星、見えないな。
東京の夜空を漂いながら、そんな分かり切ったことが口から漏れる。
空は濁った灰色で、雲があるわけでもないのに星一つ見えない。
地上の光。汚れた空気。人は何でも隠してしまうのが大好きだから、きっと星空もそんなベールで覆って隠してしまったんだろう。
つまらない空。面白くもなんともない空。
それでも、ベッドに寝転がって見る、白い天井よりは何倍もマシだった。
もう、寝たくもなかった。
『ドッペルゲンガーの貴方が夢の貴方に敗北しました。ドッペルゲンガーの肉体が奪われ消滅したことで貴方は幻想郷に行けなくなったんです。貴方と喋るのも多分これが最後ですね。いや〜残念です。それでは、さようなら。良い現を』
夢を見なくなった、すなわち幻想郷へ行けなくなってから3週間と少ししたころ、突如ドレミーが私の部屋に現れたと思ったら唐突に突きつけられた最後通牒。
言いたいことを言うだけ言ってそのまま消えてしまったドレミーの言葉を、聞いた直後は理解することが出来なかった。
ドッペルゲンガーが負けた? 私の夢人格に? これが最後? 幻想郷に行けなくなった? 私の知らないところで何があったのか、どうしてそんなことになったのか、その説明すら無しにそんな一言二言で終わらせるつもりか。私の居場所を、あそこでの思い出を、みんなを、私の全てを。ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな
「ふざけるなぁ!」
思わず叫び声が口から飛び出すが、私の叫び声は誰にも届かずに東京の明るい闇に消えていった。
もしかしたら、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。私の苦しみを、苛立ちを、誰かにぶつけたくて叫んだのかもしれない。
それでも、誰にも届かない。下にはたくさんの人がいるけど、私の声なんてきっと届かない。東京の空、私は独りだった。
あれから、幻想郷へ行くどころか、夢を見ることすら出来ないでいる。眠るということが怖い。フッと意識が途切れては、何もない闇へ落ちていくような、そんな感覚が全身を襲ってきて目が覚める。そして目覚めた時、ベッドの上で息を荒げた自分の姿を、今の情けない自分の体を見て思うのだ。
ああ、また幻想郷に行けなかったんだなと。
それが、怖かった。
だから、逃げてきた。
ベッドから、眠ることから、幻想郷から、現実から、自分から……逃げて逃げて、行きついた先が、この東京の空。
制服に上着替わりのマントを羽織るという、いつものスタイルにしてこっちの世界では奇抜な恰好だが、どうせ上空にいる私を見ている奴なんていないし、気にする必要なんてない。……スカートの中を覗かれるのは流石に嫌だけど。
これは、私であることの証のようなものだから。こっちの世界で生きている一人の女子高生ということを示す学生服と、人の常識の埒外、単なるヒトではない存在であることを示すマント。幻想郷では外の世界の人間だと、外の世界では人の常識の埒外にいる存在だと、どちらから見ても一目で分かる恰好。
この格好はなんなんだろう。現が退屈だって思っているにも関わらずその象徴たる学生服を着て、そのくせマントなんていう周囲から浮くような格好をしている。幻想郷ではマントも珍しくはないけど。
現じゃマントを羽織ったサイキッカー、幻想郷じゃ外の世界の服を着た女子高生。そんな自分だけという特別感に酔っているのか、どちらの接点も切り捨てることの出来ないだけの臆病者なのか、自分でもよく分かっていない。そんなちぐはぐな存在こそが私なのかもしれない。
「……まあ、制服って、便利には違いないんだけどね。とりあえずこれ来てればダサいとか言われないし」
体をグイっとひねる。
空中でくるりくるりと廻る。
マントがひらひらと揺れる。
縦に、横に。縦横無尽にくるくる廻る。傍から見ればスローモーションの高飛び込みのように見えるかもしれない。落ちていかないことを除いたら。それと誰も見ていないから拍手がもらえないことも。
しばらくすると、慣性の力が消えて、再び私は空中にただ浮かんでいるだけの存在になった。
