秘封倶楽部の活動は、いつもざっくり昼から朝までのどこかの時間。なんとなく雑居ビルの狭くて煙いカフェに集まって、美味しいともまずいとも言えないコーヒーを飲みながら、だいたいばたばたとネタを持ち寄る蓮子を待つ。その長いんだか短いんだかわからない間に、私はいつもスマートフォンを起動して創想話を見るのが日課だ。
創想話っていうのは東方Projectっていうシューティングゲームのファン・フィクションを投稿して、それを、ひたすら読むという高貴な趣味人たちのたまり場のことを指す。私は元ネタを知らないが、メルーとりんこというキャラクタが好きで、とくにこのメルーに感情移入をしてしってからは毎日のようにめるりんものを読んでいる始末。とくにお気に入りなのは。りんこが自ら梱包されてメルーにプレゼントされる「ダンボールりんこ」という作品だ。
そんなこんなで、創想話を開いてによによとしていたら、カランカランと喫茶店の扉が開く音がした。私は足音でなんとなく誰だか分かるので、創想話を閉じて、すました顔ですっかり冷めたコーヒーを啜る。そうしたらほら、やっぱり私の予想どおり、蓮子は息を切らして私の前に腰掛けた。
「マスター、わたしにもまずいコーヒー!」
蓮子は堂々とそういうと、ごぞごそと資料の束を取り出した。
「さてメリー! 今日はとっておきの話を持ってきたわ」
「あら。期待しても大丈夫なのかしら?」
「もちろん!」
なんて言いつつも、蓮子の持ってきた話に期待できたことなんてほとんどない。
けど蓮子自身の存在が私の期待値を天元突破してるから、気にすることではないのだけれど。
「ネットでね、体験談を漁ってきたの。そうしたら、一つ、興味深い話があってね」
「へぇ? 聞きましょう」
「よし来た!」
蓮子はそうどんっと胸を叩くと、今どき珍しい紙媒体の資料を、どうしてだかしっとりと読み始める。
『これはあたしが前体験した話なんですけどね』
あたしって誰よ。
まぁ体験談だからこんなもんか。蓮子のあたし口調が中々萌えるとかはもちろん考えていない。
『夜遅くに仕事から帰ってきて、あー疲れたなぁ、しんどいなぁ、ちょこっとだけ創想話を見て寝ようかなぁ、って思いましてね』
いやいやいや。
ちょっと待ってと蓮子を止めると、蓮子は怪訝そうに首をかしげた。
「創想話、知ってたの?」
「え? うん。あやれいむとか良いよね。個人的にはてつたま先生の『ぷにれいむ』とか好き」
「そうなの? 私はてつたま先生だったら『ウェンディゴの悪魔のパラドックス』の方が好き……って、そうじゃなくて! ええっと、いつから?」
「六年くらい前からかな」
どうしようこの子、私と同じくらいのヘビーユーザーだ。これはもしや、運命? GIFTる?
「っと、メリー、続きいい?」
「え、ええ、ごめんなさいね?」
「いいよいいよ。今度読書会しようね」
「ええ、いいわね」
これってもしかして、メルりん勧めてハッピーエンドルート??
やだどうしよう、おめかししなきゃ。
そうこうハラハラしているうちに、蓮子はまた、しっとりと読み進める。
『ほんとはもっと読みたいんだけど、明日も仕事があるんでしょうがないな~って、溜息をつきながらパソコンに向かったんですよ。んでもってマウスをカチカチして、いつものブックマークを開いたら……無いんですよ』
思わず、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
一体何がなかったの? 私の質問は音にならずに消えていく。口に出して言葉として象る前に、蓮子がニヤリと笑ったからだ。
『え、何が無かったって、そりゃあ創想話が無いんですよ! あれ~おかしいな~間違ったかな~って、何回も何回も画面を探したんですけど、やっぱり無い。ど~こにも無い。あたしはすっかりパニックになっちゃいましてね、ええ、変だな~、変だな~、って、あっちこっちを触りまくってたらその時突然あたしの頭の中に「行っちゃいけない」って男の声が聞こえましてね』
男の声。
えっ、性別特定? 私と蓮子の時空に男の子とか、いるの?
私の驚きを勘違いしたのか、蓮子はどこか満足げですらあった。
『思わず体がビクーってなって、冷や汗がブワーって、固まっちゃいましてね。今思えばあれはもう一人のあたしだったのかな~って……』
もう一人の「あたし」が男性?
