……とにかく心がザワツいていた。
博麗神社に賽銭を入れには行ったが、予想以上の閑散さだった。そのうえ標高が高いせいか雪が多く、足下も悪い。まったくの無駄足だった。
ようやく人里に戻ってきたが、長々と歩いてきたせいで空腹である。その上、いつもの飯時を逃してしまっている。
角を曲がるとずらりと飲食店が並んでいる。時間は多少遅いが、どの店もそれなりに人が入っている。
よかった、悪目立ちせず済む。
適当に選びソバ屋へ入る。
通されるまま端の椅子に座り、壁に並んだお品書きへ目を通すと、そば、どんぶり、カレーまである。
安い物を頼むのも足下を見られそうではあるが、高い物を頼んでも気取っていると思われそうだ。
焦らないと。
店員が注文を取りに来てしまう。待たせてまで迷う無様を晒すわけにはいかない。
ううっ……。
月見そば、これに決めよう。値段もちょうど高くもなく安くもなく手頃に思える。
注文を決めてしまうと、一つ安堵のため息が漏れた。気持ちを落ち着けるためにお茶を一すすり、しようと思ったがない。注文を取りにくるまで待つしかない。なあに大丈夫だ。すぐくるだろう。何もしなければならない事はないのだ、のんびりと待てばいい。する事がなくなると、自然に他の客の声が聞こえた。
「ゲラゲラゲラ」
すごい、笑い声だ。何をはなしているんだろう。不思議だ。そんなにおかしな事なんだろうか。いや、そんなにおかしな事だったとしてそこまで笑わないといけないものなのだろうか。
「それでさ、今年一杯で「ハハハハハハハハハハハハ」終わって「ほっんとかよっそれぇっ」なっちまんだって」
なんだ、今、何が終わって、今年で……世界? 世界か? 世界が……? やっぱり……? 終わる……? ああ、無駄なんだ。やっぱり世界はミロクの世になってセカイはどロのウミになってだレ人り……
「ご注文決まりました?」
「ひゃぁあっ?」
先駆けて世の終わりを迎えるかと思った。
声の主は叫び声をあげた私を不思議そうに見ている。店員だ。なんだ、注文を取りに来ただけだ。ここはソバ屋でまだ泥の海には沈んでいない。ああ、大丈夫だ。大丈夫。
「あっと、ああ、すいません」
決めていた注文を言うだけである。簡単な作業である。壁のお品書きへ眼を逸らし、口を開く。
「うう、じゃあ、その、つきみ、そばをですね」
「かしこまりました、牛煮そばですね?」
確認の声に一瞬店員の顔を見る。眼が合ったので逆方向に逸らすと、貼り紙がしてあった。
『年内限定、当店オリジナル 牛煮そば』
太い、しかも赤墨で書かれている。
牛肉は、というか獣肉はあまり好かない。そもそも私が注文したのは月見そばである。それにここで注文すれば年内限定という惹句にのって注文した軽薄な男と見られてしまうのでは?
ここは言うべきだ。
『牛煮そばですね?』
はっきりと、注文を、
『ですね?』
し直さ、
『ですね? もう、』
『ですね? 伝票を、』
『ですね? 書いてしまいましたが、』
『ですね? 注文し直されると、』
『ですね? 書き直しで紙の無駄になりますが、』
『ですね? それでも注文をし直しますか?』
『ですね? ま、お客様の自由ではありますけど?』
ないと。
「……っきにそばで」
「はい、牛煮そば一丁でーす」
一縷の望みを込めて牛煮と月見、どちらとでも取れるように発音してみたが、ダメだった。
目の前の羞恥心から逃げるために、泥の海で一恐怖していると、牛煮そばが運ばれてくる。
文字通り煮た牛肉がそばの上にある。
箸をとり、「いただきます」と口の中で呟きすする。
これは……味がよくわからない。
味付けが薄いのか、あるいは私の精神状態の賜物か、味がよく分からなかった。なので、苦手な牛肉もそこまで気にせずに箸が動く。
うおォン私はまるで蕎麦挽き水車だ。
ささやかな幸せであった。
すっかり上機嫌になってしまった私は帰り際、店員にこんな事まで言って見せた。
「ごちそうさま」
店員は笑顔で答える。
「はーい、来月からは鳥煮そばが始まりますので食べに来てくださいね」
店を出る。
私、豚煮そばも食べに来た方がいいんだろうか?
