鴉天狗出版部、「八坂神奈子賞」を設立 ―小説・ノンフィクションの二部門
鴉天狗出版部は二十日、新たな文学賞として「八坂神奈子賞」を設立すると発表した。
守矢神社祭神であり、作家として『天照戦記』『神の器』などの作品で知られる八坂神奈子氏の名を冠する同賞は、小説部門とノンフィクション部門の二部門に分かれ、それぞれ卯月から弥生までの一年間に刊行された作品の中から優れたものを表彰することを目的とする。
小説部門は八坂神奈子氏のほか、書評家・エッセイストの伊吹萃香氏、作家の永江衣玖氏、そして本紙記者の姫海棠はたての四名による選考会により、「エンターテイメント性に満ちた、意欲的な娯楽小説」を選出する。賞金は六十貫文。
ノンフィクション部門は、伝記、評論、随想などを対象とし、「幻想郷の社会・文化・技術に対して優れた視角と批評精神をもつ作品」を八坂神奈子氏が選出する。賞金は二十貫文。
選考委員長を務める八坂神奈子氏は本紙の取材に対し、「なんだか妙なところに担ぎ上げられちまったねえ。自分の名前の賞なんざ小っ恥ずかしいが、まあ引き受けちまったもんは仕方が無い。候補に良い作品が挙がってくることを願うよ」と笑いながら語った。
両部門の候補作は卯月五日に発表される予定。
(花果子念報 如月二十一日号一面より)
第一回八坂神奈子賞候補作発表!
鴉天狗出版部は五日、第一回八坂神奈子賞の候補作を発表した。
小説部門にはドラマ化もされた大橋もみじ氏の『白狼の咆吼』シリーズ全六巻など五作品、ノンフィクション部門には聖白蓮氏の『信貴山の聖人――命蓮伝』など三作品がノミネートされた。小説部門は八坂神奈子氏(作家・守矢神社祭神)、伊吹萃香氏(エッセイスト)、永江衣玖氏(作家)、姫海棠はたて(本紙記者)の四名、ノンフィクション部門は八坂神奈子氏ひとりによって選考の上受賞作が決定される。選考会は今月二十一日、守矢神社にて行われる。
小説部門ノミネート作品
大橋もみじ『白狼の咆吼(全六巻)』(鴉天狗出版部)
門前美鈴『そして大地は眠る』(スカーレット・パブリッシング)
因幡てゐ『月夜に跳ねる、跳ねるはウサギ』(竹林書房)
船水三波『大海原の小さな家族』(命蓮寺)
小松町子『幽霊屋台の縁日騒動』(是非曲直庁出版部)
(※ノンフィクション部門は割愛)
(花果子念報 卯月六日号一面より)
第一回八坂神奈子賞(小説部門)受賞予想トトカルチョ開催!
花果子念報では、八坂神奈子賞の設立を記念して、第一回小説部門の受賞作を予想するトトカルチョを開催! 本紙折り込みの専用はがきに必要事項を記入の上ご応募ください。見事的中された方から抽選で五名様に豪華賞品をプレゼント!(※当選者の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます)
◆洩矢諏訪子予想員の予想
順当に『白狼の咆吼』で決まりじゃないの? というかこの賞の発表じたい、『白狼の咆吼』の完結を待ってたみたいなタイミングだったけど。神奈子の好み? あー、あれでわりと、読む方だと平和な話が好きだったと思うよ。候補作の中なら小松町子あたりとかさ。でも、自分で馬券を買うなら大橋もみじだなあ。単純明快に面白い小説にあげる賞なんでしょ? じゃあやっぱり大橋もみじでいいじゃん、ね。
(受賞予想……大橋もみじ『白狼の咆吼(全六巻)』)
◆ナズーリン予想員の予想
身内としては船水三波の『大海原の小さな家族』を応援したいところだけど、「エンターテイメント性に満ちた、意欲的な娯楽小説」というところからは微妙にはみ出してる気がするから本命には推しにくいかな。選考委員の好みが掴めないと、難しいところではあるけれども、「エンターテイメント性に満ちた」というところを重視するなら『白狼の咆吼』。「意欲的な」という部分を買うなら『月夜に跳ねる、跳ねるはウサギ』を推したいね。個人的な好みでいえば、後者に獲ってほしいかなと思うよ。
(受賞予想……因幡てゐ『月夜に跳ねる、跳ねるはウサギ』)
◆星熊勇儀予想員の予想
なんで私に訊くんだい? 私ゃそんなに本読んでないよ。ああ、『そして大地は眠る』は萃香の奴に勧められて読んだっけね。まあ、確かに痛快で面白かったし、いいんじゃないかい。萃香の奴が選考委員なんだろ? 随分気に入ってたみたいだから、受賞させようと頑張るんじゃないかね。他の作品? あー、読んでないからパスしとくよ。
(受賞予想……門前美鈴『そして大地は眠る』)
はたして受賞の栄冠はどの作品のもとに輝くのか?
二十一日の受賞作発表を刮目して待て!
(花果子念報 卯月八日号一面より)
実録!第一回八坂神奈子賞(小説部門)選考会
先日受賞作の決定した第一回八坂神奈子賞。その小説部門では、侃々諤々の大激論が数時間にわたって繰り広げられた。今回は個別の選評に替わり、その選考会の模様を座談会形式で掲載。四人の委員の間で繰り広げられた選考バトルをどうぞご覧あれ!
(は…姫海棠はたて、神…八坂神奈子、萃…伊吹萃香、衣…永江衣玖)
は はい、本日は第一回八坂神奈子賞、小説部門選考会にお集まりいただき、誠にありがとうございます。司会進行は私、姫海棠はたてが務めさせていただきます。
神 ここは私の神社なんだがね(苦笑)。
萃 いやあ、山に来るのも久々だねえ。懐かしい気分だよ。
衣 あの地震のときに山を経由して天界にいらしてませんでした?
萃 いや、そこは空気を読んでおくれよ(苦笑)。
衣 おっと、失礼いたしました。
は ええと、委員の皆さん、自己紹介は必要ありますか?
衣 既に皆さん顔見知りではありますから、それは必要無いのではないでしょうか。
神 そうだね。さっさと始めようじゃないか。
は では、さっそくですが、選考会前に集めた評価シートの集計結果から参りましょう。
神 萃 衣 は
○ × ◎ ◎ 『白狼の咆吼』
△ ◎ × △ 『そして大地は眠る』
△ ○ × △ 『月夜に跳ねる、跳ねるはウサギ』
◎ △ ○ × 『大海原の小さな家族』
△ △ △ ○ 『幽霊屋台の縁日騒動』
(印はそれぞれ、◎…本命として推す ○…本命ではないが推す △…受賞に強く反対はしない ×…受賞に反対する)
萃 おおっと、割れたね。そうきたか……むむむ。
神 どうやら満場一致とはいかなさそうだね。さて、どうやって進めていこうか。
衣 やはり、相対的に評価の低いものからふるい落として絞り込むのが上策では?
は いや、司会は私……ああいいやもう。肩凝ったし。ここからは私もいち選考委員として発言させてもらうので、よろしく。
作品が構成に奉仕している
神 じゃあ、まずは因幡てゐからいこうか。衣玖が×をつけてるね。
衣 先に○をつけた方の意見を伺った方がいいかと思いますが。
萃 私かい? ううん、もう少し評価萃まると思ったんだけどねえ。こういうトリッキーな作品は稗田文芸賞じゃ評価して貰えないから、ここで評価してやるべきだと思ったんだけど。この周到な構成に挑む意欲は買わないと。第一部の《月夜に跳ねる》パートで見ていた事実が、第二部の《跳ねるはウサギ》の最後の一行でまるっきり反転する。こっちの勝手な思い込みから綺麗に巴投げ食らった感じで、私としちゃ一本取られたと白旗だよ。
神 外の世界の小説じゃわりと見慣れたトリックではあるんだがね。今は幻想郷の小説の話だからそれを言っても仕方ないが(苦笑)。私もうっかり綺麗に騙されたから、この△はどちらかといえば○に近い△だ。細部まで気が配られてるし、驚かされるだけじゃなく二度読んで面白い。いい作品だと思うよ。
衣 お二人の仰ることはその通りで、この最後の一行には驚けますし、二度読むとまるで違う話に見える構成は巧みだと私も思います。ですが――だからこその×でもあります。
は だからこそ、というと?
衣 この作者はおそらく、いたずら心に溢れた方なのでしょう。読者を驚かせ、してやったりとほくそ笑むことこそがこの作品の主眼なのだろうと思います。問題は、構成が作品に奉仕するのではなく、作品が構成に奉仕している点でしょう。
萃 そりゃ、このトリックが主眼の作品なんだから、そういうもんだろう。文学的主題が無いからダメなんて、稗田文芸賞みたいなこと言うのかい?
衣 いえ、そういうことではなく。この作品の構成は見事です。最後の一行で読者をあっと言わせる、そのためだけに作品の全てが周到に配置されている。しかし――私にはあまりにも周到すぎて、逆に不自然に感じられました。
は ああ、なんか解る。作中の全てが流れるように繋がるから、すごいとは思うんだけど、こんなに何もかも上手くいくのか、っていうのは思う。
衣 神の見えざる手――という表現を神様の前で使うのも変な感じですが、周到すぎる構成のために、その裏に作者という神の手が見え隠れしてしまうのですね。小説が設計図通りすぎると言いますか。最終的に読者の受ける感動が、物語そのものからははみ出したところにある驚きに置かれているので、物語よりも、ただ作者に手のひらの上で踊らされたという印象だけが残ってしまい、私は推しかねます。
萃 なんか結局物語そのものに訴えるものが無いからダメって言ってないかい?
