冬の幻想郷。
白銀というにはまだ薄ら積もりだが、雪の質を見るに少ししたら本格的に積もるかもしれない。
普段からあまり通る者もいないところだが、天気の影響か輪をかけて気配を感じない。
対照的に店内には僕とライカ。そして点火されたストーブが暖を与えていた。
といってもライカは温度だとか、そういう感覚的なものへの反応が乏しい。
機械の体だから当然なのかもしれないが、時折においをかぐ仕草をするので実際よくわからないところだ。
置いてやった毬にじゃれつくのを横目に、視線をある本に移す。
幻想郷に外の本が流れ着くのはそう珍しい事じゃない。
しかしそれは状態に依らない、という前提がつけばの話だ。
そもそもあまり手入れのされていない無縁塚は、特に紙類に対しては厳しい環境だ(機械や陶磁器ならば洗えば済むことも多い)。
破れてしまっていたり、取り返しのつかない汚れがついていたり、単体では美品でもシリーズが歯抜けだったり、何らかの欠陥があることが多い。
いつかの、外の世界の式神に関する本も然り、幸運なことに不運な妖怪がいたから揃ったがあれこそ奇跡に近い話だった。
しかし今僕の手元にある本は美品であることもさることながら、それ一つで大きな役割を果たすものだった。
結界が張ってあるとはいえ、幻想郷と外の世界が完全に隔たれているわけじゃない。
それこそ無縁塚の無縁仏や品物がその証左だし、規範や知識や言葉も少なからず影響を受けている。
そう、言葉だ。
菫子君がうちに顔を出すようになってから、外の世界との言語の乖離に驚かされた。
あらゆる言葉が新造され、または略され、付加され、大変な早さで増えていっているらしい。
それに苦言を呈するつもりはないが、言葉というのは存在自体に力を持つことがある。いわゆる言霊というやつだ。
新しい言葉を知るに越したことはない。さらにそれを利用するためには、意味を知ることが重要だ。
『英和辞典』
本にはそう書かれていた。
幻想郷の内外ではなく、もっと広い意味での外来語を日本語に対応させて説明する書物だ。
欲を言えば国語辞典のようなものが適しているだろうが、それはまた菫子君にでも頼んでみよう。
つらつらと読み進めていると気になる見出しが目に入った。
like a...
横についている模様はよくわからないが、察するに発音に関するものだろうか。
そのさらに横にカタカナで注釈が入っている。
ライクァ、おそらく読み方だろう。親切なことだ。意味は「みたいなもの」とある。
そして下には用例、『like a rolling stone. 転がる石のように』
これもピンとは来ないが向こうの格言みたいなものだろう。
僕は知らず知らずのうちにライカという存在を表す名前を付けていたらしい。
犬の機械に憑りついた、子犬となるはずだったもの。
それはまさしく犬のようなもの、そのものだ。(少しややこしいが)
名前に関しては自負も込めて少しうるさいつもりではあったが、これは驚きだった。
毬に覆いかぶさろうと悪戦苦闘するライカに目を移し、少し感慨深い気持ちになってしまった。
余韻に浸る間もなく店の戸がガラガラと開け放たれる。
「ひええ、すごい雪ね。森近さんライカちゃん凍ってない……ってあれ、暖かいな」
「菫子君か、丁度よかった。」
彼女の後ろに大粒の雪が降っているのが見える。
どうやら店の外はまさしく白銀の世界に落ち着いたらしい。
「丁度良かったって、なに?また何か困りごと?」
「そういう訳じゃないんだが、ちょっと頼みたいことがあってね……」
彼女が持ってはいるが、もう使っていない辞典をもらい受ける約束をし、併せてライカについて話す。
「いや関係なさそう……そもそもライカ犬ってロシアの犬種じゃなかったっけ……別にいいけど……」
菫子君が微妙な面持ちで何かつぶやいている。
天命染みた偶然、いや言霊の力が呼んだ必然に感じ入るところがあるのかもしれない。
そういえばついで、もとい折角なので彼女に用例のことも聞いてみた。
「菫子君、ここのところ、意味分かるかい?」
「え、どこ?……ああこれ、古い歌のタイトルだよ。凄く有名な歌だから書いてるんじゃないかな」
これは意表を突かれた。素戔嗚の時代ならともかく、辞典に載るほどの歌が現代にあるとは。
「ちなみに。どういう?」
「私も詳しくはないけど……順風満帆だった女の人が落ちぶれて孤独にその日を生きていく、みたいな感じ」
孤独な女性。
聞けば聞くほどライカとの符合が重なる。
いや、この子を飼うと決めたときにそうはさせないと誓ったのだった。
菫子君が思い出したかのように補足する。
「あと諺みたいな使われ方もするらしいわよ。日本でいうと、あれなんだったかな……そうそう、犬も歩けば」
ガシャン!
