オウ、ワイや。
守矢の風祝、東風谷早苗や。
今日みたいに秋晴れの気持ちいい日には仕事なんぞほっぽり出して、遊びに行くのが正しい幻想少女の姿ちゅうもんじゃ。
そないなわけで、ワイはいま博麗神社に向かっとる。別に、霊夢ちゃんと百合ちゅっちゅしに行く訳とちゃうで。せやけど、あっこなら大概の暇は潰せるからの。
さて、今日は何が待っておるか。今から楽しみじゃ。ほなまた!
正しい影との付き合い方は
第百三十三季 10月1日
博麗神社を訪れると、何故だか毎回鳥居に迎えられる。
幻想郷の北方に横たわる妖怪の山。その高地に座する自宅からまっすぐに、それこそ一直線で東端に位置する博麗神社に向かったのならば、霊山の横っ腹にぶち当たりそうなものなのだが未だに彼女、東風谷早苗は、鳥居以外の入り口を見つけていない。
それが何らかの有識結界のためなのか、それとも博麗神社が境界に位置するがための現象なのか――幻想郷の東端すべてが博麗神社の鳥居に繋がっている、という考え方だ――は、解らない。そして神社の鳥居というのは実のところ、神社本殿から見て東に位置するのだという。これらを矛盾なく説明するスマートな理屈は、いまだ発明されていない。
あるいは鳥居に足が生えていて、来る者を移動して待ち受けているのかもしれなかった。狛犬の件もあるのであながち捨てきれないのがにくいところだ。
一礼して鳥居をくぐり手水場に向かう。冷えた地下水が蛇口から滴り、石造りの鉢に貯められていた水面が揺れる。その流れを掬い取って手口を清め、しっかり蛇口を締めてからシャリシャリ、シャリシャリシャリと落ち葉を踏みしめ参道を歩く。分社を見やると、少しばかり落ち葉に埋もれていた。今度、きちんと掃いてやらねばと記憶に留める。
賽銭箱の周囲を探る。人の気配はあるのだが、どうにも姿が見えない。
裏に回る前に賽銭代わりの飴玉を投げ込む。すると賽銭箱がきゃあとかわあとかまるで少女のような悲鳴を上げので、早苗も思わず『やんのかコラ』と応えた。その脇を高速ですり抜ける紅と白の風。この風にもまた向けて『上等だコノヤロウ』と反射的に啖呵を切る。
「魔理沙みっけええ!」
「うおえああああ!」
賽銭箱のふたをがぱりと持ち上げた博麗霊夢は勢いそのまま中に潜んでいた霧雨魔理沙を蹴り出した。状況が掴めない早苗を他所に、魔法使いの手から紙片をもぎ取る巫女。とったどーと勝鬨を上げる彼女から話を聞くのは困難そうだったので、介抱がてら魔理沙を抱き起こして経緯を伺う。
まあどうせ大したことではないのだろうなと思っていたが、魔理沙が語った事情は予想を超えてどうでもよい内容だった。
本殿の背後、居住区の居間に場所を移す。炬燵に足を突っ込む十六夜咲夜と、魂魄妖夢の姿があった。もう炬燵? と早苗が話しかけると、メイドが天板に頬をくっつけたまま応えた。
「冬物を出すの、手伝わされたのよ。人手が集まったからって」
「でも、これはいいものだわ……現世に来て、これだけは文句なくよいものだと思える……」
妖夢がだらけた顔で早苗に微笑みかけた。彼女も今日はオフなのであろう。
今日は休暇だから来たのに、と不貞腐れ気味のメイド長が嘆息する。炬燵だけでなく、おそらくはカーペットから七輪から冬着から毛糸のパンツに至るまで引っ張り出すのを手伝わされたのだろう。隣の妖夢も一仕事終えた後の顔をしていた。倣って炬燵に足を滑り込ませる。さすがにまだ暑苦しくはないかなと早苗はためらったが、いざ腰を落ち着けてみると座りはなかなか悪くなかった。
「で、写真はどうしたの?」
妖夢が尋ねる……そう、写真である。霊夢が魔理沙から奪い取った紙片は、聞くに霊夢が小さかった頃の写真なのだという。
具体的にどのような場面かまでは霊夢に遮られて聞き出せなかったが……必死になって取り上げるほどだ。興味を持つなというほうが無理である。咲夜も妖夢も、もちろん早苗も。どうにか一目、と霊夢にねだるような視線を向けた。だが我らが巫女は頑としてこれを跳ね退けた。
「あとでお焚き上げにしてやるわ、忌々しい」
憎々しげに吐き捨てる。だが、その顔が朱を帯びているところを見るに禍根は深いものではなさそうだ。魔理沙が慌てて抗弁する。
「おいおい、そりゃあないぜ。私にとっては宝物なんだ。燃やされたら困る」
「黙らっしゃい。被写体が駄目だというんだから駄目よ」
「半分は私だろう?」
「むう」
まあ頑固そうに見えて、押せば案外どうにかなってしまうのも我らが巫女である。もう一押しか二押しすれば落とせるんじゃないかなと、早苗は魔理沙以外の二人に目配せした。
なんと言えば霊夢を乗せられるだろう。
例えば、私の小さいころの写真も見せますから……とか。だが、そう言ってしまっては必然、残りの皆も古い写真を持って来ざるを得なくなる。妖夢はともかく咲夜は昔の写真など持っているだろうか。魔理沙は実家にいたころの写真を嫌がるだろう。うーん、どうもこの筋ではだめかと早苗が思考を巡らせていると魔理沙がいきなり早苗に振ってきた。急にボールが来た柳沢状態で、しどろもどろの早苗が言い渡した閲覧の条件とは……。
「ここは公正に、勝負でケリをつけませんか」
写真を片手に、高いところに持ち上げてまとわりつく魔理沙を躱していた霊夢がぴたりと静止し、早苗についと視線を向ける。
「弾幕ごっこは勘弁だからね。今日は疲れているのだから」
横から咲夜が口を挟む。確かに、霊夢ひとりに対し四人ではバランスも悪い。
「それじゃあ、UNOやりましょうよ、UNO!」
はしゃいだ声を上げる妖夢。彼女の中ではUNOがマイブームなのだった。
「UNOは私が勘弁だぜ……あー、そうだな。ジェンガはどうだ?」
何を隠そう妖夢にUNOを教えたのが魔理沙である。彼女はドはまりした妖夢に付き合った結果、ここ数週間で常人の致死量に達するUNOを摂取しており、これ以上はドクターストップがかけられているのだ。その魔理沙が居間の地袋を漁りパーティグッズを発掘する。
「そのジェンガ、直方体が欠けてるのよね」
と霊夢。これもNGである。
次いでバトルドームが出土した。しかしこれは最悪殺し合いに発展する可能性があるので除外。様々なバージョンの人生ゲームが出てくる。しかし運否天賦のゲームでは霊夢に勝てないだろう。ここで早苗に天啓が舞い降りた。先ほどの、霊夢と魔理沙の様子から閃いたというのが実際のところだが――
「――かくれんぼ」
聞いて、むくりと咲夜が面を上げた。つぶらな瞳で早苗を見る。
「かくれんぼをしませんか?」
ぱちくりと、霊夢と魔理沙が顔を見合わせ、同時に早苗に視線を向けた。無論、彼女たちがいくら子供だと言っても、流石にかくれんぼをするような歳では無い。しかしこれに咲夜が食いついた。
「いいじゃない、かくれんぼ。私得意なのよ」
と、ここで今の障子に新たな影が映り込んだ。
「やはりかくれんぼか。いつ始める? 私も参加する」
「優曇華院」
鈴仙・優曇華院・イナバ。彼女もまた、たまに休みをもらい神社を訪れてきたのだった。
