雨と埃だけ食って辛うじて生きる

レミフラ3

2016/04/01 16:23:41
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 紅魔郷外伝 レミフラ
 
 3

 春と言えば体力測定の時期である。
 我らが高校生・フランドール・スカーレットもまた、体操着に着替え春のうららかな日差しの元、校庭ですっかり打ち解けた学友たちと汗を流していた。
 ひゅん、とストップウォッチを持った上白沢教諭の脇を走り抜ける。その姿はまるでそよ風のようで、しかし巻き起こす風圧と叩き出すタイムはさながら牡丹か駝鳥のようであった。
 彼女が刻んだ時を覗き込み、上白沢教諭がばしばしとフランドールの小さな背中を叩く。
「おいフランドール、すごいじゃないか」
 100メートル走の記録は僅かに11秒前半。それも素足での記録である。「スパイクを履けばもっとタイムが縮むぞ」とこの牝牛のような乳を持った教諭は言うが、残念ながらフランドールは未だ、自分で自分の運動靴の紐を結べないのだった。不器用な娘であった。
「やってみろ、フランドール」
 その上白沢教諭の薦めに周囲の学友たちもやいのやいのと騒ぎ出す。自分たちの学級に文字通りのばけものが居るという事実をしかし、この小さなレディたちは、ごく好意的に受け入れていた。それもこれ、ここ数カ月にフランドールが積み上げた溶け込もうとする努力の賜物だった。
「いや……わたしそういうのは……」
 万事控えめなフランドールが声をくぐもらせる。
「だけどおまえ、記録狙っているとか言ってただろう」
 追い打ちをかけるような言葉に俯くフランドール。やれやれとばかりに肩をすくめて、しかしこの熱血教師は高らかにこう宣言した。
「これからの一時間で、おまえを丸裸にしてやる。手は抜くなよ」
「それは……しやせんが……」
 かくして、フランドール・スカーレットの体力測定が始まった。

・禁忌「フォーオブアカインド」

「オオー!」
「先生、フランドールが四人に増えて見えます!」
 とりあえず四つに増えてみたフランドールが挑んだのは、なんであろう反復横飛びであった。
 ただでさえ分身が見えそうな速度で移動するフランドールの、その反復回数が四倍に跳ね上がる。
 途中からは飽きてきたのか綾取りまで始める始末だった。
「せ、先生! カウンターが停止しました!」
「計らんでいい」
「しかし……」
「計らんでいい!」
 感圧センサに接続されていたデータロガが煙を噴き、同時に20秒の計測時間が終了する。
「フランドール……」
「ウス……」
「暗殺教室……終わっちゃったな……」
「…………ウス……」
 不意にしんみりした空気が流れる。
 ぽん、と先ほどから蓄熱していたデータロガの弾ける音と共に、一行は次の測定へ向かった。

・禁忌「恋の迷路」

 フランドールを中心に大量の弾幕が、円周状にばら撒かれる。いきなり体力測定から弾幕ごっこになってねーかと思われるかもしれないが、これは別にネタが枯渇したわけでもなんでもなく、ただ幻想少女が体力測定をするんなら弾幕ごっこにおいてどれだけの密度を実現できるか、もまた重要な測定項目になるのでないかな、という予測からこのような展開にしてみただけである。さもありなん、幻想少女のやる気と根性が発光して目に見えるのが弾幕である以上、それは努力肺活量も弾幕の濃さも似たよーな尺度と捕えられないでもないのではないだろうかと。そういうわけである。
 さて、禁忌「恋の迷路」である。後年の作から見れば、八雲紫が弾幕アマノジャクの最終日に披露した「運鈍根の捕物帖」にも匹敵する密度であった。いかなエクストラステージとはいえやっていることがえげつなさ過ぎる。
「先生! チルノちゃんが迷路に挑んだっきり姿が見えません!」
「あらチルノちゃんまだ早いですよ」
 弾幕が終了してなおチルノの姿は何処にも見えなかった。後日彼女はウクライナで発見された。

・禁忌「カゴメカゴメ」

「先生! チルノちゃんがサイコロステーキみたいになってます! レジデントイビルの1とか3みたいに!」
「あらチルノちゃんまだ早いですよ」
 弾幕って切れるんだなあ(小並感)

 さてはて、かのように存分に実力を発揮したフランドールをして、上白沢教諭はしきりに次回作へ推薦した。しかし、
「スンマセン……」
「いや、だっておまえ。整数ナンバーだぞ!?」
「へい……」
「おらんのか、働き手は」
「私の”一家”は……私がいないと……」
「ンンン~~~大家族かァ……」
「へい……(妖精メイドも含めると)結構多くて……」