手持ち無沙汰になり、再び空を見上げる。
空気は濁っていて、星は見えなくて、車のエンジンの音と人の声、そして強いビル風の唸り声が入り混じったような、よく分からない雑音がかすかにここまで聞こえてくる。地上三百メートルくらい。幻想郷の空とは比較にならないほどヒドイ環境。それでも、ベッドの上よりは幾分かマシだった。
ここなら、寝なくても済むから。
……今度こそ幻想郷に行けるかも、なんて叶いっこない夢を見なくて済むから。
フラフラと風に揺られるまま、空を飛ぶ。
……レイムっちは何をしてるんだろう。
私を探してくれてるのかな。それとももう諦めちゃったのかな。
もしかしたら、最初から全部私の夢で、幻想郷なんて実は存在しないのかな。
だったら、もういっそ夢だったら良かったのに。
「………………はっ」
意識と体が落ちそうになって、慌てて超能力で体勢を整える。
瞼が思い。寝不足からか頭がぐらぐらする。
頭を振って意識の覚醒を促そうとするが、思考がまとまらない。
足元から伸びてきた手に掴まれて、奈落へ引き摺り降ろされるような感覚が全身を包む。
「……や……めろぉ!」
大きな声で自分を一喝し、睡魔と幻覚を振り払う。
それでも私から離れようとしないそいつらから逃げるように、空を目指して体を持ち上げる。
もっと、もっと高く。
超能力で全身を覆って、弾丸を射出するイメージで体を空高くへ打ち上げる。
もっと、もっと速く。
どんどん加速する。私が出せる全身全霊の速度で体が空を登っていく。
もっと、もっと遠く。
睡魔も、幻覚も、学校も、現実も、何もかも遥か下に置き去りにして、星を、空を目指す。目を閉じて、ひたすらに昇り続ける。
ぐんぐんと体が昇っていく。
歯を食いしばって加速感と空気の壁に耐える。
流星だ。
私は今、空を流れる星なんだ。
遠くから見れば、私は夜空で光る流れ星に見えたのかもしれない。
私は独り。独りだから、誰も追いつけない。誰にだって私を止めることなんて出来やしない。捕まえられるものなら捕まえてみろ。私はここだ!
もっと、もっと。その先へ。
「はあ……はあ……」
そうして、
体が悲鳴を上げ、これ以上動けなくなって、ようやく超能力を止める。
慣性でそのまま数メートル上昇したところで、超能力で体を支える。急ブレーキの反動で踏鞴を踏むように体がよろけたが、どうにか空中で踏ん張って制止する。
気付けば、東京タワーもスカイツリーも遥か下。私の周りには何もない。ここが標高何メートルか分からないが、もし視界が良ければ富士山だって見下ろせるかもしれない。
息が荒い。
単純な疲労だけでなく、空気が薄くなっているからだろうか。うまく空気が取り入れられないような、いくら吸っても足りないような、そんな息苦しさを感じる。
風が肌に突き刺さるように寒い。
こんな高さまで登ってきたのだ。学校の制服とマントだけじゃ到底こんな高高度の寒さなんて防げない。
頭が痛い。
寝不足に加え、突発的かつ全力の能力行使。まるで脳がショートしたような、熱を伴う強い痛みを感じる。
それでも、気分は悪くない。
ひさびさに全力を出して、幾分かスッキリした。
それに何より、
「やっと、見えた……」
空高くに漂っていてなお、空を見上げる。
そこには、視界いっぱいに広がる星空。
汚れた空気にも、人工の光にも遮られない、満天の星空。
遥か高く、空の彼方まで飛んできて、ようやくその姿を見せてくれた。
同じだ。
この世界でまじまじと星空を見るのは、もしかしたら人生で初めてかもしれない。
それでも、言いようのない懐かしさを感じた。懐かしくて懐かしくて、たまらなかった。
だって。だって。
「同じだ……」
かつて幻想郷で見た星空と、同じ星空だったから。
夜空の散歩中に何度も何度も見た、幻想郷の星空。あの星空と、同じだったから。
つぅ、と熱い雫が頬を伝う。
自分が涙を流していることに、遅れて気付く。
自分が追い求めていた、夢の世界の光景が、そこにあった。
「やっぱり、あれは夢なんかじゃない」
自分の中で朧気だった幻想郷の存在が、再び確信に変わる。
もし幻想郷が私の頭の中にしかないとしたら。
見た事も無い満天の星空を再現出来るだろうか?