突然大きな音がする。
急いでそちらを見やると、毬にへばりついたライカと商品の壺、だったものの破片が散らばっている。
どうやらぐるぐる転がって突っ込んで行ったらしい。
数秒置いて菫子君が途切れた言葉を付け足す。
心なしか笑いをこらえるようにしながら。
「……棒に当たる」
白銀というにはまだ薄ら積もりだが、雪の質を見るに少ししたら本格的に積もるかもしれない。
普段からあまり通る者もいないところだが、天気の影響か輪をかけて気配を感じない。
対照的に店内には僕とライカ。そして点火されたストーブが暖を与えていた。
といってもライカは温度だとか、そういう感覚的なものへの反応が乏しい。
機械の体だから当然なのかもしれないが、時折においをかぐ仕草をするので実際よくわからないところだ。
置いてやった毬にじゃれつくのを横目に、視線をある本に移す。
幻想郷に外の本が流れ着くのはそう珍しい事じゃない。
しかしそれは状態に依らない、という前提がつけばの話だ。
そもそもあまり手入れのされていない無縁塚は、特に紙類に対しては厳しい環境だ(機械や陶磁器ならば洗えば済むことも多い)。
破れてしまっていたり、取り返しのつかない汚れがついていたり、単体では美品でもシリーズが歯抜けだったり、何らかの欠陥があることが多い。
いつかの、外の世界の式神に関する本も然り、幸運なことに不運な妖怪がいたから揃ったがあれこそ奇跡に近い話だった。
しかし今僕の手元にある本は美品であることもさることながら、それ一つで大きな役割を果たすものだった。
結界が張ってあるとはいえ、幻想郷と外の世界が完全に隔たれているわけじゃない。
それこそ無縁塚の無縁仏や品物がその証左だし、規範や知識や言葉も少なからず影響を受けている。
そう、言葉だ。
菫子君がうちに顔を出すようになってから、外の世界との言語の乖離に驚かされた。
あらゆる言葉が新造され、または略され、付加され、大変な早さで増えていっているらしい。
それに苦言を呈するつもりはないが、言葉というのは存在自体に力を持つことがある。いわゆる言霊というやつだ。
新しい言葉を知るに越したことはない。さらにそれを利用するためには、意味を知ることが重要だ。
『英和辞典』
本にはそう書かれていた。
幻想郷の内外ではなく、もっと広い意味での外来語を日本語に対応させて説明する書物だ。
欲を言えば国語辞典のようなものが適しているだろうが、それはまた菫子君にでも頼んでみよう。
つらつらと読み進めていると気になる見出しが目に入った。
like a...
横についている模様はよくわからないが、察するに発音に関するものだろうか。
そのさらに横にカタカナで注釈が入っている。
ライクァ、おそらく読み方だろう。親切なことだ。意味は「みたいなもの」とある。
そして下には用例、『like a rolling stone. 転がる石のように』
これもピンとは来ないが向こうの格言みたいなものだろう。
僕は知らず知らずのうちにライカという存在を表す名前を付けていたらしい。
犬の機械に憑りついた、子犬となるはずだったもの。
それはまさしく犬のようなもの、そのものだ。(少しややこしいが)
名前に関しては自負も込めて少しうるさいつもりではあったが、これは驚きだった。
毬に覆いかぶさろうと悪戦苦闘するライカに目を移し、少し感慨深い気持ちになってしまった。
余韻に浸る間もなく店の戸がガラガラと開け放たれる。
「ひええ、すごい雪ね。森近さんライカちゃん凍ってない……ってあれ、暖かいな」
「菫子君か、丁度よかった。」
彼女の後ろに大粒の雪が降っているのが見える。
どうやら店の外はまさしく白銀の世界に落ち着いたらしい。
「丁度良かったって、なに?また何か困りごと?」
「そういう訳じゃないんだが、ちょっと頼みたいことがあってね……」
彼女が持ってはいるが、もう使っていない辞典をもらい受ける約束をし、併せてライカについて話す。
「いや関係なさそう……そもそもライカ犬ってロシアの犬種じゃなかったっけ……別にいいけど……」
菫子君が微妙な面持ちで何かつぶやいている。
天命染みた偶然、いや言霊の力が呼んだ必然に感じ入るところがあるのかもしれない。
そういえばついで、もとい折角なので彼女に用例のことも聞いてみた。
「菫子君、ここのところ、意味分かるかい?」
「え、どこ?……ああこれ、古い歌のタイトルだよ。凄く有名な歌だから書いてるんじゃないかな」
これは意表を突かれた。素戔嗚の時代ならともかく、辞典に載るほどの歌が現代にあるとは。
「ちなみに。どういう?」
「私も詳しくはないけど……順風満帆だった女の人が落ちぶれて孤独にその日を生きていく、みたいな感じ」
孤独な女性。
聞けば聞くほどライカとの符合が重なる。
いや、この子を飼うと決めたときにそうはさせないと誓ったのだった。
菫子君が思い出したかのように補足する。
「あと諺みたいな使われ方もするらしいわよ。日本でいうと、あれなんだったかな……そうそう、犬も歩けば」
ガシャン!
突然大きな音がする。
急いでそちらを見やると、毬にへばりついたライカと商品の壺、だったものの破片が散らばっている。
どうやらぐるぐる転がって突っ込んで行ったらしい。
数秒置いて菫子君が途切れた言葉を付け足す。
心なしか笑いをこらえるようにしながら。
「……棒に当たる」
霖之助と董子の組み合わせがとてもよくかみ合っているように感じます
おしゃれなお話でした