残る妖夢にも異存はないようだったので、あれよあれよという間にかくれんぼをすることになる。しかし彼女たちは揃いも揃ってかくれんぼをするにはえげつない能力持ちだ。
「えーと、そしたらルールを決めないといけませんね」
早苗に目線を送って、妖夢が音頭を取ってまとめあげる。
・博麗神社周囲一〇〇メートルまでを範囲とする
・能力は使わない
・相手を目視し名前をコールした時点で確保
・制限時間は一時間(隠れるための時間一〇分を含む)
・移動は自由
「鬼はどうやって決めようか」
ペン先を舐め舐め、カレンダーを裁断した裏紙にルールを書き出していた妖夢が案を募る。普通に考えて、霊夢を納得させるためなのだから彼女を鬼にするのがよいということになるが――。
「それも、なんだかなあ。だって霊夢はこの神社が住まいだぜ? 探すほうに回られちゃあ不利だ」
「じゃあ、霊夢さんは隠れる側確定?」
「まあ、まあ。いいじゃない。とりあえずジャンケンしましょ。別に私が鬼でも子でも、負けたと思ったら負けを認めるわよ」
「そうそう、かくれんぼをするときはね、何というか、救われてなきゃあ駄目なんだ。みんなで、騒いで、豊かで……」
「わー、私、かくれんぼってするの初めてかも! 月面の塹壕でじっとうずくまってたことはあるけど」
妄言を吐き始めた咲夜、遠い目をし始めた鈴仙はさて置いて、一同は神社の表に場所を移そうと立ち上がる。
かくして。博麗神社を遊び場に、少女六人によるかくれんぼが始まった。
まずは鬼を決めるジャンケンである。三度のあいこを挟んで負け残ったのは早苗だった。アイマスクを着け、賽銭箱の前に座ってたっぷり十分間待つ。まずもって、四方八方に駆け出す少女たちの足音があった。目で追うことは出来ないが、耳で追うことまでは禁止されていない。
真っ暗な視界の中を、忙しなく駆け回る少女たち。
落ち葉を払いのける音、引き戸を開ける音。何かをどかす音……。結構、いろいろ手の込んだ隠れ方をしているらしい。
やがて手元のアラームが鳴り響く。
決して甲高いものではない。だがうら寂しい秋の空気の中ならば、例えどこに隠れていても聞こえただろう。
「いざ。狩りの時間だ、フゥハハハー」
「ブフッ」
意気込んだ早苗が高らかに宣言すると、堪え切れずに誰かが噴き出す声がした。
瞬間、真っ赤になって早苗が振り返る。誰もいない、誰にも聞こえないだろうと決め込んで口に出したセリフだった。
「どこだこの野郎、出てこいこの野郎」
恥ずかしさ紛れに声を荒げながら賽銭箱のふたを持ち上げる。そこに居たのは口元を手で覆い、必死に笑いを堪える魔法使い。
「魔理沙さんみっけーー! この間抜けーー! はい私の勝ちーー!」
「狩りの時間だ」
「やめろォ!」
自身のサラシをいくらか解き、これで魔理沙を後ろ手に拘束する。賽銭箱の真ん前を留置場とすることに決め、追う側の早苗は逃げるように参道を走った。残り四人。
鳥居から石段の下を望む。狛犬の石像、その周囲を探る。手水場周囲には誰もいそうにない。恥ずかしさからか喉の渇きを覚えたので、手水場の蛇口をひねる。
手水鉢の底に水が落ち、しゃばしゃばと跳ねた。
備え付けのコップで一杯頂いてから神社へ戻る。
参道の石畳を歩く、こつこつという足音。
近づいてきた早苗と少し目線を外した魔理沙が未だニヤニヤしているのを無視して、神社の裏手に回る。
「あーもう、あーもう……」
軽く涙目になりながら、縁側でしゃがみ床下に目を凝らす。ここではないらしい。居間に上がり、納戸や地袋、天袋を開ける。妖夢ならば隠れられるかもしれなかったが、どうやら当てが外れたようだ。
霊夢の寝室をあらためる。文机と小ぢんまりとした本棚。衣装箪笥の他に目立ったものはない。殺風景な部屋だと早苗は思ったが、それは外界育ちの早苗の部屋や収集癖のある魔理沙の部屋が賑やかなだけで、おおむね幻想郷の少女の自室はこんなものである。
だが……果たして。何かが足りないような気がした。いかに霊夢といえ、女の子の部屋である。なにか、あるべきものが……。
違和感を覚えたが、ひとまず客間を見に行く。押入れの布団の中に誰か隠れていやしないかと思ったが……居なかった。ふむ、どうやら室内には誰もいないかなと思いながら、外に出ようと土間に降りる。
すると、調理台の下に。
「………………。」
尻が突き出していた。しばし、早苗の動きが止まる。
「………………。」
たっぷり三秒、早苗はその尻とにらめっこしていた。あのミニスカートはどう見ても、紅魔館のメイド長の物であろう。おそらく頭は調理台の下に入っている。どうやら先方も早苗が探しに来たのだと気づいたようで、僅かに身じろぎした。小ぶりなしりがふりふりと揺れる。
「………………。」
早苗は眉間をおさえ、天を仰いだ。確かこのメイド長は、かくれんぼには自信があるとか言っていなかったか。
土間のかまど、そのふたを開けてみたり、水場の大きなみずがめ――からっぽだった――を開けてみたり。床下の野菜室を覗いてみたりしてから、早苗は「ここには誰もいないなあ」とか「みんな隠れるのが上手いなあ」とか言いながら土間を後にしたのである。
紅魔の、例のお嬢様に付き合う内にいろいろと麻痺してしまったであろうメイド長。それを見て見ぬふりをする情が、風祝にも存在したのだった。
探索範囲を広げよう。まず向かったのは離れにあるトイレだった。もちろんいない。
手を洗い、ついでに洗面所で髪の毛を軽く整えようかと思ったが、不意に人の気配を感じて振り返る……誰もいない。念のため来た道を急いで引き返すが、やはり誰もいなかった。
次いで蔵に向かおうとして、魔理沙とすれ違う。
「あれ。トイレですか?」
「ん、あ、ええ。おう。トイレだぜ」
どこか宙を見るように視線をそらした魔理沙がトイレに消える。少し首を捻りながら蔵へと向かった。
蔵の錠前はピッキングで開けた。埃っぽく、灯りもない蔵の中を手探りで進む。足元を見るが積もった埃に足跡はない……能力封じのルールがある以上、ここには誰もいないのではないかなと思いつつ奥へ進む。
「お、ケセランパセラン。元気してる?」
ウン、ボクゲンキ!
……無論、これも早苗の一人芝居だ。今度は、吹き出す者は居なかった。
ふと。
なぜだか早苗を引き付ける、ダイヤルキー付きの小箱が見つかった。足元に開いている、小さな通気用の格子窓。そこにチェーンで繋がれている。大きさは、胸の前で抱えられる程度。重さもそれほどないだろう。物理的な錠前はどうにかできる。だが、それと同時に霊的な封もしてあった。
小箱を取りに行こうと、棚と棚の間を通り抜けようとする。だが、つっかえてしまった。
「あれ……もしかして、太ったかな……」
じゅうぶんに、抜けられる隙間はあったと思うのだが。どうにかこうにかして棚の間を抜け、小箱を手に取る。
ダメもとで、早苗は霊夢が昔やっていたのを真似して解呪を試みた。指先で円を描き、次いで筆記体でopenと綴る。
「……開いちゃった」
これには早苗もビビった。もしかして、私結構そういう才能あるのかしら?
