『東蜜酒池肉林』という本がある。
これは1986年に『マイノリティのための書架』というコミックシリーズの22作目として出されたもので、フランス書院から発売されたB6版ムックだったのだが、初版で2000部、定価は750円だった。
そして、肝心なこと、R-18指定だった……つまりはエロ漫画だったのだが、内容は信貴山縁起絵巻をモチーフにした仏教説話の形式を取っており、なんと言っても主人公の命蓮が、老して姉の尼公とまぐわうという、近親相姦のうえ老年の性を取り扱った作品という、なんかもうそれどこの層に需要あんすかと言わんばかりの内容だったのだが、これが売れに売れた。
しかし、発売からひと月後、各地の書店前で、この本が燃やされるという事件が多発する。
悪書に火を放て!
そんなスローガンと共に全国に広がって行った焚書運動の動機は、そのまま本のラストに表れている。というのも、物語終盤には、聖尼公はなんと魔法の力で若返り、往年の美女の姿で弟の最後の性を喰らうという、衝撃的な展開が描かれていたのだ。
これが、ジェロントフィリアの逆鱗に触れた。
そもそも、『マイノリティのための書架』というシリーズ自体が、性的少数派への救済であったのに、そこでいきなり冷や水を浴びせかけられては、なるほど棄却もされようことではあった。
かくして、東密酒池肉林はその存在を歴史から抹消された。だが、それで消えてなくなってしまったわけではない。そんな本は、どこに流れ着くか、皆さんはもうご承知だろう。
そして……その本を書いたのが、誰であるのかも、当合同誌の趣旨を鑑みればもうお解りのはずだ。
左様、ナズトラの二人だ。二人こそが、この漫画の原案と作画を担当した、主犯だったのである。
当初の頃こそ、自らが見てきた姉弟の真の姿が、世に広く受け入れられる様子に浮かれていた二人は、本が焼かれるたびに己の業を悟り、そして自ずから本のことを忘れようと努めた。
数年もするとすっかり熱も冷め、二人は己の生み出した黒歴史に恐れ戦くようになる。
ブディストである自分たちが、いかに罰当たりなことをしたのかと、ようやく悟ったわけだ。
ふたりは、各地の書店を回り、自分たちの本を回収して回った。出版社に忍び込み生原稿を燃やし、通販購入者のリストを見つけ、一軒一軒買取に回り、そしていよいよ、2000部のうち、1995部までの所在が明らかになった。
だが、残り5部の行方が解らない。
そうして、本を探すうち、いよいよ二人は幻想郷にたどり着いた。
生活を立て直し、土地に溶け込むまでの苦労のあと、ふたりはこの土地に眠るであろう最後の5冊を探して歩く。ナズーリンの能力を持ってすればなるほど容易く本の在り処はつかめたが、その所有者が曲者ばかりだった。
九代目のサヴァン、稗田阿求。
永遠に幼き紅い月、レミリア・スカーレット。
非想非非想天の娘、比那名居天子。
神隠しの主犯、八雲紫。
ふたつ名がぱっと出てこない、古明地さとり。
ナズトラはお手上げになった。どうやったらこいつらから本を取り戻せるのか、見当もつかなかった。
そんなこんなで気を揉んでいるうち、地底世界の民主化が成され、古明地政権が樹立され、国交が正常化されて、ふたりはかつての仲間と再会を待つ、そんな日々を迎えるようになった。地底からの移民船が就航するのはまだ先だが、それまでに、それまでにはなんとしても、己らの黒歴史を抹消しなければならない。
さもなくば、待つのはかつての仲間から受ける粛清と、路傍の死ばかりである。
ナズトラは、二人ぼっちの数百年。これに、戦いを挑むべく、スペルカードを取った。
だがその道のりは、あまりに、あまりに長いものだった。
これは1986年に『マイノリティのための書架』というコミックシリーズの22作目として出されたもので、フランス書院から発売されたB6版ムックだったのだが、初版で2000部、定価は750円だった。
そして、肝心なこと、R-18指定だった……つまりはエロ漫画だったのだが、内容は信貴山縁起絵巻をモチーフにした仏教説話の形式を取っており、なんと言っても主人公の命蓮が、老して姉の尼公とまぐわうという、近親相姦のうえ老年の性を取り扱った作品という、なんかもうそれどこの層に需要あんすかと言わんばかりの内容だったのだが、これが売れに売れた。
しかし、発売からひと月後、各地の書店前で、この本が燃やされるという事件が多発する。
悪書に火を放て!
そんなスローガンと共に全国に広がって行った焚書運動の動機は、そのまま本のラストに表れている。というのも、物語終盤には、聖尼公はなんと魔法の力で若返り、往年の美女の姿で弟の最後の性を喰らうという、衝撃的な展開が描かれていたのだ。
これが、ジェロントフィリアの逆鱗に触れた。
そもそも、『マイノリティのための書架』というシリーズ自体が、性的少数派への救済であったのに、そこでいきなり冷や水を浴びせかけられては、なるほど棄却もされようことではあった。
かくして、東密酒池肉林はその存在を歴史から抹消された。だが、それで消えてなくなってしまったわけではない。そんな本は、どこに流れ着くか、皆さんはもうご承知だろう。
そして……その本を書いたのが、誰であるのかも、当合同誌の趣旨を鑑みればもうお解りのはずだ。
左様、ナズトラの二人だ。二人こそが、この漫画の原案と作画を担当した、主犯だったのである。
当初の頃こそ、自らが見てきた姉弟の真の姿が、世に広く受け入れられる様子に浮かれていた二人は、本が焼かれるたびに己の業を悟り、そして自ずから本のことを忘れようと努めた。
数年もするとすっかり熱も冷め、二人は己の生み出した黒歴史に恐れ戦くようになる。
ブディストである自分たちが、いかに罰当たりなことをしたのかと、ようやく悟ったわけだ。
ふたりは、各地の書店を回り、自分たちの本を回収して回った。出版社に忍び込み生原稿を燃やし、通販購入者のリストを見つけ、一軒一軒買取に回り、そしていよいよ、2000部のうち、1995部までの所在が明らかになった。
だが、残り5部の行方が解らない。
そうして、本を探すうち、いよいよ二人は幻想郷にたどり着いた。
生活を立て直し、土地に溶け込むまでの苦労のあと、ふたりはこの土地に眠るであろう最後の5冊を探して歩く。ナズーリンの能力を持ってすればなるほど容易く本の在り処はつかめたが、その所有者が曲者ばかりだった。
九代目のサヴァン、稗田阿求。
永遠に幼き紅い月、レミリア・スカーレット。
非想非非想天の娘、比那名居天子。
神隠しの主犯、八雲紫。
ふたつ名がぱっと出てこない、古明地さとり。
ナズトラはお手上げになった。どうやったらこいつらから本を取り戻せるのか、見当もつかなかった。
そんなこんなで気を揉んでいるうち、地底世界の民主化が成され、古明地政権が樹立され、国交が正常化されて、ふたりはかつての仲間と再会を待つ、そんな日々を迎えるようになった。地底からの移民船が就航するのはまだ先だが、それまでに、それまでにはなんとしても、己らの黒歴史を抹消しなければならない。
さもなくば、待つのはかつての仲間から受ける粛清と、路傍の死ばかりである。
ナズトラは、二人ぼっちの数百年。これに、戦いを挑むべく、スペルカードを取った。
だがその道のりは、あまりに、あまりに長いものだった。
ふしぎ!