星が綺麗。
幻想郷の夜空を漂いながら、そんなありきたりな言葉が口から漏れる。
私は眠ると幻想郷に来る。体はそのままで、精神だけが。これが起きている時とどう違うのか、私にはよく分からないけど、霖之助さんや幻想郷の賢者さんが言うにはそうらしい。
だから、こうして今夜も幻想郷に来ている。
授業中、つまり昼間に寝れば当然ここも昼なので、それなら博麗神社でお喋りしたり人里をぶらぶらしたり出来るので問題はないが、夜はそうもいかない。
なんせ、みんな寝てしまうんだから。
幻想郷じゃ灯りをつけるための油も希少なので、みんなお日様が昇ると同時に起きて、日の入りと同時に寝る。夜更かしが出来るというのは、それが出来るだけの環境があってこそのとっても贅沢なことなんだと、このとき初めて知った。
そんな夜は、こうして幻想郷の夜の空を散歩するのが日課だ。
何も考えず超能力で体を浮かべて、後はただただ風に揺られるまま、ふわふわと空を浮かぶ。
見上げれば満天の星空が輝いていて、耳をすませば風が木々を撫でる音が聞こえてくる。あっちとは大違い。
時折妖精がいたずらを仕掛けようとすること以外は、実に快適なものだ。
こんなことが出来るのは、あっちの世界じゃ超能力を持つ私だけ。この幻想郷の景色を知っているのも、この超能力で空に揺られる気持ちよさを知っているのも、外の世界じゃ私だけ。そう考えると気分が良かった。
超能力。
自分をこうして浮かべている、その力についてふと頭を過る。
小さいころから持っていた、世界中で私だけが持つ不思議な力。科学でも解明されていない、人を殺すことだって簡単に出来てしまう力。そんな力を一個人が持てばどうなるかなんて、マンガやアニメでありきたりなテーマとして扱われるくらいには明白だろう。
実際、私もそうだった。
人類を超えた存在のような、そんな全能感があった。力を持たない他人が自分よりもひどく劣っているように見えた。超能力なんて言葉を口にするだけで人から避けられることを知った。超能力が使えない生活がとても窮屈だった。みんな自分とは違うと感じて人の輪が怖くなった。劣った他人から『劣っている』と思われるのが嫌で勉強だけは人一倍真面目にしてた。
そうして自尊心と孤独感だけが膨らんでいく日々。
だから、オカルトにのめり込むのも自然なことだったのかもしれない。
自分が、自分だけが特別(いじょう)だと認められなくて、自分と同じような未知を、神秘を、仲間を求めていたんだと思う。
そうして、学校で、ネットで、オカルトの情報を見つけては調べて、そして夢のない現実を突きつけられてを繰り返した中学生活。
転機となったのは、高校1年生の時だ。……といっても今もそうなのだが。
あの時の私は、もう人の輪に溶け込もうという努力すら放棄していた。
秘封倶楽部なんていう怪しげなサークルを立ち上げ、奇特な目をあえて向けられるようにして、誰も自分に近づこうなんて思わないようにして、そうして自分から孤独を作って受け入れた。
そんな華々(いたいた)しい高校生活を初めてから少し経った頃だったと思う。
忘れられたものたちが集う場所、幻想の郷があるという噂を耳にした。
最初は、嘘だと思っていた。さんざんフェイクをつかまされて、今更信じることが出来なかった、といったほうが正しいのかもしれないが。
それでも諦めきれなくて。その場所にとても憧れて。神秘のベールを暴きたくて。私の仲間に会えるような気がして。そこにたどり着ければ何かが変わるような気がして。自分でも整理出来ないくらい色々理由はあったんだと思う。
そして、自分の中でくすぶっていた動機は、幻想郷を覗いたことで一気に爆発、霧散し、一つの大きな願望へと変わった。
そこに行きたい、って。
そのあとはなんやかんや……中に入ろうとしてはいろんな人が出てきて、入ったと思ったら妖怪たちに追い掛け回されて、最後には半ば自暴自棄になって結界を破壊しようとして、レイムっちに阻止されて、寝ている時だけここに来れるようになって……本当に色々あった。
