映姫がかすかなその声を聞いたのは、午後の審判を開始してからしばらく経った頃である。
始めはただの叫び声かと思った。ここ地獄の裁判所では珍しいものではない。先ほども黒縄地獄行きを言い渡された亡者が、泣き叫びながら大穴に吸い込まれていった。
声は扉の向こうから聞こえていた。審判を受ける亡者が入ってくる扉である。大方、自らを大罪人と認識している者が、断罪されるのを恐れて狂乱しているのだろう。直にあきらめるか、そうでなければ獄卒に取り押さえられ、声は止むはずだ。映姫はそのように思っていた。
だが、一向に止む様子はないのである。それどころか声の音量は徐々に、いや、加速度的に大きくなっていく。
一体何事が……と思ったその時、勢いよく扉がブチ開けられ、そいつは飛び込んできた!
「えぃきぃいいいいいいい! 俺だぁあああ! 断罪してくれぇええええッ!!」
「?!」
それは一糸まとわぬ姿の男。唯一身につけた布地は、頭部を包んだ覆面で、そこには大きく「罪」の字が書かれている。
端的に言えばスッパの覆面男、仮面ゼンラー。まごうことなきHENTAIである。
「うぉおおおおおおっ! えぃきぃいいいいぃいいいっ!」
全裸マンは飛び込んできた勢いそのままに、映姫に向かって全力で走ってきた。遮二無二手足を振って急接近し、飛びかかる!
「いっ、いやぁああああああッ!!」
ズババババババババッ!
恐慌状態に陥った映姫は男に弾幕を放っていた。弾幕は男の肉体にことごとく命中する。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
空中で水揚げ直後の魚のように身を跳ねさせる男。なぜその口からお礼の言葉が出てくるのか、映姫にはまったく理解できない。したくもない。
吹っ飛ばされ、転がり、地に伏した男の身体は、それでも依然として激痛と歓喜にうち震えていた。
「ふ、ふふ……肉体的な苦痛と我々の業界のご褒美を同時に施すとは、流石は飴と鞭を使い分けるとの評判通り……!」
「なっ何ですか、この色々間違った殿方は!」
「間違っている、ですと?」
映姫の言葉を聞き、男はおもむろに立ち上がった。先ほどの狂乱ぶりは鳴りを潜めたが、頭以外すっぽんぽんなのは変わらない。覆面に書かれた罪の字の通り、公然猥褻罪を絵に描いたような立ち姿だ。
だが、並ではない。全裸のくせに恥じらいは一切なく、むしろ俺を見ろ、射抜くほどに、と言わんばかりの態度である。これには「威風堂々」を作曲したエドワード・エルガーも英国騎士の称号を思わず譲るに相違なかった。
「なるほど、確かにおっしゃる通りです。俺、間違ってました」
男は映姫に背を向けて、歩き、扉から外へ出て行った。
悔い改めた……? 変態にしては殊勝な、と映姫が思った直後、扉は再びブチ開けられた。
「えぃきさまぁああああああ! 俺だぁあああ! 断罪してくれぇええええッ!!」
「様を付ければ良いというものじゃない!!」
ズババババババババッ!