博麗神社に賽銭を入れには行ったが、予想以上の閑散さだった。そのうえ標高が高いせいか雪が多く、足下も悪い。まったくの無駄足だった。
ようやく人里に戻ってきたが、長々と歩いてきたせいで空腹である。その上、いつもの飯時を逃してしまっている。
角を曲がるとずらりと飲食店が並んでいる。時間は多少遅いが、どの店もそれなりに人が入っている。
よかった、悪目立ちせず済む。
適当に選びソバ屋へ入る。
通されるまま端の椅子に座り、壁に並んだお品書きへ目を通すと、そば、どんぶり、カレーまである。
安い物を頼むのも足下を見られそうではあるが、高い物を頼んでも気取っていると思われそうだ。
焦らないと。
店員が注文を取りに来てしまう。待たせてまで迷う無様を晒すわけにはいかない。
ううっ……。
月見そば、これに決めよう。値段もちょうど高くもなく安くもなく手頃に思える。
注文を決めてしまうと、一つ安堵のため息が漏れた。気持ちを落ち着けるためにお茶を一すすり、しようと思ったがない。注文を取りにくるまで待つしかない。なあに大丈夫だ。すぐくるだろう。何もしなければならない事はないのだ、のんびりと待てばいい。する事がなくなると、自然に他の客の声が聞こえた。
「ゲラゲラゲラ」
すごい、笑い声だ。何をはなしているんだろう。不思議だ。そんなにおかしな事なんだろうか。いや、そんなにおかしな事だったとしてそこまで笑わないといけないものなのだろうか。
「それでさ、今年一杯で「ハハハハハハハハハハハハ」終わって「ほっんとかよっそれぇっ」なっちまんだって」
なんだ、今、何が終わって、今年で……世界? 世界か? 世界が……? やっぱり……? 終わる……? ああ、無駄なんだ。やっぱり世界はミロクの世になってセカイはどロのウミになってだレ人り……
「ご注文決まりました?」
「ひゃぁあっ?」
先駆けて世の終わりを迎えるかと思った。
声の主は叫び声をあげた私を不思議そうに見ている。店員だ。なんだ、注文を取りに来ただけだ。ここはソバ屋でまだ泥の海には沈んでいない。ああ、大丈夫だ。大丈夫。
「あっと、ああ、すいません」
決めていた注文を言うだけである。簡単な作業である。壁のお品書きへ眼を逸らし、口を開く。
「うう、じゃあ、その、つきみ、そばをですね」
「かしこまりました、牛煮そばですね?」
確認の声に一瞬店員の顔を見る。眼が合ったので逆方向に逸らすと、貼り紙がしてあった。
『年内限定、当店オリジナル 牛煮そば』
太い、しかも赤墨で書かれている。
牛肉は、というか獣肉はあまり好かない。そもそも私が注文したのは月見そばである。それにここで注文すれば年内限定という惹句にのって注文した軽薄な男と見られてしまうのでは?
ここは言うべきだ。
『牛煮そばですね?』
はっきりと、注文を、
『ですね?』
し直さ、
『ですね? もう、』
『ですね? 伝票を、』
『ですね? 書いてしまいましたが、』
『ですね? 注文し直されると、』
『ですね? 書き直しで紙の無駄になりますが、』
『ですね? それでも注文をし直しますか?』
『ですね? ま、お客様の自由ではありますけど?』
ないと。
「……っきにそばで」
「はい、牛煮そば一丁でーす」
一縷の望みを込めて牛煮と月見、どちらとでも取れるように発音してみたが、ダメだった。
目の前の羞恥心から逃げるために、泥の海で一恐怖していると、牛煮そばが運ばれてくる。
文字通り煮た牛肉がそばの上にある。
箸をとり、「いただきます」と口の中で呟きすする。
これは……味がよくわからない。
味付けが薄いのか、あるいは私の精神状態の賜物か、味がよく分からなかった。なので、苦手な牛肉もそこまで気にせずに箸が動く。
うおォン私はまるで蕎麦挽き水車だ。
ささやかな幸せであった。
すっかり上機嫌になってしまった私は帰り際、店員にこんな事まで言って見せた。
「ごちそうさま」
店員は笑顔で答える。
「はーい、来月からは鳥煮そばが始まりますので食べに来てくださいね」
店を出る。
私、豚煮そばも食べに来た方がいいんだろうか?
じゃあこの鳥煮そばをください