こんな素敵な景色、夢なんかに再現出来るわけがない。
幻想郷で見た星空は、絶対に、ぜったいに本物なんだ。
今見ているものと同じ、本物の夜空なんだ。
だったら。
この星空を追いかければ、いつか幻想郷へ辿りつけるはず。
みんながいる、幻想郷の夜空に。
「みんな……レイムっち……ここだよ。……私は、宇佐見菫子はここにいるよ」
今から、会いに行くから。
星空に手を伸ばして、もっと高くへ飛ぼうとする。
しかし、
「……ッ!」
がくんっ! と。
浮遊感が消える。石に躓いたような、体が突っかかる感覚がしたかと思えば、気付けば頭を下にして落下していた。
手が虚空を掴む。あれだけ光り輝いていた星空が遠くなる。うっすらと、夜空が再びベールに包まれていく。
超能力が思うように使えない。
瞼が重い。意識が何処かへ飛んで行ってしまいそうだ。
きっと、もう限界だったんだろう。
何日も寝ていなかったうえに、先ほどの全身全霊の飛翔だ。再び超能力を使えるだけの体力どころか、意識を留めるだけの気力すらもう残っていないのかもしれない。
それでも、不思議と恐怖も焦りも感じなかった。もしかしたら口元は少し笑っていたかもしれない。
こんな高さから落ちたら、例え超能力者だとしても助からないだろうな。
レイムっちが言うには、人は死ぬと閻魔様に天国行きか地獄行きかを審判されるんだとか。その上、その閻魔様はとってもお説教が長いとか、レイムっちが前に愚痴ってたっけ。
閻魔様と知り合いって、レイムっちってずいぶん顔が広いのねって、私、驚いたっけ。
……もし、私が最後の審判で閻魔様に会えたなら。そこで閻魔様にお願いして、レイムっちのところまで連れていってくれたりしないかな。
重力に逆らわず、身を委ねる。
落下速度がどんどん加速していく。
目を閉じると、すごく気持ちいい。ああ、本当に眠たくて眠たくて仕方なかったんだって、場違いなことを考える。
飛び降り自殺をした人は、地面に叩きつけられる前に恐怖で気を失う、なんて都市伝説じみた話を思い出す。
これが死ぬってことなのかな。眠るのとどう違うのかな。こんな気持ちいいのなら、その気持ちよさに全てを委ねてしまっていいかもしれない。
そうして、地面に叩きつけられるよりも早く、私の意識は体を離れ、眠りについた。
東京の夜空を漂いながら、そんな分かり切ったことが口から漏れる。
空は濁った灰色で、雲があるわけでもないのに星一つ見えない。
地上の光。汚れた空気。人は何でも隠してしまうのが大好きだから、きっと星空もそんなベールで覆って隠してしまったんだろう。
つまらない空。面白くもなんともない空。
それでも、ベッドに寝転がって見る、白い天井よりは何倍もマシだった。
もう、寝たくもなかった。
『ドッペルゲンガーの貴方が夢の貴方に敗北しました。ドッペルゲンガーの肉体が奪われ消滅したことで貴方は幻想郷に行けなくなったんです。貴方と喋るのも多分これが最後ですね。いや〜残念です。それでは、さようなら。良い現を』
夢を見なくなった、すなわち幻想郷へ行けなくなってから3週間と少ししたころ、突如ドレミーが私の部屋に現れたと思ったら唐突に突きつけられた最後通牒。
言いたいことを言うだけ言ってそのまま消えてしまったドレミーの言葉を、聞いた直後は理解することが出来なかった。
ドッペルゲンガーが負けた? 私の夢人格に? これが最後? 幻想郷に行けなくなった? 私の知らないところで何があったのか、どうしてそんなことになったのか、その説明すら無しにそんな一言二言で終わらせるつもりか。私の居場所を、あそこでの思い出を、みんなを、私の全てを。ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな
「ふざけるなぁ!」
思わず叫び声が口から飛び出すが、私の叫び声は誰にも届かずに東京の明るい闇に消えていった。
もしかしたら、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。私の苦しみを、苛立ちを、誰かにぶつけたくて叫んだのかもしれない。
それでも、誰にも届かない。下にはたくさんの人がいるけど、私の声なんてきっと届かない。東京の空、私は独りだった。