再び放たれる弾幕。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
そして再びの感謝だった。
常人ならば病院送り確実な弾幕の直撃を二度も受けながら、男は先ほどよりも快感の反応を色濃く出している有様だ。この様子では、引きちぎられても狂い悶えるかもしれない。喜びで。
「何から何までがおかしいんですよ、あなたは! まずその格好からして意味不明です!」
「あ、この覆面ですか? ブサメンなのでお見苦しいかと思って」
「下半身は違うの?!」
気遣いの方向性がどこまでも異次元。映姫の当然の疑問に対し、男の返答には寸部の曇りもなかった。
「ノープロブレム! その点、粗末なモノですから目立ちません! ……うぐぅ」
苦鳴を漏らし片膝をついた。
「自分で言って自分でヘコんでる?!」
「いえ! 失礼しました、ついとり乱して。──そう、知足、足ることを知るのが幸福の真理です。小さいものは小さいと受け入れればいいのです。何より映姫様のお胸とお揃いと考えれば本望」
「うるさい」
「いえいえ、謙遜なさらずとも。ツルペタこそ至高。ロリこそ真理。いつまでも成長の気配すらない映姫様はそのままで完成型なのです」
「気配すらとは何ですか! 少しずつには膨らんでいますっ」
思わずムキになる映姫。
実際には男の言う通り永久不変のAカップで、他の十王たちからは陰で「A姫」と呼ばれている始末だった。
こんな陰口を聞いたことがある。
『うちのA姫だが、今まで特に疑問もなくA姫A姫と呼んでいたのは、もしかして不適切だったかもしれんな』
『そうかね? 未だチンマイままの彼女にはぴったりだと思うが』
『いや、あれはAカップというよりAAカップだろう。それ以下かもしらん』
『トリプルAか。あれほど生き永らえて直線的フォルムとは、ある意味ウルトラCだな』
『Aなのにな』
『トリプルAだろ』
『HAHAHAHAHA!』
『HAHAHAHAHA!』
あのアメリカンな嘲笑を思い返すだけで、歯ぎしりせずにはいられない。
なのに、なぜ今こんな無法の変質者にまでもコンプレックスを逆撫でされなければならないのか。なぜ第二次性徴期は私の人生を素通りしてしまったのか。腹立たしいほどこの上ない。
「誇りにしてください。その平坦な胸は、世界に平安をもたらすのです!」
「平坦って言うな!」
もう勘弁ならなかった。手にした悔悟棒を男に突きつけ、映姫は怒鳴る。
「そもそもあなたは何ですかッ! 断罪してほしければ大人しくそこに直りなさい!!」
「ご指摘、もっともです。しかし聞いていただきたい。断罪してほしいというのは映姫様の手に掛かるためであり、手段に過ぎません」
「手段?」
聞き返してしまったのは、戯言と流すには男の口調が真摯なものだったからだ。真剣な眼差しを──覆面越しなので見えないけれど──向けられている気がしたのだ。
私の手に掛かるためとは……何ゆえのことなのか。
「はい。手段は何でもよかったのです、唯一の目的を達成することができれば。俺の目的は、映姫様と心を通わせたかった。俺の想いを知ってほしかった。それだけです」
「え? あの、それは、つまり、」
「好きですッ! 第一印象から決めてましたッッ!」
「ええーっ?!」
衝撃だった。殿方からの突然の告白。映姫にとって初めての体験である。ついに彼女にも春が訪れたのだ。
顔を紅潮させ、映姫はたどたどしく言う。
「そんな……私などのどこが良いと?」
「合法ロリなところです! ツルペタ閻魔最高! イヤッホォッ!」
「…………」
心中に吹きこむ寒風。あっという間に冬が訪れていた。
「あ、決して誤解しないでほしいのですが、邪な気持ちではありません。純粋に性欲です」
「…………」
「思えばあれは運命でした。ゆかりん愛おしさのあまり、脱ぎたての靴下をビニールに入れてクンカクンカしたところ、嗅覚性ショックにより臨死体験、映姫様の尊顔を垣間見ることになったわけです。それまでBBA萌えだった自分のリビドーは新たな地平を切り開きました」
「…………」
映姫が沈黙しているのは男の言葉に感動して、ではもちろんない。ツッコミ所が積載量を超えており、何も言えないのだ。
そこで男は股間に手をやった。
「おっといけない。つい興奮してエノキダケがブナシメジになってしまった」
大して変化なかった。だが、微々たるところにも気を回す紳士っぷりは、かのロシア皇太子アレクセイ・ペトロヴィチも認めるところであろう。なお、彼は別にアレが臭せーわけでも、ペドのビッチでもないことは断わっておく。国際問題になりませんように。
「……あなたがフルスロットルでクレイジーなのはよくわかりました。さくっと地獄送りにするので神妙にしてください」
「え?」
映姫の冷たい言葉に、男は意外そうな声を上げた。