えっ、これ、多重人格的なあれなの?
「蓮子蓮子、このあたしって誰?」
「いや、ネットの体験談が誰かなんてわかるわけないじゃない。変なメリー」
「そう、よね?」
私ったら何を焦っているのかしら。
おうちかえったら、メルりんの「ホスピタルりんこ」を読んで落ち着かないと。
どうぞどうぞと続きを促すと、蓮子は眉を寄せながらも読んでくれる。
『我に返って画面をよく見たら、触っちゃいけないURLを開こうとしてたんですよねえ。やだな、怖いな~って、それでもやっぱり創想話が無い。よせよ、おい、閉鎖したのか、そんなことを考えてる内に、スーっと、いつの間にか寝ていまして』
「すーっと」
「スーっと」
『ガバーっと、飛び起きて慌てて時計を見たんですよ』
「がばーっと」
「ガバーっと」
『そしたら夜中の二時……丑三つ時で、背筋がゾワーっとしまして』
「ゾワーっと、だよメリー」
「ぞわーっとね」
蓮子が可愛いから復唱してました。
そんなふうにいうに言えずに、じとーっと半目で見る蓮子からそっと目をそらした。
『でもね、なんか変なんですよ。あれ? おかしいぞ? って、それでよーく目を凝らしてみたら、白い文字のようなものがもや~って浮かんできて、「うわ~! なんまんだぶなんまんだぶ」としばらくお経を唱えてたんですけど、しばらくしても何も起こらない』
仏門の方なのかしら。
でもこの科学だらけの世の中でとっさに出てくるのがお経なんて、よほど心身深いのかもしれない。
『……んで、そ~と目を開けたんですけど、その時の目に見えたものに、あたしはもうすっかり頭が真っ白になってしまいまして、それから朝までの記憶が無いんですよ……。
一体何を見たのかって? それはですねえ、なんと……』
気がつけば、私は蓮子のしっとりとした語りにすっかり参っていた。
引き寄せられるように体験談の続きに耳を傾けて、ずいーっと身を乗り出す。いったい何が待っているのか。てつたま先生の「夕闇のプリズナー」を読んだ時のように、ハラハラドキドキと続きを期待している私が居た。
そして。
『4月1日……エイプリルフールだったんですよねぇ~……』
なーんだ、エイプリルフールだったのかー!
「……で、続きは?」
「終わりだけど」
「そう。で、どの辺が興味深いの?」
「あれ? わかんない?」
エイプリルフールに創想話が隠れてました!
って、お話よね。いったいぜんたい、どこに興味深い要素があるのかしら?
「メリーは六年前から創想話にいるのよね?」
「ええ、そうね」
「で、創想話がエイプリルフールに凝り始めたのって、いつだった?」
「それは……六~七年前から、かしら」
「最初のエイプリルフールのタイトルは、『嘘々話』だったはずよ。それから、好々爺だとかヨーソローホイサッサッーなんかもあったけれど、創想話が消えたことなんて無かったわ」
言われてみれば、そのとおりだ。
いや、待ってほしい。だったらこの体験談とは、いったい「何」なのか?
「嘘にしてみればおかしいよね? そんな、すぐ発覚するような嘘をつく意味がない」
「そうね……しかも体験談としているのがよく分からないわ」
「そこよ! つまりね、蓮子。これには、なにかしらの不可思議なものが関わっている。そう考えることはできないかしら?」
「!」
そうね、確かにそう考えた方が「はるかに面白い」。せっかくの秘封倶楽部。面白おかしく調査することこそが最低ライン。
「まずは出元の調査ね」
「蓮子、初出はどこかしら?」
「ふふふっ、メリー! 調査の基本はフィールドワークよ。聞き込みに行くわ!」
「ちょっと蓮子、待ちなさいな! マスター、コーヒーありがとう!」
蓮子に手を引かれて、雑居ビルから飛び出るように走る。
やっぱり、秘封倶楽部はこうでないとつまらない。
さてさて、この調査では一体なにが出てくるのやら。
走り出したばかりの私たちには、まだなにもわからない。
だから、そこのあなた。
そう、画面の前のあなたよ。
この続きがなにがあるのかなんて、誰にもわかないことよ。だったら、いっそ書いてしまいなさいな。
幻想のように消える1日なら、どうとでもなるわ。
だって今日は、特別な日なのですから!
