紅魔館当主である私は、昼下がりの館を適当に散歩している。
当主らしからぬ行為だと人は思うかも知れない。これは働くメイド達に問題や不満がないか見て回っているだけ、と自分と咲夜向けの言い訳を用意して歩いているが、妖精たちは私を見かけても親しく挨拶してくれて、別に不審がる様子はない。職場環境は悪くないようだ。
っと、窓から指す日差しに当たって、致命的ではないがとっさに足の力だけで横へ飛んだ。あちぃ。
食堂に差し掛かると、中で掃除しているメイド達のおしゃべりが聞こえてくる。
我ながら悪趣味と思いつつ、そっと廊下から聞き耳を立ててみた。
「人間は、一回休みの時に『ゆいごん』っていうのを残しておくんだって」
「なんそれ?」
「残された人に言い残したい言葉とか、財産は誰にあげるとか、あらかじめ決めておくの」
「私たちはそのうち消滅しても復活するから意識しないけど、人間さんは復活に結構手間暇がかかるそうだとか、そんでこういうのがあるってさ」
遺言か、私は咲夜より長生きするだろうが、万が一当主が倒れた時、紅魔館が滅びないような指示を考えておいた方がいいかも知れないな。
そう思ってその場を去ろうとしたとたん、不意に雑談に私の名が出てきて、もう一度耳を食堂の中に向けた。
「レミリア様がもし、もしだけど、お亡くなりになるとき、どんな言葉を残すのがかっこいいと思う?」
「『し、しまっ』とか」
私は雑魚キャラかい!
「昔見た外界の漫画とかで『た、助けてくれ、か、金ならいくらでも払う』とかあったりして」
お前、私を何だと思ってんだよ!
「それじゃあただの悪役じゃない。レミリア様はもっと偉いお方よ」
そうだ言ってやれ言ってやれ。
「たとえば樫の木の杭で急所を刺されて、『咲夜、お前もか』とかかっこいいと思う」
咲夜がかよ! それに何それ、咲夜『も』という事は、いろいろ裏切られているシチュエーション?
「それとか、里のお寺に宿泊している最中に、パチュリー様辺りに焼き討ちされて、『是非に及ばず』とか」
二人ともそんな事する訳あるか! 違う! 違うよね、咲夜、パチェ。私そんなに人望ないなんて事はないわよね。裏切らないで。と妄想の中の二人に呼びかける私。
せめてフラン、貴方だけは、私についていてくれるよね。そうよね。
「この前河童テレビの外界の……何だっけ、絵が動くやつ、そう『あにめーしょん』で見たんだけど、これなんか良くない?」
「どんなん?」
今度はまともでありますように。
「『フラン、冗談はよせ』
『お姉さまも甘いようで』
で額を撃ち抜かれる」
「うわあ、なんかかっこいい」
さっきから裏切られる系多くね? 私、そんなに待遇悪くしていたかしら?
それにしてもフラン、メイド達の妄想の中とはいえ、貴女まで私を裏切って、そんな妹に育てた覚えはないわ。いや妄想なんだけどね。こうなったら美鈴、貴女だけが頼りよ。
私は妄想上の美鈴に希望を託す。彼女なら、他が裏切っても一緒にいてくれるイメージがする。運命を操る程度の能力を持った私が感じるのだから間違いないはず。
「意外とお嬢様が亡くなるとしたら、ドラマチックな感じじゃなくて、事故とかだったりして」
「事故とか?」
「例えば、美鈴さんがお嬢様にマッサージしてあげていて、すっごく腕が良くて気持ちいいんだけど、うっかり秘孔を突いてしまって『気持ちいいなあ~ちにゃ』で爆死」
メイドたちの笑い声がした。
「あはははは、それ最高、受ける~」
別のメイドが付け足す。
「ほんで、美鈴さん一瞬何が起きたのか分からなくて、『ん、間違ったかな』って普通の口調で言っちゃうの」
「きゃはははは、腹筋割れる」
美鈴……。このメイド共……。
怒りに任せて食堂に乗り込み、どやしつけてやろうか?