「俺がクレイジーだとするなら、一体誰がクレイジーなんですか」
「あなたです!」
どう言葉をひねくっても、砕けないダイヤモンドほどに男はクレイジーだ。グレートっすよ。
「うーん、確かに多少行きすぎたところがあったかもしれませんが」
「全裸で閻魔に抱きつこうとして多少?! はっきり臨界点突破してました! レッドゾーンを振り切ってました!」
「あはは、誇大表現に過ぎますね。あれくらいギリギリセーフのラインを踏んだのに毛が生えた程度では? おっと、これはツンツルテンの映姫様に対してとんだご無礼を」
「な、なっ、ちょろっとは生えてます!」
「まあまあ、これ以上の不毛な会話は止めましょう。二重の意味で」
審判を受ける亡者にあるまじき態度に対し、とうとう映姫は堪忍袋の緒を切らした。
「そこまでごねるのなら良いでしょう! 幻想郷での理、弾幕勝負で白黒はっきりつけることにします!」
「あ、俺、弾幕撃てないんで、特技の相撲で勝負してください」
「レディーにする提案なの?!」
「得意技はモロ出しです」
「される方の?!」
「では、さっそくいっちょ裸のぶつかり合いを! 身体のあちこちに触れてしまうでしょうが、ラッキースケベということでお見逃しください」
「何を言ってるの、この罪人ッ?!」
そこで、映姫は自分の言葉にハッとなった。男の「マワシがなければ俺の覆面を貸しますよ。映姫様が履いたのを再び俺が被ることでヘブン状態! 一石二鳥!」の言葉も耳に入らなかった。
そうだ、この狼藉者は罪人だったのだ。問答無用で地獄へ放り込んで良いのだった。それでこの茶番劇は幕を閉じる。
「開きなさい、贖罪の門よ!」
凛とした声に応じ、映姫のいる台から向かって右、やや離れたところに大きな穴が幾つも口を開けた。全部で八つ。
男が驚きの声を上げる。
「何ですか、これは! まさか、お持ち帰りしたいとの欲望を抑え、脳内プレイに留めている自分の節度と忍耐強さに対するご褒美?」
「私は頭の中で何をされてるんですか?! これは八大地獄の入口です! あなたにふさわしい罰を与える場所へ誘う門です!」
「うっ……」
男が口ごもった。
無理もない。それぞれの大穴には、「叫喚地獄」「黒縄地獄」「焦熱地獄」などの文字が物々しく記されている。その責め苦が如何なるものか知らなくとも、名称から恐ろしいものであることは容易に想像できるだろう。しかし、どれほど泣き叫びあがこうとも、下された判決の地獄へ吸い込まれていく運命だ。
さあ、恐れおののくがいい。そして、これまでの閻魔に対する非礼を悔いるがいい。薄い胸を反らして男を見下ろす映姫だったが──
男は猛然とダッシュしていた。
「うぉおおおおおおっ! 汚物は消毒だーッ!!」
「自らを汚物と称して、焦熱地獄へ突貫?!」
男は、ピョーンと躊躇なく穴へダイビングし、消えた。
「 」
しばらく映姫は茫然と口を開けたまま穴を見つめていた。
のべつまくなしの変態っぷりをさらし去っていったゲリラ豪雨のごとき男へ、映姫が抱いた感想は、
「……何だったの、一体……」
それだけだった。
翌日、午前の審判を行いながら、映姫は昨日のことを思い返していた。
まったく悪夢の出来事だった。あの男の下品さときたら、つボイノリオと悪魔合体させたら江頭2:50がコンゴトモヨロシクするレベルだ。
聞けば、男は始めこそ他の亡者たちと大人しく列を作っていたのだが、徐々に自分の番が近づくにつれ、頭を振るわ腰を振るわの異様なテンションになっていったらしい。そしてついには列を飛び出し、扉へ直行したとのことだ。その時点で止めてくれればと思うのだが、別に逃げ出したわけでもなし、裁かれる順番が早まっただけと考えて、獄卒は看過したそうだ。
まあ確かに、幾分の滞りと多大な精神的疲労はあったものの、地獄送りは執行された。そしてその後の業務は支障なく進んだ。犬にかまれたようなもの、とするのがいいのかもしれない。
(もう二度とあってほしくないですけどね……)
二度と起こりうることではないけれど、と思ったその時だった。
「えぃきぃいいいいいいい! 俺だぁあああ! 断罪してくれぇええええッ!!」
「ふぇっ?!」
勢いよく扉がブチ開けられ、覆面全裸男が飛び込んできた! かようなスッパ仮面は、世界広しといえどあの男しかいなかった。
「なっ、ど、どうしてあなたが! 地獄に落ちたはずでしょう?!」
慌てふためく映姫に、罪の袋を被った変態紳士は全力疾走しながら答える。
「それはもちろん! 映姫様に断罪してもらうために模範囚となり、最速で転生して、速攻で死んできました! さあ、賤しい俺に対し愛の鞭を! ご褒美をッ!」
「も、もういやぁあああああああああ!!」
ズババババババババッ!
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
fin.
