心のもろさを露呈して、崩れた外壁を泥土で塗り固めるような急場しのぎのまやかしには、だれだってなじみがあるはずだ。
塗り固めるのは虚栄心か、傷か。きっかけや理由はそれぞれでも、ようは見られたくないものを覆い隠したいという、裏がある。
しかし、ことこの地底においては、どれだけ丁寧に塗り固めた外壁も、意味をなさないことがままある。かたや軽くこづくだけで土壁を諸共に破壊し、かたや醜い土壁を透かしみる。地底世界を牛耳る鬼と、万人に忌避されるさとりの瞳は、そもそも嘘という外殻をそれぞれ違う形で打ち砕く。
「実は私、今朝から目が見えていないの」
宴の端で、そんな嘘の告白をしたのは、ある種の挑戦でもあった。真っ先に耳を傾けたのは、隣で杯を干していた鬼だった。据わっていた眼が見開き、赤いほおずきを大きく丸めて、こちらを眺めている。信じたらしい。
「そいつはどういうことだい?」
勇儀は私の肩を掴んで、眼をのぞき込むように引き寄せた。視界の端で、さとりがほくそ笑むのが見えた。思いつきの掘っ建て小屋は、彼女には通用しない。
「やはりそうだったのですね」
しかし、内側にあるものを垣間見て、私のたくらみに荷担するようだった。霞紫の瞳を伏して、察していたとばかりにつぶやいた。
「あなたの心からは風景がつかめません」
勇儀の顔が真に迫る。
「じゃあ、私の顔も見えていないのか。ここまではどうやってきた」
「みんなの嫉妬の香りを嗅いで。鼻は頼りになるわね。とがった耳に喧噪も刺さったから、個々までは平気だった」
「パルスィ、わたしも見えてない?」
割ってはいったヤマメも、私の目をのぞき込んでから、ははぁと眼を細めた。病持ちの瞳をよく知る女のことだから、私の嘘をすぐに見破ったのだろう。
「姐さん、これは病の瞳だ。パルスィの眼は、光を失いかけているよ」
からかい上手な彼女には、わたしもよくころがされるものだが、味方に付いてくれた日には、これほど心強いものもない。真に迫るヤマメの演技に、勇儀はますます心配を深めたようで、なさけなく声を漏らした。
「そんな、どうしたらいい」
「勇儀さん、もっと顔をよく見せて」
「あ、ああ」
信じ込んだ勇儀は、実に心配そうな面もちで私を見ていた。寄せられた眉間のしわに吹き出しそうなのをこらえて、熱っぽい息とともに頬をつかみ寄せると、彼女もまた真剣な眼差しで顔を近づけてくれた。実に愉快だ。
彼女は悪意のある嘘には大変に敏感で、嘘が露呈した日にはとんでもない代償を払わされることになる。しかし一転、こういったささいな冗談についてはめっぽう気がつかず、こうして仲間内でからかわれることもしばしばだった。
「どうだい、見えるかい」
「ええ、勇儀さんの嫉妬がよく見えるわ」
「嫉妬? 鬼はそんなもの抱かないさ」
「いいのよ、隠さなくて。目が見えない今は、前よりもあなたの心がよく読める。純粋な、純水の水面よ」
「純水・・・」
水音が聞こえた。それは地底から渾々とわき上がる湧水のようでもあり、器に注がれる透明な美酒の音でもあった。
「勇儀さんの心は、こんなにも透明なのね」
「ああ、そうさ。私は嘘を付きはしない。お前さんを悲しませるような嘘は決して」
「そう、そうよね」
勇儀が私を抱きすくめた。見えない瞳の代わりに形を与えてやろうというように、私を強く包む腕が、輪郭をとらえた。視界の先で、器が打ち付けられ、キンと透明な玻璃の音が響く。それは、彼女の心を指ではじいたような、澄んだ音だった。私の手に、器がもたらされた。透明な液体が、器を満たす。