果たして、小箱の中に納まっていたのは……古ぼけた、自動拳銃。
持ち上げてみるが、グリップが太くいささか手に余るものだった。さもありなん、優に百年以上前に開発・制式採用されたモデルで、この銃そのものも製造から半世紀以上経っていることは間違いなかった。幻想郷では九ミリが主流で、早苗が持ち歩いているのもスイス製のダブルアクションだ。こんな古臭い銃は持ったことがない。人里の少女たちはリボルバーを好んで使うが、それも三十八口径に止まっている。このような銃を使っている連中は……早苗の知る限り、一人しか思い当たらなかった。じくり、と嘗て腹に穿たれた疵痕が疼く。
マガジンを抜き取る。弾は入っていない――いいや。
グリップセイフティに注意しつつスライドを引く。薬莢が僅かな光を反射した。……一発だけ?
「早苗」
背後から声。振り向くと、入口に魔理沙が立っていた。
逆光になっていて表情は読めない。早苗のさらしは自力で解いたのだろう、右手にくるくると巻いていた。
「ここには誰もいないんじゃないかな」
「……そうですね」
銃を箱に戻し、封をし直す。そこで見たものの意味を、魔理沙に問おうかと思ったが……。
魔理沙は顔を伏せ、早苗と目を合わせようとしなかった。故に彼女が抱いた印象と、その予想を述べるのは、あまりに憚られることだった。
再び賽銭箱の元に戻る。咲夜は頃合を見て捕まえることにして、よくよく考えたら残りニ十分を切ってまだ三人の行方が掴めない。これは、そろそろエンジンを回して行かねばなるまい。
「ヘイヘイ、早苗。もう残り十五分だぜ?」
時計に目を落としながら、あおるように魔理沙。最初に一人見つけてからさっぱり進展がないのは、確かにそうだ。賽銭箱の前、定位置を離れて、魔理沙がどこぞへ歩き出す。手伝ってくれるのだろうか?
「いんや、ちょっとトイレ」
「あ、そう……」
余裕の無くなってきた早苗はとりあえず、咲夜を確保しに行くことにした。土間へ行くと、メイド長の大きくはない尻はまだそこにあった。ぺろりとひとつ撫でてやると「ひゃあ!」と叫んで飛び上がって、その拍子に作業台に頭をぶつける。
「メイド長、確保ー」
「くう。完璧な隠れ場所だったのに」
悔しげに地面を睨む咲夜を連れ、賽銭箱の前、留置所に連行する。魔理沙はまだ戻っていないようだ。残るは、霊夢、妖夢、鈴仙の三人。
そろそろ、日も暮れようとしていた。山風が吹き始め、落ち葉が参道に散らばる様子が……この時、早苗の目に見えた。
微かな違和感。
「…………」
無言のまま、早苗が参道を歩いた。
こつこつ、しゃりしゃり。こつこつ、しゃりしゃり。
背後、賽銭箱の前に控える咲夜が首をひねりながらその様子を見ていた……やがて、早苗の足が止まる。
踵を返し、ずんずんと守矢神社の分社に向かって進む早苗。
その傍らには山と積まれた木の葉があった……そう。
ここに来た時、参道には落ち葉がまだいくらか積もっていた。それがきれいさっぱり無くなって、分社に回りに山を作っている。
「木の葉隠れとは、なかなかやるじゃないですか――妖夢さん!」
ガサガサと分社脇の木の葉を除ける。魂魄妖夢の小さな尻がまず見つかったので、これをひとつひっぱたく。
「これで、残り二人……。……!?」
早苗は、目を疑った。見つけたと思った魂魄妖夢はそのまま、ゆらゆらと像をぼやけさせ……どろろん、と人魂の形をとったからだ。
どこからともなく声が聞こえる。
「ふふふ。残念でしたね、早苗さん。これぞ忍法、変わり身の術」
「なん……だと……!?」
左様。早苗が捕らえたのは未だ妖夢の半身のみ。もう半分はどこかに姿を潜ませているのだ。
「残り十分、精々わたしをさがし――」
「いや、待てよ……?」
早苗が閃く。
能力を使えない以上、こうして声を響かせる手段は限られているはずだ。ならば……魂魄妖夢の、肉体も未だ。この近くにいるのではないか?
「あ、ちょ、やめ」
どこからともなく響く妖夢の声が、さらに落ち葉を掘り起す早苗を止めようとする。だが遅い。
「妖夢さんみっけ! 一度探した場所に隠れるなんて、基本中の基本ですよ」
そう。彼女は半霊が隠れていたより深い場所……そこに、身を横たえていたのだった。
木の葉や砂粒が目に入らないよう、目をつぶったまま妖夢が立ち上がる。
「残り二人!」
「おお、やったじゃん早苗!」
魔理沙が称賛の声をかける。あはは、こんなところに隠れてやんの。そういって右手で指差し、妖夢を笑う魔理沙だったが――。
「はい、鈴仙さんみっけ」
その魔理沙を捕まえ、早苗が宣言する。
「……なぜ解った……!?」
「ふ。こうしてわざわざ、私の隣に出てきたのが運の尽きですね。大方、あとで『実はずっと横にいましたー』ってドヤるつもりだったんでしょうけど」
ばりばりと、魔理沙の化けの皮が剥がれる。シリコン製の人工皮膚の下から出てきたのは、紛れもなく鈴仙・優曇華院・イナバだった。人里で薬を販売する必要から身に付けた、変装に秀でる彼女のそれは、能力というよりは技術のたまものだ。帽子を取ると、ばさりと押さえつけられていた長髪が零れ落ちた。
声はどうやってごまかしていたのだろう。それは確かに、魔理沙本人の声だった……しかし、それは謎というほどのものでもない。喉元に結び付けていた、小型のトランスミッターとスピーカーをもぎ取る。そこから、魔理沙本人がアテレコしていたに違いない。
鈴仙は早苗に捕まるとすぐに賽銭箱のほうに顔を向け、魔理沙に向かって見つかっちゃったよ、と大声で教えた。
「やれやれ。しかしこれで……残り、あと一人」
最後に。
霊夢だけが、いまだ見つけられずに隠れていた。
残り時間は、十分程度。
「ふむう……落ち着け、落ち着け私。まだ探していない場所、まだ見ていない場所は……」
留置所と名付けた賽銭箱の前に、魔理沙、咲夜、妖夢、そして鈴仙が並んで座る。
四人に背を向け、早苗は唸った。
霊夢の性格から考えて、一度隠れた場所を移動はすまい。周囲の森に潜まれてしまっては流石に見出すことは出来ないかもしれないが、早苗は現時点で……神社周辺はあらかた見て回っている。この中のどこかに、霊夢は居るはずだった。
精神の宮殿に潜り、今まで見てきた中から霊夢のいそうな場所を探す……だが。その気になればいくらでも、そんな場所は見出せるのだ。シラミをプレスする時間はない。的を絞らなければならない。
基本から考えよう。
かくれんぼのコツはなんだ?