始めはただの叫び声かと思った。ここ地獄の裁判所では珍しいものではない。先ほども黒縄地獄行きを言い渡された亡者が、泣き叫びながら大穴に吸い込まれていった。
声は扉の向こうから聞こえていた。審判を受ける亡者が入ってくる扉である。大方、自らを大罪人と認識している者が、断罪されるのを恐れて狂乱しているのだろう。直にあきらめるか、そうでなければ獄卒に取り押さえられ、声は止むはずだ。映姫はそのように思っていた。
だが、一向に止む様子はないのである。それどころか声の音量は徐々に、いや、加速度的に大きくなっていく。
一体何事が……と思ったその時、勢いよく扉がブチ開けられ、そいつは飛び込んできた!
「えぃきぃいいいいいいい! 俺だぁあああ! 断罪してくれぇええええッ!!」
「?!」
それは一糸まとわぬ姿の男。唯一身につけた布地は、頭部を包んだ覆面で、そこには大きく「罪」の字が書かれている。
端的に言えばスッパの覆面男、仮面ゼンラー。まごうことなきHENTAIである。
「うぉおおおおおおっ! えぃきぃいいいいぃいいいっ!」
全裸マンは飛び込んできた勢いそのままに、映姫に向かって全力で走ってきた。遮二無二手足を振って急接近し、飛びかかる!
「いっ、いやぁああああああッ!!」
ズババババババババッ!
恐慌状態に陥った映姫は男に弾幕を放っていた。弾幕は男の肉体にことごとく命中する。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
空中で水揚げ直後の魚のように身を跳ねさせる男。なぜその口からお礼の言葉が出てくるのか、映姫にはまったく理解できない。したくもない。
吹っ飛ばされ、転がり、地に伏した男の身体は、それでも依然として激痛と歓喜にうち震えていた。
「ふ、ふふ……肉体的な苦痛と我々の業界のご褒美を同時に施すとは、流石は飴と鞭を使い分けるとの評判通り……!」
「なっ何ですか、この色々間違った殿方は!」
「間違っている、ですと?」
映姫の言葉を聞き、男はおもむろに立ち上がった。先ほどの狂乱ぶりは鳴りを潜めたが、頭以外すっぽんぽんなのは変わらない。覆面に書かれた罪の字の通り、公然猥褻罪を絵に描いたような立ち姿だ。
だが、並ではない。全裸のくせに恥じらいは一切なく、むしろ俺を見ろ、射抜くほどに、と言わんばかりの態度である。これには「威風堂々」を作曲したエドワード・エルガーも英国騎士の称号を思わず譲るに相違なかった。
「なるほど、確かにおっしゃる通りです。俺、間違ってました」
男は映姫に背を向けて、歩き、扉から外へ出て行った。
悔い改めた……? 変態にしては殊勝な、と映姫が思った直後、扉は再びブチ開けられた。
「えぃきさまぁああああああ! 俺だぁあああ! 断罪してくれぇええええッ!!」
「様を付ければ良いというものじゃない!!」
ズババババババババッ!
再び放たれる弾幕。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
そして再びの感謝だった。
常人ならば病院送り確実な弾幕の直撃を二度も受けながら、男は先ほどよりも快感の反応を色濃く出している有様だ。この様子では、引きちぎられても狂い悶えるかもしれない。喜びで。
「何から何までがおかしいんですよ、あなたは! まずその格好からして意味不明です!」
「あ、この覆面ですか? ブサメンなのでお見苦しいかと思って」
「下半身は違うの?!」
気遣いの方向性がどこまでも異次元。映姫の当然の疑問に対し、男の返答には寸部の曇りもなかった。
「ノープロブレム! その点、粗末なモノですから目立ちません! ……うぐぅ」
苦鳴を漏らし片膝をついた。
「自分で言って自分でヘコんでる?!」
「いえ! 失礼しました、ついとり乱して。──そう、知足、足ることを知るのが幸福の真理です。小さいものは小さいと受け入れればいいのです。何より映姫様のお胸とお揃いと考えれば本望」
「うるさい」
「いえいえ、謙遜なさらずとも。ツルペタこそ至高。ロリこそ真理。いつまでも成長の気配すらない映姫様はそのままで完成型なのです」
「気配すらとは何ですか! 少しずつには膨らんでいますっ」
思わずムキになる映姫。