あれから、幻想郷へ行くどころか、夢を見ることすら出来ないでいる。眠るということが怖い。フッと意識が途切れては、何もない闇へ落ちていくような、そんな感覚が全身を襲ってきて目が覚める。そして目覚めた時、ベッドの上で息を荒げた自分の姿を、今の情けない自分の体を見て思うのだ。
ああ、また幻想郷に行けなかったんだなと。
それが、怖かった。
だから、逃げてきた。
ベッドから、眠ることから、幻想郷から、現実から、自分から……逃げて逃げて、行きついた先が、この東京の空。
制服に上着替わりのマントを羽織るという、いつものスタイルにしてこっちの世界では奇抜な恰好だが、どうせ上空にいる私を見ている奴なんていないし、気にする必要なんてない。……スカートの中を覗かれるのは流石に嫌だけど。
これは、私であることの証のようなものだから。こっちの世界で生きている一人の女子高生ということを示す学生服と、人の常識の埒外、単なるヒトではない存在であることを示すマント。幻想郷では外の世界の人間だと、外の世界では人の常識の埒外にいる存在だと、どちらから見ても一目で分かる恰好。
この格好はなんなんだろう。現が退屈だって思っているにも関わらずその象徴たる学生服を着て、そのくせマントなんていう周囲から浮くような格好をしている。幻想郷ではマントも珍しくはないけど。
現じゃマントを羽織ったサイキッカー、幻想郷じゃ外の世界の服を着た女子高生。そんな自分だけという特別感に酔っているのか、どちらの接点も切り捨てることの出来ないだけの臆病者なのか、自分でもよく分かっていない。そんなちぐはぐな存在こそが私なのかもしれない。
「……まあ、制服って、便利には違いないんだけどね。とりあえずこれ来てればダサいとか言われないし」
体をグイっとひねる。
空中でくるりくるりと廻る。
マントがひらひらと揺れる。
縦に、横に。縦横無尽にくるくる廻る。傍から見ればスローモーションの高飛び込みのように見えるかもしれない。落ちていかないことを除いたら。それと誰も見ていないから拍手がもらえないことも。
しばらくすると、慣性の力が消えて、再び私は空中にただ浮かんでいるだけの存在になった。
手持ち無沙汰になり、再び空を見上げる。
空気は濁っていて、星は見えなくて、車のエンジンの音と人の声、そして強いビル風の唸り声が入り混じったような、よく分からない雑音がかすかにここまで聞こえてくる。地上三百メートルくらい。幻想郷の空とは比較にならないほどヒドイ環境。それでも、ベッドの上よりは幾分かマシだった。
ここなら、寝なくても済むから。
……今度こそ幻想郷に行けるかも、なんて叶いっこない夢を見なくて済むから。
フラフラと風に揺られるまま、空を飛ぶ。
……レイムっちは何をしてるんだろう。
私を探してくれてるのかな。それとももう諦めちゃったのかな。
もしかしたら、最初から全部私の夢で、幻想郷なんて実は存在しないのかな。
だったら、もういっそ夢だったら良かったのに。
「………………はっ」
意識と体が落ちそうになって、慌てて超能力で体勢を整える。
瞼が思い。寝不足からか頭がぐらぐらする。
頭を振って意識の覚醒を促そうとするが、思考がまとまらない。
足元から伸びてきた手に掴まれて、奈落へ引き摺り降ろされるような感覚が全身を包む。
「……や……めろぉ!」
大きな声で自分を一喝し、睡魔と幻覚を振り払う。
それでも私から離れようとしないそいつらから逃げるように、空を目指して体を持ち上げる。
もっと、もっと高く。
超能力で全身を覆って、弾丸を射出するイメージで体を空高くへ打ち上げる。
もっと、もっと速く。
どんどん加速する。私が出せる全身全霊の速度で体が空を登っていく。
もっと、もっと遠く。
睡魔も、幻覚も、学校も、現実も、何もかも遥か下に置き去りにして、星を、空を目指す。目を閉じて、ひたすらに昇り続ける。
ぐんぐんと体が昇っていく。
歯を食いしばって加速感と空気の壁に耐える。
流星だ。
私は今、空を流れる星なんだ。
遠くから見れば、私は夜空で光る流れ星に見えたのかもしれない。
私は独り。独りだから、誰も追いつけない。誰にだって私を止めることなんて出来やしない。捕まえられるものなら捕まえてみろ。私はここだ!