「パルスィ、お前のきれいな瞳がなくなろうと私は」
「隠さないで」
「なにも隠してなんか」
「純米大吟醸、一人で飲むつもりだったでしょ」「へ」
抱いた力を弱めた勇儀が、私の顔を見直した。次いで視線は私の手元へ。透明のグラスに、透明な芳醇の液体が揺れている。
「かんぱーい!!!!」
私のかけ声に、鬼を覗いて皆が沸いた。高く突き上げたグラスには、打ち付けられるいくつもの共鳴音。最上級の酒で満たされたグラスは、その器を打ち付けあい、軽やかな鈴のように鳴った。
「あー! 私のとっとき!!」
叫びもむなしく、一升限りの日本酒は平等に分かたれ、すでにその底を見せかけていた。
瓶を覗いて涙目の勇儀に、次々と声がかかる。「姐さん、こういうのは皆で分けないと」
「水くさいですよ勇儀さん」
「隠し事するからいけないのよねぇ」
さとりが自慢げに、第三の瞳をなで上げた。宴の途中でこっそり耳打ちをしてくれたのは、彼女だ。
「じゃあ、パルスィ。目が見えないって言うのは」
「嘘に決まってるでしょあんなの。なんで信じちゃうの」
「ひどいじゃないかぁ」
「まあまあ。ほら、勇儀さんも飲みましょ」
グラスを差し出すと、勇儀は渋々といった様子で、それを掲げた。残り少ない最後の一杯を、なみなみと注いでやると、すねた口のまま張った水を迎えにいく。
「どう、お味は」
「悔しいことに、うまい」
しょげた顔で、勇儀が笑った。
「それにしても、お前さんの目が無事で良かった」
「おべっか言われても通じませんよ」
「いや、お前さんの瞳は綺麗だから。いつ見てもいい肴になるのさ」
私の顔は爆発した。
今頃天蓋は、多分黄蝋色に染まっている。
塗り固めるのは虚栄心か、傷か。きっかけや理由はそれぞれでも、ようは見られたくないものを覆い隠したいという、裏がある。
しかし、ことこの地底においては、どれだけ丁寧に塗り固めた外壁も、意味をなさないことがままある。かたや軽くこづくだけで土壁を諸共に破壊し、かたや醜い土壁を透かしみる。地底世界を牛耳る鬼と、万人に忌避されるさとりの瞳は、そもそも嘘という外殻をそれぞれ違う形で打ち砕く。
「実は私、今朝から目が見えていないの」
宴の端で、そんな嘘の告白をしたのは、ある種の挑戦でもあった。真っ先に耳を傾けたのは、隣で杯を干していた鬼だった。据わっていた眼が見開き、赤いほおずきを大きく丸めて、こちらを眺めている。信じたらしい。
「そいつはどういうことだい?」
勇儀は私の肩を掴んで、眼をのぞき込むように引き寄せた。視界の端で、さとりがほくそ笑むのが見えた。思いつきの掘っ建て小屋は、彼女には通用しない。
「やはりそうだったのですね」
しかし、内側にあるものを垣間見て、私のたくらみに荷担するようだった。霞紫の瞳を伏して、察していたとばかりにつぶやいた。
「あなたの心からは風景がつかめません」
勇儀の顔が真に迫る。
「じゃあ、私の顔も見えていないのか。ここまではどうやってきた」
「みんなの嫉妬の香りを嗅いで。鼻は頼りになるわね。とがった耳に喧噪も刺さったから、個々までは平気だった」
「パルスィ、わたしも見えてない?」
割ってはいったヤマメも、私の目をのぞき込んでから、ははぁと眼を細めた。病持ちの瞳をよく知る女のことだから、私の嘘をすぐに見破ったのだろう。
「姐さん、これは病の瞳だ。パルスィの眼は、光を失いかけているよ」
