Coolier - 新生・東方創想話

銀河鉄道

2018/12/26 01:38:32
最終更新
サイズ
6.94KB
ページ数
1
閲覧数
1517
評価数
10/15
POINT
1230
Rate
15.69

分類タグ

 
 灯りに使っていたランタンの灯が消えたことで、時計の針が日を跨いでしばらく経っていることを少女は知りました。特に眠くもないのですが、夜更かしは乙女の大敵だと方々から聞かされています。今日はもう寝ようと思い立ったところで、窓の縁が白く曇っていることに気が付きました。

 冷えた窓からは、牡丹雪が落ちる様子が見えました。手に持っていたパジャマをベッドの上に放り出し、代わりにコートを羽織って外に飛び出しました。気づかない内に随分と降っていたらしい雪は、既に地面を白く染めています。降る雪の大きさを見て、そこまで積もりはしないだろうと少女は考えました。

 少女は空を見上げます。夜の帳に染められた分厚い雲はそれでもまだ灰色を残しながら、我物顔で空を覆っています。そんな雲の一部からは、大きな月が覗いていました。雪と月を同時に眺めるのも久しぶりだと思ったところで、少女はその影を見ました。

 月明りに照らされた、大きく長い、なにかの影。それは蛇のようにうねりながら、森の向こうへと消えていきました。

 眠気は完全に無くなっていました。消えていたランタンに火をつけ直します。愛用の箒に跨って柄先にランタンを取り付けると、魔法使いの少女は雪と闇で彩られた夜空へと飛び出しました。

 風がない冬の夜空は、まるで絵画の中にいるような錯覚を少女に与えました。雪が降っていることが、自分と世界を繋いでいるような気がしたのです。音を雪が吸収するのを感じながら、眼下の森へと視線を巡らせると、その外れの方からぽつん、ぽつんと明かりが並んでいるのが見えました。

 ゆっくりと近づいていきます。距離が近くなっていくにつれて、少女は明かりが火ではなく人工的なものだと気づきました。そして、その灯りが照らしているものを見て、少女は首を捻りながらそこへと降り立ちました。灯りは外灯が出していたもので、それは建物を温めるように、穏やかに照らしていました。

 やたらと長い建物だ。少女はそう思いました。灯りを吸い込んでいるようにも見える建物の中に、少女は足を踏み入れます。乾いている床板からぴしりと音が鳴りました。もう外灯の灯も届きません。光源は手に持ったランタンだけでした。ですが、少女はちっとも怖くなんかありませんでした。暗闇に感じるものはきっと人それぞれで、他の者では恐怖を感じるような暗闇も、少女にとっては慣れ親しんだものであったのです。

 この建物は一体何なのか、そう考えると同時に建物の探検は終わってしまいました。少女が入った入り口の反対側には、壁がありませんでした。そしてそこには、建物と同じほどに長い影が横たわっていたのです。先ほど見た影の正体に違いありませんでした。

 柵のようなものを乗り越え、影のもとへと歩み寄ります。それは、まるで巨大な焦げた蛇のようにも見えます。何時の異変だったか、隙間妖怪がこれと似たようなものを隙間から発射していたのを少女は思い出していました。これは、そう口にしたところで、少女はミニ八卦炉を構えながら後ろを振り返ります。何かが立っていました。

 憲兵のようなつば付きの帽子を被ったそれは、まるで制服をきたおはぎのように見えました。一体何者だ、そう少女が問おうとする前に、手足の生えたおはぎは帽子を被り直しながら、少々お待ちくださいと言いました。

 何を待つんだと少女が返します。おはぎは自身のことを汽車の車掌と名乗ると、発車までの時間でございますと応えました。車掌が指をさした先に少女が目を向けると、古ぼけた柱時計が、こちり、こちりと時を刻んでいます。


この星の基準で言うと、あと一時間程でしょうか。


 車掌はそう言うと、建物の一室へと引っ込んでいきました。しばらくの間、少女は呆と汽車を眺めていましたが、肩にかかる微かな感触で意識を戻しました。振り向いた先に車掌の顔があったことで思わず声を出しそうになりましたが、すんでのところで飲み込みます。己の肩を見ると、薄手の毛布がかかっています。そして車掌の両手には、湯気を出すカップが握られていました。


珈琲でも、いかがですか?


