Coolier - 新生・東方創想話

皐月の雨と藤の花

2014/05/23 00:06:34
最終更新
サイズ
4.24KB
ページ数
1
閲覧数
1853
評価数
5/12
POINT
810
Rate
12.85

分類タグ

 こうも長く生きていれば、季節によって住む所が決まってくるし、ちょうど皐月のこの時期は、森の近くの空き小屋を住処にしている。住み心地はというと、寝床を確保できれば満点の私からすれば、十分快適といったところで、春の終わりにやってくるからか、毎回迎え入れてくれるのは、決まって桜の花びらだった。

 小屋に滞在するのは、藤の花を楽しむ間。持ち主がいなくなってから勝手に使っているけれど、内装はそのままでおいてある。特に、大きな四角いテーブルと、木くずのささくれだった丸い椅子は、来た当初から動かしていない。その椅子に腰を下ろすと、向かい側にある窓がまるで額縁のようになって、藤の花を切り取り映すのだ。壁を置き、手の届かない場所から、全体像を眺めては、ゆったりと風にたゆたう優雅さに、私は息を漏らすのだった。

 さて、普段の私の日課となると、その半分以上が花の世話になる。だから、今日みたいにお天道様が元気に泣くと、テーブルに頬杖をつく外ないわけで。火起こしに便利な河童も、気の利いた器用な人形師も近場にはおらず、お茶を楽しむことも出来ないから、ぽたりぽたりと申し訳無さそうに落ちる雨漏りを横目に、慰めもせず、太陽が泣き止むのを待つことにした。じっと見つめていれば、そのうちばつが悪くなったのか晴れ間が出てくるので、それまでこうして、手持ち無沙汰を満喫してみる。


「退屈していると思いまして」
「菓子折りくらい持って来なさいよ」
「もてなすつもりもないくせに」


 そんな感じに、ぼうっと空と根比べをしていたら、呼んでもいない、客とも呼べない輩がやってきたらしい。窓から少しでも目を離せば私の負けになってしまうので、垂れる雨粒を追いながら生返事で済ませた。が、相も変わらず癪に触る返答をされたから、右隣の腐りかけた椅子を日傘で押しやった。


「かけなさいな」
「千万もあればよくて?」


 椅子は引き戻した。






 雨は止む気配を見せません。

 彼女に言わせれば、空の機嫌が悪い、というものなのでしょうけれど、それは硝子越しに自分を見返しているのかしら。このまま夜更けまで降り続けたとして、目前の向日葵は太陽を待ち続けるでしょうし、なんとも頑固で融通が利きませんこと。
 雨漏りの音を避けつつカップを机に置いてから、隙間に身体を預けます。真似して頬杖をついてみても、彼女はこちらに目配せもしませんから、至極退屈この上ない。声をかけてやろうにも、どうせまともな答えをよこしはしませんし。だからといって、雨の日以外に押し掛けたところで、相手をしてもらえるわけでもないので、こうやって横顔を眺められるだけ良しとするしかないのです。

 ところで、埃と黴のカーペットが敷かれたこの家は、外にある藤に惚れ込んだ人間の持ち物でした。瘴気の溢れる森の近くに、わざわざ自分で家を建てて住むだなんて、自殺行為に等しいのですけれど。抱けないとわかっていて、なおも寄り添うことを求めるだなんて、人間というのはひどく陳腐で頭の悪い生き物です。
 その男は、最期まで藤を見て生きたのでしょうか、頭は窓を向いたまま、彼女の左に座っています。いいえ、実際はもうほとんど跡形も残っていません。頭蓋の花瓶は、ひ弱で陰湿な、背の低い草を乗せ、雨漏りを受けています。眼孔からは、ひょろひょろと伸びた茎の先に、分相応な小さな葉をつけて、生命の神秘を訴えかけているようです。


『瘴気に当てられて、魔女にでもなるおつもり?』
『白骨は肥料にいいのよ』


 なんて彼女は嘯いていましたわね。


 ちなみにその花瓶、テーブルの高さにも満てませんので、きっと窓の向こうなんて見えないと思うのですけれど。
 人間のことなんて、私達には分かりませんわね。







 眠たげな声が聞こえた。
 依然空は泣きっぱなしで、むしろどんどん声を上げる。花瓶からは水が溢れ、根腐りしては困るので、日傘で匿ってやる。風もなく、どんよりとした空気が落ちていき、外は次第に暗くなっていく。それにつれ、窓の向こうの世界は薄まって、代わりに私達を色濃く映し始める。


「雨、止まないですわね」
「ええ」


 硝子の上で、藤に重なる妖怪は、退屈そうに手遊びながら、時折かちゃりとわざとらしく音を立てる。陽を待ちぼうけた向日葵は、無愛想に紫の花に見守られて、額の中に収まっている。
 隙間から騒がしそうな声が漏れている。おそらく何か面倒事でもあったのだろう。式が主を呼び求め、彼女は露骨に不機嫌そうな顔をした。カップを投げ入ると、余計に甲高くなった声がこちらまで響いてきたので、よっぽどの事態なのかもしれない。諦めが付いたのだろうか、彼女は一つ嘆息して、扇を閉じる。


「ねぇ、今年も藤は綺麗?」
「私が面倒見ているもの」


 その答えに満足したのか、さよならもなくあっけなく、彼女は帰っていったので、ようやく私は、頬杖をつく腕を変えられた。雨に打たれ、上下に揺れる藤の花は、雨を跳ね返す力強さよりも、その芯の弱さを露わにしているように感じる。空いた手で、花瓶をそっと持ち上げて、窓の向こうのよく見える、テーブルの真ん中に据わらせた。

 けれど、あの絵だけは、あなたにも見せない。
先日の雨で思いついたけど、旧暦だと四月の花ですね、藤。書いてから気づきました。
ゑのがみ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.330簡易評価
1.100ふわふわおもち削除
お洒落ですね。描写を読ませてもキャラクタを読ませても一流と思います。
短い話の中に語られないストーリーがありありと描かれている。花瓶ね、なるほどね。
8.80奇声を発する程度の能力削除
綺麗な感じでした
9.100名前が無い程度の能力削除
人間のことは分からないと言う幽香たちの妖怪らしさが印象的でした
今の時期、野山に咲く藤の淡い青が本当に綺麗ですよね
10.100名前が無い程度の能力削除
良かったです
11.100名前が無い程度の能力削除
素敵な作品でした