誰も想像しない場所。
一度探した場所。
鬼の裏をかく場所。
まさかと思うような……常識にとらわれない、そんな場所は。
「残り八分だぜ」
魔理沙の声。そして早苗は気づいた。ずっと身近にあって、だからこそ見落としていた場所。
神社の、本殿。留置場として、自ら避けていた場所があったではないか。
ずかずかと賽銭箱の横を過ぎ、本殿の扉に手をかけようとして……またしても、早苗に違和感。
「ねえ。魔理沙さん。こっち見てもらえます?」
「え? なんでだぜ?」
そう……そうなのだ。
なぜか。
誰も。
早苗と、目を合わせようとしないのである。
嫌われているのだろうか? いやいや。かくれんぼが始まるまでは、みな普通に接していた。
「こっちを見ろ……!」
シアーハートじみた圧をかけて魔理沙を振り向かせる……その、瞳の中に。
ようやく早苗は。探していた少女を見つけていた。
「おかしいと思ったんですよ。手水場に溜まっていた水は抜かれていたし、霊夢さんの部屋には……そう。姿見が無かった。それに、トイレの洗面所からも鏡が消えていた……その時点で、気づくべきだったんです」
ゆっくりと早苗が振り向く。
そこに、最後の一人がいるはずだった。
「霊夢さん、見つけ…………、!?」
だが。
早苗の、背後に。
ずっと、背後霊のようにして着いてきて、絶対的な死角に、常に隠れていたはずの博麗霊夢は。
振り返ってもそこには居なかった。
またしても、早苗の思考がスパーク。
そうだ。思えば、今日はおかしなことがいくつか起こった。
狭いとはいえ、十分通り抜けられる場所でつっかえたり。
開けられるとは思えない封印が簡単に開いたり。
これらの現象は、まさしく。霊夢が背後について……否。
霊夢がぴたりと、早苗に同化していたからこそ起こり得た現象ではないのか。
そうだ。いくら背後、死角に隠れたからと言って、それで動き回る人間の視界から逃れ続けられるわけがない。霊夢はより高度な手段をもって、早苗の背後に……いいや。早苗本人と化して、早苗の影になって、着いてきていたに違いない。
すべての動作、すべての所作。一挙手一投足、まばたきに至るまで。
そのすべてをトレースして、早苗本人にも意識できないほどに……陰に、なりきっていたのだ。
だから、早苗が封を解こうとしたときに、霊夢もまた封を解こうとした。
ゆえに早苗もまた、自身の身体感覚を誤認し、霊夢を含めて自己だと認識して動いていた。そのわずかな誤差が通り抜けようとした時の引っ掛かりであったのだろう。
自分自身の影を。
どうやって、捕まえろというのだろう。
「残り、五分」
魔理沙の声が聞こえた。だがその声は、今の早苗には遠かった……どうにかして。自分自身に同化した霊夢を、引き剥がさねばならない。
壁に背中を押し付けてみようか。全力疾走して振り切ってみようか。姿が見えるまで、犬が自分のしっぽを追いかけるように回ってみようか。いいや、だめだ。すべて決定的ではない。
早苗にできることが、霊夢にもできてしまう以上、影を引き剥がすことは出来ないだろう。
ならば。
早苗にできて霊夢にできないことを考えるしかない。
「あー、重いわー、肩がこるわー。またブラのサイズ上がったからなー。ブラのサイズがなー」
……と、巨乳自慢をしてみることも考えないではなかったが。
そんなことをした日には、目の前にいる四人のうち鈴仙と、貧乳を甘んじて受け入れ絶望と仲良くなった魔理沙。そして遺伝的に将来性が約束されている妖夢以外には袋叩きにされてしまう。
「なんだろう。なにがあったかな。早口言葉? 百人一首の暗唱? いいや、それではだめだ……」
やがて。
早苗はぴたりと立ったまま、動かなくなる。
「残り三分……早苗?」
いぶかしがった魔理沙が、早苗の前に回る。耳を澄ませるが、彼女からは、そして、その影からも――
――呼吸音が、まるで、聞こえない。
戦慄する魔理沙。
「まさか……おい、おまえ。まさか、息を」
そう、そうなのだ。
東風谷早苗は、風を操る。
その風の源は彼女の肺に蓄えられた、膨大な量の圧縮大気に他ならない――彼女以上に、息を吸い続けられる哺乳類は。シロナガスクジラを含め、この地球上には存在しない。
「残り……三十秒!」
魔理沙が声を上げ、カウントを始める。早苗は余裕の表情だが……しかし、勝負はすでに、見えていた。
「――――ふぅあああああ――――」
大きな、大きな音を立て。
夕日が作る早苗の影が、太陽の角度を離れ、飲み込み過ぎた酸素を吐き出した。
「霊夢さん、みっけ!」
「――ゼロ!」
こうして、第一回博麗神社かくれんぼ大会は、見事に早苗の優勝で幕を閉じたのだった。
日が暮れて、夕食も済んだころ。
皆で酒盛りするつまみのひとつに、霊夢が魔理沙から取り上げた写真も加わっていた。
「なにこれ~~カワイイ~~~~」
……素っ頓狂、と言っていいような嬌声を上げるのは、本日のチャンピオン、東風谷早苗だ。
年のころは、六つか七つだろうか。あどけない顔をした博麗霊夢は、その写真の中で白と黒の魔法使いの格好をしていた。箒を構えてどや顔を作っている。
「だろう? ほら霊夢も、何か言えよ」
「……知らないっ」
そっぽを向く霊夢に、酒の入った早苗がくだを巻いた。写真には霊夢と一緒に、巫女の格好をした幼き頃の魔理沙の姿もあった。
「いいなあ、いいなあ。私とも、服、交換しません?」
「しねーわよ、もう」
「いいじゃあないですかあ、一度は私の影になったんだし」
「あーもー……」
霊夢の顔が赤いのは、酒のせいばかりではあるまい。対応に困った彼女はさらに早苗に酒を含ませ、早々に酔い潰すことに決めた。
「いいですねえ、ねえ、私たちも、一度服を交換してみましょうよ」
妖夢が無邪気に、そう言ってはしゃぐ。メイドとウサギはまんざらでもなさそうだった。
最初に、酔いのまわった鈴仙が脱ぎだした。そのまま、潰れて眠った早苗の服をはぎ取って着用する。鈴仙・優曇華院・風祝がここに生まれた。
「……私も着るっ!」
こちらはしとどにアルコールに脳を浸したメイド長だ。がばっとメイド服の前を広げて、シャツを脱ぎ捨てると……そのまま、霊夢に襲い掛かった。平時であれば考えられない蛮勇だった。
「てめっ、このやろっ、なにすんだコラ!」
博麗の巫女は抵抗したが、多勢に無勢。あっという間にみぐるみをはがされ……あとはまあ、夜が更けるに任せるだけだった。
……。
…………。
オウ、ワイや。
東風谷早苗や。
……え? 早苗はもう、酔い潰れただろう、って?
なに、まさか本当に、早苗が「ワイや、早苗や」なんて私小説しているとでも思ったの。
そうとも。この私は早苗ではない。……じゃあ、誰なのか、って?
そうだなあ、今こうしてスカートを頭にかぶったり、袖を残して丸裸にされてる連中の中にいる、とだけは言っておこうかな。
しかしなんだこの乳当ては……本当にこんなサイズが世界に必要なのか……? 忌々しい……。
まあそういうわけで、今日も博麗神社は平穏無事。
少女たちの夜は長いということで、オチとさせてもらおうかな。
じゃあの!