「メリー、なにしてるの?」
「ふふ、なんでもないわ。行きましょう」
「そう? なら、ほら、こっちだよ! メリー」
to be continued……?
創想話っていうのは東方Projectっていうシューティングゲームのファン・フィクションを投稿して、それを、ひたすら読むという高貴な趣味人たちのたまり場のことを指す。私は元ネタを知らないが、メルーとりんこというキャラクタが好きで、とくにこのメルーに感情移入をしてしってからは毎日のようにめるりんものを読んでいる始末。とくにお気に入りなのは。りんこが自ら梱包されてメルーにプレゼントされる「ダンボールりんこ」という作品だ。
そんなこんなで、創想話を開いてによによとしていたら、カランカランと喫茶店の扉が開く音がした。私は足音でなんとなく誰だか分かるので、創想話を閉じて、すました顔ですっかり冷めたコーヒーを啜る。そうしたらほら、やっぱり私の予想どおり、蓮子は息を切らして私の前に腰掛けた。
「マスター、わたしにもまずいコーヒー!」
蓮子は堂々とそういうと、ごぞごそと資料の束を取り出した。
「さてメリー! 今日はとっておきの話を持ってきたわ」
「あら。期待しても大丈夫なのかしら?」
「もちろん!」
なんて言いつつも、蓮子の持ってきた話に期待できたことなんてほとんどない。
けど蓮子自身の存在が私の期待値を天元突破してるから、気にすることではないのだけれど。
「ネットでね、体験談を漁ってきたの。そうしたら、一つ、興味深い話があってね」
「へぇ? 聞きましょう」
「よし来た!」
蓮子はそうどんっと胸を叩くと、今どき珍しい紙媒体の資料を、どうしてだかしっとりと読み始める。
『これはあたしが前体験した話なんですけどね』
あたしって誰よ。
まぁ体験談だからこんなもんか。蓮子のあたし口調が中々萌えるとかはもちろん考えていない。
『夜遅くに仕事から帰ってきて、あー疲れたなぁ、しんどいなぁ、ちょこっとだけ創想話を見て寝ようかなぁ、って思いましてね』
いやいやいや。
ちょっと待ってと蓮子を止めると、蓮子は怪訝そうに首をかしげた。
「創想話、知ってたの?」
「え? うん。あやれいむとか良いよね。個人的にはてつたま先生の『ぷにれいむ』とか好き」
「そうなの? 私はてつたま先生だったら『ウェンディゴの悪魔のパラドックス』の方が好き……って、そうじゃなくて! ええっと、いつから?」
「六年くらい前からかな」
どうしようこの子、私と同じくらいのヘビーユーザーだ。これはもしや、運命? GIFTる?
「っと、メリー、続きいい?」
「え、ええ、ごめんなさいね?」
「いいよいいよ。今度読書会しようね」
「ええ、いいわね」
これってもしかして、メルりん勧めてハッピーエンドルート??
やだどうしよう、おめかししなきゃ。
そうこうハラハラしているうちに、蓮子はまた、しっとりと読み進める。
『ほんとはもっと読みたいんだけど、明日も仕事があるんでしょうがないな~って、溜息をつきながらパソコンに向かったんですよ。んでもってマウスをカチカチして、いつものブックマークを開いたら……無いんですよ』
思わず、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
一体何がなかったの? 私の質問は音にならずに消えていく。口に出して言葉として象る前に、蓮子がニヤリと笑ったからだ。
『え、何が無かったって、そりゃあ創想話が無いんですよ! あれ~おかしいな~間違ったかな~って、何回も何回も画面を探したんですけど、やっぱり無い。ど~こにも無い。あたしはすっかりパニックになっちゃいましてね、ええ、変だな~、変だな~、って、あっちこっちを触りまくってたらその時突然あたしの頭の中に「行っちゃいけない」って男の声が聞こえましてね』
男の声。
えっ、性別特定? 私と蓮子の時空に男の子とか、いるの?
私の驚きを勘違いしたのか、蓮子はどこか満足げですらあった。
『思わず体がビクーってなって、冷や汗がブワーって、固まっちゃいましてね。今思えばあれはもう一人のあたしだったのかな~って……』
もう一人の「あたし」が男性?
えっ、これ、多重人格的なあれなの?
