「レミィ、いる?」
私は紅魔館の主レミリア・スカーレットの自室を訪ねた。すぐに中から「いるよ~」とリラックスした声が聞こえてくる。
私は声の余韻が失せる前にドアを開け、部屋に入った。広い部屋の真ん中、天蓋付きベッドに腰掛けたレミィが、すぐ目に入った。
「どしたのパチェー」
「聞きたいこと——またたくさんできて」
寝室にしてはやけに広い空間だから、ベッドに辿り着くのも少し時間がいる。私は早足で歩み寄りながら言った。
レミィはそんな私を迎えるように、ぽんぽんとベッドを叩いた。
にいっと浮かべている彼女の笑顔がむず痒い。はやる心を見透かされてしまったようだ。その恥ずかしさは顔に出さず、私はレミィの隣に座った。
「いっぱいあるわね」
私が手に持つはがきを見て、レミィが言った。
「ええ、色んな質問をまとめてきたわ。どれも私が"返答"に困った質問ばかり……」
私は目を伏せながら言った。こんなことが言えるのは、レミィの前、それも二人きりの時くらい。
「でしょうね。だからこそここへ来たんでしょうに」
「うん……」
「さ、言ってごらんなさい。このレミリア・スカーレット、どんな質問にも"お答え"するわ」
そう、今から、《レミィのなんでも質問コーナー》が始まるのだ。
…
……
………
…………
………
……
…
【質問その1】
『闇も慄く漆黒の翼で大空を自由自在に舞うレミリアさんに質問です。日々弾幕ごっこに興じる少女達ですが、中には羽もないのに空を飛ぶ子も多数見られます。その子達は一体どうやって空を飛んでいるのですか』
「結論から言うわね。飛んでないわ」
「え?」
「飛んでない」
「飛んでるじゃない、美鈴も咲夜も」
「いやいや飛んでない飛んでない」
「いや、飛んでるでしょ」
「飛んでないって。ていうか飛んでるわけないじゃない。羽も生えてないのに」
「どう見たって飛んでるじゃない。どういうことなのよ?」
「まあーこれはすごく難しい話ではあるわね。人間……というか心ある存在のひとつの心理的な現象なのよ」
「へえ……」
「そもそも最初……ほんとにほんとの最初に行われていた弾幕ごっこもしくはその原型がどういったものか、パチェ知ってる?」
「どうって……今と変わらないんじゃないの?」
「亀に乗ってたのよ」
「は?」
「亀」
「亀?」
「そ、亀」
「みーんな亀に乗って飛んでたのよ。そんで弾幕の撃ち合いしてたの」
「博麗の巫女も乗ってたの?」
「乗ってた乗ってた。むしろ巫女が最初に亀に乗り始めたんだったかしらね。なんかしらんけど名前まで付けてたわ」
「そうなの……」
「亀はスゴイわよー。鶴は千年亀は万年って言うじゃない。長生きする生き物なだけに、それだけ妖怪化、神格化する個体が多かったのよ。そりゃもう空を飛ぶくらいにね、羽も生えてないのに」
「だから飛ぶ力を持たぬ少女達はそれを利用したのよ。いわゆる亀飛びブームね」
「知らなかったわ……」
「弾幕ごっこに興じる少女のそばには必ずといっていいほど亀がいたわねえあの頃は」
「レミィは羽で飛べるけど、亀持ってなかったの?」
「実は持ってたわ。みーんな持ってんだもの。そう、ここ、ここが重要なところよ。覚えててね」
「さっきも言ったけど、少女みんな亀を持つようになったのよ、どこへいくにも」
「ただほとんどの亀が自らの意思にそぐわない形で連行されてたのよ。幻想郷中の池で亀狩りが始まって、めっちゃシバかれてたわね~亀」
「しかも飛べるような亀はだいぶ歳いってるからね。なんぼ少女達に乗られるったって、かなりキツくなってくるのよ。肩とか腰とか」
「けれども少女は若い盛り元気なもんで、やれ異変やらやれ遊びに行こうやら、そっこら中飛び回ろうとするから、疲れちゃうのよね、亀も」
「弾幕ごっこなんかしないからね亀は。真正面から迫ってくる弾幕なんて恐いどころの騒ぎじゃないわよ。それに加えて少女から右だの左だのギャーギャー命令されて」
「確かに疲れそう……」
「まあ所詮は亀なわけで、自分をシバける少女にどうこうすることもできず。結局誰もが亀を連れるようになった。するとそのうち"貴方の亀甲羅が素敵ね~"。"あら奥さんの亀こそ~"とかそういうのが流行ってきて、だんだん亀を連れること自体がブームになったきたの」
「流行りって怖いわね……」