守矢の風祝、東風谷早苗や。
今日みたいに秋晴れの気持ちいい日には仕事なんぞほっぽり出して、遊びに行くのが正しい幻想少女の姿ちゅうもんじゃ。
そないなわけで、ワイはいま博麗神社に向かっとる。別に、霊夢ちゃんと百合ちゅっちゅしに行く訳とちゃうで。せやけど、あっこなら大概の暇は潰せるからの。
さて、今日は何が待っておるか。今から楽しみじゃ。ほなまた!
正しい影との付き合い方は
第百三十三季 10月1日
博麗神社を訪れると、何故だか毎回鳥居に迎えられる。
幻想郷の北方に横たわる妖怪の山。その高地に座する自宅からまっすぐに、それこそ一直線で東端に位置する博麗神社に向かったのならば、霊山の横っ腹にぶち当たりそうなものなのだが未だに彼女、東風谷早苗は、鳥居以外の入り口を見つけていない。
それが何らかの有識結界のためなのか、それとも博麗神社が境界に位置するがための現象なのか――幻想郷の東端すべてが博麗神社の鳥居に繋がっている、という考え方だ――は、解らない。そして神社の鳥居というのは実のところ、神社本殿から見て東に位置するのだという。これらを矛盾なく説明するスマートな理屈は、いまだ発明されていない。
あるいは鳥居に足が生えていて、来る者を移動して待ち受けているのかもしれなかった。狛犬の件もあるのであながち捨てきれないのがにくいところだ。
一礼して鳥居をくぐり手水場に向かう。冷えた地下水が蛇口から滴り、石造りの鉢に貯められていた水面が揺れる。その流れを掬い取って手口を清め、しっかり蛇口を締めてからシャリシャリ、シャリシャリシャリと落ち葉を踏みしめ参道を歩く。分社を見やると、少しばかり落ち葉に埋もれていた。今度、きちんと掃いてやらねばと記憶に留める。
賽銭箱の周囲を探る。人の気配はあるのだが、どうにも姿が見えない。
裏に回る前に賽銭代わりの飴玉を投げ込む。すると賽銭箱がきゃあとかわあとかまるで少女のような悲鳴を上げので、早苗も思わず『やんのかコラ』と応えた。その脇を高速ですり抜ける紅と白の風。この風にもまた向けて『上等だコノヤロウ』と反射的に啖呵を切る。
「魔理沙みっけええ!」
「うおえああああ!」
賽銭箱のふたをがぱりと持ち上げた博麗霊夢は勢いそのまま中に潜んでいた霧雨魔理沙を蹴り出した。状況が掴めない早苗を他所に、魔法使いの手から紙片をもぎ取る巫女。とったどーと勝鬨を上げる彼女から話を聞くのは困難そうだったので、介抱がてら魔理沙を抱き起こして経緯を伺う。
まあどうせ大したことではないのだろうなと思っていたが、魔理沙が語った事情は予想を超えてどうでもよい内容だった。
本殿の背後、居住区の居間に場所を移す。炬燵に足を突っ込む十六夜咲夜と、魂魄妖夢の姿があった。もう炬燵? と早苗が話しかけると、メイドが天板に頬をくっつけたまま応えた。
「冬物を出すの、手伝わされたのよ。人手が集まったからって」
「でも、これはいいものだわ……現世に来て、これだけは文句なくよいものだと思える……」
妖夢がだらけた顔で早苗に微笑みかけた。彼女も今日はオフなのであろう。
今日は休暇だから来たのに、と不貞腐れ気味のメイド長が嘆息する。炬燵だけでなく、おそらくはカーペットから七輪から冬着から毛糸のパンツに至るまで引っ張り出すのを手伝わされたのだろう。隣の妖夢も一仕事終えた後の顔をしていた。倣って炬燵に足を滑り込ませる。さすがにまだ暑苦しくはないかなと早苗はためらったが、いざ腰を落ち着けてみると座りはなかなか悪くなかった。
「で、写真はどうしたの?」
妖夢が尋ねる……そう、写真である。霊夢が魔理沙から奪い取った紙片は、聞くに霊夢が小さかった頃の写真なのだという。
具体的にどのような場面かまでは霊夢に遮られて聞き出せなかったが……必死になって取り上げるほどだ。興味を持つなというほうが無理である。咲夜も妖夢も、もちろん早苗も。どうにか一目、と霊夢にねだるような視線を向けた。だが我らが巫女は頑としてこれを跳ね退けた。
「あとでお焚き上げにしてやるわ、忌々しい」
憎々しげに吐き捨てる。だが、その顔が朱を帯びているところを見るに禍根は深いものではなさそうだ。魔理沙が慌てて抗弁する。
「おいおい、そりゃあないぜ。私にとっては宝物なんだ。燃やされたら困る」
「黙らっしゃい。被写体が駄目だというんだから駄目よ」
「半分は私だろう?」
「むう」
まあ頑固そうに見えて、押せば案外どうにかなってしまうのも我らが巫女である。もう一押しか二押しすれば落とせるんじゃないかなと、早苗は魔理沙以外の二人に目配せした。
なんと言えば霊夢を乗せられるだろう。
例えば、私の小さいころの写真も見せますから……とか。だが、そう言ってしまっては必然、残りの皆も古い写真を持って来ざるを得なくなる。妖夢はともかく咲夜は昔の写真など持っているだろうか。魔理沙は実家にいたころの写真を嫌がるだろう。うーん、どうもこの筋ではだめかと早苗が思考を巡らせていると魔理沙がいきなり早苗に振ってきた。急にボールが来た柳沢状態で、しどろもどろの早苗が言い渡した閲覧の条件とは……。
「ここは公正に、勝負でケリをつけませんか」
写真を片手に、高いところに持ち上げてまとわりつく魔理沙を躱していた霊夢がぴたりと静止し、早苗についと視線を向ける。
「弾幕ごっこは勘弁だからね。今日は疲れているのだから」
横から咲夜が口を挟む。確かに、霊夢ひとりに対し四人ではバランスも悪い。
「それじゃあ、UNOやりましょうよ、UNO!」
はしゃいだ声を上げる妖夢。彼女の中ではUNOがマイブームなのだった。
「UNOは私が勘弁だぜ……あー、そうだな。ジェンガはどうだ?」
何を隠そう妖夢にUNOを教えたのが魔理沙である。彼女はドはまりした妖夢に付き合った結果、ここ数週間で常人の致死量に達するUNOを摂取しており、これ以上はドクターストップがかけられているのだ。その魔理沙が居間の地袋を漁りパーティグッズを発掘する。
「そのジェンガ、直方体が欠けてるのよね」
と霊夢。これもNGである。
次いでバトルドームが出土した。しかしこれは最悪殺し合いに発展する可能性があるので除外。様々なバージョンの人生ゲームが出てくる。しかし運否天賦のゲームでは霊夢に勝てないだろう。ここで早苗に天啓が舞い降りた。先ほどの、霊夢と魔理沙の様子から閃いたというのが実際のところだが――
「――かくれんぼ」
聞いて、むくりと咲夜が面を上げた。つぶらな瞳で早苗を見る。
「かくれんぼをしませんか?」
ぱちくりと、霊夢と魔理沙が顔を見合わせ、同時に早苗に視線を向けた。無論、彼女たちがいくら子供だと言っても、流石にかくれんぼをするような歳では無い。しかしこれに咲夜が食いついた。
「いいじゃない、かくれんぼ。私得意なのよ」
と、ここで今の障子に新たな影が映り込んだ。
「やはりかくれんぼか。いつ始める? 私も参加する」
「優曇華院」
鈴仙・優曇華院・イナバ。彼女もまた、たまに休みをもらい神社を訪れてきたのだった。