私は無双する夢想をした。
ガタッ、ドアを開けて……
「O.K お前たちの最後の言葉を教えてくれないか」
つかつかとメイド達に向かって歩いて……
「お、お嬢様、これはほんの息抜きの冗談で、決して……」
脅かすつもりで食堂の壁をドカーン。
ちょうどいい塩梅で日光ピカー。
でホゲエエエエエとなる。
「お嬢様、そこは『バカな、こ、このレミリア=スカーレットが敗れるだと』とかぐらいは言いましょうよ~」
「何がやりたかったんだお嬢様は?」
ってなビジョンが浮かんでね、私、もう悲しくなっちゃって、両手で頭を覆い、翼で体を包んで屈みこんじゃった。
怒りを通り越して情けなくなった。私ってそんなにカリスマないのか。
「敵の軍勢に紅魔館が攻められて、まあその時はあたし達も危ないんだけど、抵抗していたのに美鈴さんの居眠りで門に侵入されちゃって、それでレミリア様『私の胸に杭を打つメイドはいないのか』と叫び、突撃していくの」
もうやめて。メイド達の妄想の中で、私はあと何回死ぬんだろう、これ以上私にかまうな。
そんな風に参っていた私を小悪魔が見つけた。
「あら、どうされたんですか、レミリア様」
「小悪魔、もう貴女だけが頼りよ。ゆくゆくは小悪魔に紅魔館No.2の座を与えるわ」
「いきなり言われても困ります。いったい何があったんですか」
「もうカリスマもクソもないだろうから貴女に言うわ」
「ずいぶん思い切った発言ですね」
私は小悪魔に肩を借りながらよろよろと自室に戻って、聞いた事を話した。
「誰もレミリア様を軽く見てなどいません」
「じゃああのメイド達は何なの」
「誰だって、冗談の一つも言いたくなる事はありますよ。私はレミリア様が皆に嫌われているようには思えません、ただ……」
「ただ何よ」
小悪魔の目を凝視して続きを促すと、小悪魔は視線をそらしてきまり悪そうに答えた。
「レミリア様はどっちかというと、かっこいいとか、気高いとか、美しいとかというより、可愛い系だと思うのです」
「うー☆ そんな気はしていたわ」
「それでいいじゃないですか、それで、みんなの大ピンチの時に力を発揮する。そのギャップも萌えます。ですからその持ち味を生かすべきです」
小悪魔は迷いを捨てて力説した。そんなもんかもね。
「ありがとう、もともと裏切り云々はただのメイドの空想話を真に受けただけだから。私としたことがメイドの雑談程度で憂鬱になるなんて、それこそカリスマが減るわね」
「お元気になって何よりです」
幾分晴れやかな気持ちで外へ出ると、先ほどのメイド達が、今度は廊下の掃除をしながら話の続きをしている。私は素早く隠れ、また聞き耳を立てる。
こらそこ、なんで当主が使用人から隠れようとするのとか言わない。
「それでも、お嬢様生きてましたっていうラストいいよね」
「がれきの中から『ぷはー死ぬかと思った』的な」
「そう、それで最終回? のあとも、なんだかんだで日常が続いていく、でエンド」
「やっぱり紅魔館はレミリアさまじゃないとね」
おお、いくつもの世界線を巡り、やっとハッピーエンドにたどり着いたか、妄想上の私よ。
メイドの一人が私に気づいた。しまった翼を隠し忘れた。仕方ない、そのまま通り過ぎるふりをしよう。
「あっ、お嬢さま!」
「何の話をしていたの?」
「いや別に何でもないです」
「ふふふ、別にいいのよ」
だがなあ、お前たち、確かにいつか来る結末というのはあるだろう、多分。
「みんな、ここで暮らして楽しいかしら」
「はい、もちろんです」 嘘には感じない。
その時、今この光景が楽しかった思い出として、お互いしみじみと回想するのかも知れない。
「せめて、その時が来るまで、お前たちを守ってやらなければね」
「ええ? その時って……」
「ううん、こっちの話よ」
私は彼女たちを振り返らず、クールに片手をあげて去っていく。やだ、もしかして今の私ってちょっとかっこいい?