衣 まあ、言い換えればそういうことかもしれませんが。
神 二度目に読んだとき、些細な台詞や表現の印象ががらりと変わるのは、物語そのものが与える感動じゃないかと私は思うがね。
は それはそうだと思うけど、でもやっぱり、全部が作者の計算通りに見えちゃうから。誘拐ミステリーっていう体裁だからかな。前半で起こってた数々のトラブルとそこからの脱出が、全部裏があったって言われちゃうと、ご都合主義を回避するためのご都合主義に陥ってるような感じがして。場面場面でみればどれも納得のいく行動や展開なんだけど、全部それだった、っていうことになるとさすがに不自然じゃないかな、と思うんだけど。それは結局、作者がこのラスト一行で驚かせるためにそうなってる、って考えると、なんか乖離してる気がしてね。
萃 むむむ。驚きが物語の外側にあるのは叙述トリックの宿命だから、そこを難点と言われてしまうとちょっとどうしようもないんだけどさあ。
神 大前提としてこのトリックの存在があるから、何もかもがそのために配置された駒に見える、か。まあ、頷けないことはないか。まあしかし、叙述トリックにそれを言ったらおしまいだっていうのは萃香の言う通りなんだが。
萃 ううん、だけどさ、これだけの大仕掛けを、ちゃんとエンターテイメント性を保ったままきっちり書ききったことは褒めてあげようよ。これを「トリックだけの作品」って言って落としちゃうのはさすがに可哀想だよ。
衣 では褒めますが(笑)、会話はいいですよね。テンポが良くて。
神 『幸運エスケープ』の頃から、そこはてゐの美点だね。掛け合いの面白さは候補作の中でも小松町子と双璧だと思うよ。
は そろそろよろしい? じゃあ、『月夜に跳ねる、跳ねるはウサギ』は見送りということで皆さん異存はございませんね?
神 まあ、仕方ないかね。
衣 よろしいかと。
萃 ぐぬぬ。○をつけた身としちゃもう少し粘りたいけど……しゃーない、(本命に)切り替えていこう。
日常性と非日常性
神 次は……小松町子かね。はたてが○で、残りは△。
は なんで評価低いの? 面白いじゃないの。
萃 面白いよ。縁日の楽しさを、屋台の側からこれだけリアリティを持って書いたのは大したもんだと思う。テンポもいいし、読んでて気持ちいい作品だよね。
衣 同感ですね。出てくるのもみんな気持ちのいいひとたちばかりで。前半で主人公が周りに助けられ続けるのはちょっと都合が良すぎる気もしますけど、そのおかげで後半で縁日全体のトラブルシューティングものになる展開にも無理がありませんし。
神 成り行きで屋台を切り盛りすることになった主人公が、気が付けば必死で縁もゆかりもない屋台を守ろうとする、その心理の変化が祭の盛り上がりとシンクロして、本当に爽やかに終わる。まあ、誰が読んでも面白い小説だと思うね。
萃 ……うちの巫女はあんまり推してなかったけど、あれがひねてるだけかな(苦笑)。
は ちょっと、そんな褒めておいてなんで△止まりなのよ!
萃 そりゃまあ、他にもっと推したいのがあったっていうのが。
は うう、そりゃそうかもしれないけど……私も本命は別だし……。
神 そこだね。それこそまさに、強く推すには決定打に欠けるっていうのが、この作品の最大の弱点だろう。誰かにとってマスターピースになりうるようなとんがった部分が無い。まあ、小松町子の作品は他のもわりとそんな印象があるがね。
衣 思うに、物語が日常性の延長線上に留まってしまうのがその弱さの原因ではないかと。
萃 ああ、言いたいことは解る気がするわ。
衣 おそらく、この縁日のモデルは中有の道でしょう。縁日そのものは、非日常の範疇かもしれませんが――たとえば『月夜に跳ねる』の誘拐劇や、『大海原』での遭難、『大地』の地底への冒険、『白狼』の殺陣などに比べれば、誰でも経験できる範囲の非日常です。だからこそリアリティは高くて誰でも共感しやすい話にはなっているんですが……。
神 読者に見たことのない世界を見せる、という意味での非日常性には欠ける。確かによくできたエンターテインメントではあるんだが、実話の「ちょっといい話」としてもありそうなんだね、良くも悪くも。新聞の囲み記事みたいでさ。
は ううん、でも、馴染みのあるものが描かれる面白さ、っていうのはあるわけじゃない。この作品はいちばん日常に近い話で、だからこそ誰でも面白い、そういう「誰でも解る」面白さを評価する賞を作ろうと思って、この八坂神奈子賞を作ろうと思ったんだけど、私は。
神 そういう話だったね。でも、そういうお前さんも、これが一番ではないんだろう?
は ぐぬぬ。
萃 この五作品を全部読んで好きな順に並べて、って言ったら、たぶん『幽霊屋台』は二番目から四番目の中に収まると思うよ。一番下ってことは無いと思うけど、でも一番上にも来ないんじゃないかなあ。順位別にポイントをつけて、ランキング形式にすればコツコツ稼いで上位に来るタイプ。でも、この賞はこの五作品の中から一番を選ぼうってわけだからさ(苦笑)。
衣 永遠の三、四番手ぐらいの作品ですよね。
は ううう、納得できてしまうのが悔しい……。
衣 もちろん、非日常性が高いほどいいというわけでもありませんが。『幽霊屋台』の面白さは日常性に起因しているのは確かで、誰でも共感しやすいというのはやはり強みです。一番にはなれなくても、一般性は獲得できるタイプの作品ですよね。
萃 ただ、大ベストセラーになれる弾でもないのが辛いところ(苦笑)。
神 良くも悪くも優等生的なエンターテインメントってことだね。五段階でオール四。減点法なら相対的に評価は高くなるだろうが、ここは加点法でいきたいところだ。
は 解った解りましたよ。じゃあ『幽霊屋台の縁日騒動』も見送りで。
神・衣・萃 異議無し。
神 さて、残る三つはそれぞれ◎がついた作品になったね。どれからいこうか。
衣 その前に、二度目の投票を行ってはどうでしょう? 萃香さんとはたてさんが対抗を切り替えれば、少し状況が変わるかも知れませんし。
は ふむ。じゃあ、一応八坂様と衣玖さんもお願いしますね。(評価シートを配る)
萃 やれやれ、どうすっかね。
『そして大地は眠る』の全ては……
は はい、集計終わりました。じゃあ、ささっと発表しますよ。
萃 おー。
神 萃 衣 は
○ × ◎ ◎ 『白狼の咆吼』
△ ◎ × △ 『そして大地は眠る』
◎ ○ ○ × 『大海原の小さな家族』
萃 ほとんど何も変わってないじゃんか!(笑)
衣 これは……ほとんど一騎打ちですね。
萃 ちょ、ちょっと待ってよ、なんでみんな門前美鈴を推してくれないのさー。はーたーてー。
は いや、そう言われても繰り上げて推したいほどじゃなかったし。
神 じゃあ、その門前美鈴いこうか。◎の萃香に語ってもらおうかね。
萃 くっそー、稗田文芸賞に続いてなんで門前美鈴はこうも理解されないのさあ。何がいいって、この破天荒さが素晴らしいんじゃん。自然災害で全てを失う理不尽に対して、己の拳ひとつで立ち向かおうっていうこの発想! 自然の摂理さえ大切なもののためにぶん殴って止める痛快さ! みんな何の文句があるというのか!
は 確かに痛快な話だとは思うけど。でも、全体的にすごくアンバランスじゃない、この話。まず、地震で自分が迷惑被ったからって大地の神様を殴りにいこうっていう発想がなんというか、どっかの巫女の妖怪退治的な理不尽さが……。
衣 萃香さんはほら、博麗さんサイドの方ですから。
は あー。
萃 ちょっとそこ、妙な納得の仕方しないでよ!
衣 ええと、地震の元凶を殴りにいく、というシチュエーションは個人的にいろいろと思うところがあるのですが(苦笑)。アンバランス、というはたてさんのご意見には私も頷けますね。冒頭で起こる大地震で被害を受けたのは主人公だけではないのに、大地の神と戦いに行くのは主人公ひとりで、他の被害者たちは結局被害を粛々と受け入れているんですよね。元凶がはっきりしていて、被害を受けた人々に応援されて主人公が戦いに行くなら解るのですが――最初は居るのかどうかもはっきりしない元凶に向かって主人公が勝手に突っ走っていく話なので、どうにも感情移入がしづらいというのはあります。
神 そこは好き嫌いの分かれるところだろうね。私はこの主人公の理不尽を許せない直情ぶりはわりと好きだが、ついていけないっていう意見もわかるよ。
は 元凶が判明して、そこに突っ込んでいくまでは展開のテンポがいいから面白いんだけど、最終的に主人公がひとりで神様タコ殴りにして、地震まで拳ひとつで止めちゃうっていうのが、なんというかこう話のスケールが小さくなってしまったというか……。主人公ひとりで何とかできたんなら、最初の地震で亡くなったひとたちが報われないなあと。
萃 いやいやいやいや、だから主人公はその無念を抱えて戦って、再び来るはずだった大災害からたったひとり、人知れず身を挺して皆を守ったわけじゃんよ? 全然話のスケール小さくなんかなってないじゃんよ。誰にも称えられることない戦いに挑む心境なんかものすごく良く書けてるじゃんさー。
神 ああ、要するにこの作品をどう読んだかの違いだね、こりゃ。萃香はひとりの格闘家の挫折と再起の物語と思って読んだ。衣玖とはたては災害からの再生ものだと思って読んだ。そういうことなんじゃないかい?
は え、違うの?
萃 全然違うよ! これ、地震そのものは大した意味は無いんだよ! 地震は主人公の矜持をたたき壊す理不尽な暴力の象徴で、それに心を砕かれた主人公が立ち直ってリベンジを果たす話なんだよこれは!
衣 個人的には、地震のような大災害をそういう象徴には使って欲しくないのですが。
萃 うーがー。
神 私は、この話はほとんど全部主人公の妄想なんじゃないかとも思うね。
萃 妄想!? いやちょっとなんでそうなるの!?
神 これは主人公の格闘家としての挫折と再起の物語だっていうのは、私もそうだと思うよ。ただ、それならやっぱり、敢えてその挫折に地震という自然災害を選ぶ必要は無かったんじゃないかね。本来、拳ひとつで解決するにはいくらなんでも規模が大きすぎる。
萃 いや、それを真正面からやっちゃうのが素晴らしいのに……。
神 そして、話が進むごとに、情景描写がどんどん減っていくんだよね、この話。地底に行ってからは、ほとんど地底の様子が描写されてない。稗田文芸賞で落ちたとき、射命丸文が『地底への取材不足』って書いてたのはたぶんそのへんのことを指してるんだと思うがね。この描写の減り方はいくらなんでも不自然だから、意図的なんじゃないかと思うんだよ。
衣 そうですね。冒頭の地震の描写が真に迫っているわりに、後半の展開はどうにも地に足がついていない感じは強いです。
は あー、確かに。
神 この話、主人公が家族を失うところまでは、おそらく確実に現実なんだろう。だが、そこから先はどんどん現実感が薄れていく。萃香はそれをストーリーの破天荒さと取ったようだけど――地底の崩落に巻き込まれた主人公が、地上で目を覚まして、何事もない世界の光景に拳を突き上げて吠えるこのラストシーン。これが即ち、妄想から醒めて世界は何も変わっていないという現実に直面する場面なんだとしたら――ものすごく意地の悪い話だね、これは。
萃 そ、それはさすがに、深読みでしょ……そんな、そんなはずは……。
は いや、でもその読みは説得力あるわ。ラスト、なんで主人公が助かったのかはっきりしないのってそういうことだったの? うーわー。
衣 なるほど、興味深い見解です。そういう観点からなら、再検討の必要がありますね。
萃 いらないよ! もういいよ! この話はド直球の痛快エンターテイメントなんだよ! そんな全部妄想で主人公は無力なまま絶望するしかないなんてそんな酷い話なわけないじゃないか! そんな読みで賞獲っても私が嬉しくないよ! ばかやろー!