残る妖夢にも異存はないようだったので、あれよあれよという間にかくれんぼをすることになる。しかし彼女たちは揃いも揃ってかくれんぼをするにはえげつない能力持ちだ。
「えーと、そしたらルールを決めないといけませんね」
早苗に目線を送って、妖夢が音頭を取ってまとめあげる。
・博麗神社周囲一〇〇メートルまでを範囲とする
・能力は使わない
・相手を目視し名前をコールした時点で確保
・制限時間は一時間(隠れるための時間一〇分を含む)
・移動は自由
「鬼はどうやって決めようか」
ペン先を舐め舐め、カレンダーを裁断した裏紙にルールを書き出していた妖夢が案を募る。普通に考えて、霊夢を納得させるためなのだから彼女を鬼にするのがよいということになるが――。
「それも、なんだかなあ。だって霊夢はこの神社が住まいだぜ? 探すほうに回られちゃあ不利だ」
「じゃあ、霊夢さんは隠れる側確定?」
「まあ、まあ。いいじゃない。とりあえずジャンケンしましょ。別に私が鬼でも子でも、負けたと思ったら負けを認めるわよ」
「そうそう、かくれんぼをするときはね、何というか、救われてなきゃあ駄目なんだ。みんなで、騒いで、豊かで……」
「わー、私、かくれんぼってするの初めてかも! 月面の塹壕でじっとうずくまってたことはあるけど」
妄言を吐き始めた咲夜、遠い目をし始めた鈴仙はさて置いて、一同は神社の表に場所を移そうと立ち上がる。
かくして。博麗神社を遊び場に、少女六人によるかくれんぼが始まった。
まずは鬼を決めるジャンケンである。三度のあいこを挟んで負け残ったのは早苗だった。アイマスクを着け、賽銭箱の前に座ってたっぷり十分間待つ。まずもって、四方八方に駆け出す少女たちの足音があった。目で追うことは出来ないが、耳で追うことまでは禁止されていない。
真っ暗な視界の中を、忙しなく駆け回る少女たち。
落ち葉を払いのける音、引き戸を開ける音。何かをどかす音……。結構、いろいろ手の込んだ隠れ方をしているらしい。
やがて手元のアラームが鳴り響く。
決して甲高いものではない。だがうら寂しい秋の空気の中ならば、例えどこに隠れていても聞こえただろう。
「いざ。狩りの時間だ、フゥハハハー」
「ブフッ」
意気込んだ早苗が高らかに宣言すると、堪え切れずに誰かが噴き出す声がした。
瞬間、真っ赤になって早苗が振り返る。誰もいない、誰にも聞こえないだろうと決め込んで口に出したセリフだった。
「どこだこの野郎、出てこいこの野郎」
恥ずかしさ紛れに声を荒げながら賽銭箱のふたを持ち上げる。そこに居たのは口元を手で覆い、必死に笑いを堪える魔法使い。
「魔理沙さんみっけーー! この間抜けーー! はい私の勝ちーー!」
「狩りの時間だ」
「やめろォ!」
自身のサラシをいくらか解き、これで魔理沙を後ろ手に拘束する。賽銭箱の真ん前を留置場とすることに決め、追う側の早苗は逃げるように参道を走った。残り四人。
鳥居から石段の下を望む。狛犬の石像、その周囲を探る。手水場周囲には誰もいそうにない。恥ずかしさからか喉の渇きを覚えたので、手水場の蛇口をひねる。
手水鉢の底に水が落ち、しゃばしゃばと跳ねた。
備え付けのコップで一杯頂いてから神社へ戻る。
参道の石畳を歩く、こつこつという足音。
近づいてきた早苗と少し目線を外した魔理沙が未だニヤニヤしているのを無視して、神社の裏手に回る。
「あーもう、あーもう……」
軽く涙目になりながら、縁側でしゃがみ床下に目を凝らす。ここではないらしい。居間に上がり、納戸や地袋、天袋を開ける。妖夢ならば隠れられるかもしれなかったが、どうやら当てが外れたようだ。
霊夢の寝室をあらためる。文机と小ぢんまりとした本棚。衣装箪笥の他に目立ったものはない。殺風景な部屋だと早苗は思ったが、それは外界育ちの早苗の部屋や収集癖のある魔理沙の部屋が賑やかなだけで、おおむね幻想郷の少女の自室はこんなものである。
だが……果たして。何かが足りないような気がした。いかに霊夢といえ、女の子の部屋である。なにか、あるべきものが……。
違和感を覚えたが、ひとまず客間を見に行く。押入れの布団の中に誰か隠れていやしないかと思ったが……居なかった。ふむ、どうやら室内には誰もいないかなと思いながら、外に出ようと土間に降りる。
すると、調理台の下に。
「………………。」
尻が突き出していた。しばし、早苗の動きが止まる。
「………………。」
たっぷり三秒、早苗はその尻とにらめっこしていた。あのミニスカートはどう見ても、紅魔館のメイド長の物であろう。おそらく頭は調理台の下に入っている。どうやら先方も早苗が探しに来たのだと気づいたようで、僅かに身じろぎした。小ぶりなしりがふりふりと揺れる。
「………………。」
早苗は眉間をおさえ、天を仰いだ。確かこのメイド長は、かくれんぼには自信があるとか言っていなかったか。
土間のかまど、そのふたを開けてみたり、水場の大きなみずがめ――からっぽだった――を開けてみたり。床下の野菜室を覗いてみたりしてから、早苗は「ここには誰もいないなあ」とか「みんな隠れるのが上手いなあ」とか言いながら土間を後にしたのである。
紅魔の、例のお嬢様に付き合う内にいろいろと麻痺してしまったであろうメイド長。それを見て見ぬふりをする情が、風祝にも存在したのだった。
探索範囲を広げよう。まず向かったのは離れにあるトイレだった。もちろんいない。
手を洗い、ついでに洗面所で髪の毛を軽く整えようかと思ったが、不意に人の気配を感じて振り返る……誰もいない。念のため来た道を急いで引き返すが、やはり誰もいなかった。
次いで蔵に向かおうとして、魔理沙とすれ違う。
「あれ。トイレですか?」
「ん、あ、ええ。おう。トイレだぜ」
どこか宙を見るように視線をそらした魔理沙がトイレに消える。少し首を捻りながら蔵へと向かった。
蔵の錠前はピッキングで開けた。埃っぽく、灯りもない蔵の中を手探りで進む。足元を見るが積もった埃に足跡はない……能力封じのルールがある以上、ここには誰もいないのではないかなと思いつつ奥へ進む。
「お、ケセランパセラン。元気してる?」
ウン、ボクゲンキ!
……無論、これも早苗の一人芝居だ。今度は、吹き出す者は居なかった。
ふと。
なぜだか早苗を引き付ける、ダイヤルキー付きの小箱が見つかった。足元に開いている、小さな通気用の格子窓。そこにチェーンで繋がれている。大きさは、胸の前で抱えられる程度。重さもそれほどないだろう。物理的な錠前はどうにかできる。だが、それと同時に霊的な封もしてあった。
小箱を取りに行こうと、棚と棚の間を通り抜けようとする。だが、つっかえてしまった。
「あれ……もしかして、太ったかな……」
じゅうぶんに、抜けられる隙間はあったと思うのだが。どうにかこうにかして棚の間を抜け、小箱を手に取る。
ダメもとで、早苗は霊夢が昔やっていたのを真似して解呪を試みた。指先で円を描き、次いで筆記体でopenと綴る。
「……開いちゃった」
これには早苗もビビった。もしかして、私結構そういう才能あるのかしら?