「それが、私たちが見たお嬢様の最後のお姿でした」
いやそういうのはいいから。やーめーろって。ちっとも懲りとらんな。
その後、小悪魔に打ち明けた話がなぜか漏れ、私がみんなを不審に思っていると思われたらしく、咲夜、パチェ、フラン、美鈴で対策会議が開かれたらしい。それでしばらく妙に私に気を遣うようになって、私の被害妄想でみんなに心配をかけてしまった私が申し訳なく思えるのだった。
当主らしからぬ行為だと人は思うかも知れない。これは働くメイド達に問題や不満がないか見て回っているだけ、と自分と咲夜向けの言い訳を用意して歩いているが、妖精たちは私を見かけても親しく挨拶してくれて、別に不審がる様子はない。職場環境は悪くないようだ。
っと、窓から指す日差しに当たって、致命的ではないがとっさに足の力だけで横へ飛んだ。あちぃ。
食堂に差し掛かると、中で掃除しているメイド達のおしゃべりが聞こえてくる。
我ながら悪趣味と思いつつ、そっと廊下から聞き耳を立ててみた。
「人間は、一回休みの時に『ゆいごん』っていうのを残しておくんだって」
「なんそれ?」
「残された人に言い残したい言葉とか、財産は誰にあげるとか、あらかじめ決めておくの」
「私たちはそのうち消滅しても復活するから意識しないけど、人間さんは復活に結構手間暇がかかるそうだとか、そんでこういうのがあるってさ」
遺言か、私は咲夜より長生きするだろうが、万が一当主が倒れた時、紅魔館が滅びないような指示を考えておいた方がいいかも知れないな。
そう思ってその場を去ろうとしたとたん、不意に雑談に私の名が出てきて、もう一度耳を食堂の中に向けた。
「レミリア様がもし、もしだけど、お亡くなりになるとき、どんな言葉を残すのがかっこいいと思う?」
「『し、しまっ』とか」
私は雑魚キャラかい!
「昔見た外界の漫画とかで『た、助けてくれ、か、金ならいくらでも払う』とかあったりして」
お前、私を何だと思ってんだよ!
「それじゃあただの悪役じゃない。レミリア様はもっと偉いお方よ」
そうだ言ってやれ言ってやれ。
「たとえば樫の木の杭で急所を刺されて、『咲夜、お前もか』とかかっこいいと思う」
咲夜がかよ! それに何それ、咲夜『も』という事は、いろいろ裏切られているシチュエーション?
「それとか、里のお寺に宿泊している最中に、パチュリー様辺りに焼き討ちされて、『是非に及ばず』とか」
二人ともそんな事する訳あるか! 違う! 違うよね、咲夜、パチェ。私そんなに人望ないなんて事はないわよね。裏切らないで。と妄想の中の二人に呼びかける私。
せめてフラン、貴方だけは、私についていてくれるよね。そうよね。
「この前河童テレビの外界の……何だっけ、絵が動くやつ、そう『あにめーしょん』で見たんだけど、これなんか良くない?」
「どんなん?」
今度はまともでありますように。
「『フラン、冗談はよせ』
『お姉さまも甘いようで』
で額を撃ち抜かれる」
「うわあ、なんかかっこいい」
さっきから裏切られる系多くね? 私、そんなに待遇悪くしていたかしら?
それにしてもフラン、メイド達の妄想の中とはいえ、貴女まで私を裏切って、そんな妹に育てた覚えはないわ。いや妄想なんだけどね。こうなったら美鈴、貴女だけが頼りよ。
私は妄想上の美鈴に希望を託す。彼女なら、他が裏切っても一緒にいてくれるイメージがする。運命を操る程度の能力を持った私が感じるのだから間違いないはず。
「意外とお嬢様が亡くなるとしたら、ドラマチックな感じじゃなくて、事故とかだったりして」
「事故とか?」
「例えば、美鈴さんがお嬢様にマッサージしてあげていて、すっごく腕が良くて気持ちいいんだけど、うっかり秘孔を突いてしまって『気持ちいいなあ~ちにゃ』で爆死」
メイドたちの笑い声がした。
「あはははは、それ最高、受ける~」
別のメイドが付け足す。
「ほんで、美鈴さん一瞬何が起きたのか分からなくて、『ん、間違ったかな』って普通の口調で言っちゃうの」
「きゃはははは、腹筋割れる」
美鈴……。このメイド共……。
怒りに任せて食堂に乗り込み、どやしつけてやろうか?
