てゐが物凄く可愛く見えてしまうことがある。
いつもの小憎たらしい悪戯っ子の笑みも、それはそれで私は好きなのだが、無防備な時の彼女の表情は、天使のように愛らしいのだ。
すなわち、彼女が寝ている時である。
その寝顔を見られるならお師匠様のお仕置きを5日間くらいぶっ続けで食らったっていいくらいだ。
たぶんそんなに食らったら死んでしまうと思うのだが、死んだって構わない。だってこんなに可愛いんだもの。
でもてゐの寝顔というものはなかなか見られない。なんせ彼女は自分の部屋以外では決して寝ないし、就寝時に部屋に忍びこもうものなら、半径2メートルから迫りくる全方位特製くれゐもあのせいでとんでもないことになるのだから。あの時はひどかった。ただ寝ている間にお掃除をしようと思っただけなのに、おかげで3日間くらい悪夢にうなされ続けたくらいだから、よっぽどである。
で、どれほど苦労しても味わえないものを、今私は思う存分味わっている。素晴らしい。
目の前にてゐの寝顔がある。
縁側でお昼寝をしていたら、いつの間にかてゐに乗っかられていたみたいだ。彼女は私のお胸の間にぽすんと頭をのせ、すぴーと気持ちよさそうに眠っている。
白いもちもちした二本の耳は黒髪の上でへにゃりと垂れ、半開きになった口からは涎が一本すぅと垂れ落ち、私のシャツの胸元を濡らしている。その柔らかそうな頬は午後の太陽の気だるい光の中で微細に揺れ、ぷにぷにされるのを誘っているように見えたので実際私は指でつまんでうにうにした。揉み具合がとてもいい。つまんでいる指の先からとろけそうである。私の顎をなにか液体がつたった。涎かと思って拭ってみたら鼻血だった。こんなに可愛いんだもの、仕方ないね。
「んんぅ………」
てゐが唇を動かし、もにょもにょと何か囁いた。私が彼女の口元を指でぬぐってやると、かぷっと甘噛みしてきた。
これが俗にいう、「天国の時」というものか。
私の中の「理性」ってやつがぶっ壊れてしまいそうだった。
しかし、いくら頭の中で素数を数えようと、落ち着けない時だってある。あっていい。
私はこの時点ですでに昇天しそうな心持だったのだが、もう一つ、首筋にかかる甘い吐息に気がついて、さらに昇天しそうになった。
人間の里で評されたところの「くーるびゅーちー」をもって鳴るお師匠さまが、これまた無防備な寝顔をさらして、私の隣に寝転がっているではないか。
いつも頭にちょこなんとかぶっている帽子は床の上に転がり、こちらに体を向けながら熟睡しているお師匠さま。普段の冷徹で計算高い表情とは無縁の、徹底的に純粋な寝顔がそこにあった。その閉じた瞼のふくらみはこの世のあらゆる曲線を凌駕する完璧なカーブでもって私の理性を打ち壊した。口は緩やかに閉じられ、わずかに浮かんだ微笑が呼吸に応じて千変万化にニュアンスを変えた。どんな夢を見ているのか、と人に勘ぐらせずにはいられない、そんな深みのある寝顔だった。
お師匠さまが人前でこんな姿を晒すなんて、なかなか信じられないことだ。何かの薬だろうか、と思ったけれど、お師匠さまには一切の薬物は効かない(蓬莱の薬を除き)のだから、やはりこれは完璧に無意図の混じりッ気のない昼寝なのだ。
こんな夢のようなことがあっていいのか。いいぞ。
そしてもう一つ、私があえて気付くのを避けていたことがある。気付いたら、いよいよ意識を手放してしまうだろうから。
目覚めた時から、私の頭は少してゐの方向に傾いていた。
横に寝転がっているお師匠様の寝顔は、私の目線よりも少しだけ下にあった。
ついでに言えば、誰かがずっと私の長い髪を指で梳いてくれていたのだ。
はっきり言おう。私は姫様に膝枕されて眠っていたのだ。
視線を上げると、姫様は片目を瞑り、人指し指を立てて口元にあて、柔らかくほほ笑んだ。
「起きちゃうから、静かにね」
その黒い虹彩は宇宙の闇よりもこっくりと濃厚で、さながらブラックホールのように私の粉々に砕けた理性を吸いこんでしまった。
「め…………珍しい、ですね、こんなこと……」
私はやっとこさ言葉を紡いだ。といっても、胸の上にはてゐの頭がのっているので、ほとんど囁き声に近かったのだけれど。
「そうね、確かに珍しい。むしろ、初めてなんじゃないかしら」
姫様は目を閉じてにっこりと笑った。
その笑みの前ではすべての罪が許される。そんな錯覚を私に与えた。
「でも、永遠に近い時間の中で、たまにはこんなことが起こっても、不思議じゃないんじゃないかしら」
「……ええ、考えてみれば何も、不思議はありませんね」
姫様がまた、私の髪を指で梳いた。
体はてゐの体温でぽかぽかと温められ、首筋はお師匠さまの寝息で沸騰寸前で、頭は姫様にくるりと包み込まれている。
溶けるような安心の中で、わたしはもう一度、眠ろうと思った。
皆本当に「可愛い過ぎて生きてるのが辛い」
ここまで和んだのは久しぶりな気がする。
これはもう、イナバに変装するしかありませんな!!
出来ることなら鈴仙になりたい。
私は鈴仙になりたい
餅耳触りてぇ…!
素敵な永遠亭をありがとうございます
マジで泣きそうになりましたよ