果たして、小箱の中に納まっていたのは……古ぼけた、自動拳銃。
持ち上げてみるが、グリップが太くいささか手に余るものだった。さもありなん、優に百年以上前に開発・制式採用されたモデルで、この銃そのものも製造から半世紀以上経っていることは間違いなかった。幻想郷では九ミリが主流で、早苗が持ち歩いているのもスイス製のダブルアクションだ。こんな古臭い銃は持ったことがない。人里の少女たちはリボルバーを好んで使うが、それも三十八口径に止まっている。このような銃を使っている連中は……早苗の知る限り、一人しか思い当たらなかった。じくり、と嘗て腹に穿たれた疵痕が疼く。
マガジンを抜き取る。弾は入っていない――いいや。
グリップセイフティに注意しつつスライドを引く。薬莢が僅かな光を反射した。……一発だけ?
「早苗」
背後から声。振り向くと、入口に魔理沙が立っていた。
逆光になっていて表情は読めない。早苗のさらしは自力で解いたのだろう、右手にくるくると巻いていた。
「ここには誰もいないんじゃないかな」
「……そうですね」
銃を箱に戻し、封をし直す。そこで見たものの意味を、魔理沙に問おうかと思ったが……。
魔理沙は顔を伏せ、早苗と目を合わせようとしなかった。故に彼女が抱いた印象と、その予想を述べるのは、あまりに憚られることだった。
再び賽銭箱の元に戻る。咲夜は頃合を見て捕まえることにして、よくよく考えたら残りニ十分を切ってまだ三人の行方が掴めない。これは、そろそろエンジンを回して行かねばなるまい。
「ヘイヘイ、早苗。もう残り十五分だぜ?」
時計に目を落としながら、あおるように魔理沙。最初に一人見つけてからさっぱり進展がないのは、確かにそうだ。賽銭箱の前、定位置を離れて、魔理沙がどこぞへ歩き出す。手伝ってくれるのだろうか?
「いんや、ちょっとトイレ」
「あ、そう……」
余裕の無くなってきた早苗はとりあえず、咲夜を確保しに行くことにした。土間へ行くと、メイド長の大きくはない尻はまだそこにあった。ぺろりとひとつ撫でてやると「ひゃあ!」と叫んで飛び上がって、その拍子に作業台に頭をぶつける。
「メイド長、確保ー」
「くう。完璧な隠れ場所だったのに」
悔しげに地面を睨む咲夜を連れ、賽銭箱の前、留置所に連行する。魔理沙はまだ戻っていないようだ。残るは、霊夢、妖夢、鈴仙の三人。
そろそろ、日も暮れようとしていた。山風が吹き始め、落ち葉が参道に散らばる様子が……この時、早苗の目に見えた。
微かな違和感。
「…………」
無言のまま、早苗が参道を歩いた。
こつこつ、しゃりしゃり。こつこつ、しゃりしゃり。
背後、賽銭箱の前に控える咲夜が首をひねりながらその様子を見ていた……やがて、早苗の足が止まる。
踵を返し、ずんずんと守矢神社の分社に向かって進む早苗。
その傍らには山と積まれた木の葉があった……そう。
ここに来た時、参道には落ち葉がまだいくらか積もっていた。それがきれいさっぱり無くなって、分社に回りに山を作っている。
「木の葉隠れとは、なかなかやるじゃないですか――妖夢さん!」
ガサガサと分社脇の木の葉を除ける。魂魄妖夢の小さな尻がまず見つかったので、これをひとつひっぱたく。
「これで、残り二人……。……!?」
早苗は、目を疑った。見つけたと思った魂魄妖夢はそのまま、ゆらゆらと像をぼやけさせ……どろろん、と人魂の形をとったからだ。
どこからともなく声が聞こえる。
「ふふふ。残念でしたね、早苗さん。これぞ忍法、変わり身の術」
「なん……だと……!?」
左様。早苗が捕らえたのは未だ妖夢の半身のみ。もう半分はどこかに姿を潜ませているのだ。
「残り十分、精々わたしをさがし――」
「いや、待てよ……?」
早苗が閃く。
能力を使えない以上、こうして声を響かせる手段は限られているはずだ。ならば……魂魄妖夢の、肉体も未だ。この近くにいるのではないか?
「あ、ちょ、やめ」
どこからともなく響く妖夢の声が、さらに落ち葉を掘り起す早苗を止めようとする。だが遅い。
「妖夢さんみっけ! 一度探した場所に隠れるなんて、基本中の基本ですよ」
そう。彼女は半霊が隠れていたより深い場所……そこに、身を横たえていたのだった。
木の葉や砂粒が目に入らないよう、目をつぶったまま妖夢が立ち上がる。
「残り二人!」
「おお、やったじゃん早苗!」
魔理沙が称賛の声をかける。あはは、こんなところに隠れてやんの。そういって右手で指差し、妖夢を笑う魔理沙だったが――。
「はい、鈴仙さんみっけ」
その魔理沙を捕まえ、早苗が宣言する。
「……なぜ解った……!?」
「ふ。こうしてわざわざ、私の隣に出てきたのが運の尽きですね。大方、あとで『実はずっと横にいましたー』ってドヤるつもりだったんでしょうけど」
ばりばりと、魔理沙の化けの皮が剥がれる。シリコン製の人工皮膚の下から出てきたのは、紛れもなく鈴仙・優曇華院・イナバだった。人里で薬を販売する必要から身に付けた、変装に秀でる彼女のそれは、能力というよりは技術のたまものだ。帽子を取ると、ばさりと押さえつけられていた長髪が零れ落ちた。
声はどうやってごまかしていたのだろう。それは確かに、魔理沙本人の声だった……しかし、それは謎というほどのものでもない。喉元に結び付けていた、小型のトランスミッターとスピーカーをもぎ取る。そこから、魔理沙本人がアテレコしていたに違いない。
鈴仙は早苗に捕まるとすぐに賽銭箱のほうに顔を向け、魔理沙に向かって見つかっちゃったよ、と大声で教えた。
「やれやれ。しかしこれで……残り、あと一人」
最後に。
霊夢だけが、いまだ見つけられずに隠れていた。
残り時間は、十分程度。
「ふむう……落ち着け、落ち着け私。まだ探していない場所、まだ見ていない場所は……」
留置所と名付けた賽銭箱の前に、魔理沙、咲夜、妖夢、そして鈴仙が並んで座る。
四人に背を向け、早苗は唸った。
霊夢の性格から考えて、一度隠れた場所を移動はすまい。周囲の森に潜まれてしまっては流石に見出すことは出来ないかもしれないが、早苗は現時点で……神社周辺はあらかた見て回っている。この中のどこかに、霊夢は居るはずだった。
精神の宮殿に潜り、今まで見てきた中から霊夢のいそうな場所を探す……だが。その気になればいくらでも、そんな場所は見出せるのだ。シラミをプレスする時間はない。的を絞らなければならない。
基本から考えよう。
かくれんぼのコツはなんだ?