 柔らかく差し出されたそのカップを、少女は受け取りました。







この列車は、星の海を走っているのでございます


 車掌はそう少女に説明しました。この黒鉄の蛇は沢山の星を繋ぎ、駆けており今日はこの場所にやってきたのだというのです。その話は、少女の興味を引くには充分なお話でした。どんな所に行ってきたんだ、と少女は尋ねます。車掌は手袋の上からでもわかるほどに丸い指を曲げながら、ぽつり、ぽつりと語り始めました。地面の無い星、言葉を話す巨大な恐竜がいる星、機械で出来た星もあったと車掌は笑いながら話していきます。ともすれば、とっても『おおぼら』なお話に違いありません。しかし、少女はこの車掌が嘘を言っているようには思えませんでした。


海賊もいれば、詩を歌いながら銀河を泳ぐ鯨の群れもいます。そんな星の海をお客様と一緒に駆けていくのは、これが中々楽しいものなのでございます


 車掌がそう締めくくったところで、入り口から物音が聞こえました。少女が視線を向けると、そこには列車に乗るのでしょう、色々なモノが現れてきました。時計を見ると、結構な時間が過ぎていたことに少女は気づきました。駆け寄った車掌に何かを見せながら、モノたちは列車へと乗り込んでいきます。緑の肌の者や狼男、中には少女と同じ人間にしか見えないような者もいました。

 そんな中にいた一匹が、少女に乗らないのかと話しかけてきました。そういうわけじゃあないんだと少女が返すと、人間大の蛞蝓のようなモノは、残念、と身体を震わせます。少しばかりの興味と共に、何をしに行くんだと少女が尋ねると、蛞蝓は何十もある瞳を全部閉じながら、恋人の元に行くのだと言いました。その姿と答えのギャップに、少女は思わず頬を緩めたのでした。







お乗りにはなりませんか?


 列車の小窓から車掌が顔を出して、少女に尋ねます。少女が頷いたのを見て、車掌は顔をひっこめました。ぽっぽおと音を鳴らし列車はその身体からは灯りを、煙突からは煙を出しながら、ゆっくりと、ゆっくりと動き始めました。列車の前方が淡く光ります。それは螺旋を描きながら天を昇っていき、その光の上を滑るように、列車は雪の降る夜空へと浮かび上がっていくのです。

 何かに突き動かされて、少女は箒に跨ると汽車の横に浮かび上がりました。備え付けられた窓から、乗客たちがこちらを覗き込んでいます。悪戯が成功した時のような、思わず笑いたくなる衝動を抑えながら、少女はそれっと声をあげました。

 箒の先から色とりどりの星が飛び出します。それはまるで絵の具のように、夜空の黒と雪の白だけの世界に色を与えていきます。列車の車体を輝きで照らした突然の星の光に、乗客たちの目は釘付けになります。自分でも気が付かぬうちに、少女は手を振っていました。


またなあ!


 列車は光を纏いながらぐんぐんと高度を上げていき、やがて雪雲を突き破って見えなくなりました。たった半刻程度の間柄でした。それでも、みんなの旅が楽しいものになればいいな、と。少女はそう思わずにはいられませんでした。

 先程まで列車が停まっていた建物は、まるで最初からそんなものは無かったかのように忽然とその姿を消していました。建物が建っていた場所は、その存在を消すかのように雪で白く染まってます。狐か狸に化かされたのかもしれない、そう思えるほどには現実味の無いひと時でした。少女は己の肩に目を向けます。車掌がかけてくれた毛布が、まだ残っていました。


あら、貴女も来ていたの?


 聞いたことのある声に振り向くと、隙間妖怪がゆらゆらと、空に腰かけていました。少女は尋ねます。あれを知っているのかと。隙間妖怪は返します。知っていると。

  
 幻想郷は全てを受け入れるのです。それが星の海からやってきたモノでも


 少女は、列車が昇っていった夜空を見上げます。この夜空の向こうには、少女が夢見た本物の星たちが揺蕩っているのでしょう。きっと、想像もつかないような光景を乗客たちに見せながら、列車は走っていくのです。そう考えると、少女は胸の奥に甘い痛みを感じるのでした。

 
いつか、行けるかな

ええ。いつか、きっと


 少女はただ夜空を見上げ、隙間妖怪はそんな少女の横顔を見て、微笑むのでした。







なあ霊夢。私さ、すごいものを見たんだ!


 それは少女が出会った、冬の思い出でした。

 
  
 
 宮沢賢治だったり、ゴーイングなステディだったり、999だったり。沢山の銀河鉄道があるのが面白いと思うのです。もっと上手に書けるよう、精進していきたいと思います。

 最後に、この作品を読んで下さった方に感謝を。ありがとうございました
モブ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.240簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
2.100サク_ウマ削除
とても素敵で見事な作品でした。
3.100名前が無い程度の能力削除
よかったです。僕は999が好きだなあ!
4.100仲村アペンド削除
色んな事に思いを巡らせる事ができる、とても素敵な作品でした。
5.100名前が無い程度の能力削除
最高だなぁ!
6.100スベスベマンジュウガニ削除
とても綺麗で素晴らしかったです! 
7.100南条削除
面白かったです
とてもきれいで喧噪的な雰囲気の話でした
12.100名前が無い程度の能力削除
雰囲気と情景が好きでした。良かったです
13.100名前が無い程度の能力削除
良かった。
14.100名前が無い程度の能力削除
霧雨魔理沙が安易に乗っからずに自分で行くことを選択しているのがよかったです
きらびやかに楽し気な霧雨魔理沙は最高です