「そうでしょ? 末期には弾幕ごっこじゃなくて亀同士でシバキ合いさしてたからね。たまったもんじゃないわよね亀も」
「まあそんな扱いにいつまでも耐えられるわけなく、ある日亀がボイコットしてきたのよ」
「あら、ついに。どんなの?」
「そんないってもねぇ、乗ってる少女を振り落としたり危害を加えようもんなら後が怖いから。風呂入らんくなったり、ごっつ甲羅にコケとか生やしたりし始めたのよ」
「そ、それは嫌ね……」
「でしょ? めっちゃ生臭いし。そんなん少女が我慢できるわけないでしょ?」
「効果覿面だったわけ?」
「ええ、亀を連れていく少女はどんどん減っていったわ。ようやく亀に安息の日々が帰ってきたのよ」
「良かったじゃない。でもそれとこれとはなんの関係があるの?」
「ここからなのよ! いい? その時まで少女達は亀に乗ることで空を飛んでた。そして空を飛ぶことは弾幕ごっこにおいて暗黙の、絶対ともいえるくらいのルールだった!」
「それができなくなった。つまり空を飛べるのは私のように羽を持つ少数。これは由々しき事態よ! 誰もまともに弾幕ごっこできなくなっちゃったんだから!」
「弾幕ごっこの必要性を考えると、確かに問題ね……」
「でもね、少女達は空を飛べたのよ。飛んでないけど、今は飛ぶという表現にするわ」
「訳が判らないわ……」
「亀を失った少女達は、しばらくは羽のある少数を指をくわえて見てたわけ。いいなあ、私も飛べたらなあって」
「するとそのうちね、ひとり、またひとりと、飛び始めたのよ、羽のない少女が」
「どういうこと?」
「その最初の数人は、"弾幕ごっこする少女達に遅れをとっちゃう!"みたいな気持ちで飛んだんでしょうね。それからはもう早いもんだったわ」
「少女達は、"ああ私も飛ばなきゃ~!"って、どんどん飛び始めた。流行に乗り遅れたくないからね。いわばファッションみたいなものよ」
「私達、ファッションで飛んでたのね……」
「そういうこと、つまり空を飛ぶのは同調——集団心理なのよ。みんな飛んでるから自分も飛んでるってわけ。ほんとは飛べないの」
「そうだったのね……」
「ごめんねパチェ。 こんな酷な話しちゃって」
「ん、いいのよ。次読むわね」
私は紅魔館の主レミリア・スカーレットの自室を訪ねた。すぐに中から「いるよ~」とリラックスした声が聞こえてくる。
私は声の余韻が失せる前にドアを開け、部屋に入った。広い部屋の真ん中、天蓋付きベッドに腰掛けたレミィが、すぐ目に入った。
「どしたのパチェー」
「聞きたいこと——またたくさんできて」
寝室にしてはやけに広い空間だから、ベッドに辿り着くのも少し時間がいる。私は早足で歩み寄りながら言った。
レミィはそんな私を迎えるように、ぽんぽんとベッドを叩いた。
にいっと浮かべている彼女の笑顔がむず痒い。はやる心を見透かされてしまったようだ。その恥ずかしさは顔に出さず、私はレミィの隣に座った。
「いっぱいあるわね」
私が手に持つはがきを見て、レミィが言った。
「ええ、色んな質問をまとめてきたわ。どれも私が"返答"に困った質問ばかり……」
私は目を伏せながら言った。こんなことが言えるのは、レミィの前、それも二人きりの時くらい。
「でしょうね。だからこそここへ来たんでしょうに」
「うん……」
「さ、言ってごらんなさい。このレミリア・スカーレット、どんな質問にも"お答え"するわ」
そう、今から、《レミィのなんでも質問コーナー》が始まるのだ。
…
……
………
…………
………
……
…
【質問その1】
『闇も慄く漆黒の翼で大空を自由自在に舞うレミリアさんに質問です。日々弾幕ごっこに興じる少女達ですが、中には羽もないのに空を飛ぶ子も多数見られます。その子達は一体どうやって空を飛んでいるのですか』
「結論から言うわね。飛んでないわ」
「え?」
「飛んでない」
「飛んでるじゃない、美鈴も咲夜も」
「いやいや飛んでない飛んでない」
「いや、飛んでるでしょ」
「飛んでないって。ていうか飛んでるわけないじゃない。羽も生えてないのに」
「どう見たって飛んでるじゃない。どういうことなのよ?」
「まあーこれはすごく難しい話ではあるわね。人間……というか心ある存在のひとつの心理的な現象なのよ」
「へえ……」
「そもそも最初……ほんとにほんとの最初に行われていた弾幕ごっこもしくはその原型がどういったものか、パチェ知ってる?」