今思えば、一歩間違えば、あるいはレイムっちに勝って目論見が成功していたら、とんでもないことになっていたんだけど。
……レイムっちはもう寝てるのかな。
博麗神社がある方向を眺める。
もし起きてたら、神社の外からでも灯りくらいは見えるはずだが、満天の星空とは打って変わって地上は灯り一つなく夜闇に包まれてよく分からない。本当に灯りが灯っていないのか、木々に遮られて見えないだけなのか、それすらもよく分からない。
……例え起きてたとしても、きっと今行ったら迷惑になるだろうな。
この時ばかりは夢幻病の体が恨めしい。
幻想郷の人たちとはどうしたって生活サイクルが逆転してしまうから。
その事実が、どうしたって私に想起させる。
お前はゲストにすぎないのだ。夢の世界への入場を歓迎はされど、同じ住民になることは決してないと。
……もし、私が幻想郷の住民なら、一緒に居られるのに。
レイムっちと同じ時間に起きて、昼間はお喋りしたり、遊んだり、もしかしたら一緒に異変解決も出来るかもしれない。そして日が暮れれば同じ時間に寝て……。
……これじゃあまるで同棲してるみたいじゃない。
「あ~、私が妖怪なら幻想郷に入れてもらえるのかな~。私こそ日本最新の妖怪、泣く子も黙るドッペルゲンガーだ、驚け~! ……な~んて……」
変な思考を誤魔化すように口から出まかせを吐き出す。
思いのほか大きな声が出てしまったが、誰の耳に入ることもなく闇に吸い込まれてそのまま消えていった。
夜空に寝転がったまま、私は星へ手を伸ばす。
どれだけの星が光り輝いていても、私の手は決して届かない。
離れたところにあるものを持ち上げられる念動力だって、はるか遠くの星を掴むことは出来やしない。
「ねぇ。レイムっちは、私が手を伸ばしたら掴んでくれるかな?」
私の問いに答えてくれる人はいない。
あの日。私がオカルトボールの力を開放して結界を破壊しようとしたあの時。
自暴自棄で幻想郷もろとも消えようとした私を、あなたは本気で怒って、心配して、そして止めてくれた。本気で戦ってくれた。
初めてのことだった。超能力を使って本気で戦ったこともだけど、こっちじゃ本気になること、誰かと争うことすら『ダサい』の一言で済まされるから、本気の勝負それ自体が初めてだった。
貴方は、いつもそうだ。
私と同じように生まれながらの力を持っていながら、博麗の巫女という確固たる自分の在り方を、力の正しい使い方を知っている。
いつだって自分の成すべきことに忠実で、ただただ超能力を持て余している私とは全然違う。
憧れていた。幻想郷で起こる異変を終わらせるだけの力を持っていながら、驕ることも成すべきことを見失うこともなく、正しく力を揮うその姿が。
羨ましかった。力を揮うべき場所があって、みんなにそれが受け入れられていて、それでいて周囲から慕われていることが。
そんな尊敬と憧れが入り混じった、そんな感情を持ってたと思う。
どこか遠いところにいる、そんな感じ。
でも、レイムっちと話してると、そんな気持ちはなくなった。
みんなは不愛想とか捉えどころがないなんていうけど、そんなことない。
レイムっち話しているとよく分かる。
表情はコロコロと変わって、可愛いものが好きで、意外と庶民的で……博麗の巫女なんて呼ばれてるけど、やっぱり年相応の女の子なんだって思う。……異変の時は一転してキリっとした顔になるんだけど。
霖之助さんが言うには、今、幻想郷(ここ)にいる私はドッペルゲンガーで、現実の私は外にいるらしい。
この感情がどの『私』の感情なのか、私自身よく分かっていない。
でも。それでも。ここにいる私は間違いなくこの感情を抱いている。現に居たって、それは同じ。
霊夢さん。
私はあなたが好きです。
幻想郷の夜空を漂いながら、そんなありきたりな言葉が口から漏れる。
私は眠ると幻想郷に来る。体はそのままで、精神だけが。これが起きている時とどう違うのか、私にはよく分からないけど、霖之助さんや幻想郷の賢者さんが言うにはそうらしい。