衣 萃香さん、落ち着いてください。はい、深呼吸、深呼吸。
萃 うーがーあーぐーわー!(錯乱)
神 ああ、こりゃダメだ。どうしたもんかね。
は ええと、じゃあここで一旦休憩で! 私お手洗い行ってくる!(脱兎)
神 ああ、逃げたよ司会が(苦笑)。
衣 とりあえず、お茶でも淹れましょうか。
萃 ぐわー!
良い話すぎる理由とは
は さて、再開といきますか。ええと、現状はもうあと一騎打ちってことでいいの?
神 どうだい?(萃香の方を見ながら)
萃 ……えー、結構ですよ。えーもう何でもいいですよ。
衣 まあまあ、そう拗ねずに。
萃 拗ねてないよ。ふん。
神 じゃあ残る二作品を……『大海原の小さな家族』からいくかね。はたてが×か。
は えーと、うん。作品そのものにはそんなに文句があるわけじゃないんだけど。……この賞の発起人としては、これを第一回受賞作にはしたくないというか……。
萃 なんでさ? 稗田文芸賞だと慧音とかパチュリーあたりに文句言われて落とされる作品にあげる賞なんじゃないの? ばっちりじゃん。
は この賞は「エンターテインメント性に満ちた、意欲的な娯楽小説」に与える賞!
衣 どちらにしても、この作品がその規定に不適切とは思いませんが。
は いや、そうなんだけど。でもさあ……うん。ぶっちゃけた話、第一回受賞作にするには地味でしょ、これ。いい話だけど。
神 それはさすがに、落とす理由としちゃ酷くないかい(苦笑)。
は いやね! 稗田文芸賞との差別化という意味でも、ここはやっぱりドーンときてガシャーンとやられるような派手なタマに賞をあげたいじゃない! これも、稗田文芸賞でも選評見る限りあと一歩だったわけでしょ? それに受賞じゃなんというかこう、差別化ができていないというか後追いっぽいというか……。
萃 それだったら『そして大地は眠る』でいいじゃん!
衣 まあまあ。
は ともかく、私はこれを第一回受賞作にするのは反対。あと、話が結局常識的なところに落ち着くのも不満。結局当たり前のことしか言ってないじゃない、この作品。
衣 まあ、そうですね。それぞれ登場人物が行き着く答えは、「本音でぶつかりあおう」とか、「昔の夢にもう一度挑戦してみよう」とか、そういうごく普通の結論ですし。
は 四人とも生き残るの解ってるから緊迫感も無いし、なんていうか予定調和なのよね。良い話すぎて疲れるのよ。意地の悪いところがもっとあればいいのに。
神 ふむ。◎をつけた側として、応援演説をさせてもらっていいかい。
は どうぞ。
神 良い話すぎて疲れる、とはたては言ったけれどね。この作品はそんなに甘ったるいだけの話でもないよ。何しろ、四人ともそれぞれ自分の中で答えは出しても、本人の問題がそれで解決したわけじゃない。彼らは、救出されたあと、日常に戻ってからそれに立ち向かわないといけない。むしろ、彼らのサバイバルは救出された後に待っているんだ。そういう意味で、これはサバイバル小説じゃなく、ある種のネバーランドものなんだよ。漂流状況に生きるか死ぬかの緊迫感があまり無いのも、つまりこの状況が彼らにとっては現実からのある種の逃避であることの象徴なのさ。四人がどれだけ疑似家族として絆を深めていっても、究極的にそれは自分が日常で手に入れられなかったものの代替品でしかない。
は むう。
神 ラストシーンが象徴だね。救助の船の姿を見つけて、全員でそれを見つめるところで終わるだろう。助けられて日常に帰るシーンで終わるんじゃなく、この漂流が終わるところでこの話は終わる。四人ともそれなりに自分の問題に向き合いはしたが、救助の船に手を振るとか、救出を喜ぶというような描写はあえて避けられている。本当に、彼らは救出されることを喜んでいるのか。むしろこの四人で、それなりに安定した漂流生活への逃避を望んでいるようにも思わせるこのラストは、一件予定調和のいい話に見せかけて、実は「居心地のいい逃げ場所と、厳しい現実と、どちらを選ぶのか」という問いかけになっているんだよ。
萃 また出た、八坂神奈子お得意のド深読み!(笑)
神 こっちは大真面目に応援演説してるんだからちゃかさないでほしいね。もちろん、疑似家族小説としても上出来だ。それぞれがぶつかり合いながら絆を深めていく描写は、類型ではあるが真に迫っている。互いに歩み寄ろうとして、「相手の歩み寄ってこようとする態度がうざい」と思って結局邪険にしてしまうシーンなんか身につまされるね(苦笑)。ただ、そうして丁寧に積み上げた疑似家族関係を、最終的には結局のところ疑似でしかないと突き放す。そこにこの作品の価値がある。べたべたに俗情に結託しきっているわけじゃないところが最大の美点だと私は思うね。
衣 なるほど。サバイバル小説として読むには緊迫感が足りないとは思いましたが、そういう意図のもとに書かれたとすれば納得です。
は むー。ひとついい?
神 なんだい。
は そういう構造的読解による評価ってのは、稗田文芸賞的過ぎると思うんだけど。問答無用で面白いか否か、で評価する賞でしょ、この八坂神奈子賞は。
衣 問答無用で面白いか否か、で言えば、面白い部類に入る小説ではありませんか? 八坂様のような読み方をせずとも、心温まる疑似家族小説として誰でも楽しめる部類の作品ではないかと私も思いますが。その上で、八坂様のような構造に着目して読んでも面白いと。
萃 私もこの作品は好きなんだけど、神奈子とは推す方向性が違うね(苦笑)。私はそういう構造的な読みは抜きにして、純粋に疑似家族小説として優れてると思うよ。ほら、この酒盛りのシーン、素晴らしいじゃん。それぞれ完全に認め合ったわけじゃないけど、とりあえずは四人で生きていくしかないと開き直るこのシーンの酒が美味そうでさぁ、もう。それぞれの結論は確かにありきたりかもしれないけれど、そこに至るまでのエピソードの積み重ねは、人物描写も含めて捻りも利いてて、予定調和の範疇に留まってはいないと思うけどな。優しい世界ではあるけれど、それぞれ相手を完全に信頼しきってるわけじゃなく、多少の打算を含めつつも認め合っているあたりが甘すぎなくていいと思うよ。
神 ほら、こんな風に意見は違うけど、私も萃香もこの作品を買っている点では一緒だ。問答無用で面白いってのは、別に複数の読みを許容しないってことじゃないと思うがね。
は ぐぬぬぬぬぬぬぬ。
神 あんまり納得してもらえてないようだねえ(苦笑)。さて、どうしたものか。
衣 ここは一度保留にして、『白狼の咆吼』に行ってはどうでしょうか。
萃 賛成。
は ……了解。でもやっぱり私は反対だかんね。
全六巻でのノミネートってありなの?
神 では、最後の一本。『白狼の咆吼』だ。衣玖とはたてが◎、萃香が×か。
萃 いやさー、はたてがこの賞の発起人としてこれに受賞させたい気持ちはよーくわかるよ。今更なぐらいの人気タイトル、ちょうど全六巻で第一部が完結したところだし。これに獲らせれば賞の知名度も大幅アップ、第一巻を落として以後は無視してる稗田文芸賞との差別化もばっちり。明快なエンターテイメントっていう規定にもぴったりだし、いやもう、完璧だね。
は 何が言いたいのよ。
萃 いくらなんでも出来レースすぎるだろうと(笑)。鴉天狗出版部主催の賞で、見計らったように『白狼の咆吼』が完結したタイミングで賞作って、そのまんま受賞じゃねえ。パチュリーに文句言えないぐらいのすがすがしさじゃないか(苦笑)。
神 お前さんが×つけてるのはそういう理由かい。
萃 いや、ここは反対しとかなきゃダメだと思って。ここで満場一致で『白狼の咆吼』にあげるぐらいみっともないことはないよ。作品としての善し悪しとは別の部分でさ。そもそもさー、他は単巻でのノミネートなのに、これだけ全六巻でのノミネートってどうなのさ。
衣 六冊通じてひとつのストーリーになっているのですし、それは別にいいのでは。
萃 今後も完結したシリーズものに全体として賞あげるなら文句は言わないけどさ。
は 出来レースって言いたい奴には言わせておけばいいのよ。今の剣豪小説ブームの立役者、幻想郷の文芸を代表するこの大ヒットシリーズを、稗田文芸賞が無視するならこっちが賞あげないでどうするのよ。娯楽小説に与える賞で、これを落とす方がよっぽどどうかしてるわよ。
衣 あまりそういう、作品の外側の部分で言い合っても不毛かと思いますが。
神 まあ、文学賞に人事の側面が出るのは仕方ないっちゃ仕方ないがね。
衣 ともかく、そういった議論は純粋に内容の善し悪しを論じてからでいいのでは。私は選考委員として、このシリーズを推します。美点は多々ありますが……主人公・剣紅葉の宿敵、鋼永羅のキャラクターが素晴らしいですね。主の意のままに無辜の民さえ斬り捨てる冷酷無比な《君主の忠犬》でありながら、かつては紅葉とともに義のために剣を振るう熱血漢であった、その心根が失われていないことを間接的に伺わせるエピソードの数々が積み重なった上に、紅葉との間にある壮絶な過去が明かされる第四巻の盛り上がりは素晴らしいものがありました。
は 私はやっぱり主人公の紅葉が好きだなー。寡黙で、めちゃくちゃ強くて、不器用に優しくて。守ったはずの村人から誤解で石を投げられても一切反駁せずに、ただ黙って役目は終えたと去る背中がもー格好良くて格好良くて。どうしてそこまで、誰かのために血にまみれ続けるのか、その過去がなかなか明かされないのも期待を高めるし。
神 相方の将棋指し、みどりも良いキャラだね。実質的な狂言回しでありながら、でしゃばりすぎず、紅葉にとって自分が足手まといであることに自覚的で、軽率な行動を繰り返さないから好感度が高い。将棋指しとしての才を軍師として覚醒させる後半の展開も見事だね。最終巻、単身で敵の本陣に斬り込んでいく紅葉を見捨てようとした反乱軍に啖呵を切る場面は素晴らしいよ。
衣 展開の配置も巧みですね。悪徳領主との戦いから始まって、初めは各地のトラブルシューティング的なストーリーの影に紅葉と永羅の因縁を挟み込んで、それが紅葉への追討令とともに国家に対する反乱軍の決起へと繋がっていく展開には全く無理がありませんし、一国のクーデターを扱いながら、最終的には紅葉と永羅というふたりの剣士の過去をめぐる決闘に収束する物語にはぶれがありません。
神 味方の反乱軍が絶対の正義でなく、敵となる国家も絶対の悪徳国家でないあたりのバランス感覚がいいね。そのあたりの伏線を第一巻のあたりから張り巡らせているのも周到だ。これがたとえば国家側が絶対悪なら、反乱軍が勝ってハッピーエンドが既定路線として了解されるところを、どちらが勝っても状況は良くなるのか悪くなるのか解らない、という形にしたおかげで最後まで緊迫感がある。
は それ、そのまま紅葉と永羅の関係にも言えるわよね。四巻で明かされるふたりの過去を見ても、結局どっちが悪いわけでもなくて――でも、ふたりは袂を分かたざるをえなくて。
衣 国家対反乱軍というマクロな構図と、紅葉対永羅というミクロな構図が互いにシンクロしあっているから、ラストで全ての決着がふたりにゆだねられる展開に無理が無いんですね。この構成は実に見事だと思います。
萃 おーい、なんか『白狼』のファントークみたいになってないかい。
は じゃあ、反対派として反対演説をどうぞ。内容に関してね。
萃 くそっ、内容に関しては私も別に否定派じゃないの解ってて言ってるだろあんた! ええもう、あんたたちの挙げた美点には私も賛同するよ。キャラクターもいい、全六巻のボリュームも中だるみせず調度いい、目立った破綻もないし、第四巻と最終巻の盛り上がりは文句なんざつけようもないよ。知ってるんだよそんなことは!(笑) 文句があるとすれば、ここで終わっておけば良かったのに、人気が出過ぎたせいで第二部に続いちゃったことぐらいだよ! 永羅との決着ついちゃったのに、こっから先どういう話やるつもりなのか不安だって、そのぐらいしか文句なんざ無いよ! ちくしょーめ!
