ピクドか? ピクドみてーになってやろうか?」
別の雄叫びが廊下から近づいてくると、三角帽をかぶった魔理沙が部屋へ前転しながら飛び込んできた。身体には液体の入ったフラスコやらビーカーやらビール瓶が隙間も見えないほどヒモでくくりつけられている。
「やられるまえにやるんだ! なんでこんな、死にたくない。死にたくないよ! ママーッ! ママにされちゃうよーッ!」
恐怖で混乱しきった瞳孔を開閉させながら錯乱する魔理沙は、帽子のリボンへくくりつけたロウソクの火をビーカーの口へ持っていく。
「ら゜ら゜ら゜ら゜ら゜ら゜ら゜ら゜ら゜ら゜ら゜」
紅美鈴のアジサイへ頭部のおしべをこすりつけながら咲夜がやってきた。ナイフを持っているところを見ると仕事をこなしにやって来たらしい。
安心と歓喜に包まれてパチュリーは涙した。変わらないものもあるのだと教えられたような気がして。それはそれとして日属性の気分だったので魔女の頬を伝い落ちるものにたっぷりと太陽的なものが粉飾され、光が吸血鬼を灼いていく。
「Ahhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!」
吸血鬼の灰化にともない、魔力の変質した光が魔理沙のもつロウソクの火と揮発した液体成分と反応を起こし、恒星の中心部じみた環境を生み出すことに成功する。魔理沙はウィンクする。
「おっけ~、こ こは魔 沙にまか せて」
破壊の光に飲まれる瞬間、咲夜はしっかりと門番の頭部をもぎ取って抱きしめる。紅美鈴のからだは膝から崩れ落ちた。
「ヌタリブ卜」
メイド長のつぶやきを聞いたものはいない。その場で最後まで意識が残っていたパチュリーは、口から言葉があふれるのを止められなかったから。
「本に触るな」
紅魔館は消し飛んだ。
硝子質の平たいクレーターの中心で静かに穴が開き、星ひとつ見えない夜空よりもなお黒いその穴から一人の少女が出てきます。足を開いて立つ彼女の片手は腰へ当てられ、もう片方の手は白く細い指ひとつがまっすぐ天へ伸ばされています。
いつからそうしているのか。
彼女は一定の律動で腰を揺さぶり、足首をしならせ、羽根をゆらせて踊っています。羽根には幾つものきらめく宝石のようなものが垂れていて、光もないのに花のようにきらめいています。捻じくれた枝のような羽根はたわみつづけます。
フランドールは百合のような白い顔を静かにして踊ります。黄金の髪へほつほつと灯る光暈も、リズムによって夜気の中へ霧散していくのです。
いつまでそうしているのか。
少女のまたたきが答えなのかもしれません。
~Fin.~