だから、こうして今夜も幻想郷に来ている。
授業中、つまり昼間に寝れば当然ここも昼なので、それなら博麗神社でお喋りしたり人里をぶらぶらしたり出来るので問題はないが、夜はそうもいかない。
なんせ、みんな寝てしまうんだから。
幻想郷じゃ灯りをつけるための油も希少なので、みんなお日様が昇ると同時に起きて、日の入りと同時に寝る。夜更かしが出来るというのは、それが出来るだけの環境があってこそのとっても贅沢なことなんだと、このとき初めて知った。
そんな夜は、こうして幻想郷の夜の空を散歩するのが日課だ。
何も考えず超能力で体を浮かべて、後はただただ風に揺られるまま、ふわふわと空を浮かぶ。
見上げれば満天の星空が輝いていて、耳をすませば風が木々を撫でる音が聞こえてくる。あっちとは大違い。
時折妖精がいたずらを仕掛けようとすること以外は、実に快適なものだ。
こんなことが出来るのは、あっちの世界じゃ超能力を持つ私だけ。この幻想郷の景色を知っているのも、この超能力で空に揺られる気持ちよさを知っているのも、外の世界じゃ私だけ。そう考えると気分が良かった。
超能力。
自分をこうして浮かべている、その力についてふと頭を過る。
小さいころから持っていた、世界中で私だけが持つ不思議な力。科学でも解明されていない、人を殺すことだって簡単に出来てしまう力。そんな力を一個人が持てばどうなるかなんて、マンガやアニメでありきたりなテーマとして扱われるくらいには明白だろう。
実際、私もそうだった。
人類を超えた存在のような、そんな全能感があった。力を持たない他人が自分よりもひどく劣っているように見えた。超能力なんて言葉を口にするだけで人から避けられることを知った。超能力が使えない生活がとても窮屈だった。みんな自分とは違うと感じて人の輪が怖くなった。劣った他人から『劣っている』と思われるのが嫌で勉強だけは人一倍真面目にしてた。
そうして自尊心と孤独感だけが膨らんでいく日々。
だから、オカルトにのめり込むのも自然なことだったのかもしれない。
自分が、自分だけが特別(いじょう)だと認められなくて、自分と同じような未知を、神秘を、仲間を求めていたんだと思う。
そうして、学校で、ネットで、オカルトの情報を見つけては調べて、そして夢のない現実を突きつけられてを繰り返した中学生活。
転機となったのは、高校1年生の時だ。……といっても今もそうなのだが。
あの時の私は、もう人の輪に溶け込もうという努力すら放棄していた。
秘封倶楽部なんていう怪しげなサークルを立ち上げ、奇特な目をあえて向けられるようにして、誰も自分に近づこうなんて思わないようにして、そうして自分から孤独を作って受け入れた。
そんな華々(いたいた)しい高校生活を初めてから少し経った頃だったと思う。
忘れられたものたちが集う場所、幻想の郷があるという噂を耳にした。
最初は、嘘だと思っていた。さんざんフェイクをつかまされて、今更信じることが出来なかった、といったほうが正しいのかもしれないが。
それでも諦めきれなくて。その場所にとても憧れて。神秘のベールを暴きたくて。私の仲間に会えるような気がして。そこにたどり着ければ何かが変わるような気がして。自分でも整理出来ないくらい色々理由はあったんだと思う。
そして、自分の中でくすぶっていた動機は、幻想郷を覗いたことで一気に爆発、霧散し、一つの大きな願望へと変わった。
そこに行きたい、って。
そのあとはなんやかんや……中に入ろうとしてはいろんな人が出てきて、入ったと思ったら妖怪たちに追い掛け回されて、最後には半ば自暴自棄になって結界を破壊しようとして、レイムっちに阻止されて、寝ている時だけここに来れるようになって……本当に色々あった。
今思えば、一歩間違えば、あるいはレイムっちに勝って目論見が成功していたら、とんでもないことになっていたんだけど。