「どうって……今と変わらないんじゃないの?」
「亀に乗ってたのよ」
「は?」
「亀」
「亀?」
「そ、亀」
「みーんな亀に乗って飛んでたのよ。そんで弾幕の撃ち合いしてたの」
「博麗の巫女も乗ってたの?」
「乗ってた乗ってた。むしろ巫女が最初に亀に乗り始めたんだったかしらね。なんかしらんけど名前まで付けてたわ」
「そうなの……」
「亀はスゴイわよー。鶴は千年亀は万年って言うじゃない。長生きする生き物なだけに、それだけ妖怪化、神格化する個体が多かったのよ。そりゃもう空を飛ぶくらいにね、羽も生えてないのに」
「だから飛ぶ力を持たぬ少女達はそれを利用したのよ。いわゆる亀飛びブームね」
「知らなかったわ……」
「弾幕ごっこに興じる少女のそばには必ずといっていいほど亀がいたわねえあの頃は」
「レミィは羽で飛べるけど、亀持ってなかったの?」
「実は持ってたわ。みーんな持ってんだもの。そう、ここ、ここが重要なところよ。覚えててね」
「さっきも言ったけど、少女みんな亀を持つようになったのよ、どこへいくにも」
「ただほとんどの亀が自らの意思にそぐわない形で連行されてたのよ。幻想郷中の池で亀狩りが始まって、めっちゃシバかれてたわね~亀」
「しかも飛べるような亀はだいぶ歳いってるからね。なんぼ少女達に乗られるったって、かなりキツくなってくるのよ。肩とか腰とか」
「けれども少女は若い盛り元気なもんで、やれ異変やらやれ遊びに行こうやら、そっこら中飛び回ろうとするから、疲れちゃうのよね、亀も」
「弾幕ごっこなんかしないからね亀は。真正面から迫ってくる弾幕なんて恐いどころの騒ぎじゃないわよ。それに加えて少女から右だの左だのギャーギャー命令されて」
「確かに疲れそう……」
「まあ所詮は亀なわけで、自分をシバける少女にどうこうすることもできず。結局誰もが亀を連れるようになった。するとそのうち"貴方の亀甲羅が素敵ね~"。"あら奥さんの亀こそ~"とかそういうのが流行ってきて、だんだん亀を連れること自体がブームになったきたの」
「流行りって怖いわね……」
「そうでしょ? 末期には弾幕ごっこじゃなくて亀同士でシバキ合いさしてたからね。たまったもんじゃないわよね亀も」
「まあそんな扱いにいつまでも耐えられるわけなく、ある日亀がボイコットしてきたのよ」
「あら、ついに。どんなの?」
「そんないってもねぇ、乗ってる少女を振り落としたり危害を加えようもんなら後が怖いから。風呂入らんくなったり、ごっつ甲羅にコケとか生やしたりし始めたのよ」
「そ、それは嫌ね……」
「でしょ? めっちゃ生臭いし。そんなん少女が我慢できるわけないでしょ?」
「効果覿面だったわけ?」
「ええ、亀を連れていく少女はどんどん減っていったわ。ようやく亀に安息の日々が帰ってきたのよ」
「良かったじゃない。でもそれとこれとはなんの関係があるの?」
「ここからなのよ! いい? その時まで少女達は亀に乗ることで空を飛んでた。そして空を飛ぶことは弾幕ごっこにおいて暗黙の、絶対ともいえるくらいのルールだった!」
「それができなくなった。つまり空を飛べるのは私のように羽を持つ少数。これは由々しき事態よ! 誰もまともに弾幕ごっこできなくなっちゃったんだから!」
「弾幕ごっこの必要性を考えると、確かに問題ね……」
「でもね、少女達は空を飛べたのよ。飛んでないけど、今は飛ぶという表現にするわ」
「訳が判らないわ……」
「亀を失った少女達は、しばらくは羽のある少数を指をくわえて見てたわけ。いいなあ、私も飛べたらなあって」
「するとそのうちね、ひとり、またひとりと、飛び始めたのよ、羽のない少女が」
「どういうこと?」
「その最初の数人は、"弾幕ごっこする少女達に遅れをとっちゃう!"みたいな気持ちで飛んだんでしょうね。それからはもう早いもんだったわ」
「少女達は、"ああ私も飛ばなきゃ~!"って、どんどん飛び始めた。流行に乗り遅れたくないからね。いわばファッションみたいなものよ」
「私達、ファッションで飛んでたのね……」
「そういうこと、つまり空を飛ぶのは同調——集団心理なのよ。みんな飛んでるから自分も飛んでるってわけ。ほんとは飛べないの」
「そうだったのね……」
「ごめんねパチェ。 こんな酷な話しちゃって」
「ん、いいのよ。次読むわね」