は 素直でよろしい。
萃 くっそー、天狗のくせに、鬼を何だと思ってるんだい!(笑)
は 今は同じ選考委員、立場は対等。そういうことじゃありませんでしたっけ萃香様?
萃 文に負けず劣らず性格悪いねえあんた(苦笑)。
は 文と一緒にしないでいただきたいですわ。
いざ、決選投票
は さて、萃香委員の同意も得られたところで、『白狼の咆吼』が受賞作でよろしい?
衣 私はそれでいいかと思いますが……。
萃 異議あり! 決戦投票を要求する!
神 投票賛成だ。民主的にいこうじゃないか。
は 了解。じゃあ、『白狼』『大海原』『大地』の三作から、受賞作として推す作品に一票投じてくださいませ。
萃 ちょ! なんで『大地』がまだ残ってるのさ!?
は え? だってまだ別に落とすって決めたわけじゃないでしょ?
萃 一騎打ちって言ったじゃんか!
は 実質ね。まだ見送りということで決は採ってないわよ。
萃 いいよもう! どうせ獲れないんだから外しちゃってよ!
は はいはい、いいから決選投票。(用紙を配る)
萃 汚いなさすが天狗きたない……。
神 やれやれ。
は 皆さん書きました? じゃあ集めますよ。……はい、決戦投票の結果出ました。
二票(はたて・衣玖) 『白狼の咆吼』
二票(神奈子・萃香) 『大海原の小さな家族』
衣 あら、同点ですか。
は あんだけ強く推してたのに『大地』から鞍替えするんですか萃香様?
萃 ええい卑怯な天狗め! 私に『大地』に入れさせて『白狼』二票で決まりとは言わせないよ! それなら私は鞍替えも辞さない! いや『大海原』も好きだから、『大地』が無理ならこっち推すよ、躊躇も悔いも無いよ! ……ちょっとはあるけど、でも『大海原』を推すよ!
衣 さて、どうしましょう?
神 私もあくまで本命は『大海原』だ。『白狼』もいい作品だと思うし受賞作にすることに異議はないが、かといって本命は譲れないね。
は むう、どうする? 再検討?
衣 おそらくこのまま検討を重ねたところで、どちらか片方に決まることは無いのではないでしょうか? はたてさんも『大海原』に鞍替えする気はありませんでしょう?
は そりゃもう。
衣 というわけで、私は二作受賞を提案します。明快なエンターテインメントとして『白狼の咆吼』を目玉としつつ、方向性の異なる『大海原』を同時に受賞作とすることで、この賞の懐の深さを示せるのではないでしょうか。萃香さんの仰る出来レース云々も、はたてさんの仰る地味さも、二作受賞ならさほど問題は無いかと思いますが。
萃 ううん。
は ぐぬぬ。
神 二作受賞に賛成するよ。そのへんが落としどころじゃないかい。
萃 ……ま、それでいいか。出来レース臭くても、『白狼』を落とすのもどうかと思うしね。
は だったらそんな反対しなくてもいいじゃない……。えーと、主催側としてのっぴきならない事情により二作受賞はちょっと困るんだけど。
萃 のっぴきならない事情って、なんだい。
は 賞金の予算が足りないの! ひとりぶんの六十貫文でギリギリなんだから!
萃 うわあ。
神 そいつは切実な問題だねえ(苦笑)。
衣 三十貫文ずつに分ければいいのでは?
は それじゃあ稗田文芸賞の五十貫文を超える六十貫文にした意味が……。うう、でも無い袖は振れないし……。無念。
神 じゃあ、そういうことで。第一回八坂神奈子賞は、大橋もみじ『白狼の咆吼』と、船水三波『大海原の小さな家族』の二作受賞ということで決定でよろしいかい?
は・衣・萃 異議なし。
戦い終わって陽が暮れて
神 やれやれ、思ったより長丁場になったね。お疲れさん。
は 八坂様、どうもありがとうございました。萃香様と衣玖さんも。
萃 今更畏まられてもねえ。ところで、来年もやるの?
は そりゃもちろん。稗田文芸賞より一般への訴求力のある賞になるまで続けますよ!
衣 そうなれればいいですけどね。
萃 くっそー。次は絶対門前美鈴に受賞させてやるー。
神 そいつは門前美鈴にいい作品を書くように言うところからだね(苦笑)。
は あー、でも、選考委員はもうひとり増やすべきかなー。四人制だと決選投票で同点になっちゃうのは問題だし。誰呼ぼうかしら。
衣 それこそ、射命丸文さんでいいのでは?
は ダメ! それだけは絶対ダメ!
衣 はあ。
神 そこは空気を読んでやりなよ(苦笑)。ああ、今回受賞させた大橋もみじでも呼んだらどうだい。そっちなら問題無いだろう?
は う、うーん。それはそれで天狗の身内賞っぽさが大きくなりすぎるかも……。
萃 『白狼』にあげておいて今更それを気にするのかい!(笑)
(花果子念報増刊 『第一回八坂神奈子賞決定号』より)
第一回八坂神奈子賞に大橋もみじさん、船水三波さん、聖白蓮さん
第一回八坂神奈子賞(鴉天狗出版部主催)は二十一日、守矢神社にて小説部門・ノンフィクション部門の選考が行われ、小説部門は大橋もみじ氏の『白狼の咆吼』と船水三波氏の『大海原の小さな家族』、ノンフィクション部門は聖白蓮氏の『信貴山の聖人――命蓮伝』がそれぞれ受賞作に決まった。授賞式は来月一日、守矢神社にて行われる。
大橋もみじ氏(本名…犬走椛)は、天狗の里に暮らす白狼天狗。『瀑布の猟犬』でデビューし、稗田文芸賞にも二度ノミネートされている。『白狼の咆吼』は、狼の血を引く剣士・剣紅葉の活躍を描く全六巻の人気剣豪小説。昨季にはドラマ化もされベストセラーとなった。
船水三波氏(本名…村紗水蜜)は、命蓮寺に暮らす船幽霊。『幽霊客船はどこへ行く』でデビューし、今回受賞した『大海原の小さな家族』は第八回稗田文芸賞で落選している。受賞作は、沈没した船の救命ボートに取り残された四人が助け合って生き延びていく様を描いたサバイバル小説。
聖白蓮氏は命蓮寺の住職。『博愛の法』『超人の法』など、仏教書の著作でも知られる。受賞作は氏の弟である聖人・命蓮の生涯を綴った伝記。
なお、小説部門の賞金六十貫文は三十貫文ずつに分割のうえ、大橋・船水両氏へ贈られる。
大橋もみじ氏の受賞の言葉
栄えある第一回受賞作に『白狼の咆吼』を選んでいただけたこと、光栄に思うッス。昨年はドラマ化に第一部の完結などでてんてこまいの一年だったッスが、なんとかここまでやってこられたのは多くの読者の方々に支えられてのことッス。これからも、読者の皆さんに喜んでいただける、面白い作品を書いていきたいと思うッス。
船水三波氏の受賞の言葉
え、私が受賞? またまたご冗談を……え、マジ? 嘘ぉ!? え、受賞の言葉? いや参ったなあ、そんなの全然考えてないよ。だって獲れるなんて思ってなかったもん。え、聖もノンフィクション部門で受賞? そりゃめでたい! 私なんかよりよっぽどめでたいよ! 聖おめでとう! ついでに私もおめでとう! やったね!