私は無双する夢想をした。
ガタッ、ドアを開けて……
「O.K お前たちの最後の言葉を教えてくれないか」
つかつかとメイド達に向かって歩いて……
「お、お嬢様、これはほんの息抜きの冗談で、決して……」
脅かすつもりで食堂の壁をドカーン。
ちょうどいい塩梅で日光ピカー。
でホゲエエエエエとなる。
「お嬢様、そこは『バカな、こ、このレミリア=スカーレットが敗れるだと』とかぐらいは言いましょうよ~」
「何がやりたかったんだお嬢様は?」
ってなビジョンが浮かんでね、私、もう悲しくなっちゃって、両手で頭を覆い、翼で体を包んで屈みこんじゃった。
怒りを通り越して情けなくなった。私ってそんなにカリスマないのか。
「敵の軍勢に紅魔館が攻められて、まあその時はあたし達も危ないんだけど、抵抗していたのに美鈴さんの居眠りで門に侵入されちゃって、それでレミリア様『私の胸に杭を打つメイドはいないのか』と叫び、突撃していくの」
もうやめて。メイド達の妄想の中で、私はあと何回死ぬんだろう、これ以上私にかまうな。
そんな風に参っていた私を小悪魔が見つけた。
「あら、どうされたんですか、レミリア様」
「小悪魔、もう貴女だけが頼りよ。ゆくゆくは小悪魔に紅魔館No.2の座を与えるわ」
「いきなり言われても困ります。いったい何があったんですか」
「もうカリスマもクソもないだろうから貴女に言うわ」
「ずいぶん思い切った発言ですね」
私は小悪魔に肩を借りながらよろよろと自室に戻って、聞いた事を話した。
「誰もレミリア様を軽く見てなどいません」
「じゃああのメイド達は何なの」
「誰だって、冗談の一つも言いたくなる事はありますよ。私はレミリア様が皆に嫌われているようには思えません、ただ……」
「ただ何よ」
小悪魔の目を凝視して続きを促すと、小悪魔は視線をそらしてきまり悪そうに答えた。
「レミリア様はどっちかというと、かっこいいとか、気高いとか、美しいとかというより、可愛い系だと思うのです」
「うー☆ そんな気はしていたわ」
「それでいいじゃないですか、それで、みんなの大ピンチの時に力を発揮する。そのギャップも萌えます。ですからその持ち味を生かすべきです」
小悪魔は迷いを捨てて力説した。そんなもんかもね。
「ありがとう、もともと裏切り云々はただのメイドの空想話を真に受けただけだから。私としたことがメイドの雑談程度で憂鬱になるなんて、それこそカリスマが減るわね」
「お元気になって何よりです」
幾分晴れやかな気持ちで外へ出ると、先ほどのメイド達が、今度は廊下の掃除をしながら話の続きをしている。私は素早く隠れ、また聞き耳を立てる。
こらそこ、なんで当主が使用人から隠れようとするのとか言わない。
「それでも、お嬢様生きてましたっていうラストいいよね」
「がれきの中から『ぷはー死ぬかと思った』的な」
「そう、それで最終回? のあとも、なんだかんだで日常が続いていく、でエンド」
「やっぱり紅魔館はレミリアさまじゃないとね」
おお、いくつもの世界線を巡り、やっとハッピーエンドにたどり着いたか、妄想上の私よ。
メイドの一人が私に気づいた。しまった翼を隠し忘れた。仕方ない、そのまま通り過ぎるふりをしよう。
「あっ、お嬢さま!」
「何の話をしていたの?」
「いや別に何でもないです」
「ふふふ、別にいいのよ」
だがなあ、お前たち、確かにいつか来る結末というのはあるだろう、多分。
「みんな、ここで暮らして楽しいかしら」
「はい、もちろんです」 嘘には感じない。
その時、今この光景が楽しかった思い出として、お互いしみじみと回想するのかも知れない。
「せめて、その時が来るまで、お前たちを守ってやらなければね」
「ええ? その時って……」
「ううん、こっちの話よ」
私は彼女たちを振り返らず、クールに片手をあげて去っていく。やだ、もしかして今の私ってちょっとかっこいい?
「それが、私たちが見たお嬢様の最後のお姿でした」
いやそういうのはいいから。やーめーろって。ちっとも懲りとらんな。
その後、小悪魔に打ち明けた話がなぜか漏れ、私がみんなを不審に思っていると思われたらしく、咲夜、パチェ、フラン、美鈴で対策会議が開かれたらしい。それでしばらく妙に私に気を遣うようになって、私の被害妄想でみんなに心配をかけてしまった私が申し訳なく思えるのだった。
秘孔をつかれてはじけ飛ぶお嬢様に笑いました
ふさぎこんじゃうお嬢様もかわいらしくてよかったです