……レイムっちはもう寝てるのかな。
博麗神社がある方向を眺める。
もし起きてたら、神社の外からでも灯りくらいは見えるはずだが、満天の星空とは打って変わって地上は灯り一つなく夜闇に包まれてよく分からない。本当に灯りが灯っていないのか、木々に遮られて見えないだけなのか、それすらもよく分からない。
……例え起きてたとしても、きっと今行ったら迷惑になるだろうな。
この時ばかりは夢幻病の体が恨めしい。
幻想郷の人たちとはどうしたって生活サイクルが逆転してしまうから。
その事実が、どうしたって私に想起させる。
お前はゲストにすぎないのだ。夢の世界への入場を歓迎はされど、同じ住民になることは決してないと。
……もし、私が幻想郷の住民なら、一緒に居られるのに。
レイムっちと同じ時間に起きて、昼間はお喋りしたり、遊んだり、もしかしたら一緒に異変解決も出来るかもしれない。そして日が暮れれば同じ時間に寝て……。
……これじゃあまるで同棲してるみたいじゃない。
「あ~、私が妖怪なら幻想郷に入れてもらえるのかな~。私こそ日本最新の妖怪、泣く子も黙るドッペルゲンガーだ、驚け~! ……な~んて……」
変な思考を誤魔化すように口から出まかせを吐き出す。
思いのほか大きな声が出てしまったが、誰の耳に入ることもなく闇に吸い込まれてそのまま消えていった。
夜空に寝転がったまま、私は星へ手を伸ばす。
どれだけの星が光り輝いていても、私の手は決して届かない。
離れたところにあるものを持ち上げられる念動力だって、はるか遠くの星を掴むことは出来やしない。
「ねぇ。レイムっちは、私が手を伸ばしたら掴んでくれるかな?」
私の問いに答えてくれる人はいない。
あの日。私がオカルトボールの力を開放して結界を破壊しようとしたあの時。
自暴自棄で幻想郷もろとも消えようとした私を、あなたは本気で怒って、心配して、そして止めてくれた。本気で戦ってくれた。
初めてのことだった。超能力を使って本気で戦ったこともだけど、こっちじゃ本気になること、誰かと争うことすら『ダサい』の一言で済まされるから、本気の勝負それ自体が初めてだった。
貴方は、いつもそうだ。
私と同じように生まれながらの力を持っていながら、博麗の巫女という確固たる自分の在り方を、力の正しい使い方を知っている。
いつだって自分の成すべきことに忠実で、ただただ超能力を持て余している私とは全然違う。
憧れていた。幻想郷で起こる異変を終わらせるだけの力を持っていながら、驕ることも成すべきことを見失うこともなく、正しく力を揮うその姿が。
羨ましかった。力を揮うべき場所があって、みんなにそれが受け入れられていて、それでいて周囲から慕われていることが。
そんな尊敬と憧れが入り混じった、そんな感情を持ってたと思う。
どこか遠いところにいる、そんな感じ。
でも、レイムっちと話してると、そんな気持ちはなくなった。
みんなは不愛想とか捉えどころがないなんていうけど、そんなことない。
レイムっち話しているとよく分かる。
表情はコロコロと変わって、可愛いものが好きで、意外と庶民的で……博麗の巫女なんて呼ばれてるけど、やっぱり年相応の女の子なんだって思う。……異変の時は一転してキリっとした顔になるんだけど。
霖之助さんが言うには、今、幻想郷(ここ)にいる私はドッペルゲンガーで、現実の私は外にいるらしい。
この感情がどの『私』の感情なのか、私自身よく分かっていない。
でも。それでも。ここにいる私は間違いなくこの感情を抱いている。現に居たって、それは同じ。
霊夢さん。
私はあなたが好きです。
お見事でした。透き通った純粋な好意が夜の空気に溶け込んでいく様を幻視しました。
美しい作品でした。良かったです。
董子は幻想郷に来られて本当に救われたのですね
肥大した自尊心からも解放されたみたいでよかったです
綺麗な話でした
「自尊心と孤独感だけが膨らんでいく日々」いうフレーズが流れ弾となってクリティカルヒットしました。