聖白蓮氏の受賞の言葉
その持てる力を人々のために尽くした我が弟、命蓮の生涯は、私にとって誇りであり、また目指すべき理想でもあります。聖人・命蓮の姉として、これからも《聖》の名に恥じぬよう、御仏の教えを広め、衆生を救うことに尽力していきたく存じます。ありがとうございました。
(花果子念報 卯月二十二日号一面より)
鴉天狗出版部は二十日、新たな文学賞として「八坂神奈子賞」を設立すると発表した。
守矢神社祭神であり、作家として『天照戦記』『神の器』などの作品で知られる八坂神奈子氏の名を冠する同賞は、小説部門とノンフィクション部門の二部門に分かれ、それぞれ卯月から弥生までの一年間に刊行された作品の中から優れたものを表彰することを目的とする。
小説部門は八坂神奈子氏のほか、書評家・エッセイストの伊吹萃香氏、作家の永江衣玖氏、そして本紙記者の姫海棠はたての四名による選考会により、「エンターテイメント性に満ちた、意欲的な娯楽小説」を選出する。賞金は六十貫文。
ノンフィクション部門は、伝記、評論、随想などを対象とし、「幻想郷の社会・文化・技術に対して優れた視角と批評精神をもつ作品」を八坂神奈子氏が選出する。賞金は二十貫文。
選考委員長を務める八坂神奈子氏は本紙の取材に対し、「なんだか妙なところに担ぎ上げられちまったねえ。自分の名前の賞なんざ小っ恥ずかしいが、まあ引き受けちまったもんは仕方が無い。候補に良い作品が挙がってくることを願うよ」と笑いながら語った。
両部門の候補作は卯月五日に発表される予定。
(花果子念報 如月二十一日号一面より)
第一回八坂神奈子賞候補作発表!
鴉天狗出版部は五日、第一回八坂神奈子賞の候補作を発表した。
小説部門にはドラマ化もされた大橋もみじ氏の『白狼の咆吼』シリーズ全六巻など五作品、ノンフィクション部門には聖白蓮氏の『信貴山の聖人――命蓮伝』など三作品がノミネートされた。小説部門は八坂神奈子氏(作家・守矢神社祭神)、伊吹萃香氏(エッセイスト)、永江衣玖氏(作家)、姫海棠はたて(本紙記者)の四名、ノンフィクション部門は八坂神奈子氏ひとりによって選考の上受賞作が決定される。選考会は今月二十一日、守矢神社にて行われる。
小説部門ノミネート作品
大橋もみじ『白狼の咆吼(全六巻)』(鴉天狗出版部)
門前美鈴『そして大地は眠る』(スカーレット・パブリッシング)
因幡てゐ『月夜に跳ねる、跳ねるはウサギ』(竹林書房)
船水三波『大海原の小さな家族』(命蓮寺)
小松町子『幽霊屋台の縁日騒動』(是非曲直庁出版部)
(※ノンフィクション部門は割愛)
(花果子念報 卯月六日号一面より)
第一回八坂神奈子賞(小説部門)受賞予想トトカルチョ開催!
花果子念報では、八坂神奈子賞の設立を記念して、第一回小説部門の受賞作を予想するトトカルチョを開催! 本紙折り込みの専用はがきに必要事項を記入の上ご応募ください。見事的中された方から抽選で五名様に豪華賞品をプレゼント!(※当選者の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます)
◆洩矢諏訪子予想員の予想
順当に『白狼の咆吼』で決まりじゃないの? というかこの賞の発表じたい、『白狼の咆吼』の完結を待ってたみたいなタイミングだったけど。神奈子の好み? あー、あれでわりと、読む方だと平和な話が好きだったと思うよ。候補作の中なら小松町子あたりとかさ。でも、自分で馬券を買うなら大橋もみじだなあ。単純明快に面白い小説にあげる賞なんでしょ? じゃあやっぱり大橋もみじでいいじゃん、ね。
(受賞予想……大橋もみじ『白狼の咆吼(全六巻)』)
◆ナズーリン予想員の予想
身内としては船水三波の『大海原の小さな家族』を応援したいところだけど、「エンターテイメント性に満ちた、意欲的な娯楽小説」というところからは微妙にはみ出してる気がするから本命には推しにくいかな。選考委員の好みが掴めないと、難しいところではあるけれども、「エンターテイメント性に満ちた」というところを重視するなら『白狼の咆吼』。「意欲的な」という部分を買うなら『月夜に跳ねる、跳ねるはウサギ』を推したいね。個人的な好みでいえば、後者に獲ってほしいかなと思うよ。
(受賞予想……因幡てゐ『月夜に跳ねる、跳ねるはウサギ』)
◆星熊勇儀予想員の予想
なんで私に訊くんだい? 私ゃそんなに本読んでないよ。ああ、『そして大地は眠る』は萃香の奴に勧められて読んだっけね。まあ、確かに痛快で面白かったし、いいんじゃないかい。萃香の奴が選考委員なんだろ? 随分気に入ってたみたいだから、受賞させようと頑張るんじゃないかね。他の作品? あー、読んでないからパスしとくよ。
(受賞予想……門前美鈴『そして大地は眠る』)
はたして受賞の栄冠はどの作品のもとに輝くのか?
二十一日の受賞作発表を刮目して待て!
(花果子念報 卯月八日号一面より)
実録!第一回八坂神奈子賞(小説部門)選考会
先日受賞作の決定した第一回八坂神奈子賞。その小説部門では、侃々諤々の大激論が数時間にわたって繰り広げられた。今回は個別の選評に替わり、その選考会の模様を座談会形式で掲載。四人の委員の間で繰り広げられた選考バトルをどうぞご覧あれ!
(は…姫海棠はたて、神…八坂神奈子、萃…伊吹萃香、衣…永江衣玖)
は はい、本日は第一回八坂神奈子賞、小説部門選考会にお集まりいただき、誠にありがとうございます。司会進行は私、姫海棠はたてが務めさせていただきます。
神 ここは私の神社なんだがね(苦笑)。
萃 いやあ、山に来るのも久々だねえ。懐かしい気分だよ。
衣 あの地震のときに山を経由して天界にいらしてませんでした?
萃 いや、そこは空気を読んでおくれよ(苦笑)。
衣 おっと、失礼いたしました。
は ええと、委員の皆さん、自己紹介は必要ありますか?
衣 既に皆さん顔見知りではありますから、それは必要無いのではないでしょうか。
神 そうだね。さっさと始めようじゃないか。
は では、さっそくですが、選考会前に集めた評価シートの集計結果から参りましょう。
神 萃 衣 は
○ × ◎ ◎ 『白狼の咆吼』
△ ◎ × △ 『そして大地は眠る』
△ ○ × △ 『月夜に跳ねる、跳ねるはウサギ』
◎ △ ○ × 『大海原の小さな家族』
△ △ △ ○ 『幽霊屋台の縁日騒動』
(印はそれぞれ、◎…本命として推す ○…本命ではないが推す △…受賞に強く反対はしない ×…受賞に反対する)
萃 おおっと、割れたね。そうきたか……むむむ。
神 どうやら満場一致とはいかなさそうだね。さて、どうやって進めていこうか。
衣 やはり、相対的に評価の低いものからふるい落として絞り込むのが上策では?
は いや、司会は私……ああいいやもう。肩凝ったし。ここからは私もいち選考委員として発言させてもらうので、よろしく。
作品が構成に奉仕している
神 じゃあ、まずは因幡てゐからいこうか。衣玖が×をつけてるね。
衣 先に○をつけた方の意見を伺った方がいいかと思いますが。
萃 私かい? ううん、もう少し評価萃まると思ったんだけどねえ。こういうトリッキーな作品は稗田文芸賞じゃ評価して貰えないから、ここで評価してやるべきだと思ったんだけど。この周到な構成に挑む意欲は買わないと。第一部の《月夜に跳ねる》パートで見ていた事実が、第二部の《跳ねるはウサギ》の最後の一行でまるっきり反転する。こっちの勝手な思い込みから綺麗に巴投げ食らった感じで、私としちゃ一本取られたと白旗だよ。
神 外の世界の小説じゃわりと見慣れたトリックではあるんだがね。今は幻想郷の小説の話だからそれを言っても仕方ないが(苦笑)。私もうっかり綺麗に騙されたから、この△はどちらかといえば○に近い△だ。細部まで気が配られてるし、驚かされるだけじゃなく二度読んで面白い。いい作品だと思うよ。
衣 お二人の仰ることはその通りで、この最後の一行には驚けますし、二度読むとまるで違う話に見える構成は巧みだと私も思います。ですが――だからこその×でもあります。
は だからこそ、というと?
衣 この作者はおそらく、いたずら心に溢れた方なのでしょう。読者を驚かせ、してやったりとほくそ笑むことこそがこの作品の主眼なのだろうと思います。問題は、構成が作品に奉仕するのではなく、作品が構成に奉仕している点でしょう。
萃 そりゃ、このトリックが主眼の作品なんだから、そういうもんだろう。文学的主題が無いからダメなんて、稗田文芸賞みたいなこと言うのかい?
衣 いえ、そういうことではなく。この作品の構成は見事です。最後の一行で読者をあっと言わせる、そのためだけに作品の全てが周到に配置されている。しかし――私にはあまりにも周到すぎて、逆に不自然に感じられました。
は ああ、なんか解る。作中の全てが流れるように繋がるから、すごいとは思うんだけど、こんなに何もかも上手くいくのか、っていうのは思う。
衣 神の見えざる手――という表現を神様の前で使うのも変な感じですが、周到すぎる構成のために、その裏に作者という神の手が見え隠れしてしまうのですね。小説が設計図通りすぎると言いますか。最終的に読者の受ける感動が、物語そのものからははみ出したところにある驚きに置かれているので、物語よりも、ただ作者に手のひらの上で踊らされたという印象だけが残ってしまい、私は推しかねます。
萃 なんか結局物語そのものに訴えるものが無いからダメって言ってないかい?
衣 まあ、言い換えればそういうことかもしれませんが。
神 二度目に読んだとき、些細な台詞や表現の印象ががらりと変わるのは、物語そのものが与える感動じゃないかと私は思うがね。
は それはそうだと思うけど、でもやっぱり、全部が作者の計算通りに見えちゃうから。誘拐ミステリーっていう体裁だからかな。前半で起こってた数々のトラブルとそこからの脱出が、全部裏があったって言われちゃうと、ご都合主義を回避するためのご都合主義に陥ってるような感じがして。場面場面でみればどれも納得のいく行動や展開なんだけど、全部それだった、っていうことになるとさすがに不自然じゃないかな、と思うんだけど。それは結局、作者がこのラスト一行で驚かせるためにそうなってる、って考えると、なんか乖離してる気がしてね。
萃 むむむ。驚きが物語の外側にあるのは叙述トリックの宿命だから、そこを難点と言われてしまうとちょっとどうしようもないんだけどさあ。
神 大前提としてこのトリックの存在があるから、何もかもがそのために配置された駒に見える、か。まあ、頷けないことはないか。まあしかし、叙述トリックにそれを言ったらおしまいだっていうのは萃香の言う通りなんだが。
萃 ううん、だけどさ、これだけの大仕掛けを、ちゃんとエンターテイメント性を保ったままきっちり書ききったことは褒めてあげようよ。これを「トリックだけの作品」って言って落としちゃうのはさすがに可哀想だよ。
衣 では褒めますが(笑)、会話はいいですよね。テンポが良くて。
神 『幸運エスケープ』の頃から、そこはてゐの美点だね。掛け合いの面白さは候補作の中でも小松町子と双璧だと思うよ。
は そろそろよろしい? じゃあ、『月夜に跳ねる、跳ねるはウサギ』は見送りということで皆さん異存はございませんね?