実際には男の言う通り永久不変のAカップで、他の十王たちからは陰で「A姫」と呼ばれている始末だった。
こんな陰口を聞いたことがある。
『うちのA姫だが、今まで特に疑問もなくA姫A姫と呼んでいたのは、もしかして不適切だったかもしれんな』
『そうかね? 未だチンマイままの彼女にはぴったりだと思うが』
『いや、あれはAカップというよりAAカップだろう。それ以下かもしらん』
『トリプルAか。あれほど生き永らえて直線的フォルムとは、ある意味ウルトラCだな』
『Aなのにな』
『トリプルAだろ』
『HAHAHAHAHA!』
『HAHAHAHAHA!』
あのアメリカンな嘲笑を思い返すだけで、歯ぎしりせずにはいられない。
なのに、なぜ今こんな無法の変質者にまでもコンプレックスを逆撫でされなければならないのか。なぜ第二次性徴期は私の人生を素通りしてしまったのか。腹立たしいほどこの上ない。
「誇りにしてください。その平坦な胸は、世界に平安をもたらすのです!」
「平坦って言うな!」
もう勘弁ならなかった。手にした悔悟棒を男に突きつけ、映姫は怒鳴る。
「そもそもあなたは何ですかッ! 断罪してほしければ大人しくそこに直りなさい!!」
「ご指摘、もっともです。しかし聞いていただきたい。断罪してほしいというのは映姫様の手に掛かるためであり、手段に過ぎません」
「手段?」
聞き返してしまったのは、戯言と流すには男の口調が真摯なものだったからだ。真剣な眼差しを──覆面越しなので見えないけれど──向けられている気がしたのだ。
私の手に掛かるためとは……何ゆえのことなのか。
「はい。手段は何でもよかったのです、唯一の目的を達成することができれば。俺の目的は、映姫様と心を通わせたかった。俺の想いを知ってほしかった。それだけです」
「え? あの、それは、つまり、」
「好きですッ! 第一印象から決めてましたッッ!」
「ええーっ?!」
衝撃だった。殿方からの突然の告白。映姫にとって初めての体験である。ついに彼女にも春が訪れたのだ。
顔を紅潮させ、映姫はたどたどしく言う。
「そんな……私などのどこが良いと?」
「合法ロリなところです! ツルペタ閻魔最高! イヤッホォッ!」
「…………」
心中に吹きこむ寒風。あっという間に冬が訪れていた。
「あ、決して誤解しないでほしいのですが、邪な気持ちではありません。純粋に性欲です」
「…………」
「思えばあれは運命でした。ゆかりん愛おしさのあまり、脱ぎたての靴下をビニールに入れてクンカクンカしたところ、嗅覚性ショックにより臨死体験、映姫様の尊顔を垣間見ることになったわけです。それまでBBA萌えだった自分のリビドーは新たな地平を切り開きました」
「…………」
映姫が沈黙しているのは男の言葉に感動して、ではもちろんない。ツッコミ所が積載量を超えており、何も言えないのだ。
そこで男は股間に手をやった。
「おっといけない。つい興奮してエノキダケがブナシメジになってしまった」
大して変化なかった。だが、微々たるところにも気を回す紳士っぷりは、かのロシア皇太子アレクセイ・ペトロヴィチも認めるところであろう。なお、彼は別にアレが臭せーわけでも、ペドのビッチでもないことは断わっておく。国際問題になりませんように。
「……あなたがフルスロットルでクレイジーなのはよくわかりました。さくっと地獄送りにするので神妙にしてください」
「え?」
映姫の冷たい言葉に、男は意外そうな声を上げた。
「俺がクレイジーだとするなら、一体誰がクレイジーなんですか」
「あなたです!」
どう言葉をひねくっても、砕けないダイヤモンドほどに男はクレイジーだ。グレートっすよ。
「うーん、確かに多少行きすぎたところがあったかもしれませんが」
「全裸で閻魔に抱きつこうとして多少?! はっきり臨界点突破してました! レッドゾーンを振り切ってました!」
「あはは、誇大表現に過ぎますね。あれくらいギリギリセーフのラインを踏んだのに毛が生えた程度では? おっと、これはツンツルテンの映姫様に対してとんだご無礼を」
「な、なっ、ちょろっとは生えてます!」
「まあまあ、これ以上の不毛な会話は止めましょう。二重の意味で」
審判を受ける亡者にあるまじき態度に対し、とうとう映姫は堪忍袋の緒を切らした。