もっと、もっと。その先へ。
「はあ……はあ……」
そうして、
体が悲鳴を上げ、これ以上動けなくなって、ようやく超能力を止める。
慣性でそのまま数メートル上昇したところで、超能力で体を支える。急ブレーキの反動で踏鞴を踏むように体がよろけたが、どうにか空中で踏ん張って制止する。
気付けば、東京タワーもスカイツリーも遥か下。私の周りには何もない。ここが標高何メートルか分からないが、もし視界が良ければ富士山だって見下ろせるかもしれない。
息が荒い。
単純な疲労だけでなく、空気が薄くなっているからだろうか。うまく空気が取り入れられないような、いくら吸っても足りないような、そんな息苦しさを感じる。
風が肌に突き刺さるように寒い。
こんな高さまで登ってきたのだ。学校の制服とマントだけじゃ到底こんな高高度の寒さなんて防げない。
頭が痛い。
寝不足に加え、突発的かつ全力の能力行使。まるで脳がショートしたような、熱を伴う強い痛みを感じる。
それでも、気分は悪くない。
ひさびさに全力を出して、幾分かスッキリした。
それに何より、
「やっと、見えた……」
空高くに漂っていてなお、空を見上げる。
そこには、視界いっぱいに広がる星空。
汚れた空気にも、人工の光にも遮られない、満天の星空。
遥か高く、空の彼方まで飛んできて、ようやくその姿を見せてくれた。
同じだ。
この世界でまじまじと星空を見るのは、もしかしたら人生で初めてかもしれない。
それでも、言いようのない懐かしさを感じた。懐かしくて懐かしくて、たまらなかった。
だって。だって。
「同じだ……」
かつて幻想郷で見た星空と、同じ星空だったから。
夜空の散歩中に何度も何度も見た、幻想郷の星空。あの星空と、同じだったから。
つぅ、と熱い雫が頬を伝う。
自分が涙を流していることに、遅れて気付く。
自分が追い求めていた、夢の世界の光景が、そこにあった。
「やっぱり、あれは夢なんかじゃない」
自分の中で朧気だった幻想郷の存在が、再び確信に変わる。
もし幻想郷が私の頭の中にしかないとしたら。
見た事も無い満天の星空を再現出来るだろうか?
こんな素敵な景色、夢なんかに再現出来るわけがない。
幻想郷で見た星空は、絶対に、ぜったいに本物なんだ。
今見ているものと同じ、本物の夜空なんだ。
だったら。
この星空を追いかければ、いつか幻想郷へ辿りつけるはず。
みんながいる、幻想郷の夜空に。
「みんな……レイムっち……ここだよ。……私は、宇佐見菫子はここにいるよ」
今から、会いに行くから。
星空に手を伸ばして、もっと高くへ飛ぼうとする。
しかし、
「……ッ!」
がくんっ! と。
浮遊感が消える。石に躓いたような、体が突っかかる感覚がしたかと思えば、気付けば頭を下にして落下していた。
手が虚空を掴む。あれだけ光り輝いていた星空が遠くなる。うっすらと、夜空が再びベールに包まれていく。
超能力が思うように使えない。
瞼が重い。意識が何処かへ飛んで行ってしまいそうだ。
きっと、もう限界だったんだろう。
何日も寝ていなかったうえに、先ほどの全身全霊の飛翔だ。再び超能力を使えるだけの体力どころか、意識を留めるだけの気力すらもう残っていないのかもしれない。
それでも、不思議と恐怖も焦りも感じなかった。もしかしたら口元は少し笑っていたかもしれない。
こんな高さから落ちたら、例え超能力者だとしても助からないだろうな。
レイムっちが言うには、人は死ぬと閻魔様に天国行きか地獄行きかを審判されるんだとか。その上、その閻魔様はとってもお説教が長いとか、レイムっちが前に愚痴ってたっけ。
閻魔様と知り合いって、レイムっちってずいぶん顔が広いのねって、私、驚いたっけ。
……もし、私が最後の審判で閻魔様に会えたなら。そこで閻魔様にお願いして、レイムっちのところまで連れていってくれたりしないかな。
重力に逆らわず、身を委ねる。
落下速度がどんどん加速していく。
目を閉じると、すごく気持ちいい。ああ、本当に眠たくて眠たくて仕方なかったんだって、場違いなことを考える。
飛び降り自殺をした人は、地面に叩きつけられる前に恐怖で気を失う、なんて都市伝説じみた話を思い出す。
これが死ぬってことなのかな。眠るのとどう違うのかな。こんな気持ちいいのなら、その気持ちよさに全てを委ねてしまっていいかもしれない。
そうして、地面に叩きつけられるよりも早く、私の意識は体を離れ、眠りについた。
お見事でした。良かったです。
最後に救われて欲しいなとおもいます。
董子にとって幻想郷がどれほど大きな存在になっていたのかがありありと伝わりました
そっちにしか仲間と呼べるものがいないのだと思うとやるせない気持ちになります