神 まあ、仕方ないかね。
衣 よろしいかと。
萃 ぐぬぬ。○をつけた身としちゃもう少し粘りたいけど……しゃーない、(本命に)切り替えていこう。
日常性と非日常性
神 次は……小松町子かね。はたてが○で、残りは△。
は なんで評価低いの? 面白いじゃないの。
萃 面白いよ。縁日の楽しさを、屋台の側からこれだけリアリティを持って書いたのは大したもんだと思う。テンポもいいし、読んでて気持ちいい作品だよね。
衣 同感ですね。出てくるのもみんな気持ちのいいひとたちばかりで。前半で主人公が周りに助けられ続けるのはちょっと都合が良すぎる気もしますけど、そのおかげで後半で縁日全体のトラブルシューティングものになる展開にも無理がありませんし。
神 成り行きで屋台を切り盛りすることになった主人公が、気が付けば必死で縁もゆかりもない屋台を守ろうとする、その心理の変化が祭の盛り上がりとシンクロして、本当に爽やかに終わる。まあ、誰が読んでも面白い小説だと思うね。
萃 ……うちの巫女はあんまり推してなかったけど、あれがひねてるだけかな(苦笑)。
は ちょっと、そんな褒めておいてなんで△止まりなのよ!
萃 そりゃまあ、他にもっと推したいのがあったっていうのが。
は うう、そりゃそうかもしれないけど……私も本命は別だし……。
神 そこだね。それこそまさに、強く推すには決定打に欠けるっていうのが、この作品の最大の弱点だろう。誰かにとってマスターピースになりうるようなとんがった部分が無い。まあ、小松町子の作品は他のもわりとそんな印象があるがね。
衣 思うに、物語が日常性の延長線上に留まってしまうのがその弱さの原因ではないかと。
萃 ああ、言いたいことは解る気がするわ。
衣 おそらく、この縁日のモデルは中有の道でしょう。縁日そのものは、非日常の範疇かもしれませんが――たとえば『月夜に跳ねる』の誘拐劇や、『大海原』での遭難、『大地』の地底への冒険、『白狼』の殺陣などに比べれば、誰でも経験できる範囲の非日常です。だからこそリアリティは高くて誰でも共感しやすい話にはなっているんですが……。
神 読者に見たことのない世界を見せる、という意味での非日常性には欠ける。確かによくできたエンターテインメントではあるんだが、実話の「ちょっといい話」としてもありそうなんだね、良くも悪くも。新聞の囲み記事みたいでさ。
は ううん、でも、馴染みのあるものが描かれる面白さ、っていうのはあるわけじゃない。この作品はいちばん日常に近い話で、だからこそ誰でも面白い、そういう「誰でも解る」面白さを評価する賞を作ろうと思って、この八坂神奈子賞を作ろうと思ったんだけど、私は。
神 そういう話だったね。でも、そういうお前さんも、これが一番ではないんだろう?
は ぐぬぬ。
萃 この五作品を全部読んで好きな順に並べて、って言ったら、たぶん『幽霊屋台』は二番目から四番目の中に収まると思うよ。一番下ってことは無いと思うけど、でも一番上にも来ないんじゃないかなあ。順位別にポイントをつけて、ランキング形式にすればコツコツ稼いで上位に来るタイプ。でも、この賞はこの五作品の中から一番を選ぼうってわけだからさ(苦笑)。
衣 永遠の三、四番手ぐらいの作品ですよね。
は ううう、納得できてしまうのが悔しい……。
衣 もちろん、非日常性が高いほどいいというわけでもありませんが。『幽霊屋台』の面白さは日常性に起因しているのは確かで、誰でも共感しやすいというのはやはり強みです。一番にはなれなくても、一般性は獲得できるタイプの作品ですよね。
萃 ただ、大ベストセラーになれる弾でもないのが辛いところ(苦笑)。
神 良くも悪くも優等生的なエンターテインメントってことだね。五段階でオール四。減点法なら相対的に評価は高くなるだろうが、ここは加点法でいきたいところだ。
は 解った解りましたよ。じゃあ『幽霊屋台の縁日騒動』も見送りで。
神・衣・萃 異議無し。
神 さて、残る三つはそれぞれ◎がついた作品になったね。どれからいこうか。
衣 その前に、二度目の投票を行ってはどうでしょう? 萃香さんとはたてさんが対抗を切り替えれば、少し状況が変わるかも知れませんし。
は ふむ。じゃあ、一応八坂様と衣玖さんもお願いしますね。(評価シートを配る)
萃 やれやれ、どうすっかね。
『そして大地は眠る』の全ては……
は はい、集計終わりました。じゃあ、ささっと発表しますよ。
萃 おー。
神 萃 衣 は
○ × ◎ ◎ 『白狼の咆吼』
△ ◎ × △ 『そして大地は眠る』
◎ ○ ○ × 『大海原の小さな家族』
萃 ほとんど何も変わってないじゃんか!(笑)
衣 これは……ほとんど一騎打ちですね。
萃 ちょ、ちょっと待ってよ、なんでみんな門前美鈴を推してくれないのさー。はーたーてー。
は いや、そう言われても繰り上げて推したいほどじゃなかったし。
神 じゃあ、その門前美鈴いこうか。◎の萃香に語ってもらおうかね。
萃 くっそー、稗田文芸賞に続いてなんで門前美鈴はこうも理解されないのさあ。何がいいって、この破天荒さが素晴らしいんじゃん。自然災害で全てを失う理不尽に対して、己の拳ひとつで立ち向かおうっていうこの発想! 自然の摂理さえ大切なもののためにぶん殴って止める痛快さ! みんな何の文句があるというのか!
は 確かに痛快な話だとは思うけど。でも、全体的にすごくアンバランスじゃない、この話。まず、地震で自分が迷惑被ったからって大地の神様を殴りにいこうっていう発想がなんというか、どっかの巫女の妖怪退治的な理不尽さが……。
衣 萃香さんはほら、博麗さんサイドの方ですから。
は あー。
萃 ちょっとそこ、妙な納得の仕方しないでよ!
衣 ええと、地震の元凶を殴りにいく、というシチュエーションは個人的にいろいろと思うところがあるのですが(苦笑)。アンバランス、というはたてさんのご意見には私も頷けますね。冒頭で起こる大地震で被害を受けたのは主人公だけではないのに、大地の神と戦いに行くのは主人公ひとりで、他の被害者たちは結局被害を粛々と受け入れているんですよね。元凶がはっきりしていて、被害を受けた人々に応援されて主人公が戦いに行くなら解るのですが――最初は居るのかどうかもはっきりしない元凶に向かって主人公が勝手に突っ走っていく話なので、どうにも感情移入がしづらいというのはあります。
神 そこは好き嫌いの分かれるところだろうね。私はこの主人公の理不尽を許せない直情ぶりはわりと好きだが、ついていけないっていう意見もわかるよ。
は 元凶が判明して、そこに突っ込んでいくまでは展開のテンポがいいから面白いんだけど、最終的に主人公がひとりで神様タコ殴りにして、地震まで拳ひとつで止めちゃうっていうのが、なんというかこう話のスケールが小さくなってしまったというか……。主人公ひとりで何とかできたんなら、最初の地震で亡くなったひとたちが報われないなあと。
萃 いやいやいやいや、だから主人公はその無念を抱えて戦って、再び来るはずだった大災害からたったひとり、人知れず身を挺して皆を守ったわけじゃんよ? 全然話のスケール小さくなんかなってないじゃんよ。誰にも称えられることない戦いに挑む心境なんかものすごく良く書けてるじゃんさー。
神 ああ、要するにこの作品をどう読んだかの違いだね、こりゃ。萃香はひとりの格闘家の挫折と再起の物語と思って読んだ。衣玖とはたては災害からの再生ものだと思って読んだ。そういうことなんじゃないかい?
は え、違うの?
萃 全然違うよ! これ、地震そのものは大した意味は無いんだよ! 地震は主人公の矜持をたたき壊す理不尽な暴力の象徴で、それに心を砕かれた主人公が立ち直ってリベンジを果たす話なんだよこれは!
衣 個人的には、地震のような大災害をそういう象徴には使って欲しくないのですが。
萃 うーがー。
神 私は、この話はほとんど全部主人公の妄想なんじゃないかとも思うね。
萃 妄想!? いやちょっとなんでそうなるの!?
神 これは主人公の格闘家としての挫折と再起の物語だっていうのは、私もそうだと思うよ。ただ、それならやっぱり、敢えてその挫折に地震という自然災害を選ぶ必要は無かったんじゃないかね。本来、拳ひとつで解決するにはいくらなんでも規模が大きすぎる。
萃 いや、それを真正面からやっちゃうのが素晴らしいのに……。
神 そして、話が進むごとに、情景描写がどんどん減っていくんだよね、この話。地底に行ってからは、ほとんど地底の様子が描写されてない。稗田文芸賞で落ちたとき、射命丸文が『地底への取材不足』って書いてたのはたぶんそのへんのことを指してるんだと思うがね。この描写の減り方はいくらなんでも不自然だから、意図的なんじゃないかと思うんだよ。
衣 そうですね。冒頭の地震の描写が真に迫っているわりに、後半の展開はどうにも地に足がついていない感じは強いです。
は あー、確かに。
神 この話、主人公が家族を失うところまでは、おそらく確実に現実なんだろう。だが、そこから先はどんどん現実感が薄れていく。萃香はそれをストーリーの破天荒さと取ったようだけど――地底の崩落に巻き込まれた主人公が、地上で目を覚まして、何事もない世界の光景に拳を突き上げて吠えるこのラストシーン。これが即ち、妄想から醒めて世界は何も変わっていないという現実に直面する場面なんだとしたら――ものすごく意地の悪い話だね、これは。
萃 そ、それはさすがに、深読みでしょ……そんな、そんなはずは……。
は いや、でもその読みは説得力あるわ。ラスト、なんで主人公が助かったのかはっきりしないのってそういうことだったの? うーわー。
衣 なるほど、興味深い見解です。そういう観点からなら、再検討の必要がありますね。
萃 いらないよ! もういいよ! この話はド直球の痛快エンターテイメントなんだよ! そんな全部妄想で主人公は無力なまま絶望するしかないなんてそんな酷い話なわけないじゃないか! そんな読みで賞獲っても私が嬉しくないよ! ばかやろー!