 さて、今日は遠足の日である。
 行先は何処であろう、月であった。フランドールを含む生徒たちがぞろぞろと学校を出発して、徒歩でに十分ほど行ったところにある小高い丘が月だった。月面であった。ムーンであった。月であった。
 フランドールが同じ班になった魂魄妖夢らと一緒に、月の砂礫の上にブルーシートを敷いて弁当を広げる。重力が小さいため、シートの端がぴるぴると浮き上がった。
「みょん。そっちの端は、持ってきた荷物を置くみょん。こっちはこの辺の石を置いておくみょん」
 表面のレゴリスを払い、拳ほどの石を持ち上げる。それだけで数百万ドルの価値があった。
「それにしても、空がきれいっすねー」
 やはり同じ班になった三月精の面々が弁当を広げる。白と黒のコントラストを作るレゴリスは、もっと石灰質の味気ないものかと思っていたが、その実手に取って触れてみると、いくつものケイ酸質がまるで星のように光っており、ゆえに地平線を望むとそこには空にも、地面にも、無数に輝く点が認められた。
 和気あいあいと弁当を囲む一行。しかしここに、南方より近づく巨大な気の歪みがあった。
「ン……」
 気付いたのは、誰よりもまずサニーミルクだった。しきりに目をこすりはじめ、やがてこらえきれないように涙を流し始める。その段階も過ぎると、やおら彼女は奇声を発して駆け出してしまった。どこかへ行ってしまう。そしてそのころには、一体何が近づいてきているのかも、おぼろげに察することができた……。
 南方。そこには何があったか。
 ランチボックスを手に提げた、鈴仙・優曇華院・イナバの姿があった。
 その周囲の大気が……歪んでいる。なにか、とてつもない、周囲には存在しない何かが彼女の周りに密集している。
「……穢れ、ではないよ」
 先に口を開いたのは鈴仙だった。
「妖夢。お弁当……届けに来たわ」
「…………ッッ」
 禍々しい気はそのランチボックスから漏れ出ていた。
 地獄の釜の蓋が開く。しかして、顔を見せたのは一見ごく普通のサンドイッチ。
 だがそこから発せられる気が……一瞬にして、無数の学友を昏倒させた。
 一体、この禍々しさの正体は何か。
「激辛サンドイッチだ……!」
 激辛サンドイッチだった。
 なんだそれは。
 激辛サンドイッチである。読んで字の如く、激辛サンドイッチであった。
「フ……フフ……いつもいつも、私にお弁当を作らせて。なのに、私の好みの味付けにすると、刺激が足りないって言って、毎度毎度、タバスコをぶっかけるくせに……妖夢……!」
 なるほど、どうやらこれは痴情のもつれの一種だったらしい。察するにこういうことか。スターサファイアが合点する。教室で良く目にする光景が脳裏をよぎる。
 妖夢は、その主が昼に家で食べる弁当を作る暇はあっても、自分の弁当を作る暇がないという、根本的に矛盾した家庭環境で生活している。よって彼女の昼食は、その最も親しい友人である鈴仙・優曇華院・イナバが用意することが多い。だが二人の味覚は致命的なまでに噛みあっていなかった。具体的に言えば、魂魄妖夢はなんにでもタバスコをぶっかける少女だった。鈴仙・優曇華院・イナバはその好みに合わせて、自分もまた辛口の惣菜が詰まった弁当を喰らう日々を送っていた……それが今日。ほんの運の気まぐれで、妖霧と鈴仙は遠足で別々の班になってしまった。するとどうだろう、妖夢はころりと態度を変えて、フランドールが持ってきた弁当の相伴に与り、それを良しとしているではないか。
 これはどうしても納得できなかった。
 貴様らも激辛地獄を味わうべきではないか。
 その激情が鈴仙に切り札を切らせた。隠し持ち、しかししっかりと用意してきた、妖夢向けの弁当。この激辛サンドイッチがそれである。
 さてこの激辛サンドイッチ。賢明な読者諸氏は、スコヴィル値というのが必ずしも激辛料理において支配的な数値ではないという事実を承知していることとは思うが、まずは端的にそのスコヴィル値を見てみよう――その辛さ、実に600万スコヴィル。だが恐ろしいのは、この辛味を実現しているペーストが口腔内の温度でも劇的に水和・脂溶するという点にある。一口はめばそれで最後、圧倒的な絡みが口の中を支配し、それが喉から臓腑までずっと続くのである。ほとんど化学兵器といったほうが正確な料理であった。
 このペーストの原材料には唐辛子と、ヴィネガーと、塩と、クラウンピースが使われている。まずレティ・ホワイトロックが品種改良した幻想郷で最も辛い唐辛子を種ごとすり潰し、塩と混ぜ捏和する。然る後、樽の中にこのペーストを投入。合間、合間に薄くスライスしたクラウンピースを挟み込む。樽一杯になったら樽を鉄帯で溶接し、ふたの上には塩を盛る。然る後、三年ほど寝かせるのだ。十分に発酵したペーストはステンレス製のタンクに移され、ビネガーを加えてさらに数週間撹拌され、ペーストは完全な液体へ近づいていく。こうして作られた風味豊かなソースこそが、いま目の前のサンドイッチに使われているものだった。
「さあ、妖夢。食べて。食べて頂戴」
 じりじりと鈴仙が迫る。片手にサンドイッチを持って妖夢ににじり寄る。
 覚悟を決めたように、妖夢。膝をついて背筋を真っすぐ伸ばし鈴仙を見据える。あれを喰らえばただでは済まないだろう、解釈は任せたとばかりに、二振りの刃をフランドールに預けた。
「さぁ来い! 鷹の爪も、ガーリックチップも、ゆでたまごもだ!」
 妖夢の、開いた大口めがけて鈴仙がサンドイッチを突きだす。誰もが彼女の死を予見した、その時である。
 激辛サンドイッチと妖夢の間に立ち塞がり、代わりにそれを咀嚼する少女がいた……そう、フランドールである。
「ム……モグ……モゴ……グンッ」
 容易く飲み込む吸血鬼の妹。
「……辛ェ……」
 じ、と鈴仙を振り向く。びくん、といつの間にか、あるいは最初からか妖夢と手を合わせ同じように縮こまっていた鈴仙が震える。
「だが……いつかの巫女の血に比べりゃ全然だ」

