私は笛。金管楽器。
主人の口づけで初めて私の体は震える。体の芯までさび付くようにしびれる。主人の指が私の体を這うのだ。私の体から出た声が主人も喜ばせる。私の声が主人の耳に触れて心を震わせる。ふたりで「きもちよく」なるのだ。
そんな時間は数年しか続かなかった。主人は私を売り払ったのだ。古道具屋にアづけられて何年も彼を待っている。三度だけ店の外を歩いていくのを窓越しに見た。軒先で太陽の光を照らし返すのを見て、何人もの男が私の体をもたげて再び棚に戻した。屈辱だ。私のなめらかに耳をなでる声を知らないくせに。もっとも、口づけされるのはごめんだけど。
「あら。見て、楽器よ」
「本当。それにすごく重たい子」
失礼しちゃう。妖怪の女が二人、私の体を触れた。九十九とかいう低俗な付喪神。あんたたちみたいなオリエンタルな楽器なんかとは違うのよ。
「生意気な笛」
「こないだの騒ぎでこの子はなんで付喪神にならなかったんだろう」
「道具じゃないからよ」
「どういうこと」
道具屋の旦那の元へ私を連れて行く。私を買うの? やめて! 私の体をなでていいのはあの人だけよ。主人の指が私の穴をふさいで、唇から息を吹き込まれた日々を思い出して私は涙を流した。
「ねえ、この楽器いつから掃除してないの?」
「ホコリ払いなら毎日」
「中よ」
「中ァ?」
「バカね。金管楽器を軒先に並べるなんて。毎晩霜が降りて彼女の中に水が溜まってる」
「そうか、錆びたのね。もうろくな音は出せない。」
「道具としてはもう完全に壊れちゃってるの。ゴミよ。高貴な楽器様だけど、こんな質屋に預けるなんて、引き取りに来るつもりがなかったのね」
傾けられた私の体からまた涙が零れ落ちた。ハイソサエティで金ぴかに光る笛だったのに、私は私が見下した男からも女からも馬鹿にされている。みじめだ。でも目をつむって口づけをする彼のタンギングを\忘れられないだろう。私は付喪神にさえなれないクズだ。あははは、と笑いながら私を卓に放り出して女たちは出て行った。付喪神でもいいから、私を求めてほしい。醜い太い指でもいいから私を掴んでさらってほしかった。
主人の口づけで初めて私の体は震える。体の芯までさび付くようにしびれる。主人の指が私の体を這うのだ。私の体から出た声が主人も喜ばせる。私の声が主人の耳に触れて心を震わせる。ふたりで「きもちよく」なるのだ。
そんな時間は数年しか続かなかった。主人は私を売り払ったのだ。古道具屋にアづけられて何年も彼を待っている。三度だけ店の外を歩いていくのを窓越しに見た。軒先で太陽の光を照らし返すのを見て、何人もの男が私の体をもたげて再び棚に戻した。屈辱だ。私のなめらかに耳をなでる声を知らないくせに。もっとも、口づけされるのはごめんだけど。
「あら。見て、楽器よ」
「本当。それにすごく重たい子」
失礼しちゃう。妖怪の女が二人、私の体を触れた。九十九とかいう低俗な付喪神。あんたたちみたいなオリエンタルな楽器なんかとは違うのよ。
「生意気な笛」
「こないだの騒ぎでこの子はなんで付喪神にならなかったんだろう」
「道具じゃないからよ」
「どういうこと」
道具屋の旦那の元へ私を連れて行く。私を買うの? やめて! 私の体をなでていいのはあの人だけよ。主人の指が私の穴をふさいで、唇から息を吹き込まれた日々を思い出して私は涙を流した。
「ねえ、この楽器いつから掃除してないの?」
「ホコリ払いなら毎日」
「中よ」
「中ァ?」
「バカね。金管楽器を軒先に並べるなんて。毎晩霜が降りて彼女の中に水が溜まってる」
「そうか、錆びたのね。もうろくな音は出せない。」
「道具としてはもう完全に壊れちゃってるの。ゴミよ。高貴な楽器様だけど、こんな質屋に預けるなんて、引き取りに来るつもりがなかったのね」
傾けられた私の体からまた涙が零れ落ちた。ハイソサエティで金ぴかに光る笛だったのに、私は私が見下した男からも女からも馬鹿にされている。みじめだ。でも目をつむって口づけをする彼のタンギングを\忘れられないだろう。私は付喪神にさえなれないクズだ。あははは、と笑いながら私を卓に放り出して女たちは出て行った。付喪神でもいいから、私を求めてほしい。醜い太い指でもいいから私を掴んでさらってほしかった。
なんて残酷な話だと思いましたが、妙に美しいとも感じました