「蓮子蓮子、このあたしって誰?」
「いや、ネットの体験談が誰かなんてわかるわけないじゃない。変なメリー」
「そう、よね?」
私ったら何を焦っているのかしら。
おうちかえったら、メルりんの「ホスピタルりんこ」を読んで落ち着かないと。
どうぞどうぞと続きを促すと、蓮子は眉を寄せながらも読んでくれる。
『我に返って画面をよく見たら、触っちゃいけないURLを開こうとしてたんですよねえ。やだな、怖いな~って、それでもやっぱり創想話が無い。よせよ、おい、閉鎖したのか、そんなことを考えてる内に、スーっと、いつの間にか寝ていまして』
「すーっと」
「スーっと」
『ガバーっと、飛び起きて慌てて時計を見たんですよ』
「がばーっと」
「ガバーっと」
『そしたら夜中の二時……丑三つ時で、背筋がゾワーっとしまして』
「ゾワーっと、だよメリー」
「ぞわーっとね」
蓮子が可愛いから復唱してました。
そんなふうにいうに言えずに、じとーっと半目で見る蓮子からそっと目をそらした。
『でもね、なんか変なんですよ。あれ? おかしいぞ? って、それでよーく目を凝らしてみたら、白い文字のようなものがもや~って浮かんできて、「うわ~! なんまんだぶなんまんだぶ」としばらくお経を唱えてたんですけど、しばらくしても何も起こらない』
仏門の方なのかしら。
でもこの科学だらけの世の中でとっさに出てくるのがお経なんて、よほど心身深いのかもしれない。
『……んで、そ~と目を開けたんですけど、その時の目に見えたものに、あたしはもうすっかり頭が真っ白になってしまいまして、それから朝までの記憶が無いんですよ……。
一体何を見たのかって? それはですねえ、なんと……』
気がつけば、私は蓮子のしっとりとした語りにすっかり参っていた。
引き寄せられるように体験談の続きに耳を傾けて、ずいーっと身を乗り出す。いったい何が待っているのか。てつたま先生の「夕闇のプリズナー」を読んだ時のように、ハラハラドキドキと続きを期待している私が居た。
そして。
『4月1日……エイプリルフールだったんですよねぇ~……』
なーんだ、エイプリルフールだったのかー!
「……で、続きは?」
「終わりだけど」
「そう。で、どの辺が興味深いの?」
「あれ? わかんない?」
エイプリルフールに創想話が隠れてました!
って、お話よね。いったいぜんたい、どこに興味深い要素があるのかしら?
「メリーは六年前から創想話にいるのよね?」
「ええ、そうね」
「で、創想話がエイプリルフールに凝り始めたのって、いつだった?」
「それは……六~七年前から、かしら」
「最初のエイプリルフールのタイトルは、『嘘々話』だったはずよ。それから、好々爺だとかヨーソローホイサッサッーなんかもあったけれど、創想話が消えたことなんて無かったわ」
言われてみれば、そのとおりだ。
いや、待ってほしい。だったらこの体験談とは、いったい「何」なのか?
「嘘にしてみればおかしいよね? そんな、すぐ発覚するような嘘をつく意味がない」
「そうね……しかも体験談としているのがよく分からないわ」
「そこよ! つまりね、蓮子。これには、なにかしらの不可思議なものが関わっている。そう考えることはできないかしら?」
「!」
そうね、確かにそう考えた方が「はるかに面白い」。せっかくの秘封倶楽部。面白おかしく調査することこそが最低ライン。
「まずは出元の調査ね」
「蓮子、初出はどこかしら?」
「ふふふっ、メリー! 調査の基本はフィールドワークよ。聞き込みに行くわ!」
「ちょっと蓮子、待ちなさいな! マスター、コーヒーありがとう!」
蓮子に手を引かれて、雑居ビルから飛び出るように走る。
やっぱり、秘封倶楽部はこうでないとつまらない。
さてさて、この調査では一体なにが出てくるのやら。
走り出したばかりの私たちには、まだなにもわからない。
だから、そこのあなた。
そう、画面の前のあなたよ。
この続きがなにがあるのかなんて、誰にもわかないことよ。だったら、いっそ書いてしまいなさいな。
幻想のように消える1日なら、どうとでもなるわ。
だって今日は、特別な日なのですから!
「メリー、なにしてるの?」
「ふふ、なんでもないわ。行きましょう」
「そう? なら、ほら、こっちだよ! メリー」
to be continued……?