ドラゴンカーなんとかウィズゆかりん

「紫、一つ聞きたいことがあるの」
口化粧一つしていないのに、うっすらとした桃色の、可憐な華の蕾のような小さな唇を開いて少女が尋ねる。口調には年齢相応の好奇心が満ちており、あの子の娘がね、と私に老婆にも似た感慨を抱かせる。
「ねぇ、紫ったら！」
想いに耽っていると怒気を孕んだ声で再び呼びかけられる。少々堪忍袋の緒が脆いのが玉に瑕だ。私は今聞こえた風を装ってゆったりと答えた。
「なぁに、霊夢」
「なぁに、じゃないわよ」
もう、と続けて霊夢は尋ねる。
「毎年、ウチの神社の裏側まで山の河童に大きい鉄の―――アレよ、アレ、アレを持ち運ばせているのは何の意味があるの？置いた翌朝には消えているし。何かの儀式？そろそろ教えてくれたっていいじゃない」
そうか、そう来たか。いや、そろそろ来てしまったか。嗚呼、人間の親が子供から「赤ちゃんはどこからくるの」と聞かれた時に、きっと近い羞恥と困惑を覚えるだろう。そしてこう答えるだろう。「赤ちゃんはコウノトリが運んでくるのよ」と。しかしながら霊夢はただの子供ではない。博麗の名を継いでもう何度も季節が廻っている。年齢面でも、そして結界を守る巫女としても適当な理由が必要だ。
可能な限り平然を装って、今の私は飄然としているとも評される曖昧な顔を浮かべていられるだろうか₋――。こう答える。

「竜神様の性行よ、性行」

「性行―――」
絶句した後に霊夢の頬が酸漿もかくやと思えるほど紅色に染まる。敏感なお年頃なのである。私は独裁者ではないので怒らず笑わず泣かずに真面目に受け止めた彼女を評価したい。僅かな困惑を置いて恥じらいながらも当然の疑問を振ってくる。この切り替えの早さにプラス100点の評価を加えたい。簡易評価ならプラス50点だ。
「性行？龍神様と鉄の塊が？付喪神でもないのよ？」
全く、この時ばかりは彼女の勘の良さが愛らしくも憎らしい。下手に誤魔化せば現場に直行、巫女辞職、幻想郷崩壊まで見える。ここは素直に、しかし出来るだけ核心から遠ざけて答えておくべきだろう。
「霊夢、此処が、能動的であれ、受動的であれ外界で“存在しない”、とされた者たちが流れ着く地、そこは良いわね？」
「そうね。でも古具屋の商品や貸本屋の本からは龍は外界でも篤く信仰されている気がするわ。ここに来る必要はないじゃない」

「そうね―――」考えろ、考えろ紫（わたし）。本塁打にはならない瑕疵をだ。幾千もの演算を走らせる。駄目だ。処理がパンクしている。こういう時は外部委託だ。オッケーグーグル。
「ドラゴンカーセックス」
「ドラゴンカーセッ…」霊夢は言い淀む。なるほど、外来語も嗜むらしい。後で貸本屋の履歴も調べなければ。
「竜種という神聖な存在と人の手による被造物の象徴たる車の性交を描いた風刺画よ。元々は外界での過剰な表現への規制に対する風刺として描かれていたの。外界では今や風化して幻想郷の竜神様と混淆されたことが由来ね。」
「でも。それでも、その、車と、その、しなくてもいいじゃない！第一、子孫が残せるわけでもないし不合理よ！」
「そうね。でも竜神様は男性なの。――――後は分るわよね？」
「莫迦、紫の莫迦！阿保！変態！恥知らず！」
言外の意味を察したのか、その言葉を最後に巫女は何処かに飛び去って行く。大方、同年代の魔法使いの所だろう。せいぜい黄色い話題にするといい。

私は霊夢に少しばかり嘘を吐いた。竜種と車の性交は単なる竜神様の性欲処理だけではないのだ。
いつしか竜は北極星を食い破る。それは即ち幻想の外界への反攻を意味している。その時まで竜は生き残り、多様性の権化として標準化した外界への存在として対峙しなければならない。彼女の、霊夢の母親もまたそうして竜神へと捧げられた。霊夢自身は自分の出自に気づいてはいないだろう。私が人身御供の代わりとしてドラゴンカーセックスをでっち上げたことも。
霊夢には、いつか、良き夫を得、子に恵まれるような、普通の幸せをきっと掴んでほしい。そのためには何でもするつもりだ。
ガツン、ガツン、という音とともに空が薄闇に包まれる。竜神様が排気孔に腰を使ってゐる。時折雷光につつまれる。竜神様が達した証だ。後に降る雨は、地味豊かなものとなり人里を潤し、幻想郷の調和の一助となるだろう。いつか、どこかへの祈念が彼女自身への幸せにつながると信じている。

後日。博麗神社にて。
霊夢「嘘やん…。ただの特殊性癖の一種やん」
紫「何読んだ」

初投稿です。今度は嘘じゃないです。