誰も想像しない場所。
一度探した場所。
鬼の裏をかく場所。
まさかと思うような……常識にとらわれない、そんな場所は。
「残り八分だぜ」
魔理沙の声。そして早苗は気づいた。ずっと身近にあって、だからこそ見落としていた場所。
神社の、本殿。留置場として、自ら避けていた場所があったではないか。
ずかずかと賽銭箱の横を過ぎ、本殿の扉に手をかけようとして……またしても、早苗に違和感。
「ねえ。魔理沙さん。こっち見てもらえます?」
「え? なんでだぜ?」
そう……そうなのだ。
なぜか。
誰も。
早苗と、目を合わせようとしないのである。
嫌われているのだろうか? いやいや。かくれんぼが始まるまでは、みな普通に接していた。
「こっちを見ろ……!」
シアーハートじみた圧をかけて魔理沙を振り向かせる……その、瞳の中に。
ようやく早苗は。探していた少女を見つけていた。
「おかしいと思ったんですよ。手水場に溜まっていた水は抜かれていたし、霊夢さんの部屋には……そう。姿見が無かった。それに、トイレの洗面所からも鏡が消えていた……その時点で、気づくべきだったんです」
ゆっくりと早苗が振り向く。
そこに、最後の一人がいるはずだった。
「霊夢さん、見つけ…………、!?」
だが。
早苗の、背後に。
ずっと、背後霊のようにして着いてきて、絶対的な死角に、常に隠れていたはずの博麗霊夢は。
振り返ってもそこには居なかった。
またしても、早苗の思考がスパーク。
そうだ。思えば、今日はおかしなことがいくつか起こった。
狭いとはいえ、十分通り抜けられる場所でつっかえたり。
開けられるとは思えない封印が簡単に開いたり。
これらの現象は、まさしく。霊夢が背後について……否。
霊夢がぴたりと、早苗に同化していたからこそ起こり得た現象ではないのか。
そうだ。いくら背後、死角に隠れたからと言って、それで動き回る人間の視界から逃れ続けられるわけがない。霊夢はより高度な手段をもって、早苗の背後に……いいや。早苗本人と化して、早苗の影になって、着いてきていたに違いない。
すべての動作、すべての所作。一挙手一投足、まばたきに至るまで。
そのすべてをトレースして、早苗本人にも意識できないほどに……陰に、なりきっていたのだ。
だから、早苗が封を解こうとしたときに、霊夢もまた封を解こうとした。
ゆえに早苗もまた、自身の身体感覚を誤認し、霊夢を含めて自己だと認識して動いていた。そのわずかな誤差が通り抜けようとした時の引っ掛かりであったのだろう。
自分自身の影を。
どうやって、捕まえろというのだろう。
「残り、五分」
魔理沙の声が聞こえた。だがその声は、今の早苗には遠かった……どうにかして。自分自身に同化した霊夢を、引き剥がさねばならない。
壁に背中を押し付けてみようか。全力疾走して振り切ってみようか。姿が見えるまで、犬が自分のしっぽを追いかけるように回ってみようか。いいや、だめだ。すべて決定的ではない。
早苗にできることが、霊夢にもできてしまう以上、影を引き剥がすことは出来ないだろう。
ならば。
早苗にできて霊夢にできないことを考えるしかない。
「あー、重いわー、肩がこるわー。またブラのサイズ上がったからなー。ブラのサイズがなー」
……と、巨乳自慢をしてみることも考えないではなかったが。
そんなことをした日には、目の前にいる四人のうち鈴仙と、貧乳を甘んじて受け入れ絶望と仲良くなった魔理沙。そして遺伝的に将来性が約束されている妖夢以外には袋叩きにされてしまう。
「なんだろう。なにがあったかな。早口言葉? 百人一首の暗唱? いいや、それではだめだ……」
やがて。
早苗はぴたりと立ったまま、動かなくなる。
「残り三分……早苗?」
いぶかしがった魔理沙が、早苗の前に回る。耳を澄ませるが、彼女からは、そして、その影からも――
――呼吸音が、まるで、聞こえない。
戦慄する魔理沙。
「まさか……おい、おまえ。まさか、息を」
そう、そうなのだ。
東風谷早苗は、風を操る。
その風の源は彼女の肺に蓄えられた、膨大な量の圧縮大気に他ならない――彼女以上に、息を吸い続けられる哺乳類は。シロナガスクジラを含め、この地球上には存在しない。
「残り……三十秒!」
魔理沙が声を上げ、カウントを始める。早苗は余裕の表情だが……しかし、勝負はすでに、見えていた。
「――――ふぅあああああ――――」
大きな、大きな音を立て。
夕日が作る早苗の影が、太陽の角度を離れ、飲み込み過ぎた酸素を吐き出した。
「霊夢さん、みっけ!」
「――ゼロ!」
こうして、第一回博麗神社かくれんぼ大会は、見事に早苗の優勝で幕を閉じたのだった。
日が暮れて、夕食も済んだころ。
皆で酒盛りするつまみのひとつに、霊夢が魔理沙から取り上げた写真も加わっていた。
「なにこれ~~カワイイ~~~~」
……素っ頓狂、と言っていいような嬌声を上げるのは、本日のチャンピオン、東風谷早苗だ。
年のころは、六つか七つだろうか。あどけない顔をした博麗霊夢は、その写真の中で白と黒の魔法使いの格好をしていた。箒を構えてどや顔を作っている。
「だろう? ほら霊夢も、何か言えよ」
「……知らないっ」
そっぽを向く霊夢に、酒の入った早苗がくだを巻いた。写真には霊夢と一緒に、巫女の格好をした幼き頃の魔理沙の姿もあった。
「いいなあ、いいなあ。私とも、服、交換しません?」
「しねーわよ、もう」
「いいじゃあないですかあ、一度は私の影になったんだし」
「あーもー……」
霊夢の顔が赤いのは、酒のせいばかりではあるまい。対応に困った彼女はさらに早苗に酒を含ませ、早々に酔い潰すことに決めた。
「いいですねえ、ねえ、私たちも、一度服を交換してみましょうよ」
妖夢が無邪気に、そう言ってはしゃぐ。メイドとウサギはまんざらでもなさそうだった。
最初に、酔いのまわった鈴仙が脱ぎだした。そのまま、潰れて眠った早苗の服をはぎ取って着用する。鈴仙・優曇華院・風祝がここに生まれた。
「……私も着るっ!」
こちらはしとどにアルコールに脳を浸したメイド長だ。がばっとメイド服の前を広げて、シャツを脱ぎ捨てると……そのまま、霊夢に襲い掛かった。平時であれば考えられない蛮勇だった。
「てめっ、このやろっ、なにすんだコラ!」
博麗の巫女は抵抗したが、多勢に無勢。あっという間にみぐるみをはがされ……あとはまあ、夜が更けるに任せるだけだった。
……。
…………。
オウ、ワイや。
東風谷早苗や。
……え? 早苗はもう、酔い潰れただろう、って?
なに、まさか本当に、早苗が「ワイや、早苗や」なんて私小説しているとでも思ったの。
そうとも。この私は早苗ではない。……じゃあ、誰なのか、って?
そうだなあ、今こうしてスカートを頭にかぶったり、袖を残して丸裸にされてる連中の中にいる、とだけは言っておこうかな。
しかしなんだこの乳当ては……本当にこんなサイズが世界に必要なのか……? 忌々しい……。
まあそういうわけで、今日も博麗神社は平穏無事。
少女たちの夜は長いということで、オチとさせてもらおうかな。
じゃあの!