からかい上手な彼女には、わたしもよくころがされるものだが、味方に付いてくれた日には、これほど心強いものもない。真に迫るヤマメの演技に、勇儀はますます心配を深めたようで、なさけなく声を漏らした。
「そんな、どうしたらいい」
「勇儀さん、もっと顔をよく見せて」
「あ、ああ」
信じ込んだ勇儀は、実に心配そうな面もちで私を見ていた。寄せられた眉間のしわに吹き出しそうなのをこらえて、熱っぽい息とともに頬をつかみ寄せると、彼女もまた真剣な眼差しで顔を近づけてくれた。実に愉快だ。
彼女は悪意のある嘘には大変に敏感で、嘘が露呈した日にはとんでもない代償を払わされることになる。しかし一転、こういったささいな冗談についてはめっぽう気がつかず、こうして仲間内でからかわれることもしばしばだった。
「どうだい、見えるかい」
「ええ、勇儀さんの嫉妬がよく見えるわ」
「嫉妬? 鬼はそんなもの抱かないさ」
「いいのよ、隠さなくて。目が見えない今は、前よりもあなたの心がよく読める。純粋な、純水の水面よ」
「純水・・・」
水音が聞こえた。それは地底から渾々とわき上がる湧水のようでもあり、器に注がれる透明な美酒の音でもあった。
「勇儀さんの心は、こんなにも透明なのね」
「ああ、そうさ。私は嘘を付きはしない。お前さんを悲しませるような嘘は決して」
「そう、そうよね」
勇儀が私を抱きすくめた。見えない瞳の代わりに形を与えてやろうというように、私を強く包む腕が、輪郭をとらえた。視界の先で、器が打ち付けられ、キンと透明な玻璃の音が響く。それは、彼女の心を指ではじいたような、澄んだ音だった。私の手に、器がもたらされた。透明な液体が、器を満たす。
「パルスィ、お前のきれいな瞳がなくなろうと私は」
「隠さないで」
「なにも隠してなんか」
「純米大吟醸、一人で飲むつもりだったでしょ」「へ」
抱いた力を弱めた勇儀が、私の顔を見直した。次いで視線は私の手元へ。透明のグラスに、透明な芳醇の液体が揺れている。
「かんぱーい!!!!」
私のかけ声に、鬼を覗いて皆が沸いた。高く突き上げたグラスには、打ち付けられるいくつもの共鳴音。最上級の酒で満たされたグラスは、その器を打ち付けあい、軽やかな鈴のように鳴った。
「あー! 私のとっとき!!」
叫びもむなしく、一升限りの日本酒は平等に分かたれ、すでにその底を見せかけていた。
瓶を覗いて涙目の勇儀に、次々と声がかかる。「姐さん、こういうのは皆で分けないと」
「水くさいですよ勇儀さん」
「隠し事するからいけないのよねぇ」
さとりが自慢げに、第三の瞳をなで上げた。宴の途中でこっそり耳打ちをしてくれたのは、彼女だ。
「じゃあ、パルスィ。目が見えないって言うのは」
「嘘に決まってるでしょあんなの。なんで信じちゃうの」
「ひどいじゃないかぁ」
「まあまあ。ほら、勇儀さんも飲みましょ」
グラスを差し出すと、勇儀は渋々といった様子で、それを掲げた。残り少ない最後の一杯を、なみなみと注いでやると、すねた口のまま張った水を迎えにいく。
「どう、お味は」
「悔しいことに、うまい」
しょげた顔で、勇儀が笑った。
「それにしても、お前さんの目が無事で良かった」
「おべっか言われても通じませんよ」
「いや、お前さんの瞳は綺麗だから。いつ見てもいい肴になるのさ」
私の顔は爆発した。
今頃天蓋は、多分黄蝋色に染まっている。
>「あー! 私のとっとき!!」
このセリフ大好きです。
その場のノリで嘘・冗談を言い合える仲良し地霊組良いですね。
パルスィが勇儀姐さんの真剣な顔を見て笑いをこらえる所が好き
このパルスィさんすきです