人里を出て徒歩十数分。そう遠くはない距離。子どもの足でも所要時間は精々その倍。そこに辿り着くのはあまりに容易。
妖怪の森という危険地帯は、人間にとってとても親身な場所にある。
そしてそこに生きる妖怪たちは、人間にとってあまりに危険な存在だ。
人間という存在の危険性を見れば、画一的に人里を安全と。妖怪の森を危険と区別してしまうのはあまり頭の良くない話だが――それはさておき。
その妖怪と人間が交じり合う境界線に、その店はある。
妖怪と人間の血を混ぜた者が店主。だから然るべき場所にある。
屋号を『香霖堂』と呼ぶ。血族の混沌に相応しく、店内は何が雑ざっているのかすら分からないほどに混迷を極めている。
「やあ霖之助さん」
店主を――森近霖之助と言うのだが。彼は誰もが認める変わり者であり、そんな彼が運営する店にやってくるような者も、その種族に問わず、変わり者ばかりである。
今しがた現れた人間の男は、変わり者と呼ぶよりも吹き出物と呼んだほうが正しいような人物なのだが。
「面白いモンは流れてきたかい?」
男の名は重要ではない。ここでより重視される点は、この男が病的な博打中毒者という事実だ。
男は決まって『縁起物』を買っていく。『これを買えば運気が上がるらしい』。決まってそんな曰くつきの商品を買って帰る。
「君か……そうだな、今日はその『わら』を勧めるよ。そっちの言い値で持って行ってくれ」
「『わら』?」
霖之助が指差したのは、何の変哲もない、一本のわらだった。
「君も聞いたことがあるだろう、『わらしべ長者』という御伽話を。その『わら』は、その話で出てきたとされる呪いの『わら』だ。それを手にしたものは、願ったものを何でも手に入れることが出来る――と、その『わら』が言っている」
「へえ、それはいい。で、呪いだって?」
「ああ、呪いだ。人智を超えた神の力というのは、良かれ悪かれ『呪い』っていうことなんじゃないかな」
「そういうものか」
ふぅん、と、どうでも良さそうに男は言った。そして懐から小銭を取り出す。
ひとさじの土さえ手に入らないような金額だったが、霖之助は小銭を受け取ると、持って行きなよ、と告げた。
そうして、男は香霖堂を去って行った。
『一生博打で遊べる金が貰えればいい』
男はそう願って、わらを握り締めて帰路に着いていた。
実際のところ、男は『わらしべ長者』の物語を知らない。『長者』というくらいだから、このわらを手にしたものが巨額の富を得る。そんな話なのだろうと思っていた。
「……おいおい、こりゃすげぇや」
道すがら、男が見つけたのは一枚の紙幣だった。
それも、幻想郷で流通している紙幣の中で、最も高い価値のあるものだった。
「わらの力か? なんだっていいが、天下の往来に落ちてる金だ。誰のものでもあるめぇな」
誰に告げるでもなく呟くと、男はその金を拾い上げた。
これがわらの呪いだとしたら、大したものだと――男は金を拾ったその足で、丁半博打の賭場へと向かった。
当たりに当たった。
丁半博打で賭けること十回。拾った金は、その二十倍にも膨れ上がっていた。
久しぶりの大勝だ。博打に熱くなっていた男は、その帰りですっかりわらのことを忘れ、手ぶらで賭場を後にした。
わらはその後、賭場を掃除する者が、他のごみと一緒に外へ放り捨てたらしい。
「んん、飯でも食ってまた遊ぶ――」
あぶく銭が増えに増えて、男は満足した表情で歩き始めた。
歩き始めようとした。
「――か、っ」
夕暮れの往来。
男の背中には出刃包丁が突き刺さり、そして抜かれた。
包丁の持ち主は、男の胸元から札束を抜き取ると、往来に消えた。
にわかに、女の悲鳴が雑踏を切り裂いた。
その時すでに、男の意識は遥か彼方へ、消えていた。
霖之助が店の前を掃いていると、足元に一本のわらがあることに気づいた。
見覚えのあるわらで、霖之助は表情を一つも変えずに、どこからか飛んできたそのわらを拾って、言った。
「今回は随分と早かったな」
誰に言ったのだろう。
霖之助の手にあるわらは、どこか少しだけ悲しそうにしおれていた。
この場合、最初に金を拾った時点で満足すべきだったのか、それともわらを捨てないべきだったのか
もしくは買わないほうが良かったのか
香霖も分かってて薦めたのがもやっとする
人間に時々仇なす存在ということか
わらを捨てなければよかったのに、目先の欲に目がくらんでこんなことに
絶対誰しも一度は口走ったことがあるに違いないタイトルに乾杯
金は天下の回りもの。寂しがり屋とも言われ、多くあるところにより集まる性質にありますが、結局流通に乗らなければ価値として通用しません。そういった意味でも理に適っているっちゃいるのか。
無茶な要求に応え便利アイテムを出してはくれるものの、使い方によってピーキーな結果をもたらすりんのすはまさにドラ○もんポジ。それが土左衛門に成り果てた男と対応しているのでしょう。
溺れるものは藁をも摑む。そんな状況へ陥った時点で、既に彼は詰んでいたのです。たぶん。
最初から自分に得となる結果だけを求めた男に対しては、その報いがあるのも仕方ないことなのかも。
とはいえ、一生博打で遊べるだけの金は確かに手に入っていたのですから、やはりそこは呪いというべきなのか。
タイトルをドザえもんと書くのであれば、男の末路は溺死がよかったかも。
お話は面白かったですが、ちょっとオチが物足りないと感じましたのでこの点数で。
面白い。
もしかしたら、いきなり大金を得ようとしたから代償として死ぬ羽目になったのかもしれない。
もう少し段階を踏んでやれば刺し殺されることもなかったのかなぁ。