衣 萃香さん、落ち着いてください。はい、深呼吸、深呼吸。
萃 うーがーあーぐーわー!(錯乱)
神 ああ、こりゃダメだ。どうしたもんかね。
は ええと、じゃあここで一旦休憩で! 私お手洗い行ってくる!(脱兎)
神 ああ、逃げたよ司会が(苦笑)。
衣 とりあえず、お茶でも淹れましょうか。
萃 ぐわー!
良い話すぎる理由とは
は さて、再開といきますか。ええと、現状はもうあと一騎打ちってことでいいの?
神 どうだい?(萃香の方を見ながら)
萃 ……えー、結構ですよ。えーもう何でもいいですよ。
衣 まあまあ、そう拗ねずに。
萃 拗ねてないよ。ふん。
神 じゃあ残る二作品を……『大海原の小さな家族』からいくかね。はたてが×か。
は えーと、うん。作品そのものにはそんなに文句があるわけじゃないんだけど。……この賞の発起人としては、これを第一回受賞作にはしたくないというか……。
萃 なんでさ? 稗田文芸賞だと慧音とかパチュリーあたりに文句言われて落とされる作品にあげる賞なんじゃないの? ばっちりじゃん。
は この賞は「エンターテインメント性に満ちた、意欲的な娯楽小説」に与える賞!
衣 どちらにしても、この作品がその規定に不適切とは思いませんが。
は いや、そうなんだけど。でもさあ……うん。ぶっちゃけた話、第一回受賞作にするには地味でしょ、これ。いい話だけど。
神 それはさすがに、落とす理由としちゃ酷くないかい(苦笑)。
は いやね! 稗田文芸賞との差別化という意味でも、ここはやっぱりドーンときてガシャーンとやられるような派手なタマに賞をあげたいじゃない! これも、稗田文芸賞でも選評見る限りあと一歩だったわけでしょ? それに受賞じゃなんというかこう、差別化ができていないというか後追いっぽいというか……。
萃 それだったら『そして大地は眠る』でいいじゃん!
衣 まあまあ。
は ともかく、私はこれを第一回受賞作にするのは反対。あと、話が結局常識的なところに落ち着くのも不満。結局当たり前のことしか言ってないじゃない、この作品。
衣 まあ、そうですね。それぞれ登場人物が行き着く答えは、「本音でぶつかりあおう」とか、「昔の夢にもう一度挑戦してみよう」とか、そういうごく普通の結論ですし。
は 四人とも生き残るの解ってるから緊迫感も無いし、なんていうか予定調和なのよね。良い話すぎて疲れるのよ。意地の悪いところがもっとあればいいのに。
神 ふむ。◎をつけた側として、応援演説をさせてもらっていいかい。
は どうぞ。
神 良い話すぎて疲れる、とはたては言ったけれどね。この作品はそんなに甘ったるいだけの話でもないよ。何しろ、四人ともそれぞれ自分の中で答えは出しても、本人の問題がそれで解決したわけじゃない。彼らは、救出されたあと、日常に戻ってからそれに立ち向かわないといけない。むしろ、彼らのサバイバルは救出された後に待っているんだ。そういう意味で、これはサバイバル小説じゃなく、ある種のネバーランドものなんだよ。漂流状況に生きるか死ぬかの緊迫感があまり無いのも、つまりこの状況が彼らにとっては現実からのある種の逃避であることの象徴なのさ。四人がどれだけ疑似家族として絆を深めていっても、究極的にそれは自分が日常で手に入れられなかったものの代替品でしかない。
は むう。
神 ラストシーンが象徴だね。救助の船の姿を見つけて、全員でそれを見つめるところで終わるだろう。助けられて日常に帰るシーンで終わるんじゃなく、この漂流が終わるところでこの話は終わる。四人ともそれなりに自分の問題に向き合いはしたが、救助の船に手を振るとか、救出を喜ぶというような描写はあえて避けられている。本当に、彼らは救出されることを喜んでいるのか。むしろこの四人で、それなりに安定した漂流生活への逃避を望んでいるようにも思わせるこのラストは、一件予定調和のいい話に見せかけて、実は「居心地のいい逃げ場所と、厳しい現実と、どちらを選ぶのか」という問いかけになっているんだよ。
萃 また出た、八坂神奈子お得意のド深読み!(笑)
神 こっちは大真面目に応援演説してるんだからちゃかさないでほしいね。もちろん、疑似家族小説としても上出来だ。それぞれがぶつかり合いながら絆を深めていく描写は、類型ではあるが真に迫っている。互いに歩み寄ろうとして、「相手の歩み寄ってこようとする態度がうざい」と思って結局邪険にしてしまうシーンなんか身につまされるね(苦笑)。ただ、そうして丁寧に積み上げた疑似家族関係を、最終的には結局のところ疑似でしかないと突き放す。そこにこの作品の価値がある。べたべたに俗情に結託しきっているわけじゃないところが最大の美点だと私は思うね。
衣 なるほど。サバイバル小説として読むには緊迫感が足りないとは思いましたが、そういう意図のもとに書かれたとすれば納得です。
は むー。ひとついい?
神 なんだい。
は そういう構造的読解による評価ってのは、稗田文芸賞的過ぎると思うんだけど。問答無用で面白いか否か、で評価する賞でしょ、この八坂神奈子賞は。
衣 問答無用で面白いか否か、で言えば、面白い部類に入る小説ではありませんか? 八坂様のような読み方をせずとも、心温まる疑似家族小説として誰でも楽しめる部類の作品ではないかと私も思いますが。その上で、八坂様のような構造に着目して読んでも面白いと。
萃 私もこの作品は好きなんだけど、神奈子とは推す方向性が違うね(苦笑)。私はそういう構造的な読みは抜きにして、純粋に疑似家族小説として優れてると思うよ。ほら、この酒盛りのシーン、素晴らしいじゃん。それぞれ完全に認め合ったわけじゃないけど、とりあえずは四人で生きていくしかないと開き直るこのシーンの酒が美味そうでさぁ、もう。それぞれの結論は確かにありきたりかもしれないけれど、そこに至るまでのエピソードの積み重ねは、人物描写も含めて捻りも利いてて、予定調和の範疇に留まってはいないと思うけどな。優しい世界ではあるけれど、それぞれ相手を完全に信頼しきってるわけじゃなく、多少の打算を含めつつも認め合っているあたりが甘すぎなくていいと思うよ。
神 ほら、こんな風に意見は違うけど、私も萃香もこの作品を買っている点では一緒だ。問答無用で面白いってのは、別に複数の読みを許容しないってことじゃないと思うがね。
は ぐぬぬぬぬぬぬぬ。
神 あんまり納得してもらえてないようだねえ(苦笑)。さて、どうしたものか。
衣 ここは一度保留にして、『白狼の咆吼』に行ってはどうでしょうか。
萃 賛成。
は ……了解。でもやっぱり私は反対だかんね。
全六巻でのノミネートってありなの?
神 では、最後の一本。『白狼の咆吼』だ。衣玖とはたてが◎、萃香が×か。
萃 いやさー、はたてがこの賞の発起人としてこれに受賞させたい気持ちはよーくわかるよ。今更なぐらいの人気タイトル、ちょうど全六巻で第一部が完結したところだし。これに獲らせれば賞の知名度も大幅アップ、第一巻を落として以後は無視してる稗田文芸賞との差別化もばっちり。明快なエンターテイメントっていう規定にもぴったりだし、いやもう、完璧だね。
は 何が言いたいのよ。
萃 いくらなんでも出来レースすぎるだろうと(笑)。鴉天狗出版部主催の賞で、見計らったように『白狼の咆吼』が完結したタイミングで賞作って、そのまんま受賞じゃねえ。パチュリーに文句言えないぐらいのすがすがしさじゃないか(苦笑)。
神 お前さんが×つけてるのはそういう理由かい。
萃 いや、ここは反対しとかなきゃダメだと思って。ここで満場一致で『白狼の咆吼』にあげるぐらいみっともないことはないよ。作品としての善し悪しとは別の部分でさ。そもそもさー、他は単巻でのノミネートなのに、これだけ全六巻でのノミネートってどうなのさ。
衣 六冊通じてひとつのストーリーになっているのですし、それは別にいいのでは。
萃 今後も完結したシリーズものに全体として賞あげるなら文句は言わないけどさ。
は 出来レースって言いたい奴には言わせておけばいいのよ。今の剣豪小説ブームの立役者、幻想郷の文芸を代表するこの大ヒットシリーズを、稗田文芸賞が無視するならこっちが賞あげないでどうするのよ。娯楽小説に与える賞で、これを落とす方がよっぽどどうかしてるわよ。
衣 あまりそういう、作品の外側の部分で言い合っても不毛かと思いますが。
神 まあ、文学賞に人事の側面が出るのは仕方ないっちゃ仕方ないがね。
衣 ともかく、そういった議論は純粋に内容の善し悪しを論じてからでいいのでは。私は選考委員として、このシリーズを推します。美点は多々ありますが……主人公・剣紅葉の宿敵、鋼永羅のキャラクターが素晴らしいですね。主の意のままに無辜の民さえ斬り捨てる冷酷無比な《君主の忠犬》でありながら、かつては紅葉とともに義のために剣を振るう熱血漢であった、その心根が失われていないことを間接的に伺わせるエピソードの数々が積み重なった上に、紅葉との間にある壮絶な過去が明かされる第四巻の盛り上がりは素晴らしいものがありました。
は 私はやっぱり主人公の紅葉が好きだなー。寡黙で、めちゃくちゃ強くて、不器用に優しくて。守ったはずの村人から誤解で石を投げられても一切反駁せずに、ただ黙って役目は終えたと去る背中がもー格好良くて格好良くて。どうしてそこまで、誰かのために血にまみれ続けるのか、その過去がなかなか明かされないのも期待を高めるし。
神 相方の将棋指し、みどりも良いキャラだね。実質的な狂言回しでありながら、でしゃばりすぎず、紅葉にとって自分が足手まといであることに自覚的で、軽率な行動を繰り返さないから好感度が高い。将棋指しとしての才を軍師として覚醒させる後半の展開も見事だね。最終巻、単身で敵の本陣に斬り込んでいく紅葉を見捨てようとした反乱軍に啖呵を切る場面は素晴らしいよ。
衣 展開の配置も巧みですね。悪徳領主との戦いから始まって、初めは各地のトラブルシューティング的なストーリーの影に紅葉と永羅の因縁を挟み込んで、それが紅葉への追討令とともに国家に対する反乱軍の決起へと繋がっていく展開には全く無理がありませんし、一国のクーデターを扱いながら、最終的には紅葉と永羅というふたりの剣士の過去をめぐる決闘に収束する物語にはぶれがありません。
神 味方の反乱軍が絶対の正義でなく、敵となる国家も絶対の悪徳国家でないあたりのバランス感覚がいいね。そのあたりの伏線を第一巻のあたりから張り巡らせているのも周到だ。これがたとえば国家側が絶対悪なら、反乱軍が勝ってハッピーエンドが既定路線として了解されるところを、どちらが勝っても状況は良くなるのか悪くなるのか解らない、という形にしたおかげで最後まで緊迫感がある。
は それ、そのまま紅葉と永羅の関係にも言えるわよね。四巻で明かされるふたりの過去を見ても、結局どっちが悪いわけでもなくて――でも、ふたりは袂を分かたざるをえなくて。
衣 国家対反乱軍というマクロな構図と、紅葉対永羅というミクロな構図が互いにシンクロしあっているから、ラストで全ての決着がふたりにゆだねられる展開に無理が無いんですね。この構成は実に見事だと思います。
萃 おーい、なんか『白狼』のファントークみたいになってないかい。
は じゃあ、反対派として反対演説をどうぞ。内容に関してね。
萃 くそっ、内容に関しては私も別に否定派じゃないの解ってて言ってるだろあんた! ええもう、あんたたちの挙げた美点には私も賛同するよ。キャラクターもいい、全六巻のボリュームも中だるみせず調度いい、目立った破綻もないし、第四巻と最終巻の盛り上がりは文句なんざつけようもないよ。知ってるんだよそんなことは!(笑) 文句があるとすれば、ここで終わっておけば良かったのに、人気が出過ぎたせいで第二部に続いちゃったことぐらいだよ! 永羅との決着ついちゃったのに、こっから先どういう話やるつもりなのか不安だって、そのぐらいしか文句なんざ無いよ! ちくしょーめ!