「そこまでごねるのなら良いでしょう! 幻想郷での理、弾幕勝負で白黒はっきりつけることにします!」
「あ、俺、弾幕撃てないんで、特技の相撲で勝負してください」
「レディーにする提案なの?!」
「得意技はモロ出しです」
「される方の?!」
「では、さっそくいっちょ裸のぶつかり合いを! 身体のあちこちに触れてしまうでしょうが、ラッキースケベということでお見逃しください」
「何を言ってるの、この罪人ッ?!」
そこで、映姫は自分の言葉にハッとなった。男の「マワシがなければ俺の覆面を貸しますよ。映姫様が履いたのを再び俺が被ることでヘブン状態! 一石二鳥!」の言葉も耳に入らなかった。
そうだ、この狼藉者は罪人だったのだ。問答無用で地獄へ放り込んで良いのだった。それでこの茶番劇は幕を閉じる。
「開きなさい、贖罪の門よ!」
凛とした声に応じ、映姫のいる台から向かって右、やや離れたところに大きな穴が幾つも口を開けた。全部で八つ。
男が驚きの声を上げる。
「何ですか、これは! まさか、お持ち帰りしたいとの欲望を抑え、脳内プレイに留めている自分の節度と忍耐強さに対するご褒美?」
「私は頭の中で何をされてるんですか?! これは八大地獄の入口です! あなたにふさわしい罰を与える場所へ誘う門です!」
「うっ……」
男が口ごもった。
無理もない。それぞれの大穴には、「叫喚地獄」「黒縄地獄」「焦熱地獄」などの文字が物々しく記されている。その責め苦が如何なるものか知らなくとも、名称から恐ろしいものであることは容易に想像できるだろう。しかし、どれほど泣き叫びあがこうとも、下された判決の地獄へ吸い込まれていく運命だ。
さあ、恐れおののくがいい。そして、これまでの閻魔に対する非礼を悔いるがいい。薄い胸を反らして男を見下ろす映姫だったが──
男は猛然とダッシュしていた。
「うぉおおおおおおっ! 汚物は消毒だーッ!!」
「自らを汚物と称して、焦熱地獄へ突貫?!」
男は、ピョーンと躊躇なく穴へダイビングし、消えた。
「 」
しばらく映姫は茫然と口を開けたまま穴を見つめていた。
のべつまくなしの変態っぷりをさらし去っていったゲリラ豪雨のごとき男へ、映姫が抱いた感想は、
「……何だったの、一体……」
それだけだった。
翌日、午前の審判を行いながら、映姫は昨日のことを思い返していた。
まったく悪夢の出来事だった。あの男の下品さときたら、つボイノリオと悪魔合体させたら江頭2:50がコンゴトモヨロシクするレベルだ。
聞けば、男は始めこそ他の亡者たちと大人しく列を作っていたのだが、徐々に自分の番が近づくにつれ、頭を振るわ腰を振るわの異様なテンションになっていったらしい。そしてついには列を飛び出し、扉へ直行したとのことだ。その時点で止めてくれればと思うのだが、別に逃げ出したわけでもなし、裁かれる順番が早まっただけと考えて、獄卒は看過したそうだ。
まあ確かに、幾分の滞りと多大な精神的疲労はあったものの、地獄送りは執行された。そしてその後の業務は支障なく進んだ。犬にかまれたようなもの、とするのがいいのかもしれない。
(もう二度とあってほしくないですけどね……)
二度と起こりうることではないけれど、と思ったその時だった。
「えぃきぃいいいいいいい! 俺だぁあああ! 断罪してくれぇええええッ!!」
「ふぇっ?!」
勢いよく扉がブチ開けられ、覆面全裸男が飛び込んできた! かようなスッパ仮面は、世界広しといえどあの男しかいなかった。
「なっ、ど、どうしてあなたが! 地獄に落ちたはずでしょう?!」
慌てふためく映姫に、罪の袋を被った変態紳士は全力疾走しながら答える。
「それはもちろん! 映姫様に断罪してもらうために模範囚となり、最速で転生して、速攻で死んできました! さあ、賤しい俺に対し愛の鞭を! ご褒美をッ!」
「も、もういやぁあああああああああ!!」
ズババババババババッ!
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
fin.
例え微々たるものでもお胸が成長してるなら・・・
年月が積み重なって立派なものになってる筈なんだよね・・・
嘘つく映姫様かわいい
しかし、映姫様はちょろっとは生えているのか…良いこと聞いた
正直100点じゃ足りないwww