 やれめでたし!


 一学期が終了した。
 その日、夕食を前にしてレミリア・スカーレットは紅魔館の主要メンバーを前に第一四半期の総括を行っていた。
「門番、新たに始めたパンジーの花壇、図書館の近代化、ダイヤモンドビジネスに至るまで……トラブルは最小限。やや白黒が活発だったけれど、まあこれは想定内。みんなよくやったわね」
 タブレットを片手に、もう片手はレーザーポインタを持ち、スライド上のグラフを指す。
「今後とも、私たち紅魔館は。吸血鬼のカリスマを頂き、協調と強訴の精神を持って、弾幕道をひたぶるに邁進するものとする。よろしいか」
「ウオォス!」
 報告会が終了し、一同が肩の力を抜く。この後は夕食あるのみだ。末席で進捗に耳を傾けていたフランドールがふ、と席を立ち、まるで気配を感じさせぬまま食堂を抜け出す。
 誰もいない、静かな廊下。先ほどまでの騒がしい部屋からドア一つを隔て、空気は打って変わっていた。フランドールを呼び止める声が冷たく響く。
「フラン」
 レミリア・スカーレットであった。
「一学期、お疲れ様」
「……いや……」
 一瞬だけ振り返り、しかしそのままどこかへと消えようとする。
「フラン」
「…………」
「なにか急いでるのかしら?」
「……別に……」
 どうにも歯切れが悪い。レミリアが食い下がる。
「そう、じゃああなたにも、報告してもらうことがあるわね」
 一気に、ただでさえ小さなフランドールの背中がもっと小さくなった気がした。
「ガレージに行きましょうか」

 紅魔館地下ガレージには美鈴が仕事に使うトラクターやピックアップトラックがあり、この荷台にはいま、防塵カバーが掛けられていた。レミリアがそれをばさりと取り払う。現れたのは、無数の産業廃棄物……壊れた机やイス、放送機材、校庭にある運動器具、データロガ、ガラスの破片に、大きい物では自転車の駐輪場のルーフ部分、恐らく稗田校長の銅像の、その破壊された破片もあった。
 とにかく、学校にある、ぱっと目につく壊れそうなものは、だいたいがここに揃っていた。
「…………。どこかの軍曹でもここまではやらないわよ、フラン」
「……イヤ」
「これじゃ学校からの請求書がやまない訳だ……」
 無論学校とて公共の教育機関である。だがフランドールの破壊癖は、それでカバーできる範疇を越えていた。
「わざわざコントルールする術を身につけたその能力。なのにきゅっとしなくても、物理で破壊しちゃうようじゃあ、ね」
 カバン見させてもらうわよ、とレミリアがひと声かけてランドセルを開ける。
 出てきたのはレーヴァテインだった。
「当然、これは没収よ」
「あう」
「学校はゾンビから逃げ回る場所じゃない。弾幕ごっこをやる場所でもない。今更そんな説教はしないわよ。弾幕ごっこは、勉強のあと! ……ただ――」
 さらにランドセルを漁るレミリアの手が止まる。
 ひゅ、とかすかに息を呑む音。フランドールがさらに身を縮こませる。
「――ただ、壊すばかりじゃなくて。何かを作ることも、できるようになったのね」
 震える手でレミリアが取り出したのは、フランドールが家庭科実習の時間に裁縫した……真っ白い、前掛けだった。
 拙い出来だ。糸は迷いまくっているし、左右対称でもない。ほつれも歪みもある。みすぼらしい布きれと言えばそれまでだ。だが。
「フラン。良くてきてるわ」
 恥ずかしそうに、だがそれ以上に、嬉しそうに前掛けを着けるレミリア。何かにつけて食いものをこぼしがちな姉を思えばこそだった。
 いつしか涙ぐむ姉にそっと寄り添い、スペルカードを取り出す。
「お姉さま。やろっか、いちまい?」
「ぐす。……食事の、あとでね」
「ん」



 おわれ
毎年やってた(やってたんだよ(ごめんやってなかった))「紅魔郷外伝レミフラ」は今年でおわりです。
なぜって創面が終わっちゃったから。
保冷材
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