は 素直でよろしい。
萃 くっそー、天狗のくせに、鬼を何だと思ってるんだい!(笑)
は 今は同じ選考委員、立場は対等。そういうことじゃありませんでしたっけ萃香様?
萃 文に負けず劣らず性格悪いねえあんた(苦笑)。
は 文と一緒にしないでいただきたいですわ。
いざ、決選投票
は さて、萃香委員の同意も得られたところで、『白狼の咆吼』が受賞作でよろしい?
衣 私はそれでいいかと思いますが……。
萃 異議あり! 決戦投票を要求する!
神 投票賛成だ。民主的にいこうじゃないか。
は 了解。じゃあ、『白狼』『大海原』『大地』の三作から、受賞作として推す作品に一票投じてくださいませ。
萃 ちょ! なんで『大地』がまだ残ってるのさ!?
は え? だってまだ別に落とすって決めたわけじゃないでしょ?
萃 一騎打ちって言ったじゃんか!
は 実質ね。まだ見送りということで決は採ってないわよ。
萃 いいよもう! どうせ獲れないんだから外しちゃってよ!
は はいはい、いいから決選投票。(用紙を配る)
萃 汚いなさすが天狗きたない……。
神 やれやれ。
は 皆さん書きました? じゃあ集めますよ。……はい、決戦投票の結果出ました。
二票(はたて・衣玖) 『白狼の咆吼』
二票(神奈子・萃香) 『大海原の小さな家族』
衣 あら、同点ですか。
は あんだけ強く推してたのに『大地』から鞍替えするんですか萃香様?
萃 ええい卑怯な天狗め! 私に『大地』に入れさせて『白狼』二票で決まりとは言わせないよ! それなら私は鞍替えも辞さない! いや『大海原』も好きだから、『大地』が無理ならこっち推すよ、躊躇も悔いも無いよ! ……ちょっとはあるけど、でも『大海原』を推すよ!
衣 さて、どうしましょう?
神 私もあくまで本命は『大海原』だ。『白狼』もいい作品だと思うし受賞作にすることに異議はないが、かといって本命は譲れないね。
は むう、どうする? 再検討?
衣 おそらくこのまま検討を重ねたところで、どちらか片方に決まることは無いのではないでしょうか? はたてさんも『大海原』に鞍替えする気はありませんでしょう?
は そりゃもう。
衣 というわけで、私は二作受賞を提案します。明快なエンターテインメントとして『白狼の咆吼』を目玉としつつ、方向性の異なる『大海原』を同時に受賞作とすることで、この賞の懐の深さを示せるのではないでしょうか。萃香さんの仰る出来レース云々も、はたてさんの仰る地味さも、二作受賞ならさほど問題は無いかと思いますが。
萃 ううん。
は ぐぬぬ。
神 二作受賞に賛成するよ。そのへんが落としどころじゃないかい。
萃 ……ま、それでいいか。出来レース臭くても、『白狼』を落とすのもどうかと思うしね。
は だったらそんな反対しなくてもいいじゃない……。えーと、主催側としてのっぴきならない事情により二作受賞はちょっと困るんだけど。
萃 のっぴきならない事情って、なんだい。
は 賞金の予算が足りないの! ひとりぶんの六十貫文でギリギリなんだから!
萃 うわあ。
神 そいつは切実な問題だねえ(苦笑)。
衣 三十貫文ずつに分ければいいのでは?
は それじゃあ稗田文芸賞の五十貫文を超える六十貫文にした意味が……。うう、でも無い袖は振れないし……。無念。
神 じゃあ、そういうことで。第一回八坂神奈子賞は、大橋もみじ『白狼の咆吼』と、船水三波『大海原の小さな家族』の二作受賞ということで決定でよろしいかい?
は・衣・萃 異議なし。
戦い終わって陽が暮れて
神 やれやれ、思ったより長丁場になったね。お疲れさん。
は 八坂様、どうもありがとうございました。萃香様と衣玖さんも。
萃 今更畏まられてもねえ。ところで、来年もやるの?
は そりゃもちろん。稗田文芸賞より一般への訴求力のある賞になるまで続けますよ!
衣 そうなれればいいですけどね。
萃 くっそー。次は絶対門前美鈴に受賞させてやるー。
神 そいつは門前美鈴にいい作品を書くように言うところからだね(苦笑)。
は あー、でも、選考委員はもうひとり増やすべきかなー。四人制だと決選投票で同点になっちゃうのは問題だし。誰呼ぼうかしら。
衣 それこそ、射命丸文さんでいいのでは?
は ダメ! それだけは絶対ダメ!
衣 はあ。
神 そこは空気を読んでやりなよ(苦笑)。ああ、今回受賞させた大橋もみじでも呼んだらどうだい。そっちなら問題無いだろう?
は う、うーん。それはそれで天狗の身内賞っぽさが大きくなりすぎるかも……。
萃 『白狼』にあげておいて今更それを気にするのかい!(笑)
(花果子念報増刊 『第一回八坂神奈子賞決定号』より)
第一回八坂神奈子賞に大橋もみじさん、船水三波さん、聖白蓮さん
第一回八坂神奈子賞(鴉天狗出版部主催)は二十一日、守矢神社にて小説部門・ノンフィクション部門の選考が行われ、小説部門は大橋もみじ氏の『白狼の咆吼』と船水三波氏の『大海原の小さな家族』、ノンフィクション部門は聖白蓮氏の『信貴山の聖人――命蓮伝』がそれぞれ受賞作に決まった。授賞式は来月一日、守矢神社にて行われる。
大橋もみじ氏(本名…犬走椛)は、天狗の里に暮らす白狼天狗。『瀑布の猟犬』でデビューし、稗田文芸賞にも二度ノミネートされている。『白狼の咆吼』は、狼の血を引く剣士・剣紅葉の活躍を描く全六巻の人気剣豪小説。昨季にはドラマ化もされベストセラーとなった。
船水三波氏(本名…村紗水蜜)は、命蓮寺に暮らす船幽霊。『幽霊客船はどこへ行く』でデビューし、今回受賞した『大海原の小さな家族』は第八回稗田文芸賞で落選している。受賞作は、沈没した船の救命ボートに取り残された四人が助け合って生き延びていく様を描いたサバイバル小説。
聖白蓮氏は命蓮寺の住職。『博愛の法』『超人の法』など、仏教書の著作でも知られる。受賞作は氏の弟である聖人・命蓮の生涯を綴った伝記。
なお、小説部門の賞金六十貫文は三十貫文ずつに分割のうえ、大橋・船水両氏へ贈られる。
大橋もみじ氏の受賞の言葉
栄えある第一回受賞作に『白狼の咆吼』を選んでいただけたこと、光栄に思うッス。昨年はドラマ化に第一部の完結などでてんてこまいの一年だったッスが、なんとかここまでやってこられたのは多くの読者の方々に支えられてのことッス。これからも、読者の皆さんに喜んでいただける、面白い作品を書いていきたいと思うッス。
船水三波氏の受賞の言葉
え、私が受賞? またまたご冗談を……え、マジ? 嘘ぉ!? え、受賞の言葉? いや参ったなあ、そんなの全然考えてないよ。だって獲れるなんて思ってなかったもん。え、聖もノンフィクション部門で受賞? そりゃめでたい! 私なんかよりよっぽどめでたいよ! 聖おめでとう! ついでに私もおめでとう! やったね!
聖白蓮氏の受賞の言葉
その持てる力を人々のために尽くした我が弟、命蓮の生涯は、私にとって誇りであり、また目指すべき理想でもあります。聖人・命蓮の姉として、これからも《聖》の名に恥じぬよう、御仏の教えを広め、衆生を救うことに尽力していきたく存じます。ありがとうございました。
(花果子念報 卯月二十二日号一面より)
東方限定の
稗田文芸賞の選考委員になったら面白そうだけど、自分とこの選評しないとあかんし、望み薄かぬ
二度目に読んだ時にまた別の感想を得られるってのはこれと第八回の文芸賞の関係みたいな
すいかは選評側に回ると慧音とは別の意味で困ったちゃんやな