時計の針が逆向きに回っている。私はカウンターに腰掛けて明暗の最終章を読んでいた。店はもう暖簾を仕舞っている。この時間、ここにある本はすべて私だけのものだ。ちらちらと揺れる灯りとページをめくる音しか聞こえない。そう思っていたところに表の戸を叩く音が聞こえた。
私はびくりとして前を向き、顔をしかめた。カーテンを閉めるのを忘れていて、灯りが窓の外に漏れている。これでは残念ながら居留守を決め込むわけにはいかない。私は本を閉じて机の上に置き、よそ行きの顔を作って表を開けに出た。
星の流れる通りに立っていたのは獏と鷺だった。獏は開けた戸のこちらから灯りを目に受けて、片手を翳した。彼女はナイトキャップのようなへんてこな帽子をかぶっていた。そのまま帰って寝れば良いのにと私は思った。鷺は獏の後ろで不安げな表情をしてこちらを見つめていた。それでまあ話くらいは聞いてやろうかという気持ちになった。
「ごめんなさい、お休み中に」とカウンターの向こう側で獏が言った。
「どうされましたか?」
「サグメさんが、彼女のことなんですが……」
「?」
「この店のお嬢さんがどんなものでも読めると聞いたものですから」
話を聞くと、鷺はもともとほとんど喋らなくて、それで普段は筆談でコミュニケーションをとっているのだが、ある時を境にその文字さえも通じなくなってしまったらしい。
私は頷いて紙とペンを取りだして鷺に渡した。
「何か書いてみてもらえますか?」
彼女はこくこくと頷いて受け取った。
「鐔縁讐鐔鰹ー」ア」イ」ウ而七 鰹鐔� 鐔эェ
皀筌� 」リ」ル」レ宍ゥ譁繧�ィ�ゥ�ソ怜怜繧
喧縺代� 竺軸鐔эァ�ィ�ゥ�ェ繧繝シ繝」
私には判読できた。もちろんだ。
私は口を半開きにして鷺の顔をまじまじと見た。鷺は顔を赤らめた。
「読めましたか?」と獏は私に訊いた。
私は答えなかった。黙って鷺の顔をもう一度見た。彼女は首を横にぶんぶんと振った。獏は私と鷺を交互に見て首を傾げた。
目が覚めて、私は深い溜め息をついた。舌打ちをして寝床から這い出る。
私は半紙を取り出し、机の上の硯に水を入れ、ごりごりと墨を押しつけた。筆を浸して大書した。
「獏と鷺禁止」
すぐに思い直して半紙をぐしゃぐしゃと丸めた。そもそもそんな妖と付き合いがあるのだということを近所に触れ回ってどうするのか。
「惚気禁止」
その半紙もすぐに丸めてくずかごに捨てたあたりでようやく目がちゃんと覚めた。私はやれやれと墨を仕舞って大きく伸びをした。部屋を手ぶらで出て顔を洗い、水を飲んでから店の暖簾を出した。
今日は眠らずに、現実のカウンターで夜を明かしてやろうかと私は考えた。
私はびくりとして前を向き、顔をしかめた。カーテンを閉めるのを忘れていて、灯りが窓の外に漏れている。これでは残念ながら居留守を決め込むわけにはいかない。私は本を閉じて机の上に置き、よそ行きの顔を作って表を開けに出た。
星の流れる通りに立っていたのは獏と鷺だった。獏は開けた戸のこちらから灯りを目に受けて、片手を翳した。彼女はナイトキャップのようなへんてこな帽子をかぶっていた。そのまま帰って寝れば良いのにと私は思った。鷺は獏の後ろで不安げな表情をしてこちらを見つめていた。それでまあ話くらいは聞いてやろうかという気持ちになった。
「ごめんなさい、お休み中に」とカウンターの向こう側で獏が言った。
「どうされましたか?」
「サグメさんが、彼女のことなんですが……」
「?」
「この店のお嬢さんがどんなものでも読めると聞いたものですから」
話を聞くと、鷺はもともとほとんど喋らなくて、それで普段は筆談でコミュニケーションをとっているのだが、ある時を境にその文字さえも通じなくなってしまったらしい。
私は頷いて紙とペンを取りだして鷺に渡した。
「何か書いてみてもらえますか?」
彼女はこくこくと頷いて受け取った。
「鐔縁讐鐔鰹ー」ア」イ」ウ而七 鰹鐔� 鐔эェ
皀筌� 」リ」ル」レ宍ゥ譁繧�ィ�ゥ�ソ怜怜繧
喧縺代� 竺軸鐔эァ�ィ�ゥ�ェ繧繝シ繝」
私には判読できた。もちろんだ。
私は口を半開きにして鷺の顔をまじまじと見た。鷺は顔を赤らめた。
「読めましたか?」と獏は私に訊いた。
私は答えなかった。黙って鷺の顔をもう一度見た。彼女は首を横にぶんぶんと振った。獏は私と鷺を交互に見て首を傾げた。
目が覚めて、私は深い溜め息をついた。舌打ちをして寝床から這い出る。
私は半紙を取り出し、机の上の硯に水を入れ、ごりごりと墨を押しつけた。筆を浸して大書した。
「獏と鷺禁止」
すぐに思い直して半紙をぐしゃぐしゃと丸めた。そもそもそんな妖と付き合いがあるのだということを近所に触れ回ってどうするのか。
「惚気禁止」
その半紙もすぐに丸めてくずかごに捨てたあたりでようやく目がちゃんと覚めた。私はやれやれと墨を仕舞って大きく伸びをした。部屋を手ぶらで出て顔を洗い、水を飲んでから店の暖簾を出した。
今日は眠らずに、現実のカウンターで夜を明かしてやろうかと私は考えた。
鷺と獏は末永